2006年10月24日

『あらし』その6

 ネタバレ注意!!
 以下のレポートはDungeon誌136号の『The Coming Storm』を遊んだものです。当該シナリオをまだ遊んでいない方、今後遊ぶ可能性のある方はお読みにならないで下さい。









 次に開けた扉の向こうにはまた扉があり、イェールミンが耳をすますと、大地に降りしきる雨の音が聞こえた。外に続いているのかと扉を開けると、また扉に続く廊下があるばかり。だが、雨の音は一層激しくなる。聡いエルフの耳は、扉を二枚隔てた雨音をも聞いてしまったということらしい。

 そこにも罠も鍵もなかったので、二枚目の扉を開けると、そこは広々とした庭になっていた。ここにもいくつも泉があり、木が雨にぬれて重々しく枝を垂れていた。庭の向こうにはやはり壁があったので、ここは神殿の前庭といったところなのであろう。
 
 しんと静まり返って、誰も庭にはいる様子がない。とりあえず、とばかりに神殿の壁際まで歩み寄った一行の背後で、枝を垂れていた木がぬっと立ち上がった。腕のように伸ばした枝から、ぞろりと蔦が垂れ下がる。
 「『殺人蔦』!!」
 エルンストが悲鳴を上げた。
 「まかせておけ」
 ヴァシュマルが拳を構えて近寄るが、あっという間に絡め取られ、ぎりぎりと締め上げられてしまう。
 エルンストの魔法がヴァシュマルの身体を脂の膜で覆う。が、蔦の力のほうが強い。イェールミンが切りかかるがどこを斬っても突いても相手は蔦である以上、急所というものもなく、挙句の果てには炎の呪文を紡ぐために一歩下がったベルナデッタに、背後の扉から四本腕のケダモノが三匹とびかかって、キィキィとわめきながら細い喉をがっちりと締め上げる。ヴァシュマルはいっかな蔦の腕から抜け出せず、そうこうするうちにベルナデッタは喉首をケダモノにつかまれたまま、つる草の罠に足をとられて空中高く吊り上げられ、これはいよいよ進退窮まったかと思われた。

 絡みつかれた二人は容赦なく締め上げられてゆく。ヴァシュマルはともかく、ベルナデッタの手は弱々しく空を掴むばかり。もう数秒もすれば命も危ないと見えた。ええ、これではいたしかたない、あれを使うかとエルンストが呟く。とみるや天空から駆け下りてくる4頭のヒポグリフ。あっというまにちっぽけなケダモノどもを噛み殺してしまう。その背後ではどうやら蔦の腕を逃れたヴァシュマルが、不覚を取った後はそうはいかぬといいざま逆に蔦の絡みついた木の幹ごとへし折り引きちぎり、その後はどうやら4人、欠けるものもなく庭の怪を片付けおおせたのだった。

 ほかに怪しいものはないかと調べてみたが、あとはただ深い緑を雨が洗い続けるばかり。そこで出てきたのとは別の扉をくぐって建物の中に戻った。

 建物の中を進んでゆくと、小さな四角い部屋に行き当たった。
 その部屋の中央には屋根に据えられたものと同じ、細身の翼ある竜の像がいかにも厳かな風に据えられていた。像の台座にはなにやら碑文が刻まれているようであったが、文字にしても奇妙な文字であり、誰も読めぬ。

 「さて、未知の文字か。だが俺はまったく問題がないのだ」
 そう言ってエルンストが進み出、にんまりと笑いを抑えきれない風で碑文に触れ、高々と読み上げた。
 「この像はシェンシー、蛇の王
 総ての雨と水をつかさどるもの
 その足元には限りない宝が眠る

 ……ふむ、まず神の姿と名と権能がひとつ。それに、宝か」
 「貴方さまが何をお探しなのかは存じ上げません」
 ベルナデッタの声にさすがに険しいものが混じった。
 「この神殿が貴方さまの探しておられたものであるというのなら、きっとご興味もおありでしょう。ですから神殿の中で見ることどもに貴方さまが興味を引かれるのも無理からぬことです。
 けれど、宝は。
 私たちは子ども達を取り返しに来たのですよ」

 エルンストはさすがに苦笑いして、それでも蛇の王の絵姿と碑文とその訳語を羊皮紙にすっかり書き取ってしまい、それから部屋を通り抜けて次の扉を開けたのだった。



このシーンの裏側。
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『あらし』その5

 ネタバレ注意!!
 以下のレポートはDungeon誌136号の『The Coming Storm』を遊んだものです。当該シナリオをまだ遊んでいない方、今後遊ぶ可能性のある方はお読みにならないで下さい。 










 しかし、300年前からこの大地に根を生やしたと思しき中庭にはよきものも悪しき物もなかったので、一行はさらに中庭からまっすぐに続く扉を開けて先を急いだ。

 扉を開けた先は小さな部屋になっていた。
 扉の正面の壁には、16本の腕を生やした太鼓腹の男が16の腕に楽器を持ち、楽しげに笑いつつ踊っている像が浮き彫りになっていた。そのぐるりをさらに小さな四本腕の人物像が踊りつつ取り囲んでいた。像の顔はいずれも柔和で、これが何かの神を現しているのであればそれはおそらく技芸か何かの神であろうとエルンストは思った。が、これは何の神であるのかは想像も付かなかったので――出かける前に例の友人の記した『三千神のおわす土地』なる本を熟読してくれば少しは違ったかもしれないが、エルンストは裏づけの取れない文字で自分の脳裏に先入観を刷り込むことのほうを恐れたのである――ベルナデッタに尋ねたが、彼女もこれは今現在自分の知る限りではどこでも信仰されてはいないということを知っているのみであった。

 そういえばこの建物はありとあらゆる壁に浮き彫りが施されているのだな、と、懐から取り出した羊皮紙に忙しくペンを走らせながらエルンストは言った。おそらくはここが友人の言っていた「ムルの神殿」なのであろうとエルンストは思っていた。
 「最初の大広間にあったのは、きっとこの神殿を建てた人々の暮らしと信仰の図であろう。そしてこの16本腕の男は神の一人であろう」
 最初の大広間では、高い崖にうがたれたいくつもの穴に人々が暮らし、そして4本腕の神像に祈りをささげている図がぐるりと描かれていたのだった。その4本腕の神々は手に手にその権能を現すのであろうさまざまな品物を掲げていた。あるものは武器を持っていたし、あるものは楽器を捧げていた。またあるものは農具を手にしていたし、あるものは花を抱き、そしてあるものは手に何も持たずにその指先で優雅な印を結んでいるのだった。猿の逃げ込んだ扉をイェールミンが釘付けにする間に広間の壁をよくよく眺めていたエルンストは気がついたことであったが、神の像は本本腕の人間らしきもののほかに、なにやら翼ある細身の竜のようなもの、触手を生やした六本足の豹のようなもの、それに四本腕の猿のようなものまでが観察されたのであった。

 しまった、と、エルンストはこっそりひとりごちた。
 こんなことと知れていればあの男の書いたものをもう少し読んでくるんだったな。聞き書きと憶測で編まれた本に用はないなどと言ってしまったが、たしか奴の書いたことによれば、ムルの民は岸壁に穴居生活をし、三千とも数える神を信仰して生きていたのではなかったか。
 そして、目の前の16本腕の男の像について、どこかに但し書きでもないかと周囲を見回したのだが、とうとう発見できず、うむ神の似姿を書き写しただけでは研究の助けにならぬものかとぼやきながら先を急ぐ羽目になったのだった。

 先ほどの広間の様子については、ヴァシュマルはまた別のことを言った。
 曰く、あの広間には無数の刀傷の跡があった、と。あれは修行僧の修行の跡ではない。俺が老師より預かった秘伝書に記されている場所はまさしくこの神殿であるから、あの広間が本来は修行僧の修行の場であったろうことは疑いがないが、ただ一度、あの広間は戦場になっている。多くの刀が大きく振りかぶられ、目標を外れたものが壁や床を薙いだ跡が無数に残っているのだと。

 ともあれ、この神殿のどこかに子どもらがとらわれているのであろうと思っている以上、そうそうのんびりしているわけにもゆかぬ。
 イェールミンが扉の先の様子を伺って「何もいないよ」というと、ヴァシュマルが扉を開ける。そんなふうにして一行は神殿の中を改めて回った。

 次に開けた扉の先には、ぐるりの壁中がひな壇になった部屋があり、そこには小さな四本腕の人形――というよりは神像――がぎっしりと並んでいた。いくつかは床に転げ落ちていたが、それは長い年月、何かの弾みに転がり落ちたものであろうと思われた。ただ、床に落ちているもののうち二つみつ、入念に破壊されたと思しきものもあった。先に部屋に踏み込んだヴァシュマルが拾い上げてよくよく見ると、うちひとつはどうやらこの神殿の屋根に据えられていた竜をかたどったものであろうと思われたし、また、砕かれた神像の中には、なにやら豹のようなけものをかたどったものもあったが、それは背中から触手を生やし、そして残骸から数えられる足の数はどう数えても6本あるように思われるのだった。

 神像の部屋は行き止まりであったので、反対側を探ることにした。
 いや、エルンスト一人は、なんともその部屋に未練が残るふうであったのだが。



このシーンの裏側。
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『あらし』その4

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 神殿の屋根の上に寝そべった石の竜の口から吐き出される滝の裏側はテラスになっており、その中央には大扉。どうやら神殿に出入りする通路はそこひとつである。が、扉の脇の壁面には大きな窪みが刳られており、そこには青光りする大きな生物がとぐろを巻いて唸っていたのだった。
 「ありゃあ……うん、なんてこった、ああなんてこった」
 エルンストは一人で悲鳴のような呻きを上げた。
 「何がどうしたっていうのよ、あれはなんなの?」
 「ありゃビーヒアだ。竜の仲間だがムカデ並みに手が多くて、無数の手でかきむしってくるわ、電撃は吐くわ、呪文で姿を隠したところで無駄だわと、まあ素敵なイキモノだな」
 「……けれど、あの生物は鎖で繋がれていますよ。扉までは手が届きますまい」
 「かきむしられなくったって、電撃を吐かれちゃお仕舞いだ。……が、子ども達はこの中にいるんだろうし、それに……」
 「それに?」

 問われたのには答えず、エルンストは不意に言った。
 「うん、次元の扉を開こう。何もあんな剣呑なイキモノと殴りあうことはない」
 というわけで、全員がエルンストの周りに集まり、その呪文がつむいだ次元の穴を一気に超えた。一瞬後、一同は壁の後ろにビーヒアの唸りを微かに聞きながら、四隅の松明で薄ぼんやりと照らされた大広間の中に立っていたのだった。

 正面扉の向かいにはやはり大扉があって、その両脇にも二つずつ扉があった。そして、左端の扉の前には、四本腕の大白猿が立ちふさがっていたのだった。はっと思う間もない、猿はキィと叫びを上げると、彼には狭すぎる扉を必死の勢いで潜り抜けた。エルンストが慌てて後を追う。敵襲だとでも叫ばれてはかなわぬ。が、その扉から続く階段をどたどたと駆け上がる後姿が一瞬見えたきり、もうどこにいったとも知れぬ。
 「追うな、危険だ」
 ヴァシュマルがエルンストに呼びかけた。
 「危険だ。それに、奴は見たところ単に巨大で腕が四本あるだけの猿だ。ここにいるのがいつぞやのように猿ばかりということでないかぎり、奴が山賊どもに敵襲を知らせることはできまい。飼いならされた番猿だというならともかくだが」

 それももっともであったので、まずは広間と、広間から続く5つの扉をそれぞれ調べることにした。猿が逃げていった扉については、戻ってきて殴りかかってこられてはたまらないので、念入りに楔を打ち込んで動かないようにしてしまった。

 五つの扉の向こうには、神殿の天井の一段高くなった部分を巡る回廊へと続く階段と、それから奥へと伸びる三本の廊下があった。建築学の心得があるものがざっと見る限りでは、これは神殿としてはここフラネスで知られているいかなる神にささげられるものとも異なった様式をとっており、そして大地に張り付くような広々とした平屋建ての建物なのだった。もし階層があるとしたら地下に伸びるものであろうとエルンストは言った。
 建築物の構造論議ばかりしていても始まらないので、先に進むこととした。まずは中央突破だとヴァシュマルが言うので、正面玄関の向かい、両開きの中央大扉の向こうに延びる一番広い廊下を進んだ。廊下のとっつきはまた扉になっていた。イェールミンが扉の向こうの物音に耳を澄ますと、ざあざあと降る雨の音が聞こえた。

 扉を開けると、果たしてそこは天井のない中庭になっていた。
 木が生い茂り、中庭の中央にすえられた水盤からはさらさらと清らかな水があふれていた。ヴァシュマルはその水を無造作に口に含み、毒ではないな、確かに水だとひとりごちた。
 エルンストは中庭の木がこの地に普通に生い茂るものであるといい、それからなぜか壁の下部をよくよく調べた。
 「うむ、この壁は土を掘って土台を置き、その上に建てられたものだ。昨日今日どこやらから飛んできた上置きではなさそうな」
 エルンストはエルンストで、ここは本当は見晴らしの良い大地のはずという村人の言葉を気にしていたらしい。この神殿は本当は幻ではないか、それとも現れたり消えたりするたぐいのものではないか、とでも思ったのか。
 「うん、間違いない。この神殿はこの地に建てられて、ざっと300年と言ったところ」
 「何300年」
 エルンストの背後からヴァシュマルが声を上げた。
 「それは奇遇。俺の譲り受けた秘伝書も、ちょうど300年ほど前に記されたものなのだ」


 このシーンの裏側。
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『あらし』その3

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 「おお、ヴァシュマルではないか」
 見上げたエルンストも答えた。
 「知り人ですか?」
 性急な調子でベルナデッタが問うた。
 「そうだ、俺の古い知り人だ。鋼の肉体を持つ修行僧でな。で、なんでお前がここに」
 「お前こそこのような雨の中をなぜ。まさか肉体を鍛えることの有用性に突如として目覚めたわけではあるまいに」

 懐かしげなやり取りに、ベルナデッタが割って入った。
 「無粋を申しあげるのも心苦しいのですが、もしエルンストさまの知り人と仰るのならば、私に手助けをしてはくださいませんか。
 嵐を突いて現れた山賊に村の子ども達が攫われて、私どもは今その後を追っているのです」
 おお、それは容易ならぬこと、と、すぐにヴァシュマルは言った。そういうことであれば同道いたそう。

 というわけで、ヴァシュマルがここに来たわけは、エルンストと並んで壁をよじ登りながら語られることとなった。

 なんでもヴァシュマルは修行の目的でこの山にやってきたというのだった。
 彼は泉の乙女ゲシュタイの司祭にして修行僧である。そして修行僧の常として、各地の老師のもとを経巡って修行にいそしんでいるのであった。
 徒手空拳の戦いの技は所詮わが身ひとつを守るだけのもの、馬に乗り槍を掻い込んだ騎士を前にしてはいかにも弱々しい。が、長い腕を持つ木偶を相手どってその胴に必殺の拳を叩き込むこと日に七百度、その業を七日七夜続けたときに始めて体得するという身のこなし、これさえあれば……
 そのように、とある老師は言ったのだった。

