2012年02月16日

coda――目次

 先日遊んできたネクロニカがあまりに素敵だったので、思い出せる限り、な感じですがレポートに仕立ててみました。
 なお、『永い後日談のネクロニカ』は、システムそのものがR15です。
 で、この先のレポートも、まあ何というか、ゴア記述がけっこう混ざってます。いや、下手人は私なんですが。

 ですので、15歳未満の方およびグロテスク/暴力的な表現が苦手、という方はリンク先はお読みになりませんよう。

前口上とドールたち
その1
その2
その3

posted by たきのはら at 03:01| Comment(2) | TrackBack(0) | ネクロニカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

coda――その3

 それからしばらく歩くと、また扉のあるところに出た。
 今度は簡素な木の扉。でも、扉の縁が赤黒く染まっている。
 ――思い出すまでもない、もう、覚えてる。ここは、あたしの仕事場だった。

 「そうか、みんなここで本にされてたんだな……お前に」
 バーレット姉さんが言った。わたしたちは養護室だと思ってたんだけどね、と、シルフィが言いづらそうに言った。体調が悪くなったらこの部屋で休むようにって言われる。でも、それで戻ってきた人は……そういえばいなかったかも。

 「このまま、行く? エストちゃんが嫌だったら、見なくても……」
 「もう思い出しちゃったもの。中に何があるかはわかってるから、もう怖くないよ」

 抱きとめてくれるシルフィの手をそっとどけて、戸を開けた。
 何度も見た光景が、また目に入ってきた。
 ソファーを並べた応接室。でも、その真ん中には血に染まった手術台。そこであたしは、何人ものひとを“製本”してきた。
 
 そうだった。
 ここは――閉じた世界、シェルターだった。ずっと戦争が続いて、ひどいことになって、外があまりに危険で荒れ果てて住めなくなってしまったから、まだ生き残っていた人間はシェルターに避難し、そこにまとまって住むようになった。外は死の世界、だけどここに逃げ込めたひとは幸せだった。食料もあったし、本も沢山あって娯楽には事欠かなかった。シェルターを管理しているお父様の趣味で、よくみんなで集まってお茶会をしていた。大勢の人が図書館のホールに集まって……でも、生きている人はいずれ必ず死ななきゃいけない。だから、病気になった人は、死なないうちに、本に……
 「やっぱり、おかしいよ。だって、みんな苦しそうな顔してたし……」
 シルフィからもバーレット姉さんからも返事はなかった。見ると、シルフィはそこのソファーにへたりこんでいて、その傍でバーレット姉さんが頭を抱えている。
 「あれ、どうしたの、ねえ……困ったな、気分でも悪い? あ、そうだ、痛み止め……」
 身体を切り抜くときに痛かったり苦しかったりしないようにって、確かいろいろ薬がしまってあったはず……

 そんなんじゃねえ、だいたいそんな妙な薬はいらん、と、バーレット姉さんが不機嫌に唸った瞬間、がたん、と音がして棚がずれ、壁が横にスライドした。
 手術室の隣は、かなり広い隠し倉庫になっていた。そしてそこには、切り抜いた後の身体の部品がきれいに整理され、名札を貼られ、保存液に浸けられて並んでいた。ああそうだ、あたしはこういう仕事もしてたんだった、とあたしは思い出した。
 「バーレット姉さん、これ見て、身体の部品だよ。本にしなかったぶん。そうだ、全部とっといたんだった。そうか、そしたらあたし、エリザベスをもとに戻して、本から出してあげられるかな。ねえ、どう思う、あれ、まだ気分悪いの?」
 「……なあエスト、落ち着け。ホントにもとの、ヒトの身体に戻せるのか? こんなぺらっぺらになっちまった奴を」
 バーレット姉さんはずかずかと倉庫に踏み込んでくると、呻いた。
 「よく考えろ。俺はこんな忌々しい技術のことは知らんからなんとも言えんが、やめといたほうがいい気がするぞ」
 「ええと……で、でもね、体が全部もとにくっついたら、意識の活動は普通に生きてた時と同じぐらいはっきりするよ。で、体だけど……ああ、ダメだ。ふくらまないや」
 「ふくらまないや、じゃねえよ。どうなるんだ」
 「体の部品が全部入った本になるだけ……かも……」
 「おい、そんなんで意識がはっきりしてみろ、地獄じゃねえか。やめとけ」
 「そうだね……でも、自分がやったことだけど、つくづく、ひどいな……って、あれ、シルフィが!!」
 ぐったりとソファーに横たわったシルフィが、目をみひらいたまま微かに痙攣している。
 「ヤバい、あのソファーから引き剥がせ!」

