2010年01月19日

曙草東道行:第1幕『今弁慶』目次

 というわけで、応仁の乱直前の伝奇日本を舞台にしたD&D4thキャンペーン、『曙草東道行(さくらばなあずまのみちゆき)』スタートでございます。

 あちこちから拾ってこれるデータを拾いつつ、演出を読み替えつつ、どこかから演出を持ってきつつ、な感じで、4thの可能性を追求してみようという企画。

というわけで例によって目次でございます。
ご感想等いただけたら幸いー。

前口上
世界設定

その1
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10
その11

あと、ホントはレポ書く以上、ちらちら出てくる“元ネタ”は知っているべきだと思うんですが……というか物書き道義的に知らんじゃ済まされないとも思うんですが、当方極端に目が弱く“弾幕”とか聞いただけで卒倒しそうです。っていうかゲーム画面10分見るとしばらく昏倒してるような状態なので、このままの状態で書き継いで行く所存ー。
こう、勘違いなとことかあったら、コメントあたりで突っ込んでいただけると大変たすかりますですm(_ _)m
posted by たきのはら at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | レポート目次(曙草東道行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1幕『今弁慶』その11

 そうして結局、五条大橋の鬼は退治されたのでしたよ。
 そう亭主は言って、笑った。

 もう日はとっぷりと暮れて、擦りガラスの向こうは雪明りでほの白い。
 「積もったようですが、なに、淡雪です。明日の朝には融けるでしょう」
 そろそろお食事の支度をしましょうかと言いながら、亭主は立ち上がった。

 「待ってください、鬼は退治されたとして、結局彼らは、その、天狗の弟子だとか狐だとかはどうなったのですか? 刀は、そして桜は?」
 「おやおや。……私がしようとしたのは鬼の話です、刀も桜も余分な話……けれど」
 座りなおして亭主は言った。
 「彼らはね、東下りをすることになったのですよ。曙桜の初枝を持ってね。春、桜林の中で最初につぼみを結び花を開く枝には、春の気が凝るのです。その、幽明の境を越えてやってきた娘がその初枝を、端から取っていってしまったものだから、その年はいつになく春が遅かった……だから、彼らは千本桜の里の初枝、すなわち桜の中の桜、曙桜の初枝を持って、春の道を繋ぎに向かうことになったのです」

 鬼は見事に退治られ、吉野は鬼龍とともに鞍馬に戻りました。そうして天耳法眼にこう申したのですよ。確かに若武者と大男と、五条大橋の2体の鬼は退治られました。が、それを為したのは自分でない。若武者を斬ったは鬼龍、大男に止めを刺したは橋のたもとに住まい成す妖狐でした、と。ですから私はお師匠様のお言葉を全うすることはかないませんでした、と。

 そうすると、天耳法眼はからからと笑ってこう言いました。
 よくぞ真っ正直に申した、が、どうだ、鬼を討つに神伝天狗一刀流は抜群の切れ味を見せたであろう、使いこなせなかったはぬしが未熟、それはいかにも惜しいが、と。

 そうして、鬼龍に向かってこうも申したのです。
 鬼龍殿、吉次殿のところへ持ち行くという桜の枝、この吉野に持たせてはくれぬか、と。そうして桜の枝が吉野の手へ渡ると、吉野にこう言い渡したのです。
 「やい吉野、この鬼龍殿の戦い方、とくと目にしたろう。あれこそが技を超えた身体というものだ。さて、ぬしは橋の鬼を斬れなかったのだから、山にばかり留まっているは修行に不足ありと知れた。この桜を持って鬼龍殿に従い、みちのくの金売り吉次殿のところまでお届け申し上げろ」
 その間に神伝天狗一刀流の名を挙げることを夢々忘れるでないぞ、と、道々の守りにと刀掛けから小刀を取って渡してやりながら言い含めるのも、この天狗は決して忘れないのでした。

 「では、狐はどうなったのです、そしてあの幽明の境を越えてきたという娘は」
 よほど娘たちが気になりますかと亭主は笑った。

 狐は白拍子でしたから、それからしばらくは、鬼がいなくなり、寒さも緩んだ橋のたもとで、鬼退治の顛末を舞いに仕立てて小銭を稼いでいましたよ。幽冥界の娘は、さて、どうしたことやら。

 それでも、吉野と鬼龍が鞍馬を立った朝。
 山道を行くうちに、ふと背後に気配を感じて振り返ると、旅装に身を包んだ妖夢が後について歩いてくるのでした。共に行くかと立ち止まると来ようとはせず、では、と歩き出すとまたついてくるのです。
 仕方なくそのまま歩いているうちに、今度は山の中でぱきぱきと枯れ枝を踏み折る小さな音がします。見ると今度は尾の二股に分かれた白狐。こちらは目があうとすぐに駆け寄ってきて、人の言葉で申しました。
 「面白そうだから、あたしもついていくよ。妖夢さんも一緒に来るけれど、あるじ様に持っていくべき桜を持っている人たちとすっかり同道するわけにはいかないから、少し後から来ると言っていたよ」

 そんなふうに、一行は京の都を後にして、旅に出たのです。



 もう本当に台所の様子を見なくては、と言って亭主は席を立ってしまった。
 私は火鉢の炭をもう一度掻き起こすと、窓を細く開けて外を眺めた。
 雪はとっくに降り止んで、黒い空にぽちぽちと星が出ている。

 書こうとしたまま行き詰まっている新作の構想が、するすると形を取り始めた。時はいつごろがいいだろう。何幕仕立てにしたものか。華々しく体躯を飾った力士に、装束に桜をあしらった凛々しい荒事師。舞台中央で小柄な女形が見得を切ると、たちまち引き抜き、ぶっかえりで燐火を背負った妖狐が出現する。
 ……ああ、これは楽しいかもしれない。

 春までに彼らを追って奥州まで行こう、と私は思った。
 何が出てくるか知れないが、こんな趣向も悪くない。

 火鉢のところに戻ると私は火箸を手に取った。きれいに灰を均し、その上に筆よろしく火箸を添える。そうだ、題はなんとしたものか。桜のひとことはどうしても入れたいが、そのまま一字を入れるのも芸がない。そういえば桜の別名は確か曙草といったと思うが……

 しばし考えて、それから私は一気に灰の上に火箸を走らせた。

 ――曙草東道行
   さくらばなあづまのみちゆき
posted by たきのはら at 02:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1幕『今弁慶』その10

 次の夜は満月。
 月の光に照らされ、幽冥界の力がくっきりと顕界に及ぶ夜。
 必ずや――あの鬼は、現れる。

 橋のたもとで1日休んで鋭気を養った4人――吉野、鬼龍、芙蓉、そして桜花は武器を手元に置いて、橋の方を伺っている。

 「そう言えば、申し忘れたことがありました」
 急に桜花がぽつりと言った。
 「何」
 「幽々子様の名を言って、私が名乗らないでよいという法はございませぬ。私が五条桜花というのは偽り、私は西行寺家に代々庭守として仕える魂魄家の妖夢と申します」
 「橋姫でも桜の姫さまでもなかったのね」
 にこりと芙蓉が笑ったとき、急に生臭い風がどっと吹きわたった。橋のたもとでぼろにくるまっていたにとりが顔をしかめる。
 「この世の風じゃない」
 答えるように月に群雲がかかり、橋の上が急に陰になった、その中から。
 ぼうっと陰火が点り、うっすらと影のようだったものがたちまちに形を成す。と同時にちゃんちきちゃんちきと、不思議に明るい馬鹿囃子。見れば橋の上を真っ先にやってくるのは白々とした骸骨2体。己の骨に鉦を結びつけ、骨同士を調子よく鳴らしながら手を振り足を踏み、どうやって歌口を鳴らすのか笛まで吹いて、にぎやかに顕界に現れる。その後ろにぼうぼうと燃える火の髑髏、そうして最後に雲つくような大男。鬼だ。

 「刀を置いていけ」
 割れ鐘のような声で、鬼は言った。
 鬼が手にするは呆れるほどの巨大な野太刀、見ればその腰には、確かに桜花――いや、妖夢――の持つ太刀と対になる作りの脇差が一振り。

 「刀を取って何とするのだ」
 吉野が声を張る。
 「何とするとは知れたこと、よき刀を集め武芸者どもの首を取り、もって我が武名とするのだ」
 いいざま鬼は野太刀の鞘を払った。
 「ゆくぞ、人間ども」

 「あの鬼です、私の白楼剣を奪ったのは」
 妖夢が張り詰めた声で言った。
 「この手で何とかしてやりたいけれど、万が一取り逃がすわけにも参りませぬ。あの鬼はお三方に任せます、かわりに狂骨どもは私が」
 「一人であの骸骨どもを相手取るというのか?」
 「あれの相手は幽冥界で慣れております……!」
 いいざま、妖夢は飛び出していく。それを追うように骸骨――狂骨は橋の向こう側に消え、相手とすべきは鬼と火髑髏のみ。

