2006年02月13日

シリーズ第7回『狗の驕り』目次

てなわけで、おそろしく難産だったシリーズ第7回、やっと目次までたどりつきました。
……体調管理って大事ですねぇ(滝汗

次からは無理は倒れない程度にしよう。

その1:零細魔法屋のある日
その2:鳥の使い
その3:北の森の危機
その4:狗の災い
その5:闇のことば
その6:愚かな学生への戒め
その7:災いの正体
その8:狗と腐肉
その9:不在のドルイド
その10:狗の驕り

……というわけで。
ご感想等いただけたら大変にありがたく。
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2006年02月12日

シリーズ第7回『狗の驕り』その10:狗の驕り

 ウィチカ、アルテア、キースが口々に問うことをタムリスがいちいちノール語で言う。そして、ぐるぐる巻きのノールの口から漏れる唸り声を聞き取っては共通語に戻すのである。
 さんざん時間を食って聞き出したのはざっとこんなことであった。

 捕らえられた頭目の名は『違い牙』(たしかに突き出した口から覗く牙は上下一本ずつなのだった)といい、『よだれ顎』あるいは『大顎』と称するノールの守り神を奉じるノールのドルイド『黒まだら』率いる黒斑一族の戦士長であるという。キャラバンを襲っては商人たちを生きたまま攫うのは生贄の儀式を行うためであり、3日前に襲ったキャラバンではイキのいい生贄を随分手に入れられたので早速儀式は開始され、既に3人が「用済み」になったという。

 「用済み、ですって?」
 「ああ、こいつはそう言った」
 「……ふざけるな!!」
 キースが呻いて『違い牙』をにらみつける。ノールの頭目はあざ笑うように何事か唸った。
 「奴は、なんと」
 「お前らなどバラバラに引き裂かれ、ナ……ああ、奈落、か、奈落の風に吹かれ続ける運命だ、だそうだ」
 「洒落た悪口を言いやがる」
 「まったくだ。というよりこいつは『奈落』なんぞという言葉をろくに知らぬまま聞き覚えて言っているようだがな。ついでに黒まだらは邪魔なトレントを撃ち倒し自然を支配するものになるのだそうだが。おそらく『儀式』はその準備だな」
 そこまで聞いてサイリエンが小さく悲鳴を上げた。
 「そこまで……そこまでのことを!!」
 「まぁ、こいつらは本来それが目的だ……おや」
 タムリスは眉を顰め、キースを見遣った。
 「あんた、“剣の王”と聞いて何か思い出すか? ……剣の王と、王の持つふた振りの剣、“颪”と“凩”といって」
 「……いや」
 そのやり取りを、サイリエンが気遣わしげに見つめている。それに気付いたか、タムリスはふとサイリエンのほうを向き直った。
 「とにかく、状況は見ての通りだ。サイリエン、貴女はどう思う?」
 「……わかりました。全ては明日。明日、行うべきことがあります」
 「謎かけみたいな問答は沢山だ、タムリス、とりあえずもうちょっと実際的なことを聞き出してくれ。攫われた人間はあとどのくらいいるのか、どこに囚われているのか、それとこいつらの陣立てだ」
 キースが割り込む。それを見てタムリスは小さくうなづいて何かノール語で言い……吐きかけられた唾を拭いながらキースを振り向いた。
 「……人間どもは俺のケツの穴の中、だそうだよ」
 ふ、とキースの表情が変わった。
 つかつかと『違い牙』に歩み寄り、転がされたノールの胸倉を掴む。
 「死にたいか。構わん、どうせ俺が殺す」
 氷の刃といってもまだ足りぬ声。声で人が殺せるなら『違い牙』など100回死んでもまだ足りまい。
 ひ、と一瞬息を呑み、それから違い牙はべらべらと喋り始めた。言葉はわからなくても意味するところははっきりと理解したらしい。

 黒斑一族の戦闘員は100名。『違い牙』は戦士長であり、そして部族の副官の一人である。その下には5人の下士官が居り、またハイエナが20匹居る。本拠地は地下で、よってトロールが守りを固めている。グールの数はざっと10体、だいたいハンティンググループ一団につき1体のグールがつくことになっている。生贄の人間はあと7人生きている。黒斑一族の本拠地はかつてそうであったよだれ顎の祠に移した。

 そこまで聞いて声にならない悲鳴を上げたのはサイリエンだった。
 「祠に……!! 私たちのしてきたことはもう……」
 タムリスが慌てて駆け寄ってサイリエンをなだめる。が、黄金の髪のエルフはすすり泣いて切れ切れに言うのだった。
――私たち……私と瘤枝が守っていたのは、まさにその『よだれ顎』の祠。それがノールたちの手に渡らないようにとここまでやってきたのに……
 そう言ってはまた悔し涙を拭うサイリエンから、ふと視線をこちらに投げて寄越し、タムリスが呟くように言った。
 「キース、さっきのあれ……昔のあんたを見るようだったよ」
 それを聞くとサイリエンはいっそうしゃくりあげ、ほとんど叫ぶように言った。
 「キース、キース、あなたは本当に忘れてしまったのね!」
 「サイリエン、無茶をいうものじゃない。仕方なかったんだ」
 「いいえ! ……キース、私は昔のあなたを知っています。だから、巻き込みたくなどなかった……」
 それだけ言うと、サイリエンはわっと泣き伏したのだった。
 「……そう言われてもなぁ。俺としては、あなたみたいな人と知り合いだった昔の自分が羨ましいんだが」
 苦笑いを浮かべてキースが言う。
 かつては『死人狩り』とまで称されたキースはとある戦いで大敗し、それまでの力とともに記憶の一部まで失っている――だからといってどうしようもないだろうに、というのがキースの考えなのだ。

