2006年08月23日

シリーズ第9回『夜の女王の秘密』その2:美姫の訪れ

 日々は穏やかに過ぎていく。

 ウィチカは昼間は魔法屋兼雑貨屋兼化粧品屋――つまりウィチカの書いた巻物とアルテアが練った虫除けろうそく、それにパッチーニ商会から卸してきた化粧品「魔女っ娘シリーズ」と「桃色真珠シリーズ」を販売する店――であるところの「ロバと天秤」屋の店主を勤め、夜は呪文書を読み込み、巻物を書いていた。
 本屋のボンバルに言わせると、ウィチカもだんだん店主っぷりが板についてきているらしい。それが客あしらいの面での話であるのか、店に置く商品の選択に関してであるのか、それとも単なるお世辞であるのか……ともあれ、「ロバと天秤」屋の店舗からの売り上げは、ありがたいことにじりじりと上昇していた。

 アルテアは、しばらくコンロの前に陣取って膨大な量の虫除けろうそくを練り上げると、ある朝出かけて行き、数日してから帰ってきた。新しい相棒を見つけたのとアルテアは言った。その腕の中には、少しばかり育ちすぎた感のある猫が抱えられていた。やわらかい毛皮は見事な豹柄で……ウィチカとキースが撫でてやろうとすると、その猫は気持ちよさそうに喉をごろごろ言わせたが、それはなにやら随分不穏当な唸り声に聞こえなくもなかった。
 ウィチカが怪訝な顔をすると、アルテアはにっこり笑って、これは《縮小》の魔法をかけた豹であり、日がな一日小さくしておくわけにも行かないし街中で豹を飼うわけにもいかないから、学院の動物舎のほうで預かってもらえないだろうかと言ったものだった。豹の名前はベラトリクス――戦姫――という大層なものだったが、とりあえず猫に見えるときは「猫さん」と一応呼ぶことになった。やれやれ、フェランがいなくなったらこの家は男は俺だけかよとキースはぼやいたが、それはそれとして「猫さん」に甘えられるのはまんざらでもないようだった。

 そして、キースは、「奇跡の庭」にケシュと一緒に住み、昼間は「ロバと天秤」屋の店員、そして夕刻にはすっかりなじみになった店に行き、剣舞を舞っては小銭を稼いでいた。小銭稼ぎと馬鹿にしたものでもない。キースの剣舞はいつのまにか随分評判になり、その店の定番の演し物ということになっていた。
 いつものように店に入り、時間通りに舞台に立って舞い始めたとき――

 キースはふと、誰かが自分を凝視しているのに気がついた。飲み食いし談笑しつつこちらに視線を投げる客ではない。誰かの視線が自分を射すくめている。振り向くと――真剣に、ほとんど睨みつけるようにキースの舞の手を見つめる美しい女性と視線がぶつかった。
 しばらくキースを見つめると、女性は急にきびすを返した。そうして大して間をおかずに店主が舞台の脇に来て
 「キース、あんたとどうしても今話したいという客が来てる」
 とキースに告げたのだった。

 案の定、あちらだと指し示されたテーブルには、先ほどの女性がついていた。そして彼女を守るように、黒ずくめの服に身を包んだ、なにやら剣呑な雰囲気の漂う男がそのすぐ脇に立っている。
 「どうぞ、おかけになって」
 キースが近づくと、女性はかすかに微笑んで言った。銀鈴を振るような声だった。その面差しに表れた特徴を見て、ああ、彼女も俺と同じハーフエルフなのだなと思うともなくキースは思った。それにしても美しい。妖精の血を引くどころか、妖精そのものといっても嘘にはなるまい。
 「舞台の邪魔立てをして申し訳ありません」
 女性は会釈のように首をかしげて言った。
 「いや、それはどうかお気になさらず。どうせ俺は毎晩ここで踊っているのですし」
 それに、店主からは一晩の稼ぎには十分すぎるほどの金額を既に受け取っている。つまりキースの時間はこの客人たちに買われたというわけだ。
 「伺いたいことがあるのです。
 先から貴方の舞を拝見していましたが……貴方の剣の師匠はどなたでしょう?」
 随分唐突な質問だった。
 「貴方の剣舞の流派はどちらにあたるのでしょう?」
 「……お恥ずかしいが、流派と言うほどのものでもありません。独学の自己流です」
 答えるキースの顔からは、当惑の色がぬぐえない。
 「いずれは剣舞士になりたいと思っています。ですから剣と共に舞う稽古を……」
 「独学で……いえ、見事でした、それでは」
 ハーフエルフの美姫はそういうと少し言葉を切り、そしてまた続けた。
 「『吹雪の剣』を知っていますか?」
 その瞬間、キースは思わず身構えた。背後で鞘走る音がしたのだ。肩越しに気配をうかがう。そうだ、彼女が連れていた黒ずくめの護衛だ。
 「……おだやかじゃないな……」
 静かにキースは言う。知らぬといったら斬られるのかな。だが、申し訳ないが知らない。
 「そうでしたか。セライオ、この人は私たちが探していた人ではなさそうです」
 キースの答えに、美姫はあっさりと頷いた。背後では剣が鞘に収められる音。キースの背中を冷や汗が伝う。冗談ではない。それに――吹雪の剣といったらまったく知らないわけではない。俺が今持っている剣呑な『颪』と同じ、四方の風の剣のひとつじゃなかったか?

 なおも表情がこわばったままのキースに、女性はにっこりと微笑みかける。
 「お邪魔をして申し訳ありませんでした。私はタチアナと言います。『吹雪の剣』のことについて調べているものです。……貴方ほどの剣の名手ともなれば、いずれは『吹雪の剣』について知ることもありましょう。そうしたら、私を訪ねてきて、あなたが知ったことを教えてください」
 「貴方を訪ねる? ……でも、どこに」
 「『妖精の臥所』という店に、私はおります。どなたにでも訊いていただければおわかりになります」
 「それよりは俺の店のほうがいいだろう」
 黒ずくめの護衛のほうが急に口を開いた。
 「俺は『香る木蓮』の差配をしているセライオだ。タチアナに会いたいときはまず俺に話を通せ。そのほうがやりやすいだろう」
 どうやら親切に言ってくれているようなのだが、その口調にどことなく馬鹿にしたような響きが混ざっているような気がして、キースはなにやら随分と嫌な気分になった。

 が、とにかく仕方あるまい。
 それに、キースは『風の剣』についてはこの剣呑極まりない二人連れに嘘をついている。早く帰ってウィチカたちと善後策を相談したほうがよさそうだ。
 そう思うと、キースは渡された金袋を懐に押し込み、店を出て「ロバと天秤」屋を目指したのだった。

このシーンの裏側。
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2006年08月22日

シリーズ第9回『夜の女王の秘密』その1:帰途

 日の暮れかけた街道を、馬車はごとごとと進んでいた。
 どことなく、しめやかな道行だった。
 馬車の御者台でトトとセセの手綱を取るアルテアが、何か物思いに沈んだ風でしゃべりも笑いもしないからである。ウィチカもキースもあえて声はかけない。ドルイドが関わる多くの動物達の中から、たった一頭、特別なものとして常に傍らにいた相棒を失った……それに対してどう言ってやれば慰めになるのか、察するに余りある。
 「そんなに長くは泣かないよ」
 アルテアはぽつりと言ったのだった。
 「生きているものはいずれ死ぬのだもの。それは仕方のないこと。でもわたしがあそこで突っ込めといわなければフェランは死ななかった。それは仕方のないことじゃない」
 アルテアがそういう以上、その「そんなに長くない期間」は、そっとしておくのが一番だろう。それがウィチカとキースの考えだった。
 フェランはレンデの村の奥の薬草園に葬った。そこはウィチカが亡き父パッチーニから譲り受けたもので、そして面倒を見ているのはアルテアやタムリスだったから、仲間だったフェランが眠るにはまことにふさわしかった。

 と、トトの足が進まなくなった。
 ぼんやりと悲しみに呆けていたアルテアの顔が引き締まる。
 「……虎!!」
 低く鋭い声に、ウィチカとキースも身構える。
 「どうする? 追い払うか?」
 「わたし達を襲うつもりらしい。……人喰いだね」
 「仕方ないわね、可哀想だけど」
 トトとセセに止まるように言い、三人、馬車から降りて薄闇の道の向こうの虎に身構える。餌にするには剣呑、と見て取った虎は逃げ出すが、逃げ切れるものではない。

 その晩、そろそろ休もうという頃。
 今度はゴブリンが森の陰からこちらをうかがっているのにキースが気がついた。どうやらワーグに乗っているもののようだが、なに、たった一匹、はぐれ夜盗だろうたいしたことはない片付けてしまえとキースが駆け寄った瞬間、ゴブリンはなにやら叫び声を上げ、同時に背後の森からウィチカとアルテアに矢の雨が降り注いだ。どうやら野営の準備をしている間にすっかり囲まれていたらしい。
 「間抜けもいいところだ、呆けている暇はなかったね。……森の中は、任せて」
 歯軋りのように言いざま、アルテアは射手を始末しに森の中に駆け込んでいく。

 森はドルイドの味方、愚かにも森に隠れたゴブリンたちはあっという間に片付いたが、草地に雁首を揃えている頭領とその直属の配下どもはどうにも手ごわい。ウィチカとキース二人の手にはどうにも余る。自分の仕事を終えて森から駆け出してきたアルテアも加勢するが、これまたフェランを亡くしたのがよほど堪えたか、さっぱり腕に勢いがなくなっている。こうなってしまうと、フェランの牙がない分、一行のほうが不利である。じりじりと削られながら……とうとうキースがうめくように言った。

 「離れてろ」
 そして、腰の曲刀に手をかける。

 こうなってしまっては、ウィチカとアルテアは近寄りようがない。キースの視界に入らないように避けながら、とりあえずアルテアは熊を呼び出してゴブリンにけしかける。大丈夫、キースがゴブリンどもを片付ける頃には、わたしの魔法も終わって熊も元いた場所に帰るわよ。

 そして結局、そのようになった。
 疲れ果てて座り込んでいるキースに癒しの魔法を施してやりながら、アルテアは小さく溜息をついた。
 わたしは森や大地とともにあるものとして、もう少し自分のあり方を考え直して見なきゃいけない。フェランを失ったのは悲しいけど、呆けてばかりもいられないし。……大地の助けがなければわたしは結局無力なんだわ。

 考えるのはいいことだよ、と、キースが答えて言った。
 『颪』を抜いたが最後、俺は考えることができなくなる。その分、あんたが考えてくれ。

 ともあれ、そんな風にして一行は無事、エンドゥー・ガルダに帰りついた。
 途中で街道の災いとなっていた人喰い虎と、それに、ここ最近随分と悪名が高くなっていた夜盗一味であるところの『斧のスニグと兄弟団』を片付けたというので、それはそれとして、周囲からは随分と感謝されたのだった。


このシーンの裏側。
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2006年08月17日

シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』目次

えーと、なんか思いっきり順番がたがたになってますが。
渡竜第8回のレポート目次です。

頑張ってレポ書こう!! と思って一晩ちょいで残り半分が上がったあたり、「やりゃできるんじゃん」なのか「時間がたって記憶が磨耗してて、かけることが少なくなった」のか(遊んだのが3月半ばだから、実に5ヶ月近くが経過している)。

ともあれ。

前口上
その1:旋風の記憶
その2:語られること・語られぬこと
その3:白秋の剣
その4:邪教の丘へ
その5:ノールの陣
その6:死者の穴倉
その7:剣の王
その8:秋風の剣

と、こんな感じで。
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シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その8:秋風の剣

 無言のまま、キースは剣を抜いた。
 それに倣って他の面々もラーザールを囲むように散開する。
 「……全員でかかってくる、というのか」
 ラーザールの声があざけりの色を帯びた。
 「戦士としての誇りを捨てたか、小僧」
 「命あるものの誇りを捨てたお前よりマシだ!!」
 たたきつけるようにキースが叫んだ。同時にフェランが矢のように舞台に駆け上がる。回り込もうとしたとき、殆ど悪夢のようにラーザールの曲刀が引き抜かれていた。切っ先が弧を描ききったとき、フェランの身体はは胴から真っ二つにたたききられて舞台の上に落ちていた。

 キースが舞台に駆け上がるより早く、言葉にならない叫びを上げてアルテアがラーザールに飛び掛った。続いてキース、タムリス。ウィチカの顔が歪む。唇を曲げたまま、巻物を探る。なんてこと、こんなことになるんだったら攻撃用にもっと巻物を持ってくるんだったわ。それとも油びたしの呪文でも。奴の手にかけてやればあの忌々しい刀をすっぽ抜けさせてやれるのに!!