 ほっそりした身体を抱えるとき、シルフィが微かに「おとうさま」とつぶやいたのが聞こえた。なんの感情もない、音だけの呼び声。
 「どう……どうしたのシルフィ!」
 「ごめん……あの、思い出しちゃった。わたし、そのソファーで、お父様に、なんども……」
 ずるり、と力の抜けた体がずり落ちる。
 「うん。そこでシルフィは奴のなぐさみものになってた。そして俺はそれを見ていた……らしい」
 「お父様ね、わたしに、シルフィはかわいいね、ほんとにかわいいねって……でも、ああ、わたしひどいことされたけど、あのときわたし、生きてたのかなあ死んでたのかなあ、でも、お父様はいつだって……」

 ……お父様?
 そうだ。思い出した。お父様はあたしの傍にもいた。しかもあたしがここで、製本をしているときに。それも、女の子とか若い女の人を製本するときにだけ。

 ――そうだ、胸は忘れずにページに入れなさい。
 ――ああ、この子は背中も製本しておくれ。
 ――きれいな鎖骨だねえ、それもだ。
 ――めずらしいね、こんな綺麗な腸は見たことがない。捨てるんじゃないよ、2ページ使えば全部綴じられるだろう。
 ――おまえはまだまだだねえ。アレナは私の欲しいものは言わずともわかっていたが。
 ――けれど、おまえは色黒だし、いまひとつ可愛くないからねえ。いや、でもはしっこいから腕利きの職人にはなるだろうが。
 ――まあいい、こうやって付き添って注文をつければいいだけの話……

 「……ざけんじゃねえあの糞親父、変態の片棒担がせやがってッ」
 気がつくと、わめいていた。
 「思い出した思い出した、すっかり思い出したッ……ちくしょう、殺してやる、あの変態野郎ぶち殺してやるッ」
 「……いや、もう死んでんじゃねえかなあ、とりあえず」
 「だったら滅ぼす!!」
 「そうだねエストちゃん、それがいいと思う。わたしも……嫌だったもの」
 
 そうとなれば話は早かった。でも、先に進む前に、倉庫の中の“部品”を全部融かした。あたしの身体の中には血のかわりに強酸が流れているので――いやそもそも死人の身体だから何かが流れている方がおかしいし、そんなものが流れていてもびくともしないあたしの身体もおかしいのだけれど、ともかくあるものはあるので、自分の腕を一回切り落として流れ出る“血”できれいさっぱり融かし尽くした。このままにしておけばあの変態親父が何に使うかしれたものじゃない。それからさっきアレナ姉さんたちと殴り合った部屋から持ってきていたページをオヤツがわりに食べて、切った腕を繋いだ。あのページがどういう目的のもとに作られたのか考えると胸が痛んだけれど――というかそもそもあの本を作った下手人はあたしなのだけど、罪悪感を背負い込んだところでどうなるわけでもない。だから、せめてあたしの血肉にして、それであの糞親父を切り刻んでやる。ああ、それにしてもどうしてあたし、ずっと変態の手伝いなんかしてたんだろう。

 “お父様”がいつもいたという司書室までは、そこからすぐだった。
 見渡す限りの図書館なんてものがそもそも、あたしたちの気の迷いだったのかもしれない。

 司書室のドアをノックし、入る。
 そこに、“お父様”は、いた。上質のスーツに身を包んだ、紳士――に見える、何か。
 「おや、シルフィにバーレット、それにエストか」
 「ごほんを、持ってきました」
 「……ほう。とすると、アレナは失敗したんだな」
 お父様は立ち上がった。

 「ありがたいことにね。再教育とやらはされずに済んだよ」
 「お父様、わたし、本当はあんなこと嫌だったの。何も言わなかったけど嫌だったの。だからもうここから出ていく、わたしに触らないで」
 「むしろ死ねばいいんだ」

 「……おやおや、すっかりお行儀が悪くなったねえ」
 “お父様”は額に垂れた髪を掻き揚げ、悲しそうに笑う。その顔は、きっとあたしたちの知っていた誰かの……少女たちの顔の一部をあちこち切り接いだもの。色も大きさも違う左右の瞳がぐるりと回る。
 「生きたまま本にするのはいい考えだとおもったのだが、それでは不完全だ。それに、本にしたものに粘菌がつくと、せっかくの本が朽ちてしまう。だから何かよい手立てはないものかとお前たちを捜し物にやったのだが……“底”からいつまでたっても帰ってこないので、迷ってそのまま死んでしまったのではないかと心配していたのだよ。それどころか私の最高傑作のシルフィまでいなくなった。とても、寂しかったよ。だが、こうして帰ってきた。五体満足で、しかもバーレットとエストまで、再び死ぬことのない体になって。きっと“底”には粘菌が溜まっていたのだねえ……」
 気色の悪いおしゃべりだったが、少しだけ感謝した。きっとあの男の手にかかったに違いないシルフィには悪いけれど、あたしを殺して動く死体にしたのはこの男の手じゃなかったことに。あたしをこんな体にしたのは、あたしのお友達、一緒に暮らしていた人たち、あたしが本にしてしまったひとたちの眠る図書館だったことに。
 「だが、すっかりお行儀が悪くなってしまった。いけないよ。一度解体して、組み立直して、私の従順な娘にしなくてはねえ……」