 じろり、と、鬼龍は鬼を睨んだ。
 「でかぶつだが、たいしたことはない。桜花――妖夢どのより図体のぶん頑丈な程度。倒せぬ相手ではない。――参る!!」
 鉞が風を捲いて鬼に迫る。鬼はべたりと蜘蛛のように地面に這い、胴のあったところを抜けた鉞が、鬼のざんばら髪をふつふつと断つ。地面からすくい上げるように刃が迫る。異形の者にのみ許された動きであった。
 かっ、と火花が散り、厳つい顔と鬼面が薄闇に浮かぶ。鉞の柄が野太刀を捉え一瞬、力が均衡する。
 巨人の裔の筋骨が暴虐の鬼の膂力を食い止める。鬼龍はまさに一塊の巌であった。砕けず、動かず、たじろがない。だがこの巌は命無き石くれではない。山津波を思わせる力を秘めた男、鬼龍をないがしろにすれば飲み込まれるのは自分である。
 鬼は驚嘆した。動けないのは己であった。そして、つい、と冷たい鋼が鬼の肉と骨の間の隙間に潜り込み、深く、深く、腎を貫いた。
 「これで死なんのはわかっている。だが、鬼の身体とはいえ血を流し尽くして戦えるものか」
 閃いて抜かれた刃には一筋の血も残ってはいない。
 吉野の一刀は、鬼の意の虚、身の隙を貫き、深手を与えていた。だくだくと橋板に流れ落ちる血の音は、驟雨を思わせた。
 その血を狙うのは牙を剥いた狐。その一瞬でもう鬼は血だるまになっている。

 「何を、こしゃくな」
 鬼は一歩引くと、腰のひょうたんに手を伸ばした。と見るや、鬼どぶろくを口に含み、ふうっと噴き出すとあたりを酒の霧で包む。それをまともに吸い込んだ吉野と芙蓉をさておいて、今度は鬼龍を橋の下へと突き飛ばす。
 「いい気になったが己の不覚よ、人間風情が」
 「……狐も、いるわよ」
 火髑髏に飛びかかられたか己の狐火か、ちらちらと燐火を揺らめかせながら芙蓉が言った。
 「四つ足だからと、馬鹿におしでないよ」
 が、その芙蓉の目の前で、酒の霧に酔いつぶれたか吉野がたたらを踏んで倒れる。その喉首に鬼は喰らいつき、魂をすすった。
 「させるものですか!」
 狐の術が吉野を包んで鬼の口元から引き剥がす。と同時に鬼龍の声が轟いた。
 「川に落とせば片付くとでも思ったか、愚か者が」
 険しい岩崖を登り越え、幽谷を泳ぎ渡り、深山を日に数十里踏み越える山人である。
 都の橋から落ちたとて、それがどれほどの事だろうか。川面から飛び上がると、橋桁を手でつかみ、くるりと登り戻る。鬼は川面に落とす相手を間違えたのだ。

 大鉞がうなる。鬼の片腕が飛ぶ。なおも倒れた吉野にかぶりつこうとするのを防ぐように小狐が飛び掛る。狐の牙が鬼の喉を食い破ったかと思った瞬間、鬼の身体はぐらりとかしいだ。

 と同時に、黒い霧があたりに四散し。
 ぬぐったように晴れ渡った空から煌々と月の光が差して、鬼も髑髏ももう影も形もない。
 後はただ、橋の上に一振りの脇差が、白々と月の光を受けているばかり。
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1幕『今弁慶』その9

 さて。
 ひとまず当面の騒ぎは片づいたとはいえ、鬼の出るという橋の上に居続けをするわけにもゆかぬ。
 倒れている桜花に縄をかけてかつぎあげると、芙蓉たちは河原の焚き火の周りに引き上げたのだった。

 「へぇ、これが鬼なの?」
 「たぶんね。あたしたちが見たのとは別だけど、噂に聞いた”きれいな公達”が出るっていうのはこの娘さんだったんじゃないかしら」
 無遠慮に桜花をのぞき込みながら、にとりと芙蓉は火に鍋をかけ、すっかり冷めてしまった白湯を温めなおしている。
 「ほら、あんた達そんな物珍しそうにするもんじゃない、手当ぐらいしてやるもんだ」
 吉野が見かねてそちらに歩み寄ろうとしたとき、ぱちりと桜花が目を開けた。
 
 一瞬なにが起こったのか分からない様子だったが、火の側に寝かされてはいるものの、ぐるぐる巻きに縛り上げられており、そうして腰につけたはずの桜もないのに気づいて、ようやっと殴り倒されたのだと得心が行ったらしい。
 
 「……負けた……のですね……」
 どうやら体を起こしたもの、今までの凛々しい若武者ぶりもどこへやら、しょんぼりと肩を落とし、
 「ああ、幽々子様の御用は果たせないし、白楼剣はなくしてしまうし、戦えばこんなことになるし……」
 顕界はこわいところ、と呟くように言って、今にもぽろぽろと泣き出さんばかり。

 「そういえば、桜は主命にて持ち帰らなければいけないなんて言っていたけれど、あなたのあるじ様は……その幽々子さまとかおっしゃる方なの?」
 芙蓉がのぞき込む。
 「貴方がたに申してもわかりますまい……!?」
 桜花の目の前で、のぞき込む童女の姿がそのまま小さな白狐に変わる。
 「わかると、思うよ」
 狐の顔がにっと笑って人の言葉を話す。

 そうだった、お狐もいるのでした。なら話しましょう、そう言って桜花はぽつぽつと語りだした。
 「私はこの世のものではありません。私の身体も半分は幽冥の気が凝ってできたもの、私は幽冥界に住まいするものです。
 私が仕えるのはそこに代々続く西行寺家のご当主、幽々子様で、幽々子様のご命でこの顕界に参り、桜の初枝を集めておりました」

 が、先日、幽冥界から顕界に来るときに、ひどい嵐に巻き込まれ、その折りに自分の片割れとはぐれてしまったのだという。
 「嵐の中で鬼が襲ってきたのです。どうやら退けはしましたが、一息ついたときには私の片割れがいなくなっていました」
 それと一緒に、この太刀と対になる脇差もなくなっていたのです。仕方ないせめて幽々子様のご命令だけでもなんとかしようと桜の枝を取り、そうしながら無くした剣を探していたのですが。
 「でも、貴方がたに負けてしまいました」
 そう言って、桜花は深いため息をついた。と、

 「鬼に襲われて片割れがいなくなった……では、あなたは鬼ではないの?」
 芙蓉が驚いたような声を上げた。
 「あたしは、あの鬼があなたの片割れなのだと思っていた」
 「……いえ、違います。なぜそのように」
 「刀にこだわる鬼の噂は、二つあったのよ」 
 ひとつは美しい公達だとか若武者だとか。これはあなたね。もうひとつは雲つくような大男。背を屈めてさえその身の丈は七尺にあまり、腰にぼろ布ひとつ巻いただけの化け物――これはあたしも見たわ。
 「あなたの片割れとやらを襲ったのはどんな鬼なの?」
 「おっしゃるとおり、鎧のひとつも身につけていない、七尺、八尺に余ろうかという大男でした」
 では、それがおそらくあなたから脇差しを取って、そうしてここで刀集めをしているのだろうけれど。

 ため息をひとつつくと、芙蓉は言葉を継いだ。
 「あたしはこの橋の袂に住んで、ここを通る人に歌や踊りを見せて気楽に暮らしてたの。でもさっきあなたが言うような鬼がこの橋の上に出て、武芸でならしたはずの人たちも、ひとたまりもなく刀を捨てて逃げるしかなかった。おかででこの橋は魔物の出る橋ってことになってみんなここを通らなくなって……で、あたしたちはおまんまがいただけないようになっちゃったの」
 それで鬼を退治しようとしていたところにあなたが来たのよ。 

 実は、この橋で捜し物をするのは、私にとっては都合がよかったのです、と、桜花は言い訳のように言った。
 「この橋は幽冥界と顕界がちょうど重なっているのです。桜を集めながらのついでの捜し物をするには、出入りの易いこの橋が一番よい場所だったものですから」
 けれど、結局あなたは鬼じゃなかったんだものね、それにそちらの都合じゃ仕方ないわ、と芙蓉は言った。
 「ただ、あなたの片割れとやらと脇差を奪っていった同じ鬼もここに出る……ひょっとしたらあなたが脇差を探すのと同じように、太刀を探しながら、ね」
 通り道にいい場所じゃあ仕方ないわ。さっきだって人喰らいの化け物どもが出たぐらいだし。

 「でも、そうしているところを、こうやって負けてしまいました」
 「まぁ、だが、そのあんたの知っている鬼とやらは、そもそも俺たちは退治しなきゃならんのだ」
 桜花がしょんぼりと肩を落としたところに、割り込むように吉野が言った。
 「花の方はこちらも用があるから渡せないが……鬼の方はどうにかできぬでもないではないか」
 そうかもしれません、と桜花は言った。
 わたくしは幽々子様より、春の気の宿る桜をすべて集めて参れと仰せつかりました。千本桜の里の初枝は集め損ねたとしても、まだ他のものは持ってゆけましょうし。

