2006年04月26日

『雨と夢の後に』その2:乗り合わせた客

 1号車にはコンパートメントがひとつあるきりで、あとは広々としたラウンジになっている。天井はガラス張りで、照明を落とした車内には、星の光が氷の針のように降り注いでいた。が、あまりに冷え冷えとしているのを嫌ってか、そこには誰もいない。

 「ああ、あのコンパートメントは私がひとりで使っているものですから、どうぞお気遣いなく」
 そういいながら、水動は手回し良く給仕に人数分の飲み物を運ばせ、それから2号車との間の扉を閉め切った。そしてまるで見張りでもするかのようにその扉の前に立つ。
 「……随分とものものしいですな」
 氷島が笑うと、
 「あなたは……ご覧になりませんでしたか、食堂車で我々の周囲に座っていたものたちの表情を」
 と、水動は静かな口調で答えた。
 「そうです、あれはよそ者を警戒する目でした。……当然でしょうな」
 木場がさらに言葉を重ねる。
 「『銀の星祭』は尋常のものではありませんから。
 それはそうと……我々もこうしてひとつのテーブルを囲んではいるが、まだ互いによそ者だ。自己紹介をしてはどうでしょう」

 「いや、まったくです」
 すぐに口を開いたのは氷島だった。
 「私は氷島と申しまして、古物研究をやっております。専門は書物……まぁ、ちょっと凝った古本屋の店主ですな。実はこのたび、商売上ちと気になる出物がありましてね。紙の質や装丁からすればだいたいの年代は推測ができるのだが、何が書いてあるのやらさっぱり読めない。いや、物そのものは日本の本であろうと考えられるのですが、書いてあるものはというと字からして読めんのです。どうにもほうっておけない気分になりましてね。
 で、札幌のほうに住んでいるその筋の専門家の友人を訪ねるところなのです。私と違って本式にのめりこんでいる男ですから、まぁ何とかなろうということで」
 「その序でに列車旅行を、というわけですか」
 平井が相槌のように呟くと、
 「そうです……いや、実のところ、この列車の切符は自分で購ったものではないのですがね。ちと不思議ないきさつで私の手に入ったのですが、まぁ、頂戴したものは私の都合に合わせて使っても罰はあたらなかろうと」
 そう言って氷島は笑い、そして、貴方は確か小説を書かれるのでしたな、と平井に言葉を投げ返した。

 「そうです、まぁ、有名どころではありませんがね。平井呈一と申します」
 平井の答えはややぶっきらぼうだった。
 彼は常に心に鬱屈したものを抱えている青年だった。本来頭は切れるほうだ、ここにいる誰よりも気が利いているのは俺だろうと、実は今もひそかに思っている。が、見てくれは小柄であまり風采はあがらず、家が裕福なわけでもなかったからほかの文士仲間のように「実は帝大の俊才」だの「実は洋行帰り」だのということもない。……いや、文章をものするというのはそんなこととは無関係なはずだが、とはいえそのような飾りは人気には確実に反映するのだ。
 いやいや、俺は人気取りのために文章を書くのでない。俺は書かねばならぬから書くのだ。
 「で、こちらへいらしたのは。取材のためですかな?」
 愛想よく話しかけてきた氷島の声に、平井は我に帰った。
 「まぁ、そんなようなものです。ええ」
 答えながら、平井はさっき草上が得々と引っ張り出して見せた封筒を思い出している。
 「白夜行」とのみ記された封筒。差出人の名も宛名も書いていないそれを郵便受けの中に見つけたのは数日前。封筒の中には一枚の……一等客車の切符。この、思い通りに行かぬ事だらけで忌々しい現実をしばしでも忘れるためなら、おそらくは間違いと偶然という名の霧の中から訪れたものであろう、謎の誘いに身を投じてみるのも一興。
 そしてこれが偶然でないのなら――。
 謎と呼応しなくもないと考えられる秘密を、平井は抱えていた。
 彼はここのところずっと、ひどい睡眠障害に悩まされていた。夜寝付けず、ようやくとろとろと眠りに落ちれば、必ず同じ夢を見る。夢の中で出会うのは絶世の美女で、そして彼女は夢の終わりに必ず業火に包まれてしまうのだ。
 謎の中に身を投じてみれば、この美しいとも忌まわしいともいえる夢の根幹にたどり着けるのではないか。そう、平井は考えていたのである。

 どうやら平井を歓談に引き込むのは難しいと判断した氷島は、諦めて木場に向き直った。
 「で、ご自身は」
 「公務員です」
 そう言って、木場は人当たりのいい笑みを浮かべた。
 「仕事の関係でいろいろと調べ物をすることがありまして、それで先の『銀の星祭』のことも聞きかじったのです。いや、私自身は軍人の家に生まれ育った面白みのない人間でして……そのような地域の風習を研究するというような凝った才覚は持ち合わせていないのですが」
 「ほう、軍人の。さぞかし名家のご出身」
 平井がまた相槌のように呟いた。木場はそれには答えず、問うような視線を増田に投げた。
 「私は増田忍と申します。K社にて雑誌記者をしておりまして」
 増田は待っていたように立ち上がり、名刺を配った。
 「こちらには……ええ、取材ですね。どこ、という目的ははっきりとはなかったのですが、というか実のところ『わからなかった』と申し上げるのが本当なのですが、『銀の星祭』といいますから、まずはそれが今回の仕事かと。
 ……差し支えはいろいろお有りのようですが、お聞かせいただけませんか、その祭の話を」
 そういって木場の前に座を占める。
 木場は苦笑して頷き、それから一同からやや離れ加減に、扉の前に立っている水動に声をかけた。
 「あなたのお名前をまだ伺っていなかった」
 「申し遅れて失礼いたしました。水動薫と申します。私立探偵です」
 そういって水動はかすかに笑みを浮かべ、そしてこちらも名刺を配った。
 「私立探偵……ですか」
 「そうです、小さな探偵事務所を構えています」
 木場は名刺を受け取りながら、水動に何かかすかな違和感のようなものを覚えた。警官という職業に対する誇りが喚起した、「私立探偵」などという存在に対する警戒心によるものなのであろう、と得心が行くと、木場は内心ひそかに肩をすくめた。おお、人を職業や外見で判断してはならない、それを逆手にとって騙してくるものも多いとどれだけ思い知らされたかしれないのに。
 
 「で、そういえばあのご老人は」
 氷島が思い出したように言った。
 「陰陽師だそうですよ」
 答えたのは増田。
 「おんみょうじ? そう、名乗られたのですかな?」
 「ご自身ではそのようにおっしゃっていましたよ、少なくとも。まぁ、相当の高齢でいらっしゃるようでしたし、どこかの宮司さんがそのように名乗っておいでなのでしょうかねえ。
 お名前は安倍野さんとおっしゃるそうですよ。それとも安倍さんなのかな、あべの・かえさると名乗っていらしたから」
 「かえさる。そりゃローマ皇帝の名前じゃないか」
 平井が呆れたように呟いた。今度は一同、かすかな苦笑でそれに答えた。
 
posted by たきのはら at 13:05| Comment(5) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

『蟻の穴』

ネタバレ注意!!
以下はRPGamer13号掲載のシナリオ『蟻の巣穴に潜り込め』のテストプレイとして遊んだもののレポートです。
今後上記のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないでください。














 わたしは相棒のオオカミと一緒に丘の間を抜ける細い道を辿っていた。春はまだ浅い。風はようやくぬるんできていたが、空の色は淡く、雲の一叢もやってくればあっという間に灰色に戻ってしまいそうだった。
 目印にと教えられた枝角の丘と鬼睨みの丘の間の道標を過ぎて、もうどれくらい歩いただろう。半マイルも歩けば目的地に着くはずなのだが、警戒しながら歩いているせいか、随分と、遠い。

 人はなにをもってして人をそれと名指すのだろう、と、歩きながら唐突にわたしは思った。わたしを呼びつけた男爵様は、確かにこう仰った。
 「お前ほどに盗賊の技に長けたものならば……」
 失礼な。わたしは人家からものを盗み取ったことなど、生まれてこのかた一度もない。そもそもわたしの財は森にあるものであり、わたしは森に暮らすものなのだ。
 わたしの母は祈りと魔法の技に長けたドルイドだった。村のものにも随分慕われていて、わたしも大変にしあわせな子供時代をすごした。が、ひどいはやり病がこの辺一帯を荒れ狂ったある年、母はその病で身罷った。いくら魔法の技に長けているとはいえ、祈りは祈るものがその場にいない限り、何の力もない。そして、人の子がいくら祈ったところで、その祈りが本当に力を持って奇跡を起こすのは、そう何度もないのだ。祈りではなく、森に頼るべきなのだとわたしは悟った。森に生える薬草であれば、使い方さえ覚えれば誰でもいつでも癒せるのだから。
 わたしは祈りの修行を止め、かわりに森を歩き回ることを覚えた。崖や洞窟の奥、毒蛇や猛獣の棲家にも薬草を求めて分け入った。それは大変に危険な所業であったから、わたしはどんなかすかな異変も見逃さず、聞き逃さないようになった。崖を伝い、けだものの眠りを覚まさぬように忍び歩き、何かことが起きればあっという間に影の中へ逃げ込む術も身に着けた。
 ――いや、わたしが盗賊というのは、あながち間違っていないのかも知れぬ。わたしは森が欲深く隠した財を人里に盗み出しているのだから。

 ともあれ、男爵様はこう仰った。
 「お前ほどに盗賊の技に長けたものならば、巨大蟻の巣穴から黄金のペイロア像を取り戻してくれるだろう」
 なんでもこの春の祭りに先んじて、男爵様は舅どのであるところの伯爵様に、1フィートもの高さの金無垢のペイロア像をお贈り申し上げようとしたらしい。が、伯爵様のもとへ向かう使者の列に突然人間ほども大きさのある巨大蟻の群れが襲い掛かり、御使者を殺して巣穴に引きずっていってしまったのだそうだ。そして、御使者が懐に抱いていた黄金のペイロア像も一緒に巣穴に消えてしまったというわけ。
 「それは確かなことでしょうか」
 とわたしはお聞き申し上げた。森と人里を行き来するうちに、わたしは人というものが森と異なった類の欲深さとずるがしこさを持つものだということを身にしみて知るようになっていたのだ。
 「使者に立てた一行のうち、逃げ帰ってきた者たちが口をそろえて言うのだから間違いはない」
 「その方たちは欲に狂って御眼が曇ってはおられませなんだか」
 「司祭に立ち合わせ、その場では嘘をつけないようにまじなわせた上での話だ、間違いはあるまい」
 男爵様はそのように仰り、早く行けとわたしを急き立てたのだった。退出しようとするわたしを司祭が呼びとめ、霊薬の瓶を2本渡して寄越した。一本は癒しの霊薬、もう一本は暗闇でも目が見えるようになるものであった。

 男爵様のお屋敷を退出し、わたしはまず村の酒場に行って村人や商人たちの話を聞き集めた。何でも前年の夏ごろに、あのあたりに巨大な羽蟻が飛んでいたから、あの丘の辺には化け物蟻が越してきて住みついたに違いないという者があった。もう少し山のほうの、工夫達の村に行商に行っているものの話によれば、つい先ごろ山の坑道を崩して巨人蟻が入り込み、工夫達が随分食い殺されたのであちこちで穴を塞がなければならなかったということであった。要は丘から鉱山のあたり一帯に巣食った巨人蟻どもの仕業であろうというようにわたしは思い、出発した。いかに大きかろうと蟻は蟻、そして蟻なら森で見慣れている。

 蟻の穴は丘の下の細道の傍らに口をあけた裂け目だった。
 暗視の霊薬を飲み干して見下ろすと、深さはざっと20フィート。飛び降りればただではすまない。
まず耳を澄ませ、蟻の気配を聞いた。居る。いっこうに居なくなる様子もない。が、やってくる様子もない。というわけで、まずは弩を巻き上げて何かあればすぐに射てるように備えた。次に縄に鉤を結びつけ、先にオオカミを降ろし、次いで自分が降りることにした。オオカミが穴の底に着いたとたん、激しく唸り始めた。何か居たらしい。やってしまえと声をかけて大急ぎで降りる。わたしが穴の底に足をつけたときには、そこには確かに人間ほどもある兵隊蟻がひっくり返って死んでおり、オオカミが得意げな顔でこちらを見ていた。
よしよしよくやったと褒めてやり、それから辺りを見回すと、兵隊蟻の死体のすぐ横にはさらに下に続く穴が口をあけている。これまた20フィートほどの深さ。よくよく耳を澄ませても音がしないので、またオオカミを先に下ろしてから自分が降りる。
降りた先はがらんとした広間になっていた。広間に続く横穴がひとつ。さて、どうやって先に進んだものかと思っていると、オオカミがなにやらくんくんと鼻を鳴らしている。気をつけて空気を嗅いでみるとなにやらすっぱいような臭いがする。そういえば蟻は腹から酸を出して、食料を保存したり仲間に合図を送ったりするのだ。巨人蟻もきっとそうに違いない。この臭いがしてくるほうに行けば、御使者のなきがらと、蟻には用のないはずの黄金の像があるはずだ。そう思って先に進んだ。
先は十字路になっていた。すっぱい臭いは3本に分かれた道のうち2本の先のほうからしてくるが、うち一方からはなにやらかさかさと剣呑な音がする。冗談ではない。音のしないほうに進んだ。
ありがたいことに、そこには山のような骨やら腐りかけの動物の死体やらと一緒に御死者のなきがらも横たわっていた。金無垢のペイロア像もあった。とすると、男爵様のお屋敷を立つ前のわたしの疑いは随分礼を失したことになるのだが、まあそれも過ぎたことだ。ついでにあたりを見回すと、どうやら霊薬のものらしい小瓶だの、値打ちものかもしれない短剣だのが転がっていたので、これも急いで背負い袋に放り込んだ。拾ったときに、薬瓶に「蟲返し」と記されているのがちらりと見えた。

