2012年02月16日

coda――その2

 あたしたちは本棚の螺旋を登っていった。バーレット姉さんもシルフィも何かすっきりしない顔をしていた。それでもあたしを見るとシルフィは手をつないでくれた。しばらく行くと、本棚が途切れ、頑丈な作りの扉が一枚あった。

 「どうする」
 「……探してるごほんがあるかもしれない。けど……」
 あたしはぼそぼそと言った。その“探してるごほん”は、きっと、“エリザベス”みたいな、もとは人間だった本なのだろう、というのは薄々気づいていた。それにさっきから、本棚の中にはその種の本が増えてきている。ひょっとしたら、この図書館は……
 「エストが嫌なら見なくてもいいんだよ?」
 シルフィが心配そうに覗き込んでくる。
 「ううん、調べなきゃ話になんないんだよ、きっと」
 あたしはシルフィの手を離すと、扉を押し開けた。

 そこは――特別書庫、とでも言うのだろうか、四方に本棚の並んだ部屋で、そして本棚の本は“もと人間の本”ばかりだった。落ち着いた照明の中で、革の背表紙がぬらりと光る。と、ひときわ立派な本がひとりでに本棚から飛び出してきた。本は宙に浮き、そして宙に浮いた本の表紙が開いた。
 満面の笑みを浮かべたアレナ姉さんの顔が見えた。
 「あら、バーレット。それにエストもシルフィも。どうしたの」
 「……ごほんをとどける、ってのは……お前を届けろってことか」
 バーレット姉さんがぼそりと言う。
 「お父様がお呼びらしいぞ。しかし……なんてこった、ひでえざまだな」
 「あら、そんなこと言っちゃだめよ。これもみんなお父様のお考えでしょ。私たちが死なないように、永遠に生きていられるように、こうやって本にして、大図書館に収めて……ありがたいことじゃないの」
 くすくす、と、アレナ姉さんは笑う。
 「冗談じゃねえ、俺は本になんかならんぞ。だいたいもう死んでるしな」
 「あらあら、だめじゃないの。なんでそんなこと考えるようになっちゃったのかしら」
 「アレナ姉さん……じゃあ、あたしがいけなかったのかな。エリザベスは苦しいって、外に出たいって……」
 思わず口を挟んだ。と、アレナ姉さんは目を丸くしてあたしを見た。
 「苦しいだなんて……ねえエスト、あなたなら、わかるでしょ。私の仕事を引き継いだんだものね。それに……私、あなたの手で本にしてもらうとき、とっても気持ちよかったのよ」
 「狂ってやがる」
 あたしが後ずさる前にバーレット姉さんが吐き捨てた。
 「あらあああ、ダメようそんなこと。お父様のお仕事に反対するなんて。再教育が必要ね。大丈夫よ私がちゃんと教えてあげる……ほら、だってここには私の仲間がこんなにいっぱい」
 ばさばさ、と、音がした。
 本棚から無数の本が飛び出してくる。全部見覚えがある。この書庫は……あたしの書庫だ。あたしの作った本をここに収めたんだ。
 「だめなのー!」
 悲鳴があがった。シルフィだった。
 「アレナちゃんにはアレナちゃんの考えがあるんだろうけど、無理やりなんてそんなのだめなの! お父様は絶対むりやりなんてしなかったもの。無理やりとか力づくとか、アレナちゃんのほうが間違ってる!」
 
 あたしはそれどころじゃなかった。そこらじゅうから飛び出してきた本が――男もいれば女もいる、もちろんあたしたちみたいな女の子もいる。それが全員苦悶の表情を浮かべながらぶつぶつと恨み言を言う。本のページからねじれた腕が延びる。ぼろぼろとページが落ち、そこから濁った色の煙が立ちのぼる。丁寧に施したはずの装丁が剥がれ、そこから赤黒い液体がしたたる。もう、本のていを成していない。
 「なによなによ、あたしが下手だったから、綺麗な本にしてあげられなかったから文句があるとか!?」
 反射的に手近な本をひっつかみ、引き裂いていた。
 「……おいおい、論点が違うだろ」
 後ろでバーレット姉さんが呆れたように言い……そしてどこからか対戦車ライフルを取り出して床に据え付けたかと思うと、撃った。アレナ姉さんがいきなり半分消し飛んだ。
 「ああもう、そういうことなら、わかったよ、わからずや!」
 シルフィが軽やかに本の群の中に飛び込んでいく。そういえばシルフィ、すごくダンスが上手だったっけ、とふと思い出す。宙に浮いた無数の本と戯れるようにシルフィが駆け抜けると、その背後でばさばさと切り刻まれたページが舞い散った。あたしはひたすらシルフィをかばい続けた。首が裂け、腕が弾け、足が切り飛ばされた。でも構わない。もとから死んでいる体だもの。今だ、やっちまえとバーレット姉さんの声が聞こえた。むらがってくる本を引きちぎり、裂けたページを口に放り込む。

 気がつくと、本のページのちらばる血みどろの部屋に3人で立ち尽くしていた。
 「アレナ、おかしくなっちまってたな」
 「あたしにこんなのつくらせるぐらいだもの。もとからおかしかったんだよ」
 ぼそぼそと言いながらシルフィを見る。よかった、あたしの大事なお友達。あれだけ大立ち回りをしたけど、シルフィは怪我ひとつしていない。シルフィが怪我でもしていたら、あたしが耐えられない。ほっとすると急にお腹が空いてきた。そういえば目が覚めたときからお腹が空いていたんだった。

 「あのね、ちょっとご飯にしていい? あたし怪我もしたし」
 そうだな、俺も身体の修繕しなきゃならんし、と言うバーレット姉さんの返事も上の空で聞いて、あたしはそこらへんじゅうに散らかったページを次々と口に放り込んだ。
 「ったくもう、あんな恨みがましい顔しちゃってさ。まるであたしが悪いみたいじゃん。それにこんなに血みどろで。あたしの血抜きが下手だったとでもいいたいのかしら。まったく腹立つなあ、もう」
 「……エストちゃん……それ、怖いよ」
 「むしろ今のお前の方がアレナよりおかしいんだが」
 バーレット姉さんもシルフィも後ずさっていたような気もするけど。うん、きっとおかしいんだよね、死んでるのにお腹空くなんて。

 食べ終わってから、とりあえずぼろぼろになったアレナ姉さんの“表紙”を拾い、それから部屋を出た。
 部屋を出るときに、そっとスカートを開いてエリザベスの様子を見てみた。怖いもの見たさもあったのだけれど――エリザベスはすやすやと眠っていた。
posted by たきのはら at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ネクロニカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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