 ふざけんじゃねえ、と怒鳴り返す前に、“お父様”の体がむくむくとふくれあがり、スーツがはじけ飛んだ。目の前にあるのは……人の身体というよりも、ひどく醜悪な物体だった。確かに頭があり首があり胴があって腕がある。だが、それはすべて、女性の身体の一部を切り接いで形作ったものなのだ。
 「お気に入りの子達はねえ、アレナやエストには任せなかったんだよ。本になどするものか。そのまま私の身体に縫い込んで、ずっと一緒にいられるように……さあ、お前たちもそうしてやろうねえ」

 周囲の本棚から、聞き覚えのあるばさばさと本の雪崩落ちる音がした。分厚い、古びた本の表紙がめくれ、目を向き牙をむき出した怪物の顔がページに浮かび上がる。
 「さあ、バラバラにしてあげようねえ」
 「格好つけすぎで隙だらけだ、やっちまえ!」
 “お父様”の手が上がった瞬間、バーレット姉さんの声が飛んだ。巨大なハサミと化したシルフィの腕が“お父様”の足を薙ぎ払う。バーレット姉さんの対戦車ライフルが火を吹く。シルフィを庇おうとしたあたしの膝下が切り飛ばされる。咄嗟にスカートの中のエリザベスをかばう。腕や足なんかいくらでもくれてやる。おまえらを引きちぎって喰えばその場で生えてくるんだから。“お父様”の手が動く。またバーレット姉さんの指示が飛ぶ。シルフィの目から炎がほとばしってそのあたりを焼き払い、一方でシルフィを庇ったあたしの肘から先がなくなる。
 「ほら、もうすっかりボロボロじゃないかエスト、ごめんなさいを言えば許してあげるよ」
 上半身だけで据え物みたいに床に座り込んだ“お父様”の唇が笑う形に動いて、そして“お父様”はあたしに向かって両手を広げる。両足をなくしたあたしは、肩で虫みたいに這って“お父様”の傍に近寄る。
 「ああエスト、ようやく私にすべてを任せる気になったね?」
 「……これだけ逆らったのに、まだあたしを受け入れてくれるんですか?」
 ずるずる、と、這い上がるようにして“お父様”に身体をあずける。“お父様”の腕があたしの身体を抱えようとしたとき、あたしの上腕を破って砕けた腕の骨が飛び出し、“お父様”の腕と胸を引き裂いた。血みどろになって転がる“お父様”を、銃弾が、そしてシルフィの刃がずたずたにする。

 “お父様”だったものが意味をなさないうめき声を上げるばかりの肉塊になって転がると、あたしは大急ぎでそのあたりに飛び散った本のページで身体をある程度再生し、手術室に取って返した。そして一番頑丈そうな刃物を持って戻ると、無言で“お父様”に何度も何度もたたきつけ、ミンチにした。言いたいことはいろいろあった。どうやってあたしにあんな仕事をやらせたのかとか、あたしを可愛くないといいながらなんで置いておいたのかとか――いや、聞くまでもない。予想はつく。たぶんあたしは生前、そんなにお上品な生き方はしてこなかったんだろう。で、みんながどっかに避難しなきゃいけなくなったときに、ここに迷い込んだんだろう。こいつがあたしを追い出さなかったのは、きっと誰もやりたがらない仕事をさせるためで……

 気づくと、足元には赤い粘っこいどろりとしたものが広がっていた。
 「もう、いいだろ、エスト。そういえばこんなものがあったが」
 バーレット姉さんが、写真を1枚こちらに寄越した。お茶会の写真。写ってるみんなが幸せそうに笑ってる写真。そこにはもちろん“お父様”もいて、そしてきっと……
 はっとして、写真を姉さんに突き返した。誰もやりたがらない仕事をやる代わりにお情けでお茶会に入れてもらって、それで喜んでる自分が写っていたら……そんなものを見たら、あたしはあたしを切り刻んでしまう。