神像を拾ってしまえばこんな剣呑な場所に用はない。森は欲深く、財を盗み取った手に容赦はしない。洞窟ならばもっと剣呑な仕返しをして寄越すだろう。わたしは死者のほうに一礼すると、とっとともと来た道を引き返した。十字路を曲がるとき、背後からがさりと音がしたので、すかさずまきびしの袋をそこにぶちまけ、背後の守りとした。
まずは兵隊蟻のいた層まで戻らねばならぬ。縄の一方の端をオオカミに結び付けておき、もう一方の端を使って真っ直ぐな壁をよじ登ろうとした。もう少しで安全な場所に手が届くと思った瞬間、鉤をひっかけておいた岩がぐらりと揺らぎ、落ちかかってきた。頭を潰されるのは何とか免れたが、ともあれ足腰に少なからぬ擦り傷を拵える羽目にはなった。オオカミはと見ると上手く岩から飛び退いたようで、五体満足で、なあにもう一度試してみればいいだけですよというふうにこちらを見ていた。まったくそのとおりで、二度目は上手く行った。が、穴をよじ登ってみると、なんと言うことか、地上へ開いた裂け目から漏れているはずの光が見えない。壁に鎹を打ち込みながら裂け目をよじ登ってみると、どうやら巨大な岩が裂け目をすっかり塞いでしまっているようだった。

さてあの男爵様はわたしを謀ったのかとまずは思った。
が、良く考えてみれば男爵様はわたしが帰ってこなければ神像も手に入らないのであり、そしてそれは男爵様ご自身にとってたいそう困ることに違いなかった。次に、男爵様を困らせるのが目的の一派がいて、そいつらがわたしの出口を塞いだのではないかと思った。が、仮にそんな不埒なやからが居たとして、そいつらにとっても金無垢の神像は値打ちものであろうし、それであれば真に警戒すべきはこの裂け目の外にわたしが這い出してからのことであろうと思われた。
ともあれ、この岩の出所がどこであってもわたしがここから出られないことだけは確かなのであって、つまりわたしは他所に出口を探さねばならぬのだった。何、蟻の巣穴に出入り口がひとつだけということなどないのだから、心配には及ばない。
というわけで、わたしはまたもや地下のさらに深くへと降りることにしたのだった。

まず、食料庫は避けて通ることにした。蟻どもの食料庫は入り口近くに作られることが多く、そしてほとんどは行き止まりになっている。わざわざ怪しい物音のするほうへ踏み込んでも得るものはあるまい。十字路までやってきた私は、長時間かけて丁寧に道の端のまきびしを取り除き、すっぱい臭いのしてこないほうへと歩き始めた。穴倉に住んでいるのは蟻どもだけとは限らない。毒蜘蛛など住み着いていられた日には洒落にもならぬとふと天井を見上げると、石がひとつ緩んで今にも落ちてきそうになっているのに気がついた。ということは、さきほど壁の石が崩れたのも、裂け目が大岩でふさがれていたのも、地震かなにかがあったためなのだろう。つまり男爵様の周辺に厄介ごとが転がっているのかも知れぬというのはわたしの思い過ごしであり、わたしは単にここを出ることを考えておればよいのだと知れて、わたしは安堵の吐息をついた。そうして危なっかしい天井の下を避けて先を急いだ。

はたしてそこはちょっとした広場になっており、また下へと続く穴が口をあけていた。穴の深さはまたもやかっきり20フィート。巨人蟻はよほど几帳面な生物らしかった。地上の蟻に異次元からやってきた蟻に似た人種の血が混じって巨人蟻を生んだという馬鹿話をふと思い出した。
下をはいずる物音がないのを確かめてからオオカミをおろし、続いて自分も降りた。もう地下の随分深いところに来てしまったと思ったが、なに、これ以外に続いている道はないのだから迷ったわけではない。とはいえ、この階は怪しいことになにやらむっとした暑さに包まれていた。
わたしたちが降り立った広間からは、さらに二本の道が伸びていた。オオカミに空気の臭いを嗅がせてみたが、特に変わった風はないという。とりあえず目の前に伸びている道を歩き始めた。歩くにつれて空気の温度はいっそう上がっていくようだったが、それに混じってなにやら懐かしいようなにおいもし始めた。ああ、落ち葉が朽ちるにおいだ、と思い出したときには、目の前が開け、そしてそこには腐葉土のやわらかい層の上に、無数のキノコが生えているのだった。
蟻の中には農業を営むものもあったことをわたしは思い出した。木の葉を食いちぎって巣の中に重ね、腐った木の葉から生えたキノコを食べるのだ。人食いの巨人蟻は同時に農業蟻でもあったのだろうか。そう思いながら一歩踏み出しかけ、わたしはおもわず息をのんだ。目の前のキノコのうち一本だけ、鈍い灰色に光っているものがあった。この一歩を降ろした瞬間に、耳を劈く叫び声が巣穴じゅうに鳴り響き、蟻どもを呼び集めるに違いなかった。不思議そうにわたしを見上げるオオカミの首っ玉をひっつかみ、叫びキノコに感づかれぬうちにもと来た道へと後ずさるしかなかった。

もう一本の道も、随分穏やかならぬところに続いていた。
大広間の壁に、四つの巨大な繭が立てかけられていた。そして、耳をすますと――おお、四つの繭のいずれからも、きちきちという忌まわしい音が響いているのだった。蟻は幼虫から蛹を経て成虫になるが、羽化するときに自力ではその繭を破れず母親である女王蟻に噛み破ってもらう必要があることをわたしは思い出した。きちきちという音は、この繭からの羽化が近いことを示していた。そして、蛹が自力では外に出られないのであれば、羽化の近い繭の傍には女王蟻が居るに違いないのであった。ここに長居をしておれば、十中十どころか十二分にろくなことはおきまい。が、ありがたいことに繭は広間の出入り口とは反対側の壁に立てかけられており、そして広間の中に女王蟻の姿はない。叫びキノコの傍を抜けるよりはましに違いなかった。足音を忍ばせて広間の隅を駆け抜けた。オオカミもほとんど影のように繭の広間を抜けた。
また、回廊のような道に出て、わたしは覚えのあるにおいと熱気に気付いた。この先にもキノコ農場があるようだった。どの道をとっても結局は同じことらしい。ともあれ繭の広間に戻る気にはなれなかったので、先に進むことにした。

キノコ農場に踏み込む前によくよく様子をうかがったが、叫びキノコが居る様子はなかった。ほっとして広間の隅を足早に抜ける。もう抜けようというときに、空気を切る音がして、わたしの頬のすぐ脇を何かが薙いだ。見れば、巨大な軸から四本の鞭のような弦を生やした鞭キノコが、軸の下端にみっしりと生えた細かな繊毛を波打たせて、こちらへ向き直るところだった。いずれの部屋にも番兵はいるということだった。このキノコが腐葉土の上だけでなく岩だらけの床の上でも同じように動くのかどうか、一瞬考えたが思い出せなかったので迎え撃つことにし、振り向きざま弩を放った。同時にオオカミがキノコの向こう側に回りこんで飛び掛る。さらに飛んできた鞭をかわして六尺棒で殴りつけると、キノコはぐしゃりとつぶれた。胞子でも噴出されたら厄介なので、早々にその場を離れた。
その先はやはりキノコ農場だった。よほどキノコ好きの蟻だと思いながらよく見ると、どうやら先ほどの場所にぐるりと回って戻ってきてしまっていたらしい。見覚えのある叫びキノコが反対側の出入り口の傍で頑張っている。だが、これだけ離れていれば気付かれることもないだろう。足音を忍ばせて壁伝いに部屋を抜ける。するとまたもやぽっかりと口を空ける穴が見えた。

やれやれ、下へ下へと続くばかりか。とはいえ進まなくてはどうしようもない。
まずは、と耳を澄ますと無数の蟻の足音が聞こえた。登ってくる様子はないが、いっこうに立ち去る様子もない。それどころか穴の下を行き来する背中が何度も見える。
さて、手詰まりか。
ため息をつき、そしてわたしは背負い袋から『蟲返し』の霊薬を取り出した。
いつまで効果があるものとも知れず、そしてこれの効果が切れる前に出口が見つかるという確かな証拠もない。だからこれは出口の見当がついてから、いざというときに使おうと思っていたのだが。
出口が近いことを祈ってからわたしは霊薬を飲み干した。もし森や大地が散々にその財を盗み取ったわたしを罰するつもりでなければ霊薬の力がなくなる前に出口が見つかるはずだ。
さて、ではオオカミをおろそうと思い、はたと思い至ってわたしは手を止めた。穴の深さは例によって20フィート。だが、蟲返しの霊薬の力が及ぶのは10フィートまでである。わたしが先に下りてオオカミに後から飛び込ませようとも思ったが、それではオオカミが大怪我をしないともかぎらない。しばし考えた挙句、まず地面に打ち込んだ鎹にロープを絡ませてオオカミを穴の途中まで下ろし、自分も穴の途中まで降り、それからさらに10フィートぶんオオカミを降ろし、それから自分が残りを降りることにした。うっかりするとわたしもオオカミも転がり落ちてそのまま死ぬかもしれないが、とはいえ相棒をそのまま巨人蟻の真ん中に下ろすわけにもいかないのだった。
下についたらそのままそこでおとなしくしておれよ、と言い聞かせてオオカミを下ろす。降ろしきったと思った瞬間、オオカミが悲鳴を上げた。大急ぎで縄を滑り降りると、なんということかそこはまさに巨人蟻の円陣の真ん中であり、それどころか目の前には女王蟻がまさに王族然として聳え立っていた。そして足元には蟻の酸を浴びせられたオオカミが虫の息で転がっていた。もう一瞬の猶予もない。が、オオカミを担いでこの場を逃げ遂せる自信もなかった。霊薬の力に阻まれている以上、蟻どもはこちらに近寄ってはこられない。それに一度酸を噴いているのだから、しばらくは焼け付くような液体を浴びせられる恐れもない。そうと知ってはいながら、わたしは震える手でオオカミの口をこじ開け、癒しの霊薬を流し込んだ。そして四つ足を震わせてオオカミが起き直ると、その首っ玉を抱えるようにして女王蟻の脇を駆け抜けた。凄まじい勢いで蟻の顎がわたしの首筋を薙いだが、なに、構うものか。わたしは後ろも見ずに走りぬけ、蟻どもの真ん中に降り立ったときに確かに嗅ぎつけた、冷たいさわやかな空気のにおいをめざした。果たして目の前には小さな裂け目が口をあけていた。今度ばかりはその先に何があるか確かめもせずにわたしはそこへ滑り込み、オオカミも引っ張り込んだ。すぐ後ろで蟻の噴いた酸が岩を焼く音がした。

滑りやすい岩穴を、転がるようにどころか文字通り転がって抜けると、そこは人の手によって掘りぬかれた坑道だった。坑道を登っていくと、木の扉にぶち当たった。これが工夫たちが閉ざした穴なのだと思ったが、六尺棒を振り回して打ち壊した。よそ者の脱出口として打ち壊されたのでは工夫たちはいい顔をすまいが、なに、黄金の神像を取り返すためだったとあれば男爵様が何か口ぞえをしてくれるだろう。

というわけで、わたしは言いつけどおりの黄金の神像を持って男爵様のお屋敷に戻った。そうすると男爵様だけでなく屋敷にお抱えの魔法使いの爺さんまでが出てきて、蟻の穴に潜った以上、巨人蟻の卵も拾ってきたはずだと言い出した。そういえば爺さんからも何か言われていたことを思い出したが、神像を拾って歩いているうちに卵のある場所に行き当たらないまま外へ出てしまったのだと言うしかなかった。
実はそれは真っ赤な大嘘で、最後の蟻どものいた部屋には白い卵がいくつも転がっていたのだ。が、わたしは爺さんが払うと言った、たかが100枚かそこらの金貨に目がくらんで命を危なくするほどの愚か者ではない。とはいえそう言ってしまえば爺さんはわたしを臆病者とののしるに違いなかった。
人は人をあしざまにいい、思うのが常なのだ。

そうしてわたしはまたオオカミと一緒に森に戻った。うつろいやすく猜疑心に満ち溢れた村や町の日々はわたしの暮らしとは馴染まない。わたしの財は森にあり、わたしはやはり森に暮らすものなのだった。


この話の裏側。
posted by たきのはら at 14:23| Comment(1) | TrackBack(0) | その他D&D | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『蟻の穴』前口上

 「その他D&D」とか、なんだかアレなカテゴリですけれども、シリーズでもキャンペーンでもない単発だったので……というか、RPGamerに載せるシナリオのテストプレイだったのですが、実はこんなのもやっていたのです、ということで。

 遊んだのは2月の中ごろだったかなぁ。『狗の驕り』を書き終わって『駆け出し冒険者と穴倉の話』を遊ぶ前のぽかっと空いていたあたり。

 遊んですぐレポートは書いてあったのですが、モノがモノ、というかテストプレイだったのでしばらく公表していなかったのです。で、本日公開許可が出ましたので。

 3レベルソロシナリオ。ソロ、っていわれて……真面目に怖かったですけど。
 なお、私に声がかかったのは、「海千山千相手にばっかりテストプレイやってもバランスが取れてるかどうかよくわからないからちゃんと初心者を相手にテストしておく必要があったから」らしいです。
 
 
posted by たきのはら at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | その他D&D | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

『幽霊学園』目次

……うあ、長かった。というより時間かかった(滝汗

難産だったというよりも、書くのに時間がかかりすぎて、後半レポートとしてのクォリティが著しく落ちてしまったのが残念ですが。

一応ひととおり。
もうちょっとメリハリの利いた書き方ができるとよかったかなぁ。

ともあれ『幽霊学園』目次でございます。
普段は「前口上」は目次に入れないんですが、今回はえっらいばらばらになっちゃってるので、目次に入れてあります。

なお、以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。


前口上

その1:始業式の夜
その1−2:始業式の夜2
その2:窓の影
その3:月曜日・朝
その4:月曜日・昼休み。図書館
その4−2:月曜日・放課後。厩舎と植物園
その5:月曜日・夜。
その6:火曜日・2限目〜昼休み。厩舎〜教会・墓地
その6−2:火曜日・昼休み。厩舎〜カフェテリア
その7:火曜日・放課後
その8:火曜日・夜。
その9:水曜日・1限。
その9−2:水曜日・1限後半
その10:水曜日・2限
その11:水曜日・昼休み
その12:水曜日3限・決戦