 ともあれ、その言葉を聞くと、サイリエンは塞き上げる涙を押し殺し、唇を笑みの形に形作ったのだった。
 「……そんなところだけは……ちっとも昔と変わらないのね……」
 困ったな、というようにキースは苦笑し、適当に頷いてその場を逃げ出した。ウィチカとアルテアも慌てて後を追う。これ以上ここに居たら要らぬ愁嘆場に巻き込まれそうだ。

 それに……明日、何かとんでもないことになるだろう、というのは三人が三人ともはっきりと予想していたのだった。




 このシーンの裏側
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シリーズ第7回『狗の驕り』その9:不在のドルイド

 レンデに着くと、そこはちょっとした砦のような様子になっていた。ノールとグールの害がよほど酷いらしい。タムリスに呼ばれてきた、と言い、手紙にあったサイリエン――そういえば、レンデに程近いはずのトルスッガ=スガでは誰もこの名を知らなかったな、とキースは思った――の名を告げると、サイリエンさんならあちらの小屋で仕事をしていらっしゃるはずだ、と言う。
 そう言いながらも、レンデの男衆の視線は、一行が馬車に放り込んできたノールの頭目に注がれている。無理もない、相当の被害が出ているのだ、この連中の中に頭目を放り込んだら、あっという間に殴り殺されるか、一寸刻みに刻まれてしまうだろう。
 「待ってくれ、こいつにはまだ聞くことがあってわざわざ生かして連れてきたんだ」
 まるで言い訳のように言いながら、サイリエンがいると言う小屋に向かう。

 サイリエンは、エルフのドルイドだった。物静かな顔立ち、透き通るような肌、黄金の髪。小屋の扉を開けた一行をみとめ――ふ、と一瞬息をのんだかに見えた。が、すぐにひっそりと目を伏せ、話し始める。
――私はサイリエン。この村の近くにあった、とある祠を「瘤枝」という名のトレントと一緒に守っていました。が、先日、瘤枝が雷に撃たれて倒れ、そしてその間に祠に侵入者があったのです。そして、災いはそのときから始まりました……
 「……そうか。ところで、あんたはさっき俺の顔を見て何か言いたそうな顔をしていたが……何かあったのか?」
 ひとり、サイリエンの顔に明らかな動揺を見ていたキースが話に割り込む。
 「……貴方が、私の知っているあるハーフエルフに良く似ていたのです。それだけです。それから……」
 『もうひとつ聞きたいことがあるわ、サイリエン。……私もドルイドで、そしてかつてこの周辺にいたことがある。けれど、私は貴女を知らない』
 今度はアルテアが、しかもドルイド語で言う。
 ドルイドの多くはその「土地」に深く結びついた存在である。そして、ひとつの土地はその周辺の土地と深く結びついている以上、他のものに対してはいざ知らず、ドルイドがドルイドにその存在を知られずにいることはほとんど不可能に近い。もちろんアルテアのように流れ歩いた挙句都市に住んでしまうものもいないわけではないが、ともあれ一度その地に何らかの形で「居た」ことについてはその周辺のドルイドの間で知られずにいるはずはないのである。……が、サイリエンは……
 『私は土地を持ちません。けれども昔からここに居りました。そしてとある理由があって、ここに居ることを知られてはならなかったのです。……これ以上問わないで下さい』
 ふっつりと会話を断ち切るように言うと、サイリエンは再び、その場の全員にわかる言葉で話し始めた。
 「『瘤枝』を撃った雷は普通のものではないように思われました。恐らく魔法によって呼び寄せられたものではないかと。……『瘤枝』は意図的に倒され」
 「そして祠の封印は解かれた。
 ……キース、良く来てくれた。ウィチカにアルテアも」
 サイリエンの台詞を攫ったのは、ちょうど入ってきたタムリスだった。

 「タムリス! どうにかたどり着いたよ。確かに危険だらけだな……こっちも情報を吐かせる相手を捕まえはしたが、誰もこの腐れ狗の言葉が喋れん」
 キースがほっとしたような笑みを浮かべる。
 それから、奇妙な尋問が始まった。

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2006年02月11日

シリーズ第7回『狗の驕り』その8:狗と腐肉

 相応の薬の準備でもあれば、とはいうものの、こちらとて資金がそう潤沢にあるわけではない。高い『毒消し』にはそうそう手が出るものではない。
 というわけで、耐臭剤や耐毒剤を買い込み、さらに北西のレンデへ向かう。

 大きな街道から離れ、レンデへと続く道は急に細くなり、道の両側は覆いかぶさるような森。ともすれば森の中から無数の気配がこちらをうかがっているような気分にもなる。キースはアルテアとならんで馬車の御者台に座り、あたりに鋭い視線を投げている。

 「……待て」
 今回も、最初に敵襲に気がついたのはキースだった。
 少し先の木が揺れたかと思うと、後ろ足で立ち上がってご丁寧に武装した大山狗が2匹。ノールの弓兵だ。
 「あそこにも」
 アルテアがフェランを引き寄せながら呟く。森の木々の葉隠れに、もう2匹、さらに押し出しの立派なノールがこちらをうかがっている。
 「キース、ウィチカ、道の弓兵を。森の中の奴らは私に任せて」
 「相手は2匹だぞ、無茶を言うな、それに……」
 「森の中に入ってしまえば木々が盾になるのは私にも同じ。そして森は私の味方であいつ等にとっては敵。……フェラン、二人を守りなさい」
 そういってアルテアが馬車から滑り降りようとした矢先。
 「ちくしょう、やっぱりこっちだ!!」」
 キースが悲鳴に近い叫びを上げ、馬車の反対側に飛び降りた。馬車の中に転がる、耐臭剤の空き瓶。そして、叫びに遅れて馬車のすぐそばの森からぞろりとよろめきだしてきた、食屍鬼。同時に道の先から矢が唸りをあげて飛んでくる。
 「キース、任せた!!」
 一見おそろしく無責任な台詞を吐くと、アルテア、馬車の向きを変えにかかる。トトとセセを矢面に立たせるわけには行かない。馬車を背にすれば盾の代わりになるだろう。
 「いいフェラン、ヘンな臭いをかぎつけたら教えなさいよ!! ウィチカちょっと待ってね、すぐ馬車を止めるから!!」
 「あ、あああ、はいっ」
 突然現れたグールに加えて、いきなりぐるぐる回る馬車の中、半分眼を回しかけたウィチカに
 「ウィチカ、ところでこいつだが、銀の武器でいいんだな!?」
 馬車の向こう側からキースの声。
 「ええっと、うあ、その、お鍋は左の上ー!!」
 ……魔術師というものは静謐と仲のいい職業で、時に急激な状況の変転に対応しきれなくなるのである、と、後でウィチカはずいぶん強弁したのだが。

