2010年02月15日

曙草東道行:第2幕『山中遇鬼』目次

 というわけで、D&D4版で和モノを遊ぼうキャンペーン、『曙草東道行(さくらばなあずまのみちゆき)』第2幕、『山中遇鬼(さんちゅうにおにとあう)』でした。

 1セッションぶんのレポートが10エントリを越しておりますので、例によって本編目次でございます。ご紹介などいただく際は本エントリにリンクしていただけるといろいろと便利かと存じます。
 そして、ご意見、ご感想などいただけたら幸いー。

前口上
その1
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10
その11

 今回はキャラクターが1人増え、雰囲気もわかったと言うことでプレイ内容もちと盛りだくさんになりました。が、こちらもちょっとレポ書きに慣れてきたので、なんとか文章を締めよう締めようとして頑張っています。成功しているといいなぁ。

 あと、今回はキャンペーンのテーマは桜と春ですが、レポートの枠テーマは芝居(おそらく新作歌舞伎とかそんな感じ)ということで、題名やらなにやらに結構当て字的な読みをぶち込んでます。私はこのあたり、素人の横好きできちんと勉強してないので、結構うそっこも入っているやもしれません。そのあたりは“うわー、DQNがいるー”とか、生暖かくスルーしていただければ幸いです(いちおう本文中も含めて、ルビ入れとかもしてみました。読みやすくなってるといいのですが)。

 お願い。
 繰り返しになりますが、このキャンペーンはDMであるところのD16氏がシューティングゲーム“東方プロジェクト”にハマってそちらからネタを持ってきたところがあるようです。ので、このレポートも東方二次創作な感じになっております。が、PL全員が東方を知っているわけではなく、さらに敵対的なNPCが出てきたらPCはそれをぶった斬りますので、そのあたりに関してはどうぞご了承くださいませm(_ _)m
posted by たきのはら at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | レポート目次(曙草東道行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その11



 「酒呑童子の身体は今度こそ首を亡くしたわけですな。かつてその首だった小鬼がそれを嘆いたかどうか……」
 館長は窓の外を見て湯飲みの茶を飲み干した。
 「ともあれ、その小鬼は鈴鹿の山塞に残ったようです。自分の身体が陰の鬼と化し、桜の名所を陰に沈め、この地に害をなしたことを恥じその後始末をするために。後始末といっても、まあ、宴会なのですがね」
 「宴会?」
 「そうです、陽の鬼が宴を開くことでこの地に陽の気が振りまかれていたのだというのですね。そこで、」
 言って、館長は机に積んだ書物をごたごたとかき回し、一冊を取り出した。

 「これですかね。十日に一度、山の祠にお神酒を捧げるという風習のある村がありましてね。場所としては先ほどお話した伝説とは少しばかりずれるのですが、おそらくこれが元でしょう」
 酒好きの伊吹童子が酒を切らさずに楽しく呑んで陽気を振りまけるようにとのことだったのでしょう、と館長は鹿爪らしい顔で、口調にはまるで似合わぬことを言った。



 おそらく、と、私は思う。
 その後、伊吹童子は陰気をすっかり払うまで、楽しくやったに違いない。
 300年を彷徨いながら生きてきた遊行の小狐は、そういえば妖夢のこともひどく気遣っていた。だからもちろん身体を失い、身体に裏切られた伊吹のことにも気を回したのだろう。

 ――これからみちのくまで行くのなら、陽の鬼に会うかもしれない。そうしたら、大江の酒呑が……いや、鈴鹿の伊吹がよろしく言っていたと言っておくれよ。そうしたらきっといいように取り計らってくれるから。
 ちっぽけな小鬼は小狐の頭から滑り降り、板の間にちんまりと立つとこんなことを言うのだ。
 ――もちろん。そうして忘れずに言うよ、鈴鹿の山塞に、旨い酒と肴を持って遊びにいってやって、と。大酒呑みの童子が呑み仲間を待っているから、と。
 小狐が言うと、それまでかすかに拗ねたようだった伊吹童子の顔が、最後の曇りをぬぐったように晴れやかに、嬉しそうに笑うのだ。

 妖夢はどうしたろう、と、館長の話を聞きながら私はぼんやりと思う。
 彼女は――きっと彼女は幽冥界に帰ったろう。事の次第をあるじに問いただすために。

 ――では、私はここでお別れいたします。そうして幽々子さまに春を集めるわけをうかがい、事と次第によってはお諌め申し上げます。
 口を引き結び、なにか覚悟を決めたような武者姿の娘が言う。
 ――ふむ。だが、命は大事にな。
 小滝坊が初めて妖夢に笑いかける。虚を付かれたような妖夢。もちろん諌めるとなれば腹のひとつやふたつ切る覚悟だったのだ。ひとつしかない腹、ふたつは切れまいが。

 ――図星か。だが、ぬしには命を助けてやった貸しがある。それを返すまで死なれては困る。
 ――おれはあんたに命を助けてもらった借りがある。それを返すまで死なれては困る。
 鬼龍と吉野が口々に言い――やがて妖夢の凍りついたような表情も、どこか恥ずかしそうに、何か嬉しそうに、解けるのだ。

 ――お主(しゅう)と話がすんだら、また追ってきて。桜が咲き初めるところにあたしたちはいるから。



 「どうかなさいましたか?」
 もう一口茶をすすって、館長は言った。
 「……いえ、考えていたのです。あの山の奥で、そうやって鬼や天狗や狐が活躍していたのか、と」
 「そうですとも」
 館長は嬉しそうに言って、それから立ち上がってひとつ伸びをした。

 「どうぞ、よいお仕事を。お作のいずれの上演を楽しみにしております」
 見るともなく館長の視線の先を追うと、鈴鹿の山が春を待つようにうっとりとまどろんでいる。
 どこかで微かに花と酒の香がしたように思った。
posted by たきのはら at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その10

 いよいよ扉に手をかける。
 生臭い風がふっと臭った。
 扉を開け放つ。

 板敷きの広間の中には鬼が六匹ばかり。小柄な赤鬼が四匹、黒鬼のこれは見るからに大将格なのが一人。そうして中央で大あぐらをかいているのは。

 「あ、あたしの身体!!」
 いつの間にか芙蓉の尻尾の間から這い出した伊吹が、悲鳴のように叫んだ。

 鬼の砦を統べるのは、豊満な体躯を誇る艶やかな鬼女。
 鬼龍を遥かに凌ぐ巨躯だが、醜いどころかむしろ圧倒されるほど美しい。はだけた衣の胸元からはちきれるほどの胸をこぼし、 その上から胴丸鎧を着込んでいる。
 それが、小狐の頭の上にしがみつく、ちっぽけな小鬼の身体だったという。
 肩の上が空洞でないところを見ると、身体を失った首が霊力でちいさな身体をこしらえたように、首を失った身体も新しい首をこしらえたらしい。が、首をなくしたときに陽気を失ったか陰気に侵されたか、その身は以前とは似ても似つかぬ化け物と成り果てている。

 「あんたの身体。それじゃ……」
 吉野が言いかけるのを、伊吹は声を限りにさえぎった。
 「やっちゃって! やっちゃってよ!!」
 芙蓉は一歩下がると、叫びたてる小鬼を頭から振り落とし、しっかと尻尾に巻き込んだ。
 「大丈夫、あたしたちがちゃんとするから。隠れていて」
 その間に鬼龍がずかずかと進み出る。
 広間の中央、鬼女と黒鬼大将をまともに見据える。
 「来い。寄らば斬る」
 鬼女は立ち上がりざまに金棒を手に取ると、目の前の膳を殴り飛ばした。が、鬼龍、ぴくりともしない。
 「寄れぬか、腰抜けが」
 その背後では小滝の手から再び冷気がほとばしる。四匹の赤鬼がころころと面白いように倒れる。黒鬼が踏み込むが、そこには吉野が双剣を構えて待ちうける。
 「いくら大将どのでも、手下が綺麗さっぱり氷漬けじゃあ、なあ」
 妖夢がひと足ふたあし詰めたかと思うと、もうその姿は吉野と黒鬼大将を挟む場所にいる。
 じり、と芙蓉が足場を移した。何に備えてか、低く謡い始める。

 黒鬼の腕が閃いた。長柄の槍がざくりと吉野の脇をこそげた。と同時に鬼龍の大鉞がうなる。鉞が命を得たかのような軌跡を描く。鋼鉄の蛇が鬼女の胸元をがっきと食い破った。豊かな胸元がごそりと抉れ、赤黒い血が噴きだした。
 無言で鬼女は一歩を踏み出した。金棒を振り上げ襲い掛かってくるかと鬼龍は鉞を構えて防ぐが、それには目もくれぬ。そのまま空いた手で壁に取り付けられた鉄輪をつかむと、鬼女は力任せにそれを引いた。異様な気配に飛び退るが、もう遅い。がらがらと鎖のなる音と同時に、鬼龍の足元がぽかりと口をあける。とっさに跳ねた吉野は、穴の縁、危ないところでたたらを踏んだ。
 鬼龍は穴の底に叩きつけられ、が、その上の中空に飛びあがった鬼女はそのまま落ちては来ない。鬼どもは飛べるのだ。

 「鬼龍、大事ないか」
 小滝が呼ばわると、鬼龍は身軽く立ち上がり、にやりと笑った。
 「おお、都の橋よりは落ちがいのある罠であった。構うな、岩壁ならおれが庭よ」
 その暇に吉野が穴の縁を回りこんで鬼女の前に飛び出す。
 「とっとと降りてこい、それともここから喉首貫かれて死ぬか」
 「まあ焦ることはない、飛べるといってもあの不恰好さを見ればたかの知れたもの」
 小滝が冷たい笑みを含んだ声で後を継ぎ、そうして無造作に掌を突き出した。
 「さて鬼に雷の壁が効くものか知れぬが、まぁ役にたたないこともないであろ」
 役にたたないどころではない。言葉の終わりと同時にその場に火柱が立つ。黒鬼大将は長柄の槍を振り回すもむなしく穴の縁まで押し遣られる。と、そこには平地を駆けるように岩壁を駆け上った鬼龍の鉞が待ち構えている。間合いを詰められた黒鬼大将が槍を手繰り寄せる暇に、鬼龍の鉞は風をまかんばかりの勢いで黒鬼を打ち据え切り裂き押しひしぐ。鬼女も火柱が立った勢いでよろめくと、たまらず床に降り立った。
 「後は吉野、鬼龍、ぬしらが好きなように刻むがよいわ、わしの派手な大技は打ち止めじゃ」

 とはいうものの、前座の鬼どものようにはいかぬ。鬼龍がいかに切り立てようとも黒鬼は倒れる気配もない。と見る間に鬼女がいかつい金棒を振り上げるや吉野を打ち据えた。双剣で受け流そうとしたが手元が狂い、あっという間に吉野は血だるまになってその場に転がる。
 
 芙蓉が血相を変え、声を張った。狐の喉からほとばしる激しい一節にあめつちが感応したか、吉野の身体を支えていた床がわずかにかしいだ。打ち下ろされる金棒の下から血みどろの身体がころりと転がりだす。臓腑が破れて噴出したかと見えた血も不思議と止まっている。
 虫の息の吉野に妖夢が駆け寄った。力ない身体を抱え上げると懐から霊薬の瓶を取り出すし、中身を半開きの口に流し込む。と、吉野の目がぱちりと開いた。
 「妖夢?」
 「気がつきましたか。まだ終わっていません」