……裏側に関してはいつのまにかこっそりアップされている予定(汗
posted by たきのはら at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | レポート目次(d20ホラー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その12:水曜日3限・決戦

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。


 裏口から図書館に入り、職員室の脇の階段を抜けて校長室に行った。
 鍵は当然のようにかかっていたが、リッチーがポケットから取り出した針金でしばらくいじっていると、鍵はなんなく開いてしまった。
 部屋の中には――誰もいない。が、耳を澄ますと、何やら禍々しい呪文の詠唱が聞こえた。あわてて廊下に飛び出すと――聞こえない。やはり部屋の中で「儀式」は行われているらしい。

 「あれじゃないかしら」
 ジェニファーが指差す先には――校長室の真ん中に聳え立つアテナ像。
 うん、ポリー先生の趣味だって褒められたものじゃない。

 像を調べていると、アテナの持った盾の部分が動くのにリッチーが気がついた。盾をどけると、アテナの像の中には隠し階段が下へと続いていた。そして、呪文ははっきりとそこから聞こえてきていた。

 もう、一瞬の猶予もない。
 ついでに言うなら、儀式の最中なら向こうもそうそう自由が利くわけじゃないだろう。チャンスかもしれない。
 わたしたちは階段を駆け下りた。

 目の前にはどうにも怪しげな光景が繰り広げられていた。
 林立する柱に取り付けられた火皿の中でちろちろと火が燃え、その明かりの中、祭壇を挟んで立つ男女。もちろん新校長とオリンピア・スミス。そして祭壇の上には縛られたゴルディスティン先生とリー先生。
 儀式の場に踏み込んだ私たちを見ると、新校長は噛み付きそうな目で睨んでよこし――そして呪文の詠唱を止めた。つまり、闖入者を片付けるのが先決だとおもったってこと。

 おとなしく片付けられるわけにはもちろん行かない。
 ヘアスプレーの霧の中、リッチーがオリンピアに殴りかかり、そのままはたき倒される。が、その隙に飛び掛った<委員長>の砂入り靴下がオリンピアの後頭部を直撃。あわててそちらへ行きかけた新校長の背後に立つと、私は呪文の朗詠を始めた。ここならオリンピアも新校長も一気に呪文に巻き込める。
 新校長の熾火みたいな目がこっちを向き、そしてつかみかかってくる。ふん、それぐらいで止められるもんですか。朗詠を続けながらわたしは身をよじった。首でも絞められなきゃ読み続けられるわよ、これぐらい。
 新校長ともつれ合うようにしながらわたしは呪文の朗詠を終えた。

 すさまじい悲鳴と、そして何かが割れる音がした。
 そこにおいてあった妙な形の壷が割れて、そしてポリー・マッキンタイア校長先生がそこにうずくまっていた。先生は顔を上げると、疲れの隠せない顔で……でも、にっこりと笑った。
 「助けてくれたのね、ほんとうにありがとう」

 結局、すべては「悪霊となってこの学園にとどまっていた」マーカス・マッキンタイアの仕業、ということだった。

 生前、マーカスはオカルトに手を染めるだけでなく、オカルト関係の物品――相当に違法なもの――の密輸にも手を出しており、そしてアテナ校を隠れ蓑にして密輸の手を広げることをたくらんでいたらしい。
 どうも学校の経営には関係のなさそうなことをしているようだ、というので当然ポリーは兄と不仲になる。そんなところへ、これは本当に偶然、マーカスは事故死した。しかし死してなおマーカスの霊魂は校内にとどまり、復活の好機を狙っていたということだった。マーカスの事故の後に死んだ三人の教師は、マーカスの影響を受けたオカルティストであり、マーカスの死を機に「事故に見せかけて肉体を捨て、完全なる自由を目指した」らしい。そしてこれもまた悪霊となって学園にとどまっていたのだという。

 10年前もマーカスは私の肉体を奪って復活しようとしたのです、と、ポリー校長先生はおっしゃった。それがあの10年前の落馬事故だ、と。しかしそのときは校長先生もまだお若かったので、悪霊に肉体を乗っ取られずに済んだということらしい。
 
 先生は学園中の徹底的な捜査を行った。アテナ像の中は勿論、墓場や教会、森の中まで。とうとう、廃屋と化した教会の中から何やら奇怪な彫刻を施した杖をはじめとする儀式の道具らしきものが見つかった。また、四冊の灰色の本以外にも怪しげな書物が見つかった。先生はそれを集めるとすっかり焼き捨てた。これでマーカスが再び肉体を得ることはできなくなった、と先生はおっしゃった。

 いなくなっていた先生や学生も戻ってきた。
 マシューももちろん戻ってきた。驚いたことに、月曜の晩、リッチーの腕を引っ張っていたのはマシューだったらしい。幽霊になるにも「姿だけになるもの」と「見えない手になるもの」があったようだ。そして、火曜の夕方、取り乱した様子で廊下を駆け回っていたメルディスは、マシューを探していたもののようだった。
 ――あのときね、私、マシューは『この』世界にいる、って、なぜかわかったの。でも、探しても探してもマシューには会えなくて……
 「見える」霊体と「見えない」霊体では存在する位相が違うという学説は本当だったのねとわたしは思ったけれど、とりあえずそれについては伏せておくことにした。それはそうと、二人ともきちんと人間に戻ったというのに、メルディスはマシューに思いを告げるどころか相変わらず声もかけられないでいる。どうにもままならない話。
 可哀想なのは意地悪舎監のジェラルド・フォーニーで……彼は幽霊になったことがあまりにもひどい体験だったようで、本当に発狂してしまったという。
 火曜日の昼、叫びながら通り抜けていったジェラルドの幽霊は……。ジェラルドはあの時もう完全に狂ってしまっていたのかしら。

 とにかく、事件は終わった。
 わたしたちはこのことに関して散々なこと――図書館で叫んだり、嘘をついたり、窓ガラスを割ったり、本を盗んだり、鍵をこじあけたり――をしでかしたけれども、それはすべて不問に付された。わたしたちは学生の身でありながら学校の危機を救ったのであり、これまでのことは事件解決には必要だったのだから、と。そう、新校長があからさまに奇妙な戒厳令や禁足令を敷いたりしていたし、それにジェラルドの幽霊を見た生徒も大勢いたので、今回のことは「学校の中の公然の秘密」という扱いになっていた。そして、わたしたちは学校で表彰され、メダルと奨学金を授与されたのだった。それともうひとつ、「引っ込み思案のクリス」は今では馬術部の期待の星のクリスだ、っていうことも言っておかなくちゃ。初めての乗馬で森に乗り入れ、スリーピー号を操りきったのがきっかけ、らしい。

 だから話はめでたしめでたし、のはずなんだけれど。一点を除いて。
 <委員長>がゲイであるという噂だけは消えてない。ひょっとしたらリッチーが裏で何か口走ったんじゃないかとわたしはひそかに疑っている。ジェニファーにいたっては、ゲイの噂のある<委員長>ならずっと一緒にいられるから、とかひどいことを言っていたのだけれど……

 おや? それって、実は結構意味深なんじゃないかしら?
 でもまぁ、事件が終わってしまった以上、どれもこれもわたしには関係のないことなのだけれど。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 15:19| Comment(1) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その11:水曜日・昼休み

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 <委員長>はリッチーの部屋の洗濯籠から靴下を引っ張り出すと、無言で階下に下りていった。戻ってきたときには二つの靴下には砂がぎっしり詰められていた。誰かに見られなかったでしょうねと確かめようかと思ったけれど、据わった目で靴下に砂を詰め込む<委員長>の姿は想像するだに恐ろしかったから、見られていたとしても見たほうは見なかったことにするだろうということは確信できた。

 昼休みが終われば教師達・職員達はおろか学園全体にわたしたちが「呼び出されている」ことは周知徹底され、見つけられ次第否応なしにわたしたちは校長室に引き立てられるだろう。時間はもうわずかしか残されていない。
 委員長とリッチーは砂の詰まった靴下を隠し持ち、わたしは本を取り上げ次第すぐに必要なページが見つけられるように、(もっとも必要なはずのページの直前で途切れた)コピーの内容を頭に叩き込んだ。

 「まず、どこへ行く?」
 「職員室はまずい。僕は……校長室でギル・タウンゼントにぶん殴られた傷が痛んでろくに動けないんだ。多人数相手の殴り合いは、ちょっと」
 冗談じゃない、じゃ、ひょっとしたらまともに動けるのは僕だけか、と<委員長>は心底うんざりしたため息をついた。……でも、教師を襲って魔道書を取り上げようっていったのは貴方よ?

 というわけで、わたしたちはまず保健室に行った。
 Dr.ジェファーソンのオフィスは閉まっていて、ペーター・ハモンのオフィスのほうだけに人の気配がする。かえって好都合。
 すみません、といって入る。
 「何だ、君達は。だいたい君たち三人は校長から呼び出されていたはずだろう?」
 「ええ、そうです、でも……」
 といってわたしは上着の袖をたくし上げた。昨日、茨でざらざらになった腕を出す(わざわざ包帯も外してきていたのだ)。あらためて自分で見ても、ひどい。
 「昨日、転んで茨の中に転がってしまって……ひどく痛むんです。ちょっと診ていただけませんか? その後校長先生のところに行こうと思って……」
 うわ、こりゃひどいな、とハモン先生が消毒綿を片手に寄ってきたところを。

 <委員長>とリッチーが後ろに隠し持った砂入り靴下で殴りつけた。わたしもそのへんにあったシーツをハモン先生にかぶせてしまおうと思ったのだけれど、男子生徒二人がめったやたら靴下を振り回すものだからうまく立ち回れない。と思っているうちにどちらかが振り下ろした靴下がハモン先生の後頭部にあたり、先生は声も立てずに倒れた。すかさずシーツやら何やらでぐるぐる巻きにしてしまう。
 「ヴェロニカ、あれだ。あの灰色の皮装丁の本」
 リッチーが指差す先には確かに怪しげな本があった。いそいでページを繰ると、相当長い呪文が、けれど慣れ親しんだラテン語で記されている。急に覚えろと言われたらつらいけれど、読み上げる分には問題ないわ。
 
 呪文は影響を及ぼすべき相手の至近にて唱えないと効果がない、ということだったので、倒れたハモン先生の足元に立って本を読み上げた。呪文の最後の文句を発音し終わると同時にハモン先生は消え、そして隣の部屋で何かどさりと重いものが――ありていに言えば人でも倒れるような音がした。

 「ジェファーソン先生!?」
 鍵のかかったオフィスのドアをたたくと、どうにも青ざめた顔色をした先生が内側から鍵を開けてくれた。 
 「先生、幽霊が……」
 「わかっている、自分の身に起こったことが事実である以上、信じられなかろうがなんだろうが事実には違いあるまいよ」
 そういうと、先生はわたしたちを中に入れてくれた。
 「気をつけなさい。あの悪霊たちは一人の人間の肉体だけを奪い取っているわけじゃない。奪った肉体が多くなればなるほど、奴らは生気を得、強力になっていく。ハモンはブランニー先生と私、それに君達の学年のメルディス・オパールの肉体から出来ていた。時間があったらメルディスを見てやってほしい。きっと部屋に戻っているはずだ」

 果たしてジェファーソン先生の言ったとおり、寮に戻ると、部屋の床にメルディスが倒れていた。呼んでも目を覚ます風もなかったし、単に気を失っているだけという状態だったので、とりあえずベッドに寝かせておいた。クリスとジェニファーについては残念ながら「ハズレ」だったようで、相変わらず半透明の姿のまま、そこにいた。

 次の襲撃相手はできればオリンピア・スミスあたりにしておきたかった。が、彼女はどうやら職員室にいるらしい(クリスが窓から見てきたのだ)。とすると。
 「ギル・タウンゼントか……」
 リッチーが心底嫌そうな声で呟いた。
 「気をつけないと。奴は一撃で僕を半殺しにしたんだからな。おそらくジェラルドかなんかの肉体を使ってるんだろう、あの脳味噌筋肉の」

 相手は物理実験室で午後の実験の準備をしている。昼休みが終わって生徒が来てしまうまでに片をつけなければ。もう余裕はあと数分。ためらっている暇はなかった。
 わたしたちは物理実験室に忍び込み、背後からギル・タウンゼントを襲った。男子生徒たちが殴り合っている間に私はどうにかギルの近くに位置を占め、十数秒はかかる呪文を唱え終えた。ものすごい悲鳴を残してギルは消えた。
 ギルが消えたのを見届けるがはやいかわたしたちはその場を逃げ出し、寮へ戻った。悪霊教師がいなくなったところで、生徒が来てしまえばそれはそれで面倒なことになる。

 今度はありがたいことに半分だけ「アタリ」だった。
 舎監室で悲鳴のようなうなり声のようなものがひっきりなしにしているのはともかくとして、ジェニファーが「戻って」きていた。とはいえ、肉体に霊魂が戻ったばかりでふらふらの状態だったが。それにリッチーもさっきの殴り合いでまたもやギルのこぶしが掠ったとかで、あと一度でも殴られれば本当に気絶しそうだと真っ青な顔で呟いていた。
 しかし、一人でも悪霊教師が残っていれば解決にならない。抵抗しているのが私たちであることはもうわかっている以上、そして向こうの狙いややり方が完全にわかっているわけではない以上、このまま一気に相手をつぶしてしまわない限り、わたしたちが今やったことは「最悪の事態の到達を遅らせただけ」にしかならない。

 わたしたちは寮を抜け出した。
 砂入り靴下を持った、目の据わった<委員長>。
 同じく砂入り靴下を持った、真っ青な顔のリッチー。
 ヘアスプレーを握り締めた、おぼつかない足取りのジェニファー。
 半透明でふわふわ浮いているクリス。
 そして、魔道書を持ったわたし。

