2006年07月26日

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その4:そして、決戦準備

 というわけでその日の残りは出店を設えるのに費やす。
 ウィチカとアルテアが馬車に荷物を積み込み、魔法市の「持ち場」へと運ぶ間、キースは「ちょっと出かけてくる。荷運びはどうせ馬車でやるんだから二人でもなんとかなるだろ?」と言って、街へ。

 スラム街のほうへ行きかけ、ふと思いとどまって高級住宅街のほうへ足を向ける。向かうは「香る木蓮」。タチアナとヴィッキーの様子を探るつもり。
 とはいえ、夏祭りにマルドゥーングの魔法市とあって、店には方々から相応の名士が訪れているようで、店の前にはいかにも金のかかっていそうな馬車がぎっしり。あのヴィッキーが来ているかどうかなど、見分けられたものではない。そしてタチアナを呼び出そうにも伝手もない。仕方なく店の前の路地に隠れて待つことしばし、客を送り出すタチアナの姿が馬車止めの前に。すかさずタチアナの視界の中であるはずの場所に姿を現すキースだが……明らかにキースの姿を認めたはずのタチアナ、目配せひとつするどころか表情も変えず、店の中に消えていく。いや、彼女は確かに俺を見たはず、そのうち店の娘か誰かが走り書きのひとひらも持って出て来やしないかとしばらくキースは待ったのだが――意に反してというか当然のごとくというか、とにかく誰も出てこない。
 待ちぼうけなのだ、と納得するまで店の前に立ち尽くしてから、溜息ひとつ。
 とぼとぼとキースはその場を後にした。

 まぁ、納得してしまえばあとは本来の目的に立ち返るだけ。スラム街のローグギルドに顔を出す。で、何を言い出すかといえば、
 「俺、今度の魔法市で売り子やるんだけどさ、絶対汚さないし破かないし、着て殴り合いもしないって約束するから、ついでに俺の持ってるマントを担保に預けるから、魔法市が終わるまで……ほら、ちょいと見てくれがよく見えるようになる上着、貸してほしいんだわ」
 その場に詰めていたローグ仲間、もちろんあんぐりと顎を外すわけで。
 「おい、そりゃお前が言うような魔法のかかった上着はあるが……魔法市の売り子かよ!!」
 「いいじゃねぇか、俺にゃあ稼ぎ時なんだぜ? 商売人が商売のために身なりを整えるのも、荒事師が殴り合いのために魔法をかけるのも、結局はおんなじだろうが。損料はもちろん払うし、担保だって預けるっていってるんだ、商売として無茶は言ってないだろ?」
 まったくもって確かに筋は通っている。期間は魔法市が終わるまで、貸し賃は売値の20分の1でどうだ?
 「……200gpか。おい、もうちょっとまからないか?」
 「おいおい……まぁ、そうだな。そんじゃ、『担当者』をよこすんで、そいつと話をつけろや」
 『担当者』と聞いたとたん、キース、いやぁな顔になる。ここはローグギルド、ってことは、担当者っつったらプロの詐欺師が来るんじゃねぇか!!
 と思ううちに、
 「はいはいお話ですか? 僕が伺いますよぉ」
 ニコヤカな青年が奥から出てくる。いいぬけ言いくるめること数分、どうにか件の上着を180gpで借り出すことに成功。意外とたいしたことなかったなと思ってでがけにふと振り向くと、
 「おいお前なにやってんだよ!!」
 「何って、そこでごねてるのと話しつけろっていうから」
 「ってかお前、何出てってんだよ、呼ばれたの俺じゃねぇか、ったく」
 「何こいつ、専門違うの!?」
 「え、僕? 専門は錠前破りですが……」
 ……大丈夫かこのギルド。まぁ、とりあえず自分の役にはちゃんと立ってもらってるから構わないか。

 で、件の上着をひっかけたまま、キースはそのままぶらぶらと魔法市の出店のほうに向かう。
 キースの姿を認めたとたん、わぉ、とウィチカが小さく叫んだ。
 「やだ、キース、なんだか急にかっこよくなってるじゃない……これなら売り子として最大限の期待が出来るわね、男前!!」
 「おやおや、ウィチカったら。私がいくら頑張っても看板娘だなんていってくれないくせに。でもま、これが人間としての魅力の力って奴?」
 「いや、金の力」
 あっさりと、キース。
 ……身も蓋もあったものではない。

 ともあれ、店の品物を並べつつ明日の本格的な開店に備える。と、ついさっき見知った顔が。例の「オゥラお姉さま」が、それはもう呆れるほどに男前の戦士風の男を従えて参道を降りてくる。どこへ行くのかと見ていると、なんと『ロバと天秤・魔法市店』のまえでぴたりと足を止めて。

 「あら、オゥラお姉さま、先ほどのは気に入りました?」
 にこにこと、ウィチカ。
 「そうね、この『美しき陽炎』オゥラの目に留まるとはなかなかの製品だったわ。……ほかに何かあるのかしら?」
 お義母さまが相手にしてるマダムのほうがまだ険高度は低いんじゃないかしら、というか普通マダムには二つ名はつかないし、と内心で思いながら、ウィチカ、桃色真珠に黒真珠、それに紫薔薇シリーズをずらりと並べる。桃色真珠はさっきお渡ししたもの、黒真珠はその上のバージョン。とっておきの紫薔薇シリーズは、キースが渾身の笑顔で薦めるが……どうやらオゥラの好みは「絵の中から抜け出したような美形戦士用心棒」のほうであるらしく、特にキースの笑顔で動かされた風はない。で、件の用心棒氏はというと、化粧品選びに余念のない女魔法使いを崇拝しきった視線で追っている。おお、やれやれ。

 ともあれ、オゥラは黒真珠シリーズに紫薔薇シリーズを一揃いずつ買い上げていった。明日になって市が本格的に始まってしまうと、出店者たちは落ち着いて買い物ができなくなる。というわけで「よいものはお早めに」買い付けに来た由。なかなか素敵な出だしではある。

 それにしても、と、キースは、時間を追うごとに増えてきた、店の外を行き交う人々――おそらくは一応「人々」の一種なのだろう――を眺めつつ溜息をついた。秘術魔法使いってのは、わからない人種だぜ。
 魔法使いの格好といったらぞろりとした長衣をまとった陰鬱なのが主流で、ウィチカみたいなのは例外だと思っていたが、とんでもない。変わった服装をしているというだけならいい。あの、身体に、翼蛇一匹だけを巻きつけた男は、あれは何だ。今は蛇の翼がとりあえずしかるべき部分を隠しているからいいが、あれが動いちまったらどうするんだ。それからローブの中から目だけを覗かせているあの男、さっき、本当に眼球だけがするすると顔から伸びて、そのへんを見回していた気がするが、気のせいだな、うん、気のせいだ。

 「気のせいじゃないよ」
 あっさりとアルテアがいう。
 「世界は広いもの、いろんな人たちがいる。あの蛇だけ着てる男は、まぁ、蛇だけでも着てるからいいと思うよ。修行者の一団の中には全羅漢というのがあって……」
 それ以上話を聞かずに、キースは耳を塞いでその場を離れた。



 このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 13:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

シリーズ第3回『巻き込まれた冒険者と街の秘密の話』前口上

 ……最近題名に「秘密」って付けるの多いな。
 渡竜のシリーズ第10回のほうはそのうち変えるか。

 ……ってのはさておき。
 えーと、ふぇるでぃんさんDMの「まったりキャンペーンSIDE A」(第4回)こと『不揃いな冒険者たち』第3回、遊んでまいりました。
 や、一部NPCのロールプレイをPLが乗っ取るとか、なんか偉いことになってましたよ。ってか、娼館のマダムを演じたえでぃさん、No.2(ていうかマダムがNo.1なわけはないのであのレディは実質No.1だったのかしら?)を演じたsakiさん、素敵すぎでした。……やっぱりきちんと演技ができる人は羨ましいなぁ。いつも「引っ掻き回し役」的発言しかできないので(こ、今回は一応「話を先に進める発言」はできたと思うんですが……)、精進しなきゃ、と思いました。
 (ついでに、走りまくる『PLによるNPCプレイ』RPをうまいことハンドルしつつ話を進めてったDMもすごいーと思ったのでした)

 ま、そらそうと、自分的には、「しゃべらなきゃならないときにはろくに話せないくせに、いらんところでいらんことを生真面目にしゃべるせいでせっかくの美人さんが【魅】8までおっこちる」モンク娘をちゃんと演じられたので、かなり満足です。あの常識のなさ加減からなんか災難を引き寄せられるぐらいになったらいい感じだと思うんだけど<違

 今回はPLさぼりっこさんのご都合で、ステキにエキセントリックなバード、「流離の」サンダスターの参加は最後ということでした。ということで、ちょっと盛り上げよう……という話だったらしいのですが、なんだかあらぬ方向で盛り上がって暴走した挙句(いや、それ自体はものすごく楽しかったのですが)、このキャンペーンセッションの開催間隔自体がゆっくりなせいもあって、次回もなんだかサンダスターは普通にこの仲間の中にいるような気がしてなりません。