 「さて、邪魔は片付けたし、こんなとこ、とっとと出て行こうよ」
 「うん……でも、お父様さえいなくなれば、ここ、そんなに嫌なとこじゃないよ? みんなで暮らしてた思い出もあるし……」
 シルフィが言ったが、あたしは首を横に振り続けた。ここには、いたくない。
 
 結局、やっぱり、出ていくことになった。最後に廊下に出て、図書館の様子を伺ってみた。静まり返っていた。本になったひとたちは、ぐっすり眠っているようだった。このまま、ずっと平和に眠って、そしておだやかに朽ちていってほしいと思った。
 司書室の反対側の扉を抜けると、そこはもう図書館のロビーだった。思い出してスカートの包みを解き、エリザベスを取り出した。表紙を開けると、エリザベスは起きていた。

 「あれ、エスト。どうしたの? みんなは?」
 「……はぐれちゃった。でも、バーレット姉さんとシルフィは一緒だよ」
 「そっか。……あれ、私なんでエストに抱っこされてるの?」
 「ええと、それは……」
 「まあいいや、あったかいから。じゃ、私もうちょっと寝るね」

 目を閉じたエリザベスを抱え直し、あたしたちは図書館の外に出た。
 そこは、かつてイギリスと呼ばれていた国の、廃墟と化した街。崩れた建物が点在し、あたしたち以外に動くものの姿はない。
 終わった世界の、終わった人類。終わりの最後に付け加えられた、コーダのようなあたしたち。
 でも、自由だ。そのうえ、一度死んだあたしたちは死からも時間からも自由なのだ。

 あたしたちは歩き始めた。
 まだ見ぬどこかへ向かって。
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coda――その2

 あたしたちは本棚の螺旋を登っていった。バーレット姉さんもシルフィも何かすっきりしない顔をしていた。それでもあたしを見るとシルフィは手をつないでくれた。しばらく行くと、本棚が途切れ、頑丈な作りの扉が一枚あった。

 「どうする」
 「……探してるごほんがあるかもしれない。けど……」
 あたしはぼそぼそと言った。その“探してるごほん”は、きっと、“エリザベス”みたいな、もとは人間だった本なのだろう、というのは薄々気づいていた。それにさっきから、本棚の中にはその種の本が増えてきている。ひょっとしたら、この図書館は……
 「エストが嫌なら見なくてもいいんだよ?」
 シルフィが心配そうに覗き込んでくる。
 「ううん、調べなきゃ話になんないんだよ、きっと」
 あたしはシルフィの手を離すと、扉を押し開けた。

 そこは――特別書庫、とでも言うのだろうか、四方に本棚の並んだ部屋で、そして本棚の本は“もと人間の本”ばかりだった。落ち着いた照明の中で、革の背表紙がぬらりと光る。と、ひときわ立派な本がひとりでに本棚から飛び出してきた。本は宙に浮き、そして宙に浮いた本の表紙が開いた。
 満面の笑みを浮かべたアレナ姉さんの顔が見えた。
 「あら、バーレット。それにエストもシルフィも。どうしたの」
 「……ごほんをとどける、ってのは……お前を届けろってことか」
 バーレット姉さんがぼそりと言う。
 「お父様がお呼びらしいぞ。しかし……なんてこった、ひでえざまだな」
 「あら、そんなこと言っちゃだめよ。これもみんなお父様のお考えでしょ。私たちが死なないように、永遠に生きていられるように、こうやって本にして、大図書館に収めて……ありがたいことじゃないの」
 くすくす、と、アレナ姉さんは笑う。
 「冗談じゃねえ、俺は本になんかならんぞ。だいたいもう死んでるしな」
 「あらあら、だめじゃないの。なんでそんなこと考えるようになっちゃったのかしら」
 「アレナ姉さん……じゃあ、あたしがいけなかったのかな。エリザベスは苦しいって、外に出たいって……」
 思わず口を挟んだ。と、アレナ姉さんは目を丸くしてあたしを見た。
 「苦しいだなんて……ねえエスト、あなたなら、わかるでしょ。私の仕事を引き継いだんだものね。それに……私、あなたの手で本にしてもらうとき、とっても気持ちよかったのよ」
 「狂ってやがる」
 あたしが後ずさる前にバーレット姉さんが吐き捨てた。
 「あらあああ、ダメようそんなこと。お父様のお仕事に反対するなんて。再教育が必要ね。大丈夫よ私がちゃんと教えてあげる……ほら、だってここには私の仲間がこんなにいっぱい」
 ばさばさ、と、音がした。
 本棚から無数の本が飛び出してくる。全部見覚えがある。この書庫は……あたしの書庫だ。あたしの作った本をここに収めたんだ。
 「だめなのー!」
 悲鳴があがった。シルフィだった。
 「アレナちゃんにはアレナちゃんの考えがあるんだろうけど、無理やりなんてそんなのだめなの! お父様は絶対むりやりなんてしなかったもの。無理やりとか力づくとか、アレナちゃんのほうが間違ってる!」
 
