2006年05月13日

『雨と夢の後に』その6:澪と幸平

 では、これからしばらく停まった列車の中で篭城かの。
 安部老人が言った。なに、もともと寝台車なのだし、特に困るというわけでもないだろうが……
 とはいえ、あの無残な姿の死者と同じ車内で一晩過ごすというのもどうにもおちつかないのだった。

 そんなことを言いながら、なんとなし、ぞろぞろとホームに下りると、見慣れぬ少女がひとり、人待ち顔でそこにいた。目に付いたのは、まずは彼女が車椅子に座っていたからだった。列車に乗ってくる誰かを迎えに来たものだろうか、16歳ぐらいのその少女はじっとホームを見渡していたが、遅れて列車を降りてきた一行を見ると、器用に車椅子を操って近づいてきた。年のころは15−6といったところ。どこか日本人形を思わせる、愛らしい少女だった。しばらく一行を見るともなく見ていた少女は、やがて小さく笑みを浮かべ、
 「何か困っていらっしゃいます?」
 と声をかけてきたのだった。

 少女の名は大友澪といった。しばらく彼女と話していると、ホームの反対側から年のころ50ばかりの男が駆け寄ってきた。
 「あ、おとうさま。この方達、今の列車で着かれたんですって。でも、もともとこちらに降りるご予定じゃなくて、困っておいでみたい」
 「おお、そうでしたか。……なにしろ事件が起きたのでは仕方ありませんからな」
 台詞の後半は娘に聞こえるのをはばかってか小さな声で言い、それから男は大友幸平と名乗り、この村の小学校の校長をしていると付け加えた。
 「思いも拠らぬことで、さぞお困りでしょう。事件の後の管理は駐在たちがやるでしょうし、県警が到着するまで私の家でお休みになってはいかがですか」
 確かにありがたい申し出ではあった。
 「こんなところですから、小学校の校長となれば一応名士ということになっておりまして、それなりの屋敷も構えております。ご不自由はさせません」
 もちろん、事件はある、よそ者は来るで、せめてよそ者ぐらいは自分のところで管理しておきたいというのもあるのだろうよ、と、口の中でぼそぼそという平井の毒舌はあいかわらずだったのだが。

 ともあれ、一行は大友幸平の好意にありがたく甘えることにした。
 屋敷へと向かう道すがら、増田がなんとなし、
 「そういえば澪さんはどうしてあの駅にいたの?」
 と尋ねると、澪はにっこりと笑って答えた。
 「あの列車で帰ってくるはずのおねえちゃんを迎えに行っていたの」
 「おねえちゃん? 姉上は東京でお仕事を?」
 水動が問うと、澪はまったく屈託のない調子でこう答えた。
 「いいえ、この村の人。でも、帰ってくるの」
 「ああ、お出かけしていらしたとか?」
 「……こら、澪。余計なことを」
 途中で幸平が割り込んできたので、その話はそれきり沙汰止みになった。どうやら他人が口を挟んでよい領分ではないもののようだった。

 「ところで」
  突然のように平井が口を開いた。
 「大友さんは、『銀の星祭』のことをご存知ですか」
 ご存知ですかも何もないものだろうに、と思う余地もなく、幸平は苦々しい表情で答えていた。
 「いや、全く知りませんな」
 どうやらこちらもよそ者が口を挟んでよい領分ではないらしい。少なくとも……口にしてはならない部分らしい。
 急に訪れた気まずい沈黙の中を歩いていると、思い出したように幸平が口を開いた。

 「あちらが私の勤めている小学校です。屋敷はその先になります。ついでですから、ちょっと学校を見て行っていただけませんか」
 指差す方向には確かに小学校らしき建物が見えた。沈みかけの夕日の残照がやや薄くなった雪雲を染め、暗く濁った朱色に空を染め、その中を染みのように烏が飛んでいた。何かの行事の練習なのか、近づいていくうちに唱歌を歌う声が聞こえてきた。
 「寄って行っていただけませんかな」
 幸平の言葉は提案だったが、口調は有無を言わせなかった。
 
posted by たきのはら at 11:09| Comment(1) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その5:N村

