2005年06月28日

シリーズ第5回『楽しい我が家』その5:冒険者小路の人々―タバコ屋の場合

 おそるおそる店の扉を開けてみると、なかなか小粋な設えの店内で、小上がりの奥には長火鉢を据え、その向こうがわに背筋をしゃんと伸ばした小柄な老女がひとり、脇息に片腕を預け、長煙管をゆったりと燻らせている。

 「あ、あの……煙屋のメルラ小母さんでいらっしゃいますか?」
 「あたし、マルドゥーングの学生なんですが……」
 口々に言いかけると、老女はじろりと二人を睨み、煙管を火鉢の縁でカツンとたたいて灰を落としてから言った。
 「なんだね、川向こうから叫んでるんじゃあるまいし。やかましい。耳なら聞こえてるよ!」
 首をすくめ、おそるおそる店内に足を踏み入れる。誰が入っていいと言ったね、と一喝されるかとびくびくものだったが、さすがに客商売だけあってそこまでは言わないらしい。
 「で、何だね、お嬢さんたちは」
 問われてウィチカ、この春マルドゥーングを卒業する学生であること、独立して小さな店を構えることを考えているが住処や店舗のあてがないこと、そのことをハンス教授に相談したらここを紹介されたことなどを手短に話す。
 「ああ、洟垂れハンスかい。あいつが教授先生、ふん。
 で、あんたもハンスのとこの子かい」
 どうやら若かりし頃の教授はこの小母さんにはちっとも骨があるようには見えなかったものらしい。言い捨て、アルテアのほうを睨む。
 「いえ、私はマルドゥーングの鬼婆のところの手伝いです」
 「ほう、鬼婆の。あいつもさぞや年取っただろうね」
 こちらはどうやら覚えがめでたいようで、言いながら、厳しい頬が僅かにほころぶ。
 「それはどうでしょうねえ……相変わらず生まれたときから鬼婆だったような様子ですよ」
 「ふん、それじゃ相変わらずなんだね。で、その鬼婆のとこのお嬢さんが何の用だい」
 やれやれ、どうやらここはアルテアが話を進めないことには埒があかなさそうだ。

 「彼女がこの春学院を卒業するんです。それで、私たち二人で一緒に住んで、一緒に店をやっていこうって決めたところなんです。
 私独りならそりゃ、野山で暮らそうと思えばできますけど、どうせならこの子と一緒にやっていったほうが楽しそうだし」
 そこまで言ってアルテア、ウィチカと小さく笑い交わし、それからメルラによろしくお願いします、と言ってきっちりと頭を下げた。
 「ふむ。……だが、お嬢さんたち、なんだってここに来たんだい。ここは冒険者小路って名前の通り、良く言やぁ冒険者、悪く言えばロクデナシが山のようにやってくる。この奥には鍛冶屋や鎧職人がたんと巣食っているせいでね。昼間はたいしたこたぁないが、夜になっちまえばお嬢さんたちにはちょっと見られたもんじゃないような、今ここで説明もしかねるような光景もたんと繰り広げられるってわけさ。それでもここに住むかね?」
 あたしの扱う品物はそういう場所でないとあんまり捌けそうにないですし、とウィチカが答え、それからアルテアが小さく笑って付け足す。
 「私が丘の上のほうに住んでたのは、そこが魔法学院の薬草園の中だったからです。お上品な街中に住むくらいだったら私、森に帰ります。それに、ここならこの子も住めるでしょうし」
 扉の影からフェランが一瞬顔を突き出して、小さく唸って挨拶し、すぐ扉の外に消えた。
 「……ふん」
 考え込むメルラ。あ、とウィチカが小さく叫び、抱えていた『ドラゴン殺し』の箱を差し出した。
 「おや、タバコ屋にタバコを持ってくるのかい、あんたは」
 「鬼婆のとこの『ドラゴン殺し』。特上品です。鬼婆がよろしくって言ってました」
 メルラは二人の娘の顔を等分に見比べるとにやりと笑い、タバコの箱を開けて匂いを嗅ぎ、手早く煙管に詰めて一服吸い付けた。それから、「これぁあたしの分さね」と小さくつぶやくと箱を長火鉢の小引き出しに仕舞い、ちょいとばかり上機嫌な商売人の顔で再び娘たちの顔を見やったのだった。

 「家ならあるんだよ。店ひとつ分。地下室つきでね。5年前まで巻物屋のカシュクールって男が住んでたんだが、こいつが5年前から音信が途絶えた。魔法使いの家に踏み込むのも剣呑だから放っておいたんだがね、もう5年もたつし、借り手も来た。空き屋ってことにしてあんたたちに住まわせてやってもいいと思うんだよ。なに、後で奴がのこのこ帰ってきたら、そのときはあたしが奴をたたき出す。だから、部屋を見て、気に入ったらそこに住んで店をやるといいよ」
 「それは……素敵。お家賃はいかほど?」
 「月25gp。ついでにその家の中身もそっくり、居抜きでいいよ。魔法使いの家だ、値打ちものも色々あるだろうが、それだけに剣呑だと思ってあたしは踏み込んでないんだよ。学院のお嬢さんたちならそのへんは何の問題もないだろう。部屋を取り片付けて値打ち物が出たら、5年分の家賃、1500gp分さえこっちに遣してくれたら後はお嬢さんたちの好きにして構わないよ」
 ウィチカとアルテア、思わず顔を見合わせる。どうも話が旨すぎるような。

 「ああ、そうだ。あたしたち、ロバと馬車を置く場所も要るんです」
 「ほう、物持ちだね。でも問題はなかろうよ。上手い具合に向かいが食堂だ。そこの厩を借りればいい」
 「助かります。ところで……その、カシュクールさんはいったいどんな人でした?……ああ、その、部屋の取り片づけにも準備が要りそうですから」
 「『冷たい手の』カシュクール、てな二つ名を背負ってたよ。人付き合いはどうも嫌いだったようだね。でも魔法使いなんてそんなもんだろう。稼業は巻物屋。……あたしが知ってるのはそれくらいかね。詳しいことは本屋のボンバルと代書屋のキレインに訊くといい。書き物繋がりであのあたりとは付き合いがなくもなかったようだから」

 そこまで言うとメルラは火鉢の後ろから立ち上がり戸口までやってきて、空き家だの代書屋だのがある方向を指差して教えてくれた。
 「それじゃお嬢さんたち、部屋掃除はいつから始めるね?」
 問われてアルテア、ちょいと空を見て太陽の位置を測る。うん、この分じゃ今日は大仕事はできそうにないな。
 「今日はご近所に様子を訊いて回って、明日朝早くに鍵を貰いに伺います」
 「そうかい、それじゃそういうことだね」

 頷くメルラに送られて二人、また冒険者小路へと歩き出した。
 本屋の前にはまだ縁台が転がっているだけ。ということは……次に向かうべきは代書屋か。幸い、借金取り騒ぎじゃないと気がついてくれたようだ。インク壷にペンの看板の店はちゃんと開いている。
 それにしても、ここの住民はいったい、家賃を払わないものなんだろうか。さっきうっかりそうメルラに訊いてしまって、随分顔を顰められたのだが。



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シリーズ第5回『楽しい我が家』その4:冒険者小路の人々―本屋の場合

 街のこのあたり一帯は、緩やかな丘の辺に沿って建てられている。
 一番上に魔法学院。その下に市街。学院街に近いほど品がよく、そして丘を下れば下るほど、なにやら街の雰囲気は怪しげなものになっていく。街のこんな下のほうまで来るなんて、学生ならまぁ悪所通いってところよねと無駄口を叩きながら、娘たち二人、教授から教わった場所までやってくる。

 冒険者小路、とやら呼ばれるその場所は、なにやらごたごたとした商店街。入り口には年取って毛もはげちょろけになった大きな犬が一匹寝そべっている。そのままだと毛がまばらになった尻尾を踏んづけかねない。
「小父さん、ちょっとそこを動いて私たちを通してくれない?」
 アルテアが声をかけると、犬はわふ、と一声唸ると立ち上がり、そして本格的に小路の入り口に通せんぼうでもするように寝転がった。
 「ええと、困ったな。ちょっとどいておくれじゃない?」
 犬の様子を伺うに、なんだか誰かに言いつけられてここを素通りさせないようにしているような。あれこれとなだめすかしても埒が明かない。それどころか、家の影から出てきた素っ裸の洟垂れ小僧に「やあ、あの姉ちゃん犬に話しかけてるぜ、気違いだ気違いだ」とはやし立てられる始末。にらみつけると子供のほうは一散に逃げていったが、とはいえ。
 「フェラン、その子を飛び越してごらん。蹴飛ばさないようにね」
 行け、といわれてフェランが犬を飛び越す。犬は面倒くさそうに、わふ、と唸っただけ。どうやら蹴飛ばさずにまたぎ越せばいいだけのことらしい。

 門番犬の上を跨ぎ越して冒険者小路に踏み込むと、まず目に付いたのは立派な装丁の本をかたどった看板を出した店。で、本屋の店先には縁台が出ており、大肌脱ぎの中年男と巨大なヒキガエルがチェス盤を挟んで向かい合っている。どうやらチェスの上手はヒキガエルのほうのようで、オヤジがうんうん唸ってようやく一手指すと、次の瞬間ヒキガエルの口がかぱりと開き、繰り出された舌がチェス盤の升目を鋭く指す。そうするとオヤジは「ああそこかね」とぼやきながら示された升目にヒキガエル側の駒を動かしてやり、それからまたうんうんと唸りだすのだった。ちなみにそのオヤジ、本屋にいるとすれば本の見立てをするよりも立ち読み客にハタキをかけて追い出すのがもっぱらの仕事だろうと思われる雰囲気。太って脂ぎった体の上に同様に丸い顔が乗っており、黒縁丸眼鏡をかけ、その上の頭はというと後頭部近くまで禿げ上がった挙句に禿げ下がったといったふう。そして耳の後ろにひと房残った髪を伸ばせるだけ伸ばし、それをぐるぐると巻きつけて、これでアタマに毛がある風を装ったつもりらしい。

 ひとしきりオヤジのアタマを興味深く観察した後、これでは全く話が進まないことに気がつき、アルテアが声をかけた。
 「すみませんー、タバコ屋のメルラさんの家は……」
 「うちの客じゃないんなら用なしだよ」
 すげなくいいながらこっちに向いた、ヒキガエルの顔とヒキガエルそっくりの顔。
 「……兄弟?」
 ウィチカ、思わず。
 「ちがーう、こいつぁ使い魔だよ!!」
 「ああそうか、ペットは飼い主に似るものね。それとも飼い主がペットに似るのかしら。ウィチカとチューチューの食い意地が張ってるのはどっちが先だっけ?」
 オヤジに声をかけておいて早速脱線したアルテアをはたき、ウィチカは何食わぬ顔でメルラさんにお会いしたいんですがと続ける。その途端、
「借金取りだぁ!!」
 カエルオヤジは雑巾をひっちゃぶくような悲鳴をあげ、ヒキガエルを掻っ攫い縁台を蹴倒して店に飛び込むや、バタンとよろい戸を下ろしたものである。その声に応えるように借金取りだ、借金取りだという悲鳴が街のそこここから響き、バタンバタンがらがらどっしゃんとよろい戸を叩きつける音が続いたかと思うと。

