2006年07月09日

『雨と夢の後に』その12:解ける夢

 が、老人の気遣いもむなしく、平井は階段を駆け下りてきた木場と氷島の叫びで我に返ることになった。
「大変だ、安部のご老人のところのみち子さんが殴り倒されて、澪さんがさらわれたらしい!! 今、水動さんが様子を調べているが……」
「安部さんご自身も……あ、ご、ご無事でしたか!?」
最後の言葉は何やら胡散臭そうな調子も混じるが
「何、敵を欺くにはまず味方からといってな、常に備えはおこたらないじゃよ」
陰陽師も大変なのですな、と口の中で木場がつぶやくのを、どうやら聞こえたのに聞こえない振りをしているようで、安部老人の表情がかすかに動いた。
が、今は軽口の応酬をしている時でもない。とにかくあとから来た二人に目の前の状況を説明し(木場も氷島もなんとも言いがたい表情をしていたが、現に目の前の炎がそうなのだといわれれば、まずは認めざるをえないのだった)、一度上に戻るか、それとも洞窟の中を探るかと相談を始める。
と。
炎とは別の灯がどこかからさしているのに、氷島が気づいた。
何やら形容のしがたい光、というより色彩が、洞窟の隅から上ってきていた。それは生き物のようにうごめいていた。見る間にそれはふくれあがり、そして呆然と眺めていた四人を瞬時に包み込んだ。逃げる間もなかった。包み込まれたとき、何か生気を抜き取ろうとするような力がその色彩に宿っているのに、四人ははっきりと気づいた。
気づくと、もうそこには「色彩」はなかった。もう何を燃やしているともしれなくなった炎が轟々と燃えているだけだった。
「老いゆく病」の元凶はあれではないのか。
誰かが言った。
そういわれてみればそうに違いなかった。だとすれば『銀の星祭』などは全くの無意味ということになる。いや、病の治癒にはひょっとしたら効果がなくもないのかもしれないが、この妙な色彩をなんとかしないかぎり病は発生し続けるだろう。人を集めて鍾乳洞にくだり、大量の爆薬なりセメントなりでこの色彩の源を破壊するなり、あるいはその出口を塞ぐべきではないのか。
だが、それで解決するものかどうかもよくわからない。とにかく上に行って六歌仙の子孫たちと相談するのがよいのではないか。
そう話がまとまり、篝の部屋まで来たとき。

「よかった、探しに行こうと思っていたんです!!」
血相を変えた増田、続いてぐったりとしたみち子女史を抱きかかえるようにした水動が部屋に飛び込んできた。
「澪さんだけじゃない、大友さんも、いや、六歌仙全員がいません。おそらくは逃げたのです」
増田が悲鳴のように言う。
「逃げた? 何故!?」
木場が詰め寄る。
「わかりません。おそらく我々は騙されていたのでしょう。目的もからくりもわかりません。まずは逃げましょう、裏口が手薄です」
水動が硬い声で言った。
「逃げる? 裏口? どういうことだ!!」
平井が叫ぶ。
「この屋敷は囲まれています。そして中にいるのは我々だけです。村人たちが大挙して押しかけてきています。扉が破られるのも時間の問題かもしれない。そして――」
水動は息を継いだ。
「押しかけてきている村人を煽動しているのは、死んだはずの草上でした。確かに見ました。ですから」
「我々は騙されたというわけじゃな」
安部老人が言い、続いて、では洞窟から行こう、と続けた。
「我々を騙すほどなら、連中のほうがいろいろと恐ろしげなことを知っているじゃろう、なら、その恐ろしげなものがあるほうには追ってくるまい。裏口よりも洞窟を抜けるのが安全じゃろう。なに、袋小路だったなら、ほとぼりが冷めるまで潜んでおって後で逃げ出せばよい」
とはいえ、あそこに戻るのは、と渋る他の三人に、安部老人はにやりと笑って見せたのだった。
「抜け道はあるに違いないのじゃよ、陰陽師の勘がそう言っておるでな」

果たして安部老人は正しかった。
怪しい色彩が襲ってくるかもしれない大広間を避けて枝道を抜けると、やがてゆるやかな上り坂に行き着いた。そこをゆくと、屋敷からずいぶん離れたところに出た。このあたりはなにやら見覚えがある、と木場が言った。そのはず、雪明りの中、どうやら歩いていけなくもなさそうな場所に列車の駅が見えた。

ほうほうの態で駅までたどり着くと、何事もなかったように車掌が待っていた。
「や、間に合いましたか、よかったよかった。
この先の線路が雪でやられてたみたいなんですが、ずいぶん前に除雪がすんだと連絡が入りましてね。この先に行く切符をお持ちの方で列車にいらっしゃらないのは皆さんたちだけだったから、どうしようかと思ってたんですが……どこにお泊りだかわからなくて連絡の取りようもないし、もう出発しようかと思っていたところだったんですよ」
「あの、殺人事件は」
狐につままれたような面持ちのまま、木場が言った。
「ああ、お客さん、警察官でしたっけね。伝言を預かってますよ。お客さんたちが降りられてしばらくしてから、ここの駐在さんたちがご遺体を引き取っていかれましたよ。なんでも県警からの指示があって、現場は確認したからとりあえずどうとかこうとか。おっつけ報告があるはずという話でしたが……じゃ、お客さんはこちらに残られるんですかね?」
「いや、いい。確認だけできればあとは構わない」
あわてて木場は言い、そしてそそくさと列車に乗り込んだ。

それを待っていたように、列車は雪明りの中を夜の中に滑り出していった。
窓から見遥かす村は、何事もなかったかのように、ひっそりと静まり返っている。
水動がみち子女史を彼女のコンパートメントまで送ったときにも、列車の中に人の気配はなかった。おそらくこの特別列車に乗り込んでいたのは、みな、あの村の関係者ばかりだったに違いない。とすると、私たちは……
そこまで考えて不意に背筋に寒気を覚え、水動はあわてて一同の集ったラウンジに戻った。
急に静まり返った列車の中で、六人は顔を見合わせてほっと息をついた。

まずは、厄介ごとから逃げ出せたのだろうか。
それとも次に列車が止まる先で、また新たな厄介ごとが乗り込んでくるのだろうか。
それとも、この列車から降りて日常に帰ったときに……

何もかもが朧な夢の中で起こったような、なんとも説明のつけがたい事件だった。それだけに、終わったのか終わらないのか、助かったのかそうでないのかすら判然としない。
そう増田が口に出し、氷島がうなずくと、平井がにやりと笑って言ったのだった。
「私は慣れっこだがね。ようこそさめない悪夢の中へ」
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『雨と夢の後に』その11:地底の炎

 そのころ。
 「篝の部屋」に通された平井はひととおり部屋を観察すると、にやりと笑い、掛け布のかかった姿見に手をかけた。
 「こちらですな、大友さん」
 案内してきた幸平は、そうだとも違うともいわず、じっと平井を見ている。
 「ああ、心配はご無用、べつにあなたの隠し方がまずかったわけじゃない。私の夢枕に、おそらくは篝さんご本人がお立ちになりましてね」
 幸平の口がかすかに動いた。声はきこえなかったが、おそらくは「あんたに何がわかるのだ」と言っているのだった。
 「何も知るわけがありませんとも、大友さん。私たちは『呼ばれて』来たのですからね、何も知らされずに」
 言いながら平井は鏡の際に手をかける。果たして鏡はぐらりと横にすべり、その後ろは下り階段となっていた。
 「死んだと思われていた篝さんはこの通路を伝って逃げた。違いますか。……おや、どうも違うようだ。まぁいい、私はこちらに入りますよ」
 幸平は止めもせず、ただじっと平井の後姿を見送っていた。