 死にかけの愚か者はどうでもいい。
 鬼女は目の前に飛び込んできた小狐を睨み据えた。三本尾があるからには相応の経立(ふったち)だろうが、畜生の分際で鬼の邪魔をするか。
 動けない。眼光に射すくめられたか。芙蓉の背を冷たいものが走った。このまま叩き潰されるのかしら……いや、試してみるがいい。芙蓉は鬼女から目を逸らすと、ふっと息を吐いた。蒼白く燃える狐火がいくつも浮かび上がる。それを鬼龍ともみ合っている黒鬼大将のほうに飛ばしてやると、そのまま背骨を打ち砕く金棒を覚悟した――が、それはいつまでも降ってこない。

 「無茶をするでない、さっさと退け」
 小滝の声に振り仰ぐと、金棒はとっくに宙を薙ぎ、頭の上では小滝の放った霧の壁に両の目を塞がれ慌てる鬼女の姿。好機と見た鬼龍が黒鬼大将を突き放し、鉞を風車のように振り回しながら駆けてくる。妖夢の膝から半身を起こした吉野もバネ仕掛けのように跳ね上がる。目を塞ぐ霧をどうやら拭い取った鬼女の周囲を白刃が取り囲む。そうして鬼女のせめて背後を守ろうとする黒鬼大将の足元で
 「いいえ、あんたは私と遊ぶの」
 牙を剥いた小狐が人間の声で笑う。小狐にまつわるのか、鬼の身体に絡みつくのか、蒼い狐火がちりちりと黒鬼大将の身体を苛む。

 黒鬼大将の足が止まったのをちらりと見ると、鬼女は覚悟を決めたようにがらりと金棒を投げ捨てると身を沈めた。
 「来るがいい、虫けらども」

 ごう、と風が鳴った。谷へと駆け下る颪の音であった。森を倒し巌を砕き川を埋め山肌をうがつ山の身震いであった。跳ね上がった吉野に猿臂(えんぴ)が伸びた。つかみ上げた。その身体が二間も投げ飛ばされたと思ったときには鬼龍の身体が宙を舞っていた。芙蓉も木の葉のように宙に吹き飛ばされた。大江山悉皆殺(おおえやましっかいごろし)、と叫んだのは鬼女だったか尻尾の中の小鬼だったか。

 が、それまでだった。鬼龍の息の根を止められなかったのが命運の途切れ、もう一度金棒を手に取らぬうちに鬼女の首は飛んだ。後を追うように黒鬼も倒れた。心の臓を狐火が焼ききっていた。
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その9

 山が深くなるにつれ、雲行きが怪しくなってきた。花曇かと思えた空は、やがて黒く低く垂れ込め、遠雷さえ耳を打つ。と見る間にぽかりと道が開け、崖を背にして砦作りの巨大な館が巨大な門を構えている。
 「これか」
 「これだよ、変わってないねえ。扉が閉じてるの以外は」
 芙蓉の頭の上で伊吹が答える。目の前の門は、呆れるほど頑丈そうな鉄扉をぴたりと閉じて収まりかえっている。
 「どうやって入る、門よりほかに道はあるのか」
 「さあねえ。門以外から入ったこと、ないからねえ」
 抜け道はないか、いや背後の崖から降りるべきかとひとしきり首を捻ったが、もう少し酒を飲めば思い出すかもしれないなどと言っていた伊吹が徳利一本空けた途端、
 「真正面の出入り口以外、知らないよ。もういいからどーんと行っちゃいなよ!!」
 と、けらけらと笑いながら言い出したのでもう手の打ちようがない。うろうろしていて門内からなんぞ仕掛けられるよりはと、正面から行くことになった。

 まず、吉野が鉄扉にとりつく。
 耳を済ませると、なにやら鍋を叩く音、ばりばりくちゃくちゃとものを食いちぎる音。どうやら食事時らしい。鍵はとみれば、空いている。となれば小細工を弄する余地もない。残りの一行を招き寄せると、吉野はぐいと鉄扉を押した。扉は音もなく開いた。

 扉を開けると、むっと生臭い臭いが押し寄せてきた。
 玄関の間の中央には炉が据えられ、鍋の中で何かが煮えている。鍋を囲んでいるのは大将然とした赤鬼、青鬼。そして料理番らしき黒鬼が二匹。

 「まずいねえ」
 芙蓉が油断なく身構えながら、つぶやいた。
 「あたしの見たとこがまちがってなければ、あいつら、ろくでもなく強いよ」
 「見ればわかる」
 「それより強いんだ」



 「それはもう、大変な化け物どもだったのです」
 館長の声が熱を帯びた。
 「赤鬼は身の内に戦場の怒りを飲んでおりました。大将たるもの、なまじっかなものから傷を受けてはならぬのです。その怒りゆえにこの鬼は、誰かから打ちかかられようものなら即座に目の前のこしゃくなやつばらに飛び掛り、殴り飛ばすのです。それに赤鬼の手にした金棒は、殴ったものの神通力を封じる力がありました。
 青鬼も負けてはいません。これは刺股を得物としており、厄介な敵と見ればすぐさまその場に取り押さえます。それにその眼光ではむかうものを射すくめる力も持つのです。
 黒鬼はというと、これは赤青の鬼ほど隆々たる身体を持たぬ代わりに鎧を着こんでおりました。彼らは鬼の中でも選りすぐりの戦人なのです。打ちかかったものをその場で進むも引くもならないように殴りつけながら、口を開いて大声で呼ばわれば、たちまち天空から雷が降るのです」
 「絶体絶命ですね」
 「そうですとも」



 鬼どもは一斉に開いた扉を見やった。
 そうして異口同音に言ったものである。
 「おお、なんと気の利いた。今日は頼みもせんのに飯のお代わりが来たぞ」

 真っ先に青鬼が、刺股を手にするが早いかひらりと鬼龍に飛び掛る、首っ玉をつかまれるように地面にねじ伏せられた鬼龍はそのまま動けなくなってしまう。それを横目に、小滝がついと進み出た先は赤鬼大将のまさに目の前。
 「敵の選り好みをするとは高慢至極。手弱女の炎に灼かれるがいいわ」
 にい、と笑って、細い指で中空に印形をしるす。鋭い呼気と共に突き出されたその掌から無数の火球が飛んで炸裂した。危うく避けたは青鬼一匹、それでも飛び散る火の欠片がその肌を焼く。後はまともに燃え盛る炎の塊を喰らって肉の焦げる臭気がその場に立ち込めた。
 「逃がしゃあ、しねえぜ」
 身をよじった先に、両手に抜き身を構えた男を見て青鬼は息を呑んだ。男の片手の刃が火球の炎にただれた皮膚を裂く。なんとか突き放したと思ったときには、何ということか、もう一方の刃がざっくりと青鬼の臓腑を抉っていた。と同時に腹の中で火が燃え上がる。鬼の身体につきこまれる一瞬、緋色の光を帯びたのは赤猫丸の神通力が刀身から炎を噴いたのだ。刃の抜けた穴から熱い血が噴きだす。と同時に傷から火気がじわじわと身を焦がす。飛んでくる炎は避けられても、身の内に仕込まれた火種は消しようがない。
 「おれの技は全部見せた、あとはあんたらでしとめてくれ」
 血だるまになってよろめく青鬼から飛び退りながら吉野は叫ぶ。

 青鬼の力が緩んだのを見てとった芙蓉がすばやく鬼龍のもとに走り寄った。巨躯を抱え起こすようにして活を入れると、金縛りのように萎えていた足がようやっと伸びる。
 「ありがたい、助かった」
 身を翻すや鬼龍は先ほどまで自分を地面に縫いとめていた青鬼に踊りかかるが、息の根を止めるには至らない。

 赤鬼は目の前の修験者姿のこしゃくな女に殴りかかった。青鬼も再度鬼龍を刺股でその場に縫いとめる。が、そこまでだった。
 「結局はそれだけか。芸のない」
 額に流れた血をぬぐったかと思うと、ふっと小滝の姿が消えた。
 「しばらく、そこに居れ」
 いつのまにか数歩ぶんを飛び退り、そうしておいて地を凪いだ指の先から冷気がほとばしる。床が氷の牙を剥く。鬼どもの足がそのまま凍りつく。となれば討つべき相手は見えている。もう二合も打ち合わないうちに、ぶすぶすと黒煙を上げ、血を垂れ流していた青鬼は吉野に首筋を裂かれてそのままばったりと倒れた。

 「ようやく邪魔者が失せたな」
 鬼龍がにんまりと笑った。
 「刺股を持った奴を見たら最初に息の根を止めなきゃならんことだけは覚えた」
 いいざま浴びせ倒すように赤鬼に飛び掛る。させじと黒鬼どもがわらわらと取りつくが、かなうものではない。黒鬼どもを跳ね飛ばすようにして大鉞がうなる。赤鬼の肩先がざっくりと割れる。その刃鳴りが消えないうちに、小滝がさらに呪を紡いだ。中空が捩れ、そのまま刃になる。赤鬼の身体のそこここが捩じ切れ、ぷつぷつと細かい血が噴出す。
 邪魔立てしようとする黒鬼は妖夢や芙蓉が引き受ける。となれば後はもう鬼龍と吉野の刃がものの数回も閃けば十分。間合いを詰められ突っ込むにも勢いもつかず、赤鬼は鬼龍の鉞を鉄棒で打ったがそれが最後のあがき。たとえ手にしたものがなまくら刀であったとしても、鬼龍の膂力だけで鬼一匹、斬り飛ばせぬということはない。黒鬼が焦る目の前で、赤鬼大将はどうと倒れ伏した。

 「い、いけねえ」
 「とても敵わん、オヤカタ様を呼ぶんだ」
 口々に言いながら傷だらけの身体で黒鬼どもは奥へと走る。その先には扉が。どうやら赤鬼大将がここの首領というわけではなかったとみえる。

 「止めろ、新手を今呼ばれると厄介だ」
 傍を駆け抜けようとした一匹を鬼龍は思い切り殴りつけた。その横を抜けた一匹を、残りの四人がわらわらと追いかける。吉野の短刀も狐の牙もかすり傷しか追わせられぬ。みすみす逃すかと思ったとき、追いすがる鬼龍が勢いよく地を蹴った。黒鬼が皿小鉢を載せた机を蹴立て、転がるように逃げようとしたちょうどそのとき。
 宙を舞った鬼龍の足はすっくと机を押さえ込み、黒鬼の頭上から大鉞が落ちかかる。隣へと続く扉に手をかけところで、黒鬼は額から喉首までかち割られ、ぐしゃりとその場にくずおれた。

 これでもう、玄関の広間に動いている鬼は居ない。

 伊吹に聞くと、昔、この奥は一間の宴会場になっていたという。そうしてさっきの赤鬼大将がここの首領でないのなら、首領は奥の間に居座っているのだろう、と付け足した。というわけで、一息入れて、そのまま扉の向こうを陥とすことになった。
 扉は鉄扉。耳を済ましても向こうから何かがやってくる気配はない。扉の向こうには戦いの音も悲鳴も届かなかったものであろう。扉の前に机を積み上げ、油断なく目を配りながら、刃の血糊をぬぐい、負った傷の手当をする。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その8