 「ウィチカ、落ち着いたらあとは自分で何とかしなさいよ!! フェラン、弓兵を片付けなさい!!」
 いいざま、今度こそ馬車を滑り降りるアルテア。走り出しかけて、はっと何かに気付いたように走り戻る。馬車越しにキースが打ちかかっている最中のグールの様子を伺い、その目玉に「閃光」の呪文。眼がくらんでうろたえるのをちらりと横目で確認し、まるで平地を行くように森の中を走り出す。
 ――森は私の味方であいつらの敵
 絡んだ草も木のこぶも、ドルイドの足には柔らかく馴染む。武器を構えて走りながら、アルテアの視界は次第に赤く、赤く、染まっていき……

 「ウィチカ、しっかりしてくれ!!」 
 目がくらんだグールをどうやら殴り倒して戻ってきたキースが叫ぶ。
 「大丈夫……ええっと、ちょっと待って……これじゃ呪文が届かないから……」
 ウィチカはというと、ちょうど馬車の向きをもう一度前方に向けようとしている最中。
 「もう少し行ったら全員呪文に巻き込めるから、そしたら……」
 「『眠り』、か。フェランだけ寝ちまってあとは全員けろり、なんてのはやめてくれよ」
 もちろんそんなことはなく、巻物を両手に持ったまま馬車からひらりと飛び降りたウィチカは――思い切り地べたに転がりながらも呪文を唱え、見事2匹の弓兵を寝こかした。残った2匹は凄まじい勢いで殴りかかってきたのだが――これはキースとアルテア、それにフェランがいい具合に取り囲んでどうやら殴り倒した。
 
 で、眠りこけたり虫の息のノールどもには止めを刺してしまったのだが、一頭だけ、いかにも隊長然としたノール、これだけは上手く行けば情報を聞き出せるかもしれないというので縛り上げる。が。
 ノールどもの言葉など、誰も知らないのだ。

 「……たしかタムリスは随分いろんな言葉を話せたはずだから……
 仕方ない、こいつはレンデに連れて行くか」
 キースが苦笑い気味に言ったのだった。

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2006年02月10日

シリーズ第7回『狗の驕り』その7:災いの正体

 トルスッガ=スガに着いたら、まず行く場所はひとつ。
 かつては不倶戴天の敵であった義母メルグラの経営する『パッチーニ商会』である。

 ウィチカにしても、小さいながらも商店主となってみれば、メルグラの取った手段は決して完全に間違っているわけでもないのだと理解できる。……まぁ、理解できるのと好悪と趣味の良し悪しはすべて独立に成立しうるので、まぁその、仲むつまじい母子というわけにも微妙にいかなかったりするのだが……まぁ、そこはそれ。

 きらきらぺかぺかの『パッチーニ商会』にキースが度肝を抜かれている間に、ウィチカはどんどん中へ入っていく。何、今回はれっきとした用事があるのだ。メルグラに会い、挨拶と社交辞令を交わし、卒業式の際に贈ってもらったドレスがたいそう話題を呼んだと報告してメルグラをすっかり喜ばせ(どのような話題になったか詳細に説明しない程度には、ウィチカも世慣れてきていた――まぁ、あのドレスというよりはむしろ衣装、いや、建造物の一種といったようなシロモノが巻き起こす話題など知れているだろうと思うのだが……メルグラの想像力はそのへんがすっぱりとおかしなほうに向かっているらしい)、ついでに『ロバと天秤』屋にも是非卸させてほしい、とメルグラが差し出す「桃色真珠シリーズ:成熟した大人の魅力を貴女に」と「小さな淑女のために――魔女印化粧品:女の子はみんな魔女なのよ!!」の2ラインの化粧品セットをひと山受け取り……それからようやっと本命の番頭レンドックのところにたどり着く。で、レンドックはというとアルテアに美白化粧品を薦めて大変に嫌な顔をされているところだったりするわけだが。

 「ああ、当店のキャラバンですか。……ええ、以前は当店が雇った護衛だけで街道を行けたのですが……」
 ウィチカに通商状況を問われ、レンドック、顔を曇らせる。
 「今では一商店が雇える護衛の数だけでは危険すぎてどうしようもないのですよお嬢様。ですから、商売敵の連中とも一緒になって武装旅団を組み、出かけるしかないのです。ああ、まったく背に腹は替えられないですからな」
 そして商売敵の連中がいかに安い拠出金で武装旅団に潜り込もうとするか延々と語り始めるのをいい具合にごまかして、どこに行けば武装旅団の護衛たちと話せるか聞き出す。
 「私たち、その街道のごたごたを片付けに来たのですよ。お前の嘆くのももっともだけれど……まずは状況を知りたいの」
 それでこそお嬢様でございますよ、と、いったい何を引き合いに出しているのやらわからないレンドックの喋りたてるのをかわし、キースとアルテアも一緒に三人してやってきたのは『よろめきアンバーハルク』なる素敵な名前の居酒屋。

 アルテアがドアを開けると、店内のざわめきが急に小さくなった。
 ……ワイルドエルフやオオカミが珍しいのかしらね、失礼な。アルテア、小さく肩をすくめるが……珍しいに決まっているって。