 一方、応接室。
木場と水動、それに増田あたりが周囲にあれこれと(埒もなさそうなことを)質問している間に、立ち上がった――というよりは動き出したものがある。
「みち子さん、すまんが、澪さんの部屋に連れて行ってくれんかね、なに、この中のどなたかはご存知のはず」
それでは私が、と立ち上がりかける有原を抑え、ただ部屋の場所を教えてくれれば言いと言い張る。陰陽師としてな、少しばかりきいておきたいことがあるのじゃよ。他の人間が立ち会うのは、どうもいろいろと都合がよろしくないのじゃ。
そう言い張ってみち子女史に車椅子を押させ、澪の部屋におしかけた安部老人だったが、これは澪が何も知らされていないのを確認するだけに終わった。さらに、澪自身どうやらくたびれている様子だったので、みち子女史を看病に残し、安部老人はひとり廊下に出た。きぃきぃと車椅子の車輪を鳴らしながら向かう先はさきほど澪に場所を聞いた篝の部屋。

部屋の鍵は開いていた。
そうして、姿見の隠し扉も。
だが、車椅子の安部老人には階段を下りるすべはない……と思いきや、老人はにんまりと笑って立ち上がった。そして、おもむろに抜け殻の車椅子をその場に転がす。
――あの生真面目そうな警官殿や探偵さんが見たら何を言うかな。
そう思ったかどうかはともかく――足が立たないはずの安部老人は、なんとも言いがたい笑みをくちもとにはりつけたまま、すたすたと階段を下りていったのだった。
そうしてどれだけ降りたか……老人はふと足を止めた。
何かがこげる臭い。
煙の臭い。
どうしたものか、と一瞬逡巡し、そしてそのまま階段を駆け下りる。階段の先は鍾乳洞に開けており、少し先で明かりが見える。異臭の源。炎だ。動くものがある。声が聞こえる。笑っている。男の――いや、先に部屋を出た平井その人の声だった。地下に大きなかがり火を焚きながら平井が哄笑していた。
「どうされた、平井さん!!」
安部老人は恐れる様子もなく、そちらへと駆け寄っていった。

平井は満足しきって笑っていた。
喉首の周りにからみついて解けない蛇のように彼を苦しめていた悪夢が、ようやく現実へと解けたのだ。
そう、安部老人が澪と他愛のない会話をしていた頃、平井は一足先に鍾乳洞を歩いていた。ポケットに持っていたマッチの炎が作る頼りない灯の中に、立ち上がり垂れ下がる石の柱が朧な幽霊のように浮かんでは消える中、何かに導かれるように平井は歩いていた。いや、彼を導くものがあったのだろう、確かに。
ほどなく、灯の中に、石の柱とは異なったものが浮かんだ。天蓋のかかった寝台だ、と思った瞬間、マッチの炎が消えた。手探りで進むと、伸ばした指先にひんやりとしたものが触れた。弾力があるようでもあり、冷たく硬くなっているようでもあり……そのまま指を滑らせると、別のものが触れた。滑らかな絹糸の束に触れたかと思ったが――そう、それは髪の毛だった。目の前に横たわっているのが人形ではなく人なのだと、平井は確信していた。そしてその人の面影も。
灯の中に見るまでもない。知っていたのだから。夜毎の眠れぬ夢の中で。その姿をもう一度うつつの中に見るために、平井はもう一度マッチを擦った。丸いちいさな灯の中に、その人は眠っていた。美しいままで。そう、完全に屍蝋化して。ちょうど澪の姉ぐらいの年の娘だったが、枕元に添えられた書置きを信じるならば、それは幸平の妻なのだった。
――何故、あなたは老いないのだ
――何故、そのような姿になったのだ
何本もマッチを擦りながら、灯の中に浮かぶ寝顔に平井は語りかけていた。
おそらくこの人はどこかで老いない病に罹ったのだろう、そう平井は思った。だから、老いない母は澪の姉になるしかなかったのだ。この人は本当に贄に選ばれて自死したのか、それとも差し出すのを嫌って幸平が――いずれにしろ不本意な死だったろうに。その身体をこの地下に運んだのは幸平その人、豪華な寝台に横たえたのも幸平。だが、鍾乳洞の中の環境が、いかなる偶然か、屍蝋を形成するのに完全にかなっていたのだ。彼女は老いないばかりでなく、朽ちてゆくこともなくなった。完全に止まった時間の中で、永久に眠り続ける……彼女の望むと望まざるとに関わらず、それが彼女のさだめとなったのだ。それも平井は夢で知っていた。ああ、でもどの夢で知ったのだろう。彼女は常に悲しい笑顔で微笑みながら、やがては業火に包まれてゆくのではなかったか。

そうか。
貴女はそれを望んでいたのだな。
どうして私が選ばれたのかは知らないが、その望みを伝えるために貴女は私の眠れぬ夢に現れたのだな。
平井は静かにうなずいた。
喜んで。
喜んでその役目を務めよう。
貴女は炎に包まれないとならない。

平井は最後のマッチを擦った。小さな炎を寝台の敷布に近づける。洞窟の冷気と湿気を含んだ敷布はなかなか炎を受付けなかったが、マッチの命が尽きる直前にようやく火が移った。ほどなく炎は敷布を舐め、眠り続ける人の身体を覆い、天蓋へと駆け上った。大きなかがり火が鍾乳洞の広間の中で赤々と燃えていた。止まった時を溶かす炎であり、ようやく点された荼毘の火であった。
そうだ、この光景だ。これが俺に望まれていた光景であり、俺が望んだ光景だ。やっと、たどり着いた。夢の出口に。それとも入り口に。
満ち足りて、いつしか平井は笑っていた。その口からあふれる声は、知らぬ人には狂笑とも聞こえたかもしれないものだったが。

安部老人が駆けつけてもその笑いは止まなかった。老人は燃え盛る炎の中にあるものを一目見ると、すべてを諒解したようで、平井が笑い止むのを静かに待っていた。
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『雨と夢の後に』その10:六歌仙の呪い

「六歌仙は」
 分家教授はまるで講義でも行うような口調で語り始めた。
 「確かに歌詠みとしては超一級。ですが、それ以外にも彼らに共通点があるのをご存知か」
 ……誰も答えない。
 「彼らはすべて、中央に関わりつつ、最終的には時の朝廷から疎まれ、地方に落ちざるを得なかった。小野小町など、悲惨な最期ばかりがいくつも伝えられている。卒塔婆小町にしろ、芒の生えたしゃれこうべとなってあなめあなめと泣く小町にしろ、辻に捨てられ生身の美のはかなさと無常を美しかった姿が朽ちてゆく惨い変化で説く小町にしろ、いずれにしろ末はよくない。昔男の業平にしても、きのうけふとは思わなかったその日をどのようにすごしたものやら……」
 そこで一息つき、だが、実のところ、と教授は言った。
 「もうひとつ共通点があるのです、これは知られているものではないが」
 「……ふむ、もしや」
 平井が口を挟むと、彼が何か続ける先に教授は大きくうなずいた。
 「そうです、彼らが最終的に流れ着いたのは、この村なのです」
 「それが、なぜ……」
 「関係あるのかとおっしゃる、そうです。全くのところ、逆恨みに等しい話ですからな」
 氷島の言葉をもひょいとさらい上げ、教授は先を続けた。
 「彼らは中央を恨んでいた。それだけでなく、自分を不遇に追いやった人の世そのものを呪っていた。命終わるとき、彼らが残したのは悔いでも悲しみでも都への憧れでもなく、呪いだった。……その呪いは凝って病となった。それが、この村の『老いゆく病』なのです」
 呪いはそのまま病となりました。ですから、呪いを解くための、あるいはいっときなりともその呪いを和らげるための儀式がそのまま病を癒すための儀式となったのです。この村は六歌仙の呪いの理不尽な犠牲となっているのです。
 語り終えた教授は、ため息をつくと深々とソファーに沈み込んだ。
 「しかし、なぜその呪いがあると知りながらあなた方は……」
 水動が低く掠れた声で言った。この男は緊張すると無理に声を低く押さえつける癖があるな、と木場は思った。それも声が出なくなるほどにきつく。探偵業を行ううえでは落ち着いて見えなくてはすむまい、そのために声を低く抑えるのだろうが、そこまで抑えたのでは逆効果だ。緊張がすぐわかる。……小娘じゃあるまいし。
 「償いですよ、もちろん」
 分家教授の語りをずっと聞いていた幸平が急に口をひらいた。
 「我々六歌仙の子孫は、逆恨みの果てに世に病をもたらした先祖の償いをしようと勤めてきたのです。私はこの村に校長として移り住みましたし、他のものも祭りの頃にはここへやってくる……が、病を根本的に癒す方法はまだ見つかっていない。せめてもの償いは贄として自分の身内を差し出すことかもしれないのですが……」
 昨年選ばれた篝はそれを嫌って自死しました。が、今年はそうはなりますまい。
 「今年の『花嫁』は、まさか……」
 増田の目がきつくなる。
 「そう、澪です」
 よほど押さえが利いているのか、それとも何かが麻痺しているのか。
 幸平はこともなげにその先の言葉をつむいだのだった。
 「篝が死んだので、篝を迎えるはずだった村長の息子はまだ独身のままです。そして彼は今年あらためて澪を花嫁に迎えることになりました」
 「み……澪さんは、それを」
 抑えきれなくなった水動の声が跳ね上がる。
 「知りません、篝が死んだことも知らないのです。知るはずがありません。姉が村を出て行ったので換わりに村長の家の嫁に望まれたと、ただそう思っています」
 「だが……それは犯罪行為だ」
 木場が押し殺した声で言う。
 「儀式です、償いの」
 言うと、幸平は凝っと「よそ者たち」を見た。その目が何か底光りしているように思えて、氷島は瞬間、全身が総毛立つのを覚えた。