 と。
 「あれ、嫌だねえ。せっかくの相撲場が」
 およそ場違いな声。
 芙蓉の絡まった3本のしっぽの間からもぞもぞと這い出してきた、伊吹である。
 「やだねえ、なんて陰気になっちまったんだ。嫌な臭いがぷんぷんするよ。あたしたちがここで酒盛りしてた頃は、桜もあんないやらしいものじゃなかったし、お天道さんかお月さんがきれいで、さもなきゃいい風が吹いて、居るだけで酒が旨くなる場所だったのにさ」
 「それじゃ、ここが間違いなくあんたたちの相撲場だったんだな。長者が鬼から瘤をもらったという」
 「そうだけど、ああ、ホントにこんな場所じゃなかったんだよ」
 吉野に答えながら、芙蓉の首に結びつけた瓢箪を持ち上げたのはもちろん中の酒を飲むためだが、伊吹はそこでふと手を止めた。
 「もしかしたら、陰の鬼の連中かもね」
 「……なんだ、そりゃあ」
 鬼龍が身を乗り出す。やれ桜の妖だ死を誘う気配だと言われればお手上げだが、鬼というなら鉞でぶった斬れるものだろう。
 「陰の鬼っつったら陰の鬼さぁ。あの陰気で悪趣味な連中」

 伊吹があちこち脱線しながら言い立てるのをまとめると、鬼にはそもそも陽の鬼と陰の鬼の二種類が居るらしい。陽の鬼は大力で大酒喰らい、にぎやかなことが大好きで騒ぐのも好き、そのせいでつい乱暴にも思われるが気のいい連中だという。陰の鬼はというと、大力と酒喰らいは変わらぬが、血生臭く悪趣味で人間を刺身にして喰ったりもするという。そうして抜きがたい陰の気をまとっているどうしようもない連中なのだとか。

 「あたしらはさ、都の近くに巣食って、物分りの悪い連中からちょいとばかりお宝を掻っ攫って、そんで酒買って楽しくやってただけなのにさ。それを陰の鬼といいようにごっちゃにしやがって」
 途中で悔しくなったのかやたらと酒をあおりながら勝手な人間どもの悪口雑言をわめき散らしだすのを慌てて芙蓉がしっぽの中に巻き込み
 「それじゃ伊吹は、この相撲場にたむろして、長者に瘤を渡したのは陰の鬼だと思うの?」
 「間違いないね!」

 だとすれば、と、芙蓉は桜を遠巻きにする面々を見て言った。
 冥界に封じられたという西行妖とこの桜との間の経緯(いきさつ)は知りようがない。けれどこの桜が妖となったのは、おそらくは陽の気が満たされることなく、陰の気を吸いすぎたため。

 あたしはこうして芸事をやっているからわかる。
 芸事を披露して皆を楽しませると、その場所が暖かくなるの。それが陽の気なんでしょう。
 「そうか、伊吹たちがここを相撲場にして大酒を飲んで遊んでいる間、そうやって陽の気が溢れていたのじゃな」
 小滝が言う。
。「わかったぞ、だが、伊吹が首だけにされて、鬼の仲間たちも散り散りになって、そうして代わりに陰の鬼がやってきた、と」
 吉野も言う。
 「では、ここでまた酒盛りでもすればよいのか。が、こうして亡骸が転がっている場所ではあまりぞっとせんが」
 鬼龍が言ったが、小滝は少し首をひねり
 「が、元を断たなければ話にならぬはず。伊吹、このあたりに陰の鬼が巣食っていたするかどうか、ぬしは知らぬか?」
 いままで蔵の中で毒水漬けにされてたんだ、そんなこと知るもんかと言いながら伊吹は周囲を見回し
 「でもこの陰気臭さ、連中きっとこの近くに居続けをしてる。……ひょっとしたら、砦に居座ってるかな」
 この相撲場に遊びに来るときの宿にしていた山塞が、この少し奥にあると伊吹は言った。きっと、そこに陰の鬼が居ついてる。

 「砦に鬼が立てこもっている、とな。では、殴りこむか」
 鬼龍が言った。
 「花びらを切っても突いても埒はあかん」
 にいと笑って吉野が続けた。
 「案内なら、するよ」
 伊吹が答えて、そうして一行はほの白く花びらを散らす西行妖をひとまず置いて、山奥へ向かったのだった。
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その7

 長者が鬼の相撲場で貰ってきたのは福などではなく瘤の形の化け物で、そうして長者はとっくの昔に魔物に喰われてしまっていたのだと聞き、下働きの者たちはかえって安堵したふうであった。
 何でも瘤を貰ってきて以来長者殿は肉を好むようになり、それどころか自らどこからか肉の包みを手に入れてきてはこれを料理しろと言うことも度々であったという。
 「最初は知り人に腕の良い狩人でも居られるのかと思いましたが」
 時折その肉の塊に、人の髪の毛や爪の切れ端が混ざっていることがあり
 「薄気味悪くは思うものの、長者さまに耳元で何事かささやかれると、ぼうっとなってなにもかもそれでよいように思えてしまいまして」
 そのまま唯々諾々と肉を料理しては食卓に上げていたのだという。

 「それに近頃は近隣の村で神隠しが相次ぎまして」
 誰それが神隠しにあったと噂が伝わってくる時には、必ず肉が食卓に上っていたのだという。
 いぶかしく思うことも幾度もありましたが、何しろいつもほたほたと笑っている長者さまが、いざ何か話しかけようとするといかにも恐ろしく、肝から背筋からなにやらひんやりとした心地がいたしました、それでそのままにしておったのでございますと、家の者を束ねていたらしい男は青い顔をして言った。

 「ふむ。ここまでの経緯(いきさつ)は知らぬ。しかし長者にとりついていた化け物はわしらが退治てのけた。長者の骸(むくろ)についてはぬしらがよいように弔い、村の者たちにもわけを説いてきかせてほしい。余所(よそ)もののわしらが何か言うよりも話が通りやすかろう」
 小滝の言葉に応えて男は、
 「それは確かに。しかし長者さまは相撲場で悪い鬼に喰われなさったのでございましょうか」
 と、相変わらず震えの消えぬ声。
 「あたしらは人を喰ったりしないよぉ!!」
 それを耳にしたとたん、ちっぽけな小鬼の伊吹が声を限りに叫び出し、あわてて芙蓉はぎゅっとしっぽを巻き込んで小鬼の口をふさいだ。

 ともあれ、このあやかしの落とし前をつけるには、鬼の相撲場にゆかねばならぬ。そう小滝が言うと、村人は青い顔をして幾度もうなずいた。
 「あのような恐ろしい化け物がうろつく場所が近くにあるというのに、これではもう私どももここにこのまま住んでいるわけには参りません」
 あなたさまがたが鬼の相撲場にゆかれて一日一晩戻られなければ、我々も荷物をまとめてどこかに立ち退くことにいたしますと、男はいつまでもおびえたような声で言ったのだった。

 血ともなんともつかぬもので汚れた仏間は下働きのものたちに片づけさせておいて、一行は離れで昼近くまでゆっくりと休んだ。
 村を出るときには日は中天(ちゅうてん)にかかろうというところ。春が遅いとはいえ真昼の陽光に山は暖まり、昨夜の陰惨な気配は毛ほどもない。
 振り向けば、一行が通ってきた山の中腹までは、どことなし木々が柔らかくけぶっている。見上げる先に広がる鋭く厳しい冬の枝々が、背後では春の兆し(きざし)に応え、僅かに青みのかかった芽を角ぐんでいるのだ。
 「さて、ここにも春を呼んでやらねばなるまいな」
 歩きながら吉野が腰に指した曙桜の初枝を取って打ち振ると
 「おお、山が笑うぞ」
 鬼龍が嬉しそうに声を挙げた。
 通り抜ける風がふっと温み(ぬるみ)、全山を馳せ巡る。そうすると黒く冷たく凝っていた土が樹が、ほうっとため息でもついたように緩み、わずかに色を帯びるのだった。
 どこかで微かに花の香がした。

 「この春を、この春を奪おうとしていたのでしょうか」
 誰言うとなく妖夢がつぶやいた。
 「私のしていることが本当に正しいことなのか……」
 「ならば、あるじ様に聞いてみることだよ」
 芙蓉は気遣わしげに振り向いて言った。

 ほのかな花の香を聞きながらゆくうちに、ぽかりと開けた窪地に出た。
 窪地の真ん中には、枝振りのよい桜の大木。つぼみをつけてはいるものの、どれも寒々と縮こまり、まだ花の気配はない。
 「これが、かの西行法師に由縁(ゆかり)の桜」
 そう言いかけて鬼龍が歩み寄ろうとしたとき、吉野が低く叫んだ。
 「待て、人死にが」
 指さす方を見れば、枯れ草に埋もれるようにして、桜の根を枕に幾たりもの身体が横たわっている。衣服や髪からどのような人物であったかの見当はつくものの、その身体からは肉はすべて朽ちて落ち、枯れた骨が白々と残るばかり。何者かに襲われ斬られたふうでもなく、横たわる亡骸(なきがら)の着衣には乱れひとつない。ただこの桜の大木を屋根といただき木の根を枕にして眠りに落ちたまま再び目覚めることなく朽ち果てたかのように見える。目の前には骨ばかりが転がっているというのに、それはむしろ何か長閑(のどか)な眺めのようにさえ思え、それに気づいて吉野はふと身震いした。目を凝らせば、木の周りには鳥や小さな獣の死体もいくつも落ちているではないか。そう思うと、今度はそこが周囲から押し寄せる春に独り取り残された、執念く(しゅうねく)いびつな冬の領と見えた。

 「春がないから悪いのだ。おれが春を呼んでやる」
 いいざま吉野は腰の桜の枝を抜いた。大木に歩み寄り、大きく打ち振る。と。
 枝に凍えた蕾がはじけ、曙色の雲が広がる。と同時に膝からがくりと力が抜けた。まるで桜が吉野の生命を吸ってそれを花に変えたとでもいうように。ぐい、と引き戻されて、衣服の裾を白い小狐がしっかとくわえていたのに気づく。
 「危ない、見るからに怪しいじゃないの。この桜、きっと化け物だよ」
 「かもしれぬ、な。いや、おそらく妖かしなのだ」
 小滝が硬い声で言う。
 咲きこぼれる桜花から漂うのはのどやかな春の気配にも似て艶やかにまとわりつく永遠(とわ)の眠りへの誘い。陽光のもと降り注ぐはなびらに埋もれて死んでしまえたなら、それはどんなにか幸せなことだろうと思うのは、それは桜の妖気が見せる夢。花の香の代わりに幽冥の気があたりに充満し、もはやこの窪地はここだけが幽冥界と化したかと思えるほど。鬼龍が背負った鉞を降ろし、杖につく。そうでもなければ色香ゆかしき桜の大樹に魅入られ、ともすれば引き寄せられそうになるのだ。