 あとは、「日本語化強化キャンペーン」てことで、英語用語を口走ったらカカオ99%チョコひとかけ、というのをやったんですが……地雷になったのはエイドとかターンアンデッドとかスペルとか、あ、5(ファイブ)フィートステップとかっ……学習しますねぇ、ええ。
 でも、チョコがなくなったらアメリカンパイ一切れ、は、真面目に身体に悪いからやめましょうよ。ね。

 ところでふと思ったんだが。
 最近、娼館プレイが多いなぁ(笑
 このまま続くとピンクなプレイレポーターになってしまいそうだ。いや、遊んだものは書くけど♪
posted by たきのはら at 08:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 不揃いな冒険者たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その3:戦いの場所は……

 その日の午後は魔法市の露店の場所取り抽選会。
 ウィチカひとりが出向けばいいのだが、とにかく「化粧品の香りで頭が痛いから」と主張するアルテアは同行したがるし、それにこの場所取り抽選会は毎年何か揉め事が起きるので有名だから、ということで、結局用心棒代わりにキースも連れて行くことになり、三人揃って店を出る。『ロバと天秤』の店先には「本日準備のため休業・明日より魔法市にて出店します」の張り紙。店を出るアルテアの後ろからは、『縮小』の魔法を解かれた「猫さん」こと豹のベラトリクスがのんびりと歩いていく。魔法市の期間中だけは、街中を種々雑多な種族が練り歩くので、豹が歩いていようがライオンが歩いていようが――一応人に危害を加えない限りだが――お咎めなしなのだ。

 抽選会が行われるのは二重になった街の城壁の間に設えられた仮説スタジアム。明日からこのスタジアムでは魔法競技会から始まってファイアーボール投げまで、種々の華やかな催し物が開催されるのだ。で、スタジアムへ向かう道すがら。
 「……あら?」
 いつもニンジンの尻尾を投げつけてくる洟垂れ小僧が、今日ばかりはこざっぱりとした服に身を包んで立っている。
 「おう坊主、似合ってるじゃないか」
 キースがにやっと笑いかけると、小僧、にまっと笑い、くるりと後ろを向いてばたばたと駆けていく。
 「照れてるねぇ」
 「可愛い可愛い」
 という言葉が終わらないうちに、向こうの路地からひょいと頭が覗き、
 「ぶゎーか、ぶゎーーーか!!」
 お決まりの挨拶。キースが睨んで見せるとまたひょいと頭は引っ込み、ややあってもう一度ひょいと顔が覗く。苦笑いしながら手を振ってやると、一瞬置いて、くしゃっと顔を崩して「ゴミ投げ小僧」は手を振り返して来た。

 なんとなくほんわかとスタジアムに到着すると――もうそこは戦場。抽選の最後の回とあって、なにやら殺気立った魔法使い達が数名、抽選箱を囲んでいる。立会人は心術学科の教授、常に穏やかな笑みを浮かべているので「微笑みの」の二つ名を取るハーフエルフのアイヴィックと防御術学科の副教授、キリク・エヴァンタスである。いかにも穏やかな美青年といったふうのアイヴィックと、もふっとあごひげを生やした人のよさそうなオヤジさん風のキリク……だが、場の空気はちっとも穏やかでない。

 「揃ったな、では、抽選を始める。……が、その前に各自、自分の欲する場所を言うように」
 「ええっと……マダムがたくさん来てて、あんまり殺気立ってないところがいいんですけれど」
 すぐに答えたウィチカの顔をまじまじと見て、キリクが呆れた顔をする。
 「そういう答え方を聞いたのは初めてだが……だがマダムが多いのはたぶん学院前の広場だな。一等地だ」
 「あら、あんたみたいな新顔に『広場』がつとまるとでも? この大陸中の魔法使いが集まる魔法市で?」
 ウィチカの目の前に居た、年のころ20代前半、やや露出度高めの女魔法使いが険高に言う。
 「おねぇさん、ひとりでつっけんどんだといずれ痛い目みるわよ? 務まると思うから要求してるんでしょ」
 ウィチカも負けてはいない。そのままののしりあいに突入しそうなところをアイヴィックがさっさと割ってはいる。
 「まぁ、広場以外のところを最初から要求される方はいないということで、順当にくじ引きで行きましょう」

 ウィチカがくじを引く番になったとき、キースとアルテアの目の端で、何かが動いた。さっきウィチカと睨み合いになった女魔法使いの指が、こっそりと空中に文様を描いている……
 そして、ウィチカの引いたくじは6人中6番のくじ。それを見届けると件の女魔法使いは薄笑いを浮かべ、すぐにくじの箱に手を突っ込む。
 「待てよ、インチキだ!!」
 「ウィチカのくじの番号、魔法で変えたでしょ!!」
 キースとアルテアが口々に叫ぶ。次の人間がくじを引いてしまえば不正で出された番号でも確定してしまうから、とにかく待ったをかけなくてはならない。
 「……え、そうなの!?」
 ウィチカはきょとんとした顔をする。アイヴィックが苦笑いを浮かべた。
 「残念ながら……魔法使い同士の勝負事は、本人が気付かなければそれは本人の責任ですね」
 「……そんな!! やってくれたわね?」
 叫び、一呼吸置き……それからウィチカは件の女魔法使いにつかつかと歩み寄った。
 「おねぇさん、けっこう、しわ深いから、これ、要るかもねっ!!」
 たたきつけるようなイキオイでつきつけたのは「桃色真珠シリーズ無料御試供品」。
 「……あ、あら、ご、ご親切なことねっ」
 「おねぇさん」のまなじりにかすかに青筋が立つ。……そう、20代前半と見えた女魔法使い、よく見るとやはり肌の衰えに隠しきれていない部分があるのだ。
 「気に入ったらほかのもあるわよ、せっかくだからお名前教えてってねおねぇさん」
 「ま、魔法使いが名を問われて軽々しく答えるわけがないでしょ、通り名はオゥラよ、覚えときなさいっ」
 「あらそう? じゃ、オゥラおねぇさん、お客さん、連れてきてねっ」
 ……魔法勝負はともかく、舌戦のほうはウィチカの圧倒的勝利である。

 で、結局『ロバと天秤』が出店をするのは、目抜き通りから魔法学院の広場へと向かう一番大きな道沿い、ということになった。魔法市の一等地とは言いがたいが、一般露店とはやはり別の客層が訪れる場所ではある。メルグラにちゃんと顔も立つ。悪くはない。しかも、魔法市の期間中、学院構内は「あまりにも魔法的物品が多くて危険だから」というので、魔法使い(秘術魔法使いに限られる)かその従者1名以外は立ち入り禁止となる。「参道」でならウィチカ・キース・アルテアの三人が一緒に店を出せることを考えると、このくじの番号はかえってよかったかもしれないのだった。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 16:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その2:絶対零度の戦い

 翌日。
 ウィチカはキースを伴って、街へ出かけた。
 アルテアは……たぶん、これから行う応酬には向かないので、「ロバと天秤」屋の奥で夏祭りの出店で売るハーブ製品の袋詰めをひたすら担当している。
 向かうは高級住宅街の中の一軒の宿。そこに投宿しているのは……

 「まーあ、ウィチカさん!? わざわざこんなところまで……」
 尋ねてきてくれた娘をねぎらうというよりは、あからさまに「驚いただけ」の義母メルグラ。
 「お義母様にはご機嫌麗しくて、大層すばらしいことですわ。あら、それは新しいドレスですわね、さすがだわお義母様、とてもよくお似合い」
 「あら嬉しいことを言ってくれるじゃないのウィチカさん、そうよ、そういえば今日は新しい服を下ろす日じゃないの、なんだったらこれからわたくしの行きつけのメゾンに行って、ウィチカさんも、ちゃんとしたお客様のお相手をして恥ずかしくないようなドレスを一着……」
 そう、今日は夏祭り二日目。初日は家を清め、神殿でお守りを貰い、来る夏祭りと続く夏に備える日、そして今日は神殿では夏祝いの礼拝が行われ、各家庭では新しい夏物の服を下ろす日なのだ。貧しい家でも子供達にこざっぱりとした衣服を買い与え或いはこしらえてやり、そして裕福な家庭では勿論、この日にあわせて一張羅を新調する。まるでドレスのお披露目のようなパーティーがそこここで開かれ、名家の人々はお茶会と夕食会と舞踏会の間に挨拶をしひそやかに噂を交換し、そして避暑地での社交の季節に備える。
 マダム・メルグラももちろんそれに参加しないわけには行かないので、この首都エンドゥー・ガルダまで夏祭りの決戦に出向いているというわけ。トルスッガ・スガの田舎仕立て屋では話にならないから、エンドゥー・ガルダでも有名なメゾンの顧客になっておき、夏祭り合わせにドレスを仕立てさせた由。ちなみにメルグラのドレスの趣味は決してよくなってはいない。もちろん件のメゾンがどのように有名であるかというのも推して知るべし。その一方でウィチカのドレス云々は本気で言っているのだからたちが悪い、というのはさておき。
 怒涛のような勢いで喋り捲りながら、ふとメルグラはウィチカの後ろのキース――うっかり言及し忘れていたが、彼は実のところたいした美青年なのである――に目を留めた。
 「あら、ウィチカさん、その殿方は?」
 「キースと申します、ここしばらく、『ロバと天秤』の店員をしております。今日は挨拶に参りました。以後、お見知りおきを……マダム」
 いったいどこで覚えたのか、キースは慇懃に一礼し、口の端をきゅっと持ち上げる。反射的にメルグラの頬に朱が射した。
 「まぁ、ウィチカさん、この殿方はどなた? 貴女も隅に置けないわねえぇ」
 「ええおかげさまで。いい方ですのよ、助かってますわ」
 メルグラとウィチカを影に写したら、きっと二匹の大蛇が威嚇しあっている姿が見えたに違いない。
 キース、もちろん顔色ひとつ変えないが、それはそれとして大層背筋の寒い思いを必死でこらえている。

