2006年06月20日

『雨と夢の後に』その9:館の客人

 増田と水動が戻るのを待ちかねたように、幸平は一行を屋敷に案内した。それは――山奥の村には似つかわしくない石造りの洋館だった。

 「大友さん、お先に失礼させていただいておりましたわ、もうじきお帰りと伺ったものですから」
 幸平に伴われて一行が応接室に入ると、そう言って立ち上がったものがいる。ほっそりとした、若い、美しい女性だった。
 「おや、あなたは」
 氷島が首をかしげた。見覚えがあるような気がしたのだ。
 「おお、ピアノをひいてらしたお嬢さんじゃの、ほれ、列車の中で」
 安部老人がすぐに答えを出した。確かに、食堂車の一角にはアップライトピアノが備え付けてあり、一行が草上と至極居心地の悪い会話を続けているのにまったくそぐわない、やわらかい音色で旋律を奏でていたのだった。そう、そのときのピアニストがこの女性だったのだ。
 「ああ、私の演奏の時間にいらしたのですね。覚えていてくださったのですか、光栄です。私、有原葉子と申します」
 そう言って女性は微笑んだ。
 
 「おお、主の御帰館か」
 幸平に薦められて一同がソファーに腰を下ろすか下ろさないかのうちに、品のいい初老の男性がそう言いながら入ってきた。
 「おや、これはグラスが足りなかったか」
 そういう男性の手にはブランデーの瓶。
 「久しぶりに大友さんと酌み交わそうかと思って持ち込んだのだが、これだけ客人があるからには、こちらのほうももっと持ってくればよかったかな」
 その老人もやはりさきほどの列車に乗り合わせていたらしく、これは分屋武彦と名乗った。とある大学で国文学の教鞭をとっているらしい。さらに入ってきたのは若いカメラマンで、これは木船一郎と名乗った。
 「今年はこれで全部、か? 人数が足りないようだが」
 木船は一同にざっと挨拶を済ませると、すぐに幸平に向き直って謎のようなことを言った。
 「草上が死んだよ。それから、尾野がまだ来ていない」
 幸平は当たり前のように答える。そして、いぶかしげな顔をしている一行を振り返った。

 「……ああ、みなさん。
 不思議がっておいでのようだが……そう、ここにいる3人は本来私の客になるためにあの列車に乗ってやってきた方々です。もちろん、非業の死を遂げられた草上氏も」

 六歌仙、といって何か思い当たりますか。
 一呼吸おいて、幸平はそういった。
 「あなたがたの名前」
 即座に答えたのは氷島だった。
 「文字は違うようだが、貴方がたのお名前はどうやら……」
 「そのとおりです」
 そう言って微かに笑みを浮かべたのは分屋教授。
 「私たちは……それぞれに六歌仙の子孫なのです」
posted by たきのはら at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その8:沼

 幸平との会話は絶望を募らせるばかりだった。
 それを大概に打ち切った水動は、ふと思い立って、澪の姉である篝が身を投げたという沼に向かった。なに、子供の一人に「この村で沼といったら何か心当たりがある?」と訊いたら、この小学校の裏手が大きな沼になっているというのだから、半分は散歩のつもりだった。
 向かう先の曰くがあのとおりでは、気分転換の散歩とは行くまいが。
 途中、増田に会ったので、声をかけて一緒に行くことにした。

 校舎の裏は木立になっており、踏み込むと本当にすぐ沼が広がっていた。沼の向こうはうっそうとした森だった。何か悪夢に囚われたような気分になった。しんと静まった沼はあちこち凍っており、それが、日暮れの薄明かりを飲み込んで、なにやら得体の知れないものがその下からこちらをうかがっているような錯覚を起こさせた。
 「増田さん、冗談じゃない、こんなところにいたら私たちまで何やらおかしな気分になってくる。戻りましょう」
 そういって水動が振り向くと、増田が声にならない悲鳴を上げて沼の向こうを指差したところ。あわててもう一度そちらに目をやると、大きな蝙蝠が森からばさばさとこちらに飛んでくるのが目に入った。あからさまな敵意を感じた。そして危険も。
 「危ない、逃げよう」
 同時にいいざま、二人は走り出した。森からやってきた大蝙蝠はただの獣ではない気がした。何か目が血走っていて、牙が血でぬれている、そんなふうに思えた。

 「増田さん、危ない!!」
 水動が振り向いたとき、一緒に走っていると思った増田はずいぶん後ろにいた。水動は英国に長く、ロンドンの霧と郊外の沼地に慣れていた。この程度の沼地で足をとられるものではないが、増田はそうはいかない。今にも蝙蝠がその首筋に飛びつきそうに見えた。とっさに水動は上着の内ポケットに手を滑り込ませそうになって、思いとどまった。――愛用の拳銃はある。が、まさか小学校の裏手で銃声を響かせるわけにもいくまい。そのまま身をかがめて足元の石を拾い、投げた。
 当たった。が、一撃では落ちない。蝙蝠は今度はまっすぐ水動に飛び掛ってきた。悲鳴を上げそうになって、耐えた。というより、喉がひきつれて声が出なかったのだ。そのことに感謝しつつ――悲鳴だけはあげてはならない――水動は体をひねって蝙蝠の翼をかわし、二つ目の石を拾ってたたきつけた。

 二人がかりで石を投げ、どうにか蝙蝠を叩き落すと、増田と水動はほうほうの態で校庭に逃げ帰った。先ほどの不気味な空気がうそのように、子供たちが行き交っていた。老いる病を負った子供でも、さきほどの沼と蝙蝠よりはましだった。
 ――やはり、あの間だけ悪夢に囚われていたのではないだろうか。
 増田と水動は顔を見合わせ、ため息をついた。
posted by たきのはら at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その7:小学校にて

 幸平が一行を学校に案内した理由は、すぐに知れた。
 幼く、あどけないはずの生徒たちの中に何人も、皺んだ頬と、窪んだ眼窩の中にうす赤く涙に濁った目を持つものがいた。やわらかく黒々としているはずの髪はいじけて灰色になり、駆け回ろうとする足がもつれるものも居た。むき出しの筋張った足に、緩んだ皮膚がまとわりついている。

 「これは……」
 水動が掠れ声で言った。
 「風土病のようなものでしょうな」
 幸平の声は平坦だった。
 ――お前たちが『祭り』をどのように思っているか知れないが、現実はこうなのだよ。
 「医者は、なんと」
 「手の施しようがない、と」
 「東京の病院で診せればよいではないですか」
 「東京の医者も匙を投げたのです。それに……」
 なにぶん、このような山奥の村です。都会のものなどそう信用するものではない。私もこの村のものではないので、なじんでもらうまで、随分苦労をしたのだし。

 結局、祭りは行われるしかないのだ。それがこの村の約束事なのだから。
 つまりはそういうことなのだった。

 「……そういえば」
 気まずい沈黙をなんとか破ろうとしてか、水動は口を開いた。
 「上の娘さんのお帰りをお待ちだったのではないですか」
 そうして、すぐに酷く後悔する羽目になった。幸平は無感動な口調でこう告げたのだ。
 「篝は、死にました。気が狂れて、沼に身を投げて」
 そうして、すぐに声の調子を変え、
 「そうです、みんな帰ってきます、なにしろ祭り……」
 言いかけ、黙り込んだ。自分は祭りのことなど何も知らないと答えていたのを不意に思い出したらしかった。

 水動と幸平の一言ずつが暮れ方の空気をさらに重くしている頃、木場は子供たち相手に状況を探っていた。
――坊やたち、『銀の星祭』って知ってる?
――知ってるよ、すごく楽しみにしてるよ。
――どんなお祭り?
――どんな、って、にぎやかなお祭りだよ。夜店もいっぱい出るよ。村長さんちの近くの神社でやるんだよ。
――へぇ。神社。神社の中で?
――そうだよ。でも、神社に入れるのは大人の人だけだよ。
――そうかい、ずるいねえ、大人ばっかり。
――でも、夜店は神社の外に出るんだよ。お囃子の舞台も神社の外だよ。
 どうやら、子供たちにとっては、銀の星祭は、都会に出て行った親戚が帰ってくる楽しみな祭り、と、それだけらしい。

――それからね、お祭りの最後にね、お薬、配るんだよ……

 
posted by たきのはら at 21:28| Comment(1) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