 「これは、もしや……」
 妖夢は眉根をよせた。
 「なんぞ、心当たりが」
 「はい、調べて参ります」
 小滝と短く言葉を交わすと、すたすたと桜に歩み寄ろうとするのをあわてて芙蓉が止めた。
 「危ないじゃない。みんなああやって死んでいるのに」
 「大丈夫です、私は半分幽霊ですから」
 「それでも、何があるか知れやしない」
 というので何かあったときのために妖夢の腰に縄を結わえ付け、その端は芙蓉がしっかりとくわえて桜のもとへ。
 もう桜に触れるかというとき、急に妖夢の身体がぐらりと傾いだ。あわてて縄をたぐり寄せるとただでさえ血の気のない顔がいっそう土気色になって
 「間違いありません、なぜこの木がこうなったかは知れませんが」
 「やはり西行妖(さいぎょうあやかし)か」
 「はい」
 厳しく問うた小滝の声にこくりと頷く。
  
 西行妖とはつまり、西行法師が自らの辞世の望みについて詠んだあの

 願わくは 花のもとにて春死なむ この如月の望月のころ

 に由来しているという。
 その歌を詠み、そうしてその言葉通りに如月の望月、咲き初める桜花の頃に息を引き取った西行法師を手本と仰いだ風流人たちが、命の終わりを桜のもとで迎えるのが流行り、そうこうするうちに桜自らがわが身の根方で人が死を望むようにと人を惑わし引き寄せ命を奪う妖かしになったのだと。
 「人の血肉を吸った桜は、次の春、よりいっそう美しく咲いたと申します。あでやかな桜を見て、人々は、あの樹の下でこそ死にたいものよと言い交わしました。そうしてそうなったなら、再び三たびの春に、その桜はさらに美しく咲いたのです。そんなことを繰り返すうちに……」
 己のいっそうの美を望む桜が、人を引き寄せ殺すようになったのだ、と妖夢は言った。

 そうなっては西行の命を請けた輩である桜守も手をこまねいているわけにも行かぬ。
 「それを憂えた西行寺の当主は、妖と化した西行桜を幽明界に封じました。以来、顕界で死を誘う桜の咲くことは絶えてなくなったはずなのですが」
 そもそも、幽冥界に封じられて後、西行妖は咲かなくなったのだという。桜が咲くのに要り用(いりよう)な春の気が断たれたからであろう、と妖夢が言葉をついたとき、全員があっと息を呑んだ。
 「それは……あんたのお主は、幽冥界で西行妖を咲かそうとしているのではないか」
 鬼龍が声を挙げた。
 「地上から春を奪い、幽冥界で鎮まった西行妖に与えたならば」
 小滝が性急に数え上げる。
 「西行妖は力を得、その身の内に春が巡り、やがては幽明の境を越えて妖(あやかし)の春を盛りと咲き誇ることになる。幽冥の地で妖が花開くなら、それはこの世に何をもたらすのだ。何が起こるのだ、何が狙いだ。なぜ、なぜ西行寺の当代はそれを行なうのだ」
 「わ、わかりませぬ、私は何も聞かされておりませぬ」
 妖夢はたじたじとなって、二、三歩後ずさるが
 「けれどこの妖の花を萎れ(しおれ)させることはできます。この木から今年の春を奪うなら……」
 「それでは来年は、またその次の年は。見れば花がなくとも人は死んでいる、それも止むのか」
 「わかりませぬ、けれど私にはそれしか手立てがございませぬ」
 悲鳴のように声を絞り出す。

このシーンの裏側。
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第2幕『山中遇鬼』その6

 蔵には鍵がかかっていたが、吉野が小刀で錠前を2、3度つつくとことなく開いた。扉を引き開けると、むっとするような生々しい血の臭い。そこここに置かれた桶にはなみなみと血が溜まり、床にも点々とこぼれている。そうして天井からは肉を吊るすのにちょうどよさそうな鉤、壁に立てかけられた石の大まな板の脇には、牛一頭でも楽に捌いてしまえそうな肉切り包丁が添えられている。
 それだけではない。耳を澄ますと、熱に浮かされた子供とも聞こえる呻き声が、蔵のずっと奥まったところからかすかに、しかし確かに聞こえてくる。
 まるで床の間のように一段高くなった場所に据えられているのは
 「やれやれ、薄気味の悪い。――なんだ、これは、首桶(くびおけ)じゃないか」
 見たとたん吉野は声を上げる。しかし、確かに人間の首がひとつ納められるほどの、蓋をした桶の中からその高くか細いうめき声は聞こえて来るのだ。
 直に触れるは気が進まぬ。吉野はやおらその首桶を蹴倒した。中に満たされていたものがざぶりと蔵の床にぶちまけられ、そうしてその真ん中に、それこそ指にも足りぬ何者かが座り込み、情けない声でうめいている。
 「ううううう、気持ち悪いよおおおおおおおお」
 
 「……何だ、これは」
 首桶から転がりだしてきたのは、指の先ほどのちっぽけな童女。
 「鬼、じゃなあ。珍しい。悪酔いしておる」
 小滝が言うのも道理、その頭からは細い捩れた角が2本、高々と生えている。
 「ふぅん」
 ひょい、と芙蓉が前足でつつくと、そのちっぽけな鬼はぽてんと倒れて、もう一度泣き声をあげた。
 「ああこれ、悪酔いした鬼などという危ないものに触れるでない、腕を折られるぞ」
 「……ふぅん、じゃあ」
 芙蓉はひょいと後ろをむくと、尻尾の先でその小鬼を器用に拾い上げ、いつの間にか三本に増えていた尻尾を小舟のような形に窪めて、そこにひょいと放り込んだ。
 「悪酔いしてるんでしょ、可哀想だからお水でもあげてよ」
 おう、と吉野が天水桶から水をくんできてぶっ掛けると、小鬼は感謝するどころか
 「うわあああああん、酔いが醒めるよお、迎え酒したいー、迎え酒、むーかーえーざーけー」
 と尻尾の上で叫びだしたものである。

 「……ほう、酒はいかんかったんじゃないのか」
 呆れ顔をしながらも、鬼龍は酒を探す。隣の蔵に什器(じゅうき)と並んで酒樽があったので、徳利に2本ばかり持ってきてやると、小鬼は自分の身体の何倍どころではすまないような徳利を嬉々として抱え、ごくごくと酒を飲み始める。瞬く間に1本飲みきってしまい、
 「もうないの?」

 「ないこともないがの、その前に答えてくれんかの。ぬしは一体何ものじゃ、何でこんなところに居るのじゃ」
 さすがの小滝もこのときばかりはつい身をかがめ、そのほっそりとした手に小鬼を拾い上げそうになったが、小鬼はその手に空の徳利を押し付け、
 「何でって……首を切られちゃってさ、そんで閉じ込められてたのよ」
 「首を切られたって?」
 「そ、だから首桶に入ってたでしょ」
 そうか、首を切られて神通力も出ないようにされてここに閉じ込められていたのだな、と、床にぶちまけられた液体のにおいを嗅いで顔をしかめた小滝が言う。
 「この首桶に詰められていたのは神変鬼毒酒(しんぺんきどくしゅ)といってな、人が飲めば薬になるが鬼が飲めば毒になる、そういう酒よ。昔大江山の酒呑童子を退治るといって源頼光が出立(しゅったつ)するときに、神々から授かった酒でな」
 「……え、じゃあ鬼さん、あなた酒呑童子なの?」
 いい加減尻尾が攣りそうになった芙蓉が、小鬼をぽいと頭の上に放り上げながら訊ねる。
 「……そう呼ばれてたときも、あったねえ」
 小鬼――酒呑童子はそういってちょっと遠くを眺めるふうにした。
 「しかしあんたは、小さいとはいえ首も身体もあるじゃないか」
 鬼龍が言う。と、童子は
 「嫌だなあ、あたしの身体はこんなにちっぽけじゃないよ!! それに首だけってのもあんまり趣味が良くないじゃないか」
 どうやら首だけにされて毒水に漬け込まれたとき、なけなしの神通力を振り絞ってこんな姿に変化(へんげ)したものらしい。

 その一寸法師のような童女の小鬼は狐の頭の上からぐるりを見回すと、ふと吉野に目を留め、顔をしかめた。
 「……あんた、人間?」
 「確かに人間だが、天狗のとこでずっと修行してたから、人界のことはあまり知らんぞ」
 「……ふぅん、でも、人間なんでしょ。まさかお侍なんかじゃないよね?」
 「侍がこんな汚いなりをして、木の葉綴り(このはつづり)の怪しげな鎧など着るものか」
 「わかんないよ、人間ならどんな汚いことだってやるもの」
 確かにこの小鬼が酒呑童子なら、源頼光に騙し討ちに討ってのけられた恨みが深いは道理。
 「で、今回はなにをたくらんでるのよ」
 まぁ、ただの絡み酒かもしれぬのだが。
 「あのねえ、恨みが深いのはわかるけど、その首桶を空けてあんたを助けたのは吉野、その目の前の人間よ」
 とうとう呆れたように芙蓉が言った。
 「ついでにあんたがいるのはあたしの頭の上ね。人といってもいろんなのがいくらもいるわよ、ちょっとはわきまえなさいな」
 「……まぁ、天狗が育てたほどなら、信用してもいいのかもねぇ」
 しばらく逡巡した後、小鬼はぽつりと言った。
 「あんたあんまり人界の臭いしないし」

 二本目の徳利を幸せそうに抱えた小鬼は、酒呑童子というのは昔の名だからといって、伊吹と名乗った。こうして首にされてしまう前は、大江山だけでなく各地の山に山塞を構え、花の季節には花の美しい里、紅葉の時期には紅葉の見事な山と経巡りながら旨い酒を呑んで過ごしていたのだという。
 この地もぬしらの酒盛り場所であったのかと小滝が問うと、伊吹は酒でほんのりと上気した顔を上げて懐かしそうにいった。
 「ああ、そうだよぅ。鬼の相撲場っていってねえ。一本だけだけど見事な桜があった。桜まみれの場所もいいけど、そういうのも風情があっていいもんだよ。それに、」
 この村の男がよく遊びに来てくれてね。あいつほんとにおもしろい舞の上手だったよ。そういえばあいつどうしてるだろう。ほっぺに瘤をひとつつけてたんだけど、踊るのに邪魔そうだからとってやったんだけどさ。
 「それはあんたが首にされる前の話か……なら、三代前の長者どころの話ではない。はて、」
 鬼龍が首を捻る。
 「なんだい、あの舞の上手を知ってるのかい?」
 「いや。ただそういう男がいたという話だけは、な。その、おぬしが瘤を取ってやったという男はとっくにこの世のものでないことだけは確かだが」
 「ああ、人間はすぐ死んでしまうものねえ」
 そういって、伊吹はくぴりと二本目の徳利の最後の1滴を飲み干した。
 「だが、その何代か後の長者がやっぱり鬼の相撲場に行って鬼に会ったというのじゃよ」
 「え、それは……銀熊、星熊?」
 「知らぬよ、それはぬしの仲間の名か?」
 「あたりまえさぁ。一人で呑む酒も旨いけど、仲間と一緒ならもっと旨い。金熊、銀熊、星熊……茨木もいたねえ」
 「……じゃあ、そのうちの誰かが当代の長者に瘤をつけたのかしらん」
 芙蓉がぽつんとつぶやくと、頭の上の伊吹は聞き咎めてて、訝しそうな声を上げた?
 「え? 鬼が瘤をつけたりとか、そんな器用なことができるもんか。鬼は取るだけだよ。ぶちぃっ、ってね。それとも何かい、そんな器用なのがいたのかい?」
 「まぁ、おったのじゃろうな。そもそもが鬼ではないのかもしれぬ。長者殿はとんだ瘤をつけられたようだが」
 となれば鬼の相撲場はそれこそ何が出るかわからぬ場所ということになるが、そこの桜にはどうでも用がある。花の時を逃してはならぬ、急ぎたいには急ぎたいが、これから行けば着くのはちょうど丑三つ時、性悪な魔物どもが跳梁跋扈しているに違いなし。ここは一晩休んで夜が十分に明けてから、昼日中に桜のもとへ行き着くように出ようと、そういうことで相談がまとまった。