 あたしはそれどころじゃなかった。そこらじゅうから飛び出してきた本が――男もいれば女もいる、もちろんあたしたちみたいな女の子もいる。それが全員苦悶の表情を浮かべながらぶつぶつと恨み言を言う。本のページからねじれた腕が延びる。ぼろぼろとページが落ち、そこから濁った色の煙が立ちのぼる。丁寧に施したはずの装丁が剥がれ、そこから赤黒い液体がしたたる。もう、本のていを成していない。
 「なによなによ、あたしが下手だったから、綺麗な本にしてあげられなかったから文句があるとか!?」
 反射的に手近な本をひっつかみ、引き裂いていた。
 「……おいおい、論点が違うだろ」
 後ろでバーレット姉さんが呆れたように言い……そしてどこからか対戦車ライフルを取り出して床に据え付けたかと思うと、撃った。アレナ姉さんがいきなり半分消し飛んだ。
 「ああもう、そういうことなら、わかったよ、わからずや!」
 シルフィが軽やかに本の群の中に飛び込んでいく。そういえばシルフィ、すごくダンスが上手だったっけ、とふと思い出す。宙に浮いた無数の本と戯れるようにシルフィが駆け抜けると、その背後でばさばさと切り刻まれたページが舞い散った。あたしはひたすらシルフィをかばい続けた。首が裂け、腕が弾け、足が切り飛ばされた。でも構わない。もとから死んでいる体だもの。今だ、やっちまえとバーレット姉さんの声が聞こえた。むらがってくる本を引きちぎり、裂けたページを口に放り込む。

 気がつくと、本のページのちらばる血みどろの部屋に3人で立ち尽くしていた。
 「アレナ、おかしくなっちまってたな」
 「あたしにこんなのつくらせるぐらいだもの。もとからおかしかったんだよ」
 ぼそぼそと言いながらシルフィを見る。よかった、あたしの大事なお友達。あれだけ大立ち回りをしたけど、シルフィは怪我ひとつしていない。シルフィが怪我でもしていたら、あたしが耐えられない。ほっとすると急にお腹が空いてきた。そういえば目が覚めたときからお腹が空いていたんだった。

 「あのね、ちょっとご飯にしていい? あたし怪我もしたし」
 そうだな、俺も身体の修繕しなきゃならんし、と言うバーレット姉さんの返事も上の空で聞いて、あたしはそこらへんじゅうに散らかったページを次々と口に放り込んだ。
 「ったくもう、あんな恨みがましい顔しちゃってさ。まるであたしが悪いみたいじゃん。それにこんなに血みどろで。あたしの血抜きが下手だったとでもいいたいのかしら。まったく腹立つなあ、もう」
 「……エストちゃん……それ、怖いよ」
 「むしろ今のお前の方がアレナよりおかしいんだが」
 バーレット姉さんもシルフィも後ずさっていたような気もするけど。うん、きっとおかしいんだよね、死んでるのにお腹空くなんて。

 食べ終わってから、とりあえずぼろぼろになったアレナ姉さんの“表紙”を拾い、それから部屋を出た。
 部屋を出るときに、そっとスカートを開いてエリザベスの様子を見てみた。怖いもの見たさもあったのだけれど――エリザベスはすやすやと眠っていた。
posted by たきのはら at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ネクロニカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

coda――その1

 おなかがすいて、目が覚めた。
 目が覚めてから、自分が死んでいるのに気づいた。
 死んでいるのにおなかがすくなんて変だと思ったけど、そう思ってもやっぱり微妙に空腹だった。

 おなかすいたなあ、とつぶやいて目を開けると、そこは図書館だった。見渡す限りの螺旋状に本棚が並んでいて、本棚でできたすり鉢の一番底の赤絨毯の上にあたしは横たわっていた。静まり返った本棚の群のずっと上の方に柔らかな明かりが灯っていた。それを見ているうちに、突然酷い光景が見えた――いや、思い出した。真っ赤に染まった平たいベッド、違う、あれは手術台、その真ん中に、何だかわからない真っ赤な塊。それを、じっと見ている。そう、見ていたのだ。

 怖くなって、目を閉じた。真っ赤な手術台は瞼の裏にしばらく残って、それから見えなくなった。いやな夢を見たから寝直そうとして、やっぱりひもじくて起き上がった。――早く、起きればよかった。起きたら隣に大好きなシルフィが寝ているのに気づいたのだ。シルフィも死んでいたけど、とても可愛かった。眠っているのをいいことに思わずぎゅっと抱きしめたら、シルフィが目を開けた。