『気高き幕開け或いは……』目次

 というわけで、新規キャンペーン開始記念と、あと、自分的に「これまでのスピード執筆の調子を取り戻そう!! キャンペーン」を兼ねて、一気に書き上げてみたりしました。

 やっぱりイキオイに乗るのは楽しいなぁ♪
 丁寧に、ていねいに書いていくのも楽しいんだけれど。

 そんなわけで、恒例のまとめ用目次です。

『気高き幕開け或いは……』
その1:放蕩息子の旅立ち
その2:善きものの出会い
その3:二つの依頼
その4:それぞれの理由
その5:ありふれた出発
その6:交渉する人々
その7:散々な道程
その8:続・散々な道程
その9:モルトー村へ
その10:不穏な道
その11:犠牲
その12:闇の中へ

とまあ、こんな感じで。
ご意見ご感想ご指摘等ありましたら、ぜひコメント欄なりなんなりにお願いいたしますー。

『気高き幕開け或いは……』その12:闇の中へ

 一夜明ければ、もう悲しんでいる余裕は許されない。明け方の光の中、5人は出発した。
 今度は何に出会うこともなく、荒野のさなかにぽつんと立つ、荒れ果てた神殿の廃墟にたどり着く。
 「普通の神殿だったということですが……このあたり一帯で信仰されている神々をあわせて祀ったもので」
 なぜ見捨てられたのかは聞き出せませんでした、そうアシュリアは言って、朽ちかけた門を見上げた。

 シルキスが真っ先に門に近づいた。耳を澄ませ、うなずく。何も居ない。
 入ってゆくと、門のすぐ内側は墓所になっていた。様々な神のシンボルを刻んだ石棺が並ぶ。ジャスティーが辺りを見回し、悪しきものはいない、と言う。このシンボルも、おそらくはここに眠る死者たちが生前に信仰していたものだろう。

 回廊をめぐりながら奥の部屋に行くと、巨大な墓石らしきものが据え付けてあり、その墓石には鍵穴がうがたれていた。調べてみると、魔法の気配がする。しかし鍵らしきものは見当たらないのであきらめて隣の部屋に行くと、どうやら「墓石と鍵穴」と連動しているらしき魔法の気配が濃厚に漂っている。
 まずは鍵を探し当てねば埒が明かないんだろう。そういうことになって、改めて墓所をくまなく探索した。こういうことになると勘がいいのはシルキスで、墓守の部屋の机の奥が二重引き出しになっており、奥の引き出しには墓石にうがたれたものに合いそうな鍵が仕舞われていた。

 どうしたものか、魔法の鍵を回すか。しばし考えた後、我々はゴブリンどもを何とかしに来たのであり、そしてゴブリンどもがいちいち使っている鍵を隠すだけの知恵があるとは考えにくい以上、隠された魔法の鍵は後回しにしてよかろうということになった。
 鍵穴のある墓石の周りをさらに調べると、岩をくりぬいて押さえつけたような無骨な隠し扉がみつかった。カノンとガラティアが力任せにこじ開けると、岩戸はあっけなく開き、下へ下る階段が見えた。

 このあたりがゴブリンどもの考えの及ぶあたりだろう。
 そのように意見が一致したので、足音を忍ばせて階段を下りていった。果たして降りた先は小さな部屋になっており、そこから廊下が伸びていた。廊下にはゴブリンどもの行き交った足跡が残っていた。どうやらこの判断は間違っていなかったらしい。

 右側へ伸びる廊下は、そのまま地下の川につながっていた。川岸には桟橋が作られており、ボートが一艘もやってあった。……が、ほかには変わった点はない。
 いつ水中から怪しいものに襲われるかとかすかにおびえながら、川岸と桟橋とボートを調べたが、何も怪しいところはない。おそらくは……ここは「出入り口」のひとつなのだろう。

 そう判断すると、一行はきびすを返した。
 今度は廊下の左側を調べてみなくてはなるまい。

 そう、これからが本当の冒険の始まりなのだった。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 01:09| Comment(6) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その11:犠牲

 一行が入っていくと、村人たちは疲れた顔を希望に輝かせて集まってきた。話を聞くと、思っていたほど状況は酷くはない。これまでにけが人はあっても人死には出ていないという。しかし、貯蓄倉庫の農作物は随分荒らされている。このままでは次の作物が取れ始める前に食料が底を付いてしまうかもしれない状態なのだそうだ。
 つまり、魔物たちの狙いは村の食料、そういうことらしかった。
 彼らのやり口も決まっていた。村の外からジャベリンやスリングで攻撃をしかけ、村人たちが家に逃げ込んだところを狙って食料庫を襲う。反撃したくても石を投げつけるだけではさっぱり届かず、かえってこちらにけが人が増えるばかり……どうすればいいのやら。

 「やみくもに慣れぬ武器で戦おうとしても却って危ない、連中の通り道に落とし穴を掘りなさい」
 そうガラティアが言った。
 「そう、そしてその上は木の枝や枯れ草で覆っておく。ジャベリンが届く前に穴に落ちてしまえば連中はこちらには来られない」
 シルキスが続けて言う。
 「穴はなるべく深くするといい。ついでに穴の底に尖った杭を植えておくともっといい」
 エリオンがさらに言い、アシュリアに睨まれた。
 「なんということを。彼らがこの村を襲わずに、それこそジャスティーが言ったように自分で農耕生活を送るようになればいいだけの話ではないですか。穴の底に杭なんか植えておいたら、改心する猶予もなく死んでしまいます!!」
 「……これだから善人は」
 エリオンは口の中だけでこっそりと呟いた。表情は笑っていたが、目には欠片の笑みも浮かんでいなかった。

 これからすぐ発てば、夕刻前に件の神殿に着けるというので、一行は早々にモルトー村を出た。明るいうちに行程を稼いでしまい、うまくいけば今日中に神殿跡に突入、悪くとも神殿近くで野営ができる。なんでもゴブリンどもはつい昨日この村に攻めてきたというから、今日は拠点から出てはこないだろう……

 急いで歩くうちに、日は中天を過ぎ、明るい真昼。
 そのとき、シルキスの目に遥か向こうで、何か黒と黄色の縞模様が動くのが映った。しなやかに動くそれは……
 「やれやれ、気をつけろ!! 野生のトラが昼飯探しに出てきてる」
 言いながら、干し肉を取り出し、交渉に備える……が、どうにもならない。シルキスが差し出そうとした干し肉を見るや、馬鹿にされたとでも言うようにトラは唸り、一直線に飛び掛ってきたのだった。
 「気をつけて、気をつけてください!! トラは、トラの攻撃は……!!」
 アシュリアの警告は途中から悲鳴に変わった。
 エリオンがトラの目の前に立ちふさがる形になってしまっていた。ガラティアが割り込もうとしたが、遅かった。驚愕に目を見開いたまま、エリオンはなすすべもなく崩れ落ちた。
 「なんてことを!!」
 ガラティアの悲鳴が怒号に変わる。カノンの太鼓が死の鼓動を刻む。ジャスティーとシルキスの剣が風を斬る。
 「来い、あたしが、相手だ!!」
 ガラティアが叫ぶ。目を血走らせ、トラの爪の真下に立ちふさがって、喉首を、心臓を狙う。

 ようやくトラを倒すと、一同はがっくりとその場に座り込んだ。アシュリアが這うようにしてエリオンに近づき、脈を見、首を振る。もう、この体にはエリオンの命は残っていません。
 シルキスは無言で立ち上がり、倒したトラの皮を剥いだ。エリオンの亡骸を毛布で包み、その上からトラの毛皮で覆ってやる。

 とりあえず、村に戻ろう。
 カノンが言った。
 このまま進んでもろくなことにはならんぞ。
 そうだ、村に戻ろう、エリオンを埋葬してやらねばならない。そう、ジャスティーも言った。
 そうです、教会に頼めばどうにか失われた命を取り戻せるかもしれない、アシュリアは祈るように言った。

 出て行ってそうもたたずに人数を減らして帰ってきた一行を、村人たちは複雑な表情で遠巻きに見守っていた。カノンが舌打ちをしかけて、それから悲しげに首を振った。仕方ないんだ、そうだ、仕方ないんだな。