 「ふム、まぁいい」
 しばらく落ちた沈黙のあと、安部老人が急に言った。
 「では、伺うが、件の儀式を執り行っているのは誰じゃね。あんたの娘ごを二人とも差し出せと告げたのは」
 「存じません」
 幸平はこれまたこともなげに言った。
 「早朝、白羽の矢が立つのです」
 おお、これはまた古典的な。そうつぶやいたのはやはり平井で。そうして平井は突然入ってきた扉に手をかけた。
 「まぁ、話の大筋はわかりました。そしてあんたがたがこうやって集まっても何もなっていなさそうなことも」
 「それは、いったい……」
 有原が眉を顰めるのに平井は慇懃無礼以外の何ものでもない丁寧な一礼とともに言葉を返した。普段のぶっきら棒からは思いもよらない饒舌ぶりでまくしたてる。
 「我々もですな、得体の知れない白羽の矢で定められる『花嫁』のお嬢さんたちと同様、得体の知れない手紙で呼び寄せられたのですよ。おそらくは事態からの脱出の鍵となるべく、ということでしょうな。
 大友さん、篝嬢の部屋を見せてください。ご案内をよろしく。あなたのご様子から察するに、きっと生前のままに整えてあるとか、そういうのでしょうかね」
 そうして平井は、ああ、ともうう、ともつかない言葉を言いかけている大友を引きずるようにして、とっとと部屋を出て行ってしまったのだった。

 「驚いたな、作家先生があれでは我々は商売があがったりだ」
 平井の後姿を見送ると、木場は水動を見やった。水動も苦笑交じりにうなずいた。
 「まぁいいでしょう、我々はこちらで残りのかたがたからお話を伺う役割をいただいたわけですから」
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2006年06月20日

『雨と夢の後に』その9:館の客人

 増田と水動が戻るのを待ちかねたように、幸平は一行を屋敷に案内した。それは――山奥の村には似つかわしくない石造りの洋館だった。

 「大友さん、お先に失礼させていただいておりましたわ、もうじきお帰りと伺ったものですから」
 幸平に伴われて一行が応接室に入ると、そう言って立ち上がったものがいる。ほっそりとした、若い、美しい女性だった。
 「おや、あなたは」
 氷島が首をかしげた。見覚えがあるような気がしたのだ。
 「おお、ピアノをひいてらしたお嬢さんじゃの、ほれ、列車の中で」
 安部老人がすぐに答えを出した。確かに、食堂車の一角にはアップライトピアノが備え付けてあり、一行が草上と至極居心地の悪い会話を続けているのにまったくそぐわない、やわらかい音色で旋律を奏でていたのだった。そう、そのときのピアニストがこの女性だったのだ。
 「ああ、私の演奏の時間にいらしたのですね。覚えていてくださったのですか、光栄です。私、有原葉子と申します」
 そう言って女性は微笑んだ。
 
 「おお、主の御帰館か」
 幸平に薦められて一同がソファーに腰を下ろすか下ろさないかのうちに、品のいい初老の男性がそう言いながら入ってきた。
 「おや、これはグラスが足りなかったか」
 そういう男性の手にはブランデーの瓶。
 「久しぶりに大友さんと酌み交わそうかと思って持ち込んだのだが、これだけ客人があるからには、こちらのほうももっと持ってくればよかったかな」
 その老人もやはりさきほどの列車に乗り合わせていたらしく、これは分屋武彦と名乗った。とある大学で国文学の教鞭をとっているらしい。さらに入ってきたのは若いカメラマンで、これは木船一郎と名乗った。
 「今年はこれで全部、か? 人数が足りないようだが」
 木船は一同にざっと挨拶を済ませると、すぐに幸平に向き直って謎のようなことを言った。
 「草上が死んだよ。それから、尾野がまだ来ていない」
 幸平は当たり前のように答える。そして、いぶかしげな顔をしている一行を振り返った。

 「……ああ、みなさん。
 不思議がっておいでのようだが……そう、ここにいる3人は本来私の客になるためにあの列車に乗ってやってきた方々です。もちろん、非業の死を遂げられた草上氏も」

 六歌仙、といって何か思い当たりますか。
 一呼吸おいて、幸平はそういった。
 「あなたがたの名前」
 即座に答えたのは氷島だった。
 「文字は違うようだが、貴方がたのお名前はどうやら……」
 「そのとおりです」
 そう言って微かに笑みを浮かべたのは分屋教授。
 「私たちは……それぞれに六歌仙の子孫なのです」
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『雨と夢の後に』その8:沼

 幸平との会話は絶望を募らせるばかりだった。
 それを大概に打ち切った水動は、ふと思い立って、澪の姉である篝が身を投げたという沼に向かった。なに、子供の一人に「この村で沼といったら何か心当たりがある?」と訊いたら、この小学校の裏手が大きな沼になっているというのだから、半分は散歩のつもりだった。
 向かう先の曰くがあのとおりでは、気分転換の散歩とは行くまいが。
 途中、増田に会ったので、声をかけて一緒に行くことにした。

 校舎の裏は木立になっており、踏み込むと本当にすぐ沼が広がっていた。沼の向こうはうっそうとした森だった。何か悪夢に囚われたような気分になった。しんと静まった沼はあちこち凍っており、それが、日暮れの薄明かりを飲み込んで、なにやら得体の知れないものがその下からこちらをうかがっているような錯覚を起こさせた。
 「増田さん、冗談じゃない、こんなところにいたら私たちまで何やらおかしな気分になってくる。戻りましょう」
 そういって水動が振り向くと、増田が声にならない悲鳴を上げて沼の向こうを指差したところ。あわててもう一度そちらに目をやると、大きな蝙蝠が森からばさばさとこちらに飛んでくるのが目に入った。あからさまな敵意を感じた。そして危険も。
 「危ない、逃げよう」
 同時にいいざま、二人は走り出した。森からやってきた大蝙蝠はただの獣ではない気がした。何か目が血走っていて、牙が血でぬれている、そんなふうに思えた。