 列車から緊急連絡が行っていたようで、ホームには警官が二人ほど待っており、木場が降りていくと緊張した面持ちで敬礼を寄越した。
 「東京からわざわざ、申し訳ありませんねぇ」
 別にわざわざ駆けつけたわけではない、むしろ目の前でみすみす事件を起こさせてしまっただけの話なのだが。そう思ったが、口には出さない。

 二人は村の駐在で、列車から連絡があってすぐ、県警のほうに救援を要請したがあいにくの雪で道が悪く、遅れているという。
 「このあたりは、昨日までは乾ききっていた道が一晩明けると完全にふさがっているなんて、よくある話でして。なんとも申し訳ありません」
 そういいながら駐在の一人は不安そうに空を見上げた。
 「下手をすると、もうすぐこちらも雪で閉ざされますなぁ。県警がもたもたやってるうちに線路が埋まっちまわないといいんですが」
 「何、かえって好都合だ。この列車に乗り合わせた客は全員がどのみち容疑者扱いだろう。人の出入りがないほうが何かと便利だと思うが……」
 言いながら木場は周囲を見回し、小さく息を呑んだ。
 乗客たちがまるで当然のようにぞろぞろと列車を降り、駅のホームから改札へと向かっていく。それに、たしかさっき車掌は「最寄の駅が長岡ですから、そちらに」と言っていたはずだが、長岡にしてはずいぶんさびれきった小さな駅だ。
 「……ここは?」
 「N村ですよ。長岡のひとつ先ということになりますかなぁ」
 駐在ののんびりした口調が、急に何か間違ったもののように聞こえてきた。降りてきた車掌に問いただすと、本来この列車は特別列車で、N村に停まることになっていたのだという。距離にしても大した違いはない、N村で降りるつもりで乗っている人間も多いのだから、どうしても長岡ではなくN村まで行けと乗客に言われてやむなくのことだと車掌は困り果てた顔で言った。
 「……これは事件なのですがね」
 口の中で不機嫌に言うと、木場は駐在に向き直り、自分は列車の中に居る、県警が来たら呼ぶようにと言ってきびすを返した。

 どうやら私達以外の客はほとんどN村の客だったようですよ。
 木場が列車に戻ると、これまた凍った表情で水動が言った。
 ということは、ここが『銀の星祭』の舞台ということですな。
 面白くもなさそうな顔つきで平井がさらに言った。
 どうにもできすぎた話だった。

 なんだかんだで一日が終わりかけようとする頃、駄目押しのように駐在が入ってきて告げた。
 どうやら山越えの道が完全にダメらしくて。県警の到着は明日朝になります。
posted by たきのはら at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

『雨と夢の後に』その4:惨劇

 次の朝。
 それぞれのコンパートメントを車掌が回り、朝の珈琲を勧めて回っている。香り高い珈琲をすすりながら、さすが豪華客車として知られる『白夜』号だ、と、木場は思い、そしてなんとなくラウンジに顔を出した。そこでは昨日の面々(それに、安部老人も加わっていた)が集まり、平井が昨日草上から聞き出したという「『銀の星祭』の詳細」について語っている。なんとも胸の悪くなる話ではあったが……そういえば。

 「ひょっとして皆さんは、全員『招待乗車券』を送りつけられた口ですか」
 ふと思いついて、木場は口にした。
 「……私は、そうです」
 水動が答え、他の面々は一斉に頷いた。
 「ということは……我々は何らかの目的で呼び集められたのかな」
 増田がぽつりと言った。
 「集められたとしたら、目的はなんだ。……そう、まず我々に共通することはなんだ。さっきの平井さんの話から総合して考えるに……例えば我々は全員独身男性で……」
 「違います」
 喋り始めた氷島を水動が遮った。おや、というように集まる視線に
 「安部さんは違うでしょう」
 「……いや、儂ゃ独身じゃよ。みち子さんは、あれは優秀な看護婦でね、でも儂の連れ合いじゃない」
 すっとぼけた口調で安部老人が言い、一同はどっと笑った。水動もなにやらばつが悪そうな笑みを浮かべた。