 アシュリアの祈りもむなしく、モルトー村には教会はなく、高位の神官もいなかった。アシャーベントフォードに戻るまで、エリオンの遺体を命がその身を離れた瞬間のままに保つ術もなかった。埋葬しかできることはなかった。
 村の墓地の片隅を使わせてもらえることになったので、エリオンの亡骸をそこにひっそりと葬った。埋葬の儀式を執り行ってしまうと、アシュリアは墓の前に静かに腰を下ろした。今宵一晩、エリオンの魂に語りかけ、その旅路の平穏を祈るつもりだった。それ以外の一行は村に散り、午後じゅうかけてゴブリンどもの襲撃にどのように備えるかを教えて回った。祈らぬものは立ち止まっていてはいけない。悲しみに心がふさがれ、明日からの戦いが迷い多きものになってしまう。

 だが。
 祈り続けるアシュリアは、彼女がしていることがまったくの無駄であることを知らない。
 エランのサイオンであったエリオンはひとかけらの信仰も持っていなかったのだ。彼の魂は煉獄の壁へ吸収されてしまい、アシュリアの心からの祈りに慰められることもできないのだった。


このシーンの裏側。
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2006年06月13日

『気高き幕開け或いは……』その10:不穏な道

 翌朝、アシャーベントフォードを発ち、その日は何事もなく過ぎた。が、二日目の昼ごろ、川沿いの道に来かかると、今度は水の中から人と魚のあいのこのようなものが2匹、武器を手に這い出してきた。
 これは人か魚かとジャスティーが逡巡している間に、とりあえずシルキスが話しかける。
 「やれやれ、いい加減にしようぜ、命知らずもいいとこだ」
 その後ろで、エリオンはこっそりつぶやいているのだが。もちろんおかしな気配に気づいたアシュリアが非難めいた視線を投げるときにはいつものあっけらかんとした表情に戻ってしまっている。そしてその時にはシルキスの説得はその淡水性サファグン――海にいるのとは顔つきも模様も違う、これが淡水性の特徴なんだ、と後でシルキスは言った――に鼻で笑われてしまっている。

 と、同時に背後でがさりと音がした。
 振り向くと、サファグンと手を組んで待ち伏せていたらしいオークが6匹、いっせいにジャベリンを投げつけて来る。

 「待てお前たち、そのような強盗まがいのまねは……」
 もちろんジャスティーの言葉など聞く耳を持つわけがない。アシュリアが悲しそうな顔でため息をつく。なんということ、誤った道から戻してあげたいのに、どうすればいいのかしら。
 「聞く耳がないのなら聞けるようにしてやるまで」
 アシュリアのため息に答えるようにガラティアが剣を抜いた。そうして走り出す。
 「待ってガラティア、命を失わせてしまっては……」
 それに小さくうなずいてみせるガラティア。その隙にサファグンがシルキスに切りかかる。
 「なんてこと、油断した!!」
 ガラティアの声が歯軋りに変わった。次の瞬間、件のサファグンは剣の平で殴られ、そこに昏倒していた。

 こうなってしまっては、もうどうにもならなかった。サファグンやオークは血に飢えたように殴りかかってくる。ガラティアの剣幕に押されたサファグンの手が震える。そこを容赦のないエリオンの剣が叩き斬る。突然戦場と化した川岸に、カノンの太鼓が戦神の鼓動を刻む。それに支えられるようにシルキスやジャスティー、ガラティアの剣が鋭く、重くなる。
 30秒もしないうちに、オークもサファグンもすべて倒れている。辛うじて息をしているのは最初にガラティアが剣の平で殴り倒したサファグンだけだった。

 「どうしたもんかね、やっぱりとどめを刺すかな」
 あっけらかんと言ったエリオンを、アシュリアが氷のような目で睨みつけた。
 「なんということを。命は大切なのですよ。命あってこそ、誤った道から立ち返ることもできようというものではないですか!! それを軽々に奪うなど」
 「とはいえこいつはやはり強盗を働こうとした。そして我々に斬りかかった。許すわけにはいかないだろう」
 ジャスティーが言う。
 「村に着いたら司直の手に渡すしかないだろうな」
 へえ、村にね、そうあきれたようにエリオンが言った。
 「それじゃアレだ、魔物に襲われて切羽詰ってる村に魔物の片割れを差し出すわけだ。うん、なかなか楽しい趣向じゃないか。ちょっと目を離したら、村の広場にはかつて生きて動いたサファグンだったものであるとはとてもわからないようなぐちゃぐちゃのシロモノが落ちてることになるだろうね」
 おい、いい加減にしろよ、そうカノンが言う。たとえそれが事実だとしてもな。台詞の後半はアシュリアに聞こえないようにエリオンの耳元でささやく。そりゃ、そうなるかもしれん、が……ああ、やっぱりそうなっちまうだろうなぁ。
 「そうだろうカノン。だから……ああそうだ、こいつはうっかり逃げちまうんだ、それでどっかでのたれ死ぬ。その順番が遅くなるか早くなるかの違い、で、どうせ死ぬなら楽なほうがいいだろう?」
 「それは法に反する」
 有無を言わせぬ口調でジャスティーが宣言した。
 「このサファグンは村に連れて行って司直の手に渡す。それまでにエリオン、君が手を下したとすれば、それは君も罪に問われることになる」

 ともあれ、生かしておいたサファグンから、モルトー村を襲っているのはこのあたり一帯で少しは名の知られたゴブリン強盗団の一党であるらしきことが聞き出せたのだけはとりあえず収穫に違いなかった。
 
 エリオンには今晩いろいろと話をしないといけません、と押し殺した声で言うアシュリア、法は法だ、と厳しく繰り返すジャスティー、これから起こるであろう事を思ってややうんざりした顔のカノン、そしてすっかり不満げなエリオンとそれぞれに不穏な空気を抱えながら、一行は歩き続けた。シルキスとガラティアは悲しげに肩をすくめただけだったが、ともあれ命永らえたサファグンは善導されるべきであるということでは意見は一致していた。

 そうしているうちに、村が見えてきた。
 急ごしらえの柵でどうにか守りらしきものを固めた、それがモルトー村だった。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 23:26| Comment(5) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その9:モルトー村へ

 その先は「人の領分」だったらしい。
 後は事無く、アシャーベントフォードに着いた。途中、ずいぶん先から旅してきたらしい荷馬車の一行とすれ違ったので、もう1-2日行くとけだものの巣を通るから気をつけるようにと警告しておいた。

 それにしても酷い道のりだった。その分ずいぶんとしたたかになったような気がするがな、とカノンは笑っていたが、ムカデに襲われても眠り続けていられるお前さんがこれ以上したたかになってもらってもうれしくはないなとジャスティーに言われて苦笑いする羽目になった。ジャスティーは冗談のつもりだったようなのだが、どこからどう見ても生真面目な彼の顔つきからすると、何を言っても冗談には聞こえないのだった。

 ともあれ、積荷に傷や汚れをつけることもなく無事着いたというので、一行には成功報酬として300gpが渡された。ガラティアは金貨よりも荷物の積み下ろしのほうが気になって仕方ないようで、アシュリアと一緒に今回の荷物の受け手の店へ押しかけた(「きれいなもの」の店に自分ひとりで行くと、たいてい胡乱な顔をされて追い返されることをガラティアは学んでいた。人は見かけによらないとは言うものの、自分の姿はその言葉で戒められる領域を少しく外れているのだろうということは自覚していたのだった)。心を奪われたように様々な工芸品を見つめる二人のエルフ娘に、店の主人は小さな細工物をひとつずつくれた。値段にすれば1gpにもならないようなものだったが、アシュリアの髪飾りとガラティアのペンダントになってみると、ずいぶん愛らしい佳いものに見えたのだった。

 ガラス工芸に見とれていた娘たち以外の一行は、アシャーベントフォードに着いた日の午後いっぱいを使って、モルトー村についての情報を集めた。それを総合すると、どうやら村を抜けて半日ばかり行った場所に、見捨てられ、廃墟と化した神殿跡があって、魔物ども――ゴブリンども――はそこを拠点として村を襲っているのではないかという話に落ち着いた。
 今すぐに村が滅ぼされるとか、そういう切羽詰った状態なんじゃない。逃げてきた人間がいるわけじゃないしな。だけど、あそこは昔っからの平和な農村だし、ずいぶんきついんじゃないかなぁ。