 「それじゃ、春が遅いのはあなたのせいなの!?」
 突然、悲鳴のように芙蓉が声を上げた。
 「如月が過ぎ弥生になっても桜のすがたを見かけるどころか時ならぬ大雪の知らせさえ聞く始末……それは……」
 「え、なぜ春が遅いのが桜と関わりが……」
 「春の気の籠もった桜がみんな取られてしまえば、この国のどこから春はやってくればいいの!?」
 縛られたまま芙蓉の顔をじっと見て、そして桜花は得心がいったとでもいうかのようにこくりと頷いた。
 「幽々子様は幽冥界に春を呼ぼうとお考えなのかと思います。それがどのようなことかは存じませぬが、幽々子様には必ず何らかのお考えあってのこと」
 後は芙蓉が何をどう言おうとかすかに笑って首を振るばかり。

 「だが芙蓉、とにかくおれは千本桜の里の曙桜は手に入れたのだ。これがあまねく春をもたらすはずというのでな。ならば他の初枝はこの娘にやってもよいではないか」
 突然、鬼龍が言った。
 「おれがこの桜を持って往けば春は訪れ、桜は咲くだろう。その枝をおまえは幽々子様とやらに持って行けばいい。この桜さえおれに寄越すのなら、な」
 「よろしいのでございますか?」
 桜花の表情がようやく緩んだ。
 「ひとたびは刃を交わしたこの私が共に参ってもよい、と……」

 「橋の鬼を倒すにも力になってもらえそうだしな」
 吉野は言った。
 「あんたは刀を取った鬼を追わなきゃならん。おれは鬼を倒さなきゃならん」
 「あたしはこの橋が元のように人の通る橋になってほしいし」
 「おれの用はもう済んだのだが……そのために吉野と狐どのの手を借りたからな。手伝わぬわけにもゆくまい」

 では、そういうことにいたしましょ。
 ちいさくつぶやくと、小狐はとがった歯でかりかりと桜花の縄を食い切った。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1幕『今弁慶』その8

 「まぁ待つんだ、意が通らないからといってそう簡単に刀を抜くもんじゃない」
 吉野が鬼龍と桜花の間に割り込んだ。
 「桜花さん、待って下さい」
 芙蓉も桜花の袖を押さえんばかりにして言い募る。
 「その桜は確かにお主様のご命令がおありなのでしょうが、こちらとて……あんな花には縁遠いような殿方までが求めるその桜、きっと何かのいわれがあるのでしょう?……だから言葉のかわりに刃を交わすのはおやめなさいというのに!!」
 振り払われてもなおも言葉を継ごうとするのを、鬼龍が遮った。
 「その桜は、要るのだ。致し方なし」
 いいざま、鉞をすさまじい勢いで振り回し始めた。勢いのついた鉞が桜花の胴を掠め、衣を切り裂く。いきなり先手を取られ、刀を握る桜花の手がかすかに震える。
 「……ならば斬り捨てるまで」
 応じて抜きあわせた桜花も、瞬時に鬼龍の懐に飛び込む。

 が。
 「多勢で一人を討つか、卑怯!!」
 桜花は悲鳴を上げた。吉野が脇差を桜花に叩き込み、さらに深くその肉を抉ったのだ。
 「……致し方、ないのよね」
 芙蓉もまた狐の姿に戻ると、その周囲から青白い狐火が飛び散って桜花を襲う。さらに鬼龍に斬りたてられてよろめきながら、桜花は押し殺したように叫んだ。
 「卑怯なり……ならば……!!」

 構えた手はその場にはない脇差を構える型。唇が動いたと思うと同時に、そこから剣気が鞘走る。刀身を持たぬ打撃が、鬼龍と芙蓉を捉えた。
 ぱっ、と散ったは己の血潮か、それとも夜露か。
 いや、それは舞い散る花弁。甘く驕慢に腐り落ちる、二人の命の華鬘の姿。

 「落つる華鬘は汝が命、
  血脂に染まるは汝が衣、
  総身に冷たき汗滴りて
  臨終(いまは)の時の迫りきたれば、
  もはや生きたる心地も無し。
  天上剣、『天人の五衰』……もはや足もまともには立つまい」

 仏説に曰く、六道輪廻の最上にあるという天人も必衰の理からは逃れ難く、
 頭上華萎(ずじょうかい)。
 衣裳垢膩(えふくこうあい)。
 脇下汗出(えきかかんりゅう)
 身体臭穢(しんたいしゅうあい)
 不楽本座(ふらくほんざ)
 の五衰を経て儚く倒れるという。
 失われた桜花の短刀は銘を白楼剣という。迷いを断つとうその剣気をもって精神を断つ彼女の技は、例えその剣を失っていても凡愚の輩を討つには充分であった。

 「……それほどの覚悟か、承知。では応じよう。何かあったら鞍馬の山を訪ねるとよい」
 いつの間にやら桜花の背後に回り込んでいた吉野が、ささやくように言った。と同時に、背中を剣で薙ぐ。
 「この剣を教えてくれた天狗のお師匠様が相手してくれるぜ」

 「……どうにも」
 ふらつきながらも距離を詰め、とうとう桜花を殴り倒してしまいながら鬼龍はあきれたように言った。
 「先ほどからずっと見ていたが、吉野、貴様の剣は……」
 「天狗剣は暗殺剣、だそうな。少なくとも、お師匠様のは」
 「天耳法眼め、もっともらしそうな顔をしながらひどいことを教えるもんだ」
 ようやっと打ち合いが終わって心がゆるんだか、いつになく饒舌になった鬼龍は、倒れている桜花の刀から桜の枝をひょいと取り上げ
 「よし、ではおれの用事は済んだ」
 と、にやりと笑った。
 「まて鬼龍」
 すかさず吉野は桜の枝をひったくる。
 「おまえの用事は済んだかもしれんが、とにかくおれはおまえを手伝った。おまえもおれの用を手伝って当然だろう」 
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1幕『今弁慶』その7

 ずい、と、吉野が一歩踏み出した。
 「……何奴」
 鬼龍が唸るように言った。
 
 と、若武者は橋の中央に佇んだまま、言葉を発した。
 「刀を、見せては下さいませんか」
 「……刀? おれの獲物は鉞だが」
 「いえ、私が拝見したいのは刀でございます」
 「刀はない、脇差なら……」
 吉野が言いかけた途端、若武者の目にすっと光が宿った。
 「その……お脇差を、刀身を拝見させては下さいませんか」
 言葉は依頼だが口調は命令である。く、と唇を引き結ぶと、若武者は吉野に歩み寄った。ほとんど殺気といっていいほどの気配……だが。

 こいつ、娘か。
 さきほどの声、そして歩み寄る足取りでもう見てわかる。若武者と見えたのは男装した若い女である。そして、
 「……桜、」
 吉野が目配せした先を見て鬼龍は呟いた。
 武者姿の娘の腰の太刀、その鞘には未だつぼみの桜の枝がひと枝、結びつけられてあったのである。

 「どうぞ、お刀を」
 「……人にものを頼むのなら、名ぐらい名乗るのが礼儀だろう」
 吉野の言葉に武者姿の娘は初めてたじろいだ表情を見せた。
 「な、名は……その、」
 しばし口ごもったあげく、娘は、私は五条桜花と申します、と言った。
 「あら、では貴女はこの橋の橋姫さま? それとも桜の精?」
 からかうように芙蓉が言う。が、
 「さあ、私は名乗りましたよ。お刀を拝見させてください」
 もう開き直ったもののようである。

 「ふん、刀にずいぶんこだわるなぁ。それじゃ何か、桜花どのこそがげんざい都で噂の五条の橋の鬼、今弁慶ってことか?」
 刀を隠すように一歩あとずさりながら吉野が言う。
 「い、いえ、そんなことはありません」
 再び桜花の声が揺らいだ。
 「私は私の剣を探しているだけです」
 「でもなぜこんな場所で。鬼が出る橋なのに」
 「それは……」
 一度は言い淀んだものの、再び桜花は顔を上げ、ともかくお刀を見せて下さいませ、と繰り返した。

 「それは構わないが、そもそも侍ともあろうものが何故、己の刀を失ったのだ」
 吉野がさらに後ずさりながら問うと、桜花は困ったような顔で答えた。
 「それは……私の片割れが、脇差しを持って姿をくらましてしまったものですから」
 そうしてまたもや、ですからお刀を、と言い出す桜花をまじまじと見ながら、芙蓉はいきなりすいとその側に寄って水干の袖を取ろうとした。動いたとも見えないのに、桜花はほんのわずかに身をかわして、取られそうになった袖を避けた。