 と、ふと木場は何か嫌な胸騒ぎがするのを覚えた。
 「……草上さんは?」
 「そういえば、みかけませんな。まぁ、昨夜は相当きこしめしていたようだから」
 平井がどうでもよさそうに答える。が、それを聞いて木場の胸騒ぎはいっそう酷くなった。適当に言いつくろってその場を離れると、後ろの客車に向かう。草上のコンパートメントはすぐに知れた。珈琲ポットを持った車掌が不安げな顔で声をかけてきたのだ。
 「あ、お客さん、こちらのコンパートメント、俳優の草上智近が乗ってるはずなんですがね……起きてらっしゃらないんですよ。何か嫌な気分がするんですが……」
 頷きながら木場は車掌に警察手帳を見せた。
 「私も嫌な予感がしていたところだ。声をかけてみましょう」

 呼べども呼べども草上は答えない。その上、コンパートメントの扉に近づいた時、なにやら生臭い臭いがかすかに鼻を掠めたような気さえした。
 「事件かもしれません。扉を壊しますが、いいですか」
 一も二もなく車掌は頷いた。二人がかりで3度ほど体当たりをすると、扉がはずれ、むっとするような血の臭いが鼻を衝いた。中は血の海で、草上は寝台から床に半分ずり落ちかけた姿で、血だるまになって死んでいた。
 「事件だ。このコンパートメント周りを封鎖してください。そして次の駅に止まり、県警に連絡を」

 その時には既にラウンジに居た連中が朱に染まったコンパートメント内を覗き込んでいる。立ち入らないで下さい、と木場は短く言った。
 「お手伝いできることがあるかもしれませんよ。……ああ、こちらでは探偵は誰でも名乗れますが、私は英国のほうで免許を持っています。お邪魔はしません」
 背後で水動の声がした。
 「……英国の?」
 「英国で育っているのです、私は」
 「現場に触れないでくださいよ」
 そう言いながら、しかし木場は入り口を塞ぐ形になっていた身体をずらした。
 「おお、おお、なんと惨い」
 水動が部屋に入った隙間からどうやらすばやく安部老人が中を覗き込んだものらしい。
 「ちくしょう、酒瓶がまだ転がってやがる。舶来モノじゃないか。……もう一本取り上げておくんだったな」
 そして、あいかわらずろくなことを言わない平井の減らず口。

 ともあれ、ざっとしらべたところ、草上の胸には何箇所も刺し傷があり、死因が明らかにその傷であろうと考えられた。
 「酔って前後不覚に眠っていたところを何ものかに襲われて刺されて寝台の中で死に、その後遺体は列車の振動のためにずりおちた……といったところですか」
 「……でしょうな。ところで、『何ものか』はどこから出入りしたと思われますか」
 「コンパートメントの扉でしょうか。……さも内側から鍵をかけたように見せかけて外から鍵をかけてしまうという手段を用いれば、密室は作れます」
 「窓は」
 「はめ殺しになっていますから」
 答える水動が何にも手を触れていないのをちらちらと横目で監視しながら、木場は忙しく遺留品を改めた。
 ……凶器は大型のナイフ。刃は刺し傷と一致。その他、部屋に荒らされた様子はなし。貴重品はすべて残存。物取りではないらしい。怨恨か?
 忙しくまとまらない考えをまとめながら、医者を探してきてくれと車掌に頼む。車掌が連れてきた「医学の心得のあるもの」はなんと実は医専くずれだったという増田で、そしてその診立てに拠れば、草上は明らかに刺殺されたものであるが、死亡時刻その他については彼が大量に飲酒をしていたこと等の影響によりここでは特定できないとのことであった。

 いよいよ列車を止めないわけにはいかなくなった。

 というわけで、『白夜』号はそれからしばらく後に長岡駅のホームに滑り込んで、静かに止まったのだった。

 
 
posted by たきのはら at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

『期待された冒険者と水の中の話』前口上

 ええと、はい。
 またもや前口上の挿入です。はやいところ「書きかけ達」を、なんとかしなければ(汗
 まぁ、たきのはらの転職・引越し後1ヶ月を経て、ネット環境もようやく旧に復したことだし、これから2週間ちょっと遊ぶ予定は入ってないし、ええ、なんとかなるでしょう、なんとか。