 そんな話だった。
 というわけで、まずは村に行き、ざっと守りの固め方を教えておいて、そのまま村を抜け、ゴブリンどもの拠点を叩くのがよいのではないか。
 そういうことになった。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 22:22| Comment(6) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その8:続・散々な道程

 ともかく、その晩は森の中で野営することになった。
 枯れ枝を集めて火を焚き、食料を配りながら、アシュリアはようやく「とんでもないこと」に気づいた。
 「エリオン、貴方、食事をしてないでしょう?」
 そうだ、思い出した。食料が減っていないのはエリオンが食べていないからだ。確かに昨日も「後で食べるよ」とかなんとか言っていたような。
 「いや、今日は食べるよ? 魔法を使ったせいで疲れたから」
 問いただされてエリオンはあっけらかんと笑って答えた。
 「今日は、って……食べないと死んでしまうでしょう?」
 「ああいや、小食なんだよ、単に」
 「そんなはずは……」
 そういってエリオンを睨み、アシュリアははたと思い当たった。そうだ、なんだかおかしな人だと思っていたけど。エランだわ、この人、エランなんだわ。そのままエリオンを馬車の陰に引っ張ってゆく。
 「貴方……人間じゃないのね?」
 エリオンはそれには答えずにまた朗らかそうな笑みを浮かべた。
 「……いいえ、いいの、答えなくて。ごめんなさい。苦労していたのね」
 「……気が済んだ? じゃあ、そういうことで」
 言い残してエリオンは焚き火のそばへ戻ってゆく。その後姿にアシュリアは小さくため息をついた。私、知らないとはいえ、ずいぶん悪いことをしてしまったわ。

 その後は交代で休むことになった。
 まずはアシュリアとガラティア、それにシルキスが見張りに立つ。夜の中ほど、もうすぐ見張りを交代するという頃になって、何者かが近づいてくる音がした。
 木々の間からその姿が確認できたとき、悲鳴と――それから怒りの叫びが3人の口からそれぞれに漏れた。
 間違いようもなく神に見捨てられし悪しきもの。ワイトだった。

 寝ている仲間を蹴飛ばして起こし、武器を構える。最初は飛び道具を使っていたが、埒が明かない。ガラティアが真っ先に飛び出して斬りかかった。が、彼女の口から吐き出される悪口雑言からするに、どうやらガラティアは悪しきものの呪わしい存在ではなく、休むまもなくまとわりついてくる敵、しかもさらに悪いことにもう休もうというその瞬間になって沸いて出たシロモノに対して怒り狂っているようだった。そのせいかどうかは知らないが、ガラティアの初太刀はどうでもいい空中を思い切り薙いだ。が、すぐにカノンやジャスティーもその場に駆けつける。さらにアシュリアの祈りが死にぞこないに「行くべき道」を示そうとする。
 結局のところ、ワイトに真の休息をもたらしたのはアシュリアの祈りではなく冷たい鉄の塊のほうだった。そのことに少し悲しそうな表情を浮かべつつ、アシュリアは失われた魂のために祈りを捧げた。

 ともあれ、一人の犠牲も出さずに済ませたことを喜びつつ不寝番を交代したとたん、またもや邪魔が入った。今度は大ムカデが4匹だった。怒り狂う元気が尽きていなければほとんど悪鬼のように荒れ狂っていたであろうガラティアの剣がとっとと一匹を片付けた。エリオンやジャスティー、シルキスもそれぞれ1匹ずつを片付けた。先ほどのワイトとの立ち回りで眠りを破られ、本当に疲れきっていたらしいカノンは、今回の騒ぎでは睫毛ひとつ動かさず眠り続けていた。確かに一種大物の風格といえないこともなかった。仲間が負ったかすり傷をとりあえず直し、ムカデの死骸を森の奥に放り込むとアシュリアとガラティアはさっさと瞑想に入った。

 次の日、出発は結局日が昇ってしばらくしてからになった。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 21:31| Comment(6) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その7:散々な道程

 「それにしても、食料を多めに買っておいてよかったわ。でも、これで遅れられなくなってしまいましたね」
 昼食のために足を止めたとき、アシュリアはそういいながら荷物を確認して……ふと、いぶかしげな顔をした。
 「……数え間違えたかしら?」
 おかしい。食料の包みが計算よりも多いのだ。
 「少ないよりはいいけれど……」
 あたりを見回してみたが、特におかしなことはない。それで、そのことはそれきりになった。それはそれでいいでしょう、後で気づくこともあるでしょうし。そう、アシュリアはひとりごちたのだった。

 だが、その後がよろしくない。
 夕刻が近づくころ、道の向こうでなにやら盛大な虫の羽音を聞きつける。道いっぱいに広がったそれは、どうやらイナゴの大群で、避けて通ろうとすれば追いかけてくる。
 「シルキス、どうにかならない?」
 「……虫じゃあ、どうにもならない」
 可哀相だが避けて通れもしない以上、焼いて通るしかないだろうな。
 仕方ありませんね、とアシュリアがため息をついたときには、もうガラティアは荷物の中から松明を何本も取り出し、火をつけてはシルキスやジャスティー、それに御者やモルドー村の男にも渡している。
 「やれやれ、松明か。だが虫に剣ってわけにもいかないからな。俺にも火を貸してくれ」
 カノンも松明を構える。

 馬車の荷に虫が付きでもしようものなら厄介だ、馬車から離れたところでかたをつけよう。アシュリアを除く5人は一気に虫に走り寄った。
 シルキスとガラティアが確実に虫の群を焼いていく一方で、これでは埒が明かないと見て取ったジャスティーは油瓶の封を切って布で火口を作り、炎を噴き出す瓶を黒い塊の中に放り込む。カノンも果敢に突っ込んでいったが、虫の群れなど慣れない育ちのためか、全身にイナゴにたかられたとたん反射的に嘔吐してしまう。
 奇妙なのはエリオンで――全身を淡く光らせながらイナゴの群れに手のひらを突き出す。するとそこから青白い光がイナゴめがけて飛ぶのだが、どうやらうまくいかないらしい。それはそれで運が悪いだけなのだが……

 戦いの途中にもかかわらず、アシュリアは思わずエリオンに走り寄っていた。
 「あなたのそれは……いったい何なのです?」
 「? ……ああ、魔法だよ」
 「そんなはずはないわ!! だって、織がまったく動かなかったわよ!!」
 思わず声を挙げるアシュリアに、エリオンはにっこりと笑ってみせた。
 「この世には貴女の知らない魔法もまだまだたくさんあるよ」
 腑に落ちない顔でアシュリアはエリオンを睨んでいたが……結局納得するしかないのだった。
 ――危ない危ない、サイオンであるとバレたらえらいことだ。
 そうして、屈託のない笑顔の裏でエリオンはこんなことを考えていたのだが。

 そうこうするうちにどうやらイナゴの群れはすっかり焼き落とされていた。が、休む暇もなく次の厄介ごとが襲ってきた。今度はネズミの群れだった。
 「……いい加減にしてほしいわ」
 いらだった声でガラティアがつぶやく。
 「待て、ネズミなら俺が話をする」
 シルキスが用心深く進み出る。手に持った袋には、さっき焼き落としたばかりのイナゴがぎっしり。
 結果的に、ネズミは炒りあがったばかりの香ばしいイナゴのほうに走って行き、一行のほうは難を免れたのだった。

 それから街道はすぐ森の中に入っていった。このまま進めば森の中で野営をすることになる。森の際で足を止めるという選択もあったが、虫やネズミにかかずらわって行程が遅れていることを考えると、少しでも距離を稼ぎたかった。
 というわけで、日が暮れるまでに行けるだけ行って、森の中で休むことにした。

 たぶん、それは正しかった。
 森の外で、寝込みを虫の群れに襲われるのに比べれば。
 ただ、そう言ったのは虫に散々な思いをさせられたカノンだけで、そしてそれに同意したものは結局誰もいなかったのだったが。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 20:53| Comment(6) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その6:交渉する人々