 「ところでですね、お義母様」
 ウィチカ、突然「ニコヤカ」の度合いを最大級に切り替える。その後ろに透けて見える冷たい闘気。
 「わたくし、お義母様の大事なお時間をいただいて、ただご機嫌伺いに参ったわけではありませんの……レンドックを呼んでいただけませんこと?」
 後ろでキースが一歩下がった。
 「まぁ、それは頼もしいことねぇ、勿論伺うわ……レンドック!!」
 メルグラの背後に浮かんだ大蛇が竜の本性を現す。

 「この間、お義母様から卸していただいた化粧品のことですの。例の、お若いレディ向けの『魔女っ娘シリーズ』と、もう少しお値段が上の『桃色真珠シリーズ』、ふたつともとても好評で……」
 レンドックが現れるのをまってウィチカが切り出す。
 「それで、今回の魔法市に、お義母様の店の化粧品を『ロバと天秤』の目玉商品として出そうと思いますの」
 きゅう、と口の端が上がる。背後にうずくまった巨虎の目がぎらりと光る。
 「なにしろわたくしは魔法使いですから、一般露店ではなく、魔法市の中に店が出せますわ。そして、魔法使いのマダム達は……」
 そこで一呼吸。キースの背中は背後の壁にぴったりと着いている。うん、ここならこれ以上逃げ出さなくて済む。
 「本当の若さと美貌にはお金に糸目はつけませんわ?」
 何を申し上げたいかお分かりですよね? といわんばかりの笑み。
 「……わかりました、お嬢様がそこまでおっしゃるのでしたら」
 メルグラに並んでレンドック、食えない笑みを浮かべる。あれを、といわれた小僧が奥から恭しく持ち出してきたのは、基礎化粧品セット『紫薔薇シリーズ』。
 「最高級の原材料のみを使い、使用感も抜群。王侯貴族専用の化粧品セットでございます。販売は一揃いでのみ、バラ売りはいたしません。保存料不使用のため、未開封冷暗所で日持ちは2ヶ月。今回はお試しということで一週間分を対面にて販売させていただき、気に入っていただければ以後毎週、パッチーニ商会が誇る運搬網にて新鮮な化粧品をお届けするというシステムになっております」
 「……お値段は?」
 「卸値は50gp。希望小売価格は100gpになりますか。セール販売等はお嬢様のご自由に……」
 「わかったわ。ちょっと調べさせていただくわね」
 ウィチカ、おもむろに天秤だの天眼鏡だのを取り出して化粧品を検分。……たしかにいいものしか使っていないわ。原材料についてはアルテアがいたほうがわかるんでしょうけれど、でもここまであからさまにいいものなら私でもわかる。1セットの原価は20gpってところかしら。これで卸値50gp……真っ当ではあるけど、そのままってもの悔しいわね。
 そこでウィチカ、再度凶悪なまでに晴れやかな笑みを浮かべる。
 「ええ、確かに最高級品ですわ。でもお義母様、確かにこれだけの化粧品を買えるのは『普通は』王侯貴族に限られますわね? 私の顧客は魔法使いの皆さんです。しかもこれから数日、マルドゥーングの魔法市といえば大陸はおろか海の向こうまでも名高いもの……」
 暗に(どころではない)、お義母様たちがお売りになるのとは桁違いの数を捌けますわよと言わんばかりに首を傾げてみせる。二人の頭上で幻の竜と虎ががっきとにらみ合う。

 「……で、どのようにお話を進めたいのかしらウィチカさん?」
 「『紫薔薇』の卸値を40gpに」
 さらりとウィチカが言う。
 「こちらは魔法市特価で定価2割引の80gp販売を考えておりますの。ですから卸値はその半額ほどで……ええ、もちろんお義母様が考えている以上の数は売り切りますわよ? ね、キース?」
 「勿論、お任せ下さい」
 瞬間で口から抜け出していたエクトプラズムを体内に戻し、営業スマイルを浮かべたキース、やはり只者ではないことを証明して見せたということ。
 メルグラの頭の中で高速打算回路が火花を散らす。
 紫薔薇シリーズは確かに売れ筋とは言いがたい。王侯貴族を顧客につけておくために開発した商品だから、ラインナップに存在することが重要というだけのシロモノだ。だがこれが大量に売れたら……しかも店員の美形青年もなかなか売り子としては優秀そうだ、ここは賭けてみてもいいのじゃないかしら。どうしましょうレンドック?
 ……振り向くとレンドックはキースと営業スマイルの応酬の真っ最中。何、大蛇だの竜虎だのに比べれば番頭なんざ口ほどにもない。凍りつくような微笑のぶつかり合いの趨勢やいかに、と見るうち、どうやらキースが競り勝った模様。よし、いけるわ。
 「わかりましたわウィチカさん、40gpはさすがに受けられませんが、1割引の45gpで卸しましょう。そのかわり、紫薔薇から魔女っ娘までのすべてのシリーズで、10セットの買い付けにつき1セット差し上げます。もちろん販促用のノベルティもつけましょう。……これでよろしくて?」
 「お認めいただいて嬉しいですわお義母様」
 ウィチカ、にっこりと笑う。

 で、結局、魔法市用にとウィチカとキースは11セットの紫薔薇シリーズ、同じく11セットの黒真珠シリーズ(これは「マダム向け」とのことだった)、それに22セットずつの桃色真珠シリーズと魔女っ娘シリーズを買い込んで、アルテアが目下ハーブ製品鋭意ラッピング中の『ロバと天秤』に戻ったのだった。

 ウィチカとキースは満足そのもので、明日からの魔法市に闘志を燃やしていたのだが――そう、殆ど昨日の失態を今日の成功で上書きしようとでも言うように――店中に突如充満して草花の淡い香りを圧倒した化粧品の人工的な香りに、アルテアが涙目になったのは言うまでもない。

このシーンの裏側。
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2006年07月18日

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』その1:祭りの支度。

 路地裏を、ぬるい風が吹き過ぎた。
 「……おい、帰ろうぜ」
 ぼそりとキースが言った。
 「そうだね。……猫さん、おいで」
 アルテアが力なく言うと、足元でにぃ、と啼いた豹柄の猫(に見える『縮小』の魔法を施された豹)を抱き上げた。そのままとぼとぼと歩き出しそうになるのを
 「ちょっと、二人とも何してるのよ!!」
 ウィチカが止める。
 「馬車は今晩中頼んであるんだから!! 『話し合い』の結果はどうあれ、お金は先払いしてあるんだから、馬車でうちまで帰るわよ!!」

 で、裏口から表通りに回るところを御者に気づかれないようにこっそりと動くと、どうやら『堂々と馬車に乗り込ん』で、冒険者小路の入り口まで乗りつけた。そこから先は馬車は入れない。
 馬車から滑り降りると、一同、こんどこそがっくりと肩を落としてため息をついた。今度はウィチカも一緒に深い深いため息をついた。胸に飾った薔薇や蘭のコサージュが急にどうにもしおれて見えた。

 つまるところ、惨憺たる大失敗だったのだ。
 「ああ、あ」
 キースがこれ以上ないくらいうんざりした声でぼやいた。
 「見たかよ、タチアナの顔。あれ、『無能な男ね』って書いてあったぜ。やれやれどうすんだよ」
 「どうするもこうするもないでしょ、明日は明日の仕事があるわよ」
 ウィチカは不機嫌極まりない声で言い、ついでに、そう、明日からは仕事が詰まってるんだから、キースは夏祭りの1週間はこっち泊まりでお願いね、と付け加えた。
 ……もちろん、とても人にものを頼む口調ではなかったが。

 そう、「明日からの一週間」(というよりは『今日からの一週間』なのだが)は随分と忙しいのだった。
 夏祭りの日々は、この大陸のどの街にも村にも等しく訪れるが、中でも魔法学院を抱える魔法都市エンドゥー・ガルダの夏祭りは別格だった。
 学院を中心に開かれる魔法市、市に集まる人々を当て込んで街の目抜き通りに並ぶ露店の数々、魔法学院が中心になって開催する魔法競技会に魔法動物園、グランド・イリュージョンと呼ばれる大幻術ショウ。血の気の多い若い魔法使いたち向けには「危難の尖塔(スパイア・ペリラス)」と呼ばれる競技やファイアーボール投げ競技……魔法使いの祭典でありながら、派手な出し物の数々は一般の人々をもひきつける。街の人口が一時的に膨れ上がり、どこの大陸から、下手をするとどこの異次元界から来たとも知れぬ不思議な人々が街を行き交う一週間。そして、商店主たちにとっては最大の書き入れ時の一週間。

 「私たちだってしっかり市に店を出すんだから。
 ……明日は場所取りで頑張らなきゃならないわね。それに売り物ももうちょっと充実させたいところだし。
 落ち込んでる暇はないわよ!!」
 ほとんど自棄のようにきっぱりと、ウィチカは叫んだ。

 いや、たぶん――間違いなく――8割は自棄に違いなかった。
 そして残りの2割はウィチカの商人の血が心の底から叫んでいるというのもまた間違いのない事実だった。
posted by たきのはら at 02:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第10回『夏の夢・真夏の秘密』前口上

 えーとシリーズ第8回のレポート執筆途中だったりするわけですが。
 割り込み的に本日(てか日付的には昨日)遊んできた第10回の前口上です。てか、今回はこのまま本編行きますよ?