 人っ子ひとりいないシャッター通りに娘たち二人は取り残されていたのだった。
 「……どうしよう……」
 「大丈夫よウィチカ。みんなが店を閉めたってことは……開いてる店がメルラさんのところの煙屋だってことでしょ」

 アルテアの言葉通り、三軒向こうのよろい戸の下りていない店の店先には、美味そうにタバコをふかすドラゴンをかたどった看板。どうやらめざす煙屋はそこというわけだ。



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2005年06月26日

シリーズ第5回『楽しい我が家』その3:街へ出る。

 翌朝。
 二日酔いでぐらぐらしているハンス教授から、教授が学院を出たての頃、まだ若くてろくに金もなかった頃に世話になったという下宿の世話人の名前を聞き出す。

 冒険者小路に行け、『煙屋』というタバコ屋のメルラ婆さんというのがあそこの小路の顔役だ。彼女に頼めば何とかなるんじゃないか。辛うじてそれだけ言うと、ハンス教授、ふらふらと立ち去っていこうとする。それをなんとか引き戻してメルラ婆さんには手土産に何を持っていけばいいかと訊くと、あの婆さんの好物と言えばタバコだよなぁ、と言う。
 「はぁ!?タバコ屋にタバコを持って行けと!?」
 また叫びだすウィチカをアルテアがなだめる。そんな古株の婆さまなら鬼婆が何か知ってるかもしれないし、普通の商売じゃ手に入らないようなタバコだってちょっと分けてもらえるかもしれない。こうなったら私もつきあうよ、一緒に行こう。

 鬼婆はどうやら煙屋のメルラ婆さまとは旧知の仲のよう。で、『ドラゴン殺し』なる物騒な銘柄のタバコを勧めてくれる。これならあのメルラも満足するだろうさ。試しに、とウィチカが件の『ドラゴン殺し』をひとくち吸いつけて死ぬほど咳き込んだのはご愛嬌。

 さてそれじゃあ行こうか、とウィチカとアルテアが学院の門を出ようとすると、カスガを先頭に同期の娘たちがぞろぞろと出てくるのと行き会う。
 「あれ、カスガどこに」
 「どこにって、明日のプロムのドレスを買いに行くに決まってるじゃない!!」
 呆れ顔のカスガ。
 「プロム……って?」
 「何忘れてるのよウィチカ!!プロムったらプロムよ。卒業記念の舞踏会。いくら普段がアレな生活してるからって学院唯一の華やかな日まで忘れるくらい女捨てていいと思ってるの!?ダメ、これからどこに行くか知らないけど、とりあえずドレスくらいは一緒に買いに行きましょ!!あ、アルテアもせっかくだから出たらいいよ、プロム。でも毛皮の服で来るのは禁止ね!!」
 カスガ、卒業が保障され、ようやく娘らしいことができるようになるとあって、いい具合に舞い上がってるようで。

 というわけで、ウィチカにアルテア、それにフェランはカスガに連行され、街のドレス屋にまずは到着。店のドアが開いた途端、フェランがキュウと悲鳴をあげてあとずさる。どうやら香水のにおいがダメらしい。
 「……あー、ウィチカ、私はドレスはいいよ。前に年越しの祭りのときに鬼婆に脅迫されてあつらえたリネンのローブがあるから。私は外で待ってることにする。フェランをほうっておくわけにもいかないし」
 ぼそぼそと呟くアルテア。何だかんだ言って、アルテア自身『不自然の権化』のようなドレス屋には足を踏み入れたくないらしい。

 で、ウィチカ。たっぷり一時間、コルセットで締め上げられたりヒールの上でバランスを崩しかけたり、シンプルなドレスを出せといったらエルフ仕立てのドレスを出され、デザインはともかくウエストが入らずに著しく自尊心が傷ついたり……と散々な目に遭った挙句、ようやくドレスと靴を買い、ふとカスガはと見ると。

 「ねね、ウィチカ。これどう思う?」
 使っている石は半貴石ばかりでたいしたことがないものの、細工のたいそうすばらしいペンダントを胸元に置いて首をかしげている。
 「これね、ちょうど今買ったドレスの色にも合うの。20gpもしちゃうんだけど、せっかくのプロムだし、頑張って買っちゃおうかなぁとか思うんだけど……」
 「20gp!?」
 仕事で動かす金じゃあるまいし、たかが学生が装身具に出すような金額ではない。
 「そんなにするの!?ちょっと見せてよ……ええと……ええ!?」
 ペンダントを受け取ってつくづく見ていたウィチカの顔色が変わる。とんでもない細工物だ。半貴石だからともかく、宝石を使っていようものなら王侯貴族が持ってたっておかしくない。というか、まともな宝石店にいけば平然と200gpの値が付いていそうな品物だ。
 「ちょっと……これ、どういう品物なんですか?」
 「いや、どなたかがかつては使っていたものらしいんですがね……それでも相応の品です、20gpはお買い得だと思いますよ?」
 そりゃお買い得でしょうよ、仕入先では本当にたいした値が付いてなかったってことよね、と思いながらウィチカ、カスガに耳打ちする。
 「カスガ、これ、普通に買ったら200はするわよ。この値段、なんか安すぎ。ワケアリなんじゃない?ヤバイかも……」
 台詞を最後まで聞かず、カスガ、ウィチカの手の上からペンダントをすくい上げ、いとしげに抱きしめる。
 「ホントならそんなにするものなの!?それがこの値段で私の目の前にあるのよね!?これって縁だわ!!間違いないわ!!」

 あんたあたしの台詞最後まで聞いた?というウィチカの声はたぶんカスガの耳には届いていない。

 やれやれ、と溜息ひとつ。……まぁ、この世界いろいろワケアリは多いものね。何もなきゃいいけど、カスガだって一応学院の卒業生になるんだし、まずいことがあったら何とかなるでしょ。

 というわけで、買い物の荷物をすっかり舞い上がっているカスガに預け、苦笑い気味のアルテア(途中、一瞬店の中を覗き、扉の中の阿鼻叫喚っぷりを見てしまったのだ)と待ちくたびれた顔のフェランに合流して道を急ぐ。

 目指すは丘の下。冒険者小路。
 

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シリーズ第5回『楽しい我が家』その2:世の中そんなに甘くない

 「誰が実家なんか帰るもんですかー!!」
 ウィチカ、絶叫。
 「え?……しかし……ちょっと待てよ。カスガは実家の薬種商継ぐって言っててOKだよな。ミーアは研究室に残る、ヴィンギーは実家、ヨーリスはアカデミック就職希望でレイヴァートンの魔法学院のスタッフ……うん、うん、うん、これもよし、これも……ほら、ウィチカは実家に帰るとノートにも書いてあるぞ?」
 「それ去年の三月の進路指導のときのノートじゃないですか!!」
 「三月の……?おや?そういえばウィチカ、お前んとこのお父上が亡くなって学費が止まったのは……」
 「去年の、秋、です!!」
 ウィチカ、アルテア、カスガの三重唱。
 「いろいろと実家に問題が出てきたから卒業しても実家には戻らない、ノートに×つけといてくれって言ったじゃないですかぁ……」
 「おお、そりゃしまった。俺ぁ去年の三月にノート取って以来、修正入れるのをとんと忘れてたわい」
 固唾を飲んでことの成り行きを見守っていたギャラリーから、わぁ、教授ってば人の話聞いてないー、いけないんだぁの大合唱。
 「ええい、うるさい、わかったわかった、『賽銭』で払って足りなかった分は俺が持つから喚くのをやめぃ!!」
 瞬間、大歓声。そもそも自分の卒業が決まって浮かれ騒いでいる連中、これだけで『ウィチカのただならぬ事態』なんぞきれいさっぱりアタマから抜けてしまうわけで。

 もちろんそれどころじゃないウィチカ。アルテアにカスガも顔色を変えて教授を酒場の外に引きずり出す。
 「……で、どうするんだウィチカ。だいたいお前、実家に帰らないとなったら就活は……」
 「してたじゃないですか!各学科回って探し物やら届け物やら!!うまくいけばどっかの学科で技官に雇ってくれないかなと思って……」
 「いや、だが正式なポストとなるとなかなかないんだよ。アルテアみたいに臨時の手伝いがそのまま居着く形ってんならともかくな。だいたい雇ってもらえるならとっくにどこかの学科から声がかかってるはずで……」
 ふるふると首をふるウィチカ。
 「うん、それじゃ学院内に職はないんだ。それじゃどうするんだウィチカ。学院に研究生として残るという手もあるが、学費がかかるぞ。自分の研究費自分で出さないといけないしな」
 「……いくらですか?」
 「1年分、先払いで500gpだ。期限は5月……悪いことは言わん、親御さんも学費を出しちゃくれんのだろう?学院を出てなんとかやっていくことを考えたほうがいい。学生の身分じゃなくなるといろいろと辛いしな」
 「辛い、というと?」
 「まず寮を出なくちゃいけない。それから奨学金は止まるし、学院の施設も使えなくなる。図書館だって無料じゃなくなるし、学院内の保健施設も当然使えなくなるし……」
 爆発だ召還獣の暴走だと何かと怪我する機会の多い学院内のこと、もちろん相応の神殿と契約して学生の治療はほぼ学院丸抱えに近い形で保障しているのだ。しかしそれが使えなくなるということになると……

 ウィチカ、もういいよ、とカスガが言う。とりあえずこっから先、何とか独立して稼げるように考えたほうがいいよ。まだ学生の資格があるうちに学生課でバイト先とか下宿先とか紹介してもらおう、まずは雨露を凌ぐ屋根と壁を都合しなきゃ。
 というわけで学生課に行く。

 「いや、それは無理ですね」
 窓口の事務員の答えはにべもない。
 「バイトのほうは卒業生の特権ということで、まわせなくもないんです。そういう卒業生へ頼みたいという依頼もありますしね。住居のほうは無理です」
 「いや、だってウィチカは今のところここの学生ですよ?」
 「でも四月からは違うでしょう。住居のほうは『学生さんに限る』という物件がほとんどなんですよ。いや、全てといったほうがいいですね、何しろ学生さんなら学院が後ろ盾になっているから間違いがない、親御さんも学費を出すくらいだから住居費ぐらいはきちんと出してくれるはず。これが独立の魔法使いとなると何の保障もなくなりますから……」

 ……ええ、もういいです、と立て板に水の事務員の口をふさぎ、溜息混じりにウィチカは言った。
 「今日はもうどうしようもないよ、飲んで、寝ちゃおう。
 先生にもいちど相談してみたほうがよさそうだけど、今日はもう誰もまともな相談相手になりゃしないもの」


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シリーズ第5回『楽しい我が家』その1:卒業はするけれど

 春の初め。
 ようやく緩んできた寒さに顔をほころばせるのにまだ少しだけ早い頃。
 マルドゥーング魔法学院ではちょうど卒業試験の真っ最中。製作課題を提出し、論文課題を提出し、実技試験をくぐりぬけ、筆記試験をこなし、そうして最後に口頭試問。学生がおずおずと部屋に入ると目の前には正装した8人の教授がずらりと並んでいてこれまでの成績を考慮しつつ底意地の悪い質問で卒業候補者をつるし上げる。