 そうして。
 何事もなく街道を行くこと2日と2晩。
 3日目の昼前にはオオカミの群れに取り囲まれた。
 「うん、向こうも気付いてるかな。でも、これだけの距離があれば先手が打てるよ」
 そうエリオンが言うと、アシュリアが目に見えて悲しそうな顔をした。
 「なんということを。戦わなければ通れないというわけでもないでしょうに。わざわざこの世に生まれた命を無駄に奪ってよいわけがないでしょう」
 けれど、動物はそうそう聞く耳を持っちゃいない、特に肉食獣は何かを聞く前に牙を剥いてくることが多いから、と、ガラティアがやりきれなさそうに返し、剣を抜いた。
 「まぁ待ってくれ。俺がなんとかできるかもしれない」
 そうシルキスが言って、予備として買っておいた食糧の中から干し肉を取り出す。そして、こちらにじりじりと近づいてきたオオカミの群れの中心、群を抜いて大きなものに近づいていく。それを祈るような目で追いながら、ガラティアは抜いた剣をそっと背後に隠した。
 ややあって、シルキスの背中から緊張がふっと解けるのが見えた。
 巨大な灰色オオカミは小さく唸っていたが、それでもシルキスが差し出し、地面に置いた干し肉の塊で妥協することを選んだらしい。それを見て、あとひと飛びで一向に飛びかかれるところまで来ていた群れもきびすを返す。

 「そろそろ……人間の領分を抜けたということか。これからしばらく、アシャーベントフォードの領分に近づくまでが危険だな」
 ほっと溜息をつきながら、ジャスティーが誰言うともなく言った。
 「でも、危険は心して回避すればいいだけのこと、これでよかったではないですか」
 アシュリアの台詞の後半は、あきらかにエリオンに向けられている。

 いくら心したとはいえ、街と街のはざかいにたむろする怪物や獣の数は、うんざりするには充分だった。いや、充分すぎた。

 翌日の朝は6匹のゴブリンに取り囲まれた。すかさず剣を引き抜こうとするエリオンをアシュリアが叱責する。
 「なんということを、ゴブリンだからとて悪者とは限らないではないですか!!」
 「そのとおりだ、人の言葉が通じるものは私が交渉する」
 きっぱりとジャスティーが言った。そうして声の届く範囲まで近づくと、ゴブリンたちに話しかける。
 「お前達は何故こんな強盗まがいのことをしているのだ。剣をもって人のものを奪うことを繰り返していればいずれは反撃され、傷を負い、悪くすれば死ぬこともあるだろうに」
 予期せぬ台詞にゴブリンたちは顔を見合わせていたが、ややあって
 「俺達ぁ自分の食い扶持を稼がなきゃならないんでな!!」
 と答えてよこした。
 「道理、食わねば生きていけない。だが、何故死の危険を冒してそのような強盗まがいのことをする? 悪いことは言わない、剣を鍬と鋤に持ち替え、農業を営むべきだ」
 まったくもって予想外だったらしい台詞に、ゴブリンたちはもうしばらく話し合った後、
 「だが、俺達は狩猟民族なんだ!!」
 と叫んでよこした。
 「では、今日より生き方を改めるといい、当座の食料として干し肉を分けてやる、これを持って家族の元に帰れ。幸い季節は春に向かう、やわらかい木の芽草の芽を採集すれば、実りの秋を迎えるまで生きていけるだろう」
 そして、ゴブリンたちの返事を待たずに重ねて言う。
 「さもなければ、我々もお前達と戦わねばならん」

 ゴブリンたちは完全にどうしたものか途方に暮れている風だったが、ようやく
 「干し肉か、悪くない。だがそれだけじゃ足りない」
 と口にした。
 「足りないはずがあるものか、それにこちらにもこれ以上予備はない」
 「……なんだと? 確かめてやろうか?」
 あわててシルキスが保存食をまるまる一袋取り出し、ジャスティーに押し付ける。
 「これもやる、と言ったほうがいい」
 「……なんだ、まだあるんじゃねぇか」
 「これは干し肉じゃない。だが、足りないというのならこれもやる、そう言ったのだ」
 一歩も引かないジャスティーを何やら気味悪げに伺っていたゴブリンたちだったが、ついに
 「じゃあその肉と食い物をこっちへ投げてよこせ、とっとと行っちまえ」
 と言って寄越した。
 食料を拾って退散するゴブリン一行の背後から、ジャスティーは声を限りに叫んだ。
 「いいか、もう強盗まがいはやめろ、大地を耕して穏やかに命長く暮らすんだぞ!!」

 「……呆れたね、まったく」
 アシュリアの非難の視線をものともせず、エリオンが聞こえよがしに呟いた。
 「あのゴブリンどもは、いつか人を殺すだろうね」
 「神ではない身に、人を裁くことなどできないでしょう? あのゴブリンたちが改心しないと、あなたは何故言えるの?」
 たまりかねて叫んだアシュリアに、エリオンは小さく肩をすくめて見せただけ。そうしてまたそっぽを向いてやたらめったら明るい曲を口笛で吹き始める。

 「……じゃ、あのゴブリンたちが改心するとあんたは何故言えるんだ」
 列の一番端で、低くこぼれたエリオンの呟きは、誰の耳にも止まらなかった。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 17:50| Comment(7) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その5:ありふれた出発

 まずは、ということでファーガス家に向かった。
 厳しい門構えに、どのように声をかけて人を呼んだものかと考え込む――エリオン以外は。
 エリオンは、ラサンダー神殿のときと同様、何の気後れどころか一瞬の逡巡もなくつかつかと門に歩み寄り、扉に手をかけた。客を待っていたかのように開く扉の内部に、これまたひとかけらの躊躇もなく歩み入り、
 「カノンに会いに来た!!」
 と叫ぶ。
 そのままにしておけないので残りの一行もあわててどやどやと門内に駆け込み、思い切りいぶかしげな顔の召使に酒場の壁から剥がしてきた張り紙を示す。
 「怪しいものではありません、こちらのカノンさんにお話をお伺いいたしたく参りました」
 落ち着いた口調で妖精に見まがうような女性がそう告げるからには、そうなのかもしれない……口元にまだひとかけらの胡乱げな表情を貼り付けながら、召使は引き下がる。ややあって、戻ってきた召使は一行を屋敷内に通した。屋敷の大扉を入るとすぐに広間になっており、そこでカノンは待っていた。

 「話は……まぁ、その紙に記したとおりだ。詳しいこと、といっても実はこれ以上話すべきことなどさほどないんだがな。
 積荷はガラス細工、だから荷を積んだ馬車は本当に大事に守ってもらわなきゃならない、ってのが少しばかり厄介だ。が、あとはまぁ、ありふれた話なんだが……」
 「承知いたしました。ところで、私どももひとつ申し上げなければならないことがあります」
 アシュリアが言った。てきぱきと話し始めないとエリオンが何を言い出すか知れないと思っていたのだ。
 「私たちはアシャーベントフォードまで行った後、さらにモルトー村まで行きたいと考えています。この方の村なのです。今、魔物に襲われて難儀をされているということなので……」
 「俺はそれは一向に構わないが。だいたい俺の頼みはアシャーベントフォードまでの仕事なんだ」
 「ええ、ですから、申し上げたいことというのはこの方のことです。アシャーベントフォードまで、一緒に馬車に乗せて行っていただけないでしょうか。戦える方ではなさそうですが」
 「ああ、それは……荷主に聞いてみなきゃいけないが、荷の番でもしてもらえるのならかえって好都合だろう、壊れ物を山と積んでるわけだからな。荷の番として乗り込んでもらえるのなら馬車賃だとかそんな話にはなるまい。うん、あの因業親父だってまさかダメだとは言わんだろう」
 台詞の最後でカノンの表情が軽く歪んだのを見て取り、アシュリアはかすかに眉を顰めたが、とはいえ気にすることでもあるまい。

 「ああ、それと」
 契約を済ませ(契約書を差し出されて、ガラティアは随分困った顔をした。「森の外の人達」と付き合うようになってからきれいなものをたくさん見られるようになったのは嬉しいけれど、自分にとって何の意味も告げてはくれない紙切れで約定が為される度に、何やら嘘寒い思いに襲われるというのだった。さらにエリオンに、でも街に出てきてるんだから、あんたも読み書きを覚えたほうがいいよと呆れた調子で言い放たれて、ガラティアは本当に困った顔をした)、支度金の受け渡しを済ませ、明日早朝の出発を約して立ち去ろうとする一行の後ろからカノンは呼びかけた。
 「今回の仕事は俺も同行する。それからモルトー村の魔物騒ぎだったか、そっちにも俺も行く。まとめて支度をするなら俺の分も頼む」