 ……幽霊ではなさそうね。では、鬼なのかしら。片割れ、と言っていた。ひょっとしてあの刀を奪う鬼がこの娘の片割れとやらで、脇差と対になる長刀を探しているのかしら。

 「片割れに持ち去られたと。で、その刀が見つかったら、あんたどうするつもりだったんだ」
 「それは……相応に購わせていただく心づもりでおりました」
 そうして断られれば相手を斬ってでも持ち去るつもりだったな。吉野は腹の中で呟くと、だが、かぶりを振った。  
 「これはあんたのじゃない」
 「本当にそうでしょうか」
 桜花の目がわずかに鋭くなる。
 「兄さん、隠すことないじゃない」
 あわてて芙蓉が割って入った。橋の鬼と桜花がどう関わるのかは知らないが、とにかくせっかく鬼を退治してくれるという男に怪我でもされたらたまらない。
 「柄と鞘を両方とも兄さんが持って、それで刀身だけ抜いて改めさせればいい」
 吉野はなおも逡巡するふうだったが、やおら言われたとおりに半ばだけ抜いた刀身を桜花の前に突き出した。

 「……確かに、私のものではございません。失礼をいたしました」
 さっと刀身に目を走らせた桜花、一歩下がって一礼する。
 「そりゃそうだ。お師匠さまから直々にちょうだいしたシロモノだからな」
 何か苦々しげに吉野が言うのは、刀身に刻まれた刀の銘があろうことか”赤鼻丸”、なかなか人の身では理解しがたい天狗流の趣向であったからで。

 「さ、わかったんならもういいでしょう、この橋は鬼が出るんだよ。こんなところで立ち話なんかするもんじゃない、河原においでよ、白湯ぐらいしかおもてなしできないけど、火にはあたれるよ」
 芙蓉が早口で言い、河原のにとりのほうに、お客様を連れていくからと叫んだ。

 が。
 「……その、桜」
 不意に鬼龍が桜花の前に立ちふさがった。
 「その桜は、どこの桜だ」
 「何故、そのような」
 「その桜は、どこの桜だ」
 同じ言葉を繰り返し、今にもそのひと枝をむしり取ろうとでもするかのように、鬼龍は桜花に詰め寄った。
 「……千本桜の里の、曙桜」
 言い抜けも逃げもかなわぬと知ったか、桜花はしばらく口ごもったあとに呟くように言った。
 「では、それはおれが探しているひと枝に間違いない」
 「なりませぬ。これは主命により持ち帰らねばならぬもの」
 「おれもそうなのだ。その桜が要るのだ」
 相応に購おうとさえも言わず、鬼龍は鉞に手をかけた。
 「互いに要るものなら、致し方なかろう」

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 02:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1幕『今弁慶』その6

 黄泉路の化け物といっても種々あるようで、這い出てきた姿も大小さまざまである。屍喰らいが2匹に、大きな口の痩せこけた鬼。
 「……おれの大義のためじゃぁないが、喰われちゃかなわん。来い」
 吉野が刀を抜く。芙蓉の唇がめくれあがる。尖った小さな歯がずらりと並んでいる。と、その刹那、鬼龍が声にならない声を上げた。

 橋の半ばに立つ痩せこけた化け物――貪食鬼の目がぎらりと光った。と思うやいなや、鉄の爪に心の臓を鷲掴みにされた感触が喉元までせり上がる。無我夢中のうちに足が土を蹴り、気づけば穴だらけの橋の上にいる。横から鉤爪の生えた枯れ木のような腕が伸びてきて、鬼龍の胸ぐらをねじ上げた。何が起こったかと気を確かに持とうとするが、頭の芯に霞がかかったように頼りない心持ちがするばかり。手も足も夢の中に縛られたかのように、思うことの三つに一つを果たすがやっと。

 「鬼龍!」
 吉野が叫ぶ間にも、動けぬ鬼龍の脇を抜けて化け物どもが橋のたもとへと詰めてくる。吉野が弾かれたように走り出す。
 「鬼龍!」
 化け物どもの間合いを避けながら鬼龍につかみかかっている痩せた屍喰らいに切りかかろうとした矢先、つかまれた身体をねじるようにしてのろのろと鬼龍の腕が上がり、そして凄まじい勢いで唐渡りの大鉞が自らをつかむ腕に向かって打ちおろされた。肩先をざっくりと割られた化け物は、それでも手を離さない。
 「鬼龍!」
 三度叫びざま吉野は、件の屍喰らいの腰のあたりを薙いだ。そのまま倒れてくれればと思ったのだが一歩及ばぬ。
 と。
 場違いな音が吉野の耳を打った。

 ――しずやしず、しずのおだまきくりかえし……

 あれほどしっかり掴んでいた手を鬼龍の胸からはずし、屍喰らいはふらりと橋のたもとへと向き直った。そのまま二歩、三歩、ふらふらとその場を離れる。思い出したように鬼龍が大鉞で追い討ったが、これは届かない。

 ――……むかしをいまに、なすよしもがな

 屍喰らいの光るばかりの目から、どろりと涙がこぼれた。どす黒い腐った血の涙。

 「思い出されましたか、ようございましたねぇ。昔は人を恋いもし恋われもしたでしょうに……思い出したら幸せに成仏なさいませ」

 年の頃は十七、八。丈なす黒髪に烏帽子をいただいた水干姿の娘が、掲げた扇の影からふわりと笑う。

 化け物の手も外れた、あとは、と鬼龍が振り返ろうとした瞬間、背後から貪食鬼の顎が身体に喰らいつき、肉を引きちぎった。させるか、と力を込めた背中の肉は、不思議にみるみる盛り上がって傷を塞ごうとする。が、筋を引きちぎられる痛みが意識の芯をじんわりと曇らせる。

 すぐ傍で芙蓉が悲鳴を上げた。生前の思慕の念に狂ったままなのか、それとも鎧をまとわぬ白拍子の娘を容易い獲物と見込んだか、傷だらけの屍喰らいが芙蓉に飛びかかって抱きすくめたのだ。爪を両の肩の後ろに食い込ませ、そのまま引き裂こうとでもするかのように力を込める。

 危ない、と鬼龍が振り回した大鉞が屍喰らいの胴を二つに薙いだ。それでもしがみつく身体の筋を、するりと滑り込んだ吉野の刀がすっぱりと斬りとばした。

 「神伝天狗一刀流の奥義の一、鎧を刺し通すためのものだ、腐った身体を切り離すなど赤子の手をひねるようなもんだな」

 残りは貪食鬼と未だ無傷の屍喰らいが1体ずつ。だが鬼龍はまだ頭の芯にかかる靄と身体の奥でうずく痛みのせいでまともに身体が動かず、芙蓉はというと怪しい術こそ使うものの化け物を斬る術を持つわけでもない。そのまま 乱戦にもつれ込んだ。
 一合、二合、鬼龍が重い鉞を振るい、吉野が天狗仕込みの剣を次々と繰り出してもらちがあかないと見たとたん、若く美しい白拍子の口がまた耳まで裂けた。
 狐の目が光る。と同時に鬼が雷に打たれたようにびくりと震える。
 「今なら彼奴はあたしの術中。好きに切り刻むといい」
 娘の声が毛を逆立て、ぎらぎらと目を光らせた狐の口から発される。

 「ええい、どいつもこいつも化け物ばかりだ」
 あきれたように言いながら吉野が剣を打ちおろすと貪食鬼はあっさりと事切れた。傾いた身体は橋の上に崩れる前に影になって消えた。死んだか、それとも本来いるべき場所である隔り世、黄泉路に帰ったか。一人残され、かなわぬと見て逃げ出した最後の屍喰らいは、欄干を乗り越えようとした背に鬼龍の大鉞を受けてまっぷたつになった。乗り出した上半身はそのまま川の中に落ち、残った下半身は橋の上にぼとりと落ちた。そうしてそのままぐずぐずと形を無くし、嫌らしい膿のような塊になって残った。

 「ああ、汚らわしい」
 芙蓉が小狐の姿のまま、残った塊をぐいぐいと橋に空いた穴の方へ押しやっているのを見やり、さて、というように鬼龍は鉞を構えなおした。
 「ところで訊ねることがあるのだが」
 なぁに、というように小狐は振り返って小首を傾げた。
 「おまえ、何者だ」
 「……きつね、だよ」
 「見ればわかる」
 「……で?」
 「では、名は何という」
 「芙蓉。……ねぇ」
 軽く拗ねたように言うときには、もう十をいくつもでない愛らしい童女の姿。
 「ちゃんと兄さんたちのこと助けたでしょ。確かにあたしは狐だけど、兄さんたちのこと取って喰ったりもしないし」
 「……」
 ああもう、じれったい、とにかく立ち話もなんだから河原に降りようよ、白湯ぐらい出すよと言うと芙蓉はとことこと歩き出す。
 「にとり、鬼退治の兄さんたち、連れてきたよ……」
 