  まとまったところで、急に母屋の方が騒がしくなる。
 「しまった、あの長者の亡骸を斬り散らかしたままにしてしまった」
 吉野が言う。
 「何、あの場を見れば長者どのがまっとうな身の上ではなかったことなどすぐ知れる。こちらの身の証の立て様はいくらもあろうさ」
 「確かにこそこそしてはかえって身の証が立つまい、ゆくぞ」
 そう、小滝と鬼龍が言って、一行ぞろぞろと母屋に戻った。

 母屋の方では血と泥と何やらわからぬべたべたしたものにまみれた仏間を遠巻きにするように、家人たちが集まっている。瘤がひとつだけになって痩せさらばえた長者の亡骸に何やらひそひそ囁き交わしているが、血刀ひっさげた一行が戻ってくると何やら得心の行った顔になった。
 「お客人、これは」
 「長者どのの、おそらくは抜け殻であろ。わしらが見たときにはとっくに人のするような息をしておられなんだ。おおかた二つ目の瘤をつけて戻らしゃった時にはとっくに魔物に喰われたあと、帰ってきたのは長者どのを身のうちに呑んだ魔物だったのであろうな」
 小滝が言う。ところがその脇に三本尻尾の芙蓉がするりと滑り出てきてしまったものだから、
 「え、そんなこといったってあんたも化け狐」
 「これ、稲荷神のご使者に失礼を申すでない」
 言いかけた誰かをすかさず小滝は叱りつける。となれば瘤取り屋敷の使用人たちはもともと長者に薄気味の悪い思いをしていたことでもあり、小滝の人品卑しからぬどころかどこか人離れのした様に、そのまま芙蓉は天狐さま、小滝もただ人ではないということになる。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その5



 離れの一室。
 一同、わずかに開けた障子に手をかけ、膝元にそれぞれの得物をおいたまま、出ていった芙蓉が戻ってくるのをじりじりと待っている。と、突然母屋の方から凄まじい悲鳴が響いた。人の喉の出せる声ではない。
 「行くぞ!」
 手元の得物をひっつかむとそのまま走り出す。母屋のほうを見れば、床下から走り出す白狐、そしてその後を追って走り出してくる骨の化け物が五つ、六つ。小滝はそのまま庭に飛び降りる。

 「待てい! ぬしらの相手はわしが致す!」
 狐が飛び出してきたのは、母屋のおそらく仏間のあたりから。鬼龍と吉野は襖を叩きつけるように開けながら、そのまま廊下を走る。
 三枚目の襖を引き開けた刹那、吉野の目に映ったは地獄絵図。山台に人の首がいくつもいくつも盛られ、それぞれに恨みと苦悶の呻きをあげながら蠢いている。それが化け物の背中に生えた無数の瘤なのだと思い至ったときには、既にもう右手の赤鼻丸が瘤のひとつを切り裂いている。
 先に部屋に飛び込んだ吉野が、悲鳴とも喚き声ともつかぬ声を上げるのを聞いた瞬間、鬼龍は勢いよく床を蹴った。回り込んでいては間に合わぬ。鉞を大きく振りかぶり、体ごと二枚重ねの襖に突っ込む。血の臭いと死臭がむっと鼻を突く。振りおろした鉞は、しかし空しく宙を薙ぎ、化け物はゆるりと身じろぐ。もはやどこが元の長者でどこが異形の瘤かもわからなくなったそれが、どうやら自分に狙いを定めていたらしいと鬼龍が悟ったのは、ねじくれた手に生えた爪が己の腰のあたりをがっきと掴んでねじ上げたためである。背筋を冷たい汗が伝う。心に反して足が竦む。
 が。
 化け物が大鉞に気を取られた一瞬の隙を突き、重なりあった瘤を縫うようにして細い刃が長者の生身を貫いた。鋭く薄い刃が血脈を破り、瘤の間からどろどろとどす黒い血がにじみ、溜まり、滴り落ちる。と同時に肉の奥深くで刀身に込められた火精が弾ける。腐肉の焼ける胸の悪くなるような臭いが鼻をつく。ぼたぼたと腐った血を滴らせ、ぶすぶすと煙を上げながら、瘤はひとつ、またひとつ、歪んでで赤黒く焦げてゆく。
 ゆるりと首を振り向け、こしゃくなちびをたたきつぶさんとした刹那、ただならぬ殺気に化け物は思わず身を竦めた。
 「貴様の相手はこのおれだ、長者殿」
 瘤に押しつぶされた視界いっぱいに大鉞が迫る。
 振り抜いた鉞は、一度はごっそりと瘤を切りとばした。そうして露わになった長者の体を、今度はまともにざくりとえぐる。黒い血が噴水のように吹きあがった。とうてい人一人の体にとどまっていたはずの量ではなかった。血を垂れ流し、ちろちろと燃え上がる炎の舌を払いのけるすべもないまま、長者だったはずの化け物はふらつく足を踏みしめた。まずは目の前で大鉞を振り回す男を喰い殺そうと思った。そうすればこいつの力はそのまま手に入る。そうしておいて背後のこしゃくなちびも逃げていった狐も喰らってしまえばよい。いつものことだ。
 重い体を一歩前に進め、そのままつんのめった。遅れて走り込んできた妖夢がすれちがいざまにひと太刀浴びせたのである。化け物はたたらを踏んで床にばったりと倒れる。つむじ風のようにうなる刃が体を切り刻む。赤く染まる視界の中に、いくつもの瘤がごろごろと転がり落ちてきた。
 そして。
 肩と背がふうっと軽くなったと思った瞬間、長者は最後の息を吐いた。
 数多の瘤は一斉にずるりと長者の体から滑り落ちたかと思うと、もとから形などなかったもののように融け崩れ、そのまま床下を赤黒く染めた。後には痩せさらばえた老人の体が横たわっているばかり。

 その頃、庭では小滝が次々と術を繰り出す横で、芙蓉がかかとに喰らいつく骨の化け物に難渋していた。床下から這いだしたとたん立ち上がって追ってきた狂骨がよっつ、そうして腰から下を切り落とされたままなくしてしまったのを恨んで、他人の足をかじり落とそうとする踵かじりがふたつ。
 ぬしらの相手はわしがすると小滝が声を上げてくれたおかげで骨の化け物のいくつかはそちらに走ってくれたものの、周囲をすっかり囲まれ、あげく執念く踵に喰らいつかれるせいで得意の逃げ足もすっかり封じられている。庭の向こうで火柱が立ち、跳び退く狂骨を追い回しては巻き込んで砕くのを恨めしそうに見ながら、前足を振っても鼻面で除けようとしても歯を剥いたしゃれこうべはまとわりついてくる。
 うんざりしながらも数度噛みつくと、ようやく根負けしたのか、最後まで喰らいついていたしゃれこうべも砕け散った。

 痛む足でびっこを引きながら芙蓉がようよう屋敷の中に戻ると、他の四人が長者の亡骸を囲んでいた。
 異形の瘤はすっかり融け去り、残ったのは両頬の二つのみ。
 左側の瘤が、急にぴくりと動いた。そうしてまるで逃げ出そうとでもいうように、長者の体から離れる。
 すかさず、鬼龍が鉞を叩きつけた。
 きゅう、と小さな声を上げ、瘤は弾け散った。
 「これはいったい……」
 吉野が首を捻る。
 「さっぱり、見当もつかぬ」
 小滝が首を振り、妖夢も芙蓉も顔を見合わせるばかり。
 「……どうしようもないのなら、捨ておいて蔵を見ましょ」
 芙蓉が言った。
 「あっちの蔵の中で子供の泣く声がした」
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2幕『山中遇鬼』その4

 運ばれてきた夕餉(ゆうげ)は、山奥の里であることを考えに入れなくとも十二分に豪華なものであった。数々の山の幸に加えて、腕の良い狩人でもいるのか肉までも皿の上に盛られている。椀を覗けば吸い物の実にも肉切れが浮いていた。
 「村人たちがああもやつれていると言うのに、我らだけこのようなもてなしを受けるのも心苦しいが」
 言いながら鬼龍が箸を取る。
 「いや、村人たちもこれだけのものを口にしながら、あのようにやつれているのかもしれぬぞ」
 まるでおかしくもないことのように小滝が言う。
 「それは、どういうことだ」
 「たとえば精気を吸われるとか」
 「それとも、さっきの白犬のように血を吸われるとかか」
 「……まぁ、おそらくそういったことだろうがな」
 淡々と言いながら、小滝は膳に盛り付けられた肉を摘んで選り分け、皿の隅に積み上げる。修験の道を修める小滝は殺生のものを口にしないのだ。

 どうしても並んでは膳に着こうとしない妖夢のために、少し控えたところに膳を据えてやってから、芙蓉は遅れて箸を取った。そうして吸い物の椀を手にしたところで、ふと何か、その匂いが気にかかる。何だろう、と思いながら一口汁を含み、悲鳴を上げて芙蓉は椀を取り落とした。
 「た、食べちゃ駄目、ここここここれ、ひ、人の肉……」
 なんと、と小滝が眉を顰める一方、鬼龍と吉野はげっと言って飛び上がり、慌てて縁側に飛び出すと、庭に向かって激しく吐き始める。
 「さすが妖狐どの、人肉の味がわかるのか」
 「あたしは畜生だもの、悪党を喰い切るにも牙を使うのだから」
 呆れるとも咎めるともつかぬ小滝の言葉に答えながら芙蓉はもう、狐の姿に戻って膳に付けられた肉をくんくんと嗅ぎ、獣肉はひとつもない、すべて人肉だと言った。
 「な、なぜ人肉がこんなところに」
 吉野がまだうまく回らぬ口で言うと
 「さあ、屍を捌いたか、それとも新鮮な肉を調達いたしたか」
 整った眉をすっと顰めたので、やはりこの天狗もいくぶんかは驚いているらしい。
 「し、新鮮な肉だと?」
 「狐どのが気づいてくれねば、次には我らがその新鮮な肉になっていたやもしれぬな」
 さすがに青ざめた鬼龍と吉野を他所に、小滝はもう涼しい顔ですまして皿の上の山菜を摘んでいる。
 「いちいちと大げさな。実を結ぶ木々も育つ作物も、何を肥やしにしているかわかったものではないのだぞ」

 このまま夜を明かすのも気色が悪い、それにこのままでは無事に夜が明かせるかもわからぬ。とにかくあたし台所の様子を見てくる、と芙蓉が言った。
 「じゃあ、おれも一緒に行こう」
 「いいえ、一人で行くよ。あたし一人なら見つかってもごまかせるし、狐に戻れば逃げてしまえる」
 吉野の申し出を断り、ふすまを開けてぱたぱたと廊下を走っていくのは、五歳になるかならぬかの、童女の幼い後姿。