 むちゃくちゃだ。

 ちょうど、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。


このシーンの裏側。
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2006年04月17日

『幽霊学園』その10:水曜日・2限

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 目の前ではギル・タウンゼントが苦虫を噛み潰したような顔をして何やら読書中だった。タウンゼント先生はわたし達に物理の授業をする気はまったくなさそうで、演習問題をいくつか黒板に書き付けると、後は自分の読書に忙しいということのようだった。
 まぁ、それはこちらとしては一向に構わない。わたしも読書に忙しかったのだから。

 物理の教科書に隠して私は「学校に関する諸資料」をせっせと読み解いていた。そう、間違いない、資料の中には学校の設立に関する話題があり、マッキンタイア兄妹が学校の設立には一致協力したものの経営に関しては方針が一致していなかったという記録があり、そしてマッキンタイア氏は事業を興す一方でオカルトにも手を染めておりハーブや怪しげな薬品をも事業の一環として取り扱っていたということが記されていた。あの「悲劇的な落馬事故」と、その後連続した教師の事故死についてももちろん記されていた。事故の犠牲者の生前の写真もあった。新校長とオリンピア・スミス、ギル・タウンゼント、ペーター・ハモンの顔をわたしは改めて古びたページの中に確認した。

 そして、今まで知らなかったこともそこには書かれていた。
 マーカスの落馬事故は例の墓場近くでのことであったということ。
 そして、同じ場所で10年前にポリー・マッキンタイア女史がやはり落馬事故を起こしていたが、そのときは大事に至っていなかったということ。

 ……何やらつながりそうだ。

 そう思ったとき、わたしの目の前で<委員長>がいきなり立ち上がった。
 「ちくしょう、失敬な!! ジェニファーはそんな娘じゃないぞ!!」
 まったくもってわけのわからないことをわめき散らすと、<委員長>はそこにあったコート掛けをものすごい勢いで窓際に座っていた生徒めがけて蹴り飛ばした。狙いは外れ、コート掛けは脇の窓に突っ込んだ。
 「どういうことだ、授業中だぞ!!」
 タウンゼント先生は手にした本を放り出すとこちらへ走ってくる。視野の端で、その本をさらって外に走り出すリッチーが見えた。
 ……そういうことか。

 私は読んでいた資料をすばやく机の中に押し込むと立ち上がった。
 「……あの、タウンゼント先生」
 先生の前に立ちふさがると、必要以上に声を落として言う。
 「すみません、あの……」
 「何だ!?」
 「<委員長>、このごろちょっとおかしいんです。ゲイだって噂もあるし……ええっと、あれは神経がおかしくなるとそうなるんでしたっけ?」
 ……そんなわけがあるものか。
 ともあれ、いかにも物知らずの小娘のふりをして、忌まわしそうに気の毒そうに、ひそひそと先生の耳にささやく。先生はうんざりしたような顔をしてわたしを見、<委員長>を睨み、周囲を見回し――そして怒りの声を上げた。
 「私の本が!! 誰か取って行っただろう!?」

 結局リッチーがまた窓際にこっそり本を戻しておくまで、先生は怒り狂った牡牛みたいに怒鳴り続けた。で、本が見つかった後も、泥棒がここにいるに違いない連帯責任だ、明日は全員で校舎裏の清掃をやらせるからなと叫んでわたしたちを解放したのだった。

 授業時間が終わるとわたしと<委員長>はまっすぐリッチーの部屋に行った。
 「魔道書のコピーをしたよ。ラテン語なんで僕は読めないが」
 「読めるわ。見せて」
 そういってリッチーがベッドとマットレスの間から引っ張り出した紙束を受け取る。そうすると、わたしの肩越しに誰かがそれを覗き込んだ。振り向くと半透明になったクリスだった。
 「うるさいな、校長もこの本を持ってたってのはわかったんだからお前はもういいって言ったろ。あっち行ってろ」
 リッチーが眉ひとつ動かさずに言う。するとクリスはひざを抱えた姿のまま窓辺のオジギソウのところに漂っていき、オジギソウをつつこうとした。けれど半透明になったクリスの指はそのまま植物をすり抜けてしまうのだった。
 あんまりだ。

 が、もっとあんまりなことが判った。
 「リッチー、あなた魔道書をコピーする箇所、どうやって決めたの?」
 わたしは言った。きっと随分冷たい声だっただろう。
 「全部をコピーするだけの手持ちがなかったから、本の自然に開いたページ周りをね」
 「運が悪いわ。……儀式のやり方までは書いてあるんだけど、肝心の、幽霊にされた人の肉体から悪霊を追い出して本来の持ち主に戻す呪文の直前でコピーが終わってるの」
 しばらく、沈黙が落ちた。

 そのとき、リッチーの部屋のドアを誰かが激しくノックした。
 「リッチー、お前何したんだ!? 校長から呼び出されてるぞ。寮のロビーに張り紙が出てた。即刻出頭せよだってさ。リッチーに<委員長>、それにヴェロニカもだ。いったい、何をやった!?」
 「なんでもない、後で行くよ」
 答えたリッチーの顔は、さすがにこわばっている。

 「……仕方ない。こうなったらできることはひとつだ。教師を襲って魔道書を奪おう」
 台詞そのものよりは、それが<委員長>の口から出たことのほうが恐ろしかった。
 <委員長>の目は完全に据わっていた、ように、思う。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 17:44| Comment(1) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その9−2:水曜日・1限後半

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。


 その頃。

 スリーピー号に二人乗りしたクリスとジェニファーは森の奥へとひたすら馬を駆っていた。やがて開けた草地に出る。
 と、そこにはマッキンタイア女史とドレイク先生の霊体が浮かんでいる。何かを訴えるかのような表情をして。
 「先生、いったい……」
 クリスが言いかけたとき、不意に三人の霊体の顔が一様にこわばった。と思うと、ふっとその場から消えうせる。
 「いったい何が……」
 「わからないわ……いい、行きましょう!!」
 ジェニファーが叫ぶ。クリスはきっと口を結んで頷くと、スリーピー号を再び走らせ始めた。……が、今度はそれほど速度が出ない。
 「どこへ向かってるの?」
 「スリーピーの嫌がる方向へ」
 鋭く答えるクリス。
 「馬は人間より勘がいい。何かが行われているのなら避けようとするはずだから」

 果たして。
 馬上の二人の目に映ったのはなんとも怪しげな光景だった。
 中央に朧に光る三人の霊。それを取り囲む三人の教師――新校長、オリンピア・スミス、そしてペーター・ハモン。三人は腰に奇怪な形の壷を下げ、そして灰色のなにやら怪しげな本を持っているのをクリスの目は捉えていた。
 「急ぐよ!! ジェニファー、しっかりつかまってて!!」
 嫌がるスリーピーをクリスが無理やりせきたてる。が、一瞬遅く、二人の目の前で三体の霊は三人の教師の腰の壷にそれぞれ吸い込まれていってしまう。
 「……!!」
 「いいから!! そのまま走らせて!!」
 ささやくと、ジェニファーは馬の背の上で思い切り伸び上がった。ふん、普段鍛えてればこれぐらいなんてことないわ。
 「悪事もそこまでよ、マーカス・マッキンタイア!!」

 新校長がはっとした顔でこちらを見た。そのまま数歩後ずさる。
 「今よ、クリス、このままスリーピーで踏み潰しちゃえ!!」
 そんな無茶な、という悲鳴は誰に対して向けられたものか。三人の教師が何事か唱えると今までクリスの手綱さばきに従っていたスリーピーがいきなり棹立ちになった。たまらずクリスは放り出される。動かないところを見るとどこかぶつけて気を失ったか。
 「このままじゃ済まさないから!!」
 「普段の鍛錬の成果」で、うまいこと着地したジェニファーは叫びながら新校長に向かってまっすぐ走り出す。新校長は逃げもせずなにかぶつぶつ呟いており、その声が止んだと思った瞬間――ジェニファーの目の前が真っ赤に染まった。それでも勢いで数歩走り――そしてそのままジェニファーも気を失った。

 どれだけ気を失っていたのか。
 気がつくとジェニファーは後ろ手に縛られて薄闇の中に転がされていた。無理やり首をねじってあたりを見回すと、すぐ隣にクリスも転がされており、そしてどうやら二人が横たわっているのはなにやらまがまがしい模様を描いた祭壇の上のようだった。暗闇でないのは柱に取り付けられた火皿のうえでちろちろと火が燃えているからで、そして耳鳴りだと思ったのは――もういまさら驚く義理もないのだけれど――呪文の詠唱だった。
 つまり。
 このままではあたしも幽霊にされちゃうってことだわ。
 と知れた以上、なんとか脱出しなくてはならない。幸い手をねじったり引っ張ったりしているうちにどうやら縄が緩んできた。こっそりと縄目から手を引き抜くと、今度は足にかけられたロープを解きにかかる。教師たち――呪文を唱えているのはもちろんさっきの教師たちで、やはり先ほどと同じ灰色の本を手にしていた――は呪文を読み上げるのに夢中でジェニファーの縄抜けには気付いていない。

 ――よし。
 足の痺れが取れたのを確認すると、ジェニファーは祭壇から飛び降りた。手近の柱まで一気に走ると、そこにあった火皿を外し、一番近くにいたオリンピア・スミスに投げつける。命中。
 スミスの呪文が止まる。新校長が顔を上げて炎のような目でジェニファーを睨んだ。が、呪文を唱える声は止まらない。しまった、目標を間違えた。新校長を止めなきゃいけなかったんだとジェニファーは思ったが、もう遅い。新校長の唇が奇怪な音律をつむぎ終わり、一瞬止んだと思った瞬間、ジェニファーの目の前でクリスの姿が消えた。薄闇の中、出口らしきものはどこにも見えない。手の届くところに取り付けられた火皿はすべて投げつけたが、新校長の呪文はとめられなかった。
 もうこれまでと目の前にいた教師のどれかに殴りかかりかけたまま、ジェニファーは消えた。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 16:47| Comment(2) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』その1:白夜行

 上野発札幌行き、『白夜』号。
 列車は煙を吐きながら凍りつくような夜の底を走っていた。
 一月も半ばを過ぎた頃。先ほどまで醜女が差し伸べる腕のように絡み付いていた氷雨の帳を抜け、車体は白々とした月明かりに照らされている。満月に近い月のまろみが孕むのは――

 「この世ならぬ夢、か」
 向かいの席に着いていた男の訝しげな視線に、平井呈一はいつもの癖がつい出てしまったのに気付き、かすかに苦笑した。
 「失礼、独り身の悪い癖で、頭の中の考えをつい口に出してしまうのです」
 「いや、お察しいたしますよ。こちらも似たようなもので」
 男は愛想のいい笑みを浮かべた。
 「日がないちにち、人と名のつくものと言葉を交わさないでいるような日が続くと、人間そんなふうになるものです」
 「おや、そんな陰気なご商売には見受けられませんが」
 「古物商でしてね。古本屋です。人よりは物言わぬ本を眺めているほうが多い。いや、違うな、本は人よりよほど饒舌だが……少なくとも世間一般で言うところの会話の相手にはならない。……あなたは」
 「小説家です。余り売れてはいませんが」
 それだけ言って小さく会釈すると、平井はまた視線を目の前の皿に戻した。『白夜』号は、今日は満席に近いようで、食堂車も随分と混んでいた。そうでなければあまり人付き合いを好むほうではない平井のこと、見知らぬ男と相席での食事となることもなかっただろう。
 古書店主、氷島龍雄は、目の前に座った若い小説家――氷島自身も決して年のいっているほうではなかったが、相手は氷島より十歳近く年下に見えた――と会話を続けるべきかどうかしばし考えたが、結局相席の相手が話好きではないという結論に達した。それで、それきり声をかけようとはしなかった。なに、人にも書物に似たものがいるということだ。小説家だというならなおさらだろう。
 
 珈琲が出て、食事がひととおり終わろうとした頃、一人の若い男が食堂車に入ってきた。仕立てのいい三つ揃いを粋に着こなした、様子のいい青年である。で、車内をぐるりと見渡すと、ちょうど空いていた席に着き、隣席のものに親しげに話しかける。
 「おお、皆さんも『銀の星祭』に参加されるのですね」
 「……何の、話ですかね?」
 突然話しかけられたほうは戸惑ったような声を上げた。
 「おや、違うのですか? この列車には『銀の星祭』に参加される方ばかりがお乗りになっているのでしょう?」
 「いや、失礼ですが。何をおっしゃっているのか僕にはさっぱり」
 そう答えたのは増田忍。これもまだ若いが、駆け出しというには少し年の行った新聞記者である。
 「いったいそれはどこで開かれる、どういう祭りなのですか? 実は今回の旅は目的地がないようなものなので……もし珍しい祭りがあるというのであれば、是非見ておきたい」
 そう増田がいうと、男はあまり人の良くない笑みで答えてよこした。
 「いや、ご存じないというのであれば私の口から話すのは止しておきましょう。勿論参加されるのがよろしいでしょうが、祭の内容についてはご自分の目で確かめられるのが一番だ。貴方の楽しみを減じるような無粋はしたくないので」

 「おやおや、説明が親切ではなくて無粋になるのかな」
 男の背後からしゃがれ声がした。男が振り向くと、車椅子に納まり、看護人の女性の手を借りながら食事中だったらしい小柄な老人が、丸めた背から続く首をちんまりと起こして男を眺めているのだった。老人の名は安部不還(あべの・かえさる)といって、代々続く陰陽師の家計の末裔(すえ)であったが、ともあれこれは今は同席者の知るところではない。
 「無粋ということになりましょうな、ご老人。私も人づてにしか知らない祭なのですが、話に聞いただけでも大変に心躍るものですよ。招待状が来たときは本当に嬉しかった。で、非常に楽しみにこの列車に乗り込んだというわけですが……皆さんは違うのですか、だとすれば残念な話だ」
 そう言って男は背広の内ポケットから一枚の封筒を引っ張り出した。
 「ホラ、これですよ。招待状は。皆さんはお持ちでないのですか」