 河原の焚き火のあたりで手を振っているのがにとりとかいう娘だろうか。
 そう思いながら吉野と鬼龍が河原に降りかけたとき、にとりが弾かれたように立ち上がった。

 「あ、あんたたち、う、う……」
 ぱくぱくと口をわななかせてにとりが指す方――つまり背後を振り返ると。

 橋の中央に、またもや人影。
 緑の水干に雪のような白髪の武者。
 けれど老人ではない。顔はまだ若い。幼いとさえいえる、珠に刻んだような面差し。
 太刀一振のみを腰にたばさんだその若武者が、一言も発さぬまま、ただ吉野、鬼龍、芙蓉の三人を凝っと見つめていたのだった。

このシーンの裏側。
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第1幕『今弁慶』その5

 そうして芙蓉の目の前で、暮れ行く五条大橋を眺めている二人の武芸者。

  「これが五条大橋か。鬼の出るという」
 小柄な方が言った。大男は小さく頷くと
 「では確かに送り届けたぞ」
 言って、きびすを返そうとした。
 「おい、待て鬼龍、まさかおまえ本当に送り届けただけで去ぬるつもり……」

 まずい。
 芙蓉はとっさに人の姿になった。どんな都合があるか知らないが、むざむざ強そうな武芸者を立ち去らせてなるものか。

 「もし、兄さんたち」
 男たちはぎょっとしたように立ちすくんだ。当たり前である。今まで誰もいなかったはずの影の中から十をいくつも出ない小娘の姿。すわ、鬼の卷族か、狐狸妖怪のたぐいか――いや、実のところその通り狐なのだが。
 「鬼を退治しなさるの?」
 小首を傾げる小娘。
 「あ、あんた何者」
 「芙蓉。白拍子よ。この橋の下に住んでるの。鬼が出るので人が来なくなって、あたしたちはおまんまがいただけないようになって困ってる。兄さんたち、鬼を退治してくれなさるの?」

 河原住まいの遊芸の連中かな、と大男――鬼龍が言った。そりゃあ鬼なんぞが橋に出たら確かに困るだろうが。
 「鬼はこの男が倒す。おれはゆくところがある」
 そう言って鬼龍は連れの男――吉野に顎をしゃくった。待てよ鬼龍、そりゃあないぜと吉野が声を上げるのもお構いなしである。で、芙蓉の方も吉野の声を聞かない振りをして、つ、と鬼龍の傍に寄った。
 「兄さんはどちらに」
 「……」
 「よほど大事な用なんでしょうねえ、お仲間を鬼の出る橋に置いて」
 「……千本桜の里に曙桜の初枝を取りに」
 「あれ、お姿に似ずなんと雅な」
 くく、と芙蓉は喉で笑うと、にぃ、と唇を歪めた。
 「でも兄さん、残念。千本桜の里はこの橋を渡ってずっと先。でも、橋の上は鬼さんがとおせんぼうをしてなさる。……兄さん、どうなさる?」
 鬼龍は無言で芙蓉をじろりとねめつけた。くく、ともうひとつ狐の娘が笑う。
 
 ふ、と息を吐くと、鬼龍はぐいと肩を揺すって背負った鉞を構えた。
 「……ありがとう。じゃあこれで三人だね」
 「三人?」
 吉野がいぶかしげな声を上げると、芙蓉は初めてそちらににっと笑いかけた。
 「あたしも、手伝うよ」
 「おい待てお嬢ちゃん、あんたそんなちっちゃいのに、鬼退治だなんて危ないぜ、というよりもう暗いのに、鬼どころかひとさらいが出るといけない、早くうちに帰んな」
 「帰るもなにも、あたしはここに住んでるのだもの。それに、ほら」
 急に生臭い風がどっと川の方から吹き寄せた。
 「もう鬼がそこに」

 芙蓉が指さすあたりに陰火がちろちろと燃えている。これが鬼の出る前触れのようなものなの、と小娘の言う声の調子が張りつめたものになる。
 が、陰火の燃えるあたりからにじみ出すようにでてきたのは、雲突くような大男の姿ではない。欄干の下、板の裂け目、橋のそこここに空いた穴からまず長い爪のはえた指がのぞき、まるで橋桁の下に潜んででもいたかのように橋の上に這いあがってくるやせこけた姿。白く濁った目をぎょろつかせ、橋のたもとに佇む三人の方ににじり寄ってくる。

 「あれが、話に聞く五条大橋の鬼……なのか?」
 「いいえ違う、あれは屍喰らい……そうか、黄昏どきだもの、ねぇ」
 歌うように芙蓉は答え、けれど鋭い目つきで橋を睨んだ視線は動かさない。
 「日ぐれて、彼方こなたにゆく人の、影もあやしきそのときに……そうよねぇ、根の国からこちらに迷いだして来るのよねぇ……」
 言いながら芙蓉の口は血でも啜ったかのようにぬらぬらと真っ赤に染まったかと思うとみるまにおちょぼの口が耳まで裂け、ケェン、と鋭い叫びを吐いた。
 「あれは屍喰らい、根の国の死人の化け物よ。陰の化け物だから陽気を好んで生者を喰うの。鬼じゃないけど片づけなくちゃ。でなきゃ、喰われる」
 その人語の言葉は、白い小狐の口から出ている。
 「……そうか、妖狐」
 二本の尾を持つ白狐をちらりと見やると、鬼龍はつぶやいて大鉞を構えなおした。 
このシーンの裏側。
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第1幕『今弁慶』その4

 「お客人ですか、お師匠様」

 言って吉野はふと客人の顔を見る。この男の顔は今まで何度か見たことがある。岩から掘り出したか岩が人に化身したか、おそらくは天狗の師匠と同じく化生の何かなのだろう。

 「おお。ぬしも顔ぐらいは見知っておるだろう、だいだら坊の鬼龍(キリュウ)殿よ。都に行かれる途中でおれに顔を見せに来てくれたのだ、ええい、客人と見たなら言われずとも酒の用意ぐらいせんか」

 はあ、と小さく返事をして行きかける後ろから、天耳法眼、
 「それはそうと吉野、都で最近何か面白いことはなかったか」
 「面白いこととて特にありませんが……そういえばつい昨日立ち寄った木の葉天狗が、五条大橋に鬼が出ると申しておりました」
 「なに、鬼」
 「はあ、何でも橋をわたるものが武芸者と見れば、どこからともなく忽然と現われ、刀を置いていけというのだとか。そこで人呼んで今弁慶、けれど見るものによって弁慶のごとき大男にも牛若のごとき麗しい若武者にも見えるようですよ。人の噂はいい加減なもので」
 「噂はいい加減かも知れぬが、鬼が出るのは本当なのだろう?」

 天耳法眼、もはや客人も酒もどうでもいいような様子である。

 「はぁ、火のないところには煙はたたぬのでしょうから」  
 まるで気のない様子の吉野の襟首を捕まえるとその場に引き据え
 「やい吉野、ぬしの腰にぶら下がっているのは何だ」
 「はぁ、鉄の塊ですなぁ」
 「その鉄の塊を振るう技をおれがどれだけ苦心して教えたと思っている、人間のちっぽけな器に、天狗の武芸十八般に加えて軍略を注ぎ込むのは並大抵の苦労ではなかったのだぞ」

 まるで慣れっこになった様子でそっぽを向く胸倉を掴みなおすと
 「やい聞け吉野。かつて九郎義経は鬼一法眼の教えを受け、ついにはそこから六韜三略を盗み出して、あらゆる武芸と軍略に通じたと言われている。が結局奴は兄に殺されてしまった。奴は稀代の大天狗、後白河法皇の掌の上でひょろひょろと踊らされたに過ぎぬ。こんなことがあって以来、我ら天狗は人間に関わるのを控えていたのだが……
 「だがな吉野、夜、酒を飲んでいるとな、おれの耳元で技が泣くのだ。使ってくれ、斬ってくれ、と言って。この神伝天狗一刀流がすすり泣くのだ。ぬしにはわかるか、使われぬ太刀筋が夜毎恨みの声を上げるのだ」

 だから、と法眼は吉野の返事も待たずに言葉を継いだ。

 「里へ降り、今弁慶を倒せ。そして神伝天狗一刀流の名を世に広めよ。いいな」
 「では、」

 それまで仏頂面だった吉野の表情が、急にゆらりと揺れた。

 「いたしましょう。が、見事今弁慶を仕留めた暁には、褒美をいただきとうございます」
 「何、褒美」
 「お師匠様のお命を」
 「何」
 「私は3年前、仲間に死に遅れて命を絶とうとしていたところを無理やり貴方に攫われ、死に場所を失った。その恨みは片時も忘れたことはありませぬ。ですから今弁慶を仕留めて神伝天狗一刀流の名を上げ、貴方様の望みをかなえたならば、褒美として真剣勝負をさせていただきとうございます」