 ともあれ、例によって例の如く、雇われ護衛で生き延びてきたものを探し出す。
 そして聞けたのは……なんともぞっとしない話だった。

 曰く。
 そりゃ生き延びられたのが不思議。日が暮れかけてきた頃襲い掛かってきたのはノールの群。数を数えようにも宵闇に紛れ、さらに悪いことに、ハイエナの代わりに死人喰らいが一緒に沸いて出た。こいつがとんでもなく厄介で……暗闇でも目が利くし、その上奴に噛みつかれれば悪い病気にかかる。
 しかも、俺は見なかったが、この死人喰らいの親玉も出ることがあるらしい。死人の腐肉が一層ただれ腐れて、その臭気をちょっとでも吸い込めば吐き気で立っていられなくなるらしい。相応の薬でもあればどうにかなるだろうが……

 死にぞこないが関わっている、そう死霊術学科長先生は言ってたっけ。
 血まみれのルビーのような赤く光る瞳が一瞬脳裏をよぎり……ウィチカはぐったりと溜息をついたのだった。

このシーンの裏側
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2006年02月09日

シリーズ第7回『狗の驕り』その6:愚かな学生への戒め

 「だから、後悔するなと言ったぞ? 最初に」
 死霊術学科の建物を出るや否や、ハンス教授はそれはもう力強くウィチカに告げ、それから呑み直しとばかり凄まじい勢いで『三度目の待った』亭へと駆け戻っていったのだった。
 ウィチカにしたところで、それはそれは激しく『呑みなおし』たかったのだが……情報が揃い次第出発、とあってはそうもいかない。

 そんなわけで翌日。
 久々にトトとセセを馬車につけ、三人揃って出発である。

 まぁ、トルスッガ=スガまでは通いなれた道。のんびり街道沿いを行く一行の頭の上、うららかに晴れた青空に小鳥の歌。
 そのままごとごとと馬車は行き、そして昼過ぎ。

 「まぁ、最近物騒ったって、このあたりはまだあんし……」
 言いかけたウィチカを遮り、キースが突然トトの手綱を引いた。
 「安心なものか。……見えるか、この先の茂み……」
 眼を凝らすと、なにやら灰色の毛並み、だがその姿かたちは……
 「ワーウルフ、かしら……って嘘!? ライカンスローピィが出るのはもっと北のほうじゃなかったの!?」
 ウィチカが悲鳴を上げる。
 「調べた本にはそういえば出るって書いてあったけど、でもまさかこんなとこで……」
 「ちくしょう、銀の武器は?」
 「トルスッガ=スガで仕入れれば間に合うと思ってたから、何にも!!」
 なんてこった。キースが小さく舌打ちする。
 「まぁ、ないものはしょうがない。……フェラン、行きなさい!!」
 フェランに触れたアルテアの右手が淡く光り、次の瞬間、赤い矢のようにフェランがワーウルフに向かって飛び出していく。が。
 「……効いてない!! 魔法じゃ駄目なんだ!!」
 苛立ったフェランの吠え声に、アルテアは絶望的な声を上げる。
 「くっそぉ……どうすりゃいいんだよ!!」
 叫びながら――しかし飛び出していくキース。銀の武器が無ければないでどうにか……

 結局のところ、銀の武器を持たない一行にワーウルフをどうこうすることなどできず、ウィチカのぶちまけたグリッターダストで眼の見えなくなったワーウルフの隙をついて、どうにか逃げ延びたのだった。

 やれやれ、いくらなんでも用心が足りなすぎ、とぼやきながら行く翌日、今度はオオカミの群れと対面。ウィチカの呪文で眠らせるには数が多すぎ、では、と手なづけて通してもらおうとするも、アルテアは思わず干し肉を決闘の手袋よろしく叩きつけてしまい……

 散々である。

 結局、キースが馬車から降りて干し肉をオオカミ様ご一行の目の前にそっと置きなおし、それでどうやら事なきを得た。

 その後はドワーフの警邏隊ご一行だの、ハーフリングの行商人ご一行だのと幸運にも行き逢い、随分と値段の割り増しされた銀製武器を、言い値で買うからと頭を下げて譲ってもらったのは……まぁ、結局は命に関わらなかった分だけ、お買い得な授業料だったということか。

 で、結局自分達の間抜けさ具合にいい加減うんざりしつつ、一行、トルスッガ=スガに到着したのだった。


このシーンの裏側。
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シリーズ第7回『狗の驕り』その5:闇のことば

 というわけでハンス教授、どんどんと学院の奥のほうへ……
 「ここは……」
 「そう、『墓場』だ。だから後悔するなといっただろうが」
 とっぷりと日が暮れた学院の中、そこだけは酔った学生の騒ぎの変わりに、何か不穏な気配が満ち満ちている。それも、命なき生命、負の力によってうごめくものたちの気配……
 死霊術学科の敷地である。
 
 ざわ、と、風が渡った。

 思わず襟元をかき合わせるウィチカを横目で睨むと、ハンス教授は黒々とそびえる建物の扉を開けた。扉の向こう、無限回廊じみて続く廊下をちらちらと揺れる蒼い火が照らす。その不自然な火を点した松明は、壁からずらりと並んで生えた骨だけの腕の形の燭台に支えられているのだった。
 「うん、だが俺は後悔しているがな」
 誰言うともなく呟くと、教授は廊下を歩き始めた。死霊術学科では今がちょうど授業の最中らしく、廊下に時折現れる扉の向こうからは、多数の気配がひんやりと押し寄せてくる。背筋をじわりと冷たい汗が伝う。
 冷たい気配が本物の冷気に変わったかと思う頃、ハンス教授はひときわ重々しい扉に手をかけ、開いた。
 「エイヴォン教授、授業時間中に申し訳ない」
 「構いませんハンス教授。私の授業は今はありませんから」