 「……失礼ですが」
 少し離れたところから立ち上がった者がいる。これもすらりとした洋装の青年だった。
 「それは私のところにも来たもののようです。だが――これが招待であるというなら、招待されておいてこう申し上げるのもなんだが、招待主はあまり周到な方ではないようだ。私のところには招待状はなく、切符だけしか入っていなかったので。それでもこの列車に乗り込んでしまった私も私ですがね。
 ……ところで、私がぼんやりしていただけだったら申し訳ないが、お名前を伺っていただろうか? ああ、私は……」
 「おお、これは失敬(と言いながら、男の目はむしろ立ち上がった青年――水動薫(みするぎ・かおる)こそが失敬であるというような表情を映していた)。私は舞台俳優でしてね。草上智近(そうじょう・ともちか)と申します。ええ、本名で舞台に立っておるのですがね。最近は映画にも2、3主演しておりまして。一番新しいのだと『屋根の上の恋人たち』といえばお分かりになりますか。大変評判が良くて新聞にも随分書かれましたから……」
 何だ、屋根の上の蝙蝠男、ああそれじゃあいつはあの蝙蝠傘の殺人鬼「抜当萬(ばっとうまん)」役を当てていたのかまるでわからなかった、と平井が口の中で呟き、増田はそんな映画の記事を載せた新聞があったろうかと考え込んだのだが、草上は一向に意に介せず自分の出演した舞台だの映画だのについて滔々と話し続ける。
 「いや、そんなわけでしてね。つい自己紹介が遅れまして」
 「それは失敬。私はひどく無粋なものでして、その映画は見ていないのです。以後、気をつけるといたしましょう」
 草上の台詞が一段落するのを待っていたように、水動は口元にかすかに笑みを浮かべたまま言った。これまでの草上の長広舌に一瞬たりとも気をとめていないのは明らかだった。
 「ところで草上さん、その『銀の星祭』とは何なのですか。おそらく私も招待客なのでしょうから、貴方程度にはその内容を知っていてもいいはずだ」
 「そうですな……いや、やはり止めておきましょう」

 そう言って椅子の背にもたれかかった草上の隣、増田の反対側にそっと座ったものがある。
 「『銀の星祭』……そうおっしゃいましたか」
 声をひそめて草上に呼びかけた男の名は木場孝次郎。警官であった。
 「おや、貴方はご存知なのですか」
 「……昔、聞いたことがありましてね。しかし他愛もない子供だましの話と聞き捨てていました。普通の神経を持った人間なら信じられる話でもない。だが……」
 「貴方はそう思われますか。が、私は大変楽しみにしているのですよ。そう、信じられる話ではない。が、実在すると言うのなら、舞台に立つものとして、絵空事をもうつし世の舞台にあるいは銀幕に再現するものとして、是非この目で見てみたい。
 ……そうは思われませんか?」
 「残念ながら」
 そう言って木場は苦い笑みを浮かべた。
 「先ほどの御仁ではないが、私も無粋なもので。
 しかし……その話が真実であるというなら、この列車にも……」
 そういいかけて木場はふと口ごもった。

 「待ってください」
 二人が頭を寄せ合うようにして言葉を交わしているところに割り込んできたのは増田であった。
 「どうやらお二方は話が通じているようだが……貴方もその『銀の星祭』とやらにいらしたのですか?」
 そう、木場に声をかける。
 「いや、まったく」
 「だったら貴方は僕らと同じ立場というわけだ。なら、説明してもらえないだろうか」
 あまり気が進みませんが、仕方ないですねと木場が言うと、草上は、私は話す気はないから失礼させていただくと言って立ち上がった。
 「話す気がない、とおっしゃる。俳優というのは何かを人に伝えるのが仕事ではなかったのですか。どうせ判るに違いないことをあまりもったいをつけるものではないですよ。ここにいる誰かが今後貴方の舞台や映画を見ないとも限りますまい」
 水動が穏やかな口調で言った。口元には相変わらずかすかな微笑を浮かべていた。
 「どうぞ、私の出演作に関するご判断はご自由に。私の芸術を理解しない方も少数はいらっしゃいますがね、人々の大半は私の存在を喜ぶのです」
 捨て台詞のように言うと、草上は憤然とした足取りで食堂車を出て行った。微笑を浮かべようと努力したあとらしい引き攣れた笑みが、せっかくの形のいい口元をゆがめていた。

 失礼、と水動は極まりの悪い笑みを浮かべた。そうすると、ややもすると冷たくも見える顔立ちが幾分和らいだ。いやいや、かまわないんじゃないですかと平井が苦笑いしながら言った。しかし「あの作品」を自慢できるとはたいした御仁じゃないですか。

 「『銀の星祭』というのはつまり……」
 木場が言いかけたとき、水動がついと立ち上がった。
 「もう食事も終わったことだ、いつまでも座を占めているのも迷惑というものでしょう。1号車に行きませんか。あちらはラウンジになっていますから」
 それもそうだと一同はぞろぞろと立ち上がった。車椅子の老人、安部だけが、老体に夜更かしは堪えるからと自分のコンパートメントに引き上げていった。
posted by たきのはら at 12:54| Comment(3) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雨と夢の後に』前口上

 で、連日遊んでばっかりで微妙にどうかと思ったりもするのですが……
 土曜日の『渡竜』に続いてCoCを遊んできました。

 キーパー:霧島さん
 PC(PL):安部不還/あべの かえさる・陰陽師(いわなみうしをさん)
      木場孝次郎/きば こうじろう・警察官(鴉さん)
      氷島龍雄/ひじま たつお・古書店主(きぷろすさん)
      平井呈一/ひらい ていいち・小説家(N'S FACTORYさん)
      増田忍/ますだ しのぶ・記者(職人さん)
      水動薫/みするぎ かおる・私立探偵(たきのはら)
 使用システムはCoC(d20じゃないほう)の「クトゥルフと帝国」。

 ええと、そこ。どっかの憑き物落とし一味とか探偵一味とPT構成が似てるとか言わない。まぁたぶん「一味」チックであることには変わりないけど。

 ミステリートレインと新本格を足して2で割ったような感じで、大変楽しい時間をすごしました♪ 惜しむらくは会場&参加者の都合上遊べる時間が短く、やや遊び足りない感が残ったこと。やはり新本格っぽいのなら、もうお腹いっぱいーというぐらいどろどろを満喫(以下略)

 あ、いえその。
 全員生き残れたので、次につなげられる楽しみが増えました。
 雰囲気的には横溝正史ってより高橋克彦だったかなぁ。

 そらそうと、時々アタマの中にD&D成分が混ざってくるのは良くなかったと思います。いくらなんでも(d20じゃない)クトゥルフで「接敵してますね? 近接攻撃できますか? できますね、殴ります」はないだろうよ>自分(なお、相手はオオコウモリでした。昔みたいに何かの落とし子に望遠鏡のウェイト逆手に持って殴りかかったりしてないのでそのへんはまぁその。)
      
posted by たきのはら at 10:46| Comment(2) | TrackBack(0) | クトゥルフRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第9回『夜の女王の秘密(前編)』前口上

 ああ、なんというか「宿題」だけがどんどんたまって行ってるんですが(滝汗)
 連休前にきちんと書き終えたいところです……

 そらそうと、第9回も遊んできました。これまで野外でノールだの死にぞこないだのとちゃんちゃんばらばらばっかりやってたので、ちょっとは落ち着こう……ということで、シティアドベンチャーにするよー、ということはあらかじめ言われておりまして。

 で、まぁ、大地に還ったフェランに続く相棒は、「街中でも一緒にいられるように」ということで、ちょっと大き目の猫さんにしました。ええっと、まぁ、豹なんですけど。
 キースが結構「殴れる」ことがわかったので、アルテアはバーバリアンを混ぜながらレベルを上げるよりドルイド素上げで行ってもいいんじゃないか、ということになりまして。で、いきなりドルイド4Lvになったので、ちょっと変わった相棒も連れてこられるようになり、リデュース・アニマルも使えるようになり、てなわけで相棒は豹にして、街中で動くときはリデュースしておこうということになったわけ。とはいえリデュースしたって体長60cmもあるので「ちょっと育ちすぎの猫」ですけど……

 で、結局。
 えーと自分たちは洗練されたところが妙に苦手な「山出しゃーズ」だということが明らかになりましたです。

 くっそぉ、前半はうまく行ったのになぁ。
 まぁその、ぶっちらばるだけが冒険じゃないってことで。精進精進。

 ……で、レポート本編は、ええ、今月中にはアップしますともっ、今度こそ。
posted by たきのはら at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

『幽霊学園』その9:水曜日・1限。

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 翌日はさらにもうひとり先生が消えた。生物学のブランニー先生は体調を崩されてしばらく教壇には戻らないという話だった。そして新たに先生が増えた。物理学の先生だった。名前はもちろんギル・タウンゼント。

 ありがたいことに1限の授業は物理学ではなく、乗馬のクラスだった。今日は交互に馬に乗ってみましょうということになった。人数が多いので女子や身体の小さい男子は二人乗りをすることになった。コースは単純。厩舎の前から出発して、森の入り口まで行ってそこで引き返してくるだけ。三頭ずつの班になって行っては戻ってくる……わたしたち――<委員長>、リッチー、クリス、ジェニファーにわたし――はたまたま同じ班になって出発した。わたしはジェニファーの後ろに乗っていた。
 森の入り口まで来かかったとき、真昼間だというのに目の前をゆっくりと鬼火が流れた。とっさにジェニファーの後ろから手を回して彼女の口を塞いだ。
 「頼むから叫ばないで!!」
 ひとしきり背中を震わせたあと、ジェニファーはわたしの手を引き剥がした。
 「叫ぶわけないでしょ。馬鹿にしないでちょうだい!!」

 ともあれ、わたしたち5人と三頭の前には、半透明の霊体の姿になったブランニー先生が浮かんでいることだけは確かだった。わたしたちが逃げもせず先生を見ているのを確認すると、ブランニー先生の霊体はすうっと森の奥のほうへ引いて行く。
 「どうする、追う?」
 「追うべきなんだろうが……二手に分かれよう。全員で一箇所に固まって一度に敵の手に落ちるわけにはいかない」
 <委員長>が言うと、クリスが、じゃあ僕が行くよと言った。身軽なクリスはどうやらずいぶん器用に馬を操っているようだった。
 「わかった、それじゃわたしは戻って調べ物をするわ」
 待って置いて行かないでよとジェニファーが言ってクリスの後ろに移る。
 「調べ物は任せたわよ!!」
 そのまま二人を乗せた馬は森の中に駆け込んで行く。

 それを見送るとわたしたちは無茶な速駆けで厩舎に戻った。大変だ、スリーピー号が暴走してジェニファーとクリスを乗せたまま森に駆け込んでしまったと叫びながら。
 暴走の言葉に驚いたゴルディスティン先生は(ありがたいことに)出発したときにジェニファーはわたしと同乗していたはずだということなどころりと忘れて、わたしたちに解散を言い渡すとサンディー号にまたがってまっすぐ森へと飛ばしていった。

 さて、クリスとジェニファーが幽霊を追ってくれているのだからこちらも少しでも状況を進めておかなくては。
 1限が終わる前にわたしたちは「図書館のロッカーの中の本」についての調査を進めることにした。まぁ、ありていに言えば、わたしと<委員長>が騒ぎを起こして職員の目をひきつけ、その間にリッチーがロッカーのある場所まで忍び込んで錠前を破り(……何故か彼はそういうことができるらしい)、本を取り出して持ってくるということなのだけれど。
 
 図書館に行くと、当然のように「今は授業中でしょう、生徒がここに出入りしていていい時間じゃないわ」とアマンダに怒鳴りつけられた。アマンダに限らず、職員も教員も今朝からすこぶる機嫌が悪かった。電話は壊れたままだし、そのうえ校長が禁足令を出して誰も学校の敷地の外に出られなくなっており、さらに何やら戒厳令が敷かれたようで、逆らうものは即刻解雇すると言い渡されているらしい……というのは、カウンターの奥の図書館員のおしゃべりから聞き取ったこと。
 ……ありそうなことだ、と思った。
 「すぐに教室に戻りなさい、そうでないと校長先生に報告せざるを得ないわ。そうしたら問答無用で処罰されるわよ!!」
 「処罰するならしてください、昨日図書館に忘れ物をしたんです、あのノートがないと授業のほうでどうせ処罰の対象になっちゃいますから」
 ほとんど悲鳴みたいな声でわたしは叫んだ。ここで一歩だって引くわけにはいかない。とにかく騒ぎを大きくして職員の目をひきつけないと。
 「ミス・モンゴメリ、いい加減にしなさい!!」
 職員がこちらにやってくる……が、ああ、ダメだ、もう一人残ってる、どうしよう!!