 我が身は既に老い、七日七夜の業には耐えられぬ。が、ぬしならそれを成し遂げ得よう。
 そういって老師が下された一巻を紐解くと、そこにあったのは木人拳の秘伝ではなく、山の地図であった。これはいかなることと問うと、それはすなわちこの地図に示された場所に行き修行をせよ、この地に生きて辿り着けないようでは木人を相手取ったとて奥義は身につくまいとの心であろうと老師は答えたのであった。

 そこでヴァシュマルは身支度を整え、旅立った。
 しばらくゆくと、もとからその老師のもとで修行をしていたものたちが、われらとて触れることも許されなかった秘伝書をなんで新参のお前がと襲い掛かってきたのでこれを返り討ちにしてのけ、先を急いだ。が、追手がどれほど秘伝書に執心するものかは思いの及ぶところではない。厄介な旅になったのに違いなかった。ともあれ彼は生きてこの山に辿り着いた。そして嵐の中、エルンスト一行にたまたまめぐり合ったというわけだった。

……というわけで、今回のメンバー全員そろい踏み。

ヴァシュマル(クレリック4/モンク6)人間・男性
泉の乙女ゲシュタイの司祭にして修行僧。第1回からずっと引き継いでいる唯一のキャラクター。30代前半。PL:T_N

エルンスト(ウィザード10)人間・男性
前回からの引継ぎ。鼻の柱が高いのは変わらない。どうやら前回の事件(『ひとを織り成すもの』)以来深く前向きに反省し、人間隙があってはならないと上級使い魔のアースエレメンタルを連れ歩き、そして性格のほうは一層アレなほうに磨きがかかる。慇懃無礼にはならなかったあたりは人徳か限界か。おそらく20代前半。PL:D16

イェールミン(ローグ10)エルフ・女性
前回のローグ/バーバリアンのエルディが「めでたしめでたし」な感じで話の幕を引いたので、今回は作り直して参戦。森住まいだけれど貨幣経済に慣れ親しんでおり、街でなんやかやと頼まれごとをしては生活費を稼いでいるとのこと。今回は大層性格がアレな雇い主を引き当ててしまい、前半かなり「かわいそうな状況のヒト」でした(ちなみに雇い主氏は「かわいそうなヒト」)。128歳、エルフとしてはまだまだ若い娘さん。PL:なおなみ

ベルナデッタ(クレリック10)人間・女性
ある日神の声を聞いて癒しの力を得た村娘。村にちいさな聖女がいるらしいという噂を聞きつけた教会から迎えが来て、教会で正規の教育を受けるうちに高位の司祭となったが、自分の信仰の源はあの村の上の泉にあると言い張って帰ってきてしまった「村の聖女様」、という設定。19歳。PL:たきのはら

……というわけで……

 話しながら行くうち、じきに一行は壁を登りきった。
 そして、壁の上に立ったところで、呆然として言葉を失った。

 村人が言っていたような、どこまでも続く広い高台などはなく、そこは崖の中腹にうがたれた窪みであった。そして、その窪みいっぱいに、堂々たる神殿がそびえていたのだった。神殿の屋根には奇妙な形の竜の像が寝そべっていた。雨を集めてできたと思われていた小川は、その竜の口から溢れ出す水が形作っていたのだった。
 そして、馬のひづめのあとは確かにその神殿へと続いていた。

 「これはいったい……」
 「だが、目の前にあるのはこの神殿だ」
 ベルナデッタの言葉をエルンストが遮った。
 「うん、俺の知る限りではこれまでに知られているいかなる神殿の様式とも似ていない。それにしても随分辛気臭い建物だな。窓のひとつもない。そして入り口には……ありゃなんだ!!」


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『あらし』その2

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 イェールミンとエルンストが釈明――あるいは本人がそう主張するところのもの――をするのを聞くと、『聖女様』は静かに頷いて口を開いた。
 「手荒いお出迎えとなってしまい、さぞかし驚かれたことでしょう。大変申し訳なくは思いますが、これには訳があるのです。
 実は先ほど、この村を山賊が通り過ぎていったのです。そのもの達は村の家々に押し入り、食糧やなけなしの金品を奪い、さらには子ども達を攫っていったのです。そのため、私たちは外からやってくるものに大変に警戒しておりました」
 「それでは致し方ないが……」
 言いかけるエルンストを推し留め、娘はこう言ったのだった。

 「山賊たちはこの嵐でできた即席の流れを遡り、山の上のほうへ逃げ去っていったということでした。先ほど馬の足跡を確かめ、もし子ども達を取り返せるなら取り返そう、そうでなくともそのものたちの野営地の場所だけでも確かめよう、そのように思って出かけるところでした。
 けれど、私が見たところ、あなた方は村人達よりもこのような出来事には慣れておいでのご様子。どのような御用でこの山にいらしたかは存じませぬが、どうかお力を貸してはいただけないでしょうか。とりあえずは山賊たちの行方さえ確かめられればよいのです。危険と思えばすぐに引き返します。私たちが彼らの手にかかってしまっては子ども達を助けることはできませんから」
 「では、その後には宿をお願いできるだろうか」
 「どうぞ。私はこの村の上の泉のほとりに庵を結んでおります。そちらへお留まりください」

 というわけで一行三人となり、エルンストとイェールミンは雨宿りどころか、止む気配も見せぬ雨の中、滑りやすい山道をまた進み始めることとなったのだった。

 「馬は七頭だよ」
 山賊が逃げ登って行ったという小川のほとりにやってきて、乱れた足跡をひととおり調べると、イェールミンはこともなげに言った。
 「歩いている人間はいないね。七騎でやってきて、七騎で帰っている。でも、二人乗りしていた馬があるね。ずいぶんひずめが沈み込んでいるよ」
 「四騎は子どもを連れていたためでしょう。あとの三騎は……山賊たちが二人ずつ乗っていたのか、それとも奪った荷のために重かったのか」

 娘――名をベルナデッタといい、村人達が呼んでいる名からすると、どうやら「泉の聖女」として崇められているようだった――は頷いてそう答えた。聖女様の口から問いが発せられたとあってはいかなる恐慌状態においても心を鎮めて答えるべしとまで思われているのかどうか、ともあれ、自分も山賊どもを見たわけではない、村人の知らせを聞いて駆けつけたのだというベルナデッタは多くのことを知っていた。

 曰く。
 山賊どもは見たこともない意匠の真っ赤な鎧を身につけ、馬に乗ってやってきた。秋の嵐のこととて戸を締め切り、一家が暖炉の周りに集まっているところに戸を打ちたたき、不審に思った家のものが戸を開けたところで一気に押し入り、食べ物や飲み物を奪い、なけなしの金品を奪い、そして十歳から十二歳ほどの男の子ばかりを攫っていったのだという。この村にはちょうどその年頃の男の子は四人おり、それがすっかり攫われたのだと。また、山賊どもは大層腹を減らしているようで、右の手で荷物をかき集めながら左の手では忙しく口に食物を押し込んでいたという。手向かいしたものはいくたりかあったがことごとく突き飛ばされ、力自慢のハンスだけはよほど酷く手向かったためか、ばっさりと斬られてしまった。
 村を襲った山賊の数は――おそらく七人。
 慌てふためく村人達に正確な数が数えられよう訳もなく、しかしそれぞれの話を継ぎ合わせたところ、三人よりは多く十人よりは少なかったようだから、それにイェールミンが数えた七騎というのを考え合わせれば、おそらくその数は七名であろう。

 「村人達の言うことによると」
 川が滝のように流れ落ちる急な岩壁の前に来かかったときに、ベルナデッタは二人に告げた。
 「この壁の上は開けた平地になっているようです。そこまで追っていけば、時と場合によっては山賊たちに見つかってしまうやも知れません。どうします。三名で七人の山賊を相手にできますか」
 「行って見なければわかるまいよ」
 どういう風の吹き回しか、エルンストがそう答えた。それで一行はさらに先を急ぐことにした。
 しばらく壁を登っていくうちに、不意に頭上に人の気配がした。

 すわ、山賊の待ち伏せかと誰もが身をこわばらせたとき、頭上から声が降ってきた。奇妙に懐かしそうな声であった。
 「おお、エルンスト」


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2006年10月23日

『あらし』その1(プロローグ)

 ネタバレ注意!!
 以下のレポートはDungeon誌136号の『The Coming Storm』を遊んだものです。当該シナリオをまだ遊んでいない方、今後遊ぶ可能性のある方はお読みにならないで下さい。









 
 山道を、一組の男女が歩いていた。
 「エルンストさん、嵐になるよ」
 娘のほうが言った。見るに、一組の男女というわけではなく、山の娘がいかにも学者風の街の男を案内しているものらしかった。さらによく見ると、娘は人間ではなく、妖精族――エルフの娘であった。
 「雨宿りの場所を探してもいいけれど、酷い大嵐になるよ。この先に村があるから、ちょっとぬれるのを覚悟で、大急ぎでその村を目指したほうが賢いかもしれない」
 娘は早口でいい、男を見やった。男はうなずき、二人は足を速めた。

 男の名はエルンスト。グレイホークシティに一応の居を定める魔術師である。が、魔術師にしては活発なことに、彼は塔に閉じこもらず、珍しいものとあれば実地に調査することを旨としているものだった。

 そう、今彼がここにいるのも調査のためだった。
 旧友の塔に呼びつけられて行ってみれば、なんでも最近彼が出した本――『三千神のおわす土地――あるいはムルの地理と歴史について』が、とある頑迷固陋な腐れ学者から公開所見にて酷評され、数度のやり取りの挙句先方に一方的に勝利宣言を出されてしまったのだという。
 ちなみにムルの地はグレイホークシティで手に入る一般的な地図の外のはるか西に位置し、頭脳労働者であるところの魔術師が実際に行くような場所ではないとのこと。友人もその論敵も、ムルとの貿易で財を成したザイフの商人からの聞き書きをもとに論陣を張っている以上、ここでひとつ実地調査の結果が手に入りさえすれば勝利は再び自分の手元に落ち着くのであると書物の山に埋もれすぎたせいで歳よりも随分と老けて見える友人は熱弁したのであった。

 ではお前は俺に、ムルまで行けというのかというと、友人、首を振って、そうでない、実は平和を好むムルの民が西方からの遊牧民に押し出され、このフラネスの地までやってきて、山深くに僧院を作り、そこでひっそりと住んでいるという話がある。であるからお前にはその僧院を訪ねてほしいのだと答えた。
 勿論タダとは言わぬ、僧院までの地図と僧院の見取り図を書いてくれたら2000gp支払おう。さらに、三千柱の神のうち、ひと柱の神の姿と名と権能の裏づけを得るごとに500gpを支払おう。
 この申し出に、エルンスト、俄然乗り気になった。ムルの地まで行けというのなら知らず、このフラネスにそのような異人の住みなす地があるというなら、これは頼まれなくとも行ってみたい。さらに三千の神すべてについて詳細を調べ上げたならば(そういってエルンストは人の悪い笑みを浮かべたのだった)お前、お前の資産を塔ごとすっかり俺にくれてしまわねばならぬぞ。

 さらに、自分の調べたことをもとに論文を発表するときは二番目に自分の名を記して共著というかたちにすることまで約束させた上、エルンストは勢い込んでこの地に乗り込んできたのだった。

 で、現地案内人として紹介されたのがイェールミン。森に住む娘だが、鍵開けだの罠はずしだの、なにやら胡散臭げな技を得意としているという。これがどうしてなかなか厄介ごとを解決するのには役に立っていて、時々頼まれて街に出てきては便利屋のような仕事をしているのだといった。

 「それは願ってもない」
 エルンストは大真面目な顔でそういった。
 「何しろ俺が行くのは古い神殿だ、間違いなく罠が満載だろうから君の技は大いに役に立つ。その上穏やかに迎え入れて帰してくれればよいが、そうでなければ我々は無理にも神殿に押し入って調査をし、帰ってこなければならないのだからな」
 イェールミンは随分呆れたのだが、普段世話になっているパン屋のおじさんが大層困った顔をしていたし、そういえば山の中にそんな僧院があるような話を聴いたことがあるとうっかり呟いてしまったかかりあいもあって、しかたなくこの妙に鼻息の荒い学者先生の道案内を引き受けたのだった。

 で、山に入って二日目、空模様が急に怪しくなり、そうこうするうちにしのつく雨が降り出した。
 年に一度あるかないかという大嵐になる。そう判断したイェールミンは濡れ鼠になりながらも山の中腹の村を目指した。
 ようやく村が見え、やれ助かったと思った瞬間、胸元に槍の穂先がつきつけられた。
 村の入り口では体格のいい村人が二人、武器を持ってこちらをにらみつけている。
 「また来やがったな、山賊め!!」
 「お前ここで頑張っていろ、俺は聖女様をお呼びしてくる!!」
 どうやら恐ろしく間の悪いときに来合わせたらしい。山賊とは失礼なといいかけるエルンストを必死で押さえ(この魔法使いの学者先生が口を利いたらまずろくなことにならないのは、この1日でイェールミンは骨身にこたえて理解していた)、イェールミンは叫んだ。
 「待ってください、あたしはこの下の村のものですよ!! この学者先生が山の中に調べ物にいらっしゃるっていうから案内してきて嵐にあって、雨宿りさせてもらえやしないかと思ってきただけですよぅ!!」
 
 その声に、走り出しかけていた男が振り返った。
 雨の中、武装しているとはいえ形ばかりの二人連れ。確かに言うことはもっともだ。
 「……うん、ちょっと待っていろ。そうかもしれないが、とりあえず聖女様をお呼びしてくる」

 胸元から穂先は外れたものの、雨宿りはさせてくれる様子もない。そのまま立ち尽くしていると、数名の村人を引き連れて、一人の娘がやってくるのが見えた。
 はっとするほど様子のいい、確かに神々しくも見える娘である。
 ――きっとこれが聖女様に違いない。
 そうイェールミンは思い、果たしてそれは正しかった。




 


 
 このシーンの裏側。
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2005年10月16日

四人の勇者がよこしまな領主を討った話(3)

ネタバレ注意!以下のレポートはDungeon誌89号に掲載の“River of Blood”を使用して遊んだものです。


 サルバスといえばそれはもう大きな町で、町のまわりの木々には罪人の死体が鈴なりになっておりました。これほど大勢の人を吊るしても、町にはまだまだ人がたくさんいるのですから、町の大きさもわかろうというものです。ドニエプルの岸辺には草ぶきの屋根や丸太屋根の小屋がいくつも、のきをならべています。川のおもてにはたくさんの小舟がもやってあります。この舟の持ち主である商人たちは、舟に毛皮や蜜蝋や奴隷を乗せて、北はノヴゴロドから南はキエフ、はてはローマの皇帝(ツァーリ)の住むツァリグラード(コンスタンチノープル)までも旅をするのです。町の通りは、朝も早いというのに人でごったがえしており、スラヴ人の声にまじってスウェーデン人、ブルガール人、ギリシア人、それにニェーメツ(ドイツ)人の声が聞かれました。