 顔を上げる、小柄な女性。血の気とは程遠い、蒼ざめた顔色――しかも、その皮膚の奥のどこかには何かこの世のものならぬ不健康なよどみが、拭いようもなく影を落としている――そして丈なす白髪。そして彼女が白子であることを裏付ける、真っ赤な瞳。死霊術学科の学科長、エイヴォン・ザグリーである。
 顔の下半分を仮面で覆い、身を包むのは黒い拘束衣。その細い首にぴったりと巻きついたチョーカーからはプラチナの鎖が伸び、その先端は教授の隣に立つ長身の男性の手に握られている。
 男性は――魔術師ではない。悪霊祓いの僧服に身を包み、胸には聖印。そしてこちらは顔の右半分を仮面で隠している。
 ――なんとも……
 口の中だけでこっそり呟きかけて、ウィチカは自分が彼女達を描写すべき言葉を持たないことに気がついた。

 「……そんなわけで、俺の教え子がそのあたりのいざこざの解決に向かわねばならんらしいのだ。今回のネタはあんたンとこで止まってると見た。すまんが、知ってることを教えちゃくれないだろうか。一般授業であんたの講義も取ってるはずだから、あんたにとったって彼女は教え子だ、助けてやらんわけにはいくまい?」
 「……そういうのなら、そうなのでしょうね。
 申し訳ありませんが、ロックフィールド嬢、と仰いましたか、貴女のことは覚えていないのです」
 ざっと説明を終えたハンス教授とウィチカにちらりと視線を投げると、エイヴォン教授は口を開いた。丁寧だが、冷ややかな口調だった。

 「まぁ、あんたが覚えていようがいなかろうが、在籍はしたんだからあんたの教え子でもある。それに、とどのつまりは俺が引き受けなきゃならんだろう厄介ごとだ、その時期がちょっと早く……」
 「この事件に関しては、まだ私達が調査をしている段階です」
 ハンス教授に最後まで言わせず、エイヴォン教授は氷のような声で告げた。
 「調査は重要です……病はもとから断たねばなりませんから。それに、この事件はハンス教授、あなたの不得手とするものではありませんか?」
 「……エイヴォン教授」
 ハンス教授の声に、かすかに苛立ちが混ざる。……エイヴォン教授の瞳の奥で、ほんの少し、何かが動いた。恐らく、仮面の下で、蒼ざめた唇の端が持ち上がったのだろう。本当に笑っていない眼で笑うことなどできないものだ、と、ウィチカは思った。
 「いいでしょう、ハンス教授。少なくともあなたの教え子はこの事件に関わることになったのですものね。……情報をあげましょう、人は出せませんが」
 
 そして、エイヴォン教授は静かにウィチカに向き直った。
 「私達も、その『事件』について調べています。貴女も『そこ』へ行くのですね。
 よろしい、では、貴女は『そこ』で見たものについて、全て私に報告してください。そうしたら私達から貴女に頼むことも出てくるでしょうから。
 そのときには……気をつけなさい。貴女がかかわりあう災いに『死にぞこない』が大きく関わってくるようなことがあれば……それはよほど危険なのです。
 私達がこの事件を調べ始めたのは2週間ほど前。事件の発端はそのころにあります。キャラバンが襲われ始めたのは1週間ほど前からの話。
 ……今、私が貴女に教えてあげられるのはこれだけです。
 ……マイジンナ」
 最後のひと言は、エイヴォン教授の首をつないだ鎖を握る男に向けられたものらしかった。男は無言でその場を離れ、やがて一本の霊薬瓶を持ってやってきた。
 「これをあげましょう。
 飲めば、『死にそこない』たちから気付かれなくなります」

 男から霊薬瓶を手渡されたとき、ふと、ウィチカは男の胸の聖印が見慣れないものであることに気付いた。
 この学院の神殿は、『絶対図書館』――この世界に魔法の知識をもたらした『老爺』の書庫で、『老爺』がこの世界からいなくなった後もあらゆる知識をその内部に蓄積し続け、遂にはその書庫そのものが神格化したというもの――である。『絶対図書館』を奉ずる司祭は『司書』と称され、その書を模した特徴ある聖印は見間違いようもない。だが、男――エイヴォン教授の助手であるマイジンナ――の胸の聖印は……

 「あなたは、『司書』さんではないのですか? それはいったい……」
 思わず口にしたウィチカの言葉を、エイヴォン教授は静かに遮った。
 「そうです。彼は私につけられた“見張り”です」
 そして、その深紅の瞳には、明らかに皮肉気な笑みが浮かんでいた。

 「伝えるべきことは伝えました。
 もう、行きなさい」


このシーンの裏側
posted by たきのはら at 19:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

シリーズ第7回『狗の驕り』その4:狗の災い

 日がかげる頃、三人は『ロバと天秤』屋で顔を合わせ、それぞれの情報を検分し、『これでは不足だ』という結果に達した。

 「……それじゃ、俺はまたそのへんの行商宿で聞き込みを続けるかな」
 「私も行くよ、私はもうこれ以上街中にはあてがないから」
 キースに続いてアルテアも言う。一方ウィチカは、資材が届かなくて鬼婆が困っているという以上、他の教授陣も困っているだろう、そしてそうなれば最終的にはうちンとこのハンス教授に話が回るのは必定、よって私は教授のところに状況問いただしに行ってくるわ、と宣言したのだった。