 エストはシルフィに恋心を抱いており、シルフィはエストを独占したいので、たぶん可愛いはずなんだけどかなり爛れた感じでいちゃこらしてると、その気配でバーレットが目を覚ます。


 「そこ。何やってるんだ」
 不機嫌きわまりない声が脇から聞こえた。バーレット姉さんだった。むしろ姐さんって感じだった。姉さんは身体を起こしてあたしたちを見ると心底あきれたようにため息をつき、
 「アレナはどうした。あと、俺たちはやらなきゃならないことがあったろうが」
 アレナ? ……誰だっけ。やらなきゃならないこと? ああ、そうだった。

 「「「ごほんを、とどけなくちゃ」」」

 あたしたちは異口同音に言って立ち上がった。でも、ごほん? ここは図書館だから本はいっぱいあるけれど、でも手に取る本はどれもみんな朽ち落ちてしまっていて本の用を為さない。それに、届けるって、どこに?

 「お父様のとこだ。……ああ、死んじゃってるから記憶が曖昧なんだな。お父様に呼ばれたのは俺だけだったか。『あの本を持ってきてくれ、このままでは手遅れになってしまう』って言われて、そしてその本を取りに行こうとして……そして……」

 くそ、覚えてねえぞ、とバーレット姉さんは顔をしかめた。

 「あとはアレナだな。どこに行ったんだろう」

 ……アレナ?

 「そうだよね。バーレットちゃんはいつもアレナちゃんと一緒にいたものね。でも、ここにはアレナちゃんはいないみたいだよ」

 シルフィが言った。それでようやく思い出した。あたしたち子どもはこの図書館で本を運んだり整理したりの手伝いをしていた。バーレット姉さんやアレナ姉さんはもう一人前に仕事ができたから、司書の制服を着て働いてた。アレナ姉さんはバーレット姉さんと仲良しで、そしてバーレット姉さんは眼鏡なんかかけたきっちりした見かけだけど結構大雑把なのに、アレナ姉さんはとてもきっちりした仕事をする人だった。あたしは大好きなシルフィと一緒に、アレナ姉さんとバーレット姉さんの2人組の後をくっついて歩いてお手伝いをしていた。いつも4人で一緒にいたのに、でも今、アレナ姉さんはどこにもいない……

 いろいろ話してたら思い出すかもしれない、と、さっき明かりを見てるときに見えた真っ赤な手術台のことも話そうとした瞬間、思い出した。
 あの台の真ん中にあった赤い塊は、司書服に包まれていた。

 結局何も言わずに、シルフィの手をぎゅっと握って、そして今は隣に誰もいないバーレット姉さんの後をついてゆるやかなスロープを登りだした。こうしていても仕方ない。記憶はバラバラで頼りにならない。でも、3人とも覚えている仕事がある。だったらそれをやらなくちゃ。ごほんを探して、お父様に届けなくちゃ。

 本棚の前の通路は緩やかな螺旋を描いていて、そして時々鉄の梯子が本棚の脇についていて、それを上れば螺旋をひと巻きぶん近道できるようになっている。見渡す限り続く本棚のすり鉢をそうやって縁の方へと上っていく。と、ふと、バーレット姉さんが足を止めた。

 「バーレットちゃん、どうしたの?」
 「……いや、思い出したんだよ。俺らがここで司書の仕事してたときのこととかさ。みんなが居て、おしゃべりの合間に仕事して、時にはみんなでお茶会してさ。そんでも話し足りないこととか、内緒話やなんかがある時は……ほら、さっき俺たちが寝てた”一番下”に行ってた。何しろあそこは静かだし誰も来ない。でもあの時は本は腐ってなんかいやしなかったから、俺たちずいぶん長いこと死んでたのかなあ。それとも……いや、ここらへんの本はまだ傷んでないのもあるな。ってことはやっぱり階層が下に行くほど湿気が溜まるってことか」

 懐かしそうに言いながら、姉さんは本棚の本の背表紙に指を走らせ……ふと1冊の上で手を止め、引き抜きかけ、そして手を止めた。
 「なあに、探してたごほん?」
 「待てエスト、これは……」
 姉さんが言ったときにはもうあたしは本を本棚から引き抜いていた。なめし革で装丁した本。表題には『エリザベス』とある。
 「え? ……何だろ」
 ぱたん、と本の真ん中を開いた。
 お腹が、あった。