 いや、だって。
 あまりにも今回楽しくて。
 そのまま記憶を眠らせるのがもったいなくて。

 記憶の減衰はある一定の期間を経過するとだいたい止まります。で、これまで遊んだセッションは、その「記憶減衰凍結期間」にすべて入っています。
 ので。
 遊んだものから順に行きつつ古いのも(これはなるだけ時系列に沿って)書く、といった感じで行こうかと。

 まぁ、順番ががたがたになるという弊害に関しては、最後に目次エントリで整理しますのでたぶん無問題。

 で、第10回の前に第9回までのダイジェスト。

 「剣の王・滅びの王」事件を解決した一行、最後には『秋風の剣』の片割れを手に入れ(しかしこれが、バーサーキング・シミターでして。抜いたらめっちゃ強いんだけどその後の処理をしくじると大変に酷いことになる)街に引き上げます(第8回)。

 その後、キースのもとに「風の剣の情報を探している」という謎の美女が現れ、一度は「何も知らない」と逃げたキースでしたが、状況を調べると、どうやらその美女は「吟遊詩人の歌にも歌われた高級娼婦で、いいなずけの敵討ちのために『冬の風の剣』を探している」ということらしい。キースが『秋風の剣』を持っていることが後からバレたらヤバいんじゃないか、と、アタマを寄せ集めた一行、急遽その美女(タチアナという名のハーフエルフ。『妖精の臥所』という店の『女王』である)に、キースが風の剣の運び手であることをぶっちゃけることに。その一方で、やはり剣についての情報はこちらでも調べておきたい、というので剣を学院の占術学科の教授レイムダルに預けて色々と探ってもらうことに。
 そしてその夜、数百gpをかけて衣装を調え、タチアナに会うべく、タチアナの付き人であるところのセライオなる男が経営している『香る木蓮』というクラブに出かけるのだけれども、そこには先客が。
 先客、というのは嫌みったらしい「ちょい悪エロハゲコヤジ」(最初は「ちょいワルコヤジ」(オヤジなんだけど、ハーフリングでちっちゃいからコヤジ)だけだったのに、いつのまにかえっらいことに……)、心術師ヴィッキー・フラン。世界各地からモンスターを集めて「ヴィッキーの大サーカス」を結成、ちょうど始まる夏祭りでひと稼ぎしに首都エンドゥー・ガルダにやってきていたのだが、彼の目的のひとつは実はタチアナを妻にすること(……)で、タチアナにしつこく絡んでいる。ところで実は一行のうちアルテアは、その日の昼間、ヴィッキーがつれているトレントが何か様子がおかしいというので話しかけようとしてヴィッキーに見つかり、ひと騒動起こしかけている。
 これはまずい、と店の隅で小さくなるアルテア。一方キースはタチアナに話があることもあり、ついでにヴィッキーの野暮極まりない態度が腹に据えかねて割ってはいるものの事態をどがちゃがにしただけ、結局のところ三人そろって『香る木蓮』の裏口からセライオに放り出され、塩まで撒かれた、というていたらく……(第9回)

 ええとまぁ、ありていに言うと第8回はともかく、第9回はいいとこなしだったわけですが。
 で、こいつを受けて第10回。夏祭りの1週間に起こった出来事は……という話。

 ちなみに、今回はゲームの記録補助として、手書きメモだけでなく録音を導入してもらいました。
 これ、いいですね、マジで。
 かっこいい決め台詞、覚えておけないから必死でメモしてたけど、今回はそれは機械にお任せ。となると、自分の行動やRPを考える余裕が出てくる(ちなみに今回のメモは普段の7割〜5割の量に収まりました)。おかげでアルテアの人物像もだいぶ見えてきました。

 ええその、いや。
 結局ナチュラルに酷い娘だったんですけど。
 激怒しなくなってもあんまりかわんないなぁ。むしろ純粋に「森の理論」で生き始めた分、直裁に酷くなったかも……

 
posted by たきのはら at 01:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その4:邪教の丘へ

 「まずは」
 キースの問いにすぐさまサイリエンが答えた。
 「さらわれた人たちの救出を第一に考えてください」
 「生かされているとは限らないが」
 「それでも」
 静かに、だが一瞬もためらう事無くサイリエンは言い放った。
 「……つまり、『早まったこと』はするなと?」
 アルテアが問い、サイリエンは答えて頷いた。
 「危険なことはわかっています、が……」
 「いや、いい。わかった。まずは人質の救出、その次に連中のろくでもない儀式の阻止、最後に殲滅、だな」
 こともなげにキースが言った。
 「順番を示してくれてよかったよ。でなければまず火をかけていたところだ」
 タムリスは苦笑し、サイリエンはなんともいえない顔をしてうつむいた。

 ともあれ、動き方が決まったからには作戦をたてねばならない。ノールどもは夜行性で闇の中でも目が利くのはわかっている。何でも食らうがことのほか肉を好む以上、肉食獣の習性も持ち合わせていると思うべきだろう。そしてノールどもの陣を抜いた後は、何が居るとも知れぬ洞窟の中に潜って人質を取り戻さねばなるまい。『違い牙』が「三人、用済みになった」と言ってから一晩が経っている。生き残りは最大で6人。全員が自分で戦うことのできないものであったとすれば――その可能性は大きい――連れて行くのは至難の業だ。

 「よし、この際だ、助けられるほうだって命には代えられないだろう、『縮人』の魔法をかけて袋に詰め込み、一気に地上に出るしかないだろうな」
 あれこれと思案投げ首の結果、そういうことになった。
 「でも、そんな魔法、持って来てないよ!! 呪文書にもないし……」
 ウィチカが悲鳴を上げる。
 「だったら買おう。この村にも魔法を使えるものは居るだろう、探すんだ」
 キースが言う。

 確かに魔法使いは居た。彼の呪文書には『縮人』の魔法が記載されていたが、巻物には写していないといった。では、同行してくれ、と言うと、その魔法使い――魔法学院では第二階梯を認可されて、それ以上の修行はしていないという四十絡みの人のよさそうな男性だった――はウィチカどころではない悲鳴を上げた。
 「冗談じゃない、いくらあなたがたと一緒だからって、私じゃ生きてノールの陣は抜けないでしょう」
 そういうので困り果てていると、その魔法使い――ドレックという名前だった――は、恐る恐る言った。
 「もしよかったら、私の呪文書のそのページを切り取って売ってもいいんですが」
 「いいの!?」
 ウィチカの顔がぱっと華やいだ。
 「そうしてもらえれば助かる、本当に助かる!! ね、私が生きて戻ってきたら、私普段はエンドゥー・ガルダの冒険者小路で『ロバと天秤』って魔法屋やってるから、是非寄ってって。安くで巻物書いてあげるから!!」
 首っ玉にしがみつかんばかりにして言うウィチカ――巻物云々よりもそちらのほうがドレック氏には嬉しかったかもしれない――に、ドレックは呪文書のページを切り取って渡した。ウィチカは大事そうにそれを自分の呪文書に挟み込んだ。

 そのほかにも準備するものはあるのだった。
 何がいるとも知れない洞窟の中にいくのだから、と、足止め袋を持てるだけ買い込んだ。祠の中に飛び込んだ後、上からの追撃を防ぐのに役立つかもしれないと、タワーシールドも買い込んだ。ノールの陣を抜くのには機動性がいる、とばかりに、トトとセセ(と馬車)は村に預け、それぞれに一頭ずつ、馬も借りた。
 
 準備が整い次第、翌朝を待たずに出発した。
 一日に一人ずつ人質が殺されるのは確実である以上、待つことはできなかった。まずは近づけるだけ祠に近づき、そこで野営して、夜が明け次第一気にノールどもの陣を抜こう、万が一日が変わる前にノールの陣を抜けたら、無理をしてでも一気に祠に突入しよう、そういう考えだった。