 そのとき、外で派手にガラスが割れる音がした。ややあって顔色を変えた<委員長>が駆け込んでくる。
 「大変です、図書館の窓に石をぶつけている連中が!! たぶん上級生だと思うんですが!!」
 なんだと、というので職員は外に駆け出して行き、その場は空っぽに。あっという間にリッチーが奥へと駆け込んでゆく。

 しばらくすると、本を抱えたリッチーの姿が職員室の向こうに見えた。けれど……まずい、これでは戻ってきた職員とリッチーが鉢合わせしてしまう。うまく通用口に抜けられればいいけれど……
 そのとき、ドアが開いた。最大級に怒り狂った顔の職員が入ってくる。で、入ってくるや否や
 「ミス・モンゴメリ、まだここにいたのか!!」
 「待ってください、まだ忘れ物が……」
 肩を掴まれて外につまみ出されそうになりながら、わたしはわっと泣き出した。
 「あのノート、今日中に提出しないと今度こそ落第……!!」
 いったい何のノートなんだろう。まったく。

 で、抵抗の甲斐なく図書館外に放り出されたときには、リッチーは見事に外に抜け出しており、「これまで築き上げてきた人望と信頼が」と嘆き続ける<委員長>と一緒にわたしたちは2限目の教室に向かったのだった。
 
 当然、わたしのかばんの中に「学校に関する諸資料」を隠し持って。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 15:29| Comment(1) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

『幽霊学園』その8:火曜日・夜。

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 その日の夜。
 わたしたちはこともあろうに集団で墓地に潜んでいた。
 男の子たちの手には厩から(こっそり)借り出したまぐさ用のフォーク、そしてわたしが握り締めているのは寮の廊下から取ってきた非常用懐中電灯。

 あの後、いろいろあったのだ。
 部屋に戻ると、メルディスからの伝言が枕の下に押し込んであった。「私の部屋に来て」。ジェニファーに声をかけて二人で行くと、メルディスは当然居るわけもなかったけれど、扉と床の間にメモが挟んであるのを見つけた。

 『この学校に関する資料が図書館からなくなってる。抜かれた本は図書館の建物の中のロッカーに保管されている。マシューに連絡したいけれど、電話交換機が壊れていて連絡できない』

 「ロッカーの中……か」
 「好奇心よりも恋心のほうが人を駆り立てたってことよ。負けたわね」
 それからジェニファーは真面目な顔をして言った。
 「あたし、ラヴレターを書くわ」

 で、そのラヴレターの結果をわたしたちは墓地で待ち受けているというわけだった。
 ジェニファーは、主だった部活のキャプテン全員のシューズボックスにこんな手紙を入れたのだ。
 『あたしは勇気のある男が好きなの。今晩、墓地を最初に掘り返した男に、あたしの……
 あとはご想像のとおりよ。待ってるわ。』
 新任の教師たちが本当に墓から蘇った死人なのか、部活のキャプテンであるところの脳味噌筋肉たちに墓を掘り返させて確かめようと言う作戦だった。

 が、墓地の奥で鬼火がぼうっと燃え始めると、作戦は途中でどうでもよくなった。ただしわたしに関しては、他の三人が鬼火を追う間、ジェニファーにしがみついて口を塞ぎ、「いい、叫ばないでよ、叫んだら何もかも終わりだからね」と言うのが先だったけれど。

 幽霊はポリー先生だった。
 話しかけてももどかしそうな表情をするばかり……幽霊は言葉が話せないということかしら。そのとき、リッチーがはっと気付いたような顔をして
 「あなたは、ポリー・マッキンタイア校長ですか?」
 と尋ねると、幽霊は静かに頷いた。どうやら、「はい」と「いいえ」でしか意思表示ができないということらしい。
 その後いろいろ尋ねて……結局こんなことがわかった。

 新校長はマーカス・マッキンタイアである。
 ポリー先生は死んではいない。メルディスもマシューもジェラルドも生きている。
 肉体に宿る魂が入れ替わっているためにこのようなことが起きているのであり、幽霊にされた人たちを助ける方法は確実に存在する。
 それには死霊術の儀式が必要であり、儀式に必要なものは図書館にあり、校舎にも存在する……

 「それは何ですか……って、答えられないのよね」
 わたしは自分のばかばかしい質問に自分でうんざりした。どう質問すればいいのかしら。それは本ですか? それはわたしたちの知っているものですか? それは厩にもありますか? それとも……

 突然、幽霊の表情が険しくなり、そしてあっという間にわたしたちの目の前から掻き消えた。幽霊のいた空間のずっと向こうで、明かりを持ち馬に乗った誰か――新校長だろうと誰もが思っていた――が駆けていくのが見えた。明かりの行く先を目で追う。明かりは校門のあたりでしばらく止まり、そしてまたもと来た方向へと戻っていく。

 「まずい、新校長が敵だとわかった以上、奴と夜中に外で鉢合わせたらどういうことになるか。戻ろう」
 そうリッチーが言って、全員で墓地を出ると……げんなりした顔をした<委員長>に出くわした。そういえば幽霊とわたしたちが話している間、おかしなことが起こらないように見張っていてくれたんだっけ。それにしても……

 げんなりしきった表情の理由はじき判った。
 <委員長>が筋金入りのゲイであるという噂で寮中はもちきりだった。なんでもジェニファーの名を騙って有力部活のキャプテンを墓地に呼び出し、「僕と夜を過ごす気がないのなら帰ってくれ」と言ったとか……

 「仕方なかったじゃないか!! 君たちは幽霊と話すのに夢中だし、奴らに邪魔させるわけにはいかなかったし!!」
 可哀相に。とはいえまさか本当のことをはなすわけにもいかないのだった。

 嘆く<委員長>を残して女子階に戻ると、メルディスの幽霊に会った。声をかけようとしたが、彼女にはわたしたちがみえていないようだった。それどころか自分がどこにいるかすらわかっていないようだった。くるくると何かを探すようにまわりながら、メルディスの霊体は壁の中に消えていった。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 17:26| Comment(1) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その7:火曜日・放課後

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。


 放課後。
 わたしは傷だらけの腕の包帯を取り替えると、クリスと一緒に植物園のリー先生のところに行った。園芸用の大鋏を借り出すと、今度は見咎められないうちに大急ぎで墓地に行く。
 「……怪しまれたらどうしよう、それに何か悪いことがあったら」
 「大丈夫よ、お墓の掃除をしてあげるんだもの、感謝されたって祟られる覚えはないわよ!!」
 半分は自分を励ますつもりで言いながら、墓地に到着。

 墓石がきちんと立っているのは四つ。あとは大昔のものだろう、倒れたり崩れたりしているから、とりあえずそれには手を触れないでおくことにした。
 まず、「最近動かされた」墓石の茨を切り落とす。

 ……どうしよう。
 「これ、まずいんじゃ……」
 クリスがかすれ声で言うのが遠くで聞こえた。

 『マーカス・マッキンタイア 1920−1960』

 「ほ、ほかのも見てみましょう!!」
 恐ろしいものを見ることになるのはわかっていたけれど。

 『オリンピア・スミス 1928−1960』
 『ギル・タウンゼント 1924−1960』
 『ペーター・ハモン 1924-1960』

 「30年前……ね」
 自分の声さえ、遠くから聞こえた。
 「十分だよ、もう、戻ろう」
 クリスの声に我に返り、わたしたちはそっとその場を後にしたのだった。

 いつの間にか集合場所になってしまったカフェテリアに戻ると、<委員長>、リッチー、それにジェニファーがひどくあわてた顔をしてそこにいた。
 「どうしたの? こちらは墓石の主の名前を見てきたわ。マーカス・マッキンタイアの墓には最近動かされた跡があった。あとは知っている名前よ。オリンピア・スミス、ペーター・ハモン、そしてそのうち来るだろうギル・タウンゼント」
 <委員長>が、なんとも形容のしがたいため息をついた。
 「そうか。こちらは『いなくなった』。メルディスだ。それと舎監のジェラルドもいなくなった。寮に掲示が出てたよ。フォーニー氏は学校を離れました、とね。この学校にふさわしくない人物であると知れたのでくびにしたそうだ」
 「新舎監の名はギル・タウンゼント……そう書き足しておきましょうか?」
 「いい加減にしろ。それと、メルディスだ。マシューの急な転校が納得行かない、せめて連絡を取りたいと校長に掛け合いに行ったらしい。そのあと、取り乱した様子で職員室の出口から飛び出していったのを誰かが見ていて……それっきり、だと」
 「違う。取り乱したメルディスを職員が取り押さえて、新任のスクール・カウンセラーのところに連れて行ったんだ。カウンセラーは彼女が一時的に大変不安定になっていると判断、精神病院に送り込んだ」
 <委員長>の後を引き継ぐようにリッチーが言う。
 「どうして知ってるの?」
 クリスがおそるおそる尋ねる。
 「ペーター・ハモンと話した。……まともそうな男に見えたけれどね」
 「まともなわけないわ。死んでるのよ、あいつ」
 「死人だとかなんだとか、昼間っから世迷言もいいかげんにしてくれ。事態はオカルト趣味じゃ済まない。メルディスがあんまりかわいそうだったんで、僕は自宅に電話して、マシューのご両親の連絡先を聞いてあげようと思った。僕の家とヒギンズ家は付き合いがなくもないからね」
 (と、そこで<委員長>の顔を誇らしげな色が一瞬掠めた。そういえば二人ともご立派なお金持ちのご子息だったわ)
 「……けれど」
 <委員長>は顔を引きゆがめた。
 「つながらない。電話交換機が壊れたんだそうだ」

 背中が急に寒くなった。誰もが凍りついたような顔で黙っていた。
 ややあって、吐き捨てるようにジェニファーが言った。
 「あたしたち、閉じ込められたってわけね」
 「週末まで、な。週末になれば親が迎えに来る連中もいるから、たとえ学校側が外出禁止令を出したとしてもそこでは家に帰さざるを得ないだろう。学校を出てしまえば電話も通じるようになるし、ヒギンズ家にだって連絡が取れる。
 つまり、ひどくよくないことが起こっていて、放っておけば金曜日までに最悪の事態が完成するってわけだ」
 リッチーが静かに言った。
 「どうする?」

 「何かが起こっているのは……認めざるを得ないな。が、幽霊は信じないぞ」
 この期に及んでも<委員長>はそんなことを言っていた。とにかく、信じるにしろ信じないにしろ、僕は昨日見えない腕に引っ張っていかれた職員室の奥に行ってみようと思うとリッチーが言った。そこでまずは図書館に行き、職員の目をごまかしながら奥へ進むことにした。

 幸い、わたしがよく図書館の奥の書庫に出入りしているのはみんな知っている。そのせいでどう思われているかは知ったことじゃないけれど。
 ぞろぞろと入ってきたわたしたちをアマンダは睨みつけ、「もうすぐ閉館時間よ」と言った。
 「かまいません、大急ぎで見ておきたいものがあるので」
 そのまま、リッチーと一緒に奥へ抜ける。足音を忍ばせて行ったのだけれど、職員室を通過するところでわたしだけ見つかってしまった。
 「ここから先は立ち入り禁止だ、知らないわけじゃないだろう」
 もめているうちに、どうやらリッチーは4階へ向かったらしい。これで大丈夫、当分もめておこう……

 と思っているうちに、職員室の反対側にリッチーの顔が見えた。ひどく顔色が悪い。なにやら顔をしかめていて、怪我でもしたのかしら。しまった、このままじゃリッチーが見つかるわ、もう一騒ぎ起こさないと!! 早々にその場を退出し、図書館の外で待っていたジェニファーと<委員長>に知らせる(クリスは厄介ごとに巻き込まれると気絶してしまうらしいので、この種の仕事は向かないと思った)。<委員長>が顔をしかめる一方、ジェニファーはまかせといてと言うとものすごい勢いで図書館に乗り込んでいった。

 「アマンダ、この図書館ではルール違反が行われているみたいなんですけど」
 開口一番。
 「閉館後も上級生がこちらで勉強するのを許されているって、あたし、聞きました。それとも許されてるんじゃなくて勝手に入ってるのかしら? ずるいと思います。それが許されるなら、私だってチアの稽古が終わった後、図書館で勉強する時間が取れるはずよ?」
 女王様でもアマンダの鉄壁の守りは崩せなかったようだけれど、ともあれジェニファーがつまみ出されてきたときには、真っ青な顔をしたリッチーも外に出てきていた。

 「やられた。校長室に入ったら、知らない男がいて……いきなり殴り飛ばされた。あいつ、殺す気だったと思う」
 なんでも校長室の鍵をこじ開けた(!!)ところで、部屋の中にいた「見知らぬ男」と鉢合わせしてしまったらしい。
 そのままリッチーは保健室によろめいていった。フットボール部の脳味噌筋肉に喧嘩を売られたことにするという話だった。

 リッチーが(ペーター・ハモンの部屋でなく)ジェファーソン先生の部屋に入っていくのを見届けた後、わたしたちは寮に戻った。
 寮は……大騒ぎになっていた。ジェラルドはくびになったんじゃない殺されたんだと誰かが叫ぶのが聞こえた。
 そう、ロビーの端にジェラルドが居たのだ。半透明の霊体の姿で。幽霊の顔は完全に正気を失っており、目ばかりが赤くぎらぎらと光っていた。立ちすくむ私たちの前で、ジェラルドの幽霊はすさまじい狂気の叫びを上げ、まっすぐこっちへ突っ込んできた。ぶつかる、と思った瞬間、ジェラルドの姿はわたし達をすり抜け、壁の中に消えてしまった。

 ジェニファーの悲鳴だけがいつまでも残っていた。


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 16:04| Comment(1) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その6−2:火曜日・昼休み。厩舎〜カフェテリア

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。


 昼休みが始まり、みんなが食事へと向かう中、ジェニファーは珍しく誰の誘いも断って厩舎前に残っていた。

 「……ゴルディスティン先生?」
 「あら、ジェニファー。どうかしたの?」
 馬を厩舎に戻し終わって出てきたゴルディスティン先生は、にっこり笑って足を止めた。
 「あなた、馬術に興味があったの? よい事だわ」
 「ええ、ありがとうございます。……あの、実は気になったことがあって」
 いいながらジェニファーは「もっともらしい言い訳」を考えている。さっきリッチーから聞いたこと……リッチーが渡された鞍には「M.M」のイニシャルが焼き付けられており、それは30年前にこの学校で命を落としたという、前校長の兄、マーカス・マッキンタイア氏を指しているのではないかということを確かめてみなくては。それにしてもM.Mなんて山ほどいるでしょうに、どうしてその人じゃないかと思ったのか、どう説明しろっていうのかしら。しかもわざわざ授業が終わってから!! まったく気の利かない男だこと。