 夕餉の支度を終えて片付けられた後らしい台所には、まだかすかに生臭い臭いが残っている。臭いのきついほうへとたどっていくと、戸棚の中に笹の葉でくるまれていくつも納められている塊は、紛れもなく人の生肉。が、それ以外には特に変わったところもなく、台所で人を殺めたり捌いたりしたわけではないらしい。
 ――では、どこかから運んできたのよね。出入りの跡はないかしら。
 勝手口から外に出てみるが、これまた変わった様子もない。背後には広い屋敷が黒々と静まり返り、目の前には土蔵が二つ並んでいるばかり。
 ――あの蔵の中かしら。
 忍び足で蔵に近づき、扉の隙間から中の様子を伺う。まさかこの中に人の肉が山と詰め込まれているのでは……が、特に怪しい臭気をかぎつけることもなく、代わりに
 ――子供?
 小さな子供がうめいているような声が、蔵の奥からかすかに漏れてくる。耳を澄ましても、声はまるで熱に浮かされてでもいるかのように、苦しげにうめくばかりである。
 ――あたし一人じゃどうもならない。急いで戻ってみんなを連れてこよう。
 すばやく狐の姿に戻る。回り込むのも厄介だ。床下を通っていけばすぐに離れに着ける。

 床下といっても、小狐が走り抜けるだけなら障りはないだけの高さはある。足音を殺しながら走り出し――芙蓉は慌てて悲鳴を押さえ込んだ。床下の一箇所に、白々としたしゃれこうべや人骨が、いくつもいくつも小山のように積みあがっている。
 ――ひ、人殺しが、人喰いがいる
 そのまま走って逃げ出しそうになるのを必死にこらえ、周囲を見回す。ここは母屋ならちょうど仏間のあたりのはず。この家の主人、つまり長者がいそうな部屋の下に。

 2、3歩後ずさったとき、足元でぱきりと音がした。からからに乾いた骨を一本、踏み折っていた。はっと息を呑んだ瞬間、がらがらと鎖のなる音がし、頭上の床が跳ね上がった。

 「みぃーたぁーなあぁぁぁぁぁ」

 ぽっかりと空いた床の上から覗き込むのは、間違いなくこの村の長、瘤取りの長者。だがその口はぬらぬらと真っ赤に濡れている。そうして今はもろ肌を脱いだその身体からは、腕といわず肩といわず背中といわず胴といわず腹といわず、ありとあらゆる箇所からぼこぼこと大きな瘤が盛り上がっている。しかもその瘤のひとつひとつには歪んだ人の顔が浮き、うねうねと蠢いているのである。変わり果てた長者のもともとの身体はふっくらとしていたとはいえ、確かに普通の老人の大きさ。だが今は、その身体から無数の瘤が盛り上がり、床下で竦む芙蓉の目からは小山のような怪物に見えた。瘤に埋もれた顔の中で、歪み裂けた長者の口がゆるゆると動く。
 「見たものは生かしてはおけぬ」
 「あ、あ……」
 芙蓉は一瞬その場に凍りついた。が、異形と化した腕がずるりと伸びてきた瞬間、はっと我に返る。そしてあらん限りの声で悲鳴を上げたとき、ぐしゃりと芙蓉の鼻先で人の顔が潰れた。長者が瘤をもぎ取って投げつけたのだ。そうしてもうひとつ。立ち竦む芙蓉の目の前で、長者は腹に生えた瘤をもぎ取る。
 「お前も喰ろうてやる……喰ろうてこの瘤のひとつにしてくれる……」
 投げつけられた瘤の勢いではね飛ばされ、そのまま芙蓉は床下から飛び出す。その視界の端で、床下に山と積まれた白骨がかたかたと音を立てて組み上がり、四つん這いのまま芙蓉を追って凄まじい勢いで走ってくる。
 ああ、どうしよう。
 このまま喰われてしまうのだろうか。
 そう思った瞬間、涼しい声が耳を打った。
 「ぬしらの相手はわしが致す!」

このシーンの裏側。
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第2幕『山中遇鬼』その3

 やがて、山中が切り開かれ、いくつも明かりが灯っているのが見えた。
 「あれが瘤取り村だ。ずいぶん昔だが、一度来たことがある」
 鬼龍が言った。山の中の里とも言うべき村で、山人の商売相手でもあり、また刳り物や細工物などを山に暮らす人々から買い付けては里に売る仲買のようなこともしているという。山人の交易に用心棒として同行することの多い鬼龍は、この村のあることを知っており、ここを今宵の宿にと考えていたのだ。
 「山を行くもののための宿も構えておったはずだ。行くぞ」

 ほら、もうこうなったら普通に同道したほうがいいでしょう、と狐姿のまま芙蓉が妖夢の裾を咥えて引っ張る。が、寄って来た妖夢を鬼龍がじろりと睨む。慌てて妖夢が後ずさろうとするのをまた芙蓉がぐいと引き寄せる。
 「あ、あの、私はいったいどうすれば……」
 「ええ、面倒な。話は先ほど鬼龍殿より聞いたが、どの道同道しておるのだから一緒に来ればよいではないか」
 呆れた調子で小滝が言う。それから狐どのは犬か人の姿になっておくれでないか、犬でもない獣と同道する旅人などあるわけもないのだからと付け足すと、小滝はすたすたと村へ入って行った。

 村に入ると、通りがかった村人が旅の方ですかと尋ねてくる。そうだと答えると一行は揃って長者の屋敷に案内された。山と里の行き来を取り結ぶ村というだけあって、客があるのには慣れているようである。無骨な大男から男のなりをした女、そして旅芸人風の娘と、ぱっと見にはどういう一行とも得体の知れぬ旅人にも愛想良く言葉をかけてくれながら歩いてゆく。

 が、何かがおかしい、と、鬼龍は思った。村人の衣服も通り過ぎる家々の様子もこざっぱりと整えられているというのに、ぬぐいきれぬ陰がある――そう、案内の男もすれ違う村人たちも、何やら顔色悪く痩せこけているのだ。はて、以前来たときはこんなふうだったかと思い返すが、何しろあまりに昔のことで判然としない。訝しく思いながら行くうちに、長者の屋敷に着いた。

 出てきた長者は赤い頭巾を被った福々しい好々爺である。そうして、どういったわけか両頬に大きな瘤がそれぞれひとつずつついている。
 「おお、これはよくいらっしゃいました。私はこの村の差配を務めておりますもので、おかげさまで瘤取りの長者などと呼ばれておりまする。して、お客人方には、どのようなご用でおいでなのですかな」
 「遠国に訪ねる人がありまして」
 小滝がそれだけ答えて口を噤むと、何か言いたくない仔細でもあるとでも思ったのか
 「おお、それは道中さぞかしお疲れのことでありましょう。足を濯ぐ湯、一夜の宿はこの家で用意いたします。宿代はいくぶん頂戴いたさねばなりませぬが」
 「もちろんお払いいたします。山の中で難儀をしておりました故、人里が本当にありがたく存じます」
 旅芸人の娘姿の芙蓉が言うと、長者はにこにこと頷いて下男を呼び、奥の離れにご案内してさしあげなさいと言い付けた。

 「あれが瘤取りの長者殿か。立派な瘤を二つもお持ちだが」
 奥へと案内されながら鬼龍が言う。
 「はい、実はあれは鬼から貰ったものと言われております。この村から少し行った山の奥には“鬼の相撲場”と呼ばれる場所がありまして。先々代の長者様がそこで鬼と会って宝を貰ってきて以来、この村は栄えるようになったのでございます。それでこの村は瘤取りの村と呼び習わされているのですよ。げんざいの長者様も、元は片頬にひとつだけの瘤だったのが、鬼の相撲場で瘤を貰ってきて、それで村はいっそう商いごとで栄えるようになりましてな」
 「鬼から貰った瘤が福だったのですねえ」
 「はい、みなそのように申しております」
 下男の答に芙蓉が相槌を打つと、男も答えて頷いた。

 「だが、見受けたところ、村の方々は皆……こう、なんというか、こう申しては失礼だが、何か病でも抱えておいでのようだが」
 さらに鬼龍が言うと、下男はもうひとつ頷き、
 「はい、流行り病というのでもございませんが、いつの間にか皆、こう、疲れやすくなりましてな。土地の病とでも申すのでしょうか、季節の変わり目など、老人子供がふらふらと病みついて、そのままいけなくなるようなこともございますよ。……とはいえ、見ての通りにぎやかで金子やお客人の出入りも多い村ですから、他所の土地で一から苦労をするよりはと、みな、この山里に留まっておりますのです」
 「だが、長者様はずいぶんと良いお薬をご存知のようじゃな」
 先ほどお会いしたお顔はずいぶんと福々しかった。村のみなにもお薬を分けてくださればよいものを。
 そう小滝が返した瞬間、下男の顔色がさっと変わったのを、目ざとい吉野は見逃さなかった。――これは、単に薬を独り占めしている長者を恨んでいるなどというようなものではなさそうだ。

 ともあれ、一行は離れ座敷に通された。縁側にはもう、足を濯ぐ湯が用意されている。
 「どうぞおくつろぎくださいませ。じきに夕餉の支度ができますので」
 そういって下男は出て行ってしまう。
 さて、と足ごしらえを解くか解かないかのうちに、いきなり妖夢が居住まいを正して口を開いた。
 「あの……申し上げておかなければならないことが」
 「何ごと」
 「実は先ほどの方が仰っていた“鬼の相撲場”、そこの花道に西行桜がございます」
 「なに」
 「はい、相撲場にはすなわち花道があり、その傍らに立つひときわ姿の良い桜こそ、西行法師が出家なされたときに

 鈴鹿山浮世をよそにふりすてていかになりゆくわが身なるらむ

 とその樹の傍らでお詠みになって、そうして伊勢へと仏道修行の旅に出たという、まさにその樹なのでございます。
 私はどうしてもその西行法師に所縁の桜の枝をいただかねばなりません」
 「ならば勝手に行けばよいではないか。我らはみちのくまでの先を急ぐのだ」
 取りつく島もない様子で鬼龍は答えるが
 「待て、この地に春をもたらすには曙桜の初枝を持ってその桜のもとまで行かねばならぬ。そうであろう?」
 小滝が言うと、妖夢はこくりと頷いた。
 「これまでに貴方がたが春の気を分け与えてきた銘木と違い、鈴鹿の西行桜は山中に知る人もなく立ってございます。鈴鹿に入る前に申し上げようと思っていたのですが」