 「増田さん、危ない!!」
 水動が振り向いたとき、一緒に走っていると思った増田はずいぶん後ろにいた。水動は英国に長く、ロンドンの霧と郊外の沼地に慣れていた。この程度の沼地で足をとられるものではないが、増田はそうはいかない。今にも蝙蝠がその首筋に飛びつきそうに見えた。とっさに水動は上着の内ポケットに手を滑り込ませそうになって、思いとどまった。――愛用の拳銃はある。が、まさか小学校の裏手で銃声を響かせるわけにもいくまい。そのまま身をかがめて足元の石を拾い、投げた。
 当たった。が、一撃では落ちない。蝙蝠は今度はまっすぐ水動に飛び掛ってきた。悲鳴を上げそうになって、耐えた。というより、喉がひきつれて声が出なかったのだ。そのことに感謝しつつ――悲鳴だけはあげてはならない――水動は体をひねって蝙蝠の翼をかわし、二つ目の石を拾ってたたきつけた。

 二人がかりで石を投げ、どうにか蝙蝠を叩き落すと、増田と水動はほうほうの態で校庭に逃げ帰った。先ほどの不気味な空気がうそのように、子供たちが行き交っていた。老いる病を負った子供でも、さきほどの沼と蝙蝠よりはましだった。
 ――やはり、あの間だけ悪夢に囚われていたのではないだろうか。
 増田と水動は顔を見合わせ、ため息をついた。
posted by たきのはら at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その7:小学校にて

 幸平が一行を学校に案内した理由は、すぐに知れた。
 幼く、あどけないはずの生徒たちの中に何人も、皺んだ頬と、窪んだ眼窩の中にうす赤く涙に濁った目を持つものがいた。やわらかく黒々としているはずの髪はいじけて灰色になり、駆け回ろうとする足がもつれるものも居た。むき出しの筋張った足に、緩んだ皮膚がまとわりついている。

 「これは……」
 水動が掠れ声で言った。
 「風土病のようなものでしょうな」
 幸平の声は平坦だった。
 ――お前たちが『祭り』をどのように思っているか知れないが、現実はこうなのだよ。
 「医者は、なんと」
 「手の施しようがない、と」
 「東京の病院で診せればよいではないですか」
 「東京の医者も匙を投げたのです。それに……」
 なにぶん、このような山奥の村です。都会のものなどそう信用するものではない。私もこの村のものではないので、なじんでもらうまで、随分苦労をしたのだし。

 結局、祭りは行われるしかないのだ。それがこの村の約束事なのだから。
 つまりはそういうことなのだった。

 「……そういえば」
 気まずい沈黙をなんとか破ろうとしてか、水動は口を開いた。
 「上の娘さんのお帰りをお待ちだったのではないですか」
 そうして、すぐに酷く後悔する羽目になった。幸平は無感動な口調でこう告げたのだ。
 「篝は、死にました。気が狂れて、沼に身を投げて」
 そうして、すぐに声の調子を変え、
 「そうです、みんな帰ってきます、なにしろ祭り……」
 言いかけ、黙り込んだ。自分は祭りのことなど何も知らないと答えていたのを不意に思い出したらしかった。

 水動と幸平の一言ずつが暮れ方の空気をさらに重くしている頃、木場は子供たち相手に状況を探っていた。
――坊やたち、『銀の星祭』って知ってる?
――知ってるよ、すごく楽しみにしてるよ。
――どんなお祭り?
――どんな、って、にぎやかなお祭りだよ。夜店もいっぱい出るよ。村長さんちの近くの神社でやるんだよ。
――へぇ。神社。神社の中で?
――そうだよ。でも、神社に入れるのは大人の人だけだよ。
――そうかい、ずるいねえ、大人ばっかり。
――でも、夜店は神社の外に出るんだよ。お囃子の舞台も神社の外だよ。
 どうやら、子供たちにとっては、銀の星祭は、都会に出て行った親戚が帰ってくる楽しみな祭り、と、それだけらしい。

――それからね、お祭りの最後にね、お薬、配るんだよ……

 
posted by たきのはら at 21:28| Comment(1) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

『雨と夢の後に』その6:澪と幸平

 では、これからしばらく停まった列車の中で篭城かの。
 安部老人が言った。なに、もともと寝台車なのだし、特に困るというわけでもないだろうが……
 とはいえ、あの無残な姿の死者と同じ車内で一晩過ごすというのもどうにもおちつかないのだった。

 そんなことを言いながら、なんとなし、ぞろぞろとホームに下りると、見慣れぬ少女がひとり、人待ち顔でそこにいた。目に付いたのは、まずは彼女が車椅子に座っていたからだった。列車に乗ってくる誰かを迎えに来たものだろうか、16歳ぐらいのその少女はじっとホームを見渡していたが、遅れて列車を降りてきた一行を見ると、器用に車椅子を操って近づいてきた。年のころは15−6といったところ。どこか日本人形を思わせる、愛らしい少女だった。しばらく一行を見るともなく見ていた少女は、やがて小さく笑みを浮かべ、
 「何か困っていらっしゃいます?」
 と声をかけてきたのだった。

 少女の名は大友澪といった。しばらく彼女と話していると、ホームの反対側から年のころ50ばかりの男が駆け寄ってきた。
 「あ、おとうさま。この方達、今の列車で着かれたんですって。でも、もともとこちらに降りるご予定じゃなくて、困っておいでみたい」
 「おお、そうでしたか。……なにしろ事件が起きたのでは仕方ありませんからな」
 台詞の後半は娘に聞こえるのをはばかってか小さな声で言い、それから男は大友幸平と名乗り、この村の小学校の校長をしていると付け加えた。
 「思いも拠らぬことで、さぞお困りでしょう。事件の後の管理は駐在たちがやるでしょうし、県警が到着するまで私の家でお休みになってはいかがですか」
 確かにありがたい申し出ではあった。
 「こんなところですから、小学校の校長となれば一応名士ということになっておりまして、それなりの屋敷も構えております。ご不自由はさせません」
 もちろん、事件はある、よそ者は来るで、せめてよそ者ぐらいは自分のところで管理しておきたいというのもあるのだろうよ、と、口の中でぼそぼそという平井の毒舌はあいかわらずだったのだが。

 ともあれ、一行は大友幸平の好意にありがたく甘えることにした。
 屋敷へと向かう道すがら、増田がなんとなし、
 「そういえば澪さんはどうしてあの駅にいたの?」
 と尋ねると、澪はにっこりと笑って答えた。
 「あの列車で帰ってくるはずのおねえちゃんを迎えに行っていたの」
 「おねえちゃん? 姉上は東京でお仕事を?」
 水動が問うと、澪はまったく屈託のない調子でこう答えた。
 「いいえ、この村の人。でも、帰ってくるの」
 「ああ、お出かけしていらしたとか?」
 「……こら、澪。余計なことを」
 途中で幸平が割り込んできたので、その話はそれきり沙汰止みになった。どうやら他人が口を挟んでよい領分ではないもののようだった。

 「ところで」
  突然のように平井が口を開いた。
 「大友さんは、『銀の星祭』のことをご存知ですか」
 ご存知ですかも何もないものだろうに、と思う余地もなく、幸平は苦々しい表情で答えていた。
 「いや、全く知りませんな」
 どうやらこちらもよそ者が口を挟んでよい領分ではないらしい。少なくとも……口にしてはならない部分らしい。
 急に訪れた気まずい沈黙の中を歩いていると、思い出したように幸平が口を開いた。

 「あちらが私の勤めている小学校です。屋敷はその先になります。ついでですから、ちょっと学校を見て行っていただけませんか」
 指差す方向には確かに小学校らしき建物が見えた。沈みかけの夕日の残照がやや薄くなった雪雲を染め、暗く濁った朱色に空を染め、その中を染みのように烏が飛んでいた。何かの行事の練習なのか、近づいていくうちに唱歌を歌う声が聞こえてきた。
 「寄って行っていただけませんかな」
 幸平の言葉は提案だったが、口調は有無を言わせなかった。
 