 吉野が言い終わるや否や天耳法眼、呵呵大笑し、

 「よかろう、久しう真剣勝負からも遠ざかっておった。ぬしが今弁慶を倒したなら望みどおり真剣勝負の相手をいたそう」

 言うなり午王誓紙を取り出して誓言をさらさらとしたため、それを焼いた灰を吉野と分けて飲む。

 「これでよし、万が一おれが言葉を違えることがあったなら、この身は午王権現の御威光に灼かれ、おれは死ぬだろう」

 そう言うと今度は鬼龍のほうを向き

 「見ての通りだ、鬼龍殿。ところでわしのこの弟子はこの3年というもの人里に出たことがない。都への道も忘れ果てておろう。明日、ここを発つ時に、この男も伴ってはもらえぬだろうか――さて吉野、では行って鬼を退治てくるがいい。その前に腕試しに鬼龍殿と手合わせさせていただくか、なまなかなことではないぞ、なにしろ鬼龍殿は技を超えた身体を持っておられるからな」



 ……というわけで、その翌朝、吉野と鬼龍は連れ立って鞍馬の山を降りた。
 鬼龍は吉野を都まで案内したら、そのまま南へ下るという。

 「曙桜の、初枝を取るのだ」

 道すがら、そう、鬼龍は言った。

 鬼龍は山人と呼ばれる山に暮らす一族のものである。山人は山中の道を辿って山あるところならばどこまでも国境などに囚われることなく行き交い、時には里と交易のようなことをし、あるいは山の道を通ってある里から別の里へとものを届けなどしている一族である。

 そもそもが人でありながら人離れしたものたちなのだが、中でも鬼龍はどこかで造山の巨人だいだらぼうの血を引いたか、あるいは山姥の末裔でもあるかしたようで、優れて身体が大きく、七尺を越す身の丈、巌を思わせる肩幅や胸板の厚さを誇り、いったん打ち合いとでもなれば鬼龍に適うものなどいない。この鬼龍が得物としているのは、唐渡りの大鉞である。人の身の丈に余るそれは、唐の処刑人が斬首の執行のときに使うものとかいう曰くつきなのだが、これを思うがままに振り回せるのは鬼龍ほどの身の丈と膂力あってこそ。

 そこで鬼龍は山人の中でも用心棒のようなことをしていたのだが、これが先日七代目金売り吉次から呼ばれて使いを頼まれた。金売り吉次というのは山人の中でも頭領格のもので、たとえばこの初代は牛若丸を奥州藤原へ伴い、名親になって元服させたという男である。

 その吉次が言うには、このところ公家と武士の勢力争いが続き、世が麻のごとく乱れたことに天が怒ったか、いつまでたっても春の訪れる気配がない、このままではいつまでたっても草木も育たず、いずれは大飢饉ということにもなりかねぬ、春を呼ばねばならぬ。だが、そのためにいちいちと白い犬を殺すのも気がとがめる、そこで鬼龍よ、そなた春を取ってきてはくれぬか。

 春を呼ぶには都の南、千本桜の里へ行き、千本あるという桜の中から初枝を折り取って持ち来たればよい。それこそ曙桜、春の先触れ。都から奥州への道々に花の咲くべき場所へ曙桜とともに立ち寄れば、春の気を吸って花は目覚め、その地に春を呼び寄せるだろう。

 そんなわけで鬼龍は奥州を発ち、千本桜の里に行くついでに顔見知りの天耳法眼のもとに立ち寄ったところで吉野を預けられたというわけである。

 そして、まずは、というので鬼が出るという五条の大橋に来かかったところでちょうど日暮れ時。
このシーンの裏側。
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第1幕『今弁慶』その3

 よくない鬼が出るんだもの、もう本当にどうしようもないよ。
 冬が終わって落ち着いたら、あたしたちも他所に行くしかなさそうだ。
 そうはいっても、急にこれといって行くあてもない。その次の夕暮れも、娘たちは同じ橋のたもとで小さな火を囲んでいた。

 と。

 「あれ、また武芸者が」
 「止めてやんなよ」
 芙蓉が声を上げるとすぐさま、にとりはそう言った。
 「でもさ、強そうだよ」
 確かに昨日慌てふためいて逃げていった男と比べれば体つきも身ごなしも、そもそもその身から漂う気配からいっても“格の違う”男が二人、橋をしげしげと見ているのだった。

 「とにかく見てくるわ」
 やめときなよ、とにとりは言ったのだが、そのときにはもう芙蓉は狐の姿で、影から影を伝うようにして駆けだしている。

 二人連れの武芸者の、一人は橋の鬼にも負けず劣らずな体躯の大男で、あきれるほどの大鉞を背負っている。もう一人は連れに比べれば小柄とはいうものの、山育ちのしなやかで逞しい樹を思わせるような男。



 ここで話は数日遡ります、と、亭主が言ったので、我に返った。
 最初は奇妙なことを言うとばかり思っていたのが、すっかり夢中になって聞いていたらしい。

 さて、この男衆を都に寄越したのは、鞍馬の大天狗、天耳法眼(テンジホウゲン)でした。そもそも、細身のほうの男は負け戦の半死半生の人の群の中から法眼に拾われたものだったのです、と亭主は言葉を継いでいく。



 やや細身の男の名は吉野(ヨシノ)。鞍馬の大天狗の秘蔵っ子である。
 ……いや、秘蔵っ子などといっては響きが美し過ぎる。負け戦で仲間の悉くに死に遅れ、死に華を咲かせるべき相手を探すとも、はたまた単に死に場所を探すともつかぬ様子でさ迷っていたところを、“己の技を伝えるべき人間”を探していた天耳法眼に見込まれたものである。

 あの九郎義経を育てたは鬼一法眼と言われているが、それは半分しか本当でない、実はこの天耳も九郎に武芸と軍略を授けたのだ。が、おれと鬼一が百回手合わせして、おれが勝ったのが四十九回、奴が勝ったのが五十一回、それゆえいつの間にか九郎を育てたは鬼一ひとりと云うことになっておった。

 自らの命を絶とうという吉野の手をねじあげ、天耳法眼はそう言ったのだ。そしてにやりと笑ってこう付け加えた。

 「小僧、ぬしの骨相には見込みがある。捨てる身体ならこの天耳が拾ったわ。
 さて、人間の身体に人間の時間で、天狗の技をどれほど仕込めるものか、九郎程度のことでは終わらせぬぞ、やい、小僧、楽しみにしておれ」

 以後穀断ちから始め、火を渡り水を渡り、深い眠りに落ちぬ修行などは序ノ口。絶とうとした命を無理に繋がれたことを恨みながらも、やがて普通の人間ならば即座に魂の緒が擦り切れるような修行も吉野は楽々とこなすようになっていく。

 そんなある日、天耳法眼はいつものように吉野を呼びつけた。
 行けば、いつもとは異なり、岩のような体つきの、それこそ人よりは岩に似た男が法眼の脇に控えている。
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第1幕『今弁慶』その2

 娘たちは火の傍で寄り添いながらも、時々橋のほうをちらちらと見やっている。暇のありそうなものが通りかかったら声をかけるつもりなのだが……日暮れには早いどころかまだ昼を過ぎたばかりというのに、人っ子一人通らない。

 にとり、と呼ばれた傀儡使いの娘は河童。
 童女の名は芙蓉(フヨウ)、十をひとつふたつ出たばかりの姿をしているが、実はとっくに数百年を生きた狐の経立。
 人に立ち混じるのを好んだ異形の娘たちは、人の姿を真似たまま、河原で行き暮れていた。

 あれほど人が恐れる鬼を、しかし、娘たちは見てはいない。草木も眠り込むような、よほどの夜中にならないと現われないものなのだろう。そして物の怪というよりは草木に近い娘たちは、鬼が出るはずのころにはぐっすりと眠り込んでいるのだった。

 誰も通らぬまま、日が落ちた。

 今日の仕事を仕舞ってとろとろと娘達が眠りに落ちかけたとき、不意に生臭い風がどっと橋の上を渡った。

 「何か、出た」
 にとりが飛び起きる。
 「見てくる」
 芙蓉が狐の姿に戻って駆け出した。鼻面から尾の先まで三尺ほどの小さな白狐、しかしその尾は二本生えている。

 影を選んで芙蓉は土手を駆け登り、橋へと近づく。橋の上には隠火がめらめらと燃え、その真ん中に雲つくような人型の影。振り乱したざんばら髪、ぎらぎらと燃える目、筋骨逞しい身体に襤褸を纏い、その両の腕の先の手指には、見るだけで身の毛もよだつような鋭く長い爪。背中の上に瘤でも背負ったように肩と首を前に突き出し、それでも背丈は七尺を優に越す。間違いない、噂に聞いた、鬼だ。