 タムリスが倒れ、アルテアも死線をさまよう。冬間近の鋭い風のようにラーザールは荒れ狂う。手にした曲刀が憎らしいまでに鮮やかな弧を描く。サイリエンが治癒の棒状を振るうが……間に合わない。手数がたりない。ついに覚悟を決めたようにサイリエンも武器を手にした。
 大丈夫なの、死者には触れられないのではなかったの、武器を構えながらアルテアが問う。
 いいのです、この戦いを戦い抜かねば何事も成りません。忌みごとにこだわっていた私が誤っていたのです。答える声はさすがに掠れている。

 ともあれ、死者が真の死を迎えるほうが、一行の誰かの――フェラン以外の――命の火が消えるよりも早かった。倒れたラーザールから、剣――これこそが秋風の大剣、『颪』であった――と篭手、それに本来は彼が身につけるべきではないエルフの手になる鎖帷子を取り戻す。
 それはキース、すべてお前が身に着けるといい、そうタムリスがいい、誰もがうなずいた。奴とお前の因縁を断ち切ったのはお前なのだから、お前にはその権利がある。それに――そもそもお前は奴からこの剣を取り上げようとして、この地下神殿に挑んだのだから。
 が、キースが戦利品を確かめようとしているのを見て、タムリスは慌ててその手を引っつかんで止めた。
 「待て、その剣はいかん」
 「どうして」
 「そいつは対の剣の片割れなんだ。対になる小剣を持たない状態でそいつを抜くと、『すべての命あるものを刈り取る』秋風の力を制御できないとかなんとか。……そいつを抜くのは、斬らなきゃいけない相手だけが目の前にいるときにしてくれ」
 そして、肝心の「対の小剣」とやらは、かつてキースがラーザールから奪い取り、逃げる最中にどうやら川の中に落として失ってしまったもののようだというのだった。その川も確かに見つけたが……過日の落し物が水底で落とし主を待っているなどという都合のいいことは、どうやらないようだった。

 では、後は人質を助け出すだけだな。
 タムリスが言った。
 生きていればな、と返事をしかけて、キースはさすがに言葉を飲み込んだ。冗談としては出来のいいほうではない。
 「攫われた隊商の人たちは……さっきの『倉庫』に収められていた身体の数からして、もう残っていないかもしれない。でも、学院からの調査隊の生き残りがいるかもしれないわね」
 ウィチカがあっさりと言った。そう、事実は事実よ。

 それで、さきほど、ラーザールのいた舞台の間に向かうときに見送ってきた怪しげな扉を開いた。
 中は石造りの部屋になっており、天井からはいくつも檻がぶら下がっている。檻の中は空のようでもあり、人が倒れているようでもあり……
 「気をつけろ!!」
 突然、ひとつの檻の中で誰かが身じろぎし、叫んだ。
 「ワイトだ、あっちに3匹……」
 人影の指差す片隅から、確かにおぞましい――見た目よりもなによりも、そいつが何を仕掛けてくるかということを考えると、真に忌まわしい存在が三体、闇から滲み出すように立ち上がったところだった。
 キースが殆どうなり声のような溜息をつき、そして言った。
 「外に出てろ」
 そして、『颪』を抜いた。

 怒号が聞こえなくなってから、一同はそろそろと再び扉を開けた。
 そっと開けた隙間から覗くと、キースの剣は手でなく腰の鞘に収まっており、そしてキースは殆どその場にくず折れんばかりの顔をして肩で息をしていた。それを見届けてから一同は慌てて小部屋の中に飛び込み、キースの傷を癒してやり、それから天井につるされたすべての檻を下ろした。さっき警告の叫びを発したのは死霊術学科の魔法使いで、ワラディという男だった。他にも調査隊のものはいたのだが、これは檻に叩き込まれたときの傷が元で、とっくに命を失っていた。

 死者を葬り、ワラディを助け出し、そして――こんな日も差さない、そして忌まわしい場所に相棒を残していきたくないとアルテアが泣くので、フェランの亡骸も抱えて――地下から流れ出す小さな川を伝って一行は神殿を抜け出した。道々ワラディの話を聞くに、どうやらこの秋風の剣が凄まじい魔法の力を秘めたものであることを知ったノールどもは、剣の力と、ノールの神の配下となった『グールの王』の力を借りて、この地にノールの神の次元界に繋がる門を開こうとしていたものらしかった。その門を開く儀式のために生贄が必要となり、それでグールの王から借り出したグールをつれて隊商や村を襲っていたと、経緯はそういうことであった。

 グールの王の代理戦士が倒れ、剣もこちらの手に渡った。
 である以上、ノールどもはまたもとの野犬に戻るのだろうな、だからといって奴らが危険でなくなったわけではないが。
 そう、ワラディは結んだ。

 アルテアだけが会話に加わろうとしなかった。
 わたしはもう無茶はしない、愚かなことはしない。わたしがかっとなってフェランを飛び掛らせていなければ。

 だが、すべてはそのように終わってしまったのだった。
 レンデの村へ戻る一行の上に、葬送の秋風の記憶を拭うように、いっそう鮮やかさを増した緑の陰が落ち、微かに熱を含んだ風がわたっていった。

 確かにこれから夏が訪れるところなのだった。


このシーンの裏側。
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シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その7:剣の王

 ここでは休息はできない。敵の巣の中でなど休めるものか。
 ありったけの装備と手持ちの呪文を確認し、癒しの棒状の力で傷を治せるだけ治すと、一行は先を急いだ。
 洞窟の奥へと歩を進めながら、キースの脳裏を、ふとある映像が掠めた。それは……たしかにこの場所だった。俺はここに来たことがある、そう、小さくキースはひとりごちた。そうだ、俺はここに来た。そうして……何があったのだろう、そう、何か――強大な何ものかと戦い、何かから逃げ、そうして……地下の川に……

 「思い出しましたか?」
 サイリエンの声がした。サイリエンは気遣わしげにキースの横顔を覗き込んでいた。
 「俺はここで何者かと戦った」
 キースは静かに答えた。
 「奴は……二刀を操る手練れだった。見事なシミターを自分の身体に連なるもののように操っていた。素晴らしい剣士だった。が、おぞましい存在だった。姿かたちはたしかに人間のそれだったが、その顔は腐り崩れたグールのものだった」
 「……思い出したか」
 タムリスが相槌のように言った。
 「お前はこの地下で、奴――剣の王、ラーザールと一騎打ちをした。そして奴の左腕を切り落とし、剣を持って逃げたのだ。が、この腐れ神殿から脱出するときに、折悪しくワイトの群れと出くわし、谷川に落ち……後は知ってのとおりだ」
 「そのワイトどもが俺の力をいいように削いだというわけだな」
 苦笑交じりにキースは言った。
 「で、どうだ。そのラーザールは強かったのか。かつての俺が一騎打ちを仕掛けてやっとのことで片腕を落とせたほどだ、強かったのだろうな」
 「伝説が真であるなら」
 タムリスは間髪いれずに答えた。
 「二分八分で、まぁ、お前が負ける」
 「俺たち全員でかかってもか?」
 「……構わないのか?」
 「生きてこそ、だ。一騎打ちにこだわるつもりはない」
 さらりとキースは答えた。
 「だいたい、そのラーザールは結局何者なのだ。俺はこれから奴と戦うのだろう、いまさら隠しっこは無しだ」
 ひとつため息をつくと、今度はサイリエンが答えた。硬い声だった。
 「ラーザールは……逃げ込んだか、それとも目的あって下ったか……ともあれ、この神殿の中で、『グールの王』のチャンピオン、すなわち代理戦士になったのではないかといわれています。そして、その座を得るために、恋人であったはずのエルフの姫を贄に捧げたのではないかと」

 沈黙が落ちた。
 キースが小さく頷く。

 そのとき、フェランの耳がぴくりと立った。一瞬張り詰めた空気に思わず息を飲んだ一行の耳も、同じ音を捉えていた。
 
 洞窟の奥から、聞きなれた――しかし聞こえるはずのない――音がしていた。
 鋲を打ったブーツの靴音。ゆっくりと重い足音。そして鎖を編んだ帷子が歩みにしたがって揺れる、戦装束の衣擦れの音。

 ひょお、と、風が鳴った。
 いや、風ではない。刃が空気を裂く音だと、じき知れた。
 思わず、足が止まった。

 二度、刃の唸りを聞いた。
 それから、歌声。
 洞窟の空気を韻々と震わせ、朗々たる歌声が響き渡ってきた。その声は美しかったが、何か背筋に寒いものを注ぎ込むような響きであった。その調べも美しかったが、どこか隠し切れぬ闇を含み、聞くものの心を波立たせた。歌を織り成す言葉の意味を言うものは居なかった。一行の中の誰かはそれを解したかもしれないが、しかし、たとえ知っていても敢えてそれを解こうとは思えない類の言葉の響きであった。
 この歌声は聴いていてはならない。
 誰もが反射的に、そう思った。

 しかし、進まないわけにはいかないのだった。
 洞窟の回廊を回るか、それとも――枝道の先に見える怪しい扉の中を先に改めるか。

 しばし顔を見合わせ、そして誰も何も言わぬまま、回廊の先へと一行は歩を進めた。

 回廊を抜けた先は地下の大広間となっていた。
 広間の奥は一段高く明るく舞台のようになっており、そして明かりに照らされ、一人の男がゆったりと歩を進めているのが見て取れた。

 ――この光景は見たことがある。
 キースはしばし呼吸をするのを忘れた。そう、わけのわからぬ悪夢の中で、幾度となく見た光景。
 この世ならぬ光に照らされた舞台の上で、永遠に歩み続ける「もの」。かつて“剣の王”と称された男の――なれの果て。姿かたちは偉大なる剣士、だが、その顔は忌まわしいグール。身にまとうは――おそらくかつて想い人であった女性――いや、彼が本気で彼女を愛したことなど一瞬でもあったのか、もとから仕組まれた悲恋ではなかったか――から贈られたものであろう、エルフの手になる繊細で強靭な鎖帷子。背に一振りの曲刀を負うその堕ちたる剣士は、しかし、左腕の肘から先が無い。

 「ラーザール……!!」
 キースは低くうめいた。
 答えるように舞台の上の男は足を止め、そしてこちらに顔を向けた。
 くずれた腐肉の張り付いた顔の中で、熾火のように瞳が燃えていた。
 「……お前か」
 地獄の闇を思わせる声で、ラーザールは唸った。
 「俺の左腕を奪ったお前が、またここにやってきたとは」



このシーンの裏側。
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シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その6:死者の穴倉

 あらためて見回すと、そこは向かい合った二つの壁に出入り口の切られた、石造りの小部屋だった。ずっと上にぽっかりと開いた青天井からはしばらくノールどもが覗き込んでいるようだったが、やがて立ち去ってしまった。
 「『奴らはどうせ穴の中の連中に食われちまう』そういっていたようだったな」
 タムリスがぽつりと言った。

 つまり、この穴の中には危険極まりない連中がうろうろしているということだ。つまり……
 壁に切られた二つの出入り口の向こうを見透かしたキースが顔色を変えた。
 「グールだ。両側からやってくる」
 挟み撃ちのつもりか。
 「二手に分かれて入り口を守るしか……」
 アルテアが言いかけるのに、キースは首を振った。
 「頭は使いようだ。盾は壁にもなる。足止め袋の予備はあるか?」
 アルテアが頷いて荷の中から足止め袋を取り出すと、キースはにっと笑い、二つの足止め袋を一方の出入り口の両壁に押し付け、そこに担いできていたタワーシールドをぴったりと押し付けた。
 「気付いていてもだ、やっぱりグールに挟み撃ちなんざされたくないやな」