 「ふむ、ハンス教授の研究室のウィチカ・ロックフィールドか。実技試験はよかったが筆記がこの点数では卒業はやや苦しいかな」
 「異議あり。彼女は実技では文字通り首席ですぞ。また、これまでの学院への貢献もある。それも加味するべきではないでしょうか」
 「……ふむ。では口頭の受け答え次第ということかな。それでは物質界とイセリアル界の関係性とその双方の界に於ける物質の存在・非存在について論じてもらおうか……」
 「(い、いやそんな急に訊かれたって。ごく普通のことだけ答えればいいの?それとも何かすごい深遠なポイントとかあったっけそれ……)」

 とか何とか。
 へとへとになるまで質問攻めにあった挙句。
 「よし、では評定Bにて卒業可と認めてよろしいでしょうかな」
 「よろしいと思います」
 「認めます」
 ……というわけで、額に合格ハンコことアーケイン・マークをぱぁんとはたきつけられ、

 「やったぁ、卒業決定だよー!!」
 「おお、ウィチカも合格か、それじゃミーアとヴィンギーが戻ってきたら全員結果出るな……」
 「おおい、二人とも合格だったぞー!!」
 「了解っ。そしたら今年は力術学科は全員合格だな、よし、心置きなく飲むぞー!!」

 ベッドの下からぞろぞろ出てくる酒の空き瓶の中身はぎっしりの銅貨。これ、学園伝統の『卒業神』の神棚に置かれたもので、そういう時期になると学生たちが「卒業できますように……」と呟きながら昼食や夜食のおつりや何かを入れていくのだ。もっと煮詰まってくると「うあぁ、卒業ヤバすぎっすよ、もうこれしか頼るものないっすよ……」とウワゴトのように口走りながら銀貨を入れるものもいたりするので、最近になって神棚に置かれた酒瓶の中身には随分と期待が持てるような次第。で、卒試が無事終了した暁には卒業神にはしばし本来の世界にてお休みいただき、これまであげられ続けた『お賽銭』はそのまま卒試お疲れ様飲み会の飲み代になるといった按配。といっているうちにもう手に手にずっしりと重い酒瓶を持った学生たちは『三度目の待った』亭の扉を開けてなだれ込み、オヤジ全員卒業だありったけ持って来いと喚いている。

 あちこちで乾杯の声、歌いだす声、勢いに任せてなにやらの呪文を唱える声、続いて炸裂音。何大丈夫、すべて計算のうちなのでそうそう吹っ飛ぶような酒場じゃない。
 せっかくだからとウィチカはアルテアを呼びに走る。一緒に気持ちよく飲みだしたところで、教授会が終了したハンス教授到着。

 「いや、今年は全員合格だったし、全員今後の身の振り方も決まったし、いやめでたいめでたい」
 ……え?一瞬ウィチカの顔がいぶかしげにゆがみ、それから何か了解したようににっこり笑う。そうかそうか、あたしどっかの研究室の助手か技官か、悪くっても副手に決まったんだ。
 「先生ー、あたしの次の研究室って結局どこになったんですかー?」
 ふぇ、とハンス教授。
 「おや、何だ研究室とは。ウィチカお前実家に帰るんじゃなかったのか?」


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シリーズ第5回『楽しい我が家』前口上

 というわけで、久々の渡竜です。
 前の『黒き氷の……』が去年の11月末だから、もう実に半年以上も止まってた事に。いや、その間にAquillaとかTales of MiddleAgesとかやってたから、遊んでいなかったわけじゃないんですが。
 いや、なんというかいろいろ忘れていました。
 最初は思い出すのだけで一苦労。ってか、私どういう能力持ってたっけ、ってな感じ。

 でも、正直言って、自分で考えて自分で動いている手ごたえが一番あるのは渡竜だったりします。もちろん相当の時間をリアルに調べ物に費やしていたりするんですが、こっちであれこれやったことは割と身になるような。そのための「1Lvから始めよう」キャンペーンでしたしね。

 リアル時間は半年以上経過していますが、ゲーム内時間の経過は3−4ヶ月ぐらい?どうもこの国は日本と同じくSchool yearは4月開始3月終了のようで、時はちょうど3月の初め、ウィチカ嬢の卒業が目前に迫ったその頃の話。
 こちらは前回の『黒き氷の……』での経験値がちょうどいい感じに入ったのでレベルアップ。4Lvでのセッション開始。ウィチカは4Lvウィザードに。マジックミサイルの数が増えます♪アルテアはというと、経験値は大事にしたいのでバーバリアンをいっこ上げてドルイド2/バーバリアン2(この選択が本当に正しかったのかはちょっと疑問だけれど……)。

 そんな感じで……(そしてあまりに眠いのでレポート本体は明日書きます。すみません……)
posted by たきのはら at 00:45| Comment(8) | TrackBack(0) | 渡る世間は竜ばかり〜細腕繁盛記〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

シリーズ後編『ひとを織り成すもの』目次

で、こちらは後編の目次。
なお、このセッションはDungeon誌120号に掲載の『Lost Temple of Demogorgon』を使用しています。

その1:プロローグ
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10:エピローグ
posted by たきのはら at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | レポート目次(Tales of MiddleAges) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シリーズ前編『真夏の夜の夢』目次

というわけで、ようやくショートキャンペーンの前後編ともに無事終了。
とりあえず前半部分のレポートの目次です。

なお、本セッションはAtlas Games発行の『The Last Dance』を使用しています。

その1:プロローグ
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8:エピローグ
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2005年06月14日

ひとを織り成すもの(その10:エピローグ)

 ともあれ、妄想家のトログロダイトは死に、我らは生き残った。
 本当に我らは肉食のサルから作られたのだろうかとエルンストが不安げに言ったが、そればかりはカイウェン卿が鼻先で笑って捨てたものだ。ことこれには夢も現もない、世の中には夢を見るものがいるのと同様に、気違いじみた妄想を抱くものもいる、そしてそれはトログロダイトも同じということが証明されたに過ぎぬ、と。

 なに、我らの起源がどこにあろうが知ったことか。今サルでないのなら我らはサルではないのだ。そのようなことを云々して日をすごすのは聖カスバートの実践の教えに背く。

 で、我々は悪夢の洞窟を出た。テラックスが倒れた今となっては、特に手向かいをしてくるものもいなかったが、念には念を入れ、後で手勢を整えて件の場所は再封印したのだったがな。

 それから、どうしたと?ああ、私は旅に出たのだよ。諸国を回って贖罪をするというカイウェン卿と共にな。贖罪するものを助け、また聖カスバートの教えを実践する姿を広く世に示すことこそ聖カスバートの御心にかなうことと、そう知れたのでな。長いこと、共に旅したが……私のほうが先に老い衰えた。カイウェン卿の身に一度は喰い込んだ呪いの爪が、卿の身体を流れる時間の速度を緩めていたのだな。
 だが、先ほどの夢で私は見たのだよ、卿が御許に召されたのを。安らかとは言わないまでも、幸せに召されていったのを。
 どの神の御許に、と?それは知れぬなあ。聖カスバートやもしれぬし、そうでないやもしれぬ。双頭の悪鬼の力に屈しそうになったとき、常に力を与えてくれたのだといって、卿はヴァシュマルから夢の中で受け取った泉の乙女の聖印を肌身離さず持っていたから、今頃はゲシュタイの御許で安らいでいるのやもしれぬなあ……

 そうして、この長い夢も、幸せにほどけて現へ帰ったのだよ。
 そう、幸せな夢は現になり、悪い夢はただ単に終わるのだ。我らがそう望むのだから。それもまた、聖カスバートの御心にかなうことなのだろうよ……



 そう、悪い夢はただ単に終わった。
 夢の馬を倒したエルンストはその後再び地獄の馬に追われる夢を見ることはなかった。
 そうして彼は聖カスバート神殿に戻り、そこでまた奉仕を続けることにしたのだった。

 ヴァシュマルはまた旅に出たという。修行の途に終わりはないのだと言って。

 そうして、幸せな夢は……確かに現へと解けた。
 
 街に戻り、エルディは占い婆のもとへ首飾りを返しに行った。
 「無事だったのだね、娘さん。……ああ、首飾りも無事戻ってきたねえ。
 実はね、話があるんだよ。わたしらはこの年になるまで子供がいない。それも随分寂しいもんなんだよ。もしお前さんさえよかったら、私たちと一緒にずっと旅を続けないかい?」
 エルディは微かに微笑んだ。
 「そうしようと思うの、おばあさん。でもね、あたしひとつだけ、その前に行きたい場所があるの」
 夢に、生き別れた母さんが出てきたの。あたしの名前を呼んでいた。オルソン村に向かっているのもわかった。だからあたし、これからオルソン村に行く。
 「そうかい、そりゃあ……よかった。こんな婆じゃなくて、実のおっかさんと一緒に暮らすのが一番だよ」
 「ううん、そうじゃないの。母さんの夢を見る前に、あたし、おばあさんの夢も見たの。おばあさんがあたしのことを思ってくれているのもわかって、とても嬉しかったの。
 ……母さんにはひと目会いたい。でも、ひと目でいい。母さんには他にもたくさんの子供がいるもの。お互い空の下で元気にやってるってことさえわかれば、一緒に暮らさなくてもいいの」

 そうして、エルディはにっこりと笑ったのだった。
 「あたし、この何日かで、長い暗い夢がひとつ、いいえ、ふたつ、解けて消えるのを見たわ。だからあたしも夢を解くの。……あたしのは幸いなことに、とてもいい夢。そして解いた後消えるんじゃなくて、きっと現実になるの。
 どの夢を現にするかは選べるんだと、あのひとたちは言っていたわ。だからあたしが選ぶのは、おばあさんたちと暮らしていく夢よ」

 差し出された手をとって、占い婆は目を潤ませて頷いた。
 「そうかい、嬉しい事を言ってくれるねえ。……それじゃ、ひと月後にオルソン村の南のファルマ村で会おうよ。あたしの名はテレサ婆。そういって探してくれればすぐにわかるよ」


 かくして夢を紡いだ紡ぎ車は止まり、刺繍針は置かれた。
 すべての物語は幸せに終わった。

 図書室の中はもう随分と薄暗くなっていた。夕暮れ近くなり、いつの間にか雨足は強まってきていた。

 「それで、私たちは結局本当に尾なし猿なのでしょうか?」
 見習い修道士は不安げな声でヴァレンティンに問うた。老いた修道士は笑いともなんともつかぬ声を喉のあたりに絡め、答えた。
 「さあ、その答えはお前の夢の中にあるのやもしれぬ。
 だが、道を誤るなよ、マルティン。聖カスバートの教えは夢でなく現での行いにあるのだから」



我々人間は夢と同じもので織り成されている
儚い一生の仕上げをするのが眠りなのだ
       ――キーオランドに伝わる箴言



このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その9)