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『雨と夢の後に』その5:N村

 列車から緊急連絡が行っていたようで、ホームには警官が二人ほど待っており、木場が降りていくと緊張した面持ちで敬礼を寄越した。
 「東京からわざわざ、申し訳ありませんねぇ」
 別にわざわざ駆けつけたわけではない、むしろ目の前でみすみす事件を起こさせてしまっただけの話なのだが。そう思ったが、口には出さない。

 二人は村の駐在で、列車から連絡があってすぐ、県警のほうに救援を要請したがあいにくの雪で道が悪く、遅れているという。
 「このあたりは、昨日までは乾ききっていた道が一晩明けると完全にふさがっているなんて、よくある話でして。なんとも申し訳ありません」
 そういいながら駐在の一人は不安そうに空を見上げた。
 「下手をすると、もうすぐこちらも雪で閉ざされますなぁ。県警がもたもたやってるうちに線路が埋まっちまわないといいんですが」
 「何、かえって好都合だ。この列車に乗り合わせた客は全員がどのみち容疑者扱いだろう。人の出入りがないほうが何かと便利だと思うが……」
 言いながら木場は周囲を見回し、小さく息を呑んだ。
 乗客たちがまるで当然のようにぞろぞろと列車を降り、駅のホームから改札へと向かっていく。それに、たしかさっき車掌は「最寄の駅が長岡ですから、そちらに」と言っていたはずだが、長岡にしてはずいぶんさびれきった小さな駅だ。
 「……ここは?」
 「N村ですよ。長岡のひとつ先ということになりますかなぁ」
 駐在ののんびりした口調が、急に何か間違ったもののように聞こえてきた。降りてきた車掌に問いただすと、本来この列車は特別列車で、N村に停まることになっていたのだという。距離にしても大した違いはない、N村で降りるつもりで乗っている人間も多いのだから、どうしても長岡ではなくN村まで行けと乗客に言われてやむなくのことだと車掌は困り果てた顔で言った。
 「……これは事件なのですがね」
 口の中で不機嫌に言うと、木場は駐在に向き直り、自分は列車の中に居る、県警が来たら呼ぶようにと言ってきびすを返した。

 どうやら私達以外の客はほとんどN村の客だったようですよ。
 木場が列車に戻ると、これまた凍った表情で水動が言った。
 ということは、ここが『銀の星祭』の舞台ということですな。
 面白くもなさそうな顔つきで平井がさらに言った。
 どうにもできすぎた話だった。

 なんだかんだで一日が終わりかけようとする頃、駄目押しのように駐在が入ってきて告げた。
 どうやら山越えの道が完全にダメらしくて。県警の到着は明日朝になります。
posted by たきのはら at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

『雨と夢の後に』その4:惨劇

 次の朝。
 それぞれのコンパートメントを車掌が回り、朝の珈琲を勧めて回っている。香り高い珈琲をすすりながら、さすが豪華客車として知られる『白夜』号だ、と、木場は思い、そしてなんとなくラウンジに顔を出した。そこでは昨日の面々(それに、安部老人も加わっていた)が集まり、平井が昨日草上から聞き出したという「『銀の星祭』の詳細」について語っている。なんとも胸の悪くなる話ではあったが……そういえば。

 「ひょっとして皆さんは、全員『招待乗車券』を送りつけられた口ですか」
 ふと思いついて、木場は口にした。
 「……私は、そうです」
 水動が答え、他の面々は一斉に頷いた。
 「ということは……我々は何らかの目的で呼び集められたのかな」
 増田がぽつりと言った。
 「集められたとしたら、目的はなんだ。……そう、まず我々に共通することはなんだ。さっきの平井さんの話から総合して考えるに……例えば我々は全員独身男性で……」
 「違います」
 喋り始めた氷島を水動が遮った。おや、というように集まる視線に
 「安部さんは違うでしょう」
 「……いや、儂ゃ独身じゃよ。みち子さんは、あれは優秀な看護婦でね、でも儂の連れ合いじゃない」
 すっとぼけた口調で安部老人が言い、一同はどっと笑った。水動もなにやらばつが悪そうな笑みを浮かべた。

 と、ふと木場は何か嫌な胸騒ぎがするのを覚えた。
 「……草上さんは?」
 「そういえば、みかけませんな。まぁ、昨夜は相当きこしめしていたようだから」
 平井がどうでもよさそうに答える。が、それを聞いて木場の胸騒ぎはいっそう酷くなった。適当に言いつくろってその場を離れると、後ろの客車に向かう。草上のコンパートメントはすぐに知れた。珈琲ポットを持った車掌が不安げな顔で声をかけてきたのだ。
 「あ、お客さん、こちらのコンパートメント、俳優の草上智近が乗ってるはずなんですがね……起きてらっしゃらないんですよ。何か嫌な気分がするんですが……」
 頷きながら木場は車掌に警察手帳を見せた。
 「私も嫌な予感がしていたところだ。声をかけてみましょう」

 呼べども呼べども草上は答えない。その上、コンパートメントの扉に近づいた時、なにやら生臭い臭いがかすかに鼻を掠めたような気さえした。
 「事件かもしれません。扉を壊しますが、いいですか」
 一も二もなく車掌は頷いた。二人がかりで3度ほど体当たりをすると、扉がはずれ、むっとするような血の臭いが鼻を衝いた。中は血の海で、草上は寝台から床に半分ずり落ちかけた姿で、血だるまになって死んでいた。
 「事件だ。このコンパートメント周りを封鎖してください。そして次の駅に止まり、県警に連絡を」

 その時には既にラウンジに居た連中が朱に染まったコンパートメント内を覗き込んでいる。立ち入らないで下さい、と木場は短く言った。
 「お手伝いできることがあるかもしれませんよ。……ああ、こちらでは探偵は誰でも名乗れますが、私は英国のほうで免許を持っています。お邪魔はしません」
 背後で水動の声がした。
 「……英国の?」
 「英国で育っているのです、私は」
 「現場に触れないでくださいよ」
 そう言いながら、しかし木場は入り口を塞ぐ形になっていた身体をずらした。
 「おお、おお、なんと惨い」
 水動が部屋に入った隙間からどうやらすばやく安部老人が中を覗き込んだものらしい。
 「ちくしょう、酒瓶がまだ転がってやがる。舶来モノじゃないか。……もう一本取り上げておくんだったな」
 そして、あいかわらずろくなことを言わない平井の減らず口。

 ともあれ、ざっとしらべたところ、草上の胸には何箇所も刺し傷があり、死因が明らかにその傷であろうと考えられた。
 「酔って前後不覚に眠っていたところを何ものかに襲われて刺されて寝台の中で死に、その後遺体は列車の振動のためにずりおちた……といったところですか」
 「……でしょうな。ところで、『何ものか』はどこから出入りしたと思われますか」
 「コンパートメントの扉でしょうか。……さも内側から鍵をかけたように見せかけて外から鍵をかけてしまうという手段を用いれば、密室は作れます」
 「窓は」
 「はめ殺しになっていますから」
 答える水動が何にも手を触れていないのをちらちらと横目で監視しながら、木場は忙しく遺留品を改めた。
 ……凶器は大型のナイフ。刃は刺し傷と一致。その他、部屋に荒らされた様子はなし。貴重品はすべて残存。物取りではないらしい。怨恨か?
 忙しくまとまらない考えをまとめながら、医者を探してきてくれと車掌に頼む。車掌が連れてきた「医学の心得のあるもの」はなんと実は医専くずれだったという増田で、そしてその診立てに拠れば、草上は明らかに刺殺されたものであるが、死亡時刻その他については彼が大量に飲酒をしていたこと等の影響によりここでは特定できないとのことであった。

 いよいよ列車を止めないわけにはいかなくなった。

 というわけで、『白夜』号はそれからしばらく後に長岡駅のホームに滑り込んで、静かに止まったのだった。

 
 