 「どうしたのかしら?」
 「いえ、先ほどクリーニングの稽古用に配られた鞍ですけど、個人の持ち物があったんじゃないかと……」
 まったく、堅物<委員長>や何でも気にするクリスじゃあるまいし、どうしてあたしがこんなこと気にしなけりゃいけないのよ!?
 「個人の?」
 「ええ、イニシャルが焼き付けられていて……M.Mって」
 「ああ、それはマーカスさんのだわ。確かに個人のものだけれど、持ち主はもう30年も前に亡くなっているから……そんな古い鞍も混ざってたのね」
 「マーカスさん?」
 「そう、マーカス・マッキンタイアさん。前校長のポリー先生のお兄さんだったの。乗馬がお好きでね。」
 「ご存知なの?」
 「あまりよくは知らないのだけど。私がこの学校のジュニアに入ったばかりの頃よ。……乗馬がお好きでお上手だったのに、落馬事故で亡くなられたの。私も当時から乗馬が好きでそのあたりのことは気にしていたから、ショックでね。それで覚えてるのよ。
 ……ああ、そういえば」
 そこでゴルディスティン先生は少し首をかしげ、笑った。
 「新しい校長先生は、マッキンタイアさんにちょっと似ているような気がするわ」
 ジェニファーは自分の表情がこわばっているのを感じた。
 「……その……マッキンタイアさんも真珠色の白馬に乗ってたんですか? あんなふうな……」
 「危ないジェニファー!!」
 ぐい、と肩をつかまれたジェニファーの目の前を、蹴上げた馬の前足が掠めた。
 「言ったでしょう、ナイトメアは校長先生以外の誰にもなつかないから危ないって……それで、マッキンタイアさんの馬? いいえ、そこまでは覚えてないわ。まさか幽霊話を信じているわけじゃないでしょうね?」
 「……え、いいえ、もちろん」
 「……まぁいいわ、気にもなるわよね。マッキンタイアさんが亡くなってからほかの教師が3人立て続けに事故で亡くなるなんて、確かに幽霊話にはもってこいだもの」
 そういってゴルディスティン先生は苦笑した。
 「先生は当時をご存知なんですよね? 亡くなった先生方って、いったい……」
 「ジェニファー、ジュニアに入ったばっかりの子供じゃないんだから止めなさいな。……さすがにその後死んだ先生たちのことについては覚えていないわ。シニア担当の先生方だったようだし、私はそれこそ入学したばかりの子供だったから」
 そうですか、お騒がせしましたと素直にジェニファーは謝った。
 立ち去り際にナイトメア号のほうをちらりと見ると、真珠色の白馬は苛立たしげに床を踏み鳴らし、一声いなないた。その声はどうにも敵意に満ちているように感じられた。
 「あの馬、とんでもないわね。ゴルディスティン先生もどうぞ気をつけて!!」
 相当にうんざりしながら、ジェニファーは遅くなった昼食を摂りにカフェテリアへ向かった。

 カフェテリアでは<委員長>が頭をかかえていた。その周りにはリッチーにクリス、そして腕に巻いた包帯に血をにじませたヴェロニカ。
 「リッチー、聞いてきたわよ。あんたが見つけた鞍はたしかにマーカス・マッキンタイアのものらしいわ。あと、ゴルディスティン先生によると新校長はマーカス・マッキンタイアに似てるらしいけど。それにしてもあのナイトメアってとんでもない馬ね。きっと雄だわ。あたし近寄ったら襲われたもの」
 ジェニファーが一気に言うと、一同、いっせいに顔を上げた。
 「……そうか。こっちはこっちで大ごとだよ」
 返事ともつかない返事を<委員長>が返した。
 「ろくでもないいたずらをしたやつがいるらしい。メルディスがマシューと連絡を取りたいとあまりに泣くから、それじゃご実家に電話をすればいいじゃないかと言ってやれば……」
 「まさか電話のかけ方がわからないとかいうんじゃないでしょうね?」
 「くだらないことを言わないでくれジェニファー。マシューの電話番号がないんだ。マシューだけじゃない、生徒の名簿がきれいさっぱりなくなっている。よって、電話のかけようがない」
 「……陰謀ね」
 ジェニファーはきっぱりと言った。
 「新校長はきっと悪いやつなのよ。そして何らかの目的でこの学校をのっとろうとしてるの。新しく来た教師もきっと奴の仲間よ。まぁ大体教師なんてみんな敵なんだけど!!」
 「ちょっと待てジェニファー、その根拠はいったい……」
 「あたしの勘よ」
 やれやれ、と<委員長>は深いため息をついた。
 「だから言ったでしょう、おかしいことが多すぎるわ。突然やってくる新校長、次々と入れ替わる先生。オリンピア・スミス先生と新校長は何か雰囲気が似てたわ。きっと同類よ。そして、さっき校長に会ったら、彼、何だか顔色がよくなっていたのよ」
 「……そして、生物学のブランニー先生が急に体を壊したとかでおやすみすることになったんだよね」
 ヴェロニカに続いてクリスも言う。
 「……吸血鬼かな」
 リッチーの台詞に<委員長>がとうとう悲鳴じみたうなり声をあげた。
 「いい加減にしてくれ、今は中世時代じゃないんだぞ」
 「そうよ、だから奴らはなにか悪いたくらみでこの学校を乗っ取ろうと……」
 勢い込んでしゃべりだしたジェニファーの言葉が止めを刺した。
 「もうやめてくれ。僕は君たちの電波な会話のほうがよっぽど怖いよ!」


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その6:火曜日・2限目〜昼休み。厩舎〜教会・墓地

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 明けて翌日。
 リッチーとクリスは「昨夜、勝手に外出した罰」で、早朝から洗面所の掃除をさせられていたらしくて、すこぶる不機嫌な(少なくともリッチーは)顔で授業にやってきた。
 1限目は化学の講義で、とりあえずわたしはぼんやりとノートを取るだけ。リッチーはえらく真面目に聞いていた。この人、あんまりよろしくないクスリを合成して学生仲間に売りさばいてるってうわさもあるんだけど、まさか本当にそうなんじゃないでしょうね。

 2限目は乗馬のクラスで、先生はこの学校の卒業生でもあるオードラ・ゴルディスティン先生。四十代半ばのはずだけれど、きりっとしていて若々しくて、生徒にはずいぶん人気がある。
 乗馬のクラスが始まるのは今学期からなので、最初の授業はまずは馬具の手入れの方法から。二人にひとつ、泥や埃のついた鞍が渡され、クリーニングの方法を習う。一通り自分でもやってみて、それから手が空いたのでなんとなく厩舎の裏手のウサギ小屋にウサギをからかいに行った。
 誰がいたずらしたのかわからないけれど、毛並みが真っ赤に塗られたウサギが混じっていた。見ていると、その赤いウサギはこちらをちらりと見て、にっと笑った。そう、笑ったのだ。きゅうと横に押し開いた口から、ウサギ特有の前歯の代わりに二本の牙が見えた……気がした。

 絶対に何か間違ったことが起こってる。
 とにかく気色悪すぎたので、大急ぎでみんなのところに戻った。

 ちょうど、厩舎から12頭の馬が引き出されてきて、それぞれの名前と性格について紹介されているところだった。
 チャーム号は牝馬だけれど気が荒い。自信のないものは触らないように。
 斑点のあるのはスリーピー号。これは初心者にも乗りこなしやすいわね。
 ベア号はすらりとした痩せ型の馬で、これは早がけの稽古によいと思う。
 様子のいいのはサンディー号で、この子はホースショーで何度も優勝している……

 厩舎の一番奥のほうに、もう一頭、真珠色に輝く毛並みのおそろしくきれいなスタリオンが残されていた。あれは? とたずねると、新しい校長先生の馬で、名前はナイトメア号だという。とにかく気が荒く、ゴルディスティン先生ご自身もやっとのことで餌をやっているぐらいなので、生徒は決して近寄らないようにとのこと。

 そうしているうちに授業は終わり、昼休みになった。

 わたしはクリスに声をかけ(リッチーはジェニファーとなにやら話し込んでいたし、<委員長>にはあからさまに避けられていたし、ジェニファーにはそもそも幽霊のゆの字でも聞かせたとたんに叫びだしそうな気がして怖かったのだ)、校舎を挟んで厩舎とは反対方向に続く森の中に立つ教会と、そして教会の裏手の墓地へ向かった。
 ……何故って?
 ここしばらくの幽霊騒ぎを解き明かす何かは、きっと死者と一番関係の深いところにあるだろうと思ったからだ。乗馬は興味深いことではあるけれど、死者と幽霊のほうがわたしにとってはよほど気になることだったから。

 教会は、アテナ校の建物が個人の邸宅だった時代に、ごく私的な教会として使われていたものらしい。今は完全に使われなくなっており、教会のほうへと続く森の道は雑草や両側から伸びてきた潅木の枝でどうにも歩きにくくなっていた。うんざりしながら歩いていくと、どこをどう間違ったのか、先に裏手の墓地のほうに出てしまった。墓地にはいくつかの墓石が並び――これは確か「本来の邸宅」のものだったか、それとも「マッキンタイア家」のものだったか――そして、うちひとつは最近動かされたかのように傾いていた。
 そう、最近。
 そっと近づいてみると、墓石の周りに土の崩れた後があり、新しい黒土が覗いていたのだから間違いない。といっても墓石本体のほうはどれもこれも生い茂った茨に覆い尽くされて、墓碑銘を読もうにも読めなかったのだけれど。

 しょうがないわね。
 上着の裾で手をくるんで、わたしは茨の端をつかみ、墓石から引き剥がそうとした。が、瞬間襲ってきた焼け付くような痛みに、あやうく揚げそうになった悲鳴を必死に飲み込む羽目になった。
 「……まったく、どういうことよ!!」
 もう一度忌々しい茨を引き剥がそうとかがみこんで、クリスに止められた。
 「ダメだよヴェロニカ、大怪我してるよ。こんなの続けてたら死んじゃうよ!!」
 言われてみると、茨に絡まれた右腕は血だらけになっており……あわてて左のてのひらで血を拭うと一瞬なんだか肌の下の白っぽいものや赤黒いものが見え、今度こそ叫びだしそうになったけれどなんとかこらえた。
 「……たいしたことないわ。あとで保健室に行くわよ。さ、教会も確かめてきましょ」
 たぶんえらい震え声だったと思うけれど。

 こんなところに自分の血のしずくを落としていくのはきわめて気が進まなかったので、上着を脱いで腕をくるむと大急ぎで教会に向かった。
 教会は完全な廃屋になっており、床も壁も柱も今にも腐って崩れ落ちそうだった。足音を忍ばせて中に踏み込んだけれど、屋根もだいぶ落ちていたし、床にあいた穴から伸びてきた茨が信者席に絡んでいるのも見えた。
 クリスが小さく悲鳴を上げた。指差すほうを見ると、梁の上に赤いウサギが座っているのが一瞬見えて、そして消えた。

 どちらからともなく「戻ろう」というと、爪先立ちで教会を抜け出した。傷だらけの腕をかばいながら森の道を戻り、保健室に行くとちょうど校長先生が出てくるところだった。

 また人事異動があった、という。
 学校の新体制に向けて、新しいスクール・カウンセラーを雇い入れたらしい。カウンセラーの名前はペーター・ハモン。なんだ、怪我でもしたのかね? 今、校医のジェファーソン先生は食事中らしいが、ハモン先生も手当てぐらいなら……

 いえ、たいした怪我ではありませんからと言って大急ぎでその場を逃げ出した。
 傷は洗って包帯でもしておけばいいわ。寮に薬箱だってあったはずだし。

 歩きながら、そういえば校長先生の顔色がずいぶんとよくなっていたことを思い出した。


このシーンの裏側。
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『幽霊学園』その5:月曜日・夜。

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 その夜、わたしはまた幽霊とかかわる羽目になった。
 今回は、幽霊が現れたのはリッチーの部屋の窓だったらしい。わたしが寮のロビーで本を読んでいると――アンジェリカにジェニファーからの伝言を伝えたとたん、アンジェリカはものすごい勢いで泣いたり叫んだりし始めて、とても読書どころではなくなってしまったのだ――なにやら表情を硬くしたリッチーとクリスが部屋から降りてきたのだった。それもどうにもただ事ではない。リッチーときたら誰かに腕を引っ張られでもしているような姿勢で歩いていくし、クリスは顔色が真っ青だ。
 どうしたのと聞いてみると、クリスが答えて言うには、どうも窓に「白い女の霊」が映りこんだらしい。女は乗馬服に身を包んでおり、髪を振り乱したいかにも恐ろしげな様相で、しかしとても悲しい目をしていたという。二人が女の姿に気づくと、女は何も言わずに手を上げ、ある方向を指し示すようにしたらしい。そして、それと同時にリッチーの腕をなにやら見えない手がつかみ、女が指し示している方向へとリッチーを引っ張り始めたというのだ。
 「だから、リッチーは……」
 そうクリスが言いかけたとき、わたしは一瞬身体をこわばらせた。
 「そこにいるのは誰だ、学生は外出禁止の時間のはずだ。さっさと部屋にもどれ」
 ジェラルド・フォーニー。フレイア寮の舎監だ。うっとおしくて暑苦しくて子供嫌いでどうしようもない男。もとアメフト選手だったとかいう話だけど、重要なのはこの舎監殿がわたしたちを管理することだけに喜びを見出してるに違いないってこと。
 「クリス、リッチー、ここは任せて!!」
 低くささやくとわたしはロビーへ出てきたジェラルドの前に立ちふさがった。
 「ジェラルド、おなかが痛いんです。寒気もしてて吐き気が酷くて」
 言いながら口を覆って屈みこむ。顔をよく見られたら仮病なのがバレかねないと思ったのだけれど、ジェラルドはあっさりひっかかった。
 「なんだ、風邪でもひいたか悪いものでも食ったんじゃないか?」
 「知りませんそんなの。でも気分が悪くて……」
 言ってるうちになんとなく涙が出てきた。いい感じ。この分で行けば……

 そのとき、外で悲鳴が聞こえた。クリスの声だ。ジェラルドが飛び出していく。それを追いすがって止めようとしたけれど(うわぁ、われながら元気な病人だこと!!)、当然みたいに振り切られる。どうしようかと思ったけど、ずいぶん無茶な病人を演じてしまった以上、このまま部屋に戻るのもなにやら不自然。仕方なく椅子にへたり込んだ振りをしていると、ジェラルドが戻ってきた。
 あきれたことに、気を失ったクリスを抱えて。

 それからしばらくして、リッチーが寮に忍び込もうとしているのが見えたので、ひとしきり咳の発作を起こした振りをしてジェラルドの目を引いているうちに、どうやらうまく忍び込めたらしいリッチーが洗面所のほうから何食わぬ顔をしてロビーにやってきた。何していたんだ、クリスを殴ったそうじゃないかと問い詰めるジェラルドに、リッチーはけろりとした顔で「何の話ですか、僕はお腹を壊してずっと手洗いにいたんですが」と言う。
「嘘をつけ、だいたいインコってのは何だ」
 と、ジェラルド。リッチーはというと眉ひとつ動かさずになんですかそれは、何かの聞き間違いでしょう、用がないなら僕はもう部屋に戻りますがと言い返す。
 ジェラルドは忌々しそうにロビーの生徒三人を睨んでいたが、ついに気を失ったクリスをリッチーに押し付けると、
 「信用したわけじゃないからな。明日は罰として二人とも便所掃除だ」
 と言い渡した。それから心底うんざりした顔でわたしに薬をふた粒寄越して、さっさと部屋にもどれ、辛いようだったら薬を飲んでおけと言ったきり、ロビーを出て行ってしまったのだった。