 エミールがどうやら広間の外にへたりこむのを見届けると、我らは件の「神のかなとこ」を遠巻きにした。いや、ヴァシュマルは遠巻きどころかテラックスのすぐ脇に居座ったのだがな。
 「カイウェン、私はこのテラックスなるトログロダイトをほんの欠片すらも信用していない。だが、この邪悪な男が実験の失敗などと言い成してお前を口にするのもはばかるような姿に変えたならば……私が責任を持って帳尻を合わせてやろう」
 そう言ってな。何しろあのヴァシュマル、羽も生えておらぬのにひと飛びで広間の端から端までぐらいなら飛び退けたはず。いざとなったらカイウェンを抱えて広間の外に飛び退くつもりだったのだろう。

 ともあれ、儀式は始まった。
 テラックスが神のかなとこに横たわったカイウェンの上に手にした杖をかざすと、杖は禍々しく明滅し、そしてカイウェンは死者の顔を苦痛に歪ませて身体をわななかせた。と同時にカイウェンの身体からぽろぽろと皮膚が剥がれ落ち、そして見る間に死の騎士は全きヒトの姿になったのだったよ。では終わりか、と見るとそうでない。
 急にヴァシュマルがテラックスの杖を掴んだ。
 「まて、ここまでだ」
 青白い光の中で、テラックスの顔が世にもおぞましい笑みの形に歪むのが見えた。
 「では気付いたのだな、私が変成の次の段階を実践しようとしていたことを。気付かなければあと十秒は長生きできたものを!!」
 ヴァシュマルの答えはもちろん、目にもとまらぬ速さで繰り出された拳だったが。



 ヴァシュマルとテラックスが揉みあっているところへ、もうひとつこの世ならぬ声がした。夢の馬であった。馬は、神のかなとこの上で未だに身体から去らぬ苦痛にうめくカイウェンのもとに歩み寄り、告げたのだった。
 ――おお、カイウェン卿。偉大なる死の騎士であった御身は我があるじ様であらせられた。だがその身に卑しき血を通わせ始めた今となっては、踏み潰すべき虫けらに過ぎない。しかしカイウェン卿、そうする前に私には、まず果たさねばならない約束がある。
 そうして馬は、その言葉通り色青ざめたエルンストへと走り出した。鬣に炎を揺らめかせ、蹄の下に火花を散らし、瞳に地獄を映しながら。

 乱戦となった。
 エルンストは馬の蹄から必死に身をよじって逃れつつもあらん限りの魔法を叩きつけていた。エルディとヴァシュマルは、青白い明かりに明滅する広間を所狭しと駆け巡り、闇の中から沸いて出た二頭のゴリラの衛兵と死闘を演じていた。ヴァレンティンはというと、これもまた闇の中から滲み出してきた、どうやらテラックスの副官らしいトログロダイト相手に苦戦していた。
 「カイウェン、そこから降りろ!!」
 誰かの叫び声がして、カイウェンはうめきながらかなとこから転がり落ちた。だが苦痛がまだ身を引き裂くのか、立ち上がることすらできない。なんとか時間を稼ごう。傷負わずの戦長が戦列に加わればこちらの数とあちらの手勢の数は等しくなる。そう思った瞬間、広間の壁が動いた。
 デモゴーゴンの石像が、その長い双頭と鞭のような腕をを振り回しながらこちらへ歩みだしてきていた。

 戦いは延々と続いた。
 ゴリラはいくら殴りつけても一向に倒れない。テラックスはというと、デモゴーゴンの石像を操りながら――そう、あれはテラックスが操る石像なのだということはヴァシュマルが見切ったのだが、だといって何の救いになるものでもなかった――どこかに隠れてしまう。カイウェンはようやっと立ち上がったものの、死の騎士の剣は定命の者の手には握れぬということか、剣を取り落としてしまう有様。エルディがすかさず自分の代えの曲刀を投げてやる。
 火球が炸裂し、炎の柱が立ち、副官が倒れ、ゴリラが切り伏せられ……カイウェンも一度は倒れたが、このかつての『死の騎士』はどうやら聖カスバートの御心にかなったらしく一命を取り留め、また立ち上がる。

 「エルンスト、いま少し耐えろ、こちらが片付いたら助けてやる!!」
 ヴァレンティンがゴリラを殴りながら叫ぶ。その姿は薄闇の中でいつもの倍近くまで膨れ上がっているように見えるのは、これも聖カスバートの恩寵か。
 「ヴァレンティンさん、助っ人が要りますか?」
 広間の入り口からどうやら気を取り直したらしいエミールの声がするが、それへの答えはさっさと逃げなさいあんたの敵う相手じゃないわとエルディの叫び。一方でエルディはエルンストと二人で夢の馬を挟み、必死に殴りつける。冗談じゃないわ、あたしはこんな地面の下で死ぬわけにはいかない。これがこの腐れ馬の運んだ悪夢ならとっとと覚めてやる。

 エルンストの魔法の矢とエルディの鉄球がほとんど同時に馬を撃ち、瞬きひとつ分馬はその動きを止めたかと思うと、その後ゆっくりと膝を負った。
 ――貴様、良くぞ運命の楔から逃れ遂せた
 エルンストの耳の奥深くに、馬の声が沈んでいった。

 残るはテラックスとデモゴーゴン――の石像――のみ。
 石像には剣も魔法も通用しないのはもう知れていた。とはいえ、テラックスも容易い相手ではない。
 「そうか、まだやるのか猿どもめ。
 ではこれを試すときが来たのだな――私は様々な目的のために私の杖を鍛え上げた。ひとつには神のかなとこを打つ槌として、またひとつには尾なし猿を片付けるための武器、『ヒト撃つもの(ヒューマン・ベイン)』としてな!!」
 だが、おそらくはトログロダイトの目には弱い相手と映ったのであろうエルディは、すばしこく杖の下をかいくぐっては確実にテラックスの命を削ってゆく。やがてテラックスは全員に囲まれその場から一歩も動けなくなった。ヴァシュマルの拳が、エルディの鉄球が、次々とテラックスを撃つ。続いてエルンストの雷撃、カイウェンの斬撃。だが、まだ倒れない。応えのようにデモゴーゴンの腕が唸り、駆け寄ろうとしていたヴァレンティンの頸を薙いだ。が、神の恩寵か、ヴァレンティンの苦痛に霞んだ目の奥に、テラックスの姿だけはまだ映っていた。血を吐きながらヴァレンティンはテラックスの姿を思い切り棍棒で薙いだ。鈍い手ごたえの後、五人の足元に、ゆっくりとテラックスは倒れた。

 同時に、双頭の悪鬼の似姿の石塊もその動きを止めた。
 どうやら悪夢は終わったようだった。


このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その8)

 「カイウェン、カイウェン、戦長カイウェン!!」
 私は必死に叫んだのだったよ。そう、私はこう思ったのだ。目の前にいるのは死の騎士の姿に心を封じられ、我らと言葉を交わしたことすら忘れてしまったオアリディアンの戦長に違いない、と。だからその名を呼んで目を覚ましてやればよいに違いない、と。とんだ思い違いだったのだがな。

 カイウェンは広間の中央まで歩み出て、我らを認めると口を開いた。死者の喉から紡がれる声には、それでも在りし日の声色があった。
 「『拳』に『棍棒』、また出会ったな。この姿を晒さねばならぬとは浅ましい限りだが……」

 

 「戦長カイウェン、お前はいったい何の目的あって我らの同胞を攫った。我らは好んでお前と事を構えようというのではない、我らの同胞を返せ、そうすれば我らもここから立ち去ろう」
 ヴァシュマルが声高く言った。カイウェンが間違いなくカイウェンであるのならこちらの声が届くはず。だが、その時、杖を構えたトログロダイトがしゅうしゅうと声を上げた。

 「カイウェン卿、それはなりませぬ。この男を放ってしまっては実験をお見せすることが出来ませぬ。あなた様は見ずして信じるのか。変転のわざをその御目で見ずして神のかなとこに身を横たえようというのか」
 「戦長カイウェン、実験とは何だ。神のかなとことは何だ。御身は何を見ずして何を信じるというのだ」
 ヴァレンティンが声を上げる。カイウェンはしばし口ごもっていたが
 「そこの男が横たえられているこの祭壇こそが神のかなとこ。私は死の神々の手により、この神のかなとこの上にて定命の身からこの姿に変えられた。だが、このテラックスは神ならぬ身ながら神のかなとこを操り、変転のわざを執り行えるという。ならば……」
 ああ、そうか。昨日鏡の中に見たあの圧倒的な魔力は、この祭壇だったのか。そうエルンストは思った。そうしてその傍にたたずんでいたのはテラックスか――いや、カイウェンだったのだろう。
 「あなた、ひょっとして人間に戻りたいの?人間に戻ってどうするの?」
 暫く続いた沈黙の後、エルディの声が響いた。
 「罪を償いたいのだ。死の騎士となってから犯した数々の罪を償いたいのだ」
 「……ならば、我らの同胞を放せ、戦長カイウェン。罪を償うために罪を重ねるのか」
 ヴァシュマルの言葉にカイウェンは頷き……そして、テラックスに言った。

 「テラックス、その男を用いての実験は要らぬ。その男を放せ」
 テラックスはしゅうしゅうと声を上げて笑った。
 「これはカイウェン卿とも思えぬお言葉。卿ともあろうお方がわが言葉のみを信じて神のかなとこに身を横たえるのか。試しの姿を見ずしてわが手に身を委ねるのか」
 「おかしな理屈をこねるトカゲだことね」
 エルディが嘲った。
 「実験をしなければ失敗するものなの?成功するのであれば実験は要らぬはず、失敗したならカイウェンはあんたを信用しないだけのこと。いったい何がやりたいの?」
 テラックスはいよいよ耳障りな声を上げた。

 「おお、私はカイウェン卿に変転のわざをまずはお見せしたいと思っただけのこと。尾なし猿の末裔(すえ)どもめ。
 おぬしらは知らぬことだろうが、我ら高貴なる竜の一族ははるか昔、この大地を統べていたのだ。地を統べ、栄え、そして栄えに飽いて大地の底に眠ったのだ。だが、我らの一族が眠りにつく少し前のこと、私は神のかなとこを用いてとある実験をした。肉食のサルの毛を剥ぎ取り、尾を取り去って、そうして出来た珍妙な生き物に知恵を埋め込んだ。そうしておいて眠りについた。目覚めるときに尾なし猿どもがどのような姿になっているかを楽しみにしながらな。おお、なんということだ。長く眠りすぎるのも実験の行く末を変えるものだと私は知ったよ。猿が剣はともかくとして呪文まで使いこなしているとはな……
 ともあれ、実験は思わぬ方向に成功していた。そう、その証拠にカイウェン卿、あなたはご存知だろう、竜語を話し、竜に血の生贄をささげる恐るべき古い一族の事を。我らの中で最も野蛮な巨竜の一族は地上に残り、尾なし猿どもに崇められたことの何よりの証拠ではないか」
 「ええ、いい加減な事を。そんな駄法螺、誰が信じるというのだ」
 エルンストが口いっぱいに叫ぶ。
 「おお、だから、見せて信じさせてやろうというのだ。お前たちは見たくないのか、ここに横たわる男が自分の本来の姿たる猿に戻ってゆくのを」
 「誰が見たいものか!!」
 「……ほう、おかしな話だ。眠りに着く前、私は確かに尾なし猿の中に好奇心を埋め込んだのだが」
 「そんな汚らわしい好奇心など、すべて信仰心へと姿を変えたわ!おのれが何をしたつもりになっているかは知らぬが、おのれの目の前にいるのは既におのれの知らぬヒトという種族。さあ、つべこべ言わずにその男を放せ!!」
 ヴァレンティンのこの台詞には流石に残りの三人は失笑していたのだが、ヴァレンティンはさらに声を上げた。
 「我らがサルか、よかろう。だがお前らとは少なくも同じ先祖(おや)を持たぬことは神の恵みであろうよ!!」
 ヴァレンティンの脳裏には古い血の染みのようにある風景が浮かび上がってきていた。そう、あの時、あの大広間で、クルトの話す竜語を聞いた魔術師スネークの怯えたような表情が……いや、まさか。ただの偶然に違いない。今も昔も竜とは恐ろしい生物。その言葉を話す見知らぬ男にフランの魔術師は恐怖を覚えた、それだけのことに違いない。