 一方の通路からやってきていた二体のグールは、大して苦労もなく葬った。しかし、反対側から来ていたはずのものが、しばらく貼り付けられたタワーシールドと格闘した挙句、ぞろぞろとたった一つ開いた入り口から入ってくる。フェランの牙までは呪文で強化したが、暇はそこまで。次々と入ってくるグールに部屋の半ばまで押し込まれる。しかも、サイリエンは「自分は死者には触れられない」と言う。ウィチカが剣を取るのは最後の最後だろう。人数では一応遜色はないものの、狭い部屋の中で死者がおとなしく死の床にもう一度横たわったときには、全員が肩で息をしている。

 本当はこのままここで篭城して一夜を越したいところだった。ノールのパトロールにノールの陣、それに今回のグールの一団と戦って、ウィチカの呪文はだいぶ心もとなくなってきている。が、足止め袋が盾を止めつけておける時間はさして長くない以上、篭城もやはり危険なのだった。何か状況を突破するものがないかと、先行してここで倒れた人たち――一人はおそらく雇われものの傭兵、もうひとりは絶対図書館司書のウォーシュネイ・バズデン師であった――の身体を探ってみたが、巻物が数本あった以外には、これといってめぼしいものはない。おそらくノールに捕らえられて穴に放り込まれる前に、すぐ使えるようなものはすべて取り上げられたのだろう。そもそも、「司書」はすなわち聖職者であり、聖職者の用いる呪文はウィチカには使えず、かといってアルテアが使うにはやや無理があるような呪文ばかりなのであった。

 「私がなんとかしましょう」
 不意にサイリエンが言った。
 「この死者の巣窟ではどのみち私は無力なのですから」
 自分の肉体的な力を削って呪文の力に変える、そういう魔法の系統があって、彼女はそれを使えるのだと言う。
 「この呪文を施せば、光の鎧をまとうことになります。死者たちはその光の前にあっては目がくらみ、力を失います……が、光である以上、死者たちから隠れて進むことは出来なくなります」
 遅かれ早かれどうせ奴らには見つかるんだ、頼む、そうキースがいい、タムリスも頷いた。それに、キースとタムリスの立ち位置によっては、彼らに死者たちが気を取られているうちに、ウィチカとアルテアが何か上手く動ける可能性もある。

 そうして、光り輝く男たちを先頭に、一行はグールと戦った小部屋を出た。
 廊下を少し歩くと、何やらおぞましい気配の漂う小部屋の前に来かかった。キースの身体から発する光がちらりと見せたのは、食い散らかされた死体が折り重なって倒れている様子だった。そしてキースが通り過ぎた後、アルテアがそっと部屋の中をうかがうと、どうやら死体の中に隠れたつもりらしい何かがもぞりと動いた。
 グールに似ているが……グールよりもさらにおぞましい見てくれと顔つきをしている。腐り落ちて捥げた手足を握っていたあたり、おそらくはここで食事中だったところを、キースの光を見かけてあわてて逃げ隠れしたというところだろう。
 これ以上死にぞこないどもと戦うのはたくさんだ。
 が、背後から襲われるのはそれこそ冗談ではない。

 まずアルテアが腐乱死体の影に隠れながら部屋に侵入し、一拍おいてキースとタムリスが走りこんだ。
 相手はガストで、文字通り死闘になった。が、勝った。それで十分だ。

 死にぞこないどもの餐に供されるべく置かれていた身体は7名分。
 そして、うち一人は、学院の紋章を縫い取った緑色のケープをまとっていた。どうやら――先行組は随分酷い運命にとじこめられたままらしいのだった。



 このシーンの裏側。
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2006年08月16日

シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その5:ノールの陣

 フェランが睨んでいるほうを見ると、たしかにノールの一隊が見えた。ノールが四頭にハイエナ一頭。おそらくはパトロールといったところか。幸い、向こうはこちらに気がついていない。そして、ここでなら……戦いの気配が環状列石の周りに陣を張る連中に気付かれる恐れもない。
 一行は馬を降り、丈高い草に身を伏せて風下からノールどもに近寄った。大丈夫、私もサイリエンもいるのだから、この草地は私たちの味方、そう、アルテアは囁いた。

 確かに勝負はあっという間についた。
 陣容を聞き出すため、どうやら一人、まだ命が残っているノールの息を吹き返させる。さすがに息があるだけあってそのノールはパトロール隊の隊長であったのだが、そこは隊長だけあって口が堅い。キースが『違い牙』の首を鼻先に突きつけようとも、サイリエンが言葉を尽くして説こうとも、薄ら笑いを浮かべるばかりである。わずかに口を滑らしたらしいひとことふたことから考えるに、どうやら連中は四-五頭で一隊を組み、それぞれにハイエナを連れているらしく、そしてそのような隊があと6つ7つはあるらしい。
 そこから先は何をどうやっても口を割らせることができなかったので、声を上げたり仲間の元に駆け込んだりできないように口と手足を縛り上げ、草地に転がしておいた。――呪わしい命であってもその場で絶つことをサイリエンが是としなかったためだ。戻ってきたら解いてやる、だからせいぜい俺たちの無事を祈れ、そう言い捨てながらキースは、この場でとどめを刺すのとどちらが残酷なのかとかすかに唇を歪めた。

 そこから先は、草地に忍んでノールの陣に近づくことにした。馬を駆って一気に抜くことも考えはしたが、いっせいにかかってこられたら相手取るのにはやや荷が勝ちすぎる。
 私が囮になります、そうサイリエンが言った。
 ノールたちが私に気をとられているうちに、陣のもっとも薄いところを突いてそこを抜き、そこらじゅうのノールに殺到されないうちに環状列石の中の地下神殿に飛び込むのが一番楽でしょう、大丈夫、私はいざとなれば楽々と逃げ切ることができるのです。

 それで、二手に分かれることになった。
 サイリエンが一行とは反対側からノールどもに近づく。
 一方こちらは、近づけるだけ近づいた後、チューチューを斥候に出して陣立てを調べる。見つかっても、イタチなら怪しまれないだろう。
 戻ってきたチューチューの言うには、二本足――すなわちノールが38に四本足――すなわちハイエナが10はいたという。思っていたよりもう一回り手ごわいようだ。これは、十分に準備を……

 と思った瞬間、フェランの足元で小枝がぽきりと音を立てた。
 狼の姿を認めた瞬間、ノールどもはにわかに色めきたつ。しまった、いきなり真昼間から現れる狼など、その後ろに駆け出しドルイドがいることを声高に呼ばわっているようなものだ。
 「フェラン、行きなさい!!」
 アルテアはとっさに叫んだ。テントのひとつからわらわらとノール兵とハイエナが飛び出してくる。が、神殿の入り口も目の前だ。立ちふさがるものを殴り飛ばしながら走りぬいてしまえばなんとかならないこともないだろう。ウィチカやキース、タムリスもいっせいに走り出す。
 先行したフェランがどうやら囮の役目を果たしている。フェランがハイエナやノールを振り払いながら駆けていく後を人間が武器を振り回しながらついていく。どうにか最初に相手取った一隊を片付けたと思ったところで、騒ぎの元はサイリエン――向こう側で暴れているハイイログマ――だけではないことに気付いた一隊が喚き叫びながら殴りかかってくる。ダメだ、これ以上はもたない。
 「ウィチカ、こっちだ!!」
 とっさにキースがウィチカを抱え上げる。
 「行くぞ!!」
 そのまま一気に走り、地下神殿へ開いた穴に身を投げ込む。フェランも、アルテアもそれに続く。
 
 で、全員が手ひどく石の床に叩きつけられたのだが、どうやら命を落としたものはない。手や足がろくでもない方向に折れ曲がったのは、治癒の魔法を込めた棒状をアルテアが振るって治した。
 で、落ち着いてみれば、さっき身を投げた床には、どうやら自ら飛び込んだのではないがゆえに着地をしくじったか、頭の鉢が割れて死んでいる冒険者風の男が二人。
 一人は板金鎧に大剣を携えており、一人は僧服。身体を改めると、「絶対図書館」の「司書」である。先行した一行は、どうやらノールに捕らえられ、この穴に投げ込まれてしまったらしい。

 ため息をついていると、不意に頭の上に影が差し、そして大きな白鳥が一直線に穴の中に飛び込んできたのだった。
 「無事でしたか。こちらも、無事です」
 白鳥は穴の底についたとたん、サイリエンの姿に変わった。
 「よかった、では、行きましょう」




このシーンの裏側。
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2006年08月03日

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』目次

 というわけで、久々に気持ちよくキレイにまとまって、なんか「忘れる前にー!!」と第8回・第9回をすっとはして書いてしまった第10回です。
 それでもなんだか忘れたりしてまして。
 せっかく録ったログが全然生かされてない、というか、いざとなったらログがあるさという安心感にしか繋がってないわけで、これはちょっと考えを改めないといけないなぁ、と。

 てぇと、こういうのはどうだろ。
 最近はダイジェストとか言っててもやはり長くなるので、それぐらいの気持ちでどっとこちらに書いてしまい(それでもだいたい所要時間48時間ぐらい? 仕事が詰まってきたせいもあるけど、書くスピード絶賛低下中ー。まずいなぁ)、そのあとログ聞きながら細かいところを埋めていくとか。
 いや、リプレイじゃないんで、ログを参照しながら書くのって実はけっこう時間ばっかりかかって効率悪かったりするのよね。

 あとは、今回「ログ録ってるから大丈夫ー」ってメモをかなり放棄してて、それで記憶の減衰が酷い勢いでレポートに反映されてるわけですが、でも、一度メモを放棄してみると、メモを取るべきところ、メモを取らなくても覚えているところ、ログ参照の手間を惜しんじゃいけないところ、随分わかってきたような。

 うん、まだまだ頑張ろう♪

 というわけで目次ー。

前口上
その1:祭りの支度
その2:絶対零度の戦い
その3:戦いの場所は……
その4:そして、決戦準備
その5:ふぇすてぃばる・らぷそでぃ1
その6:ふぇすてぃばる・らぷそでぃ2
その7:挑戦者の憂鬱
その8:剣を巡る人々
その9:中庭騒動1
その10:中庭騒動2
その11:秘密の網
その12:ほどける謎、そして……
その13:決着

と、今回はこんな感じで。
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シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その13:決着

 明けて夏祭り六日目は、スタジアムでは『スパイア・ペリラス(危難の塔)』――これは、2本の塔を設え、それぞれの下にひとりずつ競技者を置いてどちらが早く頂上まで到達するかを競うもので、ところで競技者は登りながら対の塔にいる競技者にどんな妨害をしかけてもよく、さらに塔そのものにも性格の悪い罠が満載されているという、まぁ、そういうシロモノである――にファイアボール投げ競技――読んで字のごとくであり、飛距離と破壊力を競う――と、力術学科の若い衆が大喜びで参加するようなシロモノが1日中続いていたのだが、『ロバと天秤』の面々はそれどころではなかった。

 まず、朝早く、明日の魔法決闘の次第を告げに立会人がやってきた。
 そして、一緒にハンス教授も。
 立会人がしきたり通りに決闘の作法と次第を告げると、そのあとハンス教授がなんとも言いがたい顔をして口を開いた。
 「で、だ。
 作法は作法なんでまず型どおりに口上は述べたがな。
 実は、ヴィッキーが逃げた」
 「はぁ!?」
 そこにいた面々の顎がかくんと落ちる。
 「あれだけの騒ぎを起こして、しかもティラノの制御も失敗したからなぁ。ランドシャークに乗ったまま逐電したらしい。まぁその、身を隠しておいて決闘の場には戻ってくるかも知れんが……まぁ、そういうことだ」
 それ以上何も言わずに、教授は立会人と一緒に店を出て行った。
 去り際にウィチカに意味ありげな目配せだけを残して。