 ミスタラ神殿から下された支度金とカノンから受け取った支度金は合わせて400gp。そこからまずは6人分の糧食を買い込んだ。アシャーベントフォードまで7日。そこからさらにモルドー村まで2日。何かあったときに備えてもう1日分、10日分もあれば足りるだろう。それから『癒し』の魔法を込めた棒状を買った。それには支度金が足りなかったのだが、それはジャスティーが出した。私はラサンダー神殿の教えを実践するためにこの一行に加わった、いわばアシュリアと同様、神殿からの命を受けたものともいえる。ならば神殿に代わっていくばくかの金銭はこの旅の成功を期すために提供するべきだろう、そのように告げて。

 翌朝、一行が街の門前広場に集まると、すっかり荷ごしらえの済んだ馬車のそばで、旅支度に身をかためたカノンが待っていた。武器のほかに、なかなかの名工の作であることがすぐ見て取れる太鼓を腰の辺りに釣っている。一行の視線を感じて、カノンはにっと嬉しそうに笑った。
 「うん、俺の太鼓だ。ちょっとしたもんだろう? そのうちこいつのありがたみがわかるぜ?」

 そうして一行は街の門を抜け、まだ薄暗い街道を歩き始めた。
 奇しくもその日は緑草日の翌日、春の第一日目。
 季節と一緒に、おそらくは何かが始まったのだった。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 15:20| Comment(6) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その4:それぞれの理由

 では、まずこの荷馬車の護衛の話を引き受けに行こうということで一行4人、酒場を出た。
 まずは互いの名と出自を、ということでアシュリアが名乗った。私の名はアシュリア・リーフウィーヴ。この街のミスタラ神殿に仕える者です。続けてハーフドロウの青年が言った。
 「俺はシルキス・ウィンドロンド。地上で……ムーンシェイで育った」
 「何故、その貴方が大陸に?」
 「……善き行いをするためには、何かを行うことを許してくれる場所にまずは行かないとならない」
 やや目を伏せてシルキスはアシュリアの問いに答えた。
 「だから、交易船に乗り込んで、大陸に渡った。しばらく森の中で暮らしていたが……この街は人の来し方にこだわらないと聞いて」
 「苦労してきたのですね」
 アシュリアの声の調子がわずかに和らいだ。
 「でも、だとしたら貴方は目を伏せるべきではありません。自らの行いに恥じることがないのであれば、闇にまぎれてよからぬ行いを為す者たちのように逃げ隠れするべきではないでしょう」
 正論といえば正論、無茶といえば無茶。しかし、アシュリアの口調にはいささかの乱れもなく、まったくの本心から彼女がこれを口にしていることは疑いようもなかった。困ったようにシルキスは口元をゆがめ、それから小さく笑った。
 「貴女の言うとおりだ。堂々としていることにしよう」

 続いてワイルドエルフ娘が、自分はウィールダス森林の出身でガラティア・セレンディーンという、と告げた。成人して、森の守り手になってもよかったし修行の旅に出てもいいといわれていたのだけれど、森の外れで出会った旅の細工師があまりにきれいなものを作るので、その人が少し先の街まで行かなければならないのに1人で不安だというのを送っていくことにした。それから踊り手の一団の護衛を務めたり、細工物を運ぶ馬車の護衛についたり。で、ついさっきまでは織物商人の荷駄隊についてきていたのだけれど、もうすぐ目的地の街、ということろでこの人(といって村人風の男を指した)がオオカミに襲われているのを助けたの。そして話を聞いてみれば、さっき言ったようなことで。
 
 赤毛の青年は、相変わらずそっぽを向いて口笛を吹いてばかりいるのをガラティアが紹介した。
 「この人はね、エリオン。エリオン・ケイフォード。見たところ強そうだし、それに子供達とホントに真剣に遊んでいたから、絶対悪い人じゃないと思って一緒に来てもらった」
 それは何か盛大に論理が飛躍してはいないかとシルキスが言いかけ、アシュリアが「それでエリオン、貴方はいったいどちらから」と問いかけようとしたとき、等のエリオンが不意に立ち止まっって中空をびしっと指差した。
 指差す先にはラサンダー神殿の門扉。
 「あそこだ!!」
 「……え?」
 「4人じゃ足りない、仲間を探すんだ!!」
 そのままつかつかと進み、さすがに呆然としている三人を尻目に門扉をがんがんと叩く。
 「頼もう、たのもー!!」
 扉がきしみながら開き、思い切り不振そうな顔の神官が1人、顔を出した。
 「人助けの仲間を探しに来た!!」
 一本調子の大声で言い立てるエリオンをあわてて留め、アシュリアが神官に話しかける。
 「あ、あの、そうです、困っている村を助けるための人手を探しているのです。私、ミスタラ神殿のアシュリア・リーフウィーヴと申します、こちらの人が、この神殿なら手を貸してくれる人がいらっしゃるに違いないと言いますので……」
 「……あ、ああ、そういうことでしたら……」
 アシュリアをつくづくと眺め、胸に下げたミスタラの聖印を確認し、どうやら怪しいものではないと判断するだけの時間を置いてから、神官はそれでも半分頬をひきつらせながら一行を神殿の中に通した。

 そこではちょうど司教の1人が神殿所属らしい軽戦士風の青年に何やら訓戒を垂れているところ。突然どやどやと入り込んできた一行に、驚くとも呆れるともつかない顔をしたが、案内してきた神官にわけを聞くと、不自然なほどに明るい調子で破顔一笑、軽戦士のほうに向き直った。
 「ジャスティー、神は善きことを喜び、そなたに為すべきことを与え給うた。そなたの仕事がやってきたぞ。この人々と共に行き、モルトー村に平和をもたらすように。では、行け、神のご加護のあるように」
 一気にそれだけ言うと、司教はきびすを返して歩み去った。
 廊下の向こうで鍵のかかる音がしたような気もしないでもないが、おそらく気のせいだろう。

 ともあれ、これで一行は5人となり、まず荷馬車の護衛についてアシャーベントフォードへ向かい、さらにモルドー村へ行くことになった。それでよいかとモルトー村の男に問うと、これほど早く話が決まるとさえ思っていなかったのだから、荷馬車と一緒に村へ向かうことは一向に問題ない、むしろ少ない人数で急いで途中で危険な目にあって人数が減ってしまうことのほうが恐ろしいと答えた。
 それで、そういうことになった。

 軽戦士風の青年は、ジャスティー・ライト・アンダーと名乗った。
 はっきりとは言わないが、その凛々しい物腰から、決して卑しい生まれではないことは見て取れた。彼もエルフの血を引くものであり、また、アシュリアやシルキスと同様、「善なる妖精に愛されたもの」の相をその面差しに留めていた。善なる行いと筋の通った行いを愛し、悪を憎むことはなはだしく、この世に善きことを敷衍するために為すべき仕事についてちょうど司教と意見を戦わせていたところなのだと言った。
 「それで、『結局は実践あるのみ』である、ということに話が落ち着いたときに君達が神殿の扉を開いたのだ。だから、おそらくこれは天啓なのだろう」
 そうジャスティーは言った。
 「それから、善はいかなる形を持ってしても発現し得るということも一緒に示されたと思う」
 さらに、アシュリア、シルキス、ガラティアの三人を等分に見比べながら、ジャスティーはそんなことも言ったのだった。
 エリオンに関してだけはエルフ同士を比べるようなわけにはいかないという風を装って何も言おうとはしなかったのだったが。


このシーンの裏側
posted by たきのはら at 13:29| Comment(5) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

『気高き幕開け或いは……』その3:二つの依頼

 ああ、そうだった。
 そう言ってワイルドエルフの娘は後ろを見やった。そこにいたのは赤毛を長い一本のお下げに編み、東方風の服をまとった青年と、それから、この周辺の村あたりからやってきたのではないかと思われる風体の男。
 「こちらの人の村がね(そう言って彼女は村人風の男を示した)、魔物に襲われて困っているんだって。それで、村を守るために武器の買出しに来たのだって話なのだけれど……」
 そこで、娘は少し声を低めた。
 「そして、武器といっても何を買えばいいのかわからないから相談に乗ってほしいって頼まれたのだけど、今まで何の心得もないものに扱える武器は、そもそもお金を出して買うようなものじゃない。それよりは戦える人間を雇ったほうがいいと思って……武器の代わりに、人間を。それで……」
 「待ってください。あなた、ひょっとしてモルトー村から?」
 ワイルドエルフ娘の言葉を押しとどめ、アシュリアは村人風の男に問いかけた。そうです、という答えを聞いてかすかに微笑む。
 「よいところにいらしたわ。私が司教さまから仰せつかった仕事がちょうどそれです。モルドー村が魔物に襲われている、行って平和をもたらすように、と。……支度金も、出ます」
 よかった、自分ひとりじゃどうしていいかわからなかったから、とりあえず道でこの人を拾ったんだけれど(といってワイルドエルフ娘は今度は赤毛の男を示した。なにしろ村人を救わなければいけないのだからめったな人には相談できないと思っていたところ、この人を見つけたのだ、武装している以上戦えそうな雰囲気ではあったし、そして真剣に子供たちとおはじきに興じていたので悪人ではないと確信できたのだ、ということだった)、貴女も目的が同じだというなら心強い。そして、もう一人の……貴方は?