 ……と、その時。

 「刀を置いていけ」

 轟きわたる割れ鐘のような声。と同時にぎゃあっという悲鳴が上がった。見れば、鬼の足もとから転がるように飛び出してくるものがいる。人間の男。武芸者だ。

 「……あれえ」
 芙蓉は気が抜けたように呟いた。
 普段は武芸の腕を誇って威張り散らしてばかりいるような大の男が、刀を放り捨て涙と涎を振り飛ばすようにして走ってくる。かと思うと男は芙蓉の目の前で突然腰を抜かした。そのまま言葉にならないことを喚き散らしながらどたばたといざるようにして逃げてゆく。

 「これは……人は、通らなくもなるよねえ」
 道の向こうで武芸者がへたり込むのを見届け、そうしておそるおそる橋のほうに首をめぐらす。

 いない。
 いつのまにやら大鬼の姿は影も形もない。そうして、件の武芸者が放り捨てていった刀もやはり消えうせているのだった。

 このシーンの裏側。
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2010年01月18日

第1幕『今弁慶』その1

 この橋の上にはね、鬼が出たのですよ。
 亭主はそう言って、灰に描いた地図の上を火箸で軽く突いた。
 「ああ、確か……きれいな娘がゆきくれているのに目をつけた男が、馬に乗せて送っていってやろうと申し出る。
 しばらく行くと娘は正体を現し、角を出し牙を剥き爪を伸ばすと、親切ごかしの送り狼をひきさらってゆくのでしたっけ」
 「ずいぶんひん曲げて覚えておいでですね。そういったふうなのがお好みですか」

 苦笑交じりに亭主は言うと、それに貴方様のおっしゃるのは一条戻り橋の鬼でしょうと付け足した。
 「私の申しますのは、五条大橋の鬼のことです」
 「弁慶ですか」
 「それだけではないのですよ」

 そういうと亭主は火鉢に炭を足した。
 「劇作の勉強をしておいでとおっしゃるんだったら、こういう話も拾っておいて悪くはありますまい。
 応仁、といっておわかりになりますか。そうです、応仁の乱の。その少し前、戦の前の騒々しさで何かと都も物騒になり、貴人たちは我先にと屋敷を打ち捨て、花の都とは名ばかり、京の大路は人よりも物の怪のほうに居心地がよかろうと――そんなふうな頃のことです」

 日が落ちたのか、不意に寒さを感じ、私は襟元をそっと掻きあわせた。亭主は目ざとくそれに気づき、
 「おや、冷えますな……道理、雪だ」

 え、もう弥生も半ばを過ぎ、桜の頼りも届こうというものを、と言い掛け亭主の示す窓の方を見やると、暮れかけた擦りガラスの向こう、無数のほのじろいぼんぼりを点したかのように、ぼたん雪が舞っている。このあたりではまだ雪が降るのですかといいかけた私の耳に、亭主の声が、重い湿った雪のように落ちた。

 「その年も春の遅い年でした。戦の不穏な空気を春が嫌ったか、桜も咲かず鳥も鳴かず、都大路から貴人の姿は日に日にまばらになり、寒さばかりが執念く残る年でした――」

 その頃、橋のたもとは物売りや芸人たちが集まる場所であった。川の向こうに用のあるものは皆、橋を渡ろうと集まってくる。だからそこに場所を占め、ときにはちっぽけな小屋などかけて集まる人々相手にひと稼ぎを目論むのだ。
 戦の前の物騒な空気に加え、春の遅いことは彼らにとっては悩みの種だった。寒い河原でわざわざ芸を見るために立ち止まるものは少ない。かててくわえて、五条大橋には……

 「鬼が、出たのですよ。
 あるものは、髪を振り乱した頭に一本角を生やし、口の耳まで裂けた雲つくような大男の化け物に追われ、命からがら逃げ帰ったといいました。
 またあるものは、鬼はぞっとするほど美しい顔立ちの公達であったといいました。すっと通った鼻筋にはなびらのような紅い唇、しかしその目には地獄の炎がめらめらと燃え、形のよい唇の端からは白々と牙が覗いていた、と。
 それを聞くとまた別の者が言うのです。いや、鬼は公達ではない若武者だった、そして身の毛もよだつような声で刀をよこせと言うのだ、と」
 「……随分いい加減な話ですな」
 「そもそも、噂ですから」

 亭主は人を食った返答を寄越し、微かに笑うと言葉を継いだ。
 「けれど確かに鬼は出たのですよ。夜に橋を渡ろうとするものはいなくなり、昼も人は五条大橋を避けて大回りするようになったのです……」

 というわけで、大橋のあたりを稼ぎ場にしていたものたちはことごとく干上がり、次々と立ち去って行った。それでも残っていたのは、少々尋常でないものたちだった。

 「尋常でない、とは……」
 「例えば、河童と狐」
 「いったい何を」
 「鬼が出るのですよ、河童や狐の芸人がいたとて可笑しいことはありますまい」
 ……道理。



 「……寒いねぇ」

 薄曇りの河原に焚いた小さな火にあたりながら、傀儡使いの娘は呟いた。手がかじかむらしく、時折火にかざしながら木人形の手入れをしている。
 「夜具がわりになってあげようか」
 火の反対側に座っていた童女が当たり前のように言う。
 「いいよ、肩に乗せたら重いし、膝に乗せてたらうっかり尻尾を焦がすかもしれないから」
 「……ほんとに、寒いねぇ」

 答えにもならないことを呟きかえすと、童女は火にかけた鍋の中身を椀によそって傀儡使いにさしだした。
 「にとり、どうぞ。白湯でも御馳走だよ、あったまるよ」
 「そうだねぇ……ああ、噂のせいであがったりだ。早くお粥が炊けるようになるといいねぇ」

 このシーンの裏側。
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そして、狐。

 そして、狐。
 私のキャラクターは狐です。だって、キャンペーンオリジナル種族が出たら使ってみたくなるじゃないか!
 もともとは狸の小坊主をやるつもりだったのですが、3rd party製品、というかKobold Quarterly 9 にKitsuneがいるよー、何だったらこれ使うよー、と言われ、見てみたらあまりにも可愛かったんでそのまま狐に。
 狐だったらやっぱり娘さんがいいよねー、ということで、狐の白拍子つまりバード、というか白拍子に化けるのを得意とする狐です。

 ちなみに、この狐さん、米国製だというのになかなか“わかっていらっしゃる”。全部ぶっちゃけるわけにはいかないのでかいつまんでの説明になりますが、ちょっと私家訳を載せると

キツネ――狐そっくりなPC用種族

 フォックスはフォックスでフォックス以外の何ものでもない――なにか違う?
 了解、そう思っているのだとしたら、君はさぞかし驚くだろう。何しろフォックスというのは、人型種族のどれとも負けず劣らず種々多様で複雑な種族なのだから。フォックスたちはその長い生涯を、まずは動物として開始する――君も間違いなくおなじみの、賢くて、機知に富む、魅力的なあの動物として。これらの資質は、フォックスが年を経るにつれてひたすら強化されていく。そして齢百歳に至ったときには、フォックスは少なくとも一般的な人型生物と同等程度には、賢い生物となっているのだ。
 驚くべき話はこれだけではない。一世紀を生き抜いたあたりでフォックスは、ちょっとした、しかし重要な変異を始める――すなわちフォックスたちはフェイとなり、にわかには信じ難いような能力を身につけ始めるのだ。
 ただ、フォックスの立場からしてみれば、彼らは依然としてフォックスのままであり、これはただ単にその生涯の新しいステージに入った、ということに過ぎない。とはいってもフォックス以外のものたちは、これを別の名で呼んで区別するのが一般的である――すなわち、キツネ、と。ちなみにこの名は学者や賢者たちの間でよく使われるものであり、民話等の中で出てくるグルーム・フォックス(gloom fox)すなわち“闇狐”というのが、より人口に膾炙した呼称である。グルーム・フォックスはグローム・フォックス(gloam fox)すなわち“黄昏の狐”が訛ったものであり、これはこのクリーチャーがトリックスターや盗人、あるいは凶兆とのみみなされていたことを示すものである。




というわけで一百年を閲してフェイとなったキツネは

・怪しい術を使うようになる(要はまぁ、普通にパワーですが)
・それが呪文であった際、キツネの尻尾は両手の代わりに動作要素を満たす(尻尾ですよ尻尾!!)
・レベルアップすると尻尾が増える。最終的には尻尾は9本になる
・尻尾が9本になった後、さらに何らかの条件を満たしきると、超越したキツネである“九尾”になる。
・ただしどのキツネでもレベルアップしさえすれば“九尾”になれるわけではない。それはたいへんにきつい修行でもあり、失敗すると“九尾の妖狐(Demon Fox)になってしまう。
・1回のマイナー・アクションとして、中型サイズ以下の人型生物に化けられる(キツネに戻るのも1回のマイナー・アクション)
・上記は中型サイズ以下の人型生物であればなんでもよい。ただし特定個人に化けるときは変装扱い。
・いくつか、[キツネの魔法]のキーワードを持つパワーを持つ(クラスのパワーの代わりにそれを取らねばならなかったり、あるいは無償でもらえたり)
・キツネ魔法を使うときは(“化ける”パワーを使用するときを除いて)キツネの姿でいなければならない。
・キツネは動物の姿では装具を使えないので、すべての装具を額にはまった宝珠に吸収してしまえる。そうなると、人型のキャラクターが普通に装具を使うのと全く同じように装具が使えていると看做される(この宝珠は、どうやらお稲荷さんとかでキツネが前足を置いている宝珠のことらしい)。
・キツネの一種としてカンコ(管狐)がいる。が、これが本当にキツネであるのかは不明。