 ともあれ、ヴァレンティンの言葉は少なくともカイウェンには届いたらしい。死の騎士は神のかなとこに歩み寄ると、縛り付けられていたエミールを解き放ち、代わりにそこに身を横たえた。
 「この者たちの言うことは尤も。テラックス、私は見ずしてお前のわざを信じよう」
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとを織り成すもの(その7)

 で、夜明けを待って件の洞窟まで行き、ミスルトゥを見張りに残して地下に潜った。
 いやはや、まったく呆れ果てた洞窟だったよ。中には凶暴なサルと鎧を着たゴリラが満載、これが掴みかかってくるは噛み付いてくるは、挙句は大岩を転がし落としてくるは。かと思えば、一本道めいた洞窟の癖にやたらと隠し扉があって、それを開けるたびに扉の向こうには爆砕の秘文が仕掛けてある。そいつを飛び越せばぱっくり開く落とし穴。
 いや何、すべてエルディ嬢とヴァシュマルが飛び退き飛び越し無効化してしまったがな。

 それにしてもエルディ嬢のすばしっこさ、耳ざとさといったら大したものだった。それでいて強力無双のことといったら、我々男どもなど足元にも及ばん。ヴァシュマルと二人ではるか彼方まで駆け抜けたかと思うと、サルの一匹や二匹など手にした武器の一振りで片付けてしまう。いやまったく、かわいらしいお嬢さんも見かけによらぬものだ。ヴァシュマルのほうも負けてはいない。蹴った床にぱくりと口をあける落とし穴の上を、足に羽でも生えたかのように跳び越し、着地する前にサルの頭を蹴り割るような具合。

 おお、もちろんサルばかりではない、タコも出た。洞窟の中に水盤があってな、そこに潜んでいた。水盤の中に満たされていた水は何やらこの世のものではないようだったが……ともあれそんな洞窟を随分奥までいった。奇妙なものも見たな。水晶の卵のようなものが割れており、中にトログロダイトの干物が倒れていた。触ると砂のように毀れたが。あれは何だったのやら。エルンストが言うには、あの卵はどうやら何かものを保存するためのものだったらしいが……

 ともあれ、随分奥まで行った後、我々はとうとう洞窟の内奥までたどり着いたのだよ。



 扉を開けると、そこは漆黒の闇。
 魔法の助けで目が利くようになってはいるが、とはいえそれにも限度がある。
 ヴァレンティンが『明かり』の呪文を施した石を闇の中に投げ込むと、広間の突き当りらしきところに何やら大きな石像の影が浮かび上がった。それは見るも禍々しい悪鬼。両腕は鞭となり、尾は二股に分れ、蛇のような首もまた二本ある。そうして首の上には猿のような顔。記憶さえ正しければ魔界の公子と称される古き神、デモゴーゴンをかたどったものであった。
 どうした、と闇の中から竜語の声がした。
 どうしたというのだね、続けて人間の言葉が言った。
 だが、闇の中には相変わらず何の姿も見えない。思わずヴァレンティンが一歩踏み出した瞬間、また床に秘文が浮かんだ。かと思うと、次の瞬間床から炎が吹き上がり、ヴァレンティンの姿を赤々と照らし出した。

 「ヴァレンティンさん!!」
 次の瞬間、部屋の奥から悲鳴にも似た声がした。聞き覚えのある声、エミールだ。
 「生きていたのかエミール、助けに来たぞ!!」
 よかった、声がしなければ、踏み込む前にまず火球を打ち込んで部屋をひととおり焼き払おうと思っていたところだったと背後でエルンストが物騒なことを言う。
 先ほど秘文は作動させてしまっているから、あとは怖いのは落とし穴だけだ。それもヴァシュマルが口を開けさせてしまう。
 「待っていろエミール、今助けてやるからな!」
 ヴァシュマルが軽く助走をつけながら言う。修行僧の脚力を生かして部屋の床を一気に飛び越え、継いでエミールを担いで部屋の外に飛び帰ろうという算段。だがそのとき、しゅうしゅうと唸るような声がした。
 「待て、その男を渡すわけにはいかん」
 ぼうっと光る杖を構えたトログロダイトが何やら祭壇じみたものの脇に立っていた。そして、祭壇の上にはエミールが横たえられている。
 「渡すわけに行こうが行くまいが、連れて帰る!」
 叫んだヴァシュマルへの答えは、もの凄いゴリラの吼え声だった。護衛がいないわけはないということらしい。

 その時。
 「待て、テラックス」
 人間訛りの竜語が聞こえ、急に部屋が明るくなった。
 青白く輝く剣を持って立っているのはひとりの『死の騎士』。それはヴァシュマルとヴァレンティンの二人が言葉を交わしたカイウェン卿の変わり果てた姿だった。そうしてエルンストもその姿を見た瞬間息を飲んだ。例の「夢の馬」の背に乗っていたのはこの男。そして……部屋の奥に闇から染み出したかのようにたたずんでいるのは、間違いない、エルンストとは因縁の深いあの夢の馬ではないか。
 
このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとを織り成すもの(その6)

 眠るや否や、夢を見た。

 ベネディクト師が我らのことを案じてまんじりともせずにいらっしゃることを私は夢で知った。その夢を通り過ぎてしまうと、今度ははるか昔の風景の中に出た。はるか昔、と言っても尋常の昔ではない。キーオランドの王国が初めて立った頃の昔だ。――おお、そのようなこともあるのだよ。

 森の中を涼しい風が流れ、青い蛍が瞬きながら五つ六つとたゆたっていた。森の中に開けた広場では素朴な輪舞曲が流れ、宴のために着飾った人々がくるくると踊っている。だがその胸や頭、喉首にはみな血がこびり付き、笑い交わす人々は或いは頭を叩き割られ、或いは腕や足が千切れ飛んでいるのだった。ああ、それも私の見知った光景だったのだよ。その光景の向こうからヴァシュマルがやってきた。お前もこの夢の中に来たのかと問うとそうだと答えた。
 そうしているうちに、人々の中で我らに声をかけるものがあった。
 ひとりだけ、かすり傷ひとつ負わずにいるその男の名も私は知っていた。戦長カイウェン、と私はその名を呼んだ。

 「『拳』と『棍棒』よ、あなた方は何故私の夢の中にいるのだ」
 そうカイウェンは呼びかけてきた。そう、『棍棒』とは私のことだ。
 「私にはわからなくなってしまったのだ。何が現で何が夢であるのか。あなた方はどこから来たのか。あなたがたは何故私の夢の中にいるのだ。これは現なのか。それともあなたがたはそもそも私の夢なのか」
 「おお、戦長カイウェンよ、これは私たちが見ている夢でもあるのだ。どうやら我らの夢は時を越えて通いあっているらしい」
 ヴァシュマルが答えた。
 「ならば答えてほしい。『拳』と『棍棒』よ。私が繰り返し見る二つの光景はどちらが現であるのか。私はオアリディアンの戦長カイウェンであり、キーオランドの王朝がたった後はそこに仕えて末永く国を支えたのか。それとも夏のある日、私は私の愛し仕えた人々、愛し仕えるべき人々全てを失ったのか」
 「それはかつては同等に現であり、夢であったのだ、戦長カイウェンよ。だが、我らは愛し合うべき人々が殺しあうのを是としなかったから、あの夏至の日、婚礼が滞りなく執り行われるように立ち働いた。そして我らが暮らしている場所は、あの夏の日に立ったキーオランドの王朝が末永く幸せに続いたその先にあるのだ。だから我らが現であるのと同じだけ、あの夏の日の婚礼が幸せに執り行われたのは現なのだ。それこそが現なのだよ」
 私がそう答えると、カイウェンは頷き、ではもうひとつ問おう、と言った。
 「1年のうち358日は、私は剣を振るい、殺し、火の雨を降らせ、全てを焼き尽くして敵とするものの命を奪う。あるいはそのような夢を見る。だが、1年のうち7日だけは別の夢を見る。その7日間、私は自分がなにものであるかを捜し求める。あるいはそのような夢を見る。そうしてその夢の中で私は悟るのだ。過去に二つの姿があり、現在に二つの顔があることを。私はかつてオアリディアンの戦長、傷負わずのカイウェンであった。だが、今は?私は今でも武勲目覚しい輝かしい戦人なのか。それとも両目を刳り貫かれ、代わりに眼窩に地獄の炎を宿した忌まわしき死の騎士なのか?」
 そのとき初めて、我らは目の前の戦長カイウェンの姿が揺らぎ、恐るべき『死の騎士』と二重写しになっていることに気がついた。

 「……いったい、何故そんなことに?」
 「記憶していない。だが、私は変えられてしまったのだ。恐るべき双面の悪鬼のかなとこで……」
 そのとき、私は自分の存在が急激に薄れ、ここからいなくなろうとしていることに気がついた。慌てて私は言葉を継いだ。
 「では望むのだ、戦長カイウェン。夢は必ず現に解け、目覚めるもの、ならば自らの力で望むのだ、目覚めるべき現を。戦場の天幕で目覚めるのは武勲目覚しい戦長カイウェンであることを」
 「そうだ、カイウェン。悪鬼のかいなの下から身を離せ。何かの助けになるやも知れぬ、これを持っておけ!」
 ヴァシュマルが同様に存在を薄れさせていきながら、ゲシュタイの聖印を放る。そして
 「ところでカイウェン、その悪神とは……」
 答える声はもう夢と現の間の帳に阻まれていた。でもごーごん、という音列だけが空耳のように耳の中に落ちた。

 目覚めると、皆一様に夢で何かあったような顔をしていた。
 ヴァシュマルはやはり私と夢で同行していたもののようだった。エルディ嬢は何やら涙ぐんでいたし、エルンストの顔色の悪さと来たら大したものだった。そうしてミスルトゥはというと、歯の根も合わぬほど震えていたのだった……