 祠のある丘へと向かう道は、草が生い茂り、馬の足を阻んだ。急がねばならないのに、といらだつところにサイリエンが呪文を唱えると、急に馬の足元だけ草が平たく寝て、均された大地を行くように一行を急がせた。

 あっという間に環状列石がはっきりと視界に入るようになった。
 そして、その周りにテントを設えて陣取るノールどもも見えるようになった。目を凝らせば、石が赤黒く染め上げられているのが見えた。弾け飛んだように石の表に広がる忌まわしい染みは、そこで何が行われたのかをはっきりと示していた。

 ――三人、用済みになった――

 『違い牙』の言葉を、誰もがはっきりと思い出していた。

 そのとき、フェランが低く唸りだした。
 ――ノールどもだ。この辺を隊伍を組んでうろついているらしい。
posted by たきのはら at 21:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その3:白秋の剣

 では、まず四風刀のことから話そう。
 この世界には、世界を構成する様々な要素を構成する26本の剣がある。これは仮に剣と呼ばれてはいるが、すべてが剣ではない。槍もあれば矛も弓もある。そのひとつが風の剣であり、一振りの風の剣は分かたれて四季の風の剣となった。風の剣はすべて曲刀だ。春の剣は銘を『花信風』、つまり花便りの風と称するシミターである。夏の剣は夏嵐、それとも単に『嵐』と呼ばれるファルシオン、冬の剣は『吹雪』と呼ばれるサーベル。これらはすべて一振りの剣だが、秋の剣のみが大小一組のシミターである。大剣は颪、小剣は凩の銘を持ち、それぞれに異なった本質を持つとされている。すなわち『颪』は刈り取る剣、そして『凩』は実りを象徴する剣であると。ふた振りの剣は共に秋の風から研ぎ出されたとされている。それゆえに実りとその刈り取りの二面を持つのだと。そして、ふた振り揃うことで「使いこなす」ことが可能な剣である、と。

 「使いこなすことが可能……?」
 キースが首を傾げる。
 「そう、というのも、風の剣はすべて、何かを解放する力があるとされている。そして、『颪』は……「刈り取る」衝動を解放してしまうらしい。『颪』の暴走を抑える『凩』がなければ、ひとたび抜かれた『颪』は、周囲の命を刈り取りつくしてしまうまで、荒れ狂い続けると……」
 「ふむ、で、ラーザールはその秋風の剣を所有していて、『暴風』と呼ばれていたのだな。なにやら……うん、なにやら嫌な状況が思いつくが……
 だが、そのラーザールは少なくともエルフの友であったわけだろう?」
 「エルフの姫君と恋に落ちるほどであったというし?」
 キースの言葉にアルテアが続けると、サイリエンの顔がさっと曇った。
 「でも、その恋は……随分悲しい結末に終わった、ということ?」
 ウィチカが問うと、静かにサイリエンは首を振り、そしてタムリスに続いて語り始めた。

 「そのような牧歌的な話ではありません。忌まわしい……陰惨な話です。
 ラーザールはその恋人であったエルフの姫、エスリロンを伴って地下の祠へと下りました。将来に見込みがないといって、何故日も差さぬ場所、地底の深みへとわざわざ下らねばならなかったのでしょう?
 その答えはすぐに知れました。
 始めはいざ知らず……地下にエスリロンを伴ったとき、ラーザールは既に姫を愛してなどいませんでした。そもそも元からただ苛烈なばかりの戦士であった男だったといいます。愛情などというものの持ち合わせなど、あったのかどうかすらわかりません。最初から何も知らぬ姫を騙し、自分の忌まわしい望みをかなえようとしただけだったという説もあります。地下に姫を伴ったのも、駆け落ちに見せかけた誘拐だったのです。既に姫はラーザールが邪悪であることを知っていた、逃れようとしてもかなわず地底に攫って行かれたのだという話もあります。
 ともあれ、ラーザールが何をしたのかはすぐに知れました。
 エスリロンは死にました。ラーザールに命を奪われたのです。ラーザールがエスリロンを代償に求めたものは不死でした。「死なぬこと」――その願いはかなえられました。彼は死者にして死せざる存在に、「死にぞこない」になったのです。そして、エスリロンの身体は、グールと化したラーザールに貪り食われてしまったのです。魔法の力でそれを知ったエルフの長は娘を蘇らせようとしましたが、かないませんでした。エスリロンの魂までがラーザールに貪り食われてしまったか、それともエスリロン自身が「死にぞこない」にされてしまったからだ、と……」
 そこでサイリエンは言葉を切り、キースに向き直った。

 「貴方はこの話を聞くのは二度目になります。
 初めてこの話を私がしたとき、貴方は言ったのです。そのような奴は許せない、そして死人狩りの俺こそがその不浄な命を塵にする役目にふさわしい、と。そして……」
 もう一度、息をついた。
 「『風を再び解放する』そう、言ったのです。剣そのものには善も悪もないだろう、それに、地底に閉じ込められた風は風ではなくされているのだから、再び地上に吹き渡る日を待ち焦がれているだろう、だから俺はラーザールを行くべき地獄に送り、そうして解放されるべき風を再び解放してやる、と……」

 どうやらそれで失敗したんだな、俺は。
 にぃ、とキースは笑った。自嘲ではなく、挑戦的な笑いがキースの目の中に浮かんでいた。

 「ことのついでに、今度こそ風を解放できるといい。そういうことか。
 ……まぁ、今回は、まずは犬コロどもの相手だが。
 で、どうする? どう動く?」



このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 14:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その2:語られること、語られぬこと

 タムリスとサイリエンはおそらく多くのことを知っているだろう。が、何か口を開くのをためらっているふうである以上、聞き出すのは骨が折れそうだ。
 しばらく村で食料や装備を買い整えるのに時間を費やしたあと、キースは再び宿に戻った。宿の主人がかつては冒険者で、しかもありがたいことに吟遊詩人であったという話を聞き込んだのだ。金貨を渡し、これから攻め込む祠の主であろうノールの神『大顎』について問う。
 「……あんたが、あの犬コロと死にぞこないどもをどうにかしてくれるんだな。よろしく頼むよ。……引退してなきゃあ、俺ももうちょっとマシな手助けができるんだが」
 そう前置きすると、宿の主人は語り始めた。

 『大顎』、またの名を『よだれ顎』。ノールどもがあがめる神だ。奴らにとっては神だが、よりありていに言えばデーモンロードで、イーノグフと称される。その姿は身の丈12フィートのやせこけたノール、奴自身の力は強大だが、何しろ見た目がノールそのものなので、逆に言えばノールどもしかあがめるものはおらず、この世における影響力はさほどでもない。
 奴はあの村はずれの祠の主だとされているが、実は別の言い伝えもある。この村の古老の伝えるところによれば、昔このあたり一帯をうろつく大喰らいのけだものじみた化け物がおり、これをエルフたちが祠の中に閉じ込めたのだという。だからあの祠には入り口も出口もないのだと。この化け物だが、伝え聞く話ではどうやらノールではない。むしろグールに近い。
 そもそも――まぁ、エルフの時間で数えればの話だが――このあたりではノールは新参者で、本来この周辺に巣食っていたのはグールの王とその郎党どもなのだ。グールの王はどうしたことか、攻め込んできたノールの一党に敗北を喫し、そのままイーノグフの配下に下ったのだとか。であるからグールの王が祀られ、閉じ込められた祠が、そのままノールの神を祀る祠とされたのではないか。もちろんノールどもにとっては自分たちの神が現在の祠の主となっているのであるから、中にいるものの本来がグールであろうがノールであろうが自分らの神のものには違いない。というわけで奴らは自分らの神の力を増すためにあの祠を周囲に陣を固め、祠の中のものを開放すべくせっせと穴掘りを行っているのだ――。

 「そいつは」
キースの口調は冗談めいていたが、声は硬かった。
 「ますますもってうんざりした話だな。犬コロの陣を抜いたら次は何がいるとも知れぬ穴の中か。……先に行った連中はどうなっているのかな。合流できればありがたいが」
が、『学院の出した調査隊』についての足取りは――それとも彼ら自身何かに追われていて、足取りを隠そうとでもしたのか――とうとうつかめないのだった。