 ウィチカと別れた二人、門前の宿へ向かう。
 手順は変わったこともない。酒場の主人にちょっと金をやって、北から来た、というこわもての客を紹介してもらい、話を聞く。曰く。
 「ああ、街道のあれか。……ノールだよ」
 北からのキャラバンを護衛してきたという男はこともなげに言った。
 「ノール? めずらしいの?」
 「いや。この時期はノールの山賊が良く出る。別に変わったことじゃない。ノールがひと群れにハイエナが数頭、それが一団を組んでキャラバンを襲う――ありふれた手口だ。少なくとも、俺が見たのは、な」
 「『少なくとも』とはどういうことだ?」
 「文字通りだよ。俺は運が良かった。普通に街道で出るべきものにしかあわなかったからな。だが、最近はそうでもないらしい。俺たちの前に出たキャラバンは運が悪かったらしくて……街道沿いでやられてたよ。俺の後に出たのもそうだ。とっくに着いてていいはずなのに、2日遅れてまだ着きゃあしねえ。ノールにゃあ違いないと思うんだが……
 まぁ。早く出て早く野営して守りを固めるか、それとも強行軍して集落に逃げ込んで決して野営なんかしないか……もっと大事なのは運かもしれんがなぁ」
 男はそういって首を振った。
 すまんな、とキースは呟き、もう一杯、特上に強い酒を男のために注文してやったのだった。

 一方、ウィチカ。
 登っていく学院への坂は、昼とはすっかり様変わり。
 いや、単によっぱらって出来上がった学生がうじゃうじゃいる、というだけなのだが。

 目指すは『三度目の待った』亭。近づけばスイングドアが勢い良く開いて、錫のジョッキがふたつみっつ飛び出してくる。
 ……やれやれ。
 ジョッキを拾ってドアの内側に入れば、聞きなれた笑い声と拍手。
 「わーっ、ウィチカせんぱいだー」
 「きょーうもおーさけーがのーめるーのはー」
 「ウィーチーカせんーぱいーのおっかげーですー」
 「みんなぁ、ウィチカ先輩のために、」
 「かんぱぁーい!!」
 ハイハイ、とため息混じりに応えると、カウンターに金貨を何枚か置く。
 「おじさん、これであそこの子達に飲ませてやっといて。あと私にも温かいお茶を一杯。ええ、今飲むつもりはないから」
 そして、キッとハンス教授(当然、学生と一緒に飲み騒いでいた)のほうを振り向く。
 「先生!」
 「おぅ、何だウィチカ。難しいカオして。……ん? 俺の財布を心配して後輩どもに振る舞いに来たわけじゃあなかったのか?」
 「違いますよバカ!! 何酔っ払ってんですか、北のほうで事件が起こってるっていうじゃないですか!!」
 「……バカってなぁ……。ああ、北? アレか、樵がニンフのケツまくったかなんかして怒らせたとか、そういうんじゃないのか?」
 「いい加減にしてください先生……」
 ウィチカの声が1オクターブ低くなり、そして。
 「……わかってますよ、先生。何か隠してらっしゃいますね。いいえ樵も何も関係ありませんから猥談は結構です。ちょっと外までいらしてくださいますか?」
 有無を言わせず引っ張り出す。

 「――というわけです。ですから、先生のほうに話が来ていないわけがないと思いまして参りました」
 学院街の路地裏、すっかり酔いも醒めた風のハンス教授を前に、ウィチカはこれまでの状況を話し終わった。教授、困り果てた顔でぼりぼりと頭をかきむしり、しばらく言葉にならない声で唸り、それでも目の前の教え子が退かないと見てようやく口を開いた。
 「まぁ、な。正直、話は聞いてないわけじゃない。
 が、俺ンとこに正式に情報がまわったわけでもないんだ。
 しょうがない、行くべきところに行くか。だが、後悔するなよ」


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posted by たきのはら at 17:26| Comment(6) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第7回『狗の驕り』その3:北の森の危機

 薄い書簡には、細い文字でこんなことが書かれていた。
 「北の森で危険なことがおこった
 キース、アルテア、君達の力を貸してほしい
 まずはレンデに来てくれ、そこに仲間がいる
 仲間の名はサイリエン
                タムリス」

 ……それだけ?
 かすかにウィチカが眉をしかめた。
 「仕方ないだろう、キジバトが運べる紙の大きさは限られてる。……まずはこっちで下調べだ」
 キースが答え、それから軽く背伸びをした。
 「俺は街に出てくる。ちったぁ心当たりがあるからな」
 「いつものところ? ……まぁ、ともあれ頼んだわ。こっちは学院の図書館にいってくるから」
 
 ウィチカの声を背に、キースは街の繁華街にやってきた。繁華街といっても、奇跡の庭のような怪しげな場所ではない。ちょっと品のいい商人と小金を持った客の行き交う通りである。エンドゥー・ガルダに来てから数週間、『ロバと天秤』屋に勤めるようになってからもちょくちょく、このあたり一帯でキースは踊りを見せては投げ銭を稼いでいたのだった。馴染みの顔に馴染みの店で一杯飲ませ、北のあたりの様子を聞く。

 と。

 ――レンデあたりで何があったって? ……ああ、北のほうの話だね。そうさね、トルスッガ・スガよりもちょっと北あたりから、最近なにやらあれこれと物騒らしいよ。なんだかねぇ、森の辺りが危なっかしいんだと。山賊? そうかもしれないね。何しろ詳しいことは良く分からないんだが、昼の日なか、行商人が襲われるんだと。それも、命の代金とばかりに金を差し出しても見逃してもらえないんだとか……それで、あのあたりでは商人の護衛の単価が随分と値上がりしているらしいよ。まぁ、護衛につく人間もずいぶんやられちまってるから、数が少ないってこともあるんだろうが

 ……どうにも救いのない話である。
 
 一方、ウィチカとアルテアは真っ直ぐに魔法学院への坂を登っていた。校門をくぐると、ウィチカは図書館へ、そしてアルテアは薬草園の“鬼婆”のもとへ。死んで標本になった情報、というのもこれはこれでなかなかにはっきりしていて有用なのだ。