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2006年05月04日

『雨と夢の後に』その3:銀の星祭

 それはそうと、と氷島が言葉を紡いだ。
 木場さんのお話を聞こうじゃありませんか。

 「……そうですね。ああ、失礼、一服させていただきますよ」
 相変わらずの笑顔のまま煙草に火をつけた木場だが、しばらくその表情が動かなかったのは何を思っていたのか。
 ややあって、木場は語り始めた。

 「これは、私にとっては『聞いた話』以上のものではありません。そもそも私はこの話を信じてすらいなかったのです。余りにも異様で不気味で馬鹿馬鹿しい話……そう思っていましたが、しかしそれでも覚えていたのは、何かこれは記憶にとどめておくに足ると、どこかで判断していたのでしょうかね。
 とある村――特に名を秘しているわけではなく、ほんとうに知らないのです――で、いつの頃からか奇病に罹る人間が出てきたらしいのです。若い人間が急速に年老いていく、子供がいつの間にか皺んだ老人の顔をしている、そんな病気なのだそうです。その病気は医療によって治療することはできない、「祓う」ことしかできない。そのための儀式が『銀の星祭』なのだと」
 「ほう……儀式、と」
 「そうです。それは若い女性の心臓を抜いて供物として神に供える、そうすると病が祓われるというものだと」
 何かを言いよどんでいた木場は、平井の相槌に背を押されたかのように一気にそう言った。
 「それは、犯罪ではないですか」
 水動が言った。声が掠れていた。
 「そうかもしれません。が、私はこれをただの言い伝えであるとしか判断しませんでした。そもそも……どこの村とも知れなかったのだし、地域の習慣をどうこうするのは、それはそれで様々な問題を伴います。本当に犯罪行為であればともかく……ともかく、私はこの話を知り、そして信じなかったのです」
 「それでも……犯罪です」
 二度目のそれは、自分に言い聞かせているような呟きだった。もうそれには構わず、木場は続けた。

 「で、私は信じていなかったのだが、草上氏はそれを見に行く、しかも楽しみに見に行くという。まぁ、彼はある意味芸術家だ、私達とは違う倫理に基いて生きているのかもしれません。
 それだけなら歌枕を訪ねる人々とかわりはしない。が……」
 「食堂車の中に居た人たち、ですか」
 増田が急に硬い声で言った。何かを思い出したようだった。
 「そうです、思い出されましたか、彼らの格好を。確かに冬支度とはいえ、暖房の効いた汽車の中で、ことさらに手や顔を覆い、人目を避けている人たちがそこここにいたのを」
 「ええ、確かに。とするとそれは……」
 「『急速な老化』に冒された人たち、だったのかもしれない」
 自分で口にしながらも信じられない、木場の表情はそう語っていた。

 「……まぁ、事実がそちらを向いているというのであればそうなんでしょうな。で、この『白夜』号は一路惨劇の舞台の村を目指しているというわけだ。その村の住民らしいのが乗ってるというのなら」
 しばらく落ちた沈黙の後、急に平井が言った。
 「で、列車から逃げ出すわけにもいかない以上、我々もその村を通過する、と。何、どうするかは今後のことでしょうよ。少なくとも列車が走っている間は逃げようがないんだし。
 ……なかなか興味深い話でしたよ、木場さん」
 そういって手に持ったグラスを干し、軽く会釈すると平井は一号車を出て行った。
 態度は紳士的とはいいがたかったが、確かに木場の話を聞き終わってしまえば一同がここに会している理由もないのだった。平井の離席を合図のように、一同は互いにぎこちない会釈を交わし、各々自分のコンパートメントへ引き上げていったのだった――当の平井を除いては。

 平井が向かった先は草上のコンパートメントだった。騒々しく草上を呼びたて、酩酊しきった俳優が顔を出すとすかさず自分の身体を半分コンパートメントの中に押し込む。
 「いや、草上さん、聞きましたよ銀の星祭の話。確かに興味深いものですな」
 ああそうでしょうともと答える草上は、しかしまともにろれつが回っていない。水動の皮肉に追われて食堂車を後にしてから、一人でしたたかにきこしめしたということらしい。そこへ畳み掛けるほうに平井は言い立てる。先ほどの無口がまるで悪い冗談ででもあったかのように。
 「まったくです、私は信じますよ。それはそうと折角の機会だ、祭りについて詳しく教えてはもらえないだろうか。その村人を救う聖なる人身御供の姫はどうやって選ばれるのか、そしてどのようにその身を捧げるのか。いや人づての話で構いません、わたしゃ何にも知らないのでどんな話でもありがたいですよ。なに、もう夜が遅い? いえお気遣いなく、ここのところ睡眠障害に悩まされていましてね、その代わり寝なくともいっこうに平気なのですよ……」
 「……いや、私だって詳しいことは知らない……ただ私が知っているのは……そうですね、この列車はその祭りの村に停まるってこと、それと祭りは満月の晩にやるってこと、それから娘……その夜、結婚初夜を迎える娘のね、心臓を抜くんですよ……ええ、それだけ……ああ、見ものだろうなァ……」
 そこから先はどう話を押し聞いても草上は同じような言葉を繰り返すばかり。それどころかどんどんとろれつが回らなくなり、ああ、とかうう、とかいう音ばかりが耳に障る。
 こりゃあ、もうどうしようもない。
 そう判断した平井は、草上のコンパートメントの棚にあったウィスキーを行きがけの駄賃とばかりに取り上げると、
 「いや、いろいろと楽しかった。
 それじゃ、おやすみなさい」
 といい置いて自分のコンパートメントに引き上げたのだった。
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2006年04月26日

『雨と夢の後に』その2:乗り合わせた客

 1号車にはコンパートメントがひとつあるきりで、あとは広々としたラウンジになっている。天井はガラス張りで、照明を落とした車内には、星の光が氷の針のように降り注いでいた。が、あまりに冷え冷えとしているのを嫌ってか、そこには誰もいない。

 「ああ、あのコンパートメントは私がひとりで使っているものですから、どうぞお気遣いなく」
 そういいながら、水動は手回し良く給仕に人数分の飲み物を運ばせ、それから2号車との間の扉を閉め切った。そしてまるで見張りでもするかのようにその扉の前に立つ。
 「……随分とものものしいですな」
 氷島が笑うと、
 「あなたは……ご覧になりませんでしたか、食堂車で我々の周囲に座っていたものたちの表情を」
 と、水動は静かな口調で答えた。
 「そうです、あれはよそ者を警戒する目でした。……当然でしょうな」
 木場がさらに言葉を重ねる。
 「『銀の星祭』は尋常のものではありませんから。
 それはそうと……我々もこうしてひとつのテーブルを囲んではいるが、まだ互いによそ者だ。自己紹介をしてはどうでしょう」

 「いや、まったくです」
 すぐに口を開いたのは氷島だった。
 「私は氷島と申しまして、古物研究をやっております。専門は書物……まぁ、ちょっと凝った古本屋の店主ですな。実はこのたび、商売上ちと気になる出物がありましてね。紙の質や装丁からすればだいたいの年代は推測ができるのだが、何が書いてあるのやらさっぱり読めない。いや、物そのものは日本の本であろうと考えられるのですが、書いてあるものはというと字からして読めんのです。どうにもほうっておけない気分になりましてね。
 で、札幌のほうに住んでいるその筋の専門家の友人を訪ねるところなのです。私と違って本式にのめりこんでいる男ですから、まぁ何とかなろうということで」
 「その序でに列車旅行を、というわけですか」
 平井が相槌のように呟くと、
 「そうです……いや、実のところ、この列車の切符は自分で購ったものではないのですがね。ちと不思議ないきさつで私の手に入ったのですが、まぁ、頂戴したものは私の都合に合わせて使っても罰はあたらなかろうと」
 そう言って氷島は笑い、そして、貴方は確か小説を書かれるのでしたな、と平井に言葉を投げ返した。