 まずはカリッツァにお目通りを願い、オリガ公妃を匿っていただかねばなりません。
 カリッツァの屋敷は丸木づくりの二階建てなので一目でわかりました。屋敷の前には樫の丸木を輪切りにしたものが鐘がわりにつるされていて、訴えをする者はいつなんどきであろうとこの鐘を鳴らしてかまわないという立て札が添えられてありました。
 司祭様が進み出て鐘をならしますと、でてきたカリッツァは一行の中に公妃の姿をみとめ、
 「おおオリガ、娘よおまえがどうしてここにいるのだ」
と声高に叫びました。
 「おとうさま、お聞き下さい。
 フセスラフ砦のフセスラフはよこしまな男で、夫あるわたくしを見初め、わたくしを妻にしようとたくらんで夫イーゴリをだまし討ちに討ってのけたのです。その上タタールの盗賊に語らってオボーツクを我が物にしようとまでしてのけたのです。今は家令のバヤンがオボーツクを守り、そうしてこの四人がわたくしを守ってこのサルバスまで送り届けてくれたのです。
おとうさま、お願いでございます、一刻もはやくあのフセスラフめを討ち取ってください」
オリガが涙ながらに訴えますと、カリッツァは頷き、
 「討ち取りに行くまでもない、フセスラフめはちょうどこのサルバスに来て商談の最中。
 奴にじきじきにことの次第を訊き、罪状が明らかなら即刻吊るしてくれようではないか」

 その言葉の通りに、すぐに兵士がフセスラフを連れてきました。カリッツァが問い詰めると、フセスラフはおお、そのこととうなずいて申し述べたのでした。たしかにわたしはイーゴリ殿を宴に招きもてなしたが、その席でイーゴリ殿が倒れたのはわが砦の強い酒を飲みすぎたためのこと、それより夫と慕うイーゴリが酒ののみすぎで倒れたからにはオリガはわたしと一緒に暮らすほうがしあわせというもの、お父上からも説いてもらえませんか。なに、タタールのならず者どもを使ってオボーツクに害を為そうとしたと。それはまったく知らぬこと、奴らの口車は人を乗せて崖縁へと転がり落ちるもの、ご用心ご用心。
 「娘よ、イーゴリはフセスラフの催した宴の席で酒の飲みすぎで倒れたのだそうだぞ。確かにそれはありそうなことだ。それにフセスラフはお前を妻として迎えたいと云っている。これにも一理のあることだ」
 「とんでもないこと、おとうさま。この男は大嘘吐き。わたくしは嫌でございます。誓って申しますが、この男はわたくしの夫をだまし討ちにしたにちがいありません」
 「となれば神前にことの是非を問うしかないが」
 カリッツァは困り果てた顔で云いました。
 「しかし娘よ、おまえは自分のために雷神ペルーンのみまえであかしをたてる代理戦士はいるのか」
はいいますとオリガは応え、妾めが奥方さまのために剣を取らせていただきますとヴァイキング娘が続けて云ったのでした。

 それでは他の訴えがないようならば今日の正午にあかしをたてよう。
 そう言っていると今度は一人の老婆がやってきて、屋敷の前の鐘を鳴らしました。そうして涙ながらに訴えて云うには
 「夕べは月の佳い晩でしたから、娘が散歩に出ておりますと、そこのならず者の中のひとり、その恐ろしい娘がこんな巨大な刃物を持ち出して娘をどやしつけたのでございます。かわいそうに娘は倒れて死んでしまいましたが、ならず者達はそれでもそこを立ち去らず、哀れな娘の亡骸を小突いてはさあ化け物め正体を現せなどと言い募ったのでございます」

しまった、どおりで姿が元に戻らないはずだ、そう魔導師が云いました。
 「きっとこの婆あの正体はバーバヤーガで、あの娘にも化けていたに違いない、そうでなければ、あの森の中にはほかに誰もいなかったはずなのだからこの婆あがこんなに詳しく様子を語れるわけがない」
 タタール人もいいつのり、そうして、
 「それじゃ妾はあの怪しい娘を殺し損ねていたのかえ」
 そうヴァイキング娘は悔しそうに云ったのでした。
 「妾としたことが。確かに脳天を真っぷたつに打ち割ったと思っていたのに」
 「おとうさま、その老婆の云うことを信じてはなりません」
 オリガ公妃も云いました。
 「わたくしたちが昨夜通って来た道は闇夜より暗い森の中、そこを尋常の娘があるいているはずがございません。それにその娘とやらは鶏の一本足に乗った小屋の中から出てきたのでございますもの」
 「おお、おお、姫様までなんということを」
 そう老婆は云いました。
 「これを、この姿を見てもそんなことをおいいでしょうかねえ」
 そうして指し示すほうには、頭を無残に割られた娘の屍骸が横たえてあったのです。それをひと目睨むや、すぐに司祭様が大声で言いました。
 「おお、屍骸がある。では私どもの剣士はみごと化け物を討ってのけたのですぞ。その娘の屍骸は藁人形か何かに違いありませぬ」
 これまた一向に埒があかないので、これも神の御前に是非を問うことになったのです

 「化け物め。いつでもかかってくるがいいわえ、すぐさまお前の娘とやらと同じ目にあわせてやろうから」
 ヴァイキング娘はちっともためらうふうを見せずに叫びました。それで、すぐに神の御前で試合が行われることになりました。誰かこの婆のためにあのならず者と戦ってくれる勇者はいないのかと老婆は泣き叫びましたが、だれひとり応じる者はありません。なにしろオリガ公妃までが老婆はおそろしいバーバヤーガが化けたものだと云うし、なによりヴァイキング娘が、娘だてらにそれはもう呆れるほどの大剣を振りかざして突っ立っていたからです。
 「まったく、なんという情け知らずの腰抜けどもだろう!!」
 そう老婆は叫びました。
 「こうなっては仕方がない」
 そうして身の毛もよだつ骨の一本足の姿をあらわし、いきなりとヴァイキング娘に飛び掛ったのでありました。広場をとりまいていた多くの観衆が悲鳴をあげ腰をぬかして倒れました。魔導師さえもがぎゃっといって震え上がり、その場に腰を抜かしたほどですが、北の荒海でもっとたいがいな化け物を目にしていた娘はびくともしません。老婆は一声叫ぶと、ものすごい左右の爪でヴァイキング娘の目玉を抉り出そうとします。血だらけになりながら娘は一歩も引きません。とうとう老婆は散々に斬りたてられ、悲鳴をあげて臼を呼び、臼に乗りほうきで跡を消しながら飛ぶように逃げ去っていったのでした。

 化け物を追い払ったので、次はフセスラフと戦う番です。

 なに、こちらは間違ったことはひとつもしていない、であるから神の御前に進み出たところで何ひとつ恐れることはないと司祭様は娘にいいました。もっとも力ある神を奉じるこの私が言うのであるからして、雷神ペルーンもそなたを正しいと認めるであろうよ。
 そうして祈りを捧げますと、バーバヤーガの爪で血を流した娘の傷は、瞬く間に癒えたのでした。その奇跡を見て、広場を取り巻く人々は口々に、嘘吐きに奇跡が起こるはずはない、試合をするまでもない正しいのは公妃さまのほうに違いないとささやき交わしました。対してフセスラフは、どの神が一番よいものであるかはキエフ大公がお決めになることで、そうして大公は今、多くの司祭の言い分を聞き比べているところ、ユダヤの神が雷神ペルーンよりよい神であるかどうかなどわかるものかと云いましたので、カリッツァはそれもそうだ、そもそもこの町の神は雷神ペルーンなのだとうなずいて、このまま試合を進めるようにと告げました。

 そのころ、魔導師はいつも自分の手伝いをさせている烏を呼んで、フセスラフが陣取っている天幕の様子を覗いてこさせていたのです。烏が戻ってきて云うには
 「あのフセスラフめが連れている魔導師も、魔導師の手伝いのいぼ蛙もたいしたことはありません、私が覗いていてもそのあたりの烏との見分けもつかないのですから。
 とにかく、奴にはけち臭い魔導師がついていて、フセスラフに『雄牛の万力』の呪文を施しておりました。そのうえ、斬り立てられるようなら魔法でこっそり加勢するから、その隙にあの娘を斬ってしまえなどと申しておりました」
 「おお、それは容易ならぬことだ」
 魔導師と司祭様は口をそろえて云いました。
 「『雄牛の万力』の備えならわしにもある」
 「神の祝福も与えよう」
 「だが、試合中はもう何もしてやれぬぞ」
 「表立ってはな」
 「なに、おれがこっそり加勢する」
 そう、タタール人が云いました。
 「フセスラフの魔導師はまかせておけ」
 そうして駆け去っていったのは、おそらくフセスラフの天幕に忍び込む心積もりなのでありましょう。

 さて、いよいよカリッツァ公が主の座に着き、ヴァイキング娘とフセスラフはそれぞれに大剣を振り上げました。いくらも打ち合わないうちに、ヴァイキング娘は自分を眠らせてしまおうとする力を感じました。ほかにも次々と目に見えない邪魔が娘に襲い掛かります。目の前のフセスラフがにんまりと笑っているのも見えました。が、もちろんそんなことでひるむ娘ではありません。それに、おお、魔導師の呪文と司祭様の祈りの力は確かに娘を守っていたのです。斬りあううちにフセスラフの顔色はだんだん悪くなってきました。タタール人がきっとうまくやったにちがいありません。天の恵みか、フセスラフが足を滑らせた瞬間に、娘が一声叫んで振り下ろした剣は、フセスラフの剣を折り、盾を割り、その脳天を砕いてまっぷたつにしたのでした。

 フセスラフが嘘吐きの報いを受けて死に、オリガ公妃の潔白がわかったので、それを祝って宴が催されました。フセスラフ砦はそのままカリッツァが治めることになり、オリガはカリッツァの兵士に送られてオボーツクに帰ることになりました。
 「あのよこしまなフセスラフが死んだのですから」
 オリガ公妃は云いました。
 「わたくしは安らかにオボーツクに戻り、バヤンと共にオボーツクを守ります。私の息子が立派な若者に育った暁には、オボーツクは息子のものとなりましょう」

 勇者四人は喜ばしい知らせを持ちかえるため、皆よりも先にオボーツクへ帰ることとなりました。
夜が明けるとすぐに四人はサルバスの町を発ちました。オボーツクへ戻る道は、明るい森の中を抜けていくのでした。おやおかしなことだ、昨夜はあれだけ鬱蒼とした森のはずだったのだがとタタール人がつぶやきましたが、ともあれ、夏至の宵にはどんなことでも起きるに違いないのです。ヴァイキング娘が脳天を砕いた森の娘の屍骸も、宴の最中に日が落ちたとたん藁人形の正体を現したのですし、藁人形が人間の娘の姿になって口を利くというほどであれば、森が少しばかり生い茂ってみたところで文句をいうにはあたらないのでした。

 そうして、森の中で四人の勇者達は奇妙な樹を見ました。
 ひょろひょろと伸びた幹の上にこんもりと木の葉が茂っている様子は、まるで鶏の足の上に小屋が乗っているようにも見えました。時折森を風が抜けるたび、ひょろひょろの幹はひょこひょこと揺れましたが、それはまるで小屋が跳ねて歩いているようにも見えました。

 やがて森が途切れ、丈高い草が海となって揺れる場所に出ました。
砦の影が見えるあたりまでやってくると、そこには狼に似た三つの岩が並んでいました。左右の岩は灰色、そして真ん中のそれは雪白でした。風と草の波に洗われて、三つの岩は草原をどこまでも走っていくように見えたのでした。



今回の舞台裏。
posted by たきのはら at 14:23| Comment(4) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四人の勇者がよこしまな領主を討った話(2)

ネタバレ注意!以下のレポートはDungeon誌89号に掲載の“River of Blood”を使用して遊んだものです。

 一行が思わず手綱を引くと、馬は棹立ちになって長く高くいななきました。すると狼たちは足を止め、そうして真白い狼が口を開いて云うことには
「おお! 私にとってはよい時に会った、あなたがたにとっては悪いときに会ったというもの、なぜなら夏至の日の日が暮れた今こそ、私は口をきくことができる魔もの、恐るべき冬の狼なのだから」
 その返事にはヴァイキングの娘が雄たけびを上げ、冬の狼に向かって真っ直ぐに馬を走らせました。司祭様は心得た様子で馬首をめぐらせ、いっさんに逃げ出します。なにしろ前にお乗せした大事の奥方さまを守らねばならないのですから。翻る法服の背にうっすらと霜が張り付きます。冬の狼が吼え声の替わりに、冬のさなかの平原を吹き渡る冷たい風を吐いたのでありました。
「無駄なこと、そのような風、氷の海に生まれた妾は馴染みすぎるほど馴染んでおるわえ」
 身体中に氷を浴びながらヴァイキング娘が言い返しました。そうして狼どもの背後からはタタールの戦士が、それはもうあきれるほどの勢いで討ちかかりました。
 「夏至の日が暮れようが暮れまいが、おれにはかかわりのないことだ。残念だったな」
 みるみるうちに冬の狼の輝くような白い毛皮は朱に染まり、狼はがっくりと前足を折って叫んだのです。
 「あなたがたは私をどうしようというのだ。殺すか、このまま行かせるのか。
 私を殺せば私の毛皮は市場で高く売れるだろう
 だが、私をこのまま行かせるというのであれば、よいことを教えてやろう」
 「冬の狼よ、お前の毛皮になど用はない。いったい何を教えてくれるのだ」
 魔導師が答えて言いました。冬の狼はこのようなときに言葉を違える魔ものではないことを、魔導師はよく知っていたのです。すると、狼は居住まいを正して言いました。
 「この夜はおまえたちにまどわしを見せるだろう
 見るものがそのままの姿であると思わないことだ」

 狼たちと別れてさらに進むと、道は白樺の林へ入ってゆきました。林は次第に深く、いつしか鬱蒼とした森になってゆきました。木の葉は厚く葺いた屋根のように森を覆い、先頭をゆくタタール人が鞍つぼにぶら下げたカンテラから伸びる明かりだけが、危なげな道をどうやら照らし出すのでありました。
 と、タタール人が急に馬を止めました。
 「見ろ、なんと危ないことだ。これは去った年の戦の跡なのだろうなあ」
 森のなかの道いっぱいにぱっくりと落とし穴が口を開け、底にはくいにつらぬかれた髑髏が見えました。
 「明かりがなければおれもあの髑髏と並んで晒されていたところだ」
 そうして馬の首を少しばかり森の中に向けて進みだしたと思ったとたんに、一声の悲鳴と馬のいななきを残してタタール人の姿が消えました。はっとして見ると、道の脇には黒々と深い穴が穿たれており、そして道の真ん中に口を開けていたはずの落とし穴はきれいさっぱりなくなっているのでした。なんとしたことだと驚き騒いでいると、助けてくれと細い声がして、どうやら穴の縁にかかったらしいタタール人の指先が見えます。そこでようよう引き上げてやったのですが、可哀想に、タタール人が乗っていた馬は深い底に落ちて命を失ってしまったようでした。
 しかし急ぎの旅のこと、徒歩で行くわけにはいきません。仕方なくヴァイキングの娘が魔導師を自分の前に乗せ、タタールの戦士は魔導師が乗っていた馬に乗り換えて先を急ぐことにしたのでした。確かにこの夜はまどわしに満ち満ちているようでありました。