 昼もそれなりに忙しかった。
 今回のヴィッキーの不始末は魔法市預かりということになったので、ヴィッキーの私物には調査の手が入ることになり、それで魔法市警備要員の立会いの下、ヴィッキーのテントが改められた。どこかにユニコーンが囚われているはずだとアルテアが言うと、それはこれではないかと一枚の絵を渡された。その絵にはユニコーンが描かれていたのだが、ざっと調べたときに魔法の気配がしていたものだという。
 で、警備要員の一因として立ち会っていたハンス教授が絵に解呪を施すと、中から一頭の子供ユニコーンが怒り狂ったまま飛び出してきた。アルテアが慌てて飛び込んでなだめなければ、いきなりハンス教授を蹴りつけるところだった。
 で、とにかく助け出したユニコーンをトレントのところに連れて行く。どうやらこちらはひとまず解決ということらしかった。
 他の魔獣や獣たちからも話を聞かねばならなかった。全員、ヴィッキーに魔法で魅了されていたので詳しいことはわからなかったが、どうやら死んでしまったティラノと逃げてしまったランドシャーク以外はすべて国境の森から来たものらしかった。
 ――自分達はみなヴィッキーに誘われてここに来た、最後にトレントも来たが、彼は変わり者でヴィッキーが好きじゃないみたいだった。いつも塞ぎこんでいて、付き合いも悪かった。
 彼らはそんなことを言っていた。

 そして、キースはキースでいろいろと忙しいようで、その午後いっぱい姿を見なかった。

 で、翌朝。
 スタジアムの決闘の円の中に、ひとり立つウィチカ。
 観客席で固唾を飲んでヴィッキーの到着を待ち受ける人々。
 ……が、来ない。
 涼しい朝の空気に熱気が混ざり。
 場内の緊張が怒りを帯び始め。
 日はやがて天頂を過ぎ。
 立会人がウィチカの不戦勝を宣言する。
 小さな歓声、盛大なブーイング。――が、ともあれウィチカの勝ちは勝ちに違いない。

 で、店に戻るとキースがウィチカに金袋を放って寄越した。
 「うん、これは店の取り分ってことで。俺、実はあんたに賭けてたんだ」

 どうやら昨日の午後いなかったのは、盗賊ギルドに話を通して、50gpずつの小口で20口、合計1000gpをウィチカの勝利に賭けたということらしい。
 「まぁ、1割は手数料で取られたけどな、悪い商売じゃなかった」
 いきなり賭けを持ち込んだことを怪しまれて、実のところギルドのほうにはヴィッキーが逃げたことを吐いてしまってはいたのだが、そこはそれ、ギルドもウィチカに賭けるつもりだったから、徹底した緘口令を敷いてウィチカに賭けたときの掛け率を保ったらしい。
 「本当は4:1のはずだったんだがな、ぎりぎりで3:1に落ちた。やられたよ、タチアナが大口でウィチカに賭けたんだ」
 どうもキースが相談しに行ったこと、その晩ヴィッキーが来なかったことあたりから、この状況を予測して賭けに乗り出したらしい。
 あの姫様も、あれはあれでちゃっかりしているのかもなぁ、と、キースは小さく笑った。

 ともあれ、有意義な夏祭り期間ではあった。
 パッチーニ商会との提携、街での評判――街の保安を守ったものとして、そして高品質の化粧品屋として――そしていざりのバスラへの貸しひとつ。最後のは、なんでもウィチカが勝つ状況を作り、そのことをちゃんとバスラに教えて儲けさせてやったじゃないかとキースがねじ込んだ結果らしいが。

 祭りが終わってしまえば本格的にきつい日差しの季節がやってくる。
 魔法屋として、雑貨屋として、化粧品屋として……考えることはいろいろある。去年はこんなこと考えもしなかったのにねと言い交わす。

 暮れかけた冒険者小路を、奇跡みたいに涼しい夕風が渡って――暑い暑い一日が終わる。



このシーンの裏側。
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シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その12:ほどける謎、そして……

 大騒ぎではあったが、そういえばとりあえず『午前中の用事』が片付いたという、それだけの話でもあるのだった。
 教授たちが引き上げた後、ウィチカは魔法市の店に戻った。キースはこれからタチアナに会いに行くというので冒険者小路の家に戻り、衣服を整えなければならなかった。そしてアルテアはというと、ヴィッキーが逃げてしまったので一旦魔法市あずかりということになり、学院の奥の森で待機ということになったトレントに話を聞きに行くといって、その肩にちょこんと座り込んだまま一緒に森へと消えていった。
 
 で、のんびり話すトレントに午後じゅうかかってアルテアが聞き出してきたのは、どうもヴィッキーは、トレントが親代わりをしていたユニコーンの子供を捕まえ、それを人質代わりにしてトレントに言うことを聞かせていたらしいという次第だった。
 ――エンドゥー・ガルダのずっと西、国境のデルス・ドル・イーのあたりでな、奴がやってきてわしの預かっていた子をさらい、無事返して欲しくば自分が満足するまで自分に従うようにと言ったのだ。
 悲しかったし悔しかったとも。だが、わしにはあの子がどこに隠されているのか皆目見当もつかん。なにしろ会わせてくれんのだ。無事な証拠を見せろというと、たしかにこれは生身のユニコーンから引き抜いたばかりの尻尾を持ってきてなぁ……
 だまされているのかもしれない、だがここで自分が逆らえばあの子は殺されてしまうかもしれない、それではあの子の親にも申し訳が立たない、そう思ってずっとしぶしぶながら奴に従ってきたのだ……

 大丈夫あいつは逃げてしまったしあなたは自由、ユニコーンの子供については、私たちが必ず助けてあげるから、そうアルテアは請合ったのだが、なにしろトレントの話をすっかり聞きだした後のこと、森から出てきたときにはもう日は暮れかけている。

 一方でキース。
 戦いの疲れを背負ったままタチアナに会いに行くわけにはいかないから、一度戻って身なりを整え、タチアナの店である『妖精の臥所』に乗り込む。

 キースが入っていくと、タチアナは淡い笑みを浮かべ、無言のままその手を取って寝椅子に導こうとした。がキースはそっとその手をはずし
 「違う、俺は貴女と話をしにきただけだ」
 「どなたでもそのようにおっしゃいます」
 「……本当に、話すために来た。時間が惜しい、野暮な言い訳をさせないでくれ」
 おや、とでもいうようにタチアナの表情が揺れる。
 「では、そちらにおかけください」
 寝椅子の脇の椅子を勧め、自分も向かいに腰を下ろす。
 この世のものとも思えない美姫にまっすぐに見つめられ、しばし口ごもった後キースは話し始めた。
 「先日は店で騒ぎをおこしてしまったことを、まず、詫びたい。だが、あの時も貴女に話があっていったのだったが。
 それからもうひとつ詫びたいのは――俺は、あなたに嘘をついていた。初めて会ったとき、俺は風の剣のことなど知らないといった。が、あれは嘘だ。俺は秋風の剣を持っている」
 タチアナの表情に、さほど大きな驚きはない。やはりそうか、と頷くような風情さえあった。
 「それと最後に詫びなければならないのは――風の剣のことを問われたあと、実は貴女のことを調べさせてもらった。だからその……貴女が許婚の命を奪った冬の剣の持ち手を捜していることを、俺は知っている」
 タチアナの表情が、一瞬固くなった。
 「だから、俺は――貴女の役に立てると思う」
 構わず、キースは続けた。続けるしかなかった。
 「俺が持っている秋風の剣は、実は対になった剣の一方のみで……だから俺はこれから先、対の剣を探すことになる。その過程で手に入った剣についての情報は、すべて貴女に話そう」
 タチアナの目に驚きの色が浮かび……そして、ゆっくりと微笑が広がった。
 「ありがとうございます、キース」
 タチアナはしなやかな指を述べ、その両手でキースの手を包み込んだ。
 「そういっていただけるとは思っていませんでした。感謝します」
 「そ、その、そうだ、それでなにやら取引みたいになってしまって無粋なんだが」
 一瞬声がうわずりかけたのを引き戻して
 「実は、俺の仲間が、貴女のところに通い詰めている――」
 チビデブハゲエロオヤジ、とするりと口から出かけてあわてて引き止める。
 「ヴィッキーですか?」
 「そう、奴とトラブルを起こして、明後日魔法決闘ということになっている。まぁその、腕が違いすぎるんで、勝ち目はまずない。で、大変申し訳ないのだが……」
 「手を引くように私から頼んで欲しい、と?」
 「そうだ、迷惑料はきちんと払う。あなたにも――奴にも」
 「わかりました」
 タチアナはなにやら可笑しそうにくすりと笑った。
 「話はこちらからしましょう。かかった費用については、あとで必要になった分だけをお願いすることにいたします。よろしいかしら?」
 「無粋な話で申し訳ない。ああそれと――」
 言いかけ、キースは口ごもった。
 剣のことなら俺がいくらでも調べられる。だから貴女はこんなところでこんな仕事をしなくてもいいじゃないか――まさかそんなことは言えない。
 「なんでしょう?」
 「いや、なんでもない、これで全部だった」
 「……そうですか。でも」
 そういって、タチアナは花のようにやわらかく微笑んだ。
 「あなたのお話を伺えて、本当に心強く思えました。――感謝いたします」
 そうして、もう一度両の手でキースの手を押し頂くようにしたのだった。
 「俺も――貴女の役に立てることがわかって嬉しい。
 次は、具体的によい知らせを持ってくるから」
 タチアナを痛々しく思う気持ちを悟られないように微笑み――そしてキースもその場を辞したのだった。

 長い一日だったね、と、魔法市の店に三人、いや、タムリスとベラトリクスも一緒で四人と一匹、顔を合わせてため息をつく。まだ夜も序の口、客足は途絶えていないが、とてもとてもまともに店をやる気にはなれない。朝も昼もひと騒動だったのだから。
 と、そこへ本日最後の騒動のネタが乗り込んできた。
 ウィチカの義母、メルグラである。
 「さあさあみなさん、お商売はこれからでしょ!! なぁにをぐったりしているのかしら?」
 「……や、昨日まではきちんと商売してたんですけどね。今日はろくでもない騒ぎが続きまして」
 キースが魅力的な、だがやはり疲れを隠せない笑顔で言う。
 「ええと、くたびれているのは今だけです。ちなみに今回の売り上げはこんな感じで……」
 アルテアが売上帳を持ってきてメルグラの前に置くと、メルグラの目が丸くなり……
 「まあまあまあ、紫薔薇が!! 22個も!! まあまあまあまあ!!」
 「黒真珠も桃色真珠も明日にはほぼ売りきりの目処が」
 「まあまあまあまあ!!」
 小躍りせんばかりに叫びだしたのが、どうやらウィチカの心に火をつけたらしい。疲れ果てた表情がぬぐったように消えたかと思うと、いきなり棚に一個残ったほれ薬をがっしとつかむ。

 「おかあさま? 私たちの店の実力、おわかりになりまして?」
 「ええええ、もちろんですとも!!」
 「そこでご提案なのですが、本格的に提携しませんか?」
 そして、メルグラの目の前に惚れ薬をとん、と置く。
 「これを――おわかりになりますか?」
 メルグラの目がもう一段階丸くなる。
 「惚れ薬。本物です。それゆえに使い方を誤れば、犯罪扱いされる恐れもありますが……」
 「本物の惚れ薬が店にあるというだけでも、宣伝になるわ……!!」
 メルグラの声、興奮のあまり微かに震えている。
 「そうでしょう? お義母さまにはこれを差し上げます。ほかのものについてもご相談に乗りますわ。そのかわり……」
 どうやら店の中空に、また幻の竜虎が火花を散らし始めた模様。結局この惚れ薬1本の対価として4ヶ月間化粧品の卸値を1割五分引きということで話が決着し、新たな商展開のもくろみに鼻息を荒くして帰っていくメルグラの後姿を見ながら――キースがげっそりとした声で呟いた。
 「おい、本当に長い一日だったよなぁ……」