 エルンストの夢は陰惨だった。
 眠りに落ちた瞬間、エルンストは夢の馬の背にしがみついていた。ああ、夢だと思って目を覚まそうとしたが無駄だった。息が止まるほど夜空を駆けた挙句、夢の馬はエルンストを振り落とした。このまま踏みしだかれ殺されると思った瞬間、声がした。エルンストを振り落とした馬は、いつのまにかその背に一体の『死の騎士』を乗せていた。
 ――私から逃れ遂せるつもりか。愚か者よ。だが、私はお前の運命なのだ。人は皆運命を拒むが、だが運命から逃れられるものなどいない。
 「冗談じゃない、俺は逃げ切ってみせる!!」
 馬はあざ笑うように言った。
 ――では、問おう。夢はどんなものが見るのだ。例えば犬は夢を見るか。
 一瞬問いの意味するところに戸惑うが、エルンスト、すぐに気を取り直す。
 「犬は夢を見ない。なぜなら犬は未練を持たぬからだ」
 ――ふむ。ではもうひとつ問おう。馬は夢を見るか。
 「……馬も……未練というものをもつ馬ならば夢を見るだろう。だが、そんな馬はめったにいない」
 ――では、最後に問おう。死せる者は夢を見るか。
 思わず言葉に詰まるエルンストに、夢の馬は重ねて言った。
 ――答えられれば良し、もし誤ったなら、お前は目覚めたとき、呪文を唱える力が削り取られていることを知ることになるだろう。
 「……死せる者は……死せる者は夢を見る!なぜなら死せる者は存在全てが未練そのものであるからだ。夢は未練を残すものが見るものだ。死せる者が夢を見なくなったとき、そのとき初めて世界の枠から逃れ、別の存在になる!!」
 ――よく、答えた。
 馬は骨が凍るような笑い声をあげた。
 ――褒美にひとつ教えてやろう。聞くがいい。
 そうして思わず後ずさるエルンストに顔を寄せ、無理やりにその耳に囁き声を落とした。
 「だ、だからどうしたというのだ!!」
 怯えた声で叫ぶエルンスト。
 ――どうもこうもない、お前はいずれ知るだろう、その知識の重さと恐ろしさを。すべては夢の中にあり、変転するものであり、定まらぬということの恐ろしさを。真実など指の間から零れ落ちる砂に過ぎぬ事を。
 そうして蹄のひと薙ぎでエルンストをその場に打ち倒しておいて告げたのだった。
 ――私はお前の運命。いかに否定しようともそれは変わらぬ。お前は私と会うだろう、洞窟の最も深い場所で。そこでお前はお前の運命を見るだろう。

 そうして、深い水の底から一気に放り出されるように、目が覚めた。

 互いに夢の話をしていると、今度はミスルトゥがたまりかねたように叫びだした。
 「わ、私の夢はそんな高尚なものじゃありません、もっと直裁なものです。私はエミールの夢を見ました。彼は助けてくれと言っていました。私は変えられてしまう、と。二つの月が満ちるときに私は変えられてしまう、と!!」
 「二つの月が……それは」
 一同、色を失う。
 野営空間から顔を出してみれば、西の空低く、今にも満ちようとする形の二つの月がちょうど沈むところだった。 


このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとを織り成すもの(その5)

 偵察に行った一行が帰ってきたので、ようやっと安心して眠ることにした。
 とはいえ、私はその時、何故か寝付かれなかったのだ。

 隣ではエルディ嬢が眠っていた。ふと見ると両手に包み込むように、首飾りを握り締めていた。そういえばあの占い婆は、この数日の間だけ「夢通い」の力を帯びる首飾りをこの娘さんに渡したのだったな、と思い当たった。

 秘術呪文の力というものも不思議なものだ。我らは単に神の御心を地上に実現するためにそのお力をお借りするのだが、秘術は違う。彼らは魔法の力をどこから得ているのか。めぐる月日の中からなのか。とはいえ、めぐる月日にも神は宿るはずなのだが。そういえば月神を奉ずるものの中には月の満ち欠けと魔法の力が呼応すると主張する学派もあったような……
 ともあれ、『魔法使いの休日』とやらの実在は知らぬが、その噂にあわせて夏至近辺の一週間だけ魔法が宿るように仕掛けを作るものも居るのであろうなあ。

 そんなことを思いながらいつの間にか私も眠りに落ちようとしていた。
 私の隣でエルディ嬢がすすり泣く声を聞いたように思う。だが、何やら悲しい涙ではないように思った。それで私はそのまま眠りの腕に身をゆだねたのだったよ……



 エルディの最初の夢は、昼間に会ったジプシーの占い婆さんが見ている夢と通ったものらしかった。占い婆は連れ合いらしい老爺と二人、お茶をすすりながらこんな話をしているのだった。
 ――ねえ、おじいさん。今日来たあのエルディとかいう娘さんは、とてもいい子でしたねえ。私どもに娘が居たら、ちょうどあれくらいでしょうか。それとも孫ぐらいになるのでしょうか。あんな子と暮らしていけたら、きっと随分楽しいに違いない。
 ――馬鹿なことをいうんじゃないよ、ばあさん。私らはこの歳になるまで子宝に恵まれなかった、それだけのことじゃないか。

 思わず声をかけそうになったとき、急に夢が変わった。
 どことも知れぬ場所。荷馬車のガタガタ揺れながら進む音。年取った女の声がする。
 「エラン、エラム、エシメル……エルディ!」
 「母ちゃん、エルディは随分前にいなくなったじゃないか」
 「おや、そうかい、今、すぐそこに居た気がしたんだよ」
 「気のせいだよ……オルスン村まであと10日だ。もうじき揺れないベッドで眠れるよ」
 思わず「母さん、あたしはここに」と声をかけた瞬間、目が覚めたのだった。
 暗闇の中で身体を丸め、夢に通う力を持つと言う首飾りを握り締めて、エルディは声を出さずにしこたま泣いた。



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ひとを織り成すもの(その4)

 集積所の少し手前で、材木を積んだ馬車に出会った。なんでも、このままでは埒が明かない、日があるうちに少しでも今ある材木を街に送ってしまおうということで、兵士たちに後を任せ、樵たちは街へ向かうとのことだった。

 近づいてみれば、集積所はすっかり即席の砦の様相。相当に容易ならぬ連中に襲われているような。入っていくと、集積所を預かるドルイドのミスルトゥが随分顔色を悪くして駆け寄ってきたよ。きけば、敵は板金鎧を着込んだオーガで、集積所の中の者の注意力がもっとも散漫になる夜明け前を狙って攻撃をかけてきたという。尋常のオーガは重い鎧を着込まぬはず、敵はもしかしたらオーク帝国ポマージの戦闘奴隷やも知れませぬとミスルトゥは引き攣れた声で言ったものだ。そうしてさらに苦い声で、奴らは人間を生きたまま攫うことが目的でやってきたもののようだった、と付け加えた。目的は生贄かもしれませぬ。それとも奴らは生きたままの人間を踊り食いにするつもりかもしれませぬ、と。なかなかにぞっとしない話だったよ。
 オーガどもが戦闘奴隷だとすれば、指揮を取っている奴が近くにいるはず。そのようなものに心当たりはないかとヴァシュマルが尋ねた。すると、ミスルトゥが言うには、なんでもこの襲撃が始まるしばらく前から、付近で黒い鎧をまとい黒い馬に乗った黒い騎士が徘徊しているのを見かけたものがいるらしい。
 で、ふと思いついて「その騎士を見たときに何か異臭に気付かなかったか」と尋ねた。すると案の定、硫黄が漏れるような臭いがあたりに立ち込めていたという。はて、ではやはりトログロダイトかと思わず口に出したら、ミスルトゥが呆れた顔で笑ったものだ。トログロダイトがオーガを使役するなど珍しいこと、逆ならまだ話もわかろうというものですが。

 ともあれここにこのまま居ては、また夜明け前の襲撃にあうだけだ。まだ日も残っていたし、地面には森から出てきたオーガ共の足跡もはっきりと残っていた。で、我々は後詰の兵士に後を託し、ミスルトゥを案内に立てて森に踏み込んだのだったよ。



 で、森の中を行くこと暫く、何やら潅木の枝が折れ、下生えが踏み荒らされているところに気付く。こう、偵察に来たものが身を潜めるにはぴったりの場所といった按配。そして、折れた枝に何やらねとねとしたものが付着しているのにエルディが気付く。半分乾いた粘液は何やらいかにもトログロダイト臭い。足元を見ればこちらは一目瞭然、残っているのはトログロダイトの足跡。やれやれ、どうやらご本尊はいよいよトログロダイトに決まったとヴァシュマルがぶつくさ言う。
 「だが、あれがトログロダイトだとしてだ。奴らは人間語も解さないようだったし、そもそも人間が呪文を知っていることを不思議がっていたようだが」
 首をかしげるエルンストに
 「ふむ、ではやはりトログロダイトではないのかな。それともこういうのはどうだ。奴らは種族こそトログロダイトではあるのだが、長らく穴居生活をし地上を知らず、それが何らかの理由で日のあたる場所に這い出してきて初めて人間というものを見たのだ、と」
 「あんたにしては冴えた事だ、ヴァレンティン。それは十分に考えられる。何しろこの地面の下には巨大な地底王国が存在し、それは地上の王国に匹敵する一大世界だと言われているからな」

 やがて日が落ちた。
 エルンストが魔法で樹上あたりの空間に小さな穴を開け、その中に安全な野営場所を設ける。
 「ここで、朝まで、か」
 「何、案じることはない。この空間の出入り口が敵に見つかるなど、よほどのことでもない限り……」
 「いや、そうじゃないエルンスト。先ほど『夜目』の霊薬を飲んだばかりだから、しばらく私は少しばかり夜目が効かせられる。ことのついで、連中の足跡をもう少したどっておこうと思うのだ」
 ヴァシュマルが言って、ミスルトゥもそうしてもらえるのなら案内はすると請合った。というわけで、鎧の音がしないヴァシュマルが魔法で小さくなったエルンストを背負い、ミスルトゥを案内に立ててもう少しあたりを探ることになった。

 行き着いた場所は森の中にぽっかりと口を空けた洞窟。
 見ればそれは今まで埋まっていたものが、ゴロタ石を掻き出されて本来の口をあけたといった様子。さらによく見ればその洞窟は何やら魔法じみた真っ直ぐな岩壁で、さらにその岩壁を外から打ち砕いて、奥へと続く通路を作ったといった様子なのだ。