 あとから聞いた話では、どうやらリッチーは見えない腕に引っ張られるまま図書館の建物に行き、裏口から内部に侵入したのだが(「見えない腕」氏はそのあたりの事情をよくわかっており、裏口から入ればどうやら誰の目を引くことも泣く図書館に出入りが可能だったらしい)、行き先が職員室に近づくにつれてどうにも剣呑になってきたので「腕」の導きをご遠慮して引き返してきたのだという。それじゃ気絶したクリスはどうしてああなったのかと聞くと「そんなの知るもんか」というのが答え。
 さらにクリスに聞いたことによると、どうやらクリスが悲鳴を上げたかなんだかしたのでとっさにリッチーはクリスを殴り倒してひとりだけ逃走を図ったということらしい。それはずいぶん酷いのだけれど、クリスはクリスで、屋外でジェラルドに捕まったときに、「リッチーに殴られました」とはっきりと言ったうえ、リッチーの「兄さん」のこと(「兄さん」の構内への持ち込みは当然違反だし、ジェラルドにはもちろん内緒になっているというのに!!)を口走り、それを問い詰められて都合が悪くなるといきなり気絶した(僕、身体が弱いので、あんまり緊張すると気を失ってしまうんだ)らしい。

 どっちにしろ酷い話だと思った。
 とっさに病人の振りまでしてあんたたちをかばったわたし、馬鹿みたいじゃない。
 まぁ、とりあえず、例の「窓の女」がマッキンタイア女史であるというのをリッチーやクリスも一緒に再確認できたのだけが収穫といえば収穫かしら。



このシーンの裏側。
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『幽霊学園』その4−2:月曜日・放課後。厩舎と植物園

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 月曜日、放課後。
 ジェニファーは苛々しながら歩いていた。
 たまに部活(彼女はチアリーディング部の花形であり、よって部活にはたいそう真面目に出ていた)が休みだと思えばあいにくとデートする相手を切らしているなんてね。そのうえメルディス・オパールが四限目が終わるあたりからしくしく啜り泣きをはじめて、うっとおしいったらありゃしない。聞いたらマシューが急にいなくなってさよならも言えなかったということらしい。……さすがにお得意の「別にいいじゃない、あいつ、ゲイよ」を言う気にはなれなかった。
 ……可哀想に。

 だから余計苛々しながら歩いていると、いつの間にか校舎からずいぶん離れた厩舎のほうに来ていた。この学校には厩舎があって、12頭の馬が飼われている。馬術部が使うということもあるけれど、授業のカリキュラムにも乗馬が入っているのだ。
 ふと見ると、馬術担当のオードラ・ゴルディスティン先生が厩から見事な白馬を引き出しているところ。真珠色に輝くつややかな毛並み。……でも、あんな馬、今まで居たかしら?
 ジェニファーが見るともなく見ていると、乗馬服に身を包んだ新校長が現れた。どうやらゴルディスティン先生は校長先生のために馬の支度をしていたらしい。校長先生はジェニファーの目の前でひらりと馬にまたがると、颯爽と駆け去っていってしまった。それを見送ったゴルディスティン先生も厩舎へと入っていってしまう。
 誰もいなくなった厩前の空間をしばらく眺めたあと、ジェニファーはひとつ息をついて厩舎の裏手に回った。
 そこには何故かウサギ小屋があって、数羽のウサギが丸くなっている。うち一羽は誰かがいたずらでもしたのだろうか、毛並みが真っ赤に染まっていた。名札を見ると「ヘイヤ」となっている。様子を見ようと近づいていくと、ヘイヤは身じろぎし、ぎらりとジェニファーをにらみつけた。
 「何よ、水かけるわよ!!」
 反射的に怒鳴りつけると、ジェニファーはくるりときびすを返して、敷地内を流れる小川のほうへと歩き始め、さらに苛々する光景を目にする羽目になった。
 本当ならジェニファーとデートしていなければならないはずのアレックスが、何とヴェロニカと同室のアンジェリカとなにやら話し込んでいる最中。そっと近寄って様子を伺うと、どうやらアレックスがアンジェリカを映画に誘っているらしい。
 「アレックス、相変わらず映画のセンスはないのね」
 突然姿を現したジェニファーに驚いたアレックスはそのまま足を滑らせて川の中へ。アンジェリカの悲鳴を背後に聞きながら、ジェニファーは最大級の苛々を体中にまとわりつかせつつその場を後にした。寮の近くに戻ってくると、ヴェロニカと行き逢った。なにやら話しかけてくるのを一切無視してジェニファーは言った。恐ろしく低い声だった。
 「ヴェロニカ、アンジェリカが帰ってきたら伝えといて。アレックスと映画に行くのはろくなこっちゃないわよって。特に恋愛映画なんかだと最悪。あいつ、映画の最中に寝るのよ!! おお、恐ろしいったら……!!」
 「ふうん、わかった。伝えとくわ。『アレックスと映画に行くときは気をつけろ』ね。」
 ……何か恐ろしく違った内容に聞こえる。まぁ、ヴェロニカが何を言おうが、もうジェニファーには知ったことじゃない。

 その頃、クリスは植物園で生物学のリー先生と話し込んでいた。
 昼休みにリー先生に会い、自分が中国の『風水』に凝っていること、風水の理論にしたがって窓辺に緑の鉢植えを置いていること、それ――テーブルヤシだったが――が、昨夜急に枯れてしまったので代わりに何か手ごろな鉢を分けてもらえないかということを頼んでおいたのだった。

 「ああ、このテーブルヤシは寒さで枯れてるアルね」
 そう、リー先生は言った(先生は中国生まれで、だからもちろん風水にも詳しいのだけれど、英語にちょっと訛りが残っている)。
 「ヤシは南の植物だから、ここの寒さにはきっと耐えられなかったアルよ。窓辺で寒さにさらしたのがよくなかったアルね。来なさい、君にぴったりの鉢を分けてあげるアルよ」
 そうしてリー先生がクリスにくれたのは、オジギソウの鉢だった。クリスが細い指の先でおそるおそる葉をつつくと、オジギソウの葉はいっせいに閉じて下を向いた。……そう、まるでおどおどと下を向くクリスのように。
 面白がってつつきすぎると、植物が疲れて枯れてしまうアルよ、となにやら不吉めいたことを言いながら、リー先生はクリスを植物園から送り出してくれた。

 そして、鉢を持って帰ってきたクリスを見るや否や、リッチーはきっぱりとこういったのだった。
 「ああ、その鉢は見えるところに置いとこう。これがまた枯れたら危ないことが起きるってわけだ」
 そうそう枯れられちゃたまらないよ、というクリスの小さな声は完全に無視されたが、それでも鉢は結局クリスの枕元の窓辺に置かれることになったのだった。風水的な意味とは無関係に、ともかくそこは二人の目がすぐに届く場所だったのだ。



このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『幽霊学園』その4:月曜日・昼休み。図書館

ネタバレ注意!!
以下は「FN1 Haunted School」という未訳シナリオを遊んだものであり、多分にネタバレを含みます。今後先述のシナリオを遊ぶ可能性のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。



 二時間目はラテン語の授業だった。でも珍しくわたしは授業は上の空。昼休みに図書館に行って学校史を調べれば、あの「窓の女」が誰だかわかるんじゃないかという考えに夢中になっていたから。

 それで、授業が終わるとすぐにわたしは図書館に駆け込んだ。
 ううん、実は「すぐ」じゃない。図書館に行く前に、ジェニファーにあの「窓の女」が誰かに似てたのに気づいたかどうか確かめようとしたんだけれど、やっぱり無駄だった。女王様ったら、「ええ、あたしは確かに昨夜酷い夢を見たわ、でもなんであんたがあたしの夢の中に入ってくるのよ!!」とかなんとか、聞きようによっちゃ哲学的に聞こえなくもないことをわめき始めたので諦めるしかなかった。

 図書館は職員オフィスと兼用の4階建てになっていて、1階がロビーと受付け、それに読書室。2階が書庫で、3階が職員室。4階には校長先生のオフィスがある。ロビーに座っているのはアマンダ・ウィリスっていう、踏んづけられたガーゴイルみたいな顔をした司書さんで、この人、絶対に図書館員としては最不適だとわたしは思っている。何しろ愛想が悪い。学生が学校の図書館を利用するのは本来望ましいことのはずなのに、この司書女史ときたらこの世で一番嫌いなのは図書館にやってくる学生なのだ。愛想は悪いし、探している本について尋ねたら「みつからないのならないんでしょう」と当然みたいに答えるし、最近は私が図書館に入ろうとすると睨み付ける。夏休み前に、ギリシャ語の辞書を3回頼んでも置いてくれないのはあなたの怠慢だといってやったのがそんなに気に触ったのかしら。

 とにかくアマンダに一応会釈をして入館手続きをし、書庫への階段を上っていると、上から校長先生が大急ぎな様子で駆け下りてきた。私をちらりと見ると微笑して(おお、この人こんな表情もできるんだわ、と、正直ほっとした)
 「勉強かね?」
 といった。
 「はい、そうです。こちらの図書館はとても気に入っています。もっと新規購入図書の希望を容れていただけると嬉しいんですけれど……」
 「なに、学生が勉強熱心なのはいいことだ。がんばりたまえ」
 早口に言うと校長先生、ものすごい勢いで階段を駆け下り、外に駆け出していった。
 ……励まして下さったのは嬉しいけれど、先生、わたしが言ったことちゃんと聞いていらしたのかしら。わたしにはとりあえずギリシャ語とラテン語とヘブライ語の辞書が図書館に入ってくれることのほうが重要なんですけれど。

 ともあれ、校長先生を見送った私は書庫に急いだ。
 学校史か……それともこの学校関係の記録が載っている地域史でもいいわ。何かないかしら。

 ない。
 わたしは思わず息を呑んだ。
 学校史も、地域史も。この学校のことについて調べられそうな本は一冊残らず書架から抜き出されていた。
 慌ててアマンダに言うと、アマンダは苦虫を噛み潰したような顔でぶっきらぼうに言った。
 「そのあたりの本は閉架に移しました。夏休み中に盗難があって重要な資料が盗まれたんです。そのため、その種の資料はすべて学生への公開を取りやめました。閲覧には校長先生の許可と立会いが必要になります」
 ……なんてこと。
 これは絶対に何かただならぬことが起こってるわ。で、それがこの学校に深くかかわっていること、特に学校の歴史にかかわっていることは間違いない。だって、この学校の歴史を調べさせたくない奴がいるのよ。歴史の中に闇がある以上、何か超自然のものである可能性も高いわね。あの「窓の女」だって学校関係の誰かの顔に違いないし……

 そこまで思ったとき、私は思わずロビーの真ん中で小さな悲鳴を上げてアマンダににらまれた。

 思い出した。
 あれ、あの窓の女。あれはポリー・マッキンタイア女史、前の校長先生だわ。間違いない。

 それに思い至った瞬間、わたしは図書館を飛び出してクラスメートがいるはずのカフェテリアに駆け出していた。
 幽霊。
 先生の幽霊。
 学校史の中の闇。
 意図的に隠された資料。

 たぶん、すべてがある一点を指している。何とはわからないけど、重要でおぞましい一点を。

 そして――わたしはもうひとつ、薄気味悪いことを思い出していた。
 この学校で幽霊が出るのは初めてじゃない。というか、そもそも私が入学したときから、「先生の幽霊が出る」といううわさはあったのだ。それも不自然な死に方をした先生の幽霊が。

 もう30年も前、この学校で教師の連続死が起きている。これは噂でも隠された歴史でもなんでもなく、みんなが知っていること。亡くなったのは四名。一人は教師ではなくマッキンタイア女史の兄上で青年実業家だったマーカス・マッキンタイア氏。マッキンタイア氏は教育者ではなく実業家だったけれど、妹の作った学園を非常に愛しており、随分この学校に出資してくれている。乗馬を好み、仕事に休みが入るとアテナ校にやってきては静かな山の中で遠乗りを楽しんでいたという。ひょっとしたらマッキンタイア氏は学校ではなく、静かな山上に立つ古い館(まぁ、ジェニファーに言わせれば、医者で政治家でゲイの金持ちが立てただだっ広いだけの悪趣味な屋敷、になるんだけど。なんでそういうのが出てきたんだったかしら。とにかく彼女にとってこの学校の建物の何か(たぶん冷暖房設備とかそういうのだと思う)が気に食わなくって、あと、『ゲイ』ってのは最大の悪口らしい、ってのはそのときわかったけど)と、そこに寝泊りして過ごす休日を愛していたのかもしれない。そして、氏の命を縮めたのは皮肉にも、氏が愛してやまなかったこの学校周辺での遠乗りだった。
 マッキンタイア氏が落馬事故で亡くなると、それが呼び水になったかのように次々と教師が亡くなったのだという。その教師たちがどういうひとだったのかまでは誰も覚えていない。でも、一人の実業家と三人の教師、都合四人の連続死はいかにも不自然だ。当然、突然命を絶たれた四人の幽霊が出るという噂が広まった。

 ……でも、30年前の話だ。
 今は「四人の幽霊」の話は新入生を脅かすよくない馬鹿なうわさでしか、ない。結局のところオカルトとしては意味のない話ということだろう、と、実のところ、わたしもろくに信じてはいなかった。

 間違いだったかもしれない。
 いや、間違いだったんだわ。30年前、ものすごくよくないことがあった。そして幽霊はほんとうに出るのよ。そして「よくないこと」が再び起きようとしている。

 半ば確信に近い思いを抱きながら、わたしはカフェテリアへと走っていた。



このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 08:53| Comment(1) | TrackBack(0) | d20ホラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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