 言うことがあるなら一緒にいらっしゃい、あなたはいつも十間後ろを歩いているのだもの、話そうにも話せないじゃないのと芙蓉がぶつぶつと言っていると、突然小滝が妖夢を屹(き)っと見遣って言った。
 「ぬしは西行桜に所縁のものじゃな」
 「はい。――貴方様は、まさか」
 言って、妖夢ははっと頭を垂れ、その場に控えた。
 「いかにも桜守じゃ。よいか、そなたのしていることは、大天狗が出張ってくるほどのことなのじゃよ」
 春の気を湛えた桜をことごとく集め、顕界より春を奪いつくそうというその所業、己のしていることがいかなることか、そなたは判っておるのか。
 「いえ。けれど、幽々子様はすべての初枝を集めてまいれとだけ仰いました。いかなるお考えあってのことかは存じませぬが、主命にそむくは臣下の道に悖り(もとり)ますゆえ」
 「ふム。訳を知らせて出されるほどには、ぬしはあるじ殿の信を得ていないと見えるな」
 「……かも、知れませぬ」
 顔を伏せたまま、妖夢は唇をきっと噛み締める。
 「けれど、主命を果たさぬわけにも参りませぬ」
 「ふム……まあよい。顔をあげるがいい。いつまでも畏まられても訝しく思われよう」
 つい、と小滝が視線を逸らすと、妖夢は、声にならない声で失礼いたしますと言い、いきなり縁側から庭に降りようとする。芙蓉がとっさに狐の姿になって飛びつき、裾を咥えた。
 「馬鹿なことを。出るなら一緒に出ましょ。こんな山の夜の中、わざわざ一人になるものじゃないわ――それに、春を集めつくすほどのこと、訳を言わずとも果たそうとしてくれるのは妖夢さんだけ、と、それだけ信が篤いのかもしれないでしょ」
 妖夢はしばらく足元の小狐を見ていたが……やがて、そうですね、とつぶやいて寂しげな笑みを浮かべた。

 「にしても、あんた、お師匠様と同じ大天狗だったのか」
 娘たちが座敷の中に引っ込むのを見届けると、吉野は改めて小滝を頭の先からつま先まで見回し、呆れたように言った。
 「おれのお師匠様も大天狗だが、あんたちっともあんなふうじゃないな。どこからどう見たって人間だ」
 「……ふん、修行を積んでいるからな」
 ちょっとばかり得意そうに小滝が答えた瞬間、どうしたことか小滝の鼻がするすると伸びだした。
 「あ、しまった、いやその、ええとつまり、時折こういうこともあるのじゃ!」
 天狗の高い鼻は慢心のあらわれらしいからなぁ、と、鬼龍が苦笑交じりにこっそりと言う。

 と。
 「夕餉のお支度ができました」
 からりとふすまが開いた。小滝は慌ててそっぽを向き、部屋の隅では芙蓉がひょいと娘の姿に戻った。
 やれやれ、忙しいことだと鬼龍はもう一度笑った。
このシーンの裏側。
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第2幕『山中遇鬼』その2

 一方、鈴鹿山中。

 二人の男が連れ立って歩いて行く。
 一人は巌が生命を得たかと思われるような偉丈夫、いま一人はどこか山育ちの獣さえ思わせるような、きびきびとした身ごなしの若者である。そして若者の腰には二本の短刀に加えて、ほころびかけた蕾をつけた桜の若枝。
 鬼龍と吉野に遅れること十間ほど、間を詰めもせず開けもせずついて行くのは相変わらず若武者に身をやつした妖夢である。これは曙桜の初枝のもたらす春の気に感応してその地の桜が開こうとするときに、それぞれの地の初枝を集めて歩こうとするものだったが、何故か先を行く二人の男に並んで歩こうとは決してしないのだ。

 三人が行くのは山中の道とも言えぬ踏み分けである。その傍らで小さく枝が鳴る。踏み分けでさえない場所を、時には二人の男に近づき、時には後ろを行く妖夢を気遣うようにしながら、小さな白狐も旅に同行している。

 「おい、娘はまだついてくるのか」
 「離れようとも近寄ろうともしないな……まぁ、腕前は知れた相手、何かあったときに同道してくれていたらかえって心強いぐらいだが」
 ときおりちらちらと後ろを伺いながらも、早足で男たちは歩いて行く。もうじき日が落ちる。夜は隔り世(かくりよ)のものたちの時間、急がなくては。

 急げ、もうじき里に着くはずだ、そう鬼龍が言ったとき。
 急に生臭い風がふうっと吹き、そして突如周囲を押し包む獣の気配。
 「……しまった、もうそんな時間か」
 吉野が独り言のように言い、そうして刀の鯉口(こいくち)を切る。応じるように道の周囲の草むらがざわめき、暮れ方の薄明かりの中に獣の影が五つ。しかし現れたそれはいずれも痩せこけ膿み崩れ、あるものは腹に大穴が開いてはらわたが見えており、あるものは身体のそこここから骨が見えており、どう見ても尋常のものではない。

 「屍犬(カバネイヌ)よ。山犬の死体に山の気が篭って動くようになったの」
 いつの間にか芙蓉が足下に寄って来ていた。
 「斬り捨てなけりゃあ、なるまいな」
 「ええ、私達を喰いに出てきてるのだもの」
 言って、芙蓉が牙を剥いたとき。

 突如、道の真ん中にぎらぎらと輝く光の柱が立った。その側にいた屍犬がギャッと叫んで飛び退く。
 「助太刀して進ぜる」
 と、上空から凛とした声が降ってきた。見れば、道沿いの木のひときわ高い梢の上にすっくと立つ修験者の姿。
 「何だかわからんがありがたい、頼むぜ!」
 声を張りながら吉野は双剣を抜き放つ。右の手に構えるは使い慣れた赤鼻丸、そして左の手に構えるはこの旅立ちにあたって天耳法眼より与えられた、刀身に火精を宿すという赤猫丸である。
 鬼龍が大鉞を振り回して動く死骸と大立ち回りを演じ始めると、樹上の修験者も剣を構え、軽々と梢を蹴るとふわりと道に降り立った。そうしてそのまま鬼龍や吉野と肩を並べて剣を振るい始める。とはいえその剣は打ち物として用いるのでない。その場にすっくりと立ったままひとことふたこと呪言を発すると剣から白く鋭い剣気がほとばしり、山犬の崩れかけた身体を跳ね飛ばすのである。

 山犬の牙と人の剣がものの数合も打ち合わないうちに、山犬たちは再び命を失って路上に身を横たえた。
 「よかったねぇ、兄さん達。無事で」
 芙蓉が狐のままにっと笑う。
 「要らぬ手出しを。そもそもいつ誰が狐どのについてきてよいと言った。……礼は、言わんぞ」
 鬼龍がそっぽを向くのを吉野がなだめる。と、道の向こうから同じく屍犬を2、3頭切り捨てた妖夢が走り寄って来て、一同に別状がないようなのを見届けると、安堵の表情らしきものを浮かべる。
 「……礼は、言わんぞ」
 またもや鬼龍が言い、今度は吉野も止めなかった。それを見た芙蓉は気遣わしげに妖夢に寄り添おうとする。が、その時には妖夢はまた十間ばかり離れたところにいてただ鬼龍や吉野たちを遠巻きに伺っている。

 「まったく、何なんだ、あの娘は……」
 「それよりも、あの犬」
 ぶつくさ言う吉野のくるぶしを鼻面でつついて、芙蓉は言った。
 「一匹だけ、人に飼われた子がいるよ」
 見ると確かに痩せこけた山犬の間で一匹だけ、真っ白でよく肥えた死体が転がっている。首には赤いちりめんの首輪がついている。
 「やれやれ、大事にされていたんだろうに、可哀相になぁ」
 せめて首輪ぐらいはこれから行くという人里に埋めてやろうかと吉野は犬に手をかけ、いぶかしげな声を上げた。
 「見ろよ、鬼龍。このワン公、奇妙な死に方をしてるぜ。血が流れることなく吸い尽くされたみたいだ」
 「確かに奇妙だ。が、死体が立ち上がるだけで充分に奇妙なのだ、とりわけて気にすることはあるまい。それよりも、」

 言って、鬼竜は樹上から現われた修験者を見やった。
 「私か。御身らは曙草の道行を執り行うものと見たが、違いないな。私は炭焼き藤太から言われて御身らの加勢をしに来た。能登の石動山の小滝という。天狗だ」
 あっさりと修験者――小滝はそう名乗った。そして、
 「いちいち疑われずとも済むよう、書状も預かっている」
 と、鬼龍に懐の書状を渡す。――間違いない、金売り吉次のさらに親の格にあたる頭領の直筆の書状である。
 「確かに。御助太刀、有り難く」
 書状にざっと目を通すと鬼竜は一礼し、ともあれこの暮れ掛けた道の真ん中にそう逗留(とうりゅう)するわけにもいかぬことゆえ、先を急ごうと言葉を継いだ。もちろん否やはない。
 鬼龍、吉野は小滝と連れ立って歩き出し、その十間後ろを妖夢が付いてくる。そしてその間を芙蓉が、どうにも気遣わしげに行きつ戻りつしながら進んでゆくのだった。
このシーンの裏側。
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第2幕『山中遇鬼』その1

 鬼の砦に隠れ里伝説、舞台とするにはこのあたりがいいだろうか。
 窓の向こうに鈴鹿山脈を望む小さな文書館で、資料になりそうな本を山と積み上げながら、私は逡巡していた。
 とりあえず一行は京の都から出発して東国に向かい、そのままみちのくを目指すというのが自然だろう。さて、では春の桜の終着点はどこにしたものか。山人に桜を持ち来るよう頼んだのが金売り吉次というのなら、やはり最後は奥州、平泉を結びの地としたものか。

 そんなことを考えながらページを繰るうちに、ふと目に留まった一文章がある。

――このとき、能登(のと)の国、石動山(いするぎさん)より小滝坊なる天狗がこの地を訪ない、数名の仲間と共に鬼の館を平らげたと伝えられている。小滝坊は天狗とされているが、一説には観音菩薩が修験者の姿を借りて現れたものとも、天狐すなわち稲荷神の使いともいわれており……

 受付に行って、小滝坊と鬼退治のことについて調べたいのでもういくつか書籍を紹介してほしいと言うと、初老の文書館長が出てきた。

 「また、面白いものを調べていらっしゃいますね」
 劇作の題材に取り入れたいのだというと、館長はにこにこと頷いた。
 「ああ、あのあたりの話はね、大変面白いのですよ。まさに血沸き肉踊るといったふうでしてね。退治たのは鬼だけじゃない。あのあたりにあったという隠れ里でも化け物退治の話がありましてね」
 「隠れ里といったら化け物の住処じゃないですか。それを平らげてしまうんですか」
 「いやいや、そんな種も仕掛けも見え透いた話じゃない。何だったら奥にいらっしゃい、ゆっくりお話しますから」

 あら、つかまっちゃいましたね、と、受付の女性が面白そうに笑った。
 館長はそういのがもう、三度三度のご飯より好きなのですよ。このあたりの郷土史研究会の会長もやっているんです。お話は上手ですよ。このあたりの子供たちからは、館長さんじゃなくてお伽のおじさんだなんていわれるほどですから――どうぞ、こちらへ。この奥が館長室になってます。後でお茶お持ちしますね。

 手帳を構え、勧められた椅子に座ると、館長は、ではどこからお話しますかな、と言った。
 「そうですね、ではまず、天狗の小滝坊の話から――たしかこの人物は能登の国の山に住む天狗ということのはずですが、それがなぜまたこのあたりに? あと、小滝坊を天狗とする記述と、観音様の化身であるとする記述とあるようですが……」
 「小滝坊は天狗ですよ」
 間髪いれずに館長は言った。
 「ああ、いや、私の考えでは、ですがね。でも大方正しいと思います。というのも、小滝坊は非常に珍しいことに、女性の天狗であったという説もありましてね」
 「ほう、女性の」
 「そうです。だいたいにおいて、どのような話でも天狗は男性として出てきます。これはまあ、天狗の姿というのがそもそも修験者のそれから出たものであり、修験者は男性ですので天狗もすべて男性、と、そういうことになるのですが」
 しかし非常に珍しいことに、小滝坊に関して言えば女性であったとする説があるのですよ、と館長は繰り返した。
 「それは例えば天狗の娘であったとか、あるいは山里から攫われて天狗に育てられた娘であったとかでしょうか」
 「いえ、本当に女性の天狗です。ただ一般に天狗は男性とされていますので、その矛盾を解消するために“実は観音菩薩の化身であった”などというような解釈が付け加えられたのではないかと私は考えています」