 「なんたる胡散臭さだ。……これは入ってみずばなるまいな」
 ミスルトゥを入り口の番に残して、ヴァシュマルとエルンストはその謎の洞窟へと踏み込んだのだった。

 件の洞窟の胡散臭さといったら、それはもう大したものだった。
 隠し扉を開けて踏み込めば、扉の向こうの床が急に秘術文字の形に光りだして爆炎をあげ、それを飛び退って避けたと思いきや足元にぽっかりと口を開く落とし穴。通路の向こうから襲い掛かってくる鎧を着たゴリラども(どうやらオーガだと思われていたものはゴリラだったらしい。似ていないこともないが……いや、道理だ。誰がゴリラが鎧を着こんで人間に殴りかかってくるとなど思うものか)。ヴァシュマルの拳でもなかなか倒しきれず、続いてエルンストが火球を放り込むと壁の向こう側で悲鳴が上がり、どうやらこの奥にいくらも敵が居る様子。
 二人だけでこれ以上こんなところにいても埒が明かぬと悟り、思い切りゴリラを突き放しておいてヴァシュマルの足の限りに撤収を決め込む。ついでに背後を襲われぬよう、エルンストが『魔術師エヴァードの黒き触手』の置き土産を仕掛けて、あとはとっとと野営空間に逃げ込んだ。
 後でエルンストが『見透し』で覗いたところによると、どうやらあの場所には相応に文化度の高いトログロダイトの一族が巣食っている模様。
 エルンストたちが立ち去った後、洞窟の奥から一体のトログロダイトが駆け出してきて、散々に怒り狂いながら『黒き触手』を消滅させていたし、さらに壁を回りこんできた火球に撃たれて倒れていたトログロダイト(ゴリラではなかったのだ)は、腰に何やら聖印らしきものをぶら下げていた。
 聖印の紋章を鏡の奥によくよく覗き込み、エルンストは思わず息を飲んだ。
 そこに記された神のしるしはどくろにまきついて曲がりくねった双股の蛇の尾。
 あれは――確か「地獄の公子」デモゴーゴンの紋章ではなかったか。


このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その3)

 エルンストは事の次第をすっかり占い婆さまにぶちまけた。そうしたら婆さまはずいぶん呆れた顔をして、『どこまでが本当だね』と私に聞いたものだったよ。なに、すっかり本当ですと私が答えると、婆さまは随分顔を顰めて
「訳は二つ考えられるね」
と言った。ひとつは本当に夢の馬に呪われたという話。もうひとつはエルンストが誰やらから恨みを買って夢の呪いを送りつけられているのではないかという話。
 二つ目の可能性を聞いた瞬間にエルンストの目がくわぁと見開き、そうかあいつらか火球の味見でもさせて思い知らせてくれると喚きざま駆け去ろうとしたのには呆れたね。まず思い切り殴り倒した後、応じて報ずるのが聖カスバートの教え、お前が今しようとしているのは応じるべき相手を確かめぬままの行動ではないかと諭さねばならなかったが、やれやれ、わかったのやらわからないのやら。まったく秘術魔法の使い手というのはどうしてこうも心が狭いのだ。

 で、婆さまが最初の可能性について語りだすか出さないかのうちに、風雲が急を告げたのだったよ……



 ジプシーの天幕にまたもや珍客来入。ベネディクト師である。
 なんでも、つい先ほど聖カスバートの神殿に必死の形相で飛び込んできた男がひとり。街から東に半日ほどのシルバーウッドの森の材木集積所に詰めている樵で、彼が言うにはここ数日、夜明け前になると鎧を着込んだオーガが数頭がかりで徒党を組んで集積所を襲うようになったのだそうな。森の中に詰めるだけあって、樵といえども相応に屈強の男たち、それに護衛の兵士もいたというのにこれがまったく歯が立たない。そして鬼どもは手向かう人間の首をへし折り、あるいは生きたまま連れ去った、樵たちはおろか、腕利きの兵士まで攫われてしまったとあってはどうしようもない、街に助けを求めるしかないと夜が明けきったのを幸い伝令に立ったのだとか……

 「オーガが、徒党を?」
 ヴァレンティンは顔を顰めた。
 「それは容易ならぬこと。被害はいったいどれほど?」
 「並みのオーガの一頭や二頭ならばあそこの連中の敵ではあるまいというのだが……わかっているだけで樵が三人、兵士が二人連れ去られている。エミールまで攫われたらしい」
 「なんと、あの大剣遣いの親父がですか?」
 エルンストが息を呑む。
 「それは本当にただ事じゃない。いや、ちょっと待ってくれ、婆さま、ちょっと場所を借りるぞ」
 言うなり、どこからか大鏡を取り出して占い婆の机の上に据え、呪文を唱えた。鏡よ、剣士エミールの姿を映せ――応えて鏡の中に映るのは……闇一色。しかし鏡面が闇を写した瞬間、エルンストの顔に緊張が走った。こちらの探りに対して、「探り返してくる指」を感じたのだ。が、指はどうやらこちらには気付かず過ぎて行ってしまった様子。かすかに吐息をひとつ、そうして鏡面に意識を集中する。
 闇の中に、「魔力を帯びたもの」が浮いている。いくつも――そう、まるでひとりの人間が身につけているかのようにも思える。おそらく闇の中に、魔法の甲冑をまとい剣でも帯びたものがいるのであろう。そうして、もうひとつ――これは動かぬところを見ると床に置いてでもあるのか。圧倒的に強烈な――およそ定命のものでは作り出しえない魔力を帯びたものがひとつ。これは、何だ……

 と、何やら声がした。
 「言葉が、通じないのか。お前は何者だ」
 闇の中、聞き覚えのある声であった。それに何者かが応えを返す。何やら奇妙な言語――竜語に酷似した、言うなれば竜語における古語とでもいうような言葉である。これが竜語だとすれば――
 ――テラックス様、あなた様であればこのような蛮族とも言葉を交わすことがお出来になるはず。
 ――おお、道理だ。
 ややあって、テラックスと呼ばれた声が、今度は人間の共通語で話し始めた。
 ――この言葉は、喋り難いな。
 「呪文か!?」
 ――何、お前は呪文を知っているのか。では、お前は呪文を使えるのか。
 「……」
 ――お前は呪文を使えるのかと訊いている。
 応えの代わりにうめき声が聞こえた。拷問でも加えたのかと思ったが
 ――おや、何故この男は苦しみもがいているのだ?
 ――テラックス様、これは推測ではありますが……我々の心が昂ぶるときに我らの身体から立ち上るにおいは、この者たちには毒なのではありますまいか
 ――そうか。それも道理。では、そこのもの、このにおいをさらに嗅ぎたくなければ答えるがいい。お前は呪文を唱えられるのか
 「お、俺は唱えられないっ」
 悲鳴のような声。
 ――そうか。では、我々の居住圏内に、呪文を唱えられるものは他にどれだけいるのか。答えろ。
 「集積所にはドルイドが一人いる。あ、あとは全員街にいる。本当だっ」
 顔を顰めつつもエルンストがさらに鏡面に集中しようとしたとき、闇の向こうで声がした。
 ――テラックス様、ただならぬことが。我らはどうも監視されているような気配がいたします……
 しまった、気付かれたか、と鏡面から意識を離す。
 「何か見えたのかね、エルンスト」
 「……エミールはどうやらまだ生きている様子。しかしベネディクト様、彼はどうにも解せないものにつかまっている様子なのです」
 「どうにも解せない?」
 「竜語を話す生物、しかも怒りや苛立ちを感じると身体から恐るべき臭気を発する生物といえば、トログロダイトしか知らぬのですが……どうやらそういったものの虜囚となっている様子なのです。しかも、彼はその臭気に耐えかねて集積所には術者がひとりしかいないことまで喋ってしまっている」

 ベネディクトの顔が険しくなる。エルンスト、続けて、
 「急いだほうがいいでしょう。俺の悩み事はとりあえず置くとして――日が暮れないうちにすぐに森に向かわなくちゃならないな」
 「なら私も同行しよう。二人より三人だ」
 とヴァシュマル。
 「有難い、ヴァシュマル殿。些少だが神殿の蓄えからいくらか……」
 そういいかけるベネディクトをヴァシュマルは遮り
 「まぁここから行く先で大金が必要になることもあるまい。それは気遣い無用……だが、斥候ができるような者がひとりも居らぬのだな。そのようなものを神殿からひとりつけてはいただけぬか」
 はて、とベネディクトは困った顔をする。正々堂々と応じて報ずるのが身上の神殿、なかなかそのようなものは居らず……
 そう口ごもったとき、傍でやりとりを見ていた先ほどの娘が口を開いた。

 「何だったら、お手伝いしましょうか?」

 娘は名をエルディと名乗り、自分は身も軽いし養父についてあちこちの戦場を回ったから腕に覚えもあると言った。何やら疑わしげな顔でそちらを見遣り
 「そりゃ有難いが、実際に腕前はどれほどのものなのだ。足手まといを連れて行くわけにも行かぬからな」
 とエルンスト。続いてヴァシュマルが、では腕比べを、と謹厳そのものの顔で言う。
 わかったわ、と応えたエルディ、腰から一本の棒を引き抜き、いぶかしげな顔で見守る男たちに向いてにっこりと笑うとそれを一振り。次の瞬間彼女の手に握られているのは両端に刺付鉄球を揺らすダイア・フレイルである。エルディとヴァシュマルの打ち合うこと数合、途中でエルンストがはっと何かに気付いた顔で呪文を唱える。
 「……おお、わかったわかった、そこ、殴り合いやめ。ヴァシュマル、このお嬢さん、『眠り』が効かないだけの腕はある。少なくとも足手まといにはなるまいよ」
 えい騒々しい連中だ、だいたいエルンスト、そんな便利な術があるのなら何故思い出さないとヴァレンティンがぶつぶつ言うが、まあそこはそれ。

 というわけで急遽結成の一行、身支度を整えるとシルバーウッドの森に急行したのだった。


このシーンの裏側。
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ひとを織り成すもの(その2)

 その娘さんがようように重い口を開いて口ごもりながら言うことには、何でも幼い頃に生き別れた家族を探しているのだそうだったよ。ジプシーの大家族の末っ子で、移動のときに馬車に積み残されたらしい。でも自分を置いていった親の顔も名前も知らぬ。育ての父によれば、どうやらオルソンとかいう村が生き別れの場所だったらしいが、今更そこに戻ったとてどうなるものでもない。だいたい、生き別れの家族を探し当てたところで何をどうしたいのかも解らぬ。育ての父の元に帰りたいのかもしれぬ。通りかかったテントで何やら懐かしい香が焚かれているのに気がついた瞬間、ふと矢も盾もたまらない気分になったのだとか言っていたが……

 そうしたら、占い婆さんはずいぶんそのお嬢さんに同情したようだったよ。自分の首にかけていた首飾りを外してね。これを貸してあげよう、これは夏至前の一週間、『魔法使いの休日』の間だけ魔法の力を持つようになる品だ、これを首にかけて寝ると、誰かが夢の中でお前のことを思っていたら、それがわかるようになるのだよ、と……
 その台詞を聞いた途端、エルンストの顔が引き攣ったの引き攣らないのって。何しろ我々も夢の話で相談をしにそこに押しかけていたのだったからね……


 
 エルンストの顔が引き攣った訳は二つ。
 ひとつは『魔法使いの休日』なる言葉への苦笑い。これ、「夏至前の一週間は魔法の力が異様に強くなり、魔法が失敗してとんでもないことが起きる確率が高くなる。よって心ある魔法使いは夏至前の一週間は魔法を使わず、これを魔法使いの休日と称する」というものなのだが、これに関してはグレイホーク市の魔法学院にて『夏至前の一週間とそれ以外の時期に使われた魔法の総数とその失敗確率』なる論文が出ていてその中でこの二種の時期を比べた際に魔法の失敗確率に有意な差は全く観察されないとされており、つまるところ「ろくでもないトンデモ」という扱いの言葉。
 とはいえ、エルンスト、心当たりがないわけではなく。