 このシーンの裏側
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シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その11:秘密の網

 塔の下には教授たち――レイムダル教授、それにハンス教授もいる――そして彼らに囲まれて、一人の男が腕を切り落とされて引き据えられている。
 ウィチカとアルテアはその男に見覚えがあった。
 「……ネズミさん!!」
 同時に二人が叫ぶ。そう、あれはウィチカの卒業の時。学院を出て移り住むはずの家の前の借主が実はろくでもない魔術に手を染めていたり、ついでにそいつは幽霊になって大変仕上げのいい細工物の中に潜み、ウィチカのクラスメートのカスガを散々な目にあわせたりしたときに、その事件の解決を手伝ってくれた――まぁ半分は説教強盗みたいな手伝い方だった気もしたが――その男だったのだ。

 「お前がネズミか。では、あの哀れなハーフゴーレムは『象』だったのだな」
 エイヴォン教授は冷たい口調で言い放った。
 「レイムダル、これもお前の卦に出ていたことか」
 レイムダル教授、何も言わずに、だが、その口元には微かに笑みが浮かんでいる。
 「なぜ我々にそれを言わぬ、おかげで……」
 「しかし、何事も結局はなかったではないですか。得た情報がもっともよく活用されるように明かすのも私の務め」
 エイヴォン教授は突き刺すような目でレイムダル教授を睨みつけていたが、やがて視線をはずした。
 「それがお前のやり方だったな。……まぁいい、そのうち『微笑み』のが来るだろう。その男の尋問はあ奴に任せればいい」

 「……お前らは間違っている!!」
 引き据えられていた“ネズミ”が急に怒鳴りだした。
 「魔法は人間がうかつに手を出していいものじゃない、それは間違いなくろくでもない結果につながる!!」
 「――でもそれを言うなら」
 アルテアが応じる。
 「剣士だって同じでしょう。振るった剣が人に当たれば……」
 そういいながら広場のほうを指差す。が、
 「そうだ、だが剣士と違ってお前たちは直接手を下すことがない、そしてお前たちが気づくのは、ことが手遅れになってからなのだ!!」
 ネズミは叫び続ける。
 「いいか、若い魔法使い、覚えておけ、禁ずべき手段に手を染めたものの末路を!!」
 『微笑みの』アイヴィックが到着し、引き立てられていきながらネズミは声の限りに叫び続けた。
 ――ええ、落ち着いてください、怒鳴らずに、わめかずに、すべてを話してください、いいえ、じきに喜んですべてを話したくなりますよ……
 相変わらず口元にやわらかい笑みを浮かべながら語るアイヴィックの声がだんだん遠ざかり……

 「これで、とりあえず半分は終わりました」
 レイムダル教授は穏やかな口調で言った。
 「彼らの狙いの半分は、あの秋風の剣でした。そのため剣をお借りしましたよ。――よい、囮となってくれました」
 ――囮? いったいこの教授は何を言い出すのだ。こいつはいったいどれだけのことを知っていて、どれだけを明かしていて、どれだけを隠していて――そしてどれだけを偽っているのだ。
 「すべては、卦のとおりです。それとも」
 「お前の計画通りとでもいうのか」
 ハンス教授が口の中でぼそりと呟いたとき、急につかつかとウィチカがレイムダル教授の前に進み出た。一瞬教授の顔を睨みつけたかと思うと、次の瞬間、思い切り平手打ちが飛んでいた。
 「あなたの計画は正しいかもしれない、あなたの考えた結果は正しく収まったかもしれない、けれどすべてを明かさずに人を動かすあなたのやり方は、気に食いませんっ!!」
 教授は驚いたような顔でウィチカを見つめていたが――ややあって、やはり穏やかな口調で答えた。
 「そうです、しかし知り得たことを適切なときに適切な部分のみ明かし、その時には不必要な言葉で人を惑わさないようにすること、もっとも必要な部分を明かすことで事態を適切な方向へ収束させるべく人を動かすこと――それも『占術』のうちなのです。
 あなたの気に食おうと食うまいと、私はこの学園のためにもっとも必要なことを行うのみ。
 人は知りえたことに従って行動を決定します。その行動まで見越して情報を与え、未来を読むこと――それこそが『遠見』なのです。魔法で何かを知ることではなく、その知り得たことをもってこちらから先行きを決定すること――そう、もっとも強力な魔法は――」
 魔法でない魔法、使用されぬ魔法、と繰り返すと、レイムダル教授は言葉を切り、静かな、だが揺るがない視線をウィチカに返した。ウィチカは返す言葉もなく、ただ一歩も引かずにレイムダル教授を睨み返す。

 教授の頬に、微かに笑みが上る。
 「よい弟子をお持ちだ」
 そうハンス教授に言うと、レイムダル教授はきびすを返し、塔へと戻ろうとした。が、そこにはアルテアが立ちふさがっている。
 「あなたの考えはわかった。けれど、今は明かされていないだろうあの人々の目的の『残りの半分』を告げていってください」
 さすがに教授の頬から笑みが消えた。
 「告げることはあなたのためにならない。知らなければ問われることもない、覚えておきなさい」
 「知らなければ守ることも、対処することもできません」
 「知っていれば守れるのか」
 「それはあなたの決めることではない」
 こちらも一歩も引かない構え。だが教授はアルテアの脇をすり抜けると無言で塔の階段を上っていってしまった。


このシーンの裏側
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2006年08月02日

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その10:中庭騒動2

 その頃、広場の入り口の戦闘も熾烈を極めていた。
 殴りかかってくるギラロンに、アルテアの手から炎が飛ぶ。
 「弓の稽古をしてたのがこんなところで役に立つとはね!!」
 1頭はアルテアの炎とタムリスの剣で何とか倒しきったが、やはり2頭目となるとさすがに手に余る。と、その時。
 「助けが、いるかぁ〜」
 檻の中から森語でトレントが叫んでよこした。
 「頼むわ!!」
 叫ぶアルテア。この状態でまさかトレントを暴れ魔獣扱いする奴もいないだろう。ギラロンに再び炎をぶち込み、さすがに足元がおぼつかなくなったタムリスを癒してやり、今ではもう猫の手だって借りたい。
 で、のしのしと出てきたトレントは目の前のギラロンを殴り飛ばした。
 ああ、もっと早く加勢を頼めばよかった。そう全員が思ったかどうかはともかく、大木の一撃を食らった四本腕のゴリラは広場の半分の距離を強制飛行させられた挙句地面に激突し、ぴくりとも動かなくなった。

 奥の戦いは長引いていた。
 ランドシャークは思い切り負けが込んでいたし、打つ手打つ手ことごとく失敗したヴィッキーは殆ど泣きそうになりながら(一度逃げ腰になったのを、見事にウィチカに首根っこを押さえられていた)最後の呪文を唱えた。必死の思い虚しくティラノが威嚇の叫びを上げた瞬間、ヴィッキーはわけのわからないことを叫びながらウィチカの手を振り払い、ランドシャークに飛び乗ると地面にもぐって逃げてしまったのだった。
 となると、ウィチカもせっせと地面を油びたしにしたり魔法の矢を打ち出したり、それにヴィッキーが逃げ去るまではランドシャークに魔法を鎧わせてティラノの爪を反らしたりはしていたが、決定力に欠ける。油の効果でティラノの足元がおぼつかないうちにどうにかしてしまわねばならない。頼みはキースだった。が、これまたティラノの爪にざっくりと削られ、吹き出す血の間からちらちらと白い骨が見えていた。形勢はどうにも不利だった。

 「私の力が必要なようね」
 再びエイヴォン教授が言った。
 「マイジンナ、そうよね?」
 そしてゆったりと微笑み、ティラノを睨みながら肩で息をしているキースを後ろから抱き寄せる。
 「こちらへいらっしゃい」
 そうして振り向かせた顔を冷たい両手で挟む。
 「え!? な、なにを……っ」
 赤い瞳の奥に、漣のように笑みが浮かんだ。
 「私の命を分けてあげましょう」
 唇を動かさない、囁き。そしてキースの唇に教授の唇が重なる。
 「……んっ……」
 唇の間から流れ込む、暖かい、甘い、苦い液体。それが血であると思ったときには思わずそれを飲み下してしまっている。血を飲み込むのと同時に傷がふさがる。上がっていた息が静まる。だが――心臓は早鐘のように打ち始める。手を離されて思わずよろめいたキースを見て、教授は満足そうに微笑んだ。
 そして、もう一度キースのほうに手を伸べる。思わずキースも歩み寄りかけた、その瞬間、
 「そこまでです!!」
 マイジンナの鋭い声がして、教授の身体が引き戻された。腰の鎖が鋭く引かれたのだ。まぁ、無粋なこと、とでも言うように教授はねっとりと微笑む。

 「……そこまでです」
 マイジンナは容赦がない。不満げに肩をすくめると、教授は再び呪文を唱えた。指先から打ち出された光線は、どうやらティラノの体力を大幅に奪ったらしい。
 「よし、あとは任せろ!!」
 キースの声がやけに大きかったのは照れ隠しが半分入っていたかもしれない。
 そして、キースは颪を抜いた。

 「……キースが我に帰るまで、近寄っちゃダメです」
 ウィチカが押し殺した声で言った。
 「そうさせてもらう」
 面白くも何ともない声で答えたマイジンナは、既に教授にマスクとチョーカーを付けさせている。
 ティラノが倒れ、周囲に動くものが何もいなくなって――もちろん、あまりに危なっかしいので隠れているのである――ようやく我に帰ったキースが颪を鞘に収めると、ようやく状況が確認できることになる。

 鍵を開けて回っていた男は、エティンに殴り殺されて倒れていた。ローブを引き剥がすと、せむしと見えたのは、人間の片腕を切り落とし、そこにゴーレムの腕を継いであったからだと知れた。
 ハーフゴーレム――たしかに人の身でありながらゴーレムの膂力をも手にすることができる。が、ゴーレムというのは要するに土くれに土の精霊を宿らせたものである以上、人の心と土の精霊と、二つの精神が一つの身体に宿ることになる。そして土の精霊はしばしば人間の心を押しつぶし、本体を乗っ取って狂わせてしまう――今回の騒動はそんな狂ったハーフゴーレムが引き起こした事故であろうと思われた。

 ……が、どうやらそれだけではない。
 倒れたハーフゴーレムを目にしたエイヴォン教授の顔からさっと血の気が引いたのだ。それは怒りのあまりであろうことは表情を見ればすぐわかった。そしてそれがハーフゴーレムという手術に対してであろうということも、その視線を追えば見て取れた。
 ――ブランカめ!!
 低く押し殺した鋭い叫びが仮面の隙間から漏れたのを、アルテアの耳は捕らえていた。
 「……ブランカ?」
 さすがにこれは歩み寄って、その耳にアルテアは囁いた。大声で聞く話ではなかろうと思ったのだ。
 「盗み聞きが得意か、エルフ!!」
 しゃがれた罵声が返事だった。今まで一度として聞いたことがない教授の声であり、口調だった。一瞬ひるんだが、アルテアは穏やかな口調で返した。
 「おかげで生き延びてきました」
 「では今度はそれで命を縮めるだろう」
 にべもなく言い放つと、教授は周囲を見回し、鋭い口調のまま言った。
 「これは陽動だ、『遠見の』レイムダルめ、私にも――八教授にも、情報を漏らさないとは!!」
 そして意外な成り行きに呆然としている一同に向かって顎をしゃくってみせた。

 「謎解きはこれからだ、来い」



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シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その9:中庭騒動1

 魔獣たちの檻は魔法市第一会場であるところの学院中庭のすぐ外側の広場にある。ここまでは一般人も立ち入りが許されている。それだけに被害の拡大も恐ろしかった。魔法使いなら自力で何とかできないまでも、自分の身ぐらいは守れるだろうが……