 林の中をさらに進むと鶏の足の上に乗った小屋が見えました。あれは話に聞く妖婆、バーバヤーガの小屋に違いないと魔導師が誰言うともなく呟きました。進んだものか、避けて森の中を通ったものか。遠巻きで相談するうちに、目の前で小屋の扉が開きました。
 中からはあかりをもった美しい娘が出てきました。娘は一行を見ると、にっこり笑ってこういいました。
 「緑の森は暗いでしょう、緑の沼はぬかるでしょう、旅のかた、どうぞ私と母親の小屋で休んでください」
 「とんでもない、娘さん。私どもは森には用がない。そうして私どもは先を急ぐのです」
すぐに司祭様が云いました。哀れな話だが、どうにもこの娘、神さまの祝福とは縁遠い様子に思えるのだよ。
 「それと申しましても、旅のかた、今夜は夏至の宵でございます。あやしのものどもが群れ歩き、打ち騒ぐ宵でございます。このまま森を行かれましてはきっと幾度も恐ろしい目にお会いになりましょう。短い夏の夜、少しばかり足をお留めになられたとて、道行きになんの障りがありましょう」
 「いや、お言葉はありがたいが我らはどうにも先を急ぐのだ」
 「それでもこのまま、あなたがたを暗い森にやったとあれば、私が母に叱られます。ではせめてご案内をいたしましょう。あやしのものどもの通らぬ道を」
そうして娘は司祭様と奥方の乗った馬のくつわを取りました。危ない、バーバヤーガの策略に違いないと魔導師がつぶやきました。そのとたん、ヴァイキングの娘はするりと鞍から滑り降り、森の娘の手をくつわから払いのけて云ったのです。
 「要らぬと申したではないか。人の云うことは聴くものだというに、化け物め」
そうして大剣を振り上げると、あっという間に娘の脳天を打ち砕いてしまったのでした。

 さて、では後はこの娘の正体を見届けるだけ。一行はぞろぞろと馬から下りて、娘の屍骸を取り囲みました。
 ところが脳天を打ち砕かれて死んだ娘は、いつまで経っても娘の姿のままそこに倒れているばかり。物の怪の正体をいつ現すかと眺めていても、いっかな埒はあきません。
 「もしや、この娘、死んだふりをしているのではないか」
 タタール人が言いました。
 「命があればこそ、いつまでも娘の姿なのだ」
 「それとも」
 と魔導師が言葉を継ぎました。
 「わたしたちはひょっとしたらずいぶんと拙いことを仕出かしてしまったのではなかろうか」
 そうしてヴァイキングの娘をじろりと睨みました。ヴァイキング娘は肩を竦め
 「妾の過ちだとでもお言いかえ。妾の剣が誤ったものを斬るはずがない。死体の姿が変わらないとすれば、これはもともと娘の姿をした化け物に違いあるまい」
 そう応え、それから馬に飛び乗ると魔導師の首根っこをつかんで鞍の上に引きずり上げました。
 「さて、随分と手間を食うたわえ。短い夏の夜、ぼんやりとすごしてよいはずがなかろうに」
 確かにその言い分は理に叶っておりましたので、皆馬に乗り、速駆けでその場を後にしたのでした。そして夜の残りには何ごともなく、一行は早朝、サルバスの町に到着したのです。

posted by たきのはら at 14:19| Comment(3) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四人の勇者がよこしまな領主を討った話(1)

ネタバレ注意!以下のレポートはDungeon誌89号に掲載の“River of Blood”を使用して遊んだものです。


 ロシアの子らがまだウォッカの蒸留のしかたも知らなかった昔のことです。
 ドニエプルの河沿い、キエフの都をすこしばかり北に外れた平野に四つの砦があり、それぞれを四人の領主が治めておりました。一番北の砦を治めるのはオハカル砦のオハカル、少し南、川がふた筋に分かれる場所を治めるのはオボーツクのイーゴリ、東の川沿いの砦を治めるのはフセスラフ砦のフセスラフ、そして河が再びひと筋になって海に注ぐ場所、もっとも大きなサルバスの町を治めるのはキエフ大公そのひとに任ぜられた代官、カリッツァという領主でした。西の川は昼なお暗い森に流れ込み、その森はというと怪物が出るともっぱらの噂で、勇敢な猟師でさえも踏み込むのをためらうという場所なのでした。
 さて、四人の領主たちはお互いにたいへん仲が悪く、隙さえあれば余所の砦を自分のものにしてしまおうと考えてばかりおりました。けれど、オボーツクのイーゴリは少しばかり頭の切れる男であったので、ある年の夏、カリッツァのもとに出かけ、その美しい一人娘を娶って帰りました。そうすればサルバスから攻められることはなかろうし、そこの婿になっておけばいずれよいこともあろうと考えたからです。
 やがて若い奥方は身ごもり、翌年の夏の始め、珠のような若君を産み落としました。祝いの席にはフセスラフ砦からも使者が口上を述べにやってきたほどです。その使者の顔を見て、イーゴリは驚きました。フセスラフ砦からの使者は誰あろう、領主フセスラフそのひとであったからです。
 「我らは長らく諍いをしてきたが」
 と、フセスラフは云いました。
 「諍いと祝いとはまた別の話だ。考えてみれば、わしはお主の婚礼の祝いさえしなかった。聞けば、先ごろは後継ぎにも恵まれたというではないか。それさえ知って知らぬふりをしていたのでは隣びととしての礼にも欠こうというもの。よって今日は祝いを述べにまかりこした。今日からはこれまでの諍いを忘れ、ほれ、お主とカリッツァ公が親戚づきあいを始めたように、隣人づきあいを始めようではないか」
 「それは願ってもないことだ」
 と、イーゴリは応えました。
 「諍いを繰り返してもなにもよいことはない。これからは隣人として共に栄えよう」
 二人は飲み、かつ食い、すっかり打ち解けたのでした。
 
 それから暫くしたある日、イーゴリのもとにまたフセスラフ砦からの使者がやってきました。使者が携えていたのは、夏至祭りの宴への招待状でした。先だっての宴でもてなされた礼に、こんどはフセスラフがイーゴリをもてなしたいというのでした。イーゴリは二人の供を従えて出かけましたが、その日の夕方、帰ってきたのはたった一人の従者と、そして死んで冷たくなったイーゴリのなきがらでした。
 驚き騒ぐひとびとに、従者は言いました。
 「どうか聞いてください。フセスラフはひどい男です。私たちが砦の広間に入っていくと、奴は山海の珍味を並べて私たちを手招きました。そして旦那様に杯をわたし、乾杯の辞を述べたのです。そこで杯を干すが早いか、おいたわしいことに旦那様は息を詰まらせて倒れました。お顔には紫の斑点が浮いてまいりまして、助け起こそうとするともう息をしてはいらっしゃらなかったのです。若いイワンが腰の剣を抜いて切りかかりますと、奴は大きなかなてこを取り出してイワンの頭をどやしつけました。それで、かわいそうに、イワンも死んでしまいました。
 そして、奴は旦那様のなきがらを私に寄越してこう言ったのです。
 『おまえはこの死体を持ってオボーツクに帰り、そして奥方にこの手紙を渡すがよい』
 と」

 さて、死んだイーゴリは、自分の身が守れるほどではなかったにしろ、頭の切れる男であったので、館には諍いが起こったときに備え、勇者を住まわせてあったのです。
 ひとりはタタール人の戦士。ひとりはヴァイキングの娘。ひとりは遠くギリシアからやってきたという魔導師で、いまひとりはユダヤの高徳の司祭様でした。
 魔導師はたいそう学のある男であったので、スラヴの文字も難なく解しました。
 「奥方に見せる前にわたしに手紙をよこしなさい」
 魔導師はいいました。
 「奥方のお心には毒なこともあろうから」
 まったく魔導師は正しかったのでした。手紙にはこんなことが書いてありました。
 『おお、美しい公妃オリガよ。夫と慕うイーゴリを亡くしてさぞや寂しかろう。わしも先の冬の寒さに連れ合いを亡くして寂しい。館の宝をすべて携え、このフセスラフの砦に来て暮らすがよい。もしいやだというのなら死ぬ支度をするがよい』
 魔導師が手紙を読み終わるか終わらないかのうちに、急に外でやかましくシンバルを打ち鳴らす音がしました。
 「大変だ、タタールの命知らずどもが攻め寄せてきたぞ!」
 物見台から見張りの叫ぶ声がしましたので、今度はタタール人の戦士が櫓によじ登りました。見ればたしかに荒馬を乗りこなした古強者が八人、館の門の前に寄せてきているのでした。
 「おおい、兄弟、これはどうしたことだ」
 タタール人は下の平原に向かって叫びました。
 「おお、フセスラフ砦の領主が色に狂って、オボーツクの妃を奪おうと領主に毒を盛って殺した。そして我らに金を寄越して、砦の財宝と妃を連れてくるように言ったのだ」
 「兄弟、おまえ、内側から門を開けて、我らを入れてはくれまいか」
 「そうしたらフセスラフからの金はもちろん、砦の財宝も兄弟九人で山分けとしよう」
 口々にそんな返事が返ってきたのでしたが、タタール人は首を横にふりました。
 「いいや、それはならん。おれはここの殿様には随分と世話になった。何しろこの冬の寒さに行き倒れていた命を救われ、今日まで飯と酒を存分に頂戴してきたからなあ。それよりはおぬしらが、フセスラフの首を取ってこないか。そうすればフセスラフ砦の財宝はおぬしらのものだし、ここの家令からもたんと礼が出よう」
 「いいや、ここの財宝と奥方を持たずに砦に戻ったら、今度は我らの首がなくなってしまう。残念だが兄弟、八人死ぬよりは一人死ぬほうがましだからな」
 「なんとまあ、わからずやな連中だ」
 こっそりと呟いたのは魔導師でした。
 「魔法の眠りに落ちて首を取られるがよい」
 そうしてなにやらぶつぶつとさらに呟くと、屈強の寄せ手のうち四人がたちまち眠りこけて鞍つぼから転がり落ちたのでした。これは危ないと引き上げる背中に、今度はヴァイキングの娘が呼びかけました。
 「かわいそうに、空手で戻れば首をなくしてしまうのだろう。だったら妾があの世まで道をつけてやろうかえ。首を持ったままにね」
 そうして強弓を引き絞り矢継ぎ早に矢を射掛けましたので、さらに一人が心臓を貫かれて転がり落ちました。
 こうして一度目の寄せ手は追い返したものの、このままではフセスラフの兵士達が大勢でやってきてオボーツクを踏み潰してしまうだろうことは、火を見るよりも明らかなのでした。

 「そこで、みなさまに相談がございます」
 四人を前に、家令のバヤンが口をひらきました。
 「このままではわたくしどもはすっかり死んでしまいましょう。そこで、お願いがございます。みなさまがた、奥方さまをお守りして、サルバスの舅どののところまで落ちて下さるわけにはまいりませぬか」
 「それでは、このオボーツクはどうするというのだえ」
 「奥方さまが無事に逃れられれば、舅どのは何の心掛かりもなくあのフセスラフめをぎゅうという目に会わせてくださいましょう。それまでは何としてでもわたくしめがこのオボーツクを守ります」
 「ほう、おぬしが。それで、何日くらいは持たせられような」
 「一晩と一日。それならばなんとかなりましょう」
 「サルバスまではどれほどかかるのだね」
 「今すぐ発てば明日の朝には着きましょう」
 「道は」
 「陸をゆくなら三つ。河を下るなら二つの道がございます」
 けれど、一行のうちに泳ぎを知っているのは北の荒海からやってきたヴァイキングの娘だけでしたので、河の道は取り様がないのでした。
 「しかたあるまいよ。陸の道を行こう。して、どのような道だね」
 司祭様が尋ねると、バヤンは肯いて応えました。
 「それでございます。まず河の東をゆく道は、タタールの命知らず、恐るべき盗賊どもの巣でございます。河の西を行く道は、森から迷い出てきた怪物どもの通り道でございます。河の中州をゆく道は、丈高い草の海、何が居るとも知れませぬ」
 「何かが居れば噂になるだろう。何が居るとも知れぬのならきっと何も居らぬのだ。中州が一番ましであろうよ」
 剛勇をもって鳴らすタタールの戦士がそう云いましたので、結局一行は中州の道をゆくことになったのでした。

 中州は見渡す限り、丈高い銀色の草の海でありました。馬に乗った一行の腰のあたりでざわざわと草が騒ぎます。日は傾き、草の海を泳ぎ渡るように馬を急がせる一行の影は、長く長く銀の波頭の上に落ちるのでした。
 「急いだほうがよかろうなあ」
 魔導師があまり愉快でなさそうな声で云いました。
 「こんなに急いで出立するとわかっておれば、門前の押し込みどもに魔法など使うのではなかった。一度唱えてしまった呪文は心から掻き消えてしまう。かてて加えてもうじき日が落ちる。夏至の宵はこの世ならぬものの祭り日だからのう」
 そう魔導師が言い終わるか終わらないかのうちに、草原に、まるでひとふきの強い風か、それとも足の速い船が過ぎた後のような波が立ちました。そうしてよくよく見れば、背の高い草むらを揺らすのは、風ではありません。一頭の白い狼と二頭の灰色狼が風のようにはやく駆けてくるのです。
 ちょうど大きな太陽が西の森に沈んでいました。

posted by たきのはら at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『四人の勇者がよこしまな領主を討った話』前口上

 ……本当なら今日は「渡竜」第6回のレポートをせっせと書いているはずだったのですが。
 なんということか、家人の急病のため、第6回は私はお休み。今回は新規キャラやゲストキャラも入って賑やかになるはずだったのに……

 ともあれ、第6回の顛末は、第7回の冒頭にでもダイジェストでお知らせしようかなと。第5回の最後でも書いたように、街中に暮らすのが苦手なアルテアがウィチカの「薬草園」に薬草の世話をしに出かけていたときにおきた事件だった、とでもいうことで。
 あうう、次回こそは必ず!!というか、遊べるはずだったのに、そしてここでレポート書いてるはずだったのに、って、どうにも切ないもんですね……

 で、悔しいので別のレポートをアップします。
 この話、遊んだのは2002年の1月半ばごろ。その頃はまだ「遊んだら即レポート」というパターンもできてなくて、でも、あまりに楽しかったのでレポートに起こしかけて、ところが書きかけのまま放置していたようなのです。ようだ、というのは先々代のPCのバックアップデータの整理をしていたら、とっくになくしたと思っていた書きかけレポートがひょっこり出てきたので。

 ……わぁ、こんなことやってたんだ♪、てのが半分。
 レポート書きかけで止まってるのがどうにも悔しかったのが半分。
 あと、「完全物語形式」というちょっと妙なことをやっていたのでこれで仕上げてみたかった、ってのがちょっと。