……ということで。
ってーかねー、そこのページに添えられてるキツネのイラストが、天竺国で大暴れをする九尾の狐の浮世絵なんだ……



 ともあれ、そんな感じにキャラクターを作って、さて、セッション開始となったわけです。

 にしても、種族特徴だけでなく、種族パワーが色々入ると(1レベルで“化ける”パワーと“狐の姿で噛み付く”パワー、5レベルでは“狐火”、そして狐パワーを使うときは狐の姿でいること……etc)、なんというか、なつかしの“種族という概念がなく、エルフもドワーフもクラスだった”ころに雰囲気がやや近くなる感じがします。なので、狐バードというよりは“白拍子に化けるのを得意とする狐”だなぁ、と。
posted by たきのはら at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まず、世界設定的なお話。

 システムをそっくり持ってきて演出だけ和モノに書き換える、としても、やはり日本を舞台にした伝奇ものにはそれなりの世界観があります。
 ぶっちゃけD&Dは“中世西洋ファンタジー世界”がベースで、そしてその世界観がシステムに色濃く反映しているというか根となって支えている部分もあるので、そういうところは“今、遊びたい世界向き”に変更しないと遊んでても違和感が出てきちゃう。

 というわけで、本キャンペーンでは、本家D&Dの世界のありようを少しいじってあります。

 ――で、DMにしてワールドセッター、D16氏の言葉を借りるとこんな感じ

逢魔が時、あるいはこの世とあの世

 D&Dのルール的に話します。
 今回のキャンペーン世界での「化け物」の出現についてです。同時に和物世界におけるモンスターの由来について。

 まず、この世界=娑婆世界ですが、一般的なD&D世界とは異なり、基本的にこの世界では化け物は生態的ニッチを得ていません。つまり、D&D世界でドラゴンが産卵するように、和物世界でヤマタノオロチが産卵したりはしないのです(ひでえたとえだ)。
 大まかに言って、ほとんどのモンスターは、“幽冥界”、“根の国”、”影の国”(D&D4thにおけるシャドゥフェル)”および”異郷”、“天狗界”、”かくれざと”(D&D4thにおけるフェイワイルド)に存在し、現世に存在する化け物は稀です。
 D&D4版の世界的にもそうですが、これらの異界は現世と表裏一体であり、今回のキャンペーン世界では一般的なD&D世界よりもより頻繁に現世と干渉し、その狭間が薄くなります。
 結果として、人跡稀な山中に深く踏み入ることで、人は天狗界の妖物や変異と遭遇したり、戦場跡や死の深く染みついた場所には“根の国”の化け物が這い出てくるのです。
 それの最たるものが、丑三つ時、黄昏時等と呼ばれる異界との境界が曖昧になる時間帯です。この時間帯は現世に異界の化け物が頻繁に訪れるため、時には都の大路の上でですら、怪異と遭遇するのです。

 ほかにも、先述したとおり異界と深く結びついた場所(深山、霊地)や死や影と深く結びついた場所に多く化け物は出現します。しかし、彼らはまた現世の存在ではないため、出現してもよその場所に移動したり、現世にとどまり続けるのは稀なのです。

 ただし、遊行の徒は頻繁にこうした怪異と出会います。というのも、道というのはそれ自体が”異界”と深く関わる場所であり、半ば恒久的な“異界”との結節点だからです。

#多くの集落で、集落への入り口で“道切りの儀式”が行なわれているのは、そのせいです。つまり、異界に近い道と定住地とをはっきり区切ることで定住地にこうした異界の滲出を防ぐのです。

 また、道が持つこうした性質により、遊行の徒には人外の化性が時折混じっています。そして遊行の徒もそのことを(定住者よりは)目くじらを立てません。実際、天狗やだいだらぼうの技を認め、修得する努力をしているのも彼ら(遊行の徒)なのです。

 このように現世に密接に異界がリンクしていること、化け物が基本的に異界の存在であると言うことが今回のキャンペーンでの特徴になります。

(キャンペーン説明用のテキストより)
 


 ここでは“遊行の徒”と書かれていますが、これがすなわちPCたちの立ち位置です。里人ではなく、旅をし、さまざまな怪異と関わりながら結果的に里の安寧を保つ(ことが多い)ものたち。

 そして、この輩にはもちろん“化け物”の類が混ざってもおかしくない状態でなくてはなりません。エルフやエラドリンやゴライアスを読み替えた以上、天狗やだいだらぼうはPC種族ですから。
posted by たきのはら at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『曙草東道行』和モノD&D4thプレイレポ:前口上

 えー、D&Dで和モノとか、いきなりわけわかんないこと言ってますが。
 D&D4thのシステムを使い、舞台を応仁の乱前の伝奇な日本に移して遊ぶ、という趣向です。や、せっかくオニも公式モンスターになったことだしね。

 D&Dというメリケンの粋のようなゲームにどっぷり浸かってる関係で意外に思われがちなんですが、私は和のあれこれも伝奇なあれこれもとても好きです。ついでに能も歌舞伎も説話あれこれも好きです。で、今回、D16氏から、4thのシステム使って和モノ伝奇世界で遊んでみない? と言われて飛びついた次第。

 D&Dのクラスや種族はもちろん和モノ伝奇のそれに置き換えます。
 例えばファイターは武芸者、ウォーロードは軍配者、ウィザードは陰陽師や密教僧、クレリックは僧兵や雲水、神職もアリかな、ローグは忍者や悪党で、レンジャーは狩人、ウォーロックは外法使い……
 種族で言えば、エラドリンは大天狗、エルフは烏天狗(天狗の高い鼻は高慢の現われである、ということからエルフ系は天狗に。見た目は別に鼻が高い必要はないよ、と言われました)、ハーフオークは鬼の血を引くもので、フェイ種族として狐や狸もあり。まぁ、とりあえずやりたいものを適宜言って読み替えてみよう……といった感じで。

 その結果できたのが

・人間のローグ。天狗に攫われて無理やり稽古をつけられた野伏扱い。
・ゴライアスのファイター。読み替えると山人の中の用心棒で、だいだら坊の血を引く男。
・キツネのバード。キツネの白拍子。というか怪しい術を使う狐。

 の三人組。いろいろ伝奇っぽくやりたいのでいろいろ使えるところから行きましょうということで、5レベルスタート。

 セッションの音声ログは取ってもらってあったのですが、当時私はどうにもこうにも忙しくレポート執筆はほぼあきらめていたのですが、新兵器ポメラの導入により嘘のように手が動き始めました。

 そんなこんなで、去年の春にやったセッションレポの下書きがようやく上がったので、ゆるゆると報告開始〜
posted by たきのはら at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 曙草東道行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『モンスター・マニュアル2』記念D&D GameDay

 本日(あ、もう昨日か)は、D&D GameDayに遊びに行ってきました。

 モンスター・マニュアル2記念のD&D Game Day。DAC-BITが開催してくれたのに参加してきました。初心者対応がしっかりしてるので、D&Dは4回目、4thは2回目、という友人と、赤箱まではやっていたけれど十数年のブランクあり、という友人を誘って。
 ちなみに4th初の友人もレポート書いてくれてます。こちら
 (他の電源ありゲームはかなりやりこんでて、TRPGも昔はけっこう遊んでたけど)D&D4thは初、なひとから見るとこんなふうに見えました、ということで……

 さすがに「行けばなんとかなるよー」とか言って誘っておきながら当日までフォローなしってのもどうかと思ったので、「大丈夫、どういうキャラかとかキャラシートの見方ぐらいはレクチャーするから」と大きく出てみました。や、実のところ周囲のみなさんが公開してくれてるレビューとかまとめとかを紹介させていただき「この順で読んでねー」とか言ったぐらいだったんですが。というかヘルプお願いしたとき快く色々教えてくださったり資料を下さったりした皆様、本当にありがとうございました。

 そして、習熟度で行けばまぁ私は初心者卓に入れるだろうから、きっとみんな一緒だろうし、遊びながらフォローするんでもいいよね、てな感じで最初っから初心者卓に入るつもりいて、そして普通に初心者卓に座ってたら、何か違ったっぽい。今回の参加PLは10名だったのですが、4th経験ない、まだよくわかってないという人と、まぁ数回はやりましたという人が5:5だったのです。で、経験者。むぅ。

というので以下はネタバレ。
posted by たきのはら at 00:30| Comment(6) | TrackBack(0) | その他D&D | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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