「あの、おくつろぎのところすみませんけれど、少しご相談したいことがありまして」
「おお、なんだねアーニャちゃん」
エミアスがにこにこと答える。
「あの、先日の野竜狩りのときに行った遺跡の、オベリスクのことですの……」
「なに遺跡」
ファイアスパーの反応のほうが早かった。
「謎の遺跡、そしてオベリスク。うむ捨て置けぬ。遺跡であれば我が求めるところのもの、調査に行くというのなら私も行く」
そうして、突っ伏していた机の上から面倒くさそうに上半身だけ自分たちのほうを振り返っているロウィーナまで含めて一行をぐるりと見渡し、言った。
「私の指揮下に入った以上、諸君達も一緒に来い」
*****☆*****
ファイアスパーが部下と呼んでいいのは村の民兵だけであり、自分らは対等な用心棒である旨をロウィーナが悪口雑言の限りを尽くしてファイアスパーに説明しているうちに、遺跡についた。
「残念、エラドリン様式のものではない」
ひと目見て、ファイアスパーはそういったが、とはいえそれで興味を失うというふうではなかった。
その前に、アーニャが鋭い悲鳴をあげたからである。
遠くからでもはっきりとわかる。遺跡の中央に聳え立っていたはずのオベリスクはなくなっていた。いや、近づいてみればわかる。根元から折れ、三つに割れて地上に転がっていた。
「ああ、なんてこと、なんてこと……こんなことなら翌日にでも来るんだったわ。ああ、儀式の準備にあんなに手間取らなければ……」
それでも、と折れたオベリスクを調べてみると、ありがたいことに文字の彫り付けられた面は傷ついてはいない。アーニャは右手に水晶の結晶を、左手に羊皮紙を持つと、折れて転がった石の塊を押したり転がしたりさせながら彫りこまれた文字を水晶でなぞった。と、なぞられた線がそのまま彼女の左手の羊皮紙の上に浮き上がってくる……。
「へえ、便利なもんね。あたしもそういうの、勉強しようかしら」
遺跡の周囲を警戒しながら歩き回っていたロウィーナは、それをちらりと見るとつぶやいた。
一方、残りの四人は壊れたオベリスクの周りを調べて回った。どうやらオベリスクの下に続く階段を通って、何かずいぶん大きなものを持ち出したらしい。石壁や遺跡の石の床には、ところどころ欠けや引っかき傷ができていた。よくよく見ると、オベリスクもわざわざ打ち倒されたというものではなく、階段から何かを運び出すときにひっかかって倒れ、地面に打ち付けられて割れたというものらしい。
ケナフがいれば、それだけでなくもっと多くのものも――いつ、どういうものたちが、何体ほどで、何を持ってどこに向かったのかもわかるだろうと思ったが、村を空にしておくわけにもいかないといって残ったものが、同時にここにいるわけもない。
そうこうするうちに、オベリスクの文字を書き写した羊皮紙に、さらになにやら儀式を施していたアーニャが顔を挙げ、「読めました」と言った。
「この秘文を書いた人たちは、自分たちのことを“ススウルク”と呼んでいます。このひとたちの一族の名前なのか、それとも“人間”や“エルフ”といった種族名なのかはわかりませんが、おそらくは後者でしょう。そして、たぶんこのまえ、ここの石棺に納められていた蛇人間、これが“ススウルク”だと思います。
秘文はこう告げています。
“われらは西の王の力を借り、“世の破滅”に抗うための研究を行い、そしてついに我らの意のままになる“星の兵士”を作り上げた。が、“世の破滅”との直接対決は行なわずにすんだため、“星の兵士”をこの地に保存した”と。
“世の破滅”も“星の兵士”も、どのようなものかはここからはわかりませんでした。が、西の王とはおそらく、四方王の一柱、西の“秘識”でしょう。魔導の王、禁じられた知識を体現するもの……」