 で、危なっかしい記憶を掘り起こして(結構覚えているもんですねぇ)DMや他のPLの皆さんにチェックを貰って仕上げてみた次第。

 まぁ、楽しんでいただけたらいいなぁ、ということで。
posted by たきのはら at 13:57| Comment(2) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月14日

ひとを織り成すもの(その10:エピローグ)

 ともあれ、妄想家のトログロダイトは死に、我らは生き残った。
 本当に我らは肉食のサルから作られたのだろうかとエルンストが不安げに言ったが、そればかりはカイウェン卿が鼻先で笑って捨てたものだ。ことこれには夢も現もない、世の中には夢を見るものがいるのと同様に、気違いじみた妄想を抱くものもいる、そしてそれはトログロダイトも同じということが証明されたに過ぎぬ、と。

 なに、我らの起源がどこにあろうが知ったことか。今サルでないのなら我らはサルではないのだ。そのようなことを云々して日をすごすのは聖カスバートの実践の教えに背く。

 で、我々は悪夢の洞窟を出た。テラックスが倒れた今となっては、特に手向かいをしてくるものもいなかったが、念には念を入れ、後で手勢を整えて件の場所は再封印したのだったがな。

 それから、どうしたと?ああ、私は旅に出たのだよ。諸国を回って贖罪をするというカイウェン卿と共にな。贖罪するものを助け、また聖カスバートの教えを実践する姿を広く世に示すことこそ聖カスバートの御心にかなうことと、そう知れたのでな。長いこと、共に旅したが……私のほうが先に老い衰えた。カイウェン卿の身に一度は喰い込んだ呪いの爪が、卿の身体を流れる時間の速度を緩めていたのだな。
 だが、先ほどの夢で私は見たのだよ、卿が御許に召されたのを。安らかとは言わないまでも、幸せに召されていったのを。
 どの神の御許に、と?それは知れぬなあ。聖カスバートやもしれぬし、そうでないやもしれぬ。双頭の悪鬼の力に屈しそうになったとき、常に力を与えてくれたのだといって、卿はヴァシュマルから夢の中で受け取った泉の乙女の聖印を肌身離さず持っていたから、今頃はゲシュタイの御許で安らいでいるのやもしれぬなあ……

 そうして、この長い夢も、幸せにほどけて現へ帰ったのだよ。
 そう、幸せな夢は現になり、悪い夢はただ単に終わるのだ。我らがそう望むのだから。それもまた、聖カスバートの御心にかなうことなのだろうよ……



 そう、悪い夢はただ単に終わった。
 夢の馬を倒したエルンストはその後再び地獄の馬に追われる夢を見ることはなかった。
 そうして彼は聖カスバート神殿に戻り、そこでまた奉仕を続けることにしたのだった。

 ヴァシュマルはまた旅に出たという。修行の途に終わりはないのだと言って。

 そうして、幸せな夢は……確かに現へと解けた。
 
 街に戻り、エルディは占い婆のもとへ首飾りを返しに行った。
 「無事だったのだね、娘さん。……ああ、首飾りも無事戻ってきたねえ。
 実はね、話があるんだよ。わたしらはこの年になるまで子供がいない。それも随分寂しいもんなんだよ。もしお前さんさえよかったら、私たちと一緒にずっと旅を続けないかい?」
 エルディは微かに微笑んだ。
 「そうしようと思うの、おばあさん。でもね、あたしひとつだけ、その前に行きたい場所があるの」
 夢に、生き別れた母さんが出てきたの。あたしの名前を呼んでいた。オルソン村に向かっているのもわかった。だからあたし、これからオルソン村に行く。
 「そうかい、そりゃあ……よかった。こんな婆じゃなくて、実のおっかさんと一緒に暮らすのが一番だよ」
 「ううん、そうじゃないの。母さんの夢を見る前に、あたし、おばあさんの夢も見たの。おばあさんがあたしのことを思ってくれているのもわかって、とても嬉しかったの。
 ……母さんにはひと目会いたい。でも、ひと目でいい。母さんには他にもたくさんの子供がいるもの。お互い空の下で元気にやってるってことさえわかれば、一緒に暮らさなくてもいいの」

 そうして、エルディはにっこりと笑ったのだった。
 「あたし、この何日かで、長い暗い夢がひとつ、いいえ、ふたつ、解けて消えるのを見たわ。だからあたしも夢を解くの。……あたしのは幸いなことに、とてもいい夢。そして解いた後消えるんじゃなくて、きっと現実になるの。
 どの夢を現にするかは選べるんだと、あのひとたちは言っていたわ。だからあたしが選ぶのは、おばあさんたちと暮らしていく夢よ」

 差し出された手をとって、占い婆は目を潤ませて頷いた。
 「そうかい、嬉しい事を言ってくれるねえ。……それじゃ、ひと月後にオルソン村の南のファルマ村で会おうよ。あたしの名はテレサ婆。そういって探してくれればすぐにわかるよ」


 かくして夢を紡いだ紡ぎ車は止まり、刺繍針は置かれた。
 すべての物語は幸せに終わった。

 図書室の中はもう随分と薄暗くなっていた。夕暮れ近くなり、いつの間にか雨足は強まってきていた。

 「それで、私たちは結局本当に尾なし猿なのでしょうか?」
 見習い修道士は不安げな声でヴァレンティンに問うた。老いた修道士は笑いともなんともつかぬ声を喉のあたりに絡め、答えた。
 「さあ、その答えはお前の夢の中にあるのやもしれぬ。
 だが、道を誤るなよ、マルティン。聖カスバートの教えは夢でなく現での行いにあるのだから」



我々人間は夢と同じもので織り成されている
儚い一生の仕上げをするのが眠りなのだ
       ――キーオランドに伝わる箴言



このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その9)

 エミールがどうやら広間の外にへたりこむのを見届けると、我らは件の「神のかなとこ」を遠巻きにした。いや、ヴァシュマルは遠巻きどころかテラックスのすぐ脇に居座ったのだがな。
 「カイウェン、私はこのテラックスなるトログロダイトをほんの欠片すらも信用していない。だが、この邪悪な男が実験の失敗などと言い成してお前を口にするのもはばかるような姿に変えたならば……私が責任を持って帳尻を合わせてやろう」
 そう言ってな。何しろあのヴァシュマル、羽も生えておらぬのにひと飛びで広間の端から端までぐらいなら飛び退けたはず。いざとなったらカイウェンを抱えて広間の外に飛び退くつもりだったのだろう。

 ともあれ、儀式は始まった。
 テラックスが神のかなとこに横たわったカイウェンの上に手にした杖をかざすと、杖は禍々しく明滅し、そしてカイウェンは死者の顔を苦痛に歪ませて身体をわななかせた。と同時にカイウェンの身体からぽろぽろと皮膚が剥がれ落ち、そして見る間に死の騎士は全きヒトの姿になったのだったよ。では終わりか、と見るとそうでない。
 急にヴァシュマルがテラックスの杖を掴んだ。
 「まて、ここまでだ」
 青白い光の中で、テラックスの顔が世にもおぞましい笑みの形に歪むのが見えた。
 「では気付いたのだな、私が変成の次の段階を実践しようとしていたことを。気付かなければあと十秒は長生きできたものを!!」
 ヴァシュマルの答えはもちろん、目にもとまらぬ速さで繰り出された拳だったが。



 ヴァシュマルとテラックスが揉みあっているところへ、もうひとつこの世ならぬ声がした。夢の馬であった。馬は、神のかなとこの上で未だに身体から去らぬ苦痛にうめくカイウェンのもとに歩み寄り、告げたのだった。
 ――おお、カイウェン卿。偉大なる死の騎士であった御身は我があるじ様であらせられた。だがその身に卑しき血を通わせ始めた今となっては、踏み潰すべき虫けらに過ぎない。しかしカイウェン卿、そうする前に私には、まず果たさねばならない約束がある。
 そうして馬は、その言葉通り色青ざめたエルンストへと走り出した。鬣に炎を揺らめかせ、蹄の下に火花を散らし、瞳に地獄を映しながら。

 乱戦となった。
 エルンストは馬の蹄から必死に身をよじって逃れつつもあらん限りの魔法を叩きつけていた。エルディとヴァシュマルは、青白い明かりに明滅する広間を所狭しと駆け巡り、闇の中から沸いて出た二頭のゴリラの衛兵と死闘を演じていた。ヴァレンティンはというと、これもまた闇の中から滲み出してきた、どうやらテラックスの副官らしいトログロダイト相手に苦戦していた。
 「カイウェン、そこから降りろ!!」
 誰かの叫び声がして、カイウェンはうめきながらかなとこから転がり落ちた。だが苦痛がまだ身を引き裂くのか、立ち上がることすらできない。なんとか時間を稼ごう。傷負わずの戦長が戦列に加わればこちらの数とあちらの手勢の数は等しくなる。そう思った瞬間、広間の壁が動いた。
 デモゴーゴンの石像が、その長い双頭と鞭のような腕をを振り回しながらこちらへ歩みだしてきていた。

 戦いは延々と続いた。
 ゴリラはいくら殴りつけても一向に倒れない。テラックスはというと、デモゴーゴンの石像を操りながら――そう、あれはテラックスが操る石像なのだということはヴァシュマルが見切ったのだが、だといって何の救いになるものでもなかった――どこかに隠れてしまう。カイウェンはようやっと立ち上がったものの、死の騎士の剣は定命の者の手には握れぬということか、剣を取り落としてしまう有様。エルディがすかさず自分の代えの曲刀を投げてやる。
 火球が炸裂し、炎の柱が立ち、副官が倒れ、ゴリラが切り伏せられ……カイウェンも一度は倒れたが、このかつての『死の騎士』はどうやら聖カスバートの御心にかなったらしく一命を取り留め、また立ち上がる。

 「エルンスト、いま少し耐えろ、こちらが片付いたら助けてやる!!」
 ヴァレンティンがゴリラを殴りながら叫ぶ。その姿は薄闇の中でいつもの倍近くまで膨れ上がっているように見えるのは、これも聖カスバートの恩寵か。
 「ヴァレンティンさん、助っ人が要りますか?」
 広間の入り口からどうやら気を取り直したらしいエミールの声がするが、それへの答えはさっさと逃げなさいあんたの敵う相手じゃないわとエルディの叫び。一方でエルディはエルンストと二人で夢の馬を挟み、必死に殴りつける。冗談じゃないわ、あたしはこんな地面の下で死ぬわけにはいかない。これがこの腐れ馬の運んだ悪夢ならとっとと覚めてやる。

 エルンストの魔法の矢とエルディの鉄球がほとんど同時に馬を撃ち、瞬きひとつ分馬はその動きを止めたかと思うと、その後ゆっくりと膝を負った。
 ――貴様、良くぞ運命の楔から逃れ遂せた
 エルンストの耳の奥深くに、馬の声が沈んでいった。

 残るはテラックスとデモゴーゴン――の石像――のみ。
 石像には剣も魔法も通用しないのはもう知れていた。とはいえ、テラックスも容易い相手ではない。
 「そうか、まだやるのか猿どもめ。
 ではこれを試すときが来たのだな――私は様々な目的のために私の杖を鍛え上げた。ひとつには神のかなとこを打つ槌として、またひとつには尾なし猿を片付けるための武器、『ヒト撃つもの(ヒューマン・ベイン)』としてな!!」
 だが、おそらくはトログロダイトの目には弱い相手と映ったのであろうエルディは、すばしこく杖の下をかいくぐっては確実にテラックスの命を削ってゆく。やがてテラックスは全員に囲まれその場から一歩も動けなくなった。ヴァシュマルの拳が、エルディの鉄球が、次々とテラックスを撃つ。続いてエルンストの雷撃、カイウェンの斬撃。だが、まだ倒れない。応えのようにデモゴーゴンの腕が唸り、駆け寄ろうとしていたヴァレンティンの頸を薙いだ。が、神の恩寵か、ヴァレンティンの苦痛に霞んだ目の奥に、テラックスの姿だけはまだ映っていた。血を吐きながらヴァレンティンはテラックスの姿を思い切り棍棒で薙いだ。鈍い手ごたえの後、五人の足元に、ゆっくりとテラックスは倒れた。

 同時に、双頭の悪鬼の似姿の石塊もその動きを止めた。
 どうやら悪夢は終わったようだった。


このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その8)

 「カイウェン、カイウェン、戦長カイウェン!!」
 私は必死に叫んだのだったよ。そう、私はこう思ったのだ。目の前にいるのは死の騎士の姿に心を封じられ、我らと言葉を交わしたことすら忘れてしまったオアリディアンの戦長に違いない、と。だからその名を呼んで目を覚ましてやればよいに違いない、と。とんだ思い違いだったのだがな。

 カイウェンは広間の中央まで歩み出て、我らを認めると口を開いた。死者の喉から紡がれる声には、それでも在りし日の声色があった。
 「『拳』に『棍棒』、また出会ったな。この姿を晒さねばならぬとは浅ましい限りだが……」

 

 「戦長カイウェン、お前はいったい何の目的あって我らの同胞を攫った。我らは好んでお前と事を構えようというのではない、我らの同胞を返せ、そうすれば我らもここから立ち去ろう」
 ヴァシュマルが声高く言った。カイウェンが間違いなくカイウェンであるのならこちらの声が届くはず。だが、その時、杖を構えたトログロダイトがしゅうしゅうと声を上げた。

 「カイウェン卿、それはなりませぬ。この男を放ってしまっては実験をお見せすることが出来ませぬ。あなた様は見ずして信じるのか。変転のわざをその御目で見ずして神のかなとこに身を横たえようというのか」
 「戦長カイウェン、実験とは何だ。神のかなとことは何だ。御身は何を見ずして何を信じるというのだ」
 ヴァレンティンが声を上げる。カイウェンはしばし口ごもっていたが
 「そこの男が横たえられているこの祭壇こそが神のかなとこ。私は死の神々の手により、この神のかなとこの上にて定命の身からこの姿に変えられた。だが、このテラックスは神ならぬ身ながら神のかなとこを操り、変転のわざを執り行えるという。ならば……」
 ああ、そうか。昨日鏡の中に見たあの圧倒的な魔力は、この祭壇だったのか。そうエルンストは思った。そうしてその傍にたたずんでいたのはテラックスか――いや、カイウェンだったのだろう。
 「あなた、ひょっとして人間に戻りたいの?人間に戻ってどうするの?」
 暫く続いた沈黙の後、エルディの声が響いた。
 「罪を償いたいのだ。死の騎士となってから犯した数々の罪を償いたいのだ」
 「……ならば、我らの同胞を放せ、戦長カイウェン。罪を償うために罪を重ねるのか」
 ヴァシュマルの言葉にカイウェンは頷き……そして、テラックスに言った。

 「テラックス、その男を用いての実験は要らぬ。その男を放せ」
 テラックスはしゅうしゅうと声を上げて笑った。
 「これはカイウェン卿とも思えぬお言葉。卿ともあろうお方がわが言葉のみを信じて神のかなとこに身を横たえるのか。試しの姿を見ずしてわが手に身を委ねるのか」
 「おかしな理屈をこねるトカゲだことね」
 エルディが嘲った。
 「実験をしなければ失敗するものなの?成功するのであれば実験は要らぬはず、失敗したならカイウェンはあんたを信用しないだけのこと。いったい何がやりたいの?」
 テラックスはいよいよ耳障りな声を上げた。