 そうこうしているうちに夕刻になった。タムリスやサイリエン、それにウィチカやアルテア(これはフェランがいるので宿には入れなかった)が食事にやってくる。主人は慣れきった手つきで5人分の夕食を整えようとし、そしてサイリエンの顔を見て「ああ、あんたのは特別製にしなきゃいけないんだったな」と言った。聞けば、サイリエンは戒律によって縛られており、肉や魚を食べることはできないのだという。果物やチーズを盛り付けた皿を受け取ると、サイリエンは外に出て行った。食事そのものも別の場所で取らねばならないらしい。代わりにアルテアが入ってきた。フェランは私が見ているからとサイリエンが言ってくれたから、という。
 「……アルテアは、いいの?」
 当然のように肉の皿を受け取ったアルテアを見て、不意にウィチカが言った。
 「いいの? って?」
 「アルテアは戒律とかいいの? サイリエンは肉は食べないらしいけれど、アルテアは平気で食べるよね?」
 「……わたしの部族には、そんな戒律はないけれど……それにドルイドの戒律にも肉を食べてはいけないということは示されていないよ?」
 「ウィチカ、ほかのドルイドはどうだか知らないが、アルテアの育ちはずっと南のジャングルの方だって言うから、そんな戒律はないんじゃないか」
 キースの発言はどうもその場を取り繕ったつもりらしかったが、どうにもそのようには聞こえないのだった。そもそも育った場所と戒律になんの関係があるというのやら。
 だが、同じドルイドでありながら何か透き通った空気をまとったサイリエンがチーズと果物にしか手を触れず、そしてアルテアはそのような戒律を持たないというのは、なにやら十分にそれぞれにふさわしい気がして、ウィチカはつい小さく笑い声をたて、アルテアにずいぶん睨まれたのだった。

 食事が済んでしまうとまた見張り小屋に戻った。
 歩きながら、キースはタムリスとサイリエンの横顔を交互に見つめていた。……駄目だ、何も思い出せない。声を潜め、サイリエンに問う。本来なら俺自身が知っていることなのだろう、頼む、何を聞いても驚きはしない、教えてくれ。俺が何者なのか。それが駄目だというのなら、これから戦う相手が持っていて、俺が奪おうとしたであろう風の剣のことについて。
 ――本当に知りたいのですか?
 ――知りたい、頼む、教えてくれ。
 ――でも、わからないのです、私にも。貴方が思い出さないのは、それは貴方が思い出そうとしていないからではないのか、と。それを私が告げてはならないのでがないかと、そう思えてならないのです。
 ――思い出すまいとしているというのなら、それは俺が間違っているのだ。俺は知っているべきだ、頼む、教えてくれ。
 ――でも、本当に忌まわしい話ですから……
 「キース、さっきから何をこそこそと?」
 とうとう見かねたのかアルテアが割り込んできた。見かねたというよりは、レンデに着いてからずっと、何やら人目から隠されるようにしており、さらに先ほどはサイリエンと比べて戒律を持たないことが何やら少し品下るような取り扱いをされたのを、少なからず根に持って絡んだのが真相のようだったが――ともあれ、アルテアの割り込みはキースには助け舟になった。
サイリエンはタムリスにうなずいてみせ、そしてタムリスが語り始めた。



このシーンの裏側
posted by たきのはら at 00:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

シリーズ第8回『剣の王・滅びの王』その1:旋風の記憶

 「違い牙」を倒した翌日。
 キースは何か思い出すべきことがあるのに思い出せないもどかしさに苛立ちつつ、聞き込みを続けていた。先行したはずの死霊術学科の調査隊について、それにとらわれた人々がひょっとして逃げ帰ってきたりしていないかどうか。口下手なうえに風貌のせいでいまひとつ信用されにくいアルテアは宿に残し、情報を集めたり取引をしたりはキースとウィチカが担当するようになっていた。

 聞き込み、といってもレンデには宿は一軒しかない。そうして宿の主人が言うには、確かに数日前に冒険者の一行がやってきて、一週間分の食料を買い込んだ上で出発していった、5人組で、筋骨たくましい男が二人、やせた黒衣の男が一人(大変に景気の悪い雰囲気だったのでよく覚えている、という。おそらくそれが死霊術学科の人間に違いない、とウィチカは思った)、緑色のケープの男がどうやら頭目らしくてきぱきと指示を出しており、そのほかに荷物持ちが一人。学院の紋章をつけていたかどうかはわからない。それでは、その五人組の誰かは聖印を持っていなかったか、その形は……とウィチカがいくつか図案を示して見せると、どうやら荷物持ちにしか見えなかった男が聖職者で、しかも絶対図書館の『司書』だったらしい。
 「まぁ、絶対図書館の聖印を持っているのは学院の関係者以外にいるはずがないから、その五人組が死霊術学科の出した調査隊だってのは間違いがないのだけれど……」
 その五人組の向かった先だのなんだのと、具体的な足取りはつかめないまま、見張り小屋に戻ることになった。残念たわ、もし行き先が分かれば合流して人数を増やそうと思っていたのに。そうぼやきながら部屋の扉を開けると、タムリスとサイリエンがアルテアになにやらこれから攻め込むべき祠の来歴について、説明を行っている様子。

 「ああ、戻ってきたか。
 キース、あんたも聞いておいたほうがいい。本当なら知っている話だろうが……」
 言葉の最後にかすかに苦いものを残しながら、タムリスが言った。それからため息のように一息ついて……そして話し始めた。

 こぶ枝が守っていて、そして奪われた祠というのは、建物ではない。泉のそばにある小高い丘で、その上には環状列石がある。環状石の中央に位置する地面は陥没して地下の空洞にそのまま続いている。これが、実は祠なのだ。
 中は確認していない。列石の中央が陥没したのは自然現象だし、入ったものはいない。今はノールどもが回りに巣食っているが、奴らとて入ってはいないだろう。中には恐ろしいものがいるからだ。いや、例外がひとつだけある。入った人間がいるのだ。その名はラーザール、「エルフの友」と呼ばれた男だ。……何か思い出さないか? ……そうか。
 このラーザールは別名を「旋風の」ラーザール、もっとありていには「暴風の」ラーザールと呼ばれた。名高き四風刀のひとつ、『凩』と『颪』の一組を使う“剣の王”であったからだ。彼は剣士であるだけでなく、恋物語の主人公でもあった。エルフの女性と恋に落ち……だが悲恋に終わったという。何か嫌な顔をしているな、キース。何か思い出すか?
 「……わからん。だが、『ラーザール』という名に、何か忌まわしい記憶がこびりついているような気がする」
 キースが答えると、サイリエンが静かに告げた。
 「そのはずです。彼は……『ラーザール』は、貴方が奪おうとした、まさにその剣の、持ち主なのですから……」
 「俺が? 俺がラーザールから剣を奪おうとした?
 どういうことだそれは? タムリスの今の話は……昔話ではないのか?」

 昔話だとも。エルフにとってはいざ知らず、人間にとっては十分に昔話だ。
 とにかく、ラーザールは自分と添い遂げられないことがわかっていたエルフの女性を連れて、地下の祠へと入っていった。そうして再び地上に現れることはなかったのだ。

 そこまで言って、タムリスはサイリエンを見た。これでいいのか、と問いでもするように。キースもサイリエンを見た。失われた記憶がそこに映っているのではないかと確かめでもするかのように。
 サイリエンの表情には、乱れはなかった。少なくとも何かをごまかそうとするふうではない。が、知っていることのすべてを話してくれてはいないな――いや、迷っているのか。いつ話そうかと頃合を考えているのか。
 キースは小さくため息をついた。
 失われた時間の中で、俺とサイリエンはいったいどういう関係だったのだ。共に冒険をしたのか、生死を共にした仲間なのか。それとも……まさか恋人同士だったとでもいうのか?
 キースの視線に気づいたか、サイリエンも静かに目を上げた。キースの視線とサイリエンの視線が、しばし絡んだ。が、やがてサイリエンは静かに目を落とし、話はこれだけ、そうですね、タムリス、とつぶやくように言ったのだった。


posted by たきのはら at 23:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』目次

 あううう、これもえっらい難産でした。
 書いていてさらさらと気持ちよく進んでいた最初はよかったんですが、謎が入り組んでくるあたりでだんだん文章が滞り始め……
 うううう、もっと修行しなきゃですよ(涙

 ともあれ、目次はこんな感じになります。

前口上
白夜行
乗り合わせた客
銀の星祭
惨劇
N村
澪と幸平
小学校にて

館の客人
六歌仙の呪い
地底の炎
解ける夢


なお、後ほど、この「目次」の「裏側」にて、いろいろと裏話公開の予定……
posted by たきのはら at 23:46| Comment(4) | TrackBack(0) | レポート目次(クトゥルフRPG) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その12:解ける夢