 それは彼の顔が引き攣った二つ目の訳とも関わる。
 この男、若年の頃から腕のいい召喚術師として鳴らしていたのだが、ある日うっかりとナイトメア―夢の馬―を呼び出してしまい、しかもそいつの支配に失敗してしまったのだった。ナイトメアの背にしがみついたまま夜空を延々と駆け、振り落とされたのが聖カスバートの神殿の屋根に輝く八芒星のしるしの上。そしてそのまま動けなくなっているところを蹴殺そうと迫る燃える蹄。あわや、と思った瞬間、夜空に駆け上がってきてナイトメアを追い払い、彼の窮地を救ったのがベネディクト師だったのだが――去り際のナイトメアの台詞が未だにエルンストの脳裏に刻み込まれ、彼の夢を蝕んでいるのだった。
 ――今日のところは引き下がってやる。だが愚か者よ、我から逃れられると思うな。我はナイトメア(悪夢)の名の如く、お前の夢の中に居るのだから
 そうしてそれから毎年、夏至が近づく頃、エルンストは悪夢にさいなまれるようになった。魔法陣の中から黒い炎の鬣を振り乱して駆け出してくる夢の馬、目もくらむ高さを駆ける馬の背から振り落とされまいとしがみつく腕がやがて痺れてゆき、くるりと世界が反転したかと思った瞬間、迫る炎の蹄……
 だから今年は教会の内陣にもぐりこんで休むことにしたのだったが、夢はやはり訪れ、そして今年の夢はエルンストの脳裏を抉っていこうとしているかのようだった。流石に怯え、彼はベネディクト師に相談したのだ。

 聖カスバートの司祭は微かに首を振り、
 「それは「夢の頼り(ドリーム)」か……それとも「悪夢(ナイトメア)」の魔法かも知れぬ。夢の馬だけに、悪夢の呪文を使ったのやも知れぬ。これは我ら僧侶の領域ではない、諸国を経巡り、ものごとに通じた秘術魔法の徒に訳を問うのが良いのではないか」
 そう言った。

 そこで、エルンストはまずは「諸国を経巡る」ジプシーの占い婆のところへやってきたのだ。ちょうどその場に来合わせたヴァレンティンとヴァシュマルも事のついでに引き連れて。
 このシーンの裏側。
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2005年06月13日

ひとを織り成すもの(その1:プロローグ)

ネタバレ注意!以下のプレイレポートはDungeon誌120号に掲載の『Lost Temple of Demogorgon』を元にDMが再構築したシナリオを使用したセッションの記録です。なお、本シナリオは本来大王国周辺を舞台としたものですが、本セッションにおいては舞台をキーオランドに移して遊んでいます。



我々人間は夢と同じもので織り成されている
        ――キーオランドに伝わる箴言




 さらさらと、細かな雨が降っていた。
 降ると言うよりも漂うように。
 年老いた修道士は読書机に頬杖をついたまま、うつらうつらと眠っているふうであったが、ふと身を起こし、小さく息を吐いた。

 「ヴァレンティン様?」
 「……夢を、見たように思ったのだよ」
 「夢を?」
 「昔、共に旅した男の夢だ。先ほども何事か言っていたが……ああ、そうか。行ったのだな、望む世界に。定命のものがその定めを解かれてゆくべき世界に旅立ったのだな」
 いぶかしげな顔をする見習い修道士の少年に微笑んで見せると、老いた修道士は低く語り始めた。

 「夢の話をしよう。よい夢と、悪い夢と、それから気が遠くなるほど長い、ひとつの夢の話だ。
 そう、私がまだ血気盛んで、聖カスバートの御心に染まぬものと見れば当たるを幸い棍棒で殴り倒しておった頃……」




 それはある年の、夏至も近い初夏のある日の話。キーオランドのある街でのこと。
 夏至祭りの賑わいを当て込んでやってきたジプシーのテントの群れの中のひとつ、占い婆の天幕の前で、ひとりの娘が困ったようにたたずんでいた。
 天幕の入り口に手をかけてみたり、立ち去ろうとしてみたり、やはり立ち去りがたいような顔で戻ってみたり……
 おそらくは夏至祭りを前にして、恋しい男の心をどうやって射止めればいいか、占い婆に相談しようかしまいか迷っている娘なのだろうと誰もが思うそぶりだった。そんなふうに笑ったような泣いたような困った顔でジプシーのテント周りをうろうろとする娘の姿は、この時期珍しいものではなかったのだから。

 散々迷った後、意を決したように天幕に入りかけ――ちょうどその時背後に人の足音を聞いて娘は振り返り、そして顔を顰めた。
 この時期、このあたりに居るにしては少しばかりふうの違った男どもがぞろぞろとやってきていたのだった。

 ひとりはこの街の聖カスバートの神殿の僧侶、ヴァレンティン。徳高い坊様のはずなのだが最近助祭の役も解かれて全くの無役だという。というのも、長らく神殿長ベネディクトの片腕として働きそろそろ神殿を継いでもよかろうとなったちょうどその頃に、日課の祈りの最中に聖カスバート御自らの声を聞き、神の騎士として働けとの『お召しにあずかった』からなのだと専らの噂。
 ひとりは同じく聖カスバート神殿で働く若い魔道士、エルンスト。腕のいい召喚術師なのだというが、何かこう、鼻の柱が妙に高い男である。彼が神殿に居つくようになったのも、実はこの鼻っ柱の高さのせいでとんでもない災いを招き寄せたからなのだとかなんとか。
 もうひとりはちょくちょくとこの街にやってくる旅の僧侶で名をヴァシュマルという男だが、これがなんと鋼の肉体を持つ修行僧で、ふらりとやってきては定宿にしている宿屋の半年分の薪を半日もかけずに素手で叩き割るのだという。

 どうにも祭り日のジプシーの天幕にはふさわしからぬ一行、先客に気付くとさすがに足を止め、娘が天幕に入るなり立ち去るなりするのをしばらく待っていたのだが、これが一行に埒があかない。とうとうエルンストが声をかけた。

 「お嬢さん、そこの天幕に用でもあるのかな?夏至の祭り日に意中の男にどういう手管をかけたらいいか、知恵を訪ねようとでもいうんだろうけれど……」
 娘はきっとした顔でエルンストを睨むと、つかつかと歩み寄ってきてものもいわずに肘鉄を食わせ、憤然と天幕に入っていった。後には身を二つに折ってその場に膝をつくエルンストと、呆れ顔の男が二人……



 というわけで、場所は前回と同じくグレイホークのキーオランドのとある街。時期は夏至の数日前。そして年はというと、前回の事件からちょうど7年後の話。登場人物は以下のとおり。

 エルディ:
 ローグ6Lv/バーバリアン4Lvの娘さん。人間。年齢19歳。
 子沢山のローグの一家の末娘だったが、まだ年端も行かぬ頃、一家の引越しに積み残された。その直後、親切な傭兵(バーバリアン)に拾われ、彼を父と慕って育ったが、三年前に養父が酔った勢いで『実はお前は俺の本当の娘じゃない、実はかみさんをなくした寂しさに、俺は祭りが済んだ村の中にぽつんと取り残されている女の子を拾ってしまったのだ、それがエルディ、お前なのだよ』と言ってしまう。だからいったいどうすればいいの、父さんはあたしのことが邪魔になったからそんなことを言うの!?とかっとなった勢いで家を飛び出し、本当の親も知れず、養父のもとにも戻りづらく、戻ろうにも養父は傭兵という職業柄、戦地に行ったか誰かの護衛について旅に出たかして音信不通になってしまい……
 そうして彼女自身も流れ歩いてきたのだが、たまたまやってきた街でたまたまジプシーの占い婆の天幕を見つけ、自分がこれから誰を探してどうしたらいいのか尋ねようか尋ねまいかと考えあぐねていたところで一行に合流。
 必殺技はダイア・フレイル(fromロッド・オヴ・フレイリング)をぶん回して相手の急所に当たるを幸い叩き込むというシロモノ。
 PL:なおなみ

 エルンスト:
 ウィザード9Lv。人間。
 昔魔法実験に失敗してとんでもないものを呼び出してしまい、その始末を聖カスバート神殿のベネディクト師につけて貰ったという経緯があって、その恩返しということで神殿に住み込んで奉仕活動をしている。どうやらここまでレベルが上がるまでに、ヴァレンティンと一緒に冒険をしたこともあった模様。
 PL:D16

 ヴァシュマル:
 クレリック4Lv/モンク6Lv。人間。
 前回生き残ったPCその1。あの後「もう婚礼は懲りごりだ」と言って旅に出てしまったが、それはそうとこの街は気に入ったようでちょくちょく立ち寄っている模様。ちなみに彼の腕の上がりっぷりは、「半年分の薪」をいかに早く正確に手刀で叩き割るかどうかで判断できるらしい。ヴァレンティンのいる神殿にもよく顔を出し、そのついでにエルンストとも顔見知りになって、最近では旅先で手に入れた巻物をエルンストに売ったりしているとか。
 PL:T_N

 ヴァレンティン:
 クレリック9Lv/パラディン1Lv。人間。
 前回生き残ったPCその2。あれから7年、ある朝祈りの最中に聖カスバートの声を聞き、神の御心をこの世に広めるために働くよう召命を受けた。そのとき神殿のステンドグラスに描かれた聖カスバートの像が手にした棍棒の先からひとつの宝石が剥がれ落ちて彼の周囲を飛び回り、彼が神に嘉されたものであることを知らしめ、また以来彼の容貌には常ならぬ威厳が備わるようになったとか何とか。いや、アイウーン・ストーンなんですが。
 PL:たきのはら


 ともあれ、身を折って冷や汗を流しているエルンストを引きずり起こし、うんざりも甚だしい顔をしながら介抱し……と立ち働く男たちの耳に、天幕の中から聞こえてきたのはこんな会話。

 「その……人を探してるんですけれど……」
 「なんだねえ、お嬢さん。それはあんたのどういう人だね、約束を交わしたのかね?それとも片恋の思い人かね?」
 「いいえ、そんなんじゃなくて……ああそうだ、ナイフ手品の上手なジプシーの男なんだけれど……」
 「ナイフ手品だったらうちのおじいさんも上手いんだよ?
 何やら込み入った事情があるようだけれど。無理にとは言わないが、話しておくれじゃないかねぇ?」
 「それが……わからないんですよぅ……あたし、どうしたいのか……どうすればいいのか……」

 おやおや、と顔を見合わせる男たち。そしてエルンストは、このままじゃやっぱりどうにも埒があきそうにないねぇ、とつぶやいたかと思うと、天幕の入り口からいきなり顔を突き込んだのだった。

このシーンの裏側。
posted by たきのはら at 20:25| Comment(2) | TrackBack(0) | Tales of MiddleAges | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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