 いや、そんなことはどうでもよくって。

 『不揃いな冒険者たち』第2回、遊んできました。キャンペーン自体は3回目なのですが、とりあえずシリーズ名がついてからは2回目ということで、今後はシリーズ名がついてからのカウントで通す予定。

 今回もネタバレありです。ゲームぎゃざ2005年3月号掲載の「ゾンビは2度死ぬ」なんですが、何、前口上にはネタバレは書きませんので。

 というか、今回はPCたちの不揃いっぷりがだいぶ表に出てきました。
 不揃いというか、なんでしょうね、アレ。まぁ、全員生還したし、ミッションもきれいにクリアしたし、収入もあったし、何もおかしなところはないはずなのに、「……ひっでぇ」感たっぷりな一日でしたよ。いや、シナリオも充分にひどかったんですが。てかあれで1Lv対応だなんてあんまりだ。私ら全員2Lvだったのに、随分と無茶な目に合わされました。シナリオ書いた人は本当にひどい人だ(……と、DMが言っていた)。
 そらそうと、シナリオのひどさに対応してるわけじゃないでしょうがPCたちのひどさもなんというかアレで(アレで、としかいいようがないぐらいにね)。

 小太り白タイツはともかくとして、さらにフリルブラウス紫ジャケット胸毛ちょい出し金鎖ネックレスは既に犯罪だろうサンダスターとか。
 子供っぽい無邪気な口調だったらストレートにひどいことを口走っても許されてていいんだろうかなレクサスとか(でも本人は本当に無邪気なだけらしい。凶悪)。
 サンダスターとレクサスがあまりにあまりだったせいで、充分アレな行動を取っていたのに今回はちょっと常識に欠けるだけの元気いっぱいの毛玉少年なだけに見えてしまったマークスとか。ところで常識に欠けた毛玉少年って普通なのか。
 決めるとこはきりっと決めていたはずなのに、誰かが悪いフィールドを持ち込んでしまったためにダイス目がいろいろと腐ってたフレアとか。
 ……そして、うっかりするとこのままお色気担当になりかねないことをしでかしたイーリアとか(<違

 良識の総元締めにして不幸フラグ立ちまくり、というか多分今回のPTについては、「一緒に冒険をしたことはしたけれど知り合い以上仲間未満」としか思いたくないであろうアルベルティーネや、本当に頼りになる善人なおにーさん戦士のジム・コナーズとかのおかげで、旅芸人一座と間違われなくて済んでるような気がしてきました……(滝汗

 それはそうとサンダスターの寒いギャグをやや忘れかけているので、思い出した方はコメントのほうに記入して行ってくださると助かります♪
posted by たきのはら at 13:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 不揃いな冒険者たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

『雨と夢の後に』その3:銀の星祭

 それはそうと、と氷島が言葉を紡いだ。
 木場さんのお話を聞こうじゃありませんか。

 「……そうですね。ああ、失礼、一服させていただきますよ」
 相変わらずの笑顔のまま煙草に火をつけた木場だが、しばらくその表情が動かなかったのは何を思っていたのか。
 ややあって、木場は語り始めた。

 「これは、私にとっては『聞いた話』以上のものではありません。そもそも私はこの話を信じてすらいなかったのです。余りにも異様で不気味で馬鹿馬鹿しい話……そう思っていましたが、しかしそれでも覚えていたのは、何かこれは記憶にとどめておくに足ると、どこかで判断していたのでしょうかね。
 とある村――特に名を秘しているわけではなく、ほんとうに知らないのです――で、いつの頃からか奇病に罹る人間が出てきたらしいのです。若い人間が急速に年老いていく、子供がいつの間にか皺んだ老人の顔をしている、そんな病気なのだそうです。その病気は医療によって治療することはできない、「祓う」ことしかできない。そのための儀式が『銀の星祭』なのだと」
 「ほう……儀式、と」
 「そうです。それは若い女性の心臓を抜いて供物として神に供える、そうすると病が祓われるというものだと」
 何かを言いよどんでいた木場は、平井の相槌に背を押されたかのように一気にそう言った。
 「それは、犯罪ではないですか」
 水動が言った。声が掠れていた。
 「そうかもしれません。が、私はこれをただの言い伝えであるとしか判断しませんでした。そもそも……どこの村とも知れなかったのだし、地域の習慣をどうこうするのは、それはそれで様々な問題を伴います。本当に犯罪行為であればともかく……ともかく、私はこの話を知り、そして信じなかったのです」
 「それでも……犯罪です」
 二度目のそれは、自分に言い聞かせているような呟きだった。もうそれには構わず、木場は続けた。