 が、老人の気遣いもむなしく、平井は階段を駆け下りてきた木場と氷島の叫びで我に返ることになった。
「大変だ、安部のご老人のところのみち子さんが殴り倒されて、澪さんがさらわれたらしい!! 今、水動さんが様子を調べているが……」
「安部さんご自身も……あ、ご、ご無事でしたか!?」
最後の言葉は何やら胡散臭そうな調子も混じるが
「何、敵を欺くにはまず味方からといってな、常に備えはおこたらないじゃよ」
陰陽師も大変なのですな、と口の中で木場がつぶやくのを、どうやら聞こえたのに聞こえない振りをしているようで、安部老人の表情がかすかに動いた。
が、今は軽口の応酬をしている時でもない。とにかくあとから来た二人に目の前の状況を説明し(木場も氷島もなんとも言いがたい表情をしていたが、現に目の前の炎がそうなのだといわれれば、まずは認めざるをえないのだった)、一度上に戻るか、それとも洞窟の中を探るかと相談を始める。
と。
炎とは別の灯がどこかからさしているのに、氷島が気づいた。
何やら形容のしがたい光、というより色彩が、洞窟の隅から上ってきていた。それは生き物のようにうごめいていた。見る間にそれはふくれあがり、そして呆然と眺めていた四人を瞬時に包み込んだ。逃げる間もなかった。包み込まれたとき、何か生気を抜き取ろうとするような力がその色彩に宿っているのに、四人ははっきりと気づいた。
気づくと、もうそこには「色彩」はなかった。もう何を燃やしているともしれなくなった炎が轟々と燃えているだけだった。
「老いゆく病」の元凶はあれではないのか。
誰かが言った。
そういわれてみればそうに違いなかった。だとすれば『銀の星祭』などは全くの無意味ということになる。いや、病の治癒にはひょっとしたら効果がなくもないのかもしれないが、この妙な色彩をなんとかしないかぎり病は発生し続けるだろう。人を集めて鍾乳洞にくだり、大量の爆薬なりセメントなりでこの色彩の源を破壊するなり、あるいはその出口を塞ぐべきではないのか。
だが、それで解決するものかどうかもよくわからない。とにかく上に行って六歌仙の子孫たちと相談するのがよいのではないか。
そう話がまとまり、篝の部屋まで来たとき。

「よかった、探しに行こうと思っていたんです!!」
血相を変えた増田、続いてぐったりとしたみち子女史を抱きかかえるようにした水動が部屋に飛び込んできた。
「澪さんだけじゃない、大友さんも、いや、六歌仙全員がいません。おそらくは逃げたのです」
増田が悲鳴のように言う。
「逃げた? 何故!?」
木場が詰め寄る。
「わかりません。おそらく我々は騙されていたのでしょう。目的もからくりもわかりません。まずは逃げましょう、裏口が手薄です」
水動が硬い声で言った。
「逃げる? 裏口? どういうことだ!!」
平井が叫ぶ。
「この屋敷は囲まれています。そして中にいるのは我々だけです。村人たちが大挙して押しかけてきています。扉が破られるのも時間の問題かもしれない。そして――」
水動は息を継いだ。
「押しかけてきている村人を煽動しているのは、死んだはずの草上でした。確かに見ました。ですから」
「我々は騙されたというわけじゃな」
安部老人が言い、続いて、では洞窟から行こう、と続けた。
「我々を騙すほどなら、連中のほうがいろいろと恐ろしげなことを知っているじゃろう、なら、その恐ろしげなものがあるほうには追ってくるまい。裏口よりも洞窟を抜けるのが安全じゃろう。なに、袋小路だったなら、ほとぼりが冷めるまで潜んでおって後で逃げ出せばよい」
とはいえ、あそこに戻るのは、と渋る他の三人に、安部老人はにやりと笑って見せたのだった。
「抜け道はあるに違いないのじゃよ、陰陽師の勘がそう言っておるでな」

果たして安部老人は正しかった。
怪しい色彩が襲ってくるかもしれない大広間を避けて枝道を抜けると、やがてゆるやかな上り坂に行き着いた。そこをゆくと、屋敷からずいぶん離れたところに出た。このあたりはなにやら見覚えがある、と木場が言った。そのはず、雪明りの中、どうやら歩いていけなくもなさそうな場所に列車の駅が見えた。

ほうほうの態で駅までたどり着くと、何事もなかったように車掌が待っていた。
「や、間に合いましたか、よかったよかった。
この先の線路が雪でやられてたみたいなんですが、ずいぶん前に除雪がすんだと連絡が入りましてね。この先に行く切符をお持ちの方で列車にいらっしゃらないのは皆さんたちだけだったから、どうしようかと思ってたんですが……どこにお泊りだかわからなくて連絡の取りようもないし、もう出発しようかと思っていたところだったんですよ」
「あの、殺人事件は」
狐につままれたような面持ちのまま、木場が言った。
「ああ、お客さん、警察官でしたっけね。伝言を預かってますよ。お客さんたちが降りられてしばらくしてから、ここの駐在さんたちがご遺体を引き取っていかれましたよ。なんでも県警からの指示があって、現場は確認したからとりあえずどうとかこうとか。おっつけ報告があるはずという話でしたが……じゃ、お客さんはこちらに残られるんですかね?」
「いや、いい。確認だけできればあとは構わない」
あわてて木場は言い、そしてそそくさと列車に乗り込んだ。

それを待っていたように、列車は雪明りの中を夜の中に滑り出していった。
窓から見遥かす村は、何事もなかったかのように、ひっそりと静まり返っている。
水動がみち子女史を彼女のコンパートメントまで送ったときにも、列車の中に人の気配はなかった。おそらくこの特別列車に乗り込んでいたのは、みな、あの村の関係者ばかりだったに違いない。とすると、私たちは……
そこまで考えて不意に背筋に寒気を覚え、水動はあわてて一同の集ったラウンジに戻った。
急に静まり返った列車の中で、六人は顔を見合わせてほっと息をついた。

まずは、厄介ごとから逃げ出せたのだろうか。
それとも次に列車が止まる先で、また新たな厄介ごとが乗り込んでくるのだろうか。
それとも、この列車から降りて日常に帰ったときに……

何もかもが朧な夢の中で起こったような、なんとも説明のつけがたい事件だった。それだけに、終わったのか終わらないのか、助かったのかそうでないのかすら判然としない。
そう増田が口に出し、氷島がうなずくと、平井がにやりと笑って言ったのだった。
「私は慣れっこだがね。ようこそさめない悪夢の中へ」
posted by たきのはら at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その11:地底の炎

 そのころ。
 「篝の部屋」に通された平井はひととおり部屋を観察すると、にやりと笑い、掛け布のかかった姿見に手をかけた。
 「こちらですな、大友さん」
 案内してきた幸平は、そうだとも違うともいわず、じっと平井を見ている。
 「ああ、心配はご無用、べつにあなたの隠し方がまずかったわけじゃない。私の夢枕に、おそらくは篝さんご本人がお立ちになりましてね」
 幸平の口がかすかに動いた。声はきこえなかったが、おそらくは「あんたに何がわかるのだ」と言っているのだった。
 「何も知るわけがありませんとも、大友さん。私たちは『呼ばれて』来たのですからね、何も知らされずに」
 言いながら平井は鏡の際に手をかける。果たして鏡はぐらりと横にすべり、その後ろは下り階段となっていた。
 「死んだと思われていた篝さんはこの通路を伝って逃げた。違いますか。……おや、どうも違うようだ。まぁいい、私はこちらに入りますよ」
 幸平は止めもせず、ただじっと平井の後姿を見送っていた。

 一方、応接室。
木場と水動、それに増田あたりが周囲にあれこれと(埒もなさそうなことを)質問している間に、立ち上がった――というよりは動き出したものがある。
「みち子さん、すまんが、澪さんの部屋に連れて行ってくれんかね、なに、この中のどなたかはご存知のはず」
それでは私が、と立ち上がりかける有原を抑え、ただ部屋の場所を教えてくれれば言いと言い張る。陰陽師としてな、少しばかりきいておきたいことがあるのじゃよ。他の人間が立ち会うのは、どうもいろいろと都合がよろしくないのじゃ。
そう言い張ってみち子女史に車椅子を押させ、澪の部屋におしかけた安部老人だったが、これは澪が何も知らされていないのを確認するだけに終わった。さらに、澪自身どうやらくたびれている様子だったので、みち子女史を看病に残し、安部老人はひとり廊下に出た。きぃきぃと車椅子の車輪を鳴らしながら向かう先はさきほど澪に場所を聞いた篝の部屋。

部屋の鍵は開いていた。
そうして、姿見の隠し扉も。
だが、車椅子の安部老人には階段を下りるすべはない……と思いきや、老人はにんまりと笑って立ち上がった。そして、おもむろに抜け殻の車椅子をその場に転がす。
――あの生真面目そうな警官殿や探偵さんが見たら何を言うかな。
そう思ったかどうかはともかく――足が立たないはずの安部老人は、なんとも言いがたい笑みをくちもとにはりつけたまま、すたすたと階段を下りていったのだった。
そうしてどれだけ降りたか……老人はふと足を止めた。
何かがこげる臭い。
煙の臭い。
どうしたものか、と一瞬逡巡し、そしてそのまま階段を駆け下りる。階段の先は鍾乳洞に開けており、少し先で明かりが見える。異臭の源。炎だ。動くものがある。声が聞こえる。笑っている。男の――いや、先に部屋を出た平井その人の声だった。地下に大きなかがり火を焚きながら平井が哄笑していた。
「どうされた、平井さん!!」
安部老人は恐れる様子もなく、そちらへと駆け寄っていった。