 「え? ……これ……」
 それは、生きた人間の――おそらく若い女性の身体の一部を本の大きさに刳り抜き、薄くなめして本の見開きの1ページに仕立てたものだった。次のページは両胸だった。平たい本の1ページに収まっているにも関わらず、やわらかな膨らみが目の前にあるようだった。恐る恐る手を触れると、温もりさえ伝わってきそうな肌は柔らかく、しっとりと汗ばんでいた。次のページは内蔵だった。血の滴り落ちる直前で時が止まったかのように、きれいに渦巻く腸が本のページの中に艶めかしくつややかな赤に光っていた。
 「エストちゃん、エストちゃん、どうしたの……」
 シルフィの声が遠くなる。あたしは必死に思い出そうとした。切り取られた皮膚、薄く削がれなめされ本の1ページとして綴じられた身体。その本を装丁する革は、そう、その身体を覆っていた皮。あたしが見た手術台の真ん中の、何だかわからなくなった赤い塊は、ひょっとして……

 思い出した。

 「あたしが、やったの」
 え、と、バーレット姉さんとシルフィが同時にこちらを見る。
 「あたしがやったの。あたしがみんなのからだを薄く切って、なめして、綴じて切りそろえて、装丁して本にしたの。エリザベスもあたしが本にしたの……それがあたしの仕事だったの……」
 唇からこぼれる声が、自分のものじゃないみたいに聞こえた。そう、これがあたしの仕事だった。本を運んだり整理したりのお手伝いじゃなくて、あたしの本当の仕事は製本だった。手術台があたしの作業台だった。真ん中の何だかわからなくなった真っ赤な塊は……

 そこでとんでもないことに気づいた。
 あたしの覚えている”塊”は、司書服に包まれている。ひょっとして、まさか、アレナ姉さんも。

 そう口にしたとたん、頭の中のもやが一瞬消えた。
 そうだった。
 アレナ姉さんは、あたしの最初の仕事だった。
 手術台の上に横たわるアレナ姉さん。優しく笑っている。いやだと言って泣くあたしをなだめるように、困ったような声で、やり方は全部教えたから大丈夫よ、教えた通りにやれば大丈夫、それにこれはいいことなのよ、このままでは私はすっかりだめになってしまうけれど、エストに本にしてもらえればもう死ななくてよくなるの、ご本を読み終わっても消えたりしないでしょ、私は永遠の物語になるのよ……そんなふうに言う。いやだいやだ最後まで一緒にいてとあたしが泣くと、しかたないわね、ほら、といってあたしの手にそっと手を添え、輝くような満面の笑みを浮かべて……

 視界が真っ赤に染まる。
 気がつくとあたしはバーレット姉さんの足下にうずくまって泣いていた。あたしがやったの、アレナ姉さんもあたしが本にしたの、そう、声にもならない声で叫びながら泣いていた。シルフィが頭を撫でてくれていたけれど――ああ、こんなことをしていたあたしは、もうきれいなシルフィを抱きしめたりできない。ごめんねシルフィ。あたしの大事なお友達。
 
 対話判定に大失敗した結果、シルフィへの未練が恋心から友情へ。どうやら自分にドン引きした結果、らぶらぶどころじゃなくなったらしい。


 「……ああ、そうだったな。くそ、思い出しちまった」
 バーレット姉さんが吐き捨てるように言った。
 「バーレットちゃん、思い出したって……」
 「いや、何でもない、行くぞ」
 「……そういえば、わたしも思い出した」
 「何を」
 「……お茶会。それと、お父様のこと。……わたしの身体をみてくれたよ。悪いとこがないかどうか、大丈夫か、って……」
 「大丈夫じゃなくなったから、アレナは俺にあんなことを頼んだんだな」
 「あんなこと、って?」
 「“製本”だよ。エストが押し付けられた仕事だ」

 思わず顔を上げ、慌てて涙を拭いた。
 「アレナの身体は粘菌にやられかけてた。俺たちが死んでもこうやって動いてるのはいっぺん死んだ俺たちの体に粘菌が寄生してるせいだが……あれは生きてるもんの身体に入ると、まず自我を写し取りながら宿主を殺して、それから動く死体にするんだな。たぶんこの図書館はあの粘菌の胞子がうじゃうじゃしてるんだろう。で、アレナの身体はそれにやられてた。あんときは腕がもうすっかりしなびてたな。このままじゃあもうすぐ自分は死ぬから、その前に俺に自分を“製本”しろと、アレナはそう言った。
 真っ向、断ったが。……冗談じゃねえ」
 「わたしは大丈夫って言われたけどな。でも今は死んじゃってるから結局だめだったのかな」
 「……まあ、いい。エストも泣き止んだな。行くぞ」