“秘識”の名を聞き、かすかに青ざめたアーニャの顔を見た瞬間、ビエントは顔をしかめた。とんでもないものに触れてしまった、という顔だった。
ともあれ、こうしていても埒が明かない。そもそも前回我々はこの遺跡の奥まで調べたわけではなく、洞窟の曲がり角の向こうからなにやら剣呑な叫び声が聞こえてきたのでとっととひきあげたのだ、ということに思い至ったので、全員で階段の下に向かうことにした。
階段の下は、ずいぶんとすっきりしてしまっていた。この間来たときは通路を塞ぐように石棺がいくつも置いてあったのだが、今日はアルコーヴを塞ぐように置かれていたものがひとつ残るだけである。
「ああ、つまり何かを運び出そうとして、邪魔なものをどかしたんじゃねえ」
エミアスが周囲を見回しながら言った。陽光棒の明かりに照らし出された周囲の壁には、階段ほどではなかったが、やはりところどころに新しい傷がついている。
石壁が自然洞窟につながり、鍵の手になった曲がり角を曲がったところで、一行の前にだだっぴろい空間が口をあけた。ここに、奴らがいたのか、とビエントが言った。けれど今は何の気配もしないですね、とスズランが答えた。
広い空間の奥には鉄扉がひとつ。その脇にも、少し奥まった部屋があり、どうやらそこも石で床が敷かれているらしい。
まずは、ということでスズランが(罠があっても私にはわかりようもありません、とひとこと言って)静かに鉄扉に手をかけ、押し開けた。
明かりに照らし出された石の床には、魔方陣が描かれている。そして周囲の壁に立ち並ぶ、動かぬ人影――おそらくは、石像か。
「魔法のもの、だったようですね」
アーニャが言った。
「今はこの魔方陣には魔法の力は感じられません」
「そうか。だが、俺が学んだ大学の某教授によると、魔法の力は匂いのごとく空気中に残るもの、鼻を聞かせば魔法の残滓なりとも嗅ぎ取れるはずと……」
ビエントが言って部屋の中に首を突っ込んだが、すぐに身体を引き戻した。
「そういやぁ、あの先生は異端ということで首をくくられたんだっけ」
「そういうことならそうなんでしょう。たしかあちらの部屋にもちらりと魔方陣が見えたような……ちょっと見てきます」
あ、ひとりじゃ危ないよといいかけたエミアスの目の前で、アーニャが悲鳴を上げて飛び退った。
脇の小部屋に入るところに、なにやら罠が仕掛けられていたらしい。そのあたり一帯に緑色の、いかにも身体に悪そうな霧が瞬時に立ち込めた。
毒だよ、近寄っちゃいけない。でもしばらくほうっておくと消えてなくなるから大丈夫。
そうエミアスが言うので、とりあえず石像の立ち並ぶ鉄扉の奥のほうを先に調べざるを得ないことになった。
陽光棒を突き入れて中を照らし出すと。壁際に立ち並ぶ石像の姿があらわになった。
剣と盾を持ったもの、燃え盛る炎を手にしたもの。
いずれも屈強な蛇人間の石像が、部屋の右側に4体、左側に4体、つごう8体、部屋の中をねめつけていた。
このシーンの裏側。
ここはわりとあったとおり。
アーニャ嬢が最初に使ったのはFRPGよりアマニュエンシスの儀式。その後コンプリヘンド・ランゲージズで謎の文字を読み解いています。
西の“秘識”はD16氏の世界設定の中の、南の“獣”とも並ぶ、究極の敵のひとつ。ウィザードが知識を追い求めて禁じられた領域に足を踏み入れちゃったものの究極の姿というか概念で、なんというかコズミック・ホラーな感じの存在です。
そして誰も足跡から情報を読み取る専門的な能力を持っていないので、エミアスの受動知覚16にべったり頼って壁の傷から情報を得る羽目に。
また、この時点で“遺跡を調べ、オベリスク等に現わされた謎を解く”という主要クエストが提示されました。
えーと、……まぁ、確かに扉のない部屋の入り口に揮発性の毒ガスは嫌がらせ程度……とはいえ……
や、次から扉を見たら、閉め込まれないように、もーちょい気をつけよう^^;;;。