平井は満足しきって笑っていた。
喉首の周りにからみついて解けない蛇のように彼を苦しめていた悪夢が、ようやく現実へと解けたのだ。
そう、安部老人が澪と他愛のない会話をしていた頃、平井は一足先に鍾乳洞を歩いていた。ポケットに持っていたマッチの炎が作る頼りない灯の中に、立ち上がり垂れ下がる石の柱が朧な幽霊のように浮かんでは消える中、何かに導かれるように平井は歩いていた。いや、彼を導くものがあったのだろう、確かに。
ほどなく、灯の中に、石の柱とは異なったものが浮かんだ。天蓋のかかった寝台だ、と思った瞬間、マッチの炎が消えた。手探りで進むと、伸ばした指先にひんやりとしたものが触れた。弾力があるようでもあり、冷たく硬くなっているようでもあり……そのまま指を滑らせると、別のものが触れた。滑らかな絹糸の束に触れたかと思ったが――そう、それは髪の毛だった。目の前に横たわっているのが人形ではなく人なのだと、平井は確信していた。そしてその人の面影も。
灯の中に見るまでもない。知っていたのだから。夜毎の眠れぬ夢の中で。その姿をもう一度うつつの中に見るために、平井はもう一度マッチを擦った。丸いちいさな灯の中に、その人は眠っていた。美しいままで。そう、完全に屍蝋化して。ちょうど澪の姉ぐらいの年の娘だったが、枕元に添えられた書置きを信じるならば、それは幸平の妻なのだった。
――何故、あなたは老いないのだ
――何故、そのような姿になったのだ
何本もマッチを擦りながら、灯の中に浮かぶ寝顔に平井は語りかけていた。
おそらくこの人はどこかで老いない病に罹ったのだろう、そう平井は思った。だから、老いない母は澪の姉になるしかなかったのだ。この人は本当に贄に選ばれて自死したのか、それとも差し出すのを嫌って幸平が――いずれにしろ不本意な死だったろうに。その身体をこの地下に運んだのは幸平その人、豪華な寝台に横たえたのも幸平。だが、鍾乳洞の中の環境が、いかなる偶然か、屍蝋を形成するのに完全にかなっていたのだ。彼女は老いないばかりでなく、朽ちてゆくこともなくなった。完全に止まった時間の中で、永久に眠り続ける……彼女の望むと望まざるとに関わらず、それが彼女のさだめとなったのだ。それも平井は夢で知っていた。ああ、でもどの夢で知ったのだろう。彼女は常に悲しい笑顔で微笑みながら、やがては業火に包まれてゆくのではなかったか。

そうか。
貴女はそれを望んでいたのだな。
どうして私が選ばれたのかは知らないが、その望みを伝えるために貴女は私の眠れぬ夢に現れたのだな。
平井は静かにうなずいた。
喜んで。
喜んでその役目を務めよう。
貴女は炎に包まれないとならない。

平井は最後のマッチを擦った。小さな炎を寝台の敷布に近づける。洞窟の冷気と湿気を含んだ敷布はなかなか炎を受付けなかったが、マッチの命が尽きる直前にようやく火が移った。ほどなく炎は敷布を舐め、眠り続ける人の身体を覆い、天蓋へと駆け上った。大きなかがり火が鍾乳洞の広間の中で赤々と燃えていた。止まった時を溶かす炎であり、ようやく点された荼毘の火であった。
そうだ、この光景だ。これが俺に望まれていた光景であり、俺が望んだ光景だ。やっと、たどり着いた。夢の出口に。それとも入り口に。
満ち足りて、いつしか平井は笑っていた。その口からあふれる声は、知らぬ人には狂笑とも聞こえたかもしれないものだったが。

安部老人が駆けつけてもその笑いは止まなかった。老人は燃え盛る炎の中にあるものを一目見ると、すべてを諒解したようで、平井が笑い止むのを静かに待っていた。
posted by たきのはら at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その10:六歌仙の呪い

「六歌仙は」
 分家教授はまるで講義でも行うような口調で語り始めた。
 「確かに歌詠みとしては超一級。ですが、それ以外にも彼らに共通点があるのをご存知か」
 ……誰も答えない。
 「彼らはすべて、中央に関わりつつ、最終的には時の朝廷から疎まれ、地方に落ちざるを得なかった。小野小町など、悲惨な最期ばかりがいくつも伝えられている。卒塔婆小町にしろ、芒の生えたしゃれこうべとなってあなめあなめと泣く小町にしろ、辻に捨てられ生身の美のはかなさと無常を美しかった姿が朽ちてゆく惨い変化で説く小町にしろ、いずれにしろ末はよくない。昔男の業平にしても、きのうけふとは思わなかったその日をどのようにすごしたものやら……」
 そこで一息つき、だが、実のところ、と教授は言った。
 「もうひとつ共通点があるのです、これは知られているものではないが」
 「……ふむ、もしや」
 平井が口を挟むと、彼が何か続ける先に教授は大きくうなずいた。
 「そうです、彼らが最終的に流れ着いたのは、この村なのです」
 「それが、なぜ……」
 「関係あるのかとおっしゃる、そうです。全くのところ、逆恨みに等しい話ですからな」
 氷島の言葉をもひょいとさらい上げ、教授は先を続けた。
 「彼らは中央を恨んでいた。それだけでなく、自分を不遇に追いやった人の世そのものを呪っていた。命終わるとき、彼らが残したのは悔いでも悲しみでも都への憧れでもなく、呪いだった。……その呪いは凝って病となった。それが、この村の『老いゆく病』なのです」
 呪いはそのまま病となりました。ですから、呪いを解くための、あるいはいっときなりともその呪いを和らげるための儀式がそのまま病を癒すための儀式となったのです。この村は六歌仙の呪いの理不尽な犠牲となっているのです。
 語り終えた教授は、ため息をつくと深々とソファーに沈み込んだ。
 「しかし、なぜその呪いがあると知りながらあなた方は……」
 水動が低く掠れた声で言った。この男は緊張すると無理に声を低く押さえつける癖があるな、と木場は思った。それも声が出なくなるほどにきつく。探偵業を行ううえでは落ち着いて見えなくてはすむまい、そのために声を低く抑えるのだろうが、そこまで抑えたのでは逆効果だ。緊張がすぐわかる。……小娘じゃあるまいし。
 「償いですよ、もちろん」
 分家教授の語りをずっと聞いていた幸平が急に口をひらいた。
 「我々六歌仙の子孫は、逆恨みの果てに世に病をもたらした先祖の償いをしようと勤めてきたのです。私はこの村に校長として移り住みましたし、他のものも祭りの頃にはここへやってくる……が、病を根本的に癒す方法はまだ見つかっていない。せめてもの償いは贄として自分の身内を差し出すことかもしれないのですが……」
 昨年選ばれた篝はそれを嫌って自死しました。が、今年はそうはなりますまい。
 「今年の『花嫁』は、まさか……」
 増田の目がきつくなる。
 「そう、澪です」
 よほど押さえが利いているのか、それとも何かが麻痺しているのか。
 幸平はこともなげにその先の言葉をつむいだのだった。
 「篝が死んだので、篝を迎えるはずだった村長の息子はまだ独身のままです。そして彼は今年あらためて澪を花嫁に迎えることになりました」
 「み……澪さんは、それを」
 抑えきれなくなった水動の声が跳ね上がる。
 「知りません、篝が死んだことも知らないのです。知るはずがありません。姉が村を出て行ったので換わりに村長の家の嫁に望まれたと、ただそう思っています」
 「だが……それは犯罪行為だ」
 木場が押し殺した声で言う。
 「儀式です、償いの」
 言うと、幸平は凝っと「よそ者たち」を見た。その目が何か底光りしているように思えて、氷島は瞬間、全身が総毛立つのを覚えた。

 「ふム、まぁいい」
 しばらく落ちた沈黙のあと、安部老人が急に言った。
 「では、伺うが、件の儀式を執り行っているのは誰じゃね。あんたの娘ごを二人とも差し出せと告げたのは」
 「存じません」
 幸平はこれまたこともなげに言った。
 「早朝、白羽の矢が立つのです」
 おお、これはまた古典的な。そうつぶやいたのはやはり平井で。そうして平井は突然入ってきた扉に手をかけた。
 「まぁ、話の大筋はわかりました。そしてあんたがたがこうやって集まっても何もなっていなさそうなことも」
 「それは、いったい……」
 有原が眉を顰めるのに平井は慇懃無礼以外の何ものでもない丁寧な一礼とともに言葉を返した。普段のぶっきら棒からは思いもよらない饒舌ぶりでまくしたてる。
 「我々もですな、得体の知れない白羽の矢で定められる『花嫁』のお嬢さんたちと同様、得体の知れない手紙で呼び寄せられたのですよ。おそらくは事態からの脱出の鍵となるべく、ということでしょうな。
 大友さん、篝嬢の部屋を見せてください。ご案内をよろしく。あなたのご様子から察するに、きっと生前のままに整えてあるとか、そういうのでしょうかね」
 そうして平井は、ああ、ともうう、ともつかない言葉を言いかけている大友を引きずるようにして、とっとと部屋を出て行ってしまったのだった。

 「驚いたな、作家先生があれでは我々は商売があがったりだ」
 平井の後姿を見送ると、木場は水動を見やった。水動も苦笑交じりにうなずいた。
 「まぁいいでしょう、我々はこちらで残りのかたがたからお話を伺う役割をいただいたわけですから」
posted by たきのはら at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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