 「おお、私はカイウェン卿に変転のわざをまずはお見せしたいと思っただけのこと。尾なし猿の末裔(すえ)どもめ。
 おぬしらは知らぬことだろうが、我ら高貴なる竜の一族ははるか昔、この大地を統べていたのだ。地を統べ、栄え、そして栄えに飽いて大地の底に眠ったのだ。だが、我らの一族が眠りにつく少し前のこと、私は神のかなとこを用いてとある実験をした。肉食のサルの毛を剥ぎ取り、尾を取り去って、そうして出来た珍妙な生き物に知恵を埋め込んだ。そうしておいて眠りについた。目覚めるときに尾なし猿どもがどのような姿になっているかを楽しみにしながらな。おお、なんということだ。長く眠りすぎるのも実験の行く末を変えるものだと私は知ったよ。猿が剣はともかくとして呪文まで使いこなしているとはな……
 ともあれ、実験は思わぬ方向に成功していた。そう、その証拠にカイウェン卿、あなたはご存知だろう、竜語を話し、竜に血の生贄をささげる恐るべき古い一族の事を。我らの中で最も野蛮な巨竜の一族は地上に残り、尾なし猿どもに崇められたことの何よりの証拠ではないか」
 「ええ、いい加減な事を。そんな駄法螺、誰が信じるというのだ」
 エルンストが口いっぱいに叫ぶ。
 「おお、だから、見せて信じさせてやろうというのだ。お前たちは見たくないのか、ここに横たわる男が自分の本来の姿たる猿に戻ってゆくのを」
 「誰が見たいものか!!」
 「……ほう、おかしな話だ。眠りに着く前、私は確かに尾なし猿の中に好奇心を埋め込んだのだが」
 「そんな汚らわしい好奇心など、すべて信仰心へと姿を変えたわ!おのれが何をしたつもりになっているかは知らぬが、おのれの目の前にいるのは既におのれの知らぬヒトという種族。さあ、つべこべ言わずにその男を放せ!!」
 ヴァレンティンのこの台詞には流石に残りの三人は失笑していたのだが、ヴァレンティンはさらに声を上げた。
 「我らがサルか、よかろう。だがお前らとは少なくも同じ先祖(おや)を持たぬことは神の恵みであろうよ!!」
 ヴァレンティンの脳裏には古い血の染みのようにある風景が浮かび上がってきていた。そう、あの時、あの大広間で、クルトの話す竜語を聞いた魔術師スネークの怯えたような表情が……いや、まさか。ただの偶然に違いない。今も昔も竜とは恐ろしい生物。その言葉を話す見知らぬ男にフランの魔術師は恐怖を覚えた、それだけのことに違いない。

 ともあれ、ヴァレンティンの言葉は少なくともカイウェンには届いたらしい。死の騎士は神のかなとこに歩み寄ると、縛り付けられていたエミールを解き放ち、代わりにそこに身を横たえた。
 「この者たちの言うことは尤も。テラックス、私は見ずしてお前のわざを信じよう」
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとを織り成すもの(その7)

 で、夜明けを待って件の洞窟まで行き、ミスルトゥを見張りに残して地下に潜った。
 いやはや、まったく呆れ果てた洞窟だったよ。中には凶暴なサルと鎧を着たゴリラが満載、これが掴みかかってくるは噛み付いてくるは、挙句は大岩を転がし落としてくるは。かと思えば、一本道めいた洞窟の癖にやたらと隠し扉があって、それを開けるたびに扉の向こうには爆砕の秘文が仕掛けてある。そいつを飛び越せばぱっくり開く落とし穴。
 いや何、すべてエルディ嬢とヴァシュマルが飛び退き飛び越し無効化してしまったがな。

 それにしてもエルディ嬢のすばしっこさ、耳ざとさといったら大したものだった。それでいて強力無双のことといったら、我々男どもなど足元にも及ばん。ヴァシュマルと二人ではるか彼方まで駆け抜けたかと思うと、サルの一匹や二匹など手にした武器の一振りで片付けてしまう。いやまったく、かわいらしいお嬢さんも見かけによらぬものだ。ヴァシュマルのほうも負けてはいない。蹴った床にぱくりと口をあける落とし穴の上を、足に羽でも生えたかのように跳び越し、着地する前にサルの頭を蹴り割るような具合。

 おお、もちろんサルばかりではない、タコも出た。洞窟の中に水盤があってな、そこに潜んでいた。水盤の中に満たされていた水は何やらこの世のものではないようだったが……ともあれそんな洞窟を随分奥までいった。奇妙なものも見たな。水晶の卵のようなものが割れており、中にトログロダイトの干物が倒れていた。触ると砂のように毀れたが。あれは何だったのやら。エルンストが言うには、あの卵はどうやら何かものを保存するためのものだったらしいが……

 ともあれ、随分奥まで行った後、我々はとうとう洞窟の内奥までたどり着いたのだよ。



 扉を開けると、そこは漆黒の闇。
 魔法の助けで目が利くようになってはいるが、とはいえそれにも限度がある。
 ヴァレンティンが『明かり』の呪文を施した石を闇の中に投げ込むと、広間の突き当りらしきところに何やら大きな石像の影が浮かび上がった。それは見るも禍々しい悪鬼。両腕は鞭となり、尾は二股に分れ、蛇のような首もまた二本ある。そうして首の上には猿のような顔。記憶さえ正しければ魔界の公子と称される古き神、デモゴーゴンをかたどったものであった。
 どうした、と闇の中から竜語の声がした。
 どうしたというのだね、続けて人間の言葉が言った。
 だが、闇の中には相変わらず何の姿も見えない。思わずヴァレンティンが一歩踏み出した瞬間、また床に秘文が浮かんだ。かと思うと、次の瞬間床から炎が吹き上がり、ヴァレンティンの姿を赤々と照らし出した。

 「ヴァレンティンさん!!」
 次の瞬間、部屋の奥から悲鳴にも似た声がした。聞き覚えのある声、エミールだ。
 「生きていたのかエミール、助けに来たぞ!!」
 よかった、声がしなければ、踏み込む前にまず火球を打ち込んで部屋をひととおり焼き払おうと思っていたところだったと背後でエルンストが物騒なことを言う。
 先ほど秘文は作動させてしまっているから、あとは怖いのは落とし穴だけだ。それもヴァシュマルが口を開けさせてしまう。
 「待っていろエミール、今助けてやるからな!」
 ヴァシュマルが軽く助走をつけながら言う。修行僧の脚力を生かして部屋の床を一気に飛び越え、継いでエミールを担いで部屋の外に飛び帰ろうという算段。だがそのとき、しゅうしゅうと唸るような声がした。
 「待て、その男を渡すわけにはいかん」
 ぼうっと光る杖を構えたトログロダイトが何やら祭壇じみたものの脇に立っていた。そして、祭壇の上にはエミールが横たえられている。
 「渡すわけに行こうが行くまいが、連れて帰る!」
 叫んだヴァシュマルへの答えは、もの凄いゴリラの吼え声だった。護衛がいないわけはないということらしい。

 その時。
 「待て、テラックス」
 人間訛りの竜語が聞こえ、急に部屋が明るくなった。
 青白く輝く剣を持って立っているのはひとりの『死の騎士』。それはヴァシュマルとヴァレンティンの二人が言葉を交わしたカイウェン卿の変わり果てた姿だった。そうしてエルンストもその姿を見た瞬間息を飲んだ。例の「夢の馬」の背に乗っていたのはこの男。そして……部屋の奥に闇から染み出したかのようにたたずんでいるのは、間違いない、エルンストとは因縁の深いあの夢の馬ではないか。
 
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとを織り成すもの(その6)

 眠るや否や、夢を見た。

 ベネディクト師が我らのことを案じてまんじりともせずにいらっしゃることを私は夢で知った。その夢を通り過ぎてしまうと、今度ははるか昔の風景の中に出た。はるか昔、と言っても尋常の昔ではない。キーオランドの王国が初めて立った頃の昔だ。――おお、そのようなこともあるのだよ。

 森の中を涼しい風が流れ、青い蛍が瞬きながら五つ六つとたゆたっていた。森の中に開けた広場では素朴な輪舞曲が流れ、宴のために着飾った人々がくるくると踊っている。だがその胸や頭、喉首にはみな血がこびり付き、笑い交わす人々は或いは頭を叩き割られ、或いは腕や足が千切れ飛んでいるのだった。ああ、それも私の見知った光景だったのだよ。その光景の向こうからヴァシュマルがやってきた。お前もこの夢の中に来たのかと問うとそうだと答えた。
 そうしているうちに、人々の中で我らに声をかけるものがあった。
 ひとりだけ、かすり傷ひとつ負わずにいるその男の名も私は知っていた。戦長カイウェン、と私はその名を呼んだ。

 「『拳』と『棍棒』よ、あなた方は何故私の夢の中にいるのだ」
 そうカイウェンは呼びかけてきた。そう、『棍棒』とは私のことだ。
 「私にはわからなくなってしまったのだ。何が現で何が夢であるのか。あなた方はどこから来たのか。あなたがたは何故私の夢の中にいるのだ。これは現なのか。それともあなたがたはそもそも私の夢なのか」
 「おお、戦長カイウェンよ、これは私たちが見ている夢でもあるのだ。どうやら我らの夢は時を越えて通いあっているらしい」
 ヴァシュマルが答えた。
 「ならば答えてほしい。『拳』と『棍棒』よ。私が繰り返し見る二つの光景はどちらが現であるのか。私はオアリディアンの戦長カイウェンであり、キーオランドの王朝がたった後はそこに仕えて末永く国を支えたのか。それとも夏のある日、私は私の愛し仕えた人々、愛し仕えるべき人々全てを失ったのか」
 「それはかつては同等に現であり、夢であったのだ、戦長カイウェンよ。だが、我らは愛し合うべき人々が殺しあうのを是としなかったから、あの夏至の日、婚礼が滞りなく執り行われるように立ち働いた。そして我らが暮らしている場所は、あの夏の日に立ったキーオランドの王朝が末永く幸せに続いたその先にあるのだ。だから我らが現であるのと同じだけ、あの夏の日の婚礼が幸せに執り行われたのは現なのだ。それこそが現なのだよ」
 私がそう答えると、カイウェンは頷き、ではもうひとつ問おう、と言った。
 「1年のうち358日は、私は剣を振るい、殺し、火の雨を降らせ、全てを焼き尽くして敵とするものの命を奪う。あるいはそのような夢を見る。だが、1年のうち7日だけは別の夢を見る。その7日間、私は自分がなにものであるかを捜し求める。あるいはそのような夢を見る。そうしてその夢の中で私は悟るのだ。過去に二つの姿があり、現在に二つの顔があることを。私はかつてオアリディアンの戦長、傷負わずのカイウェンであった。だが、今は?私は今でも武勲目覚しい輝かしい戦人なのか。それとも両目を刳り貫かれ、代わりに眼窩に地獄の炎を宿した忌まわしき死の騎士なのか?」
 そのとき初めて、我らは目の前の戦長カイウェンの姿が揺らぎ、恐るべき『死の騎士』と二重写しになっていることに気がついた。

 「……いったい、何故そんなことに?」
 「記憶していない。だが、私は変えられてしまったのだ。恐るべき双面の悪鬼のかなとこで……」
 そのとき、私は自分の存在が急激に薄れ、ここからいなくなろうとしていることに気がついた。慌てて私は言葉を継いだ。
 「では望むのだ、戦長カイウェン。夢は必ず現に解け、目覚めるもの、ならば自らの力で望むのだ、目覚めるべき現を。戦場の天幕で目覚めるのは武勲目覚しい戦長カイウェンであることを」
 「そうだ、カイウェン。悪鬼のかいなの下から身を離せ。何かの助けになるやも知れぬ、これを持っておけ!」
 ヴァシュマルが同様に存在を薄れさせていきながら、ゲシュタイの聖印を放る。そして
 「ところでカイウェン、その悪神とは……」
 答える声はもう夢と現の間の帳に阻まれていた。でもごーごん、という音列だけが空耳のように耳の中に落ちた。

 目覚めると、皆一様に夢で何かあったような顔をしていた。
 ヴァシュマルはやはり私と夢で同行していたもののようだった。エルディ嬢は何やら涙ぐんでいたし、エルンストの顔色の悪さと来たら大したものだった。そうしてミスルトゥはというと、歯の根も合わぬほど震えていたのだった……




 エルンストの夢は陰惨だった。
 眠りに落ちた瞬間、エルンストは夢の馬の背にしがみついていた。ああ、夢だと思って目を覚まそうとしたが無駄だった。息が止まるほど夜空を駆けた挙句、夢の馬はエルンストを振り落とした。このまま踏みしだかれ殺されると思った瞬間、声がした。エルンストを振り落とした馬は、いつのまにかその背に一体の『死の騎士』を乗せていた。
 ――私から逃れ遂せるつもりか。愚か者よ。だが、私はお前の運命なのだ。人は皆運命を拒むが、だが運命から逃れられるものなどいない。
 「冗談じゃない、俺は逃げ切ってみせる!!」
 馬はあざ笑うように言った。
 ――では、問おう。夢はどんなものが見るのだ。例えば犬は夢を見るか。
 一瞬問いの意味するところに戸惑うが、エルンスト、すぐに気を取り直す。
 「犬は夢を見ない。なぜなら犬は未練を持たぬからだ」
 ――ふむ。ではもうひとつ問おう。馬は夢を見るか。
 「……馬も……未練というものをもつ馬ならば夢を見るだろう。だが、そんな馬はめったにいない」
 ――では、最後に問おう。死せる者は夢を見るか。
 思わず言葉に詰まるエルンストに、夢の馬は重ねて言った。
 ――答えられれば良し、もし誤ったなら、お前は目覚めたとき、呪文を唱える力が削り取られていることを知ることになるだろう。
 「……死せる者は……死せる者は夢を見る!なぜなら死せる者は存在全てが未練そのものであるからだ。夢は未練を残すものが見るものだ。死せる者が夢を見なくなったとき、そのとき初めて世界の枠から逃れ、別の存在になる!!」
 ――よく、答えた。
 馬は骨が凍るような笑い声をあげた。
 ――褒美にひとつ教えてやろう。聞くがいい。
 そうして思わず後ずさるエルンストに顔を寄せ、無理やりにその耳に囁き声を落とした。
 「だ、だからどうしたというのだ!!」
 怯えた声で叫ぶエルンスト。
 ――どうもこうもない、お前はいずれ知るだろう、その知識の重さと恐ろしさを。すべては夢の中にあり、変転するものであり、定まらぬということの恐ろしさを。真実など指の間から零れ落ちる砂に過ぎぬ事を。
 そうして蹄のひと薙ぎでエルンストをその場に打ち倒しておいて告げたのだった。
 ――私はお前の運命。いかに否定しようともそれは変わらぬ。お前は私と会うだろう、洞窟の最も深い場所で。そこでお前はお前の運命を見るだろう。