 ようやく檻のあるところまでウィチカとキースが駆けつけたとき、その場は恐るべきことになっていた。檻から抜け出したティラノサウルスがのしのしと歩き回り、二頭のギラロンが壊れた檻から首を突き出している。炎巨人に二頭のトロールの檻の鍵を壊した何者かは、ついに最後のエティンの檻の鍵を壊しにかかっているところだった。
 「ちくしょう、ちくしょう!!」
 わめいているのはドリスール。鍵を壊す怪人物を目の当たりにしながら、しかし巨人とトロールを抑えるのに手一杯で何ともしようがないらしい。それでもその三体だけでも抑えきっているというのがまずは見事。
 「させないわよ!!」
 怪人物――えらく大きな身体つきのせむしの男、ローブを着込んでいるので詳しい姿かたちはよくはわからないが――がとうとう最後の鍵を壊しきるのと同時にウィチカが叫んだ。黄金の粉が男の身体を覆い、男は目がくらんで方向を失う。それどころか自分が解放したエティンの檻に突っ込んでしまう。

 怪人物はエティンに始末させておくことにして、一番危険なのはティラノサウルスだ。あんたなんとかしなさいよ、とウィチカが口いっぱいにヴィッキーに怒鳴りつけるまでもなく、ヴィッキーのランドシャークがティラノサウルスの足を止めようと襲い掛かる。昨日の闘技場の再現、だが今回は見世物ではない。

 「出ちゃダメ!! ベラ、あのトレントを守りなさい!!」
 広場の反対側でアルテアの叫ぶ声がした。どうやら騒ぎを聞いて駆けつけてきたらしい。見ると二頭のギラロンが檻から抜け出して、トレントの檻にアタマを突っ込もうとしたところにベラトリクスが飛び込んだところ。

 「戦場」は完全に三分されていた。
 広場の奥ではティラノサウルスとランドシャーク、そしてヴィッキー、キース、ウィチカ。
 中ほどではドリスールが三体の巨人をどうにか押さえ、その脇ではエティンがまだ目がくらんだままのせむし男と殴り合っている。
 「おじょうちゃん、そいつらは頼んだ、こっちはこの三体で手一杯だ!!」
 ドリスールが叫ぶ。ギラロンは諦めたらしい。
 そして、広場の入り口では突然飛び込んだ邪魔に激昂した二頭のギラロンとアルテア、それに駆けつけたタムリス。ベラトリクスは最初は確かにトレントを守る形になったものの、あっという間にギラロンの爪に引き裂かれ、逆にトレントの檻に逃げ込んでいる。

 数では一応遜色はないが、なにしろ相手は衆目を驚かすためにつれてきた大怪獣ぞろい、しかも闘技場での意趣返しとばかりにティラノサウルスはランドシャークを滅多打ちにする。慌てているせいか、再びティラノサウルスを制御下に置こうとするヴィッキーの試みもことごとく失敗する。もう打つ手はないのか――

 と、その時。
 広場を囲む建物の屋根に、二つの人影が立った。
 ひとりは死霊術学科長エイヴォン教授。本日のいでたちは肌もあらわな紫のドレス、それに黒い日傘を差している。相変わらず顔の下半分を覆う無骨なマスク、細い首に巻きついたチョーカーとチェーン。そして腰にも鎖が巻かれ、それは隣に立つ司祭マイジンナの手にやはり握られている。
 「マイジンナ」
 戦いの喧騒に不似合いなほど穏やかな声で、エイヴォン教授は言った。
 「これは絶体絶命の危機ではありませんか?」
 マイジンナは答えない。
 「拘束を解いてはいただけませんか?」
 一瞬置いて、マイジンナは答えた。
 「拘束、第二段階まで解除します」

 首から鎖が外れた。
 顔からマスクが落ちた。
 血のように赤い唇がやわらかく動いた。
 「ああ、やっと舌に物を差し込まれた状態でなく、ものが言えます」
 今までとはまったく違う、甘い、甘い声。そう、落ちたマスクの内側には確かに口の部分に突起物がついている。これが舌の下に差し込まれていたのではろくに声も出せまい。ましてや呪文の複雑な音韻を再現するなどもってのほか。
 「そうでしょう、マイジンナ?」
 そういって緩やかにほころんだ唇の隙間から。
 白く光る尖った……牙?
 
 「さぁ、参りましょう」
 そういうと、教授はいきなり屋根から身を躍らせた。マイジンナもひらりと飛ぶ。
 教授はキースの目の前に着地した。両足と片手を付いて大地の上に身を沈め――一瞬呆然としたキースを見上げて、かすかに唇の端を吊り上げる。
 「貴方が、あれと戦うのね?」
 肌に絡みつくような声で言われ、慌ててキースは一瞬舞い上がったドレスの帳の向こうに見えた透き通るように白い脛の残像を頭から追い払った。
 「では、助けてあげるわ」
 白い指がキースの首筋に触れる。ひやりとした感触に思わず身を震わせた時には、キースの腕に魔法の腕力が宿っている。<牡牛の万力>である。
 そして、同時にキースは気付いていた。
 教授のあらわになった肌についている無数の引っかき傷。今にも血が滲みそうなその傷のひとつが、呪文の完成と共に青白い肌の上から消えうせたのを。
 「さあ、お行きなさい」
 それをキースが気付いたことを知ってか知らずか、教授は殆ど凄艶なまでの笑みを浮かべてキースの耳元で囁いた。まったくもって戦場向きの情景ではなかった。

 
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 16:37| Comment(5) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その8:剣を巡る人々

 夏祭り5日目の朝は随分と暑かった。
 アルテアに店を任せ、ウィチカとキースは学院に向かう。レイムダル教授の塔まで、剣に関する調査結果を聞きに行くつもり。魔法市の間、学院構内には「秘術魔法使いとその補助1名」しか入れないので、アルテアは留守番ということになる。

 塔の前まで来ると、なんということか、そこには見覚えのあるランドシャークが鞍をつけてうずくまっていた。ということはヴィッキーがここに来ているのだ!!
 慌てて塔に駆け上がり、レイムダル教授の部屋の扉の前に立つ。もれ聞こえてくる会話からするに、どうやらヴィッキーも剣に関する情報を探りに来ているものらしい。冗談ではない。だいたい今、件の剣はレイムダル教授の下にあるのだ。それをヴィッキーが知ったら……
 どんどんと扉をたたき、レイムダル教授を呼び出す。ヴィッキーもついでに顔を出して、心底うんざりした顔をしている。が、負けてはいられない。
 「貴方は今朝は私たちより早く来たかもしれませんけど、私たちはもう数日前にこの日のこの時間に教授への面会を予約していたのですよ!?」
 ウィチカが言い切る。
 「それはそうだ。では、ヴィッキー殿、貴方は塔の下で待っていてください」
 教授の言葉に、ヴィッキーは憎さげにウィチカとキースを睨みつけ、塔を降りていく。窓から見下ろすと、ヴィッキーは入り口につないだランドシャークの鞍の上で不貞腐れている様子。あんな近くでは魔法で盗み聞きでもされたら溜まったものではないと心配になったキースが、市のほうで待っていてくれるように頼んだが、これはヴィッキーからあっさり拒否された。――私がどこで待つかは、それは私の決めることですからね

 仕方なく、そのままレイムダル教授のもとに戻る。
 「貴方は……あのヴィッキーにも剣のことを話そうとしておいででしたね」
 単刀直入にキースは切り出した。
 「正当な調査料を払うということでしたから。それは正当な取引です」
 「だいたい、奴は何を貴方に訊こうとしていたのですか?」
 「それは依頼者の情報です。貴方にお話しするわけには行きません。
 「……では、俺が、奴には情報を渡さないでほしいと頼んだ場合は」
 「それは出来ません。」
 「それじゃ、俺が何を訊いて行ったかということを奴が問うた場合は」
 「もちろん、彼にそれを知らせることはありません」
 「では、実は俺が秋風の剣の持ち主であるということは」
 「……問われない限り話すことはありません」
 どうにも幾分ひっかかりの消えない会話ではあったが、ともあれ、まずは得るべき情報を得ないといけない。颪の対の凩の剣の在処と、そして他の三振りの風の剣の話を聞いてしまわねば。

 「では、お尋ねの件ですが」
 レイムダルは落ち着いた口調で語り始めた。
 「まずこの剣の対となる『凩』。これは現在、四本指の男の手の中にあり、未だ鞘から抜かれることなく眠っています。
 夏の剣『嵐』は現在南海地方にあります。多島海に浮かぶ島のひとつ、ガランティア島に住むドワーフの魔法剣士、『つるっぱげの』ブリン、もう少し典雅な呼び名でいえば『解放者』ブリンが所持しています。彼はこの剣をふるって南海の島々を開放して回ったといわれています。
 そして春風の剣、『花信風』を持つのは『銀の髯』のコーリオ。代理決闘人で、各地を流れ歩いています。所謂、色男というのでしょうかね、流れ歩いた各所で女性との浮名が絶えません。まぁ、『花信風』そのものが、そのようなものの手にしか収まることはないという話でもあるのですが。
 そして、冬の剣」
 ここでレイムダルは一息ついた。
 「この剣の持ち主については、一番不可解な点が多い。この剣の所持者は『北風の若殿』ローラン、貴族を専門とする暗殺者にして処刑人といわれています。不思議なことに、この剣の持ち主の名はいかなる時代の伝説においても常にローランであり、また彼の伝説は大陸の各所に散っています。であるから、この冬の剣を運ぶものは歳を取らないのだとも、すべて同じ名を名乗るのだとも、複数名のものが同時に存在するのだとも、それとも人でないのだとも言われています」
 ……あまりにも雲を掴むような話です。あのタチアナが魔法による追求を諦め、街で血の通った情報を探そうとするのも無理はないかもしれない。

 静かにレイムダルは溜息をつき、言葉を切った。
 「話はこれですべてです。剣をお返ししましょう」
 戸口まで送り出されながら、ふとウィチカは昨日のことを口にした。
 あのヴィッキーは、呪文ではなく脅迫か何かでトレントを従えているみたいなんです。それは認められるのかしら。
 それを耳にすると、レイムダル教授は薄く笑っていった。
 「心術学科の人間はね、こんなことを言うのですよ。魔法は一時的に人の心をゆがめて思い通りにするに過ぎない、魔法でゆがめるのではなく、相手のほうから己の望む行動を取るように動かすこと、すなわち魔法を使わない魔法こそが最大の奥義であるのだ、と」

 言いようのない苦い気分が場を覆った。
 ウィチカが何か言い返そうとしたとき、窓の外が急に騒がしくなった。
 「ティラノが逃げたぞーーっっ」
 喉が裂けそうな悲鳴が響いた。
 「檻の鍵を壊している奴がいるっ!!」
 ウィチカとキース、思わず顔を見合わせる。半瞬の後、二人は一散に塔を駆け下りていたのだった。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 14:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その7:挑戦者の憂鬱

 店が一段落してしまうと、さすがに今度はアタマを働かさないといけない。
 というか、店が一段落するころを狙って、ハンス教授がぬっと入ってきたのだ。
 「おい、ウィチカ、お前いったいどうするつもりだ」
 「いや、どうするもこうするも、やるしかないんでしょう?」
 「やるしかない、ったって。どうやって生き延びるなりやり過ごすなりするつもりだ」
 教授、既に「勝つ」という言葉は使うつもりがないらしい。
 「とにかくだ、なんとか打てる手は打たないと……ウィチカにありったけの装備を持たせて」
 「待ってよ」
 キースの言葉をアルテアがさえぎる。
 「それよりは状況を変えたほうがいいんじゃないの。つまり、先にヴィッキーをこの街にいられないようにしてやれば……」

 たっぷり10秒間、沈黙が落ちた。

 「……いやそんな乱暴な」
 最初に外れかけた顎を元に戻したのはハンス教授。
 「乱暴かしら。やり方はいくらもあるでしょ? たとえばキースがタチアナに会いに行って何か根回しを頼むとか」 
 「それぐらいだったら『街にいられなくしてやる』とかいう表現はせん、ああ、ほかの例は挙げなくていいからな。そうだ、根回しだな、話の通りやすい筋から相応に金を積むなりなんなりして、『学院出たばっかりの娘っこと決闘なんて大人げない』と向こうが手をひくという形にしてもらえばとりあえずなんとか」
 早口で教授がまくし立て始めたところで、新たな人影が店の戸口を入ってきた。