 「で、私は信じていなかったのだが、草上氏はそれを見に行く、しかも楽しみに見に行くという。まぁ、彼はある意味芸術家だ、私達とは違う倫理に基いて生きているのかもしれません。
 それだけなら歌枕を訪ねる人々とかわりはしない。が……」
 「食堂車の中に居た人たち、ですか」
 増田が急に硬い声で言った。何かを思い出したようだった。
 「そうです、思い出されましたか、彼らの格好を。確かに冬支度とはいえ、暖房の効いた汽車の中で、ことさらに手や顔を覆い、人目を避けている人たちがそこここにいたのを」
 「ええ、確かに。とするとそれは……」
 「『急速な老化』に冒された人たち、だったのかもしれない」
 自分で口にしながらも信じられない、木場の表情はそう語っていた。

 「……まぁ、事実がそちらを向いているというのであればそうなんでしょうな。で、この『白夜』号は一路惨劇の舞台の村を目指しているというわけだ。その村の住民らしいのが乗ってるというのなら」
 しばらく落ちた沈黙の後、急に平井が言った。
 「で、列車から逃げ出すわけにもいかない以上、我々もその村を通過する、と。何、どうするかは今後のことでしょうよ。少なくとも列車が走っている間は逃げようがないんだし。
 ……なかなか興味深い話でしたよ、木場さん」
 そういって手に持ったグラスを干し、軽く会釈すると平井は一号車を出て行った。
 態度は紳士的とはいいがたかったが、確かに木場の話を聞き終わってしまえば一同がここに会している理由もないのだった。平井の離席を合図のように、一同は互いにぎこちない会釈を交わし、各々自分のコンパートメントへ引き上げていったのだった――当の平井を除いては。

 平井が向かった先は草上のコンパートメントだった。騒々しく草上を呼びたて、酩酊しきった俳優が顔を出すとすかさず自分の身体を半分コンパートメントの中に押し込む。
 「いや、草上さん、聞きましたよ銀の星祭の話。確かに興味深いものですな」
 ああそうでしょうともと答える草上は、しかしまともにろれつが回っていない。水動の皮肉に追われて食堂車を後にしてから、一人でしたたかにきこしめしたということらしい。そこへ畳み掛けるほうに平井は言い立てる。先ほどの無口がまるで悪い冗談ででもあったかのように。
 「まったくです、私は信じますよ。それはそうと折角の機会だ、祭りについて詳しく教えてはもらえないだろうか。その村人を救う聖なる人身御供の姫はどうやって選ばれるのか、そしてどのようにその身を捧げるのか。いや人づての話で構いません、わたしゃ何にも知らないのでどんな話でもありがたいですよ。なに、もう夜が遅い? いえお気遣いなく、ここのところ睡眠障害に悩まされていましてね、その代わり寝なくともいっこうに平気なのですよ……」
 「……いや、私だって詳しいことは知らない……ただ私が知っているのは……そうですね、この列車はその祭りの村に停まるってこと、それと祭りは満月の晩にやるってこと、それから娘……その夜、結婚初夜を迎える娘のね、心臓を抜くんですよ……ええ、それだけ……ああ、見ものだろうなァ……」
 そこから先はどう話を押し聞いても草上は同じような言葉を繰り返すばかり。それどころかどんどんとろれつが回らなくなり、ああ、とかうう、とかいう音ばかりが耳に障る。
 こりゃあ、もうどうしようもない。
 そう判断した平井は、草上のコンパートメントの棚にあったウィスキーを行きがけの駄賃とばかりに取り上げると、
 「いや、いろいろと楽しかった。
 それじゃ、おやすみなさい」
 といい置いて自分のコンパートメントに引き上げたのだった。
posted by たきのはら at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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