 そうして、深い水の底から一気に放り出されるように、目が覚めた。

 互いに夢の話をしていると、今度はミスルトゥがたまりかねたように叫びだした。
 「わ、私の夢はそんな高尚なものじゃありません、もっと直裁なものです。私はエミールの夢を見ました。彼は助けてくれと言っていました。私は変えられてしまう、と。二つの月が満ちるときに私は変えられてしまう、と!!」
 「二つの月が……それは」
 一同、色を失う。
 野営空間から顔を出してみれば、西の空低く、今にも満ちようとする形の二つの月がちょうど沈むところだった。 


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとを織り成すもの(その5)

 偵察に行った一行が帰ってきたので、ようやっと安心して眠ることにした。
 とはいえ、私はその時、何故か寝付かれなかったのだ。

 隣ではエルディ嬢が眠っていた。ふと見ると両手に包み込むように、首飾りを握り締めていた。そういえばあの占い婆は、この数日の間だけ「夢通い」の力を帯びる首飾りをこの娘さんに渡したのだったな、と思い当たった。

 秘術呪文の力というものも不思議なものだ。我らは単に神の御心を地上に実現するためにそのお力をお借りするのだが、秘術は違う。彼らは魔法の力をどこから得ているのか。めぐる月日の中からなのか。とはいえ、めぐる月日にも神は宿るはずなのだが。そういえば月神を奉ずるものの中には月の満ち欠けと魔法の力が呼応すると主張する学派もあったような……
 ともあれ、『魔法使いの休日』とやらの実在は知らぬが、その噂にあわせて夏至近辺の一週間だけ魔法が宿るように仕掛けを作るものも居るのであろうなあ。

 そんなことを思いながらいつの間にか私も眠りに落ちようとしていた。
 私の隣でエルディ嬢がすすり泣く声を聞いたように思う。だが、何やら悲しい涙ではないように思った。それで私はそのまま眠りの腕に身をゆだねたのだったよ……



 エルディの最初の夢は、昼間に会ったジプシーの占い婆さんが見ている夢と通ったものらしかった。占い婆は連れ合いらしい老爺と二人、お茶をすすりながらこんな話をしているのだった。
 ――ねえ、おじいさん。今日来たあのエルディとかいう娘さんは、とてもいい子でしたねえ。私どもに娘が居たら、ちょうどあれくらいでしょうか。それとも孫ぐらいになるのでしょうか。あんな子と暮らしていけたら、きっと随分楽しいに違いない。
 ――馬鹿なことをいうんじゃないよ、ばあさん。私らはこの歳になるまで子宝に恵まれなかった、それだけのことじゃないか。

 思わず声をかけそうになったとき、急に夢が変わった。
 どことも知れぬ場所。荷馬車のガタガタ揺れながら進む音。年取った女の声がする。
 「エラン、エラム、エシメル……エルディ!」
 「母ちゃん、エルディは随分前にいなくなったじゃないか」
 「おや、そうかい、今、すぐそこに居た気がしたんだよ」
 「気のせいだよ……オルスン村まであと10日だ。もうじき揺れないベッドで眠れるよ」
 思わず「母さん、あたしはここに」と声をかけた瞬間、目が覚めたのだった。
 暗闇の中で身体を丸め、夢に通う力を持つと言う首飾りを握り締めて、エルディは声を出さずにしこたま泣いた。



このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その4)

 集積所の少し手前で、材木を積んだ馬車に出会った。なんでも、このままでは埒が明かない、日があるうちに少しでも今ある材木を街に送ってしまおうということで、兵士たちに後を任せ、樵たちは街へ向かうとのことだった。

 近づいてみれば、集積所はすっかり即席の砦の様相。相当に容易ならぬ連中に襲われているような。入っていくと、集積所を預かるドルイドのミスルトゥが随分顔色を悪くして駆け寄ってきたよ。きけば、敵は板金鎧を着込んだオーガで、集積所の中の者の注意力がもっとも散漫になる夜明け前を狙って攻撃をかけてきたという。尋常のオーガは重い鎧を着込まぬはず、敵はもしかしたらオーク帝国ポマージの戦闘奴隷やも知れませぬとミスルトゥは引き攣れた声で言ったものだ。そうしてさらに苦い声で、奴らは人間を生きたまま攫うことが目的でやってきたもののようだった、と付け加えた。目的は生贄かもしれませぬ。それとも奴らは生きたままの人間を踊り食いにするつもりかもしれませぬ、と。なかなかにぞっとしない話だったよ。
 オーガどもが戦闘奴隷だとすれば、指揮を取っている奴が近くにいるはず。そのようなものに心当たりはないかとヴァシュマルが尋ねた。すると、ミスルトゥが言うには、なんでもこの襲撃が始まるしばらく前から、付近で黒い鎧をまとい黒い馬に乗った黒い騎士が徘徊しているのを見かけたものがいるらしい。
 で、ふと思いついて「その騎士を見たときに何か異臭に気付かなかったか」と尋ねた。すると案の定、硫黄が漏れるような臭いがあたりに立ち込めていたという。はて、ではやはりトログロダイトかと思わず口に出したら、ミスルトゥが呆れた顔で笑ったものだ。トログロダイトがオーガを使役するなど珍しいこと、逆ならまだ話もわかろうというものですが。

 ともあれここにこのまま居ては、また夜明け前の襲撃にあうだけだ。まだ日も残っていたし、地面には森から出てきたオーガ共の足跡もはっきりと残っていた。で、我々は後詰の兵士に後を託し、ミスルトゥを案内に立てて森に踏み込んだのだったよ。



 で、森の中を行くこと暫く、何やら潅木の枝が折れ、下生えが踏み荒らされているところに気付く。こう、偵察に来たものが身を潜めるにはぴったりの場所といった按配。そして、折れた枝に何やらねとねとしたものが付着しているのにエルディが気付く。半分乾いた粘液は何やらいかにもトログロダイト臭い。足元を見ればこちらは一目瞭然、残っているのはトログロダイトの足跡。やれやれ、どうやらご本尊はいよいよトログロダイトに決まったとヴァシュマルがぶつくさ言う。
 「だが、あれがトログロダイトだとしてだ。奴らは人間語も解さないようだったし、そもそも人間が呪文を知っていることを不思議がっていたようだが」
 首をかしげるエルンストに
 「ふむ、ではやはりトログロダイトではないのかな。それともこういうのはどうだ。奴らは種族こそトログロダイトではあるのだが、長らく穴居生活をし地上を知らず、それが何らかの理由で日のあたる場所に這い出してきて初めて人間というものを見たのだ、と」
 「あんたにしては冴えた事だ、ヴァレンティン。それは十分に考えられる。何しろこの地面の下には巨大な地底王国が存在し、それは地上の王国に匹敵する一大世界だと言われているからな」

 やがて日が落ちた。
 エルンストが魔法で樹上あたりの空間に小さな穴を開け、その中に安全な野営場所を設ける。
 「ここで、朝まで、か」
 「何、案じることはない。この空間の出入り口が敵に見つかるなど、よほどのことでもない限り……」
 「いや、そうじゃないエルンスト。先ほど『夜目』の霊薬を飲んだばかりだから、しばらく私は少しばかり夜目が効かせられる。ことのついで、連中の足跡をもう少したどっておこうと思うのだ」
 ヴァシュマルが言って、ミスルトゥもそうしてもらえるのなら案内はすると請合った。というわけで、鎧の音がしないヴァシュマルが魔法で小さくなったエルンストを背負い、ミスルトゥを案内に立ててもう少しあたりを探ることになった。

 行き着いた場所は森の中にぽっかりと口を空けた洞窟。
 見ればそれは今まで埋まっていたものが、ゴロタ石を掻き出されて本来の口をあけたといった様子。さらによく見ればその洞窟は何やら魔法じみた真っ直ぐな岩壁で、さらにその岩壁を外から打ち砕いて、奥へと続く通路を作ったといった様子なのだ。

 「なんたる胡散臭さだ。……これは入ってみずばなるまいな」
 ミスルトゥを入り口の番に残して、ヴァシュマルとエルンストはその謎の洞窟へと踏み込んだのだった。

 件の洞窟の胡散臭さといったら、それはもう大したものだった。
 隠し扉を開けて踏み込めば、扉の向こうの床が急に秘術文字の形に光りだして爆炎をあげ、それを飛び退って避けたと思いきや足元にぽっかりと口を開く落とし穴。通路の向こうから襲い掛かってくる鎧を着たゴリラども(どうやらオーガだと思われていたものはゴリラだったらしい。似ていないこともないが……いや、道理だ。誰がゴリラが鎧を着こんで人間に殴りかかってくるとなど思うものか)。ヴァシュマルの拳でもなかなか倒しきれず、続いてエルンストが火球を放り込むと壁の向こう側で悲鳴が上がり、どうやらこの奥にいくらも敵が居る様子。
 二人だけでこれ以上こんなところにいても埒が明かぬと悟り、思い切りゴリラを突き放しておいてヴァシュマルの足の限りに撤収を決め込む。ついでに背後を襲われぬよう、エルンストが『魔術師エヴァードの黒き触手』の置き土産を仕掛けて、あとはとっとと野営空間に逃げ込んだ。
 後でエルンストが『見透し』で覗いたところによると、どうやらあの場所には相応に文化度の高いトログロダイトの一族が巣食っている模様。
 エルンストたちが立ち去った後、洞窟の奥から一体のトログロダイトが駆け出してきて、散々に怒り狂いながら『黒き触手』を消滅させていたし、さらに壁を回りこんできた火球に撃たれて倒れていたトログロダイト(ゴリラではなかったのだ)は、腰に何やら聖印らしきものをぶら下げていた。
 聖印の紋章を鏡の奥によくよく覗き込み、エルンストは思わず息を飲んだ。
 そこに記された神のしるしはどくろにまきついて曲がりくねった双股の蛇の尾。
 あれは――確か「地獄の公子」デモゴーゴンの紋章ではなかったか。


このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その3)

 エルンストは事の次第をすっかり占い婆さまにぶちまけた。そうしたら婆さまはずいぶん呆れた顔をして、『どこまでが本当だね』と私に聞いたものだったよ。なに、すっかり本当ですと私が答えると、婆さまは随分顔を顰めて
「訳は二つ考えられるね」
と言った。ひとつは本当に夢の馬に呪われたという話。もうひとつはエルンストが誰やらから恨みを買って夢の呪いを送りつけられているのではないかという話。
 二つ目の可能性を聞いた瞬間にエルンストの目がくわぁと見開き、そうかあいつらか火球の味見でもさせて思い知らせてくれると喚きざま駆け去ろうとしたのには呆れたね。まず思い切り殴り倒した後、応じて報ずるのが聖カスバートの教え、お前が今しようとしているのは応じるべき相手を確かめぬままの行動ではないかと諭さねばならなかったが、やれやれ、わかったのやらわからないのやら。まったく秘術魔法の使い手というのはどうしてこうも心が狭いのだ。

 で、婆さまが最初の可能性について語りだすか出さないかのうちに、風雲が急を告げたのだったよ……



 ジプシーの天幕にまたもや珍客来入。ベネディクト師である。
 なんでも、つい先ほど聖カスバートの神殿に必死の形相で飛び込んできた男がひとり。街から東に半日ほどのシルバーウッドの森の材木集積所に詰めている樵で、彼が言うにはここ数日、夜明け前になると鎧を着込んだオーガが数頭がかりで徒党を組んで集積所を襲うようになったのだそうな。森の中に詰めるだけあって、樵といえども相応に屈強の男たち、それに護衛の兵士もいたというのにこれがまったく歯が立たない。そして鬼どもは手向かう人間の首をへし折り、あるいは生きたまま連れ去った、樵たちはおろか、腕利きの兵士まで攫われてしまったとあってはどうしようもない、街に助けを求めるしかないと夜が明けきったのを幸い伝令に立ったのだとか……

 「オーガが、徒党を?」
 ヴァレンティンは顔を顰めた。
 「それは容易ならぬこと。被害はいったいどれほど?」
 「並みのオーガの一頭や二頭ならばあそこの連中の敵ではあるまいというのだが……わかっているだけで樵が三人、兵士が二人連れ去られている。エミールまで攫われたらしい」
 「なんと、あの大剣遣いの親父がですか?」
 エルンストが息を呑む。
 「それは本当にただ事じゃない。いや、ちょっと待ってくれ、婆さま、ちょっと場所を借りるぞ」
 言うなり、どこからか大鏡を取り出して占い婆の机の上に据え、呪文を唱えた。鏡よ、剣士エミールの姿を映せ――応えて鏡の中に映るのは……闇一色。しかし鏡面が闇を写した瞬間、エルンストの顔に緊張が走った。こちらの探りに対して、「探り返してくる指」を感じたのだ。が、指はどうやらこちらには気付かず過ぎて行ってしまった様子。かすかに吐息をひとつ、そうして鏡面に意識を集中する。
 闇の中に、「魔力を帯びたもの」が浮いている。いくつも――そう、まるでひとりの人間が身につけているかのようにも思える。おそらく闇の中に、魔法の甲冑をまとい剣でも帯びたものがいるのであろう。そうして、もうひとつ――これは動かぬところを見ると床に置いてでもあるのか。圧倒的に強烈な――およそ定命のものでは作り出しえない魔力を帯びたものがひとつ。これは、何だ……

 と、何やら声がした。
 「言葉が、通じないのか。お前は何者だ」
 闇の中、聞き覚えのある声であった。それに何者かが応えを返す。何やら奇妙な言語――竜語に酷似した、言うなれば竜語における古語とでもいうような言葉である。これが竜語だとすれば――
 ――テラックス様、あなた様であればこのような蛮族とも言葉を交わすことがお出来になるはず。
 ――おお、道理だ。
 ややあって、テラックスと呼ばれた声が、今度は人間の共通語で話し始めた。
 ――この言葉は、喋り難いな。
 「呪文か!?」
 ――何、お前は呪文を知っているのか。では、お前は呪文を使えるのか。
 「……」
 ――お前は呪文を使えるのかと訊いている。
 応えの代わりにうめき声が聞こえた。拷問でも加えたのかと思ったが
 ――おや、何故この男は苦しみもがいているのだ?
 ――テラックス様、これは推測ではありますが……我々の心が昂ぶるときに我らの身体から立ち上るにおいは、この者たちには毒なのではありますまいか
 ――そうか。それも道理。では、そこのもの、このにおいをさらに嗅ぎたくなければ答えるがいい。お前は呪文を唱えられるのか
 「お、俺は唱えられないっ」
 悲鳴のような声。
 ――そうか。では、我々の居住圏内に、呪文を唱えられるものは他にどれだけいるのか。答えろ。
 「集積所にはドルイドが一人いる。あ、あとは全員街にいる。本当だっ」
 顔を顰めつつもエルンストがさらに鏡面に集中しようとしたとき、闇の向こうで声がした。
 ――テラックス様、ただならぬことが。我らはどうも監視されているような気配がいたします……
 しまった、気付かれたか、と鏡面から意識を離す。
 「何か見えたのかね、エルンスト」
 「……エミールはどうやらまだ生きている様子。しかしベネディクト様、彼はどうにも解せないものにつかまっている様子なのです」
 「どうにも解せない?」
 「竜語を話す生物、しかも怒りや苛立ちを感じると身体から恐るべき臭気を発する生物といえば、トログロダイトしか知らぬのですが……どうやらそういったものの虜囚となっている様子なのです。しかも、彼はその臭気に耐えかねて集積所には術者がひとりしかいないことまで喋ってしまっている」