 「聞いたぞキース、トレントを脅迫してるふざけた奴に喧嘩を売ったって?」
 タムリスである。やはり魔法市見物ついでに一同の顔を見に来たらしい。
 「俺じゃねえよ、ウィチカだ。で、許しがたい、決闘だってことになったんだが、まともに行ったんじゃ勝ち目がない、どうする、と」
 「ふむ、そういうことか……まったく許しがたいな。で、いつやる?」
 「いつって!?」
 にやりと人の悪い笑みを浮かべるタムリス、仰天するキース。
 「だって、やるんだろ? 俺だってそんなことは許せないさ。とらわれのトレントを解放するんだろ、そして……違うのか??」
 その場にいたタムリスとアルテア以外の人間は全員机の上に突っ伏していた。
 「……ったく、どいつもこいつも!!」
 キースがうめくと、タムリスは真面目な顔になり、
 「だがなぁ、実際今回のヴィッキーの話はこちらにも届いていてな。サイリエンも心配してるんだよ。何か人質だか“トレント質”だかを取られて無理やり従わされているんじゃないか、と」
 だからなんとかトレントを逃がせないか、と続くわけなんだが。

 で、一同、頭を抱える。まったくもって厄介ごとばかりが起きる。ひとつづつでも解決していかなければ。
 幸い、例の秋風の剣についての答えは明日もらえるしな。
 そうキースがいうと、ハンス教授が眉を顰めた。
 「なんだ? まだはっきりした答えを貰ってないのか? ……おかしいな。時間がかかりすぎている。調べ物だったらレイムダルはレジェンドロアを使うはずだ。あれならわかる限りのことは一日たたずにわかる」
 「でも、4日かかるという話でした。……あの剣のことだけでなく、対の小剣やその他の風の剣についても調べ物を依頼したので」
 キースが答えても、それでも何か解せない風に教授は首をひねっていたのだが。

 ともあれ、と教授は急に居住まいを正して言った。
 「ウィチカ、俺はお前に正式な決闘の作法を伝達しに来たんだった。まず、決闘の開始1時間前に闘技場に来て、すべての事前呪文を解呪される。それから立会人の下、まず第一手は防御呪文、その後攻撃呪文だ。魔法使いはまず己の身の限りの呪文で戦うことになる、そして……」
 「それじゃ、手数の多いほうが断然有利なんじゃ……」
 「そうなるな」
 教授、にこりともせずに答える。ようやく血の気が戻ってきていたウィチカの頬から本格的に血が引く。
 「わ、判りました、明日、俺、タチアナに会いに行きます。で、なんとかヴィッキーに話を通してもらうようにします。ダメだったら……」
 「ダメだったら俺のところに来い。お前が俺の弟子なのはみんな知ってるから、今回は俺は立会人にはなれん。そのかわり、呪文の選び方なり何なり、多少は入れ知恵ができんでもない」
 それだけ言うと、教授、席を立った。

 となると、まずはキースの働きに期待するしかない。
 直接タチアナに会いに行っても待ちぼうけを食わされるだけなのは既に知れているので、キースは香る木蓮亭まで行くと裏口から入り、セライオを呼び出した。
 「……よぅ、シティボーイ」
 第一声がこれである。にやりと笑っているところを見ると、別にあの騒ぎで店に甚大な被害が出たというわけではないらしい。というか、要するに俺達はありがちな山出し連だったってことか。そう思いがいたるとまた転がりまわりたいほどアタマに血が上ってくるのだが、さすがに今は何とか抑えて、タチアナと二人きりで話がしたい旨を申し出る。
 「それは……普通に彼女の客になってもらうしかないな」
 そう、セライオは言った。
 「客になるなら100gp、タチアナの時間のみを買うなら25gpだ」
 「時間のみだ。話すことは山ほどある」
 「わかった。……明日の朝か午後なら空いているが?」
 「午後にしてもらえるか? 朝は別に用事がある」
 朝の用事を済ませなければ、タチアナに話せることはおそらく半分以下になってしまう。明日朝、レイムダル教授の下に、剣に関する調査結果を聞きに行くのだから。

 というわけで無事に約束を取り付けて店に戻ると、ウィチカとアルテアが困惑した顔で1枚の紙を眺めている。
 「こちらはどうやら約束は取り付けたが……それは?」
 アルテアが無言で紙を渡してよこす。
 「投げ文。ついさっき放り込まれたの」
 ウィチカがぼそりと言う。
 困惑も当然、そこには盗賊文字で「もし話ができるようなら地下の入り口に合図を出しといてくれ」と殴り書いてあったのだ。

 そうこうするうちに日が落ち、店を閉める時間になった。それまでにまた化粧品は売れ、さらにはウィチカはなにやら煮え切らない風情の青年――おそらくは学院の1年生あたり――に惚れ薬を売ったりしていたのだが。しかも
 「この薬は確かに魔法がかかっています。人の心を貴方に向かせます。でも、それはほんの一押しでしかありません。その後、思い人の心を貴方が手にして置けるかは貴方次第。いいですか、真に強力な魔法とは使われない魔法、呪文の詠唱から生まれるものではない魔法なのですから」
 という、ありがたいお説教つきで。

 ともあれ、日暮れだった。
 冒険者小路の家に戻った一行、まずは下水から家の地下室へと入る通路に虫除けろうそくを炊く。それが合図になって入ってきたのはいざりのバスラ。
 「よう、清掃員」
 昼間セライオに鼻で笑われた仕返しのようにキースが言うと、バスラ、小さく笑って肩をすくめる。が、
 「粋っぽい挨拶はどうでもいいから、扉!! 下水の扉もこっちの扉も全部閉めてきたでしょうね!?」
 ウィチカの怒鳴り声のほうがまずはその場を制していたり。なにしろあの下水、凄まじい巨大昆虫がうじゃうじゃしているのだ。
 「ああ、閉めてきたとも。……で、だ。
 お前ら、なんとかしてヴィッキーに勝てないか?」
 ええ!? と本日何度目かにキースの顎が落ちる。冗談じゃねぇ、示談にしてもらおうとおもって仲介者頼むつもりだったって言うのに、とはさすがに吐けない。
 「いや、さ。金だよ。わかるだろ? 賭けだ」
 「……そんなこったろうよ。率はどのくらいだ」
 「1:4」
 「俺達の勝つ確率は2分か」
 「そんなに高いかよ。8分が真っ当なアタマの持ち主で、残りの2分はわけのわからん奇跡にかけてるおめでたい連中ってだけだ。が」
 バスラ、キースを向いてにんまり笑う。
 「実際にお前らが勝てば大もうけだ。まぁ、うちが胴元なんでどっちに転んでも損はしないはずだがな、大穴に賭けたいってなぁ、わかるだろ? な? ちょいと考えといてくれ、なんだったらマジックアイテムも格安で貸してやるから」
 それだけ言うと、バスラ、またするりと下水の奥へ消えていく。
 最後の最後にだけ、当事者のウィチカにちらりと手を振った。

 どうにも前途多難だった。



 
 このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 11:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その6:ふぇすてぃばる・らぷそでぃ2

 翌日は夏祭りの中日で、前日は魔法使い同士が魔法の腕を競い合った同じスタジアムで、魔道大動物園が開催される。これはせっかくだからみんなで見に行こう、ということになり、3人はのんびりと冒険者小路の家を出た。と、小路の入り口で、例のゴミ投げ小僧がつまらなそうに犬の耳を引っ張りながら座り込んでいる。
 「おい、坊主、どうした」
 キースが声をかけても口を尖らせたまま。
 「遊びに行かないの?」
 「かあちゃん、仕事ー」
 ウィチカが声をかけたのに、さらにつまらなそうな声で答える。
 「おや、だったら連れてってやろうか、動物園? 母さんに挨拶してこよう、な?」
 キースがやたらいい兄さん振りを発揮する。

 ゴミ投げ小僧の母親は屋台の揚げパン屋で、魔法市にやってきた大量の客を相手に、それはもう目が回りそうな忙しさといった様子。小僧の兄姉も母親の周りでパン生地をちぎって捻ったり揚がったパンに砂糖とシナモンを振ったりとせわしない。たしかにこの状態ではまだ小さな小僧は邪魔にしかなるまい。
 どうやらお子さんが一人で手持ち無沙汰なようだから、こちらでお祭りにお連れしましょうかというと、母親は大変喜んで、それじゃお願いしますといった。ちょっとだけ年嵩の子供が案の定「いいなぁ、オランばっかり、ずるいー」と騒ぎ出したが、母親に一喝されて口を尖らせ、でもまた忙しく客の相手を始める。
 「よかったな、坊主」
 キースが言うと、揚げパン屋のおかみさんは困ったように笑って
 「あら、オランは女の子ですよ。にいちゃんのお古ばっかり着せてるから……」
 なんとまぁ。
 ともあれ、性別と名前のわかったゴミ投げ小僧もといオラン嬢を連れて、一行、スタジアムへ向かったのだった。
 
 そこそこの場所に席を占め、いよいよ魔道大動物園の始まりはじまり。
 第一のエントリーはドワーフの心術師、その名も『巨人倒しの』ドリスール。中央の台に立ったドワーフの合図と共にゲートが開き、入場してきたのはまず二頭の魔猿・ギラロン。一対の肩から伸びた二対の腕を振り回しながらの登場である。その後から二頭のトロール、そして二つ首の魔物エティン、最後に真っ赤な髭をたなびかせた炎巨人。
 「ぜんたぁいっ……止まれっ
 気をつけぇっ……前ェならえっ……なおれっ……」
 ドリスールの笛と怒声が飛ぶと、巨大な猿や巨鬼や巨人たちはその言葉通りに動く。おい、あの炎巨人、たしかどこそこの族長じゃなかったかという押し殺したささやきがどこかで聞こえる。ギラロンの表情はさすがに読めないが、心術で従わされている炎巨人の目は決して笑っては居ない。
 「組体操ぉ……はじめっ……」
 扇、倒立、バランス、ピラミッド……最後に5人がタワーを組み、その頂上によじ登って仁王立ちした炎巨人族長、おめき叫びながら腰の大剣を引き抜き、頭上でぶんぶんと振り回す。やんやの大喝采。

 退場行進の曲がかかってドリスールの組が駆け足で出て行くと、次の登場はヴィッキー。まず咆哮を上げながらどしどしと大地を踏み鳴らして入場するティラノサウルス。その頭上にはヴィッキーがちょこんと座っている。その後ろからランドシャーク。地面に潜りたそうな顔をしているが、それをやられたらスタジアムの整地が偉いことになるので一応禁止らしい。そしてさらに自ら動きものを言う大樹トレント。
 ヴィッキーが「よい子の皆さん」にこやかに手を振ると、客席にキャンディーの雨が降り注ぐ。が、呼応するようにティラノが吼えるごとに、オランの肩がびくりと震える。あいつアピールする対象と方法を間違っちゃいないかとキースが呆れ顔で言う。

 ヴィッキー組、巨体をゆすりながらスタジアムをぐるりと一周。
 と、そのとき、アルテアがはっとした顔でウィチカの袖をつかんだ。
 「ウィチカ、おかしい、絶対おかしいよ!! あのヴィッキー、何かおかしなことをしてる。トレントを魔法で魅了できるわけがないじゃない、ええと、だからトレントは呪文で眠らないし、それに……」
 「あああ!!」
 ウィチカの顔色が変わる。
 「そう、トレントに心術呪文は効かない。植物は呪文効果に対応する精神構造してないんだから……とすると」
 ウィチカがきっと唇を噛んだ調度そのとき、スタジアムが急に水を打ったように静まり返った。
 一方にティラノ。一方にランドシャーク。昨日の魔法闘技のかわりに今日は巨躯の怪獣による一騎打ちを見せようという趣向か。
 ティラノが一声、吼えた。答えるようにランドシャークが躍り上がった。腹の底を揺さぶるような地響きが轟いた。巨体がぶつかっては飛び退る。赤黒い血が迸る。
 「……まずいよ、これ」
 ウィチカが乾いた声で言った。オランはスタジアムを正視できずにウィチカの肩に顔を埋めて小さく震えている。
 やがてティラノが断末魔の悲鳴を上げてどうと倒れると、ヴィッキーは血で汚れたスタジアムに飛び込んで両者を分けた。倒れたティラノの口にポーションが注ぎ込まれる。傷が癒えれば次の戦い、ということらしい。