 「そうです、まぁ、有名どころではありませんがね。平井呈一と申します」
 平井の答えはややぶっきらぼうだった。
 彼は常に心に鬱屈したものを抱えている青年だった。本来頭は切れるほうだ、ここにいる誰よりも気が利いているのは俺だろうと、実は今もひそかに思っている。が、見てくれは小柄であまり風采はあがらず、家が裕福なわけでもなかったからほかの文士仲間のように「実は帝大の俊才」だの「実は洋行帰り」だのということもない。……いや、文章をものするというのはそんなこととは無関係なはずだが、とはいえそのような飾りは人気には確実に反映するのだ。
 いやいや、俺は人気取りのために文章を書くのでない。俺は書かねばならぬから書くのだ。
 「で、こちらへいらしたのは。取材のためですかな?」
 愛想よく話しかけてきた氷島の声に、平井は我に帰った。
 「まぁ、そんなようなものです。ええ」
 答えながら、平井はさっき草上が得々と引っ張り出して見せた封筒を思い出している。
 「白夜行」とのみ記された封筒。差出人の名も宛名も書いていないそれを郵便受けの中に見つけたのは数日前。封筒の中には一枚の……一等客車の切符。この、思い通りに行かぬ事だらけで忌々しい現実をしばしでも忘れるためなら、おそらくは間違いと偶然という名の霧の中から訪れたものであろう、謎の誘いに身を投じてみるのも一興。
 そしてこれが偶然でないのなら――。
 謎と呼応しなくもないと考えられる秘密を、平井は抱えていた。
 彼はここのところずっと、ひどい睡眠障害に悩まされていた。夜寝付けず、ようやくとろとろと眠りに落ちれば、必ず同じ夢を見る。夢の中で出会うのは絶世の美女で、そして彼女は夢の終わりに必ず業火に包まれてしまうのだ。
 謎の中に身を投じてみれば、この美しいとも忌まわしいともいえる夢の根幹にたどり着けるのではないか。そう、平井は考えていたのである。

 どうやら平井を歓談に引き込むのは難しいと判断した氷島は、諦めて木場に向き直った。
 「で、ご自身は」
 「公務員です」
 そう言って、木場は人当たりのいい笑みを浮かべた。
 「仕事の関係でいろいろと調べ物をすることがありまして、それで先の『銀の星祭』のことも聞きかじったのです。いや、私自身は軍人の家に生まれ育った面白みのない人間でして……そのような地域の風習を研究するというような凝った才覚は持ち合わせていないのですが」
 「ほう、軍人の。さぞかし名家のご出身」
 平井がまた相槌のように呟いた。木場はそれには答えず、問うような視線を増田に投げた。
 「私は増田忍と申します。K社にて雑誌記者をしておりまして」
 増田は待っていたように立ち上がり、名刺を配った。
 「こちらには……ええ、取材ですね。どこ、という目的ははっきりとはなかったのですが、というか実のところ『わからなかった』と申し上げるのが本当なのですが、『銀の星祭』といいますから、まずはそれが今回の仕事かと。
 ……差し支えはいろいろお有りのようですが、お聞かせいただけませんか、その祭の話を」
 そういって木場の前に座を占める。
 木場は苦笑して頷き、それから一同からやや離れ加減に、扉の前に立っている水動に声をかけた。
 「あなたのお名前をまだ伺っていなかった」
 「申し遅れて失礼いたしました。水動薫と申します。私立探偵です」
 そういって水動はかすかに笑みを浮かべ、そしてこちらも名刺を配った。
 「私立探偵……ですか」
 「そうです、小さな探偵事務所を構えています」
 木場は名刺を受け取りながら、水動に何かかすかな違和感のようなものを覚えた。警官という職業に対する誇りが喚起した、「私立探偵」などという存在に対する警戒心によるものなのであろう、と得心が行くと、木場は内心ひそかに肩をすくめた。おお、人を職業や外見で判断してはならない、それを逆手にとって騙してくるものも多いとどれだけ思い知らされたかしれないのに。
 
 「で、そういえばあのご老人は」
 氷島が思い出したように言った。
 「陰陽師だそうですよ」
 答えたのは増田。
 「おんみょうじ? そう、名乗られたのですかな?」
 「ご自身ではそのようにおっしゃっていましたよ、少なくとも。まぁ、相当の高齢でいらっしゃるようでしたし、どこかの宮司さんがそのように名乗っておいでなのでしょうかねえ。
 お名前は安倍野さんとおっしゃるそうですよ。それとも安倍さんなのかな、あべの・かえさると名乗っていらしたから」
 「かえさる。そりゃローマ皇帝の名前じゃないか」
 平井が呆れたように呟いた。今度は一同、かすかな苦笑でそれに答えた。
 
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2006年04月17日

『雨と夢の後に』その1:白夜行

 上野発札幌行き、『白夜』号。
 列車は煙を吐きながら凍りつくような夜の底を走っていた。
 一月も半ばを過ぎた頃。先ほどまで醜女が差し伸べる腕のように絡み付いていた氷雨の帳を抜け、車体は白々とした月明かりに照らされている。満月に近い月のまろみが孕むのは――

 「この世ならぬ夢、か」
 向かいの席に着いていた男の訝しげな視線に、平井呈一はいつもの癖がつい出てしまったのに気付き、かすかに苦笑した。
 「失礼、独り身の悪い癖で、頭の中の考えをつい口に出してしまうのです」
 「いや、お察しいたしますよ。こちらも似たようなもので」
 男は愛想のいい笑みを浮かべた。
 「日がないちにち、人と名のつくものと言葉を交わさないでいるような日が続くと、人間そんなふうになるものです」
 「おや、そんな陰気なご商売には見受けられませんが」
 「古物商でしてね。古本屋です。人よりは物言わぬ本を眺めているほうが多い。いや、違うな、本は人よりよほど饒舌だが……少なくとも世間一般で言うところの会話の相手にはならない。……あなたは」
 「小説家です。余り売れてはいませんが」
 それだけ言って小さく会釈すると、平井はまた視線を目の前の皿に戻した。『白夜』号は、今日は満席に近いようで、食堂車も随分と混んでいた。そうでなければあまり人付き合いを好むほうではない平井のこと、見知らぬ男と相席での食事となることもなかっただろう。
 古書店主、氷島龍雄は、目の前に座った若い小説家――氷島自身も決して年のいっているほうではなかったが、相手は氷島より十歳近く年下に見えた――と会話を続けるべきかどうかしばし考えたが、結局相席の相手が話好きではないという結論に達した。それで、それきり声をかけようとはしなかった。なに、人にも書物に似たものがいるということだ。小説家だというならなおさらだろう。
 
 珈琲が出て、食事がひととおり終わろうとした頃、一人の若い男が食堂車に入ってきた。仕立てのいい三つ揃いを粋に着こなした、様子のいい青年である。で、車内をぐるりと見渡すと、ちょうど空いていた席に着き、隣席のものに親しげに話しかける。
 「おお、皆さんも『銀の星祭』に参加されるのですね」
 「……何の、話ですかね?」
 突然話しかけられたほうは戸惑ったような声を上げた。
 「おや、違うのですか? この列車には『銀の星祭』に参加される方ばかりがお乗りになっているのでしょう?」
 「いや、失礼ですが。何をおっしゃっているのか僕にはさっぱり」
 そう答えたのは増田忍。これもまだ若いが、駆け出しというには少し年の行った新聞記者である。
 「いったいそれはどこで開かれる、どういう祭りなのですか? 実は今回の旅は目的地がないようなものなので……もし珍しい祭りがあるというのであれば、是非見ておきたい」
 そう増田がいうと、男はあまり人の良くない笑みで答えてよこした。
 「いや、ご存じないというのであれば私の口から話すのは止しておきましょう。勿論参加されるのがよろしいでしょうが、祭の内容についてはご自分の目で確かめられるのが一番だ。貴方の楽しみを減じるような無粋はしたくないので」