 ベネディクトの顔が険しくなる。エルンスト、続けて、
 「急いだほうがいいでしょう。俺の悩み事はとりあえず置くとして――日が暮れないうちにすぐに森に向かわなくちゃならないな」
 「なら私も同行しよう。二人より三人だ」
 とヴァシュマル。
 「有難い、ヴァシュマル殿。些少だが神殿の蓄えからいくらか……」
 そういいかけるベネディクトをヴァシュマルは遮り
 「まぁここから行く先で大金が必要になることもあるまい。それは気遣い無用……だが、斥候ができるような者がひとりも居らぬのだな。そのようなものを神殿からひとりつけてはいただけぬか」
 はて、とベネディクトは困った顔をする。正々堂々と応じて報ずるのが身上の神殿、なかなかそのようなものは居らず……
 そう口ごもったとき、傍でやりとりを見ていた先ほどの娘が口を開いた。

 「何だったら、お手伝いしましょうか?」

 娘は名をエルディと名乗り、自分は身も軽いし養父についてあちこちの戦場を回ったから腕に覚えもあると言った。何やら疑わしげな顔でそちらを見遣り
 「そりゃ有難いが、実際に腕前はどれほどのものなのだ。足手まといを連れて行くわけにも行かぬからな」
 とエルンスト。続いてヴァシュマルが、では腕比べを、と謹厳そのものの顔で言う。
 わかったわ、と応えたエルディ、腰から一本の棒を引き抜き、いぶかしげな顔で見守る男たちに向いてにっこりと笑うとそれを一振り。次の瞬間彼女の手に握られているのは両端に刺付鉄球を揺らすダイア・フレイルである。エルディとヴァシュマルの打ち合うこと数合、途中でエルンストがはっと何かに気付いた顔で呪文を唱える。
 「……おお、わかったわかった、そこ、殴り合いやめ。ヴァシュマル、このお嬢さん、『眠り』が効かないだけの腕はある。少なくとも足手まといにはなるまいよ」
 えい騒々しい連中だ、だいたいエルンスト、そんな便利な術があるのなら何故思い出さないとヴァレンティンがぶつぶつ言うが、まあそこはそれ。

 というわけで急遽結成の一行、身支度を整えるとシルバーウッドの森に急行したのだった。


このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その2)

 その娘さんがようように重い口を開いて口ごもりながら言うことには、何でも幼い頃に生き別れた家族を探しているのだそうだったよ。ジプシーの大家族の末っ子で、移動のときに馬車に積み残されたらしい。でも自分を置いていった親の顔も名前も知らぬ。育ての父によれば、どうやらオルソンとかいう村が生き別れの場所だったらしいが、今更そこに戻ったとてどうなるものでもない。だいたい、生き別れの家族を探し当てたところで何をどうしたいのかも解らぬ。育ての父の元に帰りたいのかもしれぬ。通りかかったテントで何やら懐かしい香が焚かれているのに気がついた瞬間、ふと矢も盾もたまらない気分になったのだとか言っていたが……

 そうしたら、占い婆さんはずいぶんそのお嬢さんに同情したようだったよ。自分の首にかけていた首飾りを外してね。これを貸してあげよう、これは夏至前の一週間、『魔法使いの休日』の間だけ魔法の力を持つようになる品だ、これを首にかけて寝ると、誰かが夢の中でお前のことを思っていたら、それがわかるようになるのだよ、と……
 その台詞を聞いた途端、エルンストの顔が引き攣ったの引き攣らないのって。何しろ我々も夢の話で相談をしにそこに押しかけていたのだったからね……


 
 エルンストの顔が引き攣った訳は二つ。
 ひとつは『魔法使いの休日』なる言葉への苦笑い。これ、「夏至前の一週間は魔法の力が異様に強くなり、魔法が失敗してとんでもないことが起きる確率が高くなる。よって心ある魔法使いは夏至前の一週間は魔法を使わず、これを魔法使いの休日と称する」というものなのだが、これに関してはグレイホーク市の魔法学院にて『夏至前の一週間とそれ以外の時期に使われた魔法の総数とその失敗確率』なる論文が出ていてその中でこの二種の時期を比べた際に魔法の失敗確率に有意な差は全く観察されないとされており、つまるところ「ろくでもないトンデモ」という扱いの言葉。
 とはいえ、エルンスト、心当たりがないわけではなく。

 それは彼の顔が引き攣った二つ目の訳とも関わる。
 この男、若年の頃から腕のいい召喚術師として鳴らしていたのだが、ある日うっかりとナイトメア―夢の馬―を呼び出してしまい、しかもそいつの支配に失敗してしまったのだった。ナイトメアの背にしがみついたまま夜空を延々と駆け、振り落とされたのが聖カスバートの神殿の屋根に輝く八芒星のしるしの上。そしてそのまま動けなくなっているところを蹴殺そうと迫る燃える蹄。あわや、と思った瞬間、夜空に駆け上がってきてナイトメアを追い払い、彼の窮地を救ったのがベネディクト師だったのだが――去り際のナイトメアの台詞が未だにエルンストの脳裏に刻み込まれ、彼の夢を蝕んでいるのだった。
 ――今日のところは引き下がってやる。だが愚か者よ、我から逃れられると思うな。我はナイトメア(悪夢)の名の如く、お前の夢の中に居るのだから
 そうしてそれから毎年、夏至が近づく頃、エルンストは悪夢にさいなまれるようになった。魔法陣の中から黒い炎の鬣を振り乱して駆け出してくる夢の馬、目もくらむ高さを駆ける馬の背から振り落とされまいとしがみつく腕がやがて痺れてゆき、くるりと世界が反転したかと思った瞬間、迫る炎の蹄……
 だから今年は教会の内陣にもぐりこんで休むことにしたのだったが、夢はやはり訪れ、そして今年の夢はエルンストの脳裏を抉っていこうとしているかのようだった。流石に怯え、彼はベネディクト師に相談したのだ。

 聖カスバートの司祭は微かに首を振り、
 「それは「夢の頼り(ドリーム)」か……それとも「悪夢(ナイトメア)」の魔法かも知れぬ。夢の馬だけに、悪夢の呪文を使ったのやも知れぬ。これは我ら僧侶の領域ではない、諸国を経巡り、ものごとに通じた秘術魔法の徒に訳を問うのが良いのではないか」
 そう言った。

 そこで、エルンストはまずは「諸国を経巡る」ジプシーの占い婆のところへやってきたのだ。ちょうどその場に来合わせたヴァレンティンとヴァシュマルも事のついでに引き連れて。
 このシーンの裏側。
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2005年06月13日

ひとを織り成すもの(その1:プロローグ)

ネタバレ注意!以下のプレイレポートはDungeon誌120号に掲載の『Lost Temple of Demogorgon』を元にDMが再構築したシナリオを使用したセッションの記録です。なお、本シナリオは本来大王国周辺を舞台としたものですが、本セッションにおいては舞台をキーオランドに移して遊んでいます。



我々人間は夢と同じもので織り成されている
        ――キーオランドに伝わる箴言




 さらさらと、細かな雨が降っていた。
 降ると言うよりも漂うように。
 年老いた修道士は読書机に頬杖をついたまま、うつらうつらと眠っているふうであったが、ふと身を起こし、小さく息を吐いた。

 「ヴァレンティン様?」
 「……夢を、見たように思ったのだよ」
 「夢を?」
 「昔、共に旅した男の夢だ。先ほども何事か言っていたが……ああ、そうか。行ったのだな、望む世界に。定命のものがその定めを解かれてゆくべき世界に旅立ったのだな」
 いぶかしげな顔をする見習い修道士の少年に微笑んで見せると、老いた修道士は低く語り始めた。

 「夢の話をしよう。よい夢と、悪い夢と、それから気が遠くなるほど長い、ひとつの夢の話だ。
 そう、私がまだ血気盛んで、聖カスバートの御心に染まぬものと見れば当たるを幸い棍棒で殴り倒しておった頃……」




 それはある年の、夏至も近い初夏のある日の話。キーオランドのある街でのこと。
 夏至祭りの賑わいを当て込んでやってきたジプシーのテントの群れの中のひとつ、占い婆の天幕の前で、ひとりの娘が困ったようにたたずんでいた。
 天幕の入り口に手をかけてみたり、立ち去ろうとしてみたり、やはり立ち去りがたいような顔で戻ってみたり……
 おそらくは夏至祭りを前にして、恋しい男の心をどうやって射止めればいいか、占い婆に相談しようかしまいか迷っている娘なのだろうと誰もが思うそぶりだった。そんなふうに笑ったような泣いたような困った顔でジプシーのテント周りをうろうろとする娘の姿は、この時期珍しいものではなかったのだから。

 散々迷った後、意を決したように天幕に入りかけ――ちょうどその時背後に人の足音を聞いて娘は振り返り、そして顔を顰めた。
 この時期、このあたりに居るにしては少しばかりふうの違った男どもがぞろぞろとやってきていたのだった。

 ひとりはこの街の聖カスバートの神殿の僧侶、ヴァレンティン。徳高い坊様のはずなのだが最近助祭の役も解かれて全くの無役だという。というのも、長らく神殿長ベネディクトの片腕として働きそろそろ神殿を継いでもよかろうとなったちょうどその頃に、日課の祈りの最中に聖カスバート御自らの声を聞き、神の騎士として働けとの『お召しにあずかった』からなのだと専らの噂。
 ひとりは同じく聖カスバート神殿で働く若い魔道士、エルンスト。腕のいい召喚術師なのだというが、何かこう、鼻の柱が妙に高い男である。彼が神殿に居つくようになったのも、実はこの鼻っ柱の高さのせいでとんでもない災いを招き寄せたからなのだとかなんとか。
 もうひとりはちょくちょくとこの街にやってくる旅の僧侶で名をヴァシュマルという男だが、これがなんと鋼の肉体を持つ修行僧で、ふらりとやってきては定宿にしている宿屋の半年分の薪を半日もかけずに素手で叩き割るのだという。

 どうにも祭り日のジプシーの天幕にはふさわしからぬ一行、先客に気付くとさすがに足を止め、娘が天幕に入るなり立ち去るなりするのをしばらく待っていたのだが、これが一行に埒があかない。とうとうエルンストが声をかけた。

 「お嬢さん、そこの天幕に用でもあるのかな?夏至の祭り日に意中の男にどういう手管をかけたらいいか、知恵を訪ねようとでもいうんだろうけれど……」
 娘はきっとした顔でエルンストを睨むと、つかつかと歩み寄ってきてものもいわずに肘鉄を食わせ、憤然と天幕に入っていった。後には身を二つに折ってその場に膝をつくエルンストと、呆れ顔の男が二人……



 というわけで、場所は前回と同じくグレイホークのキーオランドのとある街。時期は夏至の数日前。そして年はというと、前回の事件からちょうど7年後の話。登場人物は以下のとおり。

 エルディ:
 ローグ6Lv/バーバリアン4Lvの娘さん。人間。年齢19歳。
 子沢山のローグの一家の末娘だったが、まだ年端も行かぬ頃、一家の引越しに積み残された。その直後、親切な傭兵(バーバリアン)に拾われ、彼を父と慕って育ったが、三年前に養父が酔った勢いで『実はお前は俺の本当の娘じゃない、実はかみさんをなくした寂しさに、俺は祭りが済んだ村の中にぽつんと取り残されている女の子を拾ってしまったのだ、それがエルディ、お前なのだよ』と言ってしまう。だからいったいどうすればいいの、父さんはあたしのことが邪魔になったからそんなことを言うの!?とかっとなった勢いで家を飛び出し、本当の親も知れず、養父のもとにも戻りづらく、戻ろうにも養父は傭兵という職業柄、戦地に行ったか誰かの護衛について旅に出たかして音信不通になってしまい……
 そうして彼女自身も流れ歩いてきたのだが、たまたまやってきた街でたまたまジプシーの占い婆の天幕を見つけ、自分がこれから誰を探してどうしたらいいのか尋ねようか尋ねまいかと考えあぐねていたところで一行に合流。
 必殺技はダイア・フレイル(fromロッド・オヴ・フレイリング)をぶん回して相手の急所に当たるを幸い叩き込むというシロモノ。
 PL:なおなみ

 エルンスト:
 ウィザード9Lv。人間。
 昔魔法実験に失敗してとんでもないものを呼び出してしまい、その始末を聖カスバート神殿のベネディクト師につけて貰ったという経緯があって、その恩返しということで神殿に住み込んで奉仕活動をしている。どうやらここまでレベルが上がるまでに、ヴァレンティンと一緒に冒険をしたこともあった模様。
 PL:D16

 ヴァシュマル:
 クレリック4Lv/モンク6Lv。人間。
 前回生き残ったPCその1。あの後「もう婚礼は懲りごりだ」と言って旅に出てしまったが、それはそうとこの街は気に入ったようでちょくちょく立ち寄っている模様。ちなみに彼の腕の上がりっぷりは、「半年分の薪」をいかに早く正確に手刀で叩き割るかどうかで判断できるらしい。ヴァレンティンのいる神殿にもよく顔を出し、そのついでにエルンストとも顔見知りになって、最近では旅先で手に入れた巻物をエルンストに売ったりしているとか。
 PL:T_N

 ヴァレンティン:
 クレリック9Lv/パラディン1Lv。人間。
 前回生き残ったPCその2。あれから7年、ある朝祈りの最中に聖カスバートの声を聞き、神の御心をこの世に広めるために働くよう召命を受けた。そのとき神殿のステンドグラスに描かれた聖カスバートの像が手にした棍棒の先からひとつの宝石が剥がれ落ちて彼の周囲を飛び回り、彼が神に嘉されたものであることを知らしめ、また以来彼の容貌には常ならぬ威厳が備わるようになったとか何とか。いや、アイウーン・ストーンなんですが。
 PL:たきのはら


 ともあれ、身を折って冷や汗を流しているエルンストを引きずり起こし、うんざりも甚だしい顔をしながら介抱し……と立ち働く男たちの耳に、天幕の中から聞こえてきたのはこんな会話。

 「その……人を探してるんですけれど……」
 「なんだねえ、お嬢さん。それはあんたのどういう人だね、約束を交わしたのかね?それとも片恋の思い人かね?」
 「いいえ、そんなんじゃなくて……ああそうだ、ナイフ手品の上手なジプシーの男なんだけれど……」
 「ナイフ手品だったらうちのおじいさんも上手いんだよ?
 何やら込み入った事情があるようだけれど。無理にとは言わないが、話しておくれじゃないかねぇ?」
 「それが……わからないんですよぅ……あたし、どうしたいのか……どうすればいいのか……」

 おやおや、と顔を見合わせる男たち。そしてエルンストは、このままじゃやっぱりどうにも埒があきそうにないねぇ、とつぶやいたかと思うと、天幕の入り口からいきなり顔を突き込んだのだった。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 20:25| Comment(2) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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