 そして、悲しそうな、心底嫌々といった風情のトレントが立ち上がる。次のラウンドの担当なのだ。

 と。
 「ちょっと待ったぁーっ!!」
 観客席から、甲高い大声。立ち上がった娘一人。
 叫んだのはウィチカ。キースとアルテアが止める暇もない。
 「不正よ!! この大会は魔法で支配した動物や魔獣を見せるものでしょう!!」
 「トレントを呪文で魅了することはできないはずよ!!」
 一蓮托生。アルテアも立ち上がる。
 「どこまでも汚い野郎だ!!」
 キースも。
 「……また、お前らか!!」
 ヴィッキーが吐き捨てるように言った。

 「ものいいが、つきました」
 突然スタジアムに歩み入って来たのは変成術学科長オルドロン。呆れたような心配そうな表情を押し隠し、
 「ミス・ロックフィールド、場内へ降りてきなさい」
 おお、だが声のほうからは「またお前か」とでも言いたそうなうんざりした調子はありありと感じ取れる。
 ウィチカ、恐れる風もなく観客席から競技場へと降りていく。ほとんど自棄なのかもしれないが。
 「言い分は、こちらで」
 「ええ!!
 まずひとつ、このヴィッキーは心術で支配していない、おそらくは脅迫か何かで従わせているトレントをこの大会に出しています。これは不正でしょう。
 ふたつ、さらにこの大会は一般の、しかも子供たちも見るものであるというのに、血なまぐさいショーを何の警告もなく展開しました」
 きっぱりと言いきる。
 と、オルドロン教授は困ったように笑い、
 「そうだ、だが、これは魔道大動物園。直接心術で支配するのでなくとも、魔法を使用して何かを自分の支配下に置けばよい。心術は一番わかりやすいという、それだけだ。
 もうひとつに関しては……彼のショーが適切であったか不適切であったか、それを決めるのは観客だ。少なくともこのショーを喜んだものもいるだろうから」
 ウィチカ、不満げに黙り込む。
 「そうだ、おかげでショーが台無しだ、どうしてくれるんだ!!」
 ヴィッキーがきいきいと叫び始めた。それをしばらく見ていたオルドロン教授、ややあって恐るべき台詞を口にした。

 「……つまり、これは、ロックフィールド嬢がヴィッキー氏に挑戦したものと考えられます」

 え、と凍りつく場内。
 「したがって、ことは正式な魔法決闘の結果にて判断されましょう。決闘は夏祭り7日目の予備日、場所はこのスタジアム。ものいいがついたことにより、ヴィッキーのショーはここで中止とします」
 歓声とブーイングが半々。
 「では、両者、退場を」
 怒り狂いながら立ち去るヴィッキー。席に戻ってきたウィチカの頬はまだ怒りで紅潮している。

 ともあれ、続いては召喚術学科長、ムッツ・クォン・ローの登場である。この男、学院教授でしかも学科長の職にあるというのに、この魔道大動物園へのエントリーは決して欠かしたことがない。まぁ、やめろといって効く人間でもないらしいのだが。
 ともあれ、ロー教授登場と同時に、スタジアム内に大量の水がたまり始め、見る見るうちに観客席の眼下には巨大なプール。そして巨大イカ・タコ・さらに巨大なジャイアント・スクィッド……多足軟体動物が次々と泳いで入ってくる。で、一列に並んで礼、二列に分かれて互いに礼、そして流れ始めた軽やかな音楽に合わせてくるくると踊り始める。一周踊ったらまた礼、パートナーチェンジ、ひととおりパートナーをチェンジしたら、今度はロー教授を乗せて水上に滑り出し、長い長い手を伸ばして観客席の皆様と握手……

 イカタコ連が退場し、いよいよ判定。満を持して迫力たっぷりで臨んだはずのヴィッキーのショーは、ものいいが付いたこともあって拍手はまばら。満場の割れるような拍手を受けたのは今年もロー教授のショー。オルドロン教授との半ば内輪暴露ネタのような優勝者インタビューが続くのを背後に、「ロバと天秤」の一行、スタジアムを辞した。

 ……大変なことになっちゃった、かなぁ。
 と思いながら、とりあえず店に到着、遅い開店準備をしていると、すさまじい勢いで客がなだれ込んでくる。
 「ウィチカ先輩、聞きましたよ!!」
 「っつか、俺、見てました!!」
 「センパイ、超カッコよすぎ!!」
 「センパイ、オトコっすよ!!」
 あー、だからあたしはオトコじゃないっつの、とぼやくのも聞かばこそ。力術学科の後輩連である。
 「あのヴィッキー、やっぱむかつきますよねー!!」
 「ぼてくりこかしてやってくださいよ!!」
 「あー、あー、そこに並んで。速やかに並んで。彼女にどうだ? この魔女っ子シリーズなんか。てか、買ってから、散れ!」
 「ひどいですよ、話くらい聞かせてくださいよー。ウィチカ先輩ー」
 「あーもーー、うっさいわーー!!」
 やたらにぎやかしい後輩たちを捌きつつあるいは追い払いつつ、気がつくと低額商品が随分はけていたような次第。


このシーンの裏側。
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2006年08月01日

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その5:ふぇすてぃばる・らぷそでぃ1

 明けて夏祭り3日目。
 夏空にはじける花火の音で一日が始まる。

キースとアルテアに店を任せておいて、ウィチカはちょいとスタジアムのほうに寄る。ハンス教授が審判長を務めるそうで、その晴れ姿(というか、この魔法競技会というか闘技会、演出が非常に力術学科好みというか派手好みで、各選手が登場するたびにそれぞれ依頼を受けた幻術師が技の限りを尽くした登場エフェクトを演出し、入場曲が鳴り響き、選手の衣装も審判の衣装も凝りに凝ったというシロモノ。相応の入場料を取るだけのことはある……のだが、まぁ今回は審判長の姿を一目見るのが目的なので裏口入場である)を見物しに行くのだ。

 着くと、ちょうど開会式が終わって、審判長殿、控え室に戻ってきたところ。
 「おお、お前、店のほうはいいのか?」
 「いいんですよぅ、店番は頼んでありますし、それに私たちの店あたりだと、混み始めるのは昼休みからですよ。みんなまず花火と同時に学院構内の店に突進するんですから」
 ウィチカがのんびりと言い、ところでスタジアムのほうはどんな感じですかと続けると
 「こんなもんかな。画面が小さいが、まぁ、見えなくはないだろう」
 ハンス教授、傍らの水晶球に手を伸ばし、台座に取り付けられたスイッチをひねる。
 「何ですかこれ」
 「ノームの細工師の傑作だよ。スタジアムの様子が映る。……うん、1回戦じゃ妙な取り合わせもしかたないな、ほれ」
 一方からくろがねの絶壁の中腹をぶち抜いて登場したのは『鋼鉄の魔術師』エリオ。
 対するは、足元から走る白雲、その周囲に舞い遊ぶ種々の東方の竜たち、白髪白髯をなびかせた小柄な影。『八竜山の老師』である。
 正式な作法に則って行われる試合である。1時間前から出場者はスタジアムの控え室に集められて解呪の処置を受けており、闘技場に歩を進めたときには一切の魔法の備えを身に施していない状態なのだ。だから、最初の一手は必ず己に防御呪文を施すこと、と定められている。と、解説者が驚愕の叫びを上げた。
 「おお、老師の最初の一手は、なんとアンチ・マジック・フィールドであります!! これで老師の周囲では一切の魔法が無効化されます!! これでエリオの呪文は無力となりますが、しかし、老師自身の魔法も……」
 その時、老師が高々と笑い声を上げた。
 「真に強力な魔法とは、使用されぬ魔法である!!」
 そして恐るべき身のこなしでエリオに襲い掛かり、鉄拳をふるって『鋼鉄の魔術師』を滅多打ちにし始めたのだった。

 「……下馬評じゃあ、」
 溜息をひとつつくと教授は言った。
 「優勝候補は4名。『博打打ちのラーディ』『炎の歌のマラディ』『炎の僕ルエルデン』それに『笑わぬグンディ』といったところか。
 うん、いずれも劣らぬ使い手だ。……魔法の、な」
 水晶球の中ではちょうど老師がエリオを殴り倒してのけたところ。

 1回戦は1回戦でなかなか面白おかしいという話だったが、そろそろ商売のほうも気になり始めたので、ウィチカはスタジアムを辞して店に向かった。
 午前中いっぱい、景気よく品物ははけ、特に化粧品は1日でもう品薄になってきたので、キースを店番に残して仕入れに行くことになった。「置いておくのに意味がある」程度の紫薔薇シリーズが大量に売れたというのでレンドックは目を丸くしていたが、ウィチカの報告を聞くうちにふと真面目な顔になり、「すみませんが、魔法使いの方にお売りするときはですね、『お届けは本大陸内に限ります』と申し添え願えないでしょうか」と言った。
 確かに、蛇一丁男や目が触手男がこの大陸の住民とは思えない。むしろ別の次元界あたりから来ている可能性もある。そんな客へは……さすがに「お届けサービス」は「お承りいたしかねる」だろう。
 これまで売ってしまった相手に「とんでもないの」がいないことを願いつつ、ウィチカとアルテアは相当数――というか、最初に買い付けた数の倍――の化粧品を抱えて店へ戻る道すがら……

 「山車が逃げたぞーっ」
 悲鳴が先。
 見晴るかすと、砂埃をもうもうとあげて、何かの弾みで制御が解けてステージから逃げ出したものであるらしいコンストラクトが参道を突進してくる。
 「逃げろおおぉぉーーっ」
 叫びながら『山車』の通路に立ちふさがった衛士が二人、高々と宙に放り出されて地面にたたきつけられ、動かなくなった。
 このままではまずい、とウィチカは突進してくる山車との距離を見切るや否や呪文を唱える。と、『山車』の進行方向前方の道が急にとろりとぬめりを帯び、そして、そこに踏み込んだコンストラクトはそのままずるりと横倒しになる。倒れた『山車』の向こうには忽然と熊が現れる。アルテアの呪文に呼ばれたのだ。
 そのまま、『山車』が起き上がろうとするたびに熊の掌が唸りアルテアの矢が飛びして何とかそこから動かさないようにしていると、学院のほうから数名の衛士がようやく駆け下りてきた。
 「協力、感謝するっ」
 「ええと、これ、どうしましょうっ!?」
 アルテアが叫ぶ。一応、公共の『山車』を壊しては拙いかと手を控えてはいるのだ。
 「破壊してかまわんっ」
 どうやら魔法市を当て込んでやってきた潜りの術者が制御を失敗したということらしく。その言葉を裏付けるように衛士の手から放たれる雷撃。大破しながらもまだ起き上がろうともがいているコンストラクト。
 「あとは任せて!!」
 ウィチカの手から魔法の矢が飛ぶと、暴れ山車は今度こそ動かなくなった。それを見て取ると、アルテアは昏倒した衛士のほうへ走る。何、吹っ飛ばされて伸びているだけだ、出血は酷いがまだすぐに命に関わるわけじゃない。アルテアが小さく呪文を唱えるとすぐに息を吹き返す。

 魔法市の保安に協力した術者の店だというので、午後の売り上げも随分よかったのだが、保安に協力した術者の店が化粧品屋ってのもアレかもね、こんなことならもうちょっと剣呑っぽい巻物も商品として出しておけばよかったかしらとウィチカは言い出して、キースに呆れ顔をされたりしたのだった。


 このシーンの裏側
posted by たきのはら at 13:40| Comment(5) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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