 ワイルドエルフ娘にいきなり話しかけられて、ハーフドロウの青年はかすかに後ずさり、それから目の前の2枚の張り紙を示した。
 「街で生きていくには仕事をしないといけない。これのどちらにしようかとおもっていたんだ。1枚は貴女の出したものだったわけだが……」
 アシュリアは2枚の張り紙を見比べ、そしてにっこりと笑った。
 「これは好都合かもしれません。両方の仕事を兼ねられそうだわ。こちらはアシャーベントフォードへ移動する仕事、モルドー村はアシャーベントフォードを通ってさらに先ですもの。荷運びの仕事だけを引き受ける、という人もいるでしょうから、そういう人たちと一緒に行けば、アシャーベントフォードまではより安全に旅ができますもの」
 どうかしら、とアシュリアに問いかけられ、ワイルドエルフ娘は困った表情をした。
 「ごめん、字、読めないの」
 でも、あなた方がそれがいいっていうんならいいんだと思う。どっちも引き受けるよ。エリオン、貴方もそれでいいよね。
 エリオン、と呼ばれた赤毛の男も小さくうなずく。

 「あ、ありがとうございます!!」
 話の流れを見守っていた村人風の男はそこまで見届けると、涙を流さんばかりにして4人に向かい頭を下げた。
 「あなた方が助けて下さるというのであればこんなに心強いことはありません。少ないですが御礼も差し上げます!!」
 「ああ、それはいらない」
 躊躇なくワイルドエルフ娘はそう答えた。
 「貴方は武器を買うためにそのお金を預かってきたんだし、私たちは貴方に会わなくてもこの神官さんに会っていれば貴方の村を助けに行ったと思う。だからそのお金は私たちのためじゃなくて村のために使うべきだと思う」
 アシュリアとハーフドロウ青年はその言葉に静かにうなずいた。赤毛の青年だけはそっぽを向いてそのあたりの空間を見つめながら、やけに明るい曲を口笛で吹いていた。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 23:04| Comment(3) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その2:善きものの出会い

 カノンの張り紙が酒場に張り出された少し後。
 同じ酒場を、この場にはあまりそぐわない風の娘が訪れた。

 酒場の主人としばらく話した後、手にした紙をぺたりと壁にはったところからすると、カノンと同じく仕事の依頼。娘はすぐ立ち去ることはせず店の隅に席を占め、店の中の様子を眺めている。自分の依頼にこたえてくれそうなものがあれば話しかけようとでもいうのだろう。
 それにしても彼女の様子は荒っぽい酒場の空気にはまったくもってそぐわなかった。顔立ちや背格好、ブロンズの肌からすると、おそらくサン・エルフだろう。しかし、身にまとった空気は妖精の姫のそれといってもおかしくない。
 娘の名はアシュリア・リーフウィーヴ。ここセンビア首都オードゥーリンのミスタラ神殿の神官である。もともとはこの地より遠く離れた安らかなるエルフたちの国で暮らしていたはずの娘だった。が、幼い頃に彼女は『裏道』をうっかりと通り抜けて人間の街に迷い込んでしまっている。浮世離れした様子はその出自に由来するのかもしれず、それとも彼女を拾って育てた魔術師の青年(短命な種族の悲しさ、彼はとっくに青年ではなくなり、そうして半年ばかり前に世を去っていたのだが)の穏やかな人柄が、「人に慣れぬ妖精の娘」を守り続けたことに由来するのかもしれなかった。
 魔術師の下で育った彼女だったが、長じては信仰に目覚め、養父の下から神殿に通う日々をすごした。半年前に「父」を亡くして神殿に居を移し、そして始めて「信仰の実践としての冒険――魔物に襲われている村を救うこと――」を司教さまから仰せつかった……それが、今彼女がここに座っている理由だった。
 
 酒場の様子を静かに眺めていたアシュリアの視線は、ふと一人の人物の上に止まった。
 マントをまとい、フードを深く被った小柄な……おそらく青年。あたりを伺うようにしながら酒場に足を踏み入れ、壁の張り紙を眺める。アシュリアの張ったものにも目を留めている。
 と、青年のフードが何かの弾みにずれ、その下の顔がちらりと見えた。
 瞬間、アシュリアは立ち上がり、つかつかとそちらへ歩み寄っていた。
 「そこのド……挙動不審な人っ」
 青年はびくりと身をすくめ、フードを引きおろしながらマントの袖を掻き合わせた。そしておそるおそるアシュリアのほうを振り向く。
 アシュリアの目は見逃さない。

 フードの下の薄墨の肌、雪の銀の髪。人の血も混じってはいるが、隠しようもない闇エルフの血のしるし。

 「……あなたはなぜここにいるの、なぜこそこそと隠れるの、何をよからぬことを企んでいるの」
 詰問する鋭い声が、それでも低く小さく人間の耳には聞き取れない程度なのは、このドロウの血を引くものをいきなりそれと周囲に知らせてしまっては惨いことになるだろうとの気遣いをしてのこと。
 「……神にかけて誓う、俺は悪しきものじゃない」
 青年はじっとアシュリアを見つめ、ややあって悲しそうに答えた。
 「あなたの信仰する神は何?」
 「……イーリストレイー……誓って言う、俺は『堕ちて』いない」
 言いながら身にきつくまきつけたマントをそろそろと解く。
 フードの影から現れた顔はたしかにドロウの特徴を示している。だが、彼もアシュリアと同じく、善き妖精に愛されたものの相をその面差しに宿していた。
 「イーリストレイー……そうね、偽りではなさそうね……」
 言いつつもアシュリアの視線からは厳しさが消えない。これ以上何を言えばいいんだ、とでも言うように青年の表情が翳ったとき、とんでもない大声と一緒に二人の間に割り込んだものがいる。

 「やめて、そんなのやめて!! あんまりだ、二人ともそんなにきれいなのに、なんでそんな風ににらみ合ったりいがみ合ったり!!」
 急な割り込みと、それよりもどう考えても論理のむちゃくちゃな言い草に鼻白んだ二人は思わず一歩引き下がり、そして闖入者を見やった。
 闖入者は、これまたエルフの娘だった。それも随分珍しい。
 サンエルフのアシュリアが言えた義理ではないが、闖入者のエルフ娘は、南の森林の奥から出てくることはほとんどないと言われているワイルドエルフだったのである。暗褐色の肌、金褐色の髪。エルフにしては大柄な身にまとった、優雅さのかけらもない毛皮の衣服(――野生動物の優雅さに通じるものはなくもないわね、と、あとからアシュリアは思った)。
 「だめだよ……きれいな人たちはいい人たちに違いないんだから!!」
 そのあまりの言い方に一瞬気勢をそがれ、それからアシュリアは思わずくすりと笑ってしまった。
 「本当にそうならいいのだけれど。
 でも、そうね。この子は悪しきものじゃなさそうですし。
 ところであなた、私たちの仲裁をしにここに来たわけではないでしょう?」


このシーンの裏側
posted by たきのはら at 21:13| Comment(6) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』その1:放蕩息子の旅立ち