 ウィチカ、迷わずに地理学のコーナーへ行き、トルスッガ・スガから北方、コイマイあたりまでの状況を調べ――無機的に記された文字にため息をつく。

 コイマイ:
 北方の蛮族との交易に支えられた小規模な町。川の水運を利用して運ばれる材木が町の主な財源である。
 コイマイ周辺の害獣情報:
 一般的なものとしてはイノシシ・シカによる食害。大ネズミの害も一定数存在する。
 森林においてテンドリキュロスが目撃されること多し。
 稀にスタージ、ライカンスローピィ、ヘルハウンドなどの出没についても聞かれる。その他、ノールによる被害も報告されている。
 特記事項:
 コイマイは北の山沿いの辺境の開拓地であり、開発の際、地元のエルフ及びトレントと揉め事があったことが記録に残っている。現在では彼らと共存しているとはいえ、充分な注意が必要である。

 「……充分な注意……いったいどうしろと。
 だいたいこの本、誰に向けて書いてるのよ。何をどうしろとか、ヒトコトも書いてないじゃない!!」
 ウィチカは小さくうめいたが、情報量としてはかけた時間に充分に見合うものである。だいたい地理学の本に求める知識としては、彼女の要求自体が微妙にずれているに違いないのだった。

 一方でアルテアのほうも相応に有用な情報を拾っていた。
 鬼婆いわく、
 ――そうだね、ずいぶんきな臭いよ。北から来るはずだったコケや種が、行商人が滞ったせいで随分値上がりしてる。キャラバンが襲われているんだ。街道を抜けてきてるのは腕利きの護衛を雇える大手ぐらいのものさね、たとえば……
 「ウィチカの実家が、ですか?」
 「そうだとも。あそこ、イロモノは扱わなくなっちまったが、大量に要るものについてはまともに商売してくれるからね。何、相応に、使えれば問題はないのさ」
 やれやれ、この話、どのあたりまで正確にウィチカに話したものだろうとアルテアは小さくため息をついたのだった。


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シリーズ第7回『狗の驕り』その2:鳥の使い

 「ここの者、って……」
 「アルテア・エヴォディア。聞いてない? ウィチカ、この兄さん、誰?」
 台詞の半分は地下へ続く階段に向かって叫ぶ。
 「アルテアって……ああ、あんたが!!」
 「ああ、お帰りなさいー、その人ねぇ、キース。新しく店員さん入れたの」
 ぽん、と手を打つキース、のんびりと階段を上がってくるウィチカ。アルテアだけがきょとんとした顔をして、三者三様。

 「――それでね、結局ごたごたはひとまず解決というか沙汰止みというか。今後どうなるか分からないけど、それはもう私達の知ったこっちゃないし。 
 で、無用心っていうのもあったし、誰かが店番しててくれないと私仕事できないし、そもそもキースはこっちに仕事がないかどうかっていうので来てたんだし、そんなこんなで店員に雇うことにしたの」
 アルテアが早速淹れてきたお茶を飲みながら、ウィチカが言った。今日はもう巻物書きは仕事にならないと判断したのか、仕事用にひっ詰めていた髪をきちんと結い、インクしみだらけの腕カバーも外して接客用のこざっぱりとした身なり。すらりとした様子のいい風情に日に透ければ白く輝く淡いクリーム色の髪、海の碧の瞳。学院から出てきたばかりの頃はいかにも「お嬢さん魔法使い」といった感じだったが、それもここ2ヶ月で雰囲気がこなれて、こうしていると冒険者小路の看板娘風に見えなくもない。

 看板娘のところには通う奴が出るのも道理……とはいえ、場所が場所だけに相手の筋も知れているけれど。
 フェランが胡散臭げに唸り、キースの顔を見た。客らしいぜ、見て来いよ。
 フェラン、入ってくるや否やキースを検分し、この「新入りの兄さん」がどうやら自分の主人の友人に雇われた身分であり、しかも明らかに新入りである以上、自分より下っ端である、と判断したらしい。
 しょうがねえなぁ、と肩をすくめ、キースはおとなしく立ち上がる。何、窓の向こうに、暇をもてあましたのか茶をたかりにやってくる本屋のボンバルの見間違いようもない影が見えたのだ。

 「おお、今日ものんびりだなぁ。どうだね、売れ行きは」
 当然のように椅子に座るボンバル。ウィチカに擦り寄ったりは……今回はする様子はない。
 ――おや、いつの間にかエロジジイっぷりは発揮しなくなってるのね
 ――俺が来て以来、おとなしくしてるよこのオヤジ
 アルテアとキースがこそこそとささやき交わしている間に、ウィチカは如才なくマグカップをもうひとつ取り出して茶を注ぐ。
 「それがねえ、ハエ取りリボンしか売れないんですよ。巻物はさっぱり」
 「売れないって、学院出のきれいなお嬢さんが書いてくれる巻物が売れないってのもなぁ。いったい何の巻物を」
 「『魔法の矢』と『眠り』と……」
 「おいおいおい、いくらここが冒険者小路だったって、普段から戦争してるわきゃないだろうに。あんたンとこは魔法屋を看板にしてるったって要するに雑貨屋だ。まずは普段の日々の暮らしに役に立つもんを置いとくんだな。まずは……」
 「いいんですよ、巻物は売れなかったら私が自分で使うもの。いざって時に自分が使えない巻物書いても。アルテアが練った虫除け蝋燭が売れてるから、今のところ店としての体裁はなんとか。だいたいボンバルさんのとこだって普段はいっつも閑古鳥が鳴いてるじゃないですか」
 「そうは言ってもなぁ。まぁ、何か困ったことがあったら相談して寄越すんだな」

 いいながらボンバル、立ち上がり、キースに何事かささやく。キース、かすかに笑う。
 ――ああ、ところで兄さん、この間言ってた『奥の書架』な。凄いのが入ったぜ。
 それだけ言うとボンバルはマグカップに残ったお茶を飲み干し、せいぜい頑張んな、と言い置いて出て行った。