 「おやおや、説明が親切ではなくて無粋になるのかな」
 男の背後からしゃがれ声がした。男が振り向くと、車椅子に納まり、看護人の女性の手を借りながら食事中だったらしい小柄な老人が、丸めた背から続く首をちんまりと起こして男を眺めているのだった。老人の名は安部不還(あべの・かえさる)といって、代々続く陰陽師の家計の末裔(すえ)であったが、ともあれこれは今は同席者の知るところではない。
 「無粋ということになりましょうな、ご老人。私も人づてにしか知らない祭なのですが、話に聞いただけでも大変に心躍るものですよ。招待状が来たときは本当に嬉しかった。で、非常に楽しみにこの列車に乗り込んだというわけですが……皆さんは違うのですか、だとすれば残念な話だ」
 そう言って男は背広の内ポケットから一枚の封筒を引っ張り出した。
 「ホラ、これですよ。招待状は。皆さんはお持ちでないのですか」

 「……失礼ですが」
 少し離れたところから立ち上がった者がいる。これもすらりとした洋装の青年だった。
 「それは私のところにも来たもののようです。だが――これが招待であるというなら、招待されておいてこう申し上げるのもなんだが、招待主はあまり周到な方ではないようだ。私のところには招待状はなく、切符だけしか入っていなかったので。それでもこの列車に乗り込んでしまった私も私ですがね。
 ……ところで、私がぼんやりしていただけだったら申し訳ないが、お名前を伺っていただろうか? ああ、私は……」
 「おお、これは失敬(と言いながら、男の目はむしろ立ち上がった青年――水動薫(みするぎ・かおる)こそが失敬であるというような表情を映していた)。私は舞台俳優でしてね。草上智近(そうじょう・ともちか)と申します。ええ、本名で舞台に立っておるのですがね。最近は映画にも2、3主演しておりまして。一番新しいのだと『屋根の上の恋人たち』といえばお分かりになりますか。大変評判が良くて新聞にも随分書かれましたから……」
 何だ、屋根の上の蝙蝠男、ああそれじゃあいつはあの蝙蝠傘の殺人鬼「抜当萬(ばっとうまん)」役を当てていたのかまるでわからなかった、と平井が口の中で呟き、増田はそんな映画の記事を載せた新聞があったろうかと考え込んだのだが、草上は一向に意に介せず自分の出演した舞台だの映画だのについて滔々と話し続ける。
 「いや、そんなわけでしてね。つい自己紹介が遅れまして」
 「それは失敬。私はひどく無粋なものでして、その映画は見ていないのです。以後、気をつけるといたしましょう」
 草上の台詞が一段落するのを待っていたように、水動は口元にかすかに笑みを浮かべたまま言った。これまでの草上の長広舌に一瞬たりとも気をとめていないのは明らかだった。
 「ところで草上さん、その『銀の星祭』とは何なのですか。おそらく私も招待客なのでしょうから、貴方程度にはその内容を知っていてもいいはずだ」
 「そうですな……いや、やはり止めておきましょう」

 そう言って椅子の背にもたれかかった草上の隣、増田の反対側にそっと座ったものがある。
 「『銀の星祭』……そうおっしゃいましたか」
 声をひそめて草上に呼びかけた男の名は木場孝次郎。警官であった。
 「おや、貴方はご存知なのですか」
 「……昔、聞いたことがありましてね。しかし他愛もない子供だましの話と聞き捨てていました。普通の神経を持った人間なら信じられる話でもない。だが……」
 「貴方はそう思われますか。が、私は大変楽しみにしているのですよ。そう、信じられる話ではない。が、実在すると言うのなら、舞台に立つものとして、絵空事をもうつし世の舞台にあるいは銀幕に再現するものとして、是非この目で見てみたい。
 ……そうは思われませんか?」
 「残念ながら」
 そう言って木場は苦い笑みを浮かべた。
 「先ほどの御仁ではないが、私も無粋なもので。
 しかし……その話が真実であるというなら、この列車にも……」
 そういいかけて木場はふと口ごもった。

 「待ってください」
 二人が頭を寄せ合うようにして言葉を交わしているところに割り込んできたのは増田であった。
 「どうやらお二方は話が通じているようだが……貴方もその『銀の星祭』とやらにいらしたのですか?」
 そう、木場に声をかける。
 「いや、まったく」
 「だったら貴方は僕らと同じ立場というわけだ。なら、説明してもらえないだろうか」
 あまり気が進みませんが、仕方ないですねと木場が言うと、草上は、私は話す気はないから失礼させていただくと言って立ち上がった。
 「話す気がない、とおっしゃる。俳優というのは何かを人に伝えるのが仕事ではなかったのですか。どうせ判るに違いないことをあまりもったいをつけるものではないですよ。ここにいる誰かが今後貴方の舞台や映画を見ないとも限りますまい」
 水動が穏やかな口調で言った。口元には相変わらずかすかな微笑を浮かべていた。
 「どうぞ、私の出演作に関するご判断はご自由に。私の芸術を理解しない方も少数はいらっしゃいますがね、人々の大半は私の存在を喜ぶのです」
 捨て台詞のように言うと、草上は憤然とした足取りで食堂車を出て行った。微笑を浮かべようと努力したあとらしい引き攣れた笑みが、せっかくの形のいい口元をゆがめていた。

 失礼、と水動は極まりの悪い笑みを浮かべた。そうすると、ややもすると冷たくも見える顔立ちが幾分和らいだ。いやいや、かまわないんじゃないですかと平井が苦笑いしながら言った。しかし「あの作品」を自慢できるとはたいした御仁じゃないですか。

 「『銀の星祭』というのはつまり……」
 木場が言いかけたとき、水動がついと立ち上がった。
 「もう食事も終わったことだ、いつまでも座を占めているのも迷惑というものでしょう。1号車に行きませんか。あちらはラウンジになっていますから」
 それもそうだと一同はぞろぞろと立ち上がった。車椅子の老人、安部だけが、老体に夜更かしは堪えるからと自分のコンパートメントに引き上げていった。
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『雨と夢の後に』前口上

 で、連日遊んでばっかりで微妙にどうかと思ったりもするのですが……
 土曜日の『渡竜』に続いてCoCを遊んできました。

 キーパー:霧島さん
 PC(PL):安部不還/あべの かえさる・陰陽師(いわなみうしをさん)
      木場孝次郎/きば こうじろう・警察官(鴉さん)
      氷島龍雄/ひじま たつお・古書店主(きぷろすさん)
      平井呈一/ひらい ていいち・小説家(N'S FACTORYさん)
      増田忍/ますだ しのぶ・記者(職人さん)
      水動薫/みするぎ かおる・私立探偵(たきのはら)
 使用システムはCoC(d20じゃないほう)の「クトゥルフと帝国」。

 ええと、そこ。どっかの憑き物落とし一味とか探偵一味とPT構成が似てるとか言わない。まぁたぶん「一味」チックであることには変わりないけど。

 ミステリートレインと新本格を足して2で割ったような感じで、大変楽しい時間をすごしました♪ 惜しむらくは会場&参加者の都合上遊べる時間が短く、やや遊び足りない感が残ったこと。やはり新本格っぽいのなら、もうお腹いっぱいーというぐらいどろどろを満喫(以下略)

 あ、いえその。
 全員生き残れたので、次につなげられる楽しみが増えました。
 雰囲気的には横溝正史ってより高橋克彦だったかなぁ。

 そらそうと、時々アタマの中にD&D成分が混ざってくるのは良くなかったと思います。いくらなんでも(d20じゃない)クトゥルフで「接敵してますね? 近接攻撃できますか? できますね、殴ります」はないだろうよ>自分(なお、相手はオオコウモリでした。昔みたいに何かの落とし子に望遠鏡のウェイト逆手に持って殴りかかったりしてないのでそのへんはまぁその。)
      
posted by たきのはら at 10:46| Comment(2) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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