 ファーガス家のカノンは、それはそれは不機嫌な顔で商人組合のドアを開けた。
 「世話役、いるんだろ。ちょっと頼みたいんだが」
 とてもとても人にものを頼む態度ではない。というかそもそも建物に入って始めて口にする台詞としてさえふさわしくない。が、そこに詰めていた小使い風の男は慌てて立ち上がり、カノンに一礼すると奥に駆け込んでいった。ものの一分も立たないうちに、ひと目でわかる仕立てのいい服に身を包んだ、ひと目でわかる高い地位にある風体の男が出てきた。これはこれはファーガスの、と言いかけるのをさえぎって、
 「親父から仕事を頼まれたんだ。で、人を集めることになった」
 「酒場にでも張り紙を出させますか」
 「そうしてくれ」
 で、出てきた羊皮紙にペンを走らせる。
 「募集:
 商品輸送の護衛、5名前後
 目的地:アシャーベントフォード(行程7日)
 護衛対象:二頭立ての馬車1台(積荷は工芸品)
 報酬:前金にて総額300gp、成功報酬あり
 連絡先:カノン・ファーガスまで」
「連絡先はこちらになさらないのですか?」
「面倒くさい、俺のところに直接来てもらう」
「でしたら、地図ぐらいはおつけになったほうが」
「ファーガスでわからない奴なんぞいるわけがないだろう、あの親父が取り仕切るファーガス家だぞ? わからない奴がいるとしたらモグリだ」
 世話役の口は明らかに「そのような依頼を受けるのは流れのモグリどもが多いのですよ」と動いたが、声にはならない。もちろんカノンは世話役の口元などに注意を払うわけもなく、もう一度ペンを取ると
 「この地図は酒場に出すんだったな」
 とつぶやくと紙の下に横一本の線を引き、それをはさむように二つの丸を描きき加えた。そして一方に「現在地」、もう一方に「ここ」と書く。
 「これでわからん奴はいないだろう。じゃ、これを出しといてくれ。人数が集まるまで、俺もおとなしく家にいることにするから」
 そうして紙を世話役に押し付け、さっさと組合の建物を出て行ったのだった。

 世話役はうんざりした顔でため息をついた。
 「ファーガス氏も大変だな。ご長男はまだまともだからいいが、次男坊は家を飛び出して行方不明、三男坊はアレだ」
 「なんでも流れ者の真似事をして小遣い稼ぎをしているという話じゃないですか」
 小使い風の男が答えて言う。
 「吟遊詩人とかなんとか」
 「で、稼いだ金は楽器だ剣だ鎧だと、そのあたりにつぎ込んでいるんだろう、『俺は俺の持ち物は自分の稼いだ金で買ってるんだ』とかなんとかで……まったく若い者は勝手ばかり言う」
 「若くもないですよ、今年27になるとか」
 小使い風の男の言葉に世話役は深いため息をついた。
 「ファーガス氏もまったく大変だな。無責任な連中は商売を馬鹿にするが。だいたい今度の話だって、そんなに流れ者の真似がしたいのならいっそ仕事としてさせてやろう、そうすればあの三男坊の目も覚めるだろうという考えだったはずだが」

 カノンはそんな「大人たち」の話は知る由もない。
 金のことしか言わず、札束で人の顔をはたくことを正義だと思っている父親に心底嫌気がさしていた。かといって家を飛び出すにはまだ実力が足りないと思っていた。金のかかることはある程度自由になったから、子供の頃から剣は習った。それに楽器の扱いも習った。年を重ねてからは見苦しいと止める親を振り切って演奏で金を稼ぎ、その金で質のいい楽器や、いずれ必要になるだろう装備を整えた。だがやはり――すぐ上の兄のように家を飛び出すこともならず――父親を憎みながら父親の息子のままでいた。
 だから、こともあろうにその父親から護衛の仕事を請け負わされたのは、喜んでいいのか嘆いていいのか複雑な心境ではあったのだが……

 あの親父の仕事じゃ胸糞もわるくなるが。
 とはいえ、俺の方向性とも違っていなさそうだしな。
 こんちくしょう、まぁいい。とりあえずこなしてやるさ。

このシーンの裏側
posted by たきのはら at 19:20| Comment(2) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気高き幕開け或いは……』前口上

 というわけで、週末は『麦畑の英雄達』メンバーによる1Lvスタート新シリーズ、『Gorgeous Curious Adventurers』(シリーズ名、たった今でっちあっぷしました。……ので、その他アイデアがある場合はたきのはらまでご一報くださいませー)でした。

DMは腐爺さん、PC/PLは以下の通り:

カノン・ファーガス:バード、男性。人間。混沌にして善。
超資本主義思想都市国家センビアのいいとこのぼんぼん(三男坊)。何かというと金にモノを言わせる父親が大嫌いでいつかこんな家出て行ってやると思いながらやっぱり自宅で寝泊りして家業も手伝わず親の脛をかじっている27歳。
PL:てつさん

アシュリア・リーフウィーヴ:クレリック(ミスタラ)、女性。サンエルフ。中立にして善。
エヴァーミート出身。幼い頃にこちらの世界に迷い込んできてしまい、人間の青年(魔術師)に拾われてその娘として育てられた。父(養父)が年老いて亡くなってしまったので、神殿に居を移して半年。冒険者というよりは聖職者。自分の中の善を信じ善行に生きる道を疑いもしない122歳。
PL:かいやさん

エリオン・ケイフォード:サイオン、男性。エラン。混沌にして中立。
故郷をマインドフレイヤーに滅ぼされ、エランの里に流れ着き、復讐のために人間を捨ててエランになるもその里もマインドフレイヤーに滅ぼされ、流れ流れて……という復讐者にして放浪者。しかしエランになって人間としての思考回路を捨てたときに、何か不思議な方向に曲がった……のかどうかはともかく、現状では「空気の読めない電波系」が最初の印象になる……らしい。27歳。
PL:でみさん

ジャスティー・ライト・アンダー:スワッシュバックラー(ラサンダー神殿所属)、男性。ハーフエルフ。秩序にして善。
又の名を交渉人。実はいいとこのぼんぼんらしいが、押さえが効いた性格ゆえにそのへんのぼんぼんっぷりは見えない。ラサンダー神殿の上司から仕事の依頼を受けかけたところにほとんど災難のようにパーティーに巻き込まれる。理路整然とした口調と行動、常に正論の行動姿勢、秩序にして善の鑑と呼ぶにふさわしい人格者。27歳。
PL:GP20さん

シルキス・ウィンドロンド:レンジャー、男性。ハーフドロウ。中立にして善。
ドロウの血を引くがゆえにおおっぴらに表を歩けないわが身を微妙に寂しく思いつつ、イーリストレイーを信仰し、善行を積み続ける健気な青年。常にフードを深く被り、ドロウの血を隠しているのだが、翳があるとかどうこうより、傍目には普通に挙動不審に見えてしまうらしい。アシュリアの中での自分の地位ポイントの上下を気にしているとかいないとか。29歳。
PL:sakiさん

ガラティア・セレンディーン:バーバリアン、女性。ワイルドエルフ。混沌にして善。
ワイルドな一族にしては珍しく文化文明に近づくことを好むが、これは「きれいなものはよいもの」が信条であるため。また、ものはみなすべからく善導されるべしと信じているが、善導される耳を持たないものはまず一発殴って話を聞ける状態にするべしとか言い出すあたりがたぶんバーバリアン。124歳。
PL:たきのはら

……とまぁ。

ちなみに今回はエルフ分がやたら高く、4人のエルフ&ハーフエルフのうち3人は特技《ニンフのキス》持ちで、妖精と見まごうばかりの浮世離れっぷり。残る一人(っつか私のPCだけど)は《正義の怒り》持ち。残る二人のうちバード氏は美形の善人(ぼんぼんだけど)、という、なんというかすごく高貴美形善人成分の高いパーティーでした。

なお、エランのエリオン君(CN。使い勝手に関して言うと善人にして《清貧の誓い》を取ったほうがよかったとかなんとかあるのですが敢えてCN)に関しては
「せっかくアラインメントがあるんだから、アラインメント論争しないとね♪(by でみさん)」だそうで。いや、すごく愉快な感じだったんですが。

そのへんの高貴成分の高さがGorgeous。
Curiousに関しては……今後のレポートをお読みいただければ自明かとw
posted by たきのはら at 16:36| Comment(3) | TrackBack(0) | Gorgeous Curious Adventurers | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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