 ――やれやれ、あの娘っこ魔法屋め、てんでお嬢さん商売をしてるかと思や、今度は嫌がらせみたいにやたら顔のいい用心棒なんか雇いやがって。まぁ、あの兄さんも生身だし、うちの『奥の書架』で手なづけられるかねぇ……
 こっそり呟いてしまってから、ボンバル、慌てて周囲を見回し、誰も気に留めなかった風なのを確認して胸をなでおろす。
 店の奥でだけこっそり扱っている本が実は収入源なのだなど、あの「信じられないくらい堅物」の大家のメルラに知れたら、ひと騒動では済むまい。

 一方。
 茶道具を片付け、そろそろまた客を待とうかという三人の上に、急にバタバタと羽音がした。見れば、窓からキジバトが一羽飛び込んできている。
 「……おや?」
 「私に用かしら?」
 キースとアルテアが同時に腕を伸ばす。
 キジバトはくるりと身を翻すと、キースの腕に止まった。その足には一通の文。『伝令』である。

 忙しく文を開いて目を走らせると、キースは小さく息をついた。

 「タムリスからだ。アルテア、あんたの名前もある。
 様子はさっぱりわからないが……とにかく危険なことが起こったらしい」

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2006年02月06日

シリーズ第7回『狗の驕り』その1:零細魔法屋のある日

 大学当局の何やらきな臭いあれこれ――それともあれは単にウーズに魂を抜かれてしまった学者の壮大かつ妄想じみた夢に巻き込まれただけの、それだけのことだったのかもしれない――を垣間見てから2週間。
 6月はじめ。新緑はいつしか深みを増し、初夏の花がほころび始める頃。

 ウィチカは地下の「研究室」で、1時間帳簿とにらめっこし、それがどう見ても盛大な赤字を示しているのを再度(……といって、もう軽く30回にはなる気がした)確認し、深々と溜息をついた。

 アルテアが帰ってきたら、どんな顔するかしら。
 この2週間、魔法屋『ロバと天秤』の売り上げは、ハエ取りリボンと虫除け蝋燭のみに支えられているのだ。ウィチカが記したマジックミサイルの巻物はいっこうに誰も目を留める様子もない。そして、あろうことか店員まで雇ってしまった。
 
 ……まぁ、アルテアがいない間、私が巻物書いている間に店の面倒見ててくれる人はどうしたって必要だったわけだし。

 そう自分に言い聞かせると、眺めても眺めても埒の明かない(明くわけのない)帳簿を本棚に押し込み、ペンとインク壷を用意し、羊皮紙を広げた。溜息ついてる間に、ちょっとでも巻物書いたほうが得策ってものよね。
 もちろん、巻物を書けば書くほど赤字が酷くなっていくのはウィチカだって気にしていないわけではなかったのだが、書いておいた巻物は、たとえ売れないとしても「もしものとき」におおいに役に立つ。そして、現在ウィチカの生活と『ロバと天秤』屋の家賃を支えていたのは、2週間前の「もしも」どころか「ありえない」事件で転がり込んだ報酬なのだから、今、あえて日々の売り上げに数倍する作製費を費やして巻物を書くのも決して間違っているわけではないのだった。

 と。

 「店長ぉ、昼飯ここに置いとくよ。俺もう食ってきたんで、店開けとくから」
 先日の事件以来、ここで店員として働いているキースである。現在は「奇跡の庭」の野火のケシュの部屋に転がり込み、そこから店に通ってきているのだ。キースが店に居るようになってから、若い娘の客が増えた……というわけでもないのは微妙に誤算。とはいえ、売れ筋の商品がハエ取りリボンでは客層もおのずから知れようというものだけれど。
 向かいの食堂から持ってきたシチューを乗せた盆を部屋の入り口脇の机の上に置くと、キースは返事も待たずに降りてきた階段を戻っていった。ウィザードの仕事を邪魔するものじゃない。

 店番と言って、特に忙しいことはない。もう何度目か、カウンターを磨き始めて、キースはふと手を止めた。
 店の外の扉が開く音がした。お客だ。
 「はい、今……うわっ」
 「お客」は何の挨拶もなしに店の内扉を開け、入ってきた。黒檀の肌のエルフ。漆黒の髪を留める簪は木の枝、すべらかなリネンの代わりに身を包むのは毛皮。背負った籠には初夏の薬草が満載。行商人にしても只者ではない。その後ろから狼が当然のような顔をして入ってくる。
 「あ、ええとお客様、当店は……あああ、そちらは」
 その黒い肌のエルフ娘はキースには構わずに店の奥へと入ろうとする。姿格好からすれば文明人ではないのは明らかだが、それにしてもあんまりだ。慌ててキースが毛皮の袖を掴むと、娘はいぶかしげな顔をして足を止めた。
 「私……ここの者だけれど。あなた誰?」


このシーンの裏側
posted by たきのはら at 23:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ第7回『狗の驕り』前口上

 うあー、長かった。
 お休みしてた期間も長かったけれど、1セッション終わってからレポートに取り掛かるまでが長いったら。

 今回、遊んだのは1月22日。それから体調不良だのトーナメントイベントのお手伝いだのインフルで本格的にダウンしたりだのが入ってきて、レポートに取り掛かったのがやっと今日ですよ。こんなんじゃよくない。
 てか、イベントはいいとして、体調が理由で書けなくなるなんてどうにも情けないやね。てか『黒き氷の……』の時は喘息起こしてても同じペースで書いてたのに、ここしばらくのヘタレっぷりは自分でも目を覆いたくなりますよ。

 ……というのはさておき。
 やっと体調も落ち着いて、ノートを開けてみれば。
 よかった、結構覚えてるものです♪
 長いことレポート書きしてきた成果って奴かなぁ。

 ともあれ、記憶がまだクリアなうちに、とっとと書くとしましょう♪

 あ、今回はとりあえず記録先行ということで「裏側」は最後まで行ってからになりますー。
posted by たきのはら at 22:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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