 さて、で、その小滝坊がどうしてこの鈴鹿あたりまでやってきたかですが、と、館長は運ばれてきたお茶を一口飲んで話し始めた。

 そもそもこの小滝坊、能登の石動山に住まいなす大天狗であったといいます。これがある日、何代目かの炭焼き籐太(すみやきとうた)に相談を持ちかけられました。曰く、今年は春の訪れに障り(さわり)あり、それゆえに千本桜の里より曙桜の初枝を持ち来たりて曙草の東下りの儀式を執り行っている。それに加勢してもらいたい、と。

 「おや、炭焼き籐太ですか。金売り吉次ではなく」
 聞き覚えのある話に思わず口を挟むと

 「さあ、吉次でもよいのですが。何しろ吉次というのは炭焼き籐太の長男ですから、場合によっては話が入れ違っているのやもしれませぬ――おや、この話、どこかほかでもお聞きになったことがおありですか」

 いや、似たような話をどこかで聞きかじったように思ったのですが、違ったようです、どうぞ先を続けてください。

 そうですか、と言って館長はもう一度湯飲みに口をつけ、それからひとつ息をついた。

 「その年はいつになく、春の訪れが遅かったのです。このままでいくのなら、春に花は咲かず、夏に冷たい雨が降り、秋の稲穂はさぞかし軽くなるだろうと危ぶまれる、そんな年でした……」



 薄日の差し込む座敷に、その家の主人とまだ若い修験者が差し向かいで座っている。
 「実は、鞍馬の大天狗、天耳法眼から頼まれごとがございましてな」
 主人――山人たちを取りまとめる長役(おさやく)の一人である炭焼き籐太は言った。
 「ご存知の通り、今年はいつになく春が遅い。そこで曙草の道行きの儀式を執り行うことになったのです。千本桜の里より春の気の籠もった初枝を取り、陸前(りくぜん)の国の山中のマヨイガまで徒歩(かち)にて届け、この国に遍く(あまねく)春をもたらそうと」
 そこで、山人の中から腕の立つものを選んで都にやりました。で、どうやら首尾よく初枝は手に入れたとのこと。
 「また、都の天耳法眼のところからも頼りになる男を一人、道行の守りにつけたとの事――ですが」
 そこまで言って藤太がかすかに困ったような笑みを浮かべた。
 「彼らは二人とも腕は立つが、その、ものごとの成り立ちを深く考えるようなところはない。曙草の道行きの儀式には、それだけではいかにも心許ないということで」
 石動の小滝坊なら桜守の一人でもあり、うってつけだろうから、道行に加わるよう頼んでくれ、と。

 「それが鞍馬の天耳どののお言葉ですかな」
 修験者は、涼やかなよく通る声で言った。それですぐに知れる、男のなりをしているが、これは若い女である。
 「然様(さよう)。配下のものが知らせてきた話に拠れば、何でもよく気の効いた狐もついてきているということですが、どうも狐といわれても余計心もとないので」
 「稲荷の使いなら結構な話ではないか――だが」
 言いかけて、修験姿の女は少し言葉を止め、藤太を見遣った。
 「私が動くということは、つまり大天狗が動くということだ。大天狗が動くということは、相応の大事ということだ。つまり、ことが大事になってもかまわぬのだな」
 天狗殿はいつもそのようなことを仰る、と、これは口の中だけで言い、藤太は慇懃に頷いた。
 「大事にならぬように小滝殿にお願いするのですよ。なに、荷車を引いていって小さな壷ひとつを持ち帰るのなら大事無い。が、徒歩で言って水がめ三つを持ち帰らねばならなくなったら大事となりましょうからな」
 ふム、わかった、と言って修験者は立ち上がり、座敷から続く縁側に出ると小さく伸びをした。
 「ならば天耳の頼みに応えてやるとしよう――何、桜守としてせねばならぬことでもあろうしな」
 そうしてひょいと縁側を蹴ると、もう庭木の最も高い梢にいる。
 「京を目指して往けば何処かで落ち合うであろうな――では、参る」
 そうしてひょいひょいと梢から梢へ空を飛び渡り、瞬く間にその姿は見えなくなった。
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

曙草東道行:第2幕『山中遇鬼』前口上

 というわけで、和モノD&D、第2回レポでございます。

 今回は『山中遇鬼(さんちゅうにおにとあう)』。人里離れた山の中に飛び地のように存在する交易の村、鬼の相撲場と呼ばれる桜の名所。そこでPC一行が見たものは……

 前回は純ファイター、ローグ/ファイター、バードの3人組だったのですが、それだとバラエティ豊かな魑魅魍魎をぶつけると色々と大変なことになり過ぎる……というので、この回からエラドリンのウィザードが入りました。エラドリンは中世日本にはおりませんので、ここでは大天狗という扱いです。

 この『曙草東道行』キャンペーン、テーマが桜と春にあるのですが、第1回の時点ではPCの側にこの桜を持ち歩くキャラクターはいても、桜の意味を知って管理するキャラクターはいません。バードの知識で何でも知ってます、ってわけにもいかなくなったし、そもそもそれじゃ風情がない。

 というわけで、今回登場する天狗は“桜守の一族”の人物です。
 桜守というのは……


『桜守』
 西行法師により集められた遊行の輩で、各地で恨みを呑んで倒れた権力者、強大な力持つ個人たちの御霊を鎮めることを目的とする一団。
 讃岐の国は白峰にて、崇徳上皇と過ごした一晩の経験。計り知れない恨みを抱き、天朝はおろか、この世への復讐に凝り固まったかずかずの怨霊たちを目の当たりにした西行法師は、この怨霊を鎮める必要を強く感じた。
 とはいえ、こうした御霊を鎮めることはこれまでにも国家で行なわれていた(菅原道真を天神として、平将門を神田明神としてなど)。しかし、西行はよく理解していた。国家権力による怨霊の鎮魂の限界についてである。
 御霊の多くは、かつて権力の場で力を振るってきた者達である。彼らは権力を追い落とされることにより、恨みを抱き御霊となった。国家の権力を得て鎮魂を行なう者達は、このように御霊となる可能性がある。また、国家権力による鎮魂は詰まるところ、現在の権力の安定を図り、御霊を祭り上げるための鎮魂であり、荒ぶる御霊を真の意味で慰撫することにはならない。

 この世の権力、権威から自由な者達。
 御霊の鎮魂はそうした者達によってなされねばならなかった。すなわち、道の輩、遊行者、川原者などと呼ばれた、放浪の技芸人たちである。

 遊行の徒は、荘園や公領、寺領などの土地とその管理者という封建体制の外にあり、技術、学術、物資、技芸の流通に関わり合った民である。
 彼らは、封建制度の外にあり、土地所有者達の庇護は得られなかった。故に自衛する必要があった。
 彼らは定住者たちとは異なる法のもとに生きていた。彼らは道上での自由を天子から得ていた。

#彼らに与えられたのは天子の勅許であり、地頭や守護、寺社領の定める法よりも古く正当なものである。その後、それぞれの権力が自分の土地を主張したが、それらの土地でないところ、つまり未開墾であったり、管理の手の行き届かないところは、「天子の国土」であり、遊行の輩が自在に往来を許された土地と見なされた。

 彼らはこの既得権を注意深く用い、各権力にこの既得権の侵害を許さなかった。各時代の朝廷ですら遊行の徒に直接の影響を及ぼすことは困難であった。
 ある意味、こうした遊行の輩は自分たちに権利を与えてくれた、過去の天朝を「理想君主」として頂いていたのである。つまり、その掲げる理想、方針が「理想君主(これはときどきに応じ、異なっている。例えば木地師や細工師の場合には聖徳太子、出羽の修験者は架空の皇族、能除太子を仰いでいる)」の掲げるものと異なる場合には、堂々と今上の朝廷を無視した。

 話を元に戻す。
 出家してからの旅により、こうした権力に対して自由である(もしくは自由であろうとした)遊行の輩と深く関わり合い、その一員となっていた西行は鎮魂の任務を遊行の徒に託した。

 これが、『西行法師の桜守』と呼ばれる集団である。

マヨイガ
 遊行の徒達の間で伝えられる、山中異界の一つです。
 山中にある、大きな家屋敷と言ったかたちで知られており、訪れたものがもてなされたり、異界の智慧を授けられたりすると言います。
 マヨイガのおにぎりはいくら食べても無くならないとか、お椀を持って帰ると幸運になる等と伝えられています。

 後述する天狗修行場などと異なり、主の存在が明言されることはありません。

 ただし『桜守』たちが伝えるところによると、このマヨイガの主は西行法師と昵懇であった大妖怪であり、時折マヨイガの使用人とされる者達が桜守達と協働すると言います。
 なお、陸奥の遊行の徒として有名な『炭焼き藤太』は代々このマヨイガへ炭を納めていると言い、マヨイガへ己の意志でたどり着く術を知っていると言います。

高野山、蓮華乗院
 西行法師の奉行で創建された。崇徳上皇の父親、鳥羽院の菩提を弔うための修行場であり、同時に高野山内部の抗争について和解の場として作られました。
 同時に『桜守』の要所として、高野山との連携を図る機関としても機能しています。『桜守』の中でも数少ない、定住権力内部で活動する存在です。

西行寺の一族
 西行法師は出家の際、家族を置いて出奔していますが弟に家族の世話を頼み、そのための手配もしていました。

#あるとき、5才になった娘をそっと見守っていたところ、真実を知らぬ娘に不審人物として怯えられ、かなり凹んだという伝承もあります。
##これらのエピソードからわかるように西行法師は、実のところ出家をしても全然悟れておらず、むしろ己の煩悩に悩まされていたともいえます。

 その一族の裔で、現在蓮華乗院の寺領を受けながらも、やはり桜守として活動しているのが西行寺の一族です。彼らは西行がその鎮魂行で残した桜(西行桜)の維持管理を行なっているといいます。
 ただし、その本拠であるという白玉楼(はくぎょくろう)は蓮華乗院の寺領にはないほか、その活動を目撃した例がほとんど無いため、一般の桜守たちは西行寺と白玉楼のことを伝承上の存在と考えていたりします。
 前回PCたちに同行することになった、五条桜花はこの白玉楼の庭番であると漏らしています。


以上、プレイ資料テキストより
桜守とそれにまつわるものたち。
これはプレイを進める上で全員の共通認識となっています。

あともうひとつ。
本キャンペーンはどうやら“東方プロジェクト”の二次創作、という側面を持っているようです。が、その件に関する責任はすべてDMのD16氏にあります。レポーターはネタバレナシのまま、見えたものを書く……ということで行く、となっておりまして。

ただ、読者の皆様には“東方”と重ねたり重ねなかったりして楽しんでいただけたらなあ、と思っております。
posted by たきのはら at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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