 二人とも、まだ他に思い出したことがあるみたいだった。でもこんなとき聞いたって答えてくれるはずもない。あたしは手にしていた“エリザベス”を、棚に戻そうと持ち直し、そしてつい、何の気なしにもう一度、最初のページを開いた。
 苦悶に満ちた顔がこちらをじっと見ていた。その唇が動いた。
 「……私を、ここから、出して……」
 「え……」
 目が、ぎろりとあたしを見たかと思った瞬間、
 「私をここから出せ!!」
 悲鳴を上げて本を閉じた。そうだよ、切り刻まれて、本にされて、誰だって苦しいよ。あたりまえじゃないか。何が見えると思ってたんだあたしは。はずみで、あたしの手に張り付いていた本は名残惜しそうに手から落ち、床に転がった。あたしはそれを拾い上げた。抱えていくのは怖かったので、オーバースカートにくるんで腰のあたりに結びつけた。それからバーレット姉さんとシルフィの後を追った。

 
バーレットが言わなかったこと:アレナはバーレットに自分を本にしてくれと言ったあと、この図書館には私が作った本もたくさんあるのよ、と、得意げに言った。そして脇の本棚から1冊抜き出して「ほら、これはマリアよ。ねえ、きれいにできてるでしょ。この胸なんか自信作なの。マリアの胸は大きくてきれいだったから、ちゃんとそれを残さないとって頑張ったのよ。でもやっぱり私よりずっと大きい胸だから、本にしながら実はちょっぴり悔しかったけどね。それにほら、この顔……こんなふうに幸せに笑った顔にするの、苦労したのよ」と、にこにこ笑いながら語ったのである。バーレットは「……お前、狂ってるよ、冗談じゃない、断る」と、その場をさっさと立ち去っている。もちろんあまりに気色悪い記憶だったので、いちいち姉妹たちにはそれを明かさなかったのだ。

 シルフィが言わなかったこと:お父様は素敵な紳士だった。そしてお茶会の途中、シルフィを部屋に呼び、「服を脱ぎなさい」と言った。シルフィは何の疑いもなく服を脱ぎ、するとお父様はその身体を丹念に調べ、「よし、どこも悪いところはないね」と言った。おそらくお父様はお医者様かなにかでもあるのだろう。「今日もみてくださってありがとうございました」とシルフィは言い。服を着る。……と、お父様は急に顔を寄せ、こんなことを言った。「シルフィは本当に、可愛いねえ」


posted by たきのはら at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ネクロニカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

coda――前口上とドールたち

 先日遊んできた「ネクロニカ」があまりに素敵だったのと、なんだか細かいところが落ちていくのがもったいないので(戦闘の詳細とかすでにかなり……><)忘れないうちにレポートなど。

 永い後日談のネクロニカ:「coda」
 NC:タイラアツシさん

 ちなみにドールたちはこんな感じ。

 バーレット:享年(つまり外見年齢)15歳。記憶のカケラは”少女”と”陵辱”。ポジションはソロリティ、クラスはレクイエム/ゴシック。姉妹たちに号令を飛ばして戦場をコントロールし、対戦車ライフルでずっと向こうの敵までもぶちぬく火力を誇り、そして自らは戦場の狂気に酔ってますます苛烈に戦う。きっちりした司書ふうの服装に身を包み、眼鏡をかけたクールな現実主義者。俺女。未練はシルフィへの友情、エストへの保護。PLはドルフ☆レーゲンさん

 シルフィ:享年10歳。記憶のカケラは”血の宴”と”日常”。ポジションはジャンク、クラスはロマネスク/ロマネスク。地獄にあってますます冴える戦いぶり、戦場を軽快に動き回り敵を切り裂く。抜けるような色白、愛らしい顔立ち、ほっそりとした身体。ヒトならぬ変異を抱えることも、無骨な武器を持ち歩くこともないが、ただその身体には精緻な改造が施されている。生前は踊り娘だったようで、必要最小限の衣服の上から衣装めいた紗をふわりとまとっている。未練はバーレットへの友情、エストへの独占。PLはあくあさん

 エストレリータ:通称エスト、享年11歳。記憶のカケラは”手術台”と”殺戮の天使”。ポジションはオートマトン、クラスはゴシック/ステーシー。姉妹に繰り出された敵の攻撃を進んで受け止め、生じた損傷はその場に飛び散った敵の部品を喰って直す――ため、死者のくせに常に健康な食欲を抱えている。背中には破れた翼、戦いとなれば飛び出す骨の切っ先。服装は簡素なシャツに長いコットンスカートの重ね穿き。未練はバーレットへの依存、シルフィへの恋心。PLたきのはら

posted by たきのはら at